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2008年01月 アーカイブ

2008年01月01日

もののあわれについて145

文屋康秀

是貞親王の家の歌合はせの歌
これさだのみこの いえのうたあわせのうた

吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ

風吹けば、草木が枯れる。だから、山から吹く風を、嵐というのであろう。

吹くからに、とは、吹くと、ずくに、吹くやいなや、更には、何々したばかりに、だからといって、という意味になる。

この歌は、文字遊びをしている。
山風を、嵐という。確かに、山と風で、嵐という文字になる。

こういう、遊びを始めた時代である。
むべ、とは、肯定である。なるほど、という意味。いふらむ、に、かかる。

荒らしに、嵐をかけたのである。

作家活動に余裕が、出てきたのである。
歌合せは、一首の、言葉遊びである。
それも、善し。

深草帝の御国忌の日によめる
ふかくさのみかどの みごくきのひによめる

草深き かすみの谷に 影かくし 照る日のくれし けふにやはあらぬ

御国忌とは、命日である。

草の深い、かすみがかかった谷に、光を隠し、照る日が、暗くなった。今日は、その日ではないか。

照る日とは、天皇である。
深草帝の命日に、つまり、京都深草に、御陵がある、仁明天皇のことを、思い出したのである。

喜撰法師
題知らず

わがいほは 都のたつみ しかぞ住む 世をうぢ山と 人は言ふなり

私の庵は、都の巽、東南にある。のんびりと住んでいるが、世の人は、憂いにありと言うらしい。

世を憂いで、宇治山に住むと人が言うが、そんなことはない。平穏無事に、のんびりと、過ごしている。ここには、中世的な、無常感覚などない。
たまたま、宇治山に住んでいるだけである。この、宇治山の、宇と、憂いの、憂を、懸けているのである。

しかぞ住む、とは、確かに住んでいる。このように住んでいるという。
いほ、とは、庵であり、草木を結んで作った家である。
後に、草庵として、茶室の原型になる。

自然豊かな日本では、自然の中で、自然に添うような、生き方を好む。
それが、伝統になるのである。

それでは、伝統とは、何かと言えば、それは、民族の癖ということになる。

特別、仰々しいものではない。単なる癖を、伝統と言うのである。
その癖を徹底させて、文化というものを、創造するのである。
伝統文化とは、民族の癖によって、出来上がったものと、認識すれば、実に、良く理解出来る。

良い悪いの区別ではない。
それぞれの、民族の癖が、伝統となる。それは、また、習慣とか、慣習と呼ばれるものになるのである。

日本は、自然環境に、実に恵まれた、類稀な国である。
美しい自然を失えば、日本は無くなる。
伝統を失うということである。
その自然の中でこそ、培われた行為行動なのであるから、自然が失われれば、当然、伝統行為も、失われる。

能や歌舞伎、茶の湯や、生け花を、伝統文化と言うが、伝統と言うには、歴史が浅すぎる。
精々、室町期の芸能である。
鎌倉時代の礼法である、小笠原流も、新しいのである。

千年を経て、ようやく、伝統なるものと呼べるのである。
そうすると、和歌、万葉集あたりが、伝統と呼べるのである。

勿論、905年成立の古今集も、伝統と呼べる。
芸能では、神楽である。

人の寿命は、短いが、伝統となるには、100代ほどの、世代の積み重ねが必要である。
でるから、伝統には、適わないのである。

短歌は、時代を経ても、読み継がれてきた。
短歌を読むとは、短歌を作ることである。
歌詠みである。
これこそ、伝統である。

辞世の句を読むというのが、当然のことであるというべきだ。

だが、今、辞世の句を読むほどの人が、どれほどいるか。
これは、情けないことである。

能や歌舞伎程度に、触れて、日本の伝統などと言う者は、愚かである。
あれは、単なる、お家芸というものである。
国の伝統ではない。

能が、世界遺産になったというが、それならば、日本語が、世界遺産である。
芸能は、完成するものではないが、能は完成してしまった。
世阿弥で完成である。
今あるものは、その残骸である。
幽玄などというもの、漢語である。
もののあわれ、には、程遠い。

