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パロマ

こういうことは、もう、書きたくないのだが、書く。
書いても詮無いことだと知る。

悪いことをした者を、悪いと書いても、詮無いことである。

しかし、矢張り、書く。

パロマである。

業務上過失致死傷容疑で、パロマ前社長と、前取締役品質管理部長が、書類送検である。

驚きは、事故情報を把握しながら、対策を、講じなかったという。

CO中毒事故が、相次いで発生していた。しかし、製品回収を怠る。
昭和60年以降、28件21人が死亡である。

倫理の欠片も無い。
中国人と、同じである。
そして、社会保険庁、その年金横領と同じである。
加えて、公務員と同じである。
危機意識と、倫理の無さである。

前社長の世代が、今の管理職などの教育をした。

この問題は、氷山の一角である。

その悪度さは、安全装置の、不正改造にも、現れている。

言葉が無い。

これも、ひとえに、切腹という作法を失ったからだ。
この社長は、のうのうと、豊かな老後を送るのである。
間接的に、人殺しである。
その意識が無い。皆無であるということ。
神経が、いかれている。

こういう人間が、日本に蔓延していること、十分に知る。

苫小牧の肉偽装の、ミートポープ社の社長も、そうである。

まだまだいる。

何時の時代も、こういう、悪人と呼ぶ者はいる。
どうしても、どう説いても、解らないという、根っからの悪人である。

現代は、善人面をして、こういう悪人が跋扈する。
昔は、悪人は、悪人の顔をして歩いていたのである。
そして、悪人の世界でのみ、活動していた。

今、彼らを裁くのは、司法である。
しかし、善良な、パロマの社員には、申し訳ないが、パロマは、これで、潰れる方が、悪因縁を持ち続けないで、いいのである。

亡くなった21人の、慰霊も、為していないだろうし、また、彼らに、慰霊の行為が、出来る訳ではない。
21人に、呪われたら、有名霊能者でも、手出しは出来ない。

実に、後味の悪いことである。

殺人罪を適用すべきである。

人を殺せば、少なからず、呪われ、祟られるのである。
その思いを解消するには、死を持ってでなければ、解消出来ないのである。

死刑を野蛮であるという人も多くいる。
善人面をして言う。
死刑には、実に、深い意味がある。

死刑でなければ、購えない罪もある。

理屈は、解る。
出来れば、死刑ではない、罪の償いをするべきであるが、許されないこともある。
それとも、因果応報で、殺されるべくの、因縁があったのだと、言っても、いいだろうか。

因果応報を説く者どもの、矛盾が、ここにある。

ただし、一つだけ言う。
日本人は、罪を憎んで人を憎まずと言った。
ここには、重大な秘密がある。

しかし、今は、説明を、避ける。


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2007年10月13日 19:10に投稿されたエントリーのページです。

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