山上憶良
彼について書くと、膨大なものになる。
簡潔に彼を見ることにする。
無位無官の家柄の出である。
彼は、ただ、ひたすらに、家を興すために、努力奮闘する。
身を立て、名を上げて、家を興す、という、それだけのために、人生を費やすのである。
遣唐使に任命されたのは、42歳の時である。それさえも、奇跡的である。
そして、ついに、和銅5年、55歳で、従五位下に叙せられ、養老五年、62歳で、時の東宮、後の聖武天皇の教育係りの一人に任じられる。
彼は、柿元人麿と、同時代の人である。
しかし、その歌は、人麿が、万葉初期の心を持つのに対して、万葉後期の心を持つ。
その訳は、当時の高級官僚の養成期間であった、大学寮の入学資格は、五位以上の身分である。つまり、その受験資格さえなかった。
それだけに、同等以上の学力を身につけて、昇進の道を拓く為には、血みどろの努力を要したのである。
国家の理念も、大化の新政権も、何もかも、どうでもよいことであった。
山上憶良には、ただ、立身出世のみが、あった。
その壮絶な人生の様が、社会詩人、生活歌人と言われるのである。
万葉集では、実に、異色な、歌人である。
庶民を抜け出ようとした、官僚であるが、庶民の歌も、官僚の歌も読まず、独特な歌風を残した。
晩年に及んで、にわかに、執念にとりつかれたように、この世の無常を歌い上げた。
現代人にも、身につまされる、社会に生きるということを、彼の歌から見出せるのである。
何も、古いものではない。今、現在も、彼のような者、多数。
その彼の歌は、実に、惨憺たるものである。
手にした、出世が、すべて、病苦や、貧困、そして老い、死に向かうのである。
その歌には、多く、儒教や仏教用語が使われるが、果たして、彼は、それを、どこまで身の中に取り込んだのかは解らない。
どこに、その思想的基盤を置いたのか、解らない。
ただ、解ることは、実に、素直で、正直であったということである。
背伸びしてみる、漢文や漢詩の教養であるが、それもこれも、立身出世のためであると、判断する。
彼が、独学で学んだ漢文の書を上げると、易経、からはじまる、四書五経、老子、壮士、列子、淮南子、史記、漢詩の数々、仏典では、般若経、維摩経、法華経等々である。
見上げたものである。
しかし、その努力が、報われたかというと、報われることはなかった。
失意の人。
70歳になっても、死に臨んでも、失意の人であった。
どうであろう。
このような人が、万葉時代もいたということが、私には、救いを与える。
報われない人生を生きるということ。
それは、如何なることか。
それでも、それでも、生きる。
万葉の生命感覚も、天地の神さびる風景も、無い。
歌の序文に、漢文を用いて、その教養を見せるが、それさえも、手段である。
漢文の序に、仏教の無常観を言うが、歌には、それが全く無いという、不思議さや、兎に角、彼の心が、澄み渡ることがなかったことを、知る。
そういう山上憶良であったから、人の不幸には、実に、共感したのである。
人の妻の死や、子供の死などに、多くの歌を作るという。
人は、自分の中に無いものは、見えない、存在しない。しかし、憶良には、不幸という心の様があるゆえ、人の不幸を、その人、以上に共感したのである。
士やも 空しかるべき 万代に 語り継ぐべき 名は立てずして
をのこやも むなしかるべき よろずよに かたりづくべき なはたてずして
どうであろうか。
彼は、その人生は、この歌に、彩られてある。
使用したくないが、煩悩という言葉がある。
仏教家が好んで使用する、愚劣な言葉であるが、彼は、煩悩に憑かれたのである。
煩悩が、人をして、人を生かしめるものであるが、それを否定して、仏教の教えというものを説くという、愚劣である。
煩悩という、欲望を否定して、生きることなど出来ない。
すると、言葉遊びの仏教は、すかさず、煩悩側菩提という、言葉を作るのである。
さらに、墓穴を掘る。
人を誤魔化すのが、宗教であるから、それは、捨てておいて言う。
多かれ少なかれ、人は、山上憶良なのである。
彼の歌は、その苦難や苦労、悩みに呻吟する者に、健闘を与える。
それでも、生きられる。
煩悩まみれでも、生きられる。
崇高な理想、そんなものなど、いらない。
身を立て、名を上げて、ナンボのものだと生きていもいい。
だから、人生は、楽しい。愉快だ。
この、悪い冗談のような、人生で、これ程、報われずとも、生きられる。
私は、多く、その努力の報いを受けない人を見た。
すると、人は、邪まな心になり、ふて腐れる、世を呪う、人を、僻みで見る、偏屈に成る、成功した者を、嫉妬する、果ては、自暴自棄になり、命を絶つ者もいる。
しかし、言う。
生きられるのである。
いつか当たると宝くじ。死ぬまで当たらずともよい。買い続ける。
人生は、それに似る。
明日、良いことがあるかもしれない、ただその希望だけで、生きられる。
死にたいという人に言う。
明日、明日、何か、起こるかもしれない。
まず、明日を見てから。
明日、という、不明な日こそ、救いなのである。
私も、そうである。
明日、こそ、私が、世に認められる日だと、信じて生きる。
明日という未完に掛けた人の思い、死屍累々と、残るのが、この世の常である。
猫も杓子も、バカも、アホも、間抜けも、賢い者も、誰も彼も、明日に命を繋ぐことである。
それ以外に、生きるべき道は無い。
死んでから休むのである。
生きているうちは、走り続けてナンボのもの。
山上憶良の歌から、それを読む。