万葉集の後半の代表歌人の歌を、読む。
大伴旅人
暮春の月、芳野の離宮に幸しし時、中納言大伴卿、勅を奉りて作れる歌一首並びに短歌
み吉野の 吉野の宮は 山からし 貴くあらし 川からし 清けくあらし 天地と
長く久しく 万代に 変わらずあらむ いでましの宮
みよしのの よしののみやは やまからし とうとくあらし かわからし さやけくあらし あめつちと ながくひさしく よろずよに かわらずあらむ いでましのみや
み吉野の吉野の宮は、周囲を取り巻く、山や川の品格が高いゆえに、ゆきめぐる川の気品が、清らかであり、そのような山川に囲まれている、吉野の離宮は、天地と共に、いついつまでも、変わることがないであろう。
反歌
昔見し 象の小川を 今見れば いよよ情けく なりにけるかも
むかしみし きさのおがわを いまみれば いよよさやけく なりにけるかも
春三月、行幸されたのは、聖武天皇である。
昔見たのは、持統天皇の行幸の際である。
柿本人麿呂との歌と比べる。
如何ともし難い、衰弱がある。
すでに、古今や新古今の世界へと向かう。
しかし、万葉の中だと、あまりの、初期万葉の歌に比べて、劣るのは、何故だろうか。
生命感覚の衰退を感じる。
初期万葉の、生命感覚が無いのである。
自然の風景の中に、私が、埋没している。私的感覚で、終わるのである。
短歌の方は、まだ、それなりに読めるが、長歌の方は、あまりに、おざなりなものを感じる。
妻の死に際した、挽歌を読む。
世の中は 空しきものと 知る時し いよよますます 悲しかりけり
大宰府から、京に戻った歌を読む。
京なる 荒れたる家に 一人寝ば 旅にまさりて 苦しかるべし
みやこなる あれたるいえに ひとりねば たびにまさりて くるしかねべし
妻のいない家で寝る悲しみを歌う。
そして、その後の歌を読む。
人もなき 空しき家は 草枕 旅にまさりて 苦しかりけり
吾妹子が 植えし梅の木 見る毎に こころ咽せつつ 涕し流る
わがいもが うえしうめのき みるごとに こころむせつつ なみだしながる
要するに、人間は儚い無常の存在であるというのである。
一体、どこからの思想であろうか。
仏教である。
万葉の生命力を削いだ、仏教の無常観である。
すでに、仏教は、当時の知識人たちに、広く受け入れられていた。
聖武天皇とは、大仏の発案者である。
仏の歌はないが、その影響は、こうして、万葉の生命感覚に、大きな影響を与えた。
無常観が、無常哀観になっている。
それを、善しとした、現代の多くの解説者たちである。
はっきり言うが、大和心の衰退は、仏教の、小手先の無常観による。
これが、平安期に至り、最高潮に達する。
貴族は、この無常観に酔い、朝から、セックス三昧を繰り返し、頽廃し、骨抜きにされた。無常観からの、脱出を、色事に、浸ったのである。
そして、あろうことか、そんな中で、仏の救いを求めたという、愚劣である。
当時の仏教は、ハイカラであった。
猫も杓子も、仏、仏、ホトケと、ほざいた。
天武天皇が、仏教を国政の精神的柱にとの、思いも、空しく、とんでもない方向へ、仏教思想が進んだのである。
天皇からして、仏教に凝った。
無常にさらされる、儚い人間の存在である。
そんな、意識は、万葉の初期にはなかった。
そして、それは、現代まで、続いている。
無常と言いつつ、悟りすました僧侶たちの、傲慢は、当時からあった。
そこに救いは、仏の慈悲である等々、まことしやかに、詭弁を打つ。
とんでもない、思想、仏教である。
それを知ることで、人生のすべてを知ったかのような、錯覚を与えた。
当時の素直な人たちである。
私は、それを嘆く。
仏陀の思想が、中国を通して、歪曲されて輸入されたのである。
儒教や道教に影響されず、まず、仏教の妄想に影響されたのは、実に、大和心に、仏教思想の一部が似ていたからである。似ていたゆえに、染まりやすかったのである。
現代も、ある程度の年齢に達すると、急に無常感覚に目覚める人がいる。そして、般若心経などを読経したり、写経したりと、暇つぶしを、始める。
そうして、解ったような気になるから、救われている。
仏教とは、その程度の救いである。
作者不明の、誰が、どのような意図で書いたのか、全く解らない膨大な仏典に、命懸けで、信仰する様は、哀れを通り越し、愚かを通り越し、笑う。
仏陀の声を聞いたこともない者が、仏陀は言うと書くから、笑う。
あれは、皆、創作であること、誰も言わないから、笑う。
それで、金になるから、学者も言わない。勿論、僧侶も言わない。
嘘ですと、言えば、金にならない。
仏教学研究と言うが、研究するものなどない。
すべて、創作であり、妄想である。
それを、宝のように扱う者、多数。
古ければいいというものではない。
暇に任せて、何やら、書き付けたものも、経典として、成り立つという驚き。これを、仰天するという。
兎に角、万葉後期になると、いきなり、低迷してゆくから、頭を傾げる。
無常観が、後の日本の精神に、曇りを与え、いたずらに、人心を惑わせるのである。
わが命も 常にあらむか 昔見し 象の小川を 行きて見むため
私の命が、いついつまでもあったらと願わすにはいられない。昔見た、象の小川を、もう一度見たいものだ。
どうであろうか、この衰弱を。
老人の寝ぼけた、戯言のような、歌である。
勿論、私は、否定しない。
それも、ありだろう。
だが、初期万葉の、清冽とした、生命感覚は、見出せないのである。
実際、仏教の無常観は、抑鬱神経症のような症状を起こした。
以後、無常観といえば、皆々、抑鬱神経症という、病に近いのである。
コメント (1)
手元の小さな辞書で引いてみると、「無常」とは「一定しないこと・常でないこと・儚いこと」とあります。だからこそ仏陀は極端な苦行も極端な享楽も排すべきものとして退け、中庸の徳を説きました。ただでさえ儚く常ならぬ人生において、極端で生産的(資本主義で言う『生産』とは必ずしも一致しない)でない生活態度を取ることは、時間と寿命の浪費に他ならないからです。その辺の理屈を、平安貴族は知らなかったのでしょうか? 知っていて黙殺していたのでしょうか? 天山先生のお説に従えば、「知らなかった」ということになるのでしょう。
投稿者: 佐橋 | 2007年10月03日 21:47
日時: 2007年10月03日 21:47