讃岐の狭岑島に、石の中に死れる人をみて、柿本朝臣人麿の作れる歌一首に短歌
玉藻よし 讃岐の国は 国からか 見れども飽かぬ 神からか ここだ貴き 天地
日月と共に 満りゆかむ 神の御面と 継ぎ来たる 中の水門ゆ 船浮けて
わが漕ぎ来れば 時つ風 雲居に吹くに 沖見れば とひ浪立ち 辺見れば
白波さわく 鯨魚取り 海をかしこみ 行く船の 楫引きをりて をちこちの
島は多けど 名ぐはし 狭岑の島の 荒磯面に いほりて見れば 浪の音の
繁き浜辺を しきたへの 枕になして 荒床に より臥す君が 家知らば
米も問はましを 玉鉾の 道だに知らず おぼほしく 待ちか恋ふらむ 愛しき妻らは
たまもよし さぬきのくには くにんらか みれどもあかぬ かみからか ここだとうとき あめつち
ひつきとともに たりゆかむ かみのみおもと つぎきたる なかのみなとゆ ふねうけて
わがこぎおれば ときつかぜ くもいにふくに おきみれば とひなみたち そこみれば しらなみさわく いさなとり うみをかしこみ ゆくふねの かじひきおりて わちこちの
しまはおおけど なぐわし さなみねのしまの ありそもに いほりてみれば なみのねの
しげきはまべを しきたへの まくらになして あらことに よりふすきみが いえしらば
こめもとはましを たまほこの みちだにしらず おぼほしく まちかこふらむ いとしきつまらは
玉藻よし
讃岐にかかる枕詞。
海藻の美称。
よしは、詠嘆の言葉。これは、人麿の造語である。
人麿以前の万葉の歌は、自然に欲するままに、心の向くままに、発した歌である。
人麿から、歌を作るという意識が芽生える。これは、画期的なことである。
意識することから、人生のすべてが始まる。
子供であることを意識する。
男、女であることを意識する。
貧しさ、富を意識する。
足の長さ、短さを意識する。
はにかみを意識し、性を意識し、男、女に心が向くことを意識する。
結婚を意識し、家庭を意識し、老いを意識し、子の成長を意識する。そして、最後に死を意識する。
人生は、その連続である。
人麿は、歌を作るということを意識したのである。
故に、歌の神様とされた。
私も異存はない。
意識は、気づきである。人生は、気づきの連続である。
意識の無いものを、無いと断定する。その断定で、その人の器というものが解る。
大を小は、理解出来ないのは、そのゆえである。
自分より、大きなものを、受け入れることが出来ない。
故に、偏狭になる。そして、その偏狭さえも、解らないのである。
心に無いものが無い所以である。
讃岐の国とは、現在の香川県である。
国からか。
この「から」は、人柄、品柄と同じく、品格、性格を表す。つまり、そういう国柄であるという。讃岐の国は、玉藻と呼べる程、美しい。
見れども飽かぬ。
いくら見ても、飽きないのである。
神からか。
これも、国からと同じく、この国をしろしめす神の格式が高いという。
天地 日月と共に 満りゆかむ
天地、日月が永遠であるごとくに、永遠に満ち足りていく。
神の御面。
古事記の国生みの第二番目を言う。
次に伊予の二名嶋を生みたまいきと、ある。
ここだ貴き。
ここだは、ここだく、ここだきと同じく、大変に、非常にという意味。
また、沢山とか、数多くという意味。
継ぎ来たる。
昔から、言い伝えられてきた。
中の水門ゆ
中は、地名で、現在の丸亀市の西南。
水門は、港と同じく、船が出入りした、河口、入り江のこと。
時つ風。
潮の変わり目に吹く風。この風によって、潮の流れを知るのである。
雲居に吹くに。
大空いっぱいに吹くのである。
とひ浪立ち。
強風のために、浪が激しい様。
鯨魚取り。
生みにかかる枕詞。
当時は、鯨をイサナと呼んだ。
楫引き折りて。
方向を変えるために、かじを引きたはめての意味。
名ぐはし
「くはし」は、精妙なという形容詞であるが、ここでは、名の立派な、名高いという意味。
狭岑の島
現在の坂出市の西北にある島。
荒磯面に
岩や石の、ごろごろした磯辺のこと。
しきたえの
枕、床、衣、袖にかかる枕詞。
荒床
岩石の間に臥している。その磯を荒床と、呼んだ。
より臥す君。
死んで横たわっている様。より臥す。寝ている、君と呼びかける。
来も間はましも。
尋ねて来てくれるであろうものを。
玉矛の。
道にかかる枕詞。
おほほしく。
おぼつかない。心がかり。不安である。
愛しき妻らは。
愛すべき、妻らはとは、複数を言うのではなく、節尾語。
大意は、次に書く。