こうして、万葉集を読み続けて、もののあわれというものに、近づこうとしている。
私は、北海道、日本海に面した町の生まれである。
祖父母の代に、青森から、その地に来た。
私で、三代目である。
木村という姓は、祖母の姓である。
祖父が婿養子に入った。
私が生まれた年から、鰊が捕れなくなった。
その辺りは、漁業で成っている土地である。漁師は、すぐに貧乏になった。
私の家もそうである。
私は、祖父母に育てられた。
見渡せば 花も紅葉も なかりけり 裏の苫屋の 秋の夕暮れ
藤原定家の歌に、利休は茶の湯の心を観た。
私は、北海道の秋の夕暮れが、原風景である。
北海道の秋も、花も紅葉もないが、秋の夕暮れは、死にたくなるほど、寂しい風景である。
定家が歌う風景よりも、更に寂しい。
家元茶道に所属して、茶道を習い、また、教えたが、今は、家元から離れている。
家元茶道には、そんな風情の余裕は無い。
秋、札幌からバスに乗り、実家に向かう時、風景が荒涼として見える。北に上がる程に、それは激しくなり、心細く、そして、ついには、悲しくもなる程の、風景である。
私の原風景である。
鎌倉移転して、秋の紅葉の様を見て、愕然とした。あまりに、曖昧な色合いである。
北海道の秋は、色鮮やかであり、冷えた日の、その風景は絶唱であった。自然が歌うのである。
故郷の町より、北へ向かうことは無い。
更に、寂しく、荒涼とした風景が広がるのである。
そして、冬は、すべてが白一色になる。
琵琶湖の雪を見て、私は故郷の雪とは、全く違う風情に驚いたことがある。
大きな水分を含んだ雪は、ゆっくりと、空から舞い落ちる。
故郷の雪は、峻厳として、サラリサラリと落ちる。
氷点下の冬の様は、風情というより、生きるか死ぬかを思わせた。
そこには、もののあわれを、考える余裕も無い程の、生活の厳しさがある。
漁師は、冬の凍てつく朝に、漁に出る。
命懸けである。
それを見て、私は、育った。
生きるということは、問答無用に、自然に従うことであると納得した。
大シケに見舞われて命を失った漁師たちも多かった。
幸いに、私の父は、生き延びている。
海で死ぬのが、当たり前だと言う。そしてそれを善しとする。
凍てつく海に出る漁師たちは、自然と闘うのではない。自然と共生するのである。そして、共感するのである。
そこに、命、いのち、がある。
この、いのち、を観る目が、もののあわれ、を観るのである。
海岸で、祖父や父の船が、港に入って来るのを見た時の、安心感安堵感といったら無い。
漁よりも、無事であったことを、喜ぶ。
これが、私の原風景である。
私は、万葉の歌を、この原風景から、読み込む。
ちなみに、私は貧しい生まれだが、魚料理は、絶品を食べていたゆえに、私の舌は、一流である。
この一流を知るゆえに、私は、一流というものを知る。
舌は、鼻である。鼻は、目にくる。そして、耳にくる。
耳は、喉にくる。
耳の一流の人は、歌も一流である。
宮廷の恋物語の源氏物語に、本居宣長は、もののあわれを観た。
私は、北国の生活の厳しさに、もののあわれを観た。
吹雪の日は、何としても、家に帰らなければ死ぬ。
ただ、ひたすらに前に進むしかない。
生きるということは、前に進むことであると、私の原風景にはある。