2008年01月02日

もののあわれについて146

紀友則

梅の花を折りて人に送りける
君ならで たれにか見せむ 梅の花 色をも香をも 知る人ぞ知る

あなたではなくて、誰みせようか。梅の花の色も香りも。あなただから、理解できるのです。

知る人ぞ知る
知らなければ、知ることは、出来ないのである。
知る人ぞ、知る、というのは、実に、巧みな言い方である。
誤ると、単なる、おせいじに、なる。


桜の花の散るをよめる

ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ

光のどかな、春の日に、心が落ち着かなく、花が散るのである。
古今の美意識である。
これが、古今である。

ひさかた、は、枕詞である。
光のどけき春の日に
しづ心なく花の散るらむ
しづ心は、桜の花の心である。擬人化している。

あわただしく、落ち着かなく、という意味。
それほど、桜の花は、散るを、急ぐものである。未練なく、散る、桜に、感動するのである。

すでに、この頃から、桜に寄せる、日本人の思いが、出来上がっていたといえる。

この当たりの時代から、現代に続く、日本人の感性というものの、萌芽が見える。
万葉から、変容した、感性である。
次第に、平安の、みやび、雅に、近づいてゆくのである。

もののあわれ、というものの、姿が、一時期、雅に、覆われると、考えてもよい。

日本人が、自然のものを、擬人化する時、それは、単なる、文学上のことではない。
擬人化という、言葉に惑わされないことである。
文学上は、擬人化というが、実際、日本人は、桜の木に、心があると、確信していたのである。
山川草木に心がある。
その心は、人間の心より、高い位置にある。
つまり、神意識である。
自然に神を観ていた。

ただ、桜の花を、愛でていたのではない。桜の花を、崇敬していたと、思う方が合っている。
桜の花を、拝むと言ってもよい。

大和心というものは、それを、言う。

大和心から、大和魂という、言葉に変容するのである。

日本人の、自然を観る目を、確認しておかなければ、大和心は、理解出来ない。
例えば、欧米の自然観は、どうか。
征服して、従わせるものが、自然である。
神という、創造主は、人間に自然の支配を任せたと、考える。

自然と、対立する思想と、自然と、同化する思想とでは、全く違う。

大和心の、別名を、古の神の道という。
古神道である。

それでは、心というものを、どのように、認識していたのか。
心は、思いである。思いは、思考ではない。
思索のように、湧き上がってくるものである。
自然のもの、すべてに、その、想いがあると、観た。

心理学で言う、潜在意識の、底から、湧き上がる思いが、心である。
そして、更に、神という、自然と、通ずるものが、タマである。つまり、魂である。

ここに、大和魂の、根拠がある。

仏教の唯識というもの、心理学を、当時から凌駕すると言うが、日本の伝統は、唯識という、理屈より、感性で、認識していたのである。

そして、結果、
大和心、大和魂も、もののあわれ、に、立ち戻るのである。

神仏は妄想である。11

神奈川県警の、警備部長である、警視が、神世界という会社の、霊感商法に、関与したとして、事情聴取を受けている。

ヒーリングセラピー等々の言葉での、勧誘である。
最初は、1,000円からで、次第に、金額が上がる。しまいには、先祖が憑いているとか、祟りがある等の言葉での、お守り商法である。

感心するのは、宗教法人ではなく、単なる、物売りの会社であるということだ。
物売りの会社が、神世界と、名乗っても、問題ない。宗教の、騙しより、よほどいい。

これらを、霊感商法というならば、宗教の金集めは、何と言うのだろう。
お布施、供養、献金、維持費、管理費、特別供養、先祖供養、塔婆代、何から何まで、金である。

昨年の、文字に、偽、という文字が選ばれて、京都、清水寺の管長が、その文字を、認めた。
そして、書き終えて言う。
日本人として恥ずかしいと。
偽、という文字に表される、今年の、偽装事件などに、言うのであろうが、清水寺は、どれほどの永きに渡り、人々を騙し続けているのか。

京都、清水寺は、有名な、寺である。
観光名所でもある。
一度は、京都を訪れる人は、お参りする。

管長の立派な僧衣姿を見て、何とも、複雑な心境である。
僧衣と、袈裟の立派なものは、僧の位を表すのであろう。
勿論、管長であるから、偉い。立派な袈裟をつけての、詭弁である。しかし、本人は、詭弁などとは、思わない。

