防衛事務次官だった、守屋という男は、家族総出で、接待、賄賂漬けだったということが、明確になった。
呆れる。
そして、更に、取次ぎの代理店だった、山田洋行が、巨額の金を得ていたということである。勿論、税金である。
もう、これについては、罪云々の問題ではない。
私の言いたいことは、こういう、ことは、他の官僚たちも、平然と行っているということを言うのである。
大なり小なり、こういう、ことを、平然として行うのである。
税金とは、国民の金である。
その金を、掠め取るために、皆々、官僚になるのである。
公務員である。
言えば、非国民である。
公務員が、非国民であること、何度も言った。
それは、国家、地方に、関わらずである。
安定志向を目指す者は、公務員になるべく、努力して、勉強する。要するに、非国民になるために、頑張るのである。
呆れる。
いつから、公的職業が、このように、堕落したのか。
江戸時代から、代官という者が、商売人と、組んで、賄賂漬けであったが、必ず、それを、諌める部下や、見張りがいた。
今は、知っても、知らない振りをする。
いずれ、自分にも、それが、回ってくることを知っているからだ。
偉くなると、本当に、頭のどこかが、鈍化する。
守屋という、男も、どこかが、鈍化して、麻痺し、ついには、我一人という意識になったのだろう。
天皇と言われたというから、驚く。
発覚したということは、運が悪かったということである。
もし、発覚しなければ、知られず、のうのうと、豊かな老後を送っている。そういう、者が、多数いるのである。
今、のうのうとして、豊かな老後を送っている。
例えば、社会保険庁の長官を務めた皆々である。
誰も、切腹するようなことを、しない。
これ程、国家を震撼させる、自体を起こしても、平然として、退職金を渡り鳥で、受け取り、のうのうとした、豊かな老後を送るということである。
彼らに、少しでも、日本人としての、精神、心、魂が、あれば、自害する。
恥だからだ。
いつから、恥という、心の感覚を、捨てるようになったかは、欧米の思想が、まかり通ってからである。
恥の精神を忘れて、日本人であるとは、言えない。勿論、彼らは、日本人でなくていいのである。金さえ、掠め取ったら、後は、どこの国の人になってもいいのである。
その子孫は、いずれ、因果応報で、苦難、苦痛の人生を歩むことになるが、彼らは、そんなことも、どうでもいいのである。
ここまで、日本人として、落ちたということである。
日本人として、落ちたということは、もはや、救いは無いということである。