地方議員が、全国で任期の前に辞職しているという。
その数、164名。
その訳は、何と、共済組合法改正にあるという。
つまり、年金が引き下げられるゆえに、引き下げられる前に、議員を辞職するというもので、有権者を裏切り、馬鹿にし、コケにする行為である。
皆さんのためにと、選挙運動で、喚いていた連中は、皆さんのためではなく、自分のために、議員になっていたということである。
呆れて、口も利けない。
3期12年以上になると、相模原の例をあげると、年間、200万8000円から、265万1000円であり、それが、22万3000円から、29万4000円に減額されるという。
その前に、議員辞職するということは、本性丸出しである。
要するに、今まで言ったことは、皆々、嘘であるということ。
親の顔がみたいものである。
兎に角、役立たずの人間が、議員になりたがるという、定説もある。
何の才能も無く、弁のみ立つ。嘘を言わせたら、天下一品である。
議員になるために、生まれたという人もいる。
ちなにみ、選挙で落ちると、ただの人。何のとりえも無い。
ただ今は、いつ命が取られるか知れないという時代ではないから、議員になりたくて、しょうがない人が多い。
黙っていれば、収入を得るのである。
こんな、良い商売も無い。
しかし、それを選んでいるのが、市民であるから、市民は、踏んだり蹴ったりである。
何のための、投票だったのか。
市政を任せての投票である。しかし、本人は、あっさりと、辞める。
その理由が、年金が引き下げせられるからという理由だとしたら、市民は、救われない。
大義も、へったくれも無い。
志の前に、20万から29万が減ろうが、どうでもいいだろう。
全額貰えないということではないのである。
その、みみちい根性には、男として、辟易する。
ホント、生きている甲斐が無い、死んだほうがよい。
そんなのが、生きていても、何の益もない。
世の中に、何の益の無い者は、死んだほうが増しである。
ちなみに、高齢者、障害者について言う。
その存在は、社会に必要である。
社会は、その人々によって、成長し、成熟する。
認知症の方によって、人生のあるべき姿が観える。
人は、彼らによって、真実の優しさを知るのである。
そして、生きるべき意義をも知る。
社会の真実は、社会的弱者によって、支えられるのである。
この意味が解る者は、まだ生きる価値がある。
解らない者は、死ね。