冬は、ぬくぬくと、温かい部屋にいて、夏は、涼しい部屋にいて、のうのうとして、仏の教えなるものを、餌にして、金集めをする。
それは、宗教法人であるから、税金から、免れる。

京都は、僧の町である。
彼らの、遊び方は、尋常ではない。金に飽かせて、遊び。
学僧も、多くいる。
親の寺から、仕送りを受けての、豪華な暮らしをして、修行とは、笑わせる。

いつの時代も、僧は、堕落していたが、今は、堕落ではない。明らかに、詐欺行為である。

千日行という修行をする、宗派もあり、それが満願に達すると、マスコミまで、取り上げて、修行を賞賛する。
私に言わせれば、遠洋漁業や、厳寒の冬の海に出て、漁をする、漁師達とは、比べ物にならないのである。

一体、いつから、あのような、アホなことをやって、修行というのか。
荒行とも言う。実に、馬鹿馬鹿しい。
厳寒の海に、漁に出てみよ。
命懸けでの、操業である。
命を落とした漁師も多い。

私の故郷は、そういう町である。
そういう、漁師たちの姿を見て、育った。
だから、宗教家たちの、嘘が、すぐに、見破れる。

A宗という、密教の新宗教の創立者が言う。
守護霊を持て。守護神を持て。
何を言う。
守護霊も、守護神も、すでに、皆を、守護しているのである。

心だに 誠の道に かないなば 祈らずとても 神や守らん
菅原道真が歌う。

真っ当に生きていれば、つまり、蒔いて刈り取り、漁をして、作るという、生き方をしていれば、祈らずとても、神は、守るのである。
その間に、不幸があっても、それは、宿命であるとして、受け入れる。そこに、生きる妙味がある。

人生が、変わるということより、人生が、変容すること。それは、何も変わらないが、生きるという、心根が、強固になるということである。

神仏に、頼み、奇跡が起きたら、それは、魔の仕業である。
何故なら、神仏というものは、妄想だからである。
それ、奇跡を起こすのは、魔と、相場が決まっている。

奇跡を起こして、幸福になっても、人は死ぬ。
死から、免れた者は、いない。
人は、実に、平等な存在である。

マルコ福音書で、イエスキリストは、少女と、ラザロという男を、生き返らせている。
少女の、生き返らせは、正しい。が、ラザロの死は、後の作者の願望である。
少女は、眠るだけであると、主イエスは、息を吹き返えらせた。
ラザロの場合は、完全に死んでいた。
完全に死んだ者を、蘇らせるというのは、僭越行為である。

死とは、厳粛な、霊界入りの作法である。
これについては、後で触れるので、省略する。

霊感商法に騙されるのは、騙される者が、悪い。
騙す者は、騙す意識がある。それに、気づかない程、アホであるという、我が身の不徳を、嘆くことである。

騙されたいほど、滅入っているのである。

騙されたいほど、迷いにあるのである。

それを、自分で、解決出来ないという、因縁である。
それを、嘆くことである。

いつも、思う。
霊感商法に、騙される人の弁護をする、弁護士の方々である。
ホント、ご苦労さんである。

アホの、世話ほど、大変なことは無い。

騙される人は、また、騙されるのである。
何となれば、そういう、エネルギーを出していると、気づかないのである。

騙してくれと、顔に書いてある。

熱心な、宗教信者の顔は、皆、騙されたことの、喜びである。
信仰に、喜んでいるのではない。
騙されたことに喜んでいるのである。
本人は、救われたと、思い込む。
ホント、救いようがない。

人生とは、思い込みによって、出来上がる人が、多いということであろう。

宝くじは、買っても、なかなか、当たらない。
ところが、信じると、買わない宝くじが当たったと、思い込めるという、幸いである。

仏陀の、最後の言葉は、己を信じ、真理の法を、拠り所とせよ、である。
決して、私を奉り、拝めと言わない。

真理の法とは、日本の心、大和心、大和魂にある。
自然との、共生、共感のことである。
そこに、真理というものがある。
何となれば、自然を離れて生きられないのである。

真理を、言葉遊びにあると、勘違いしないように。

2008年01月03日

神仏は妄想である。12

12月22日、毎日新聞朝刊に、親鸞、教行信証書き入れ、という記事が一面に載った。

親鸞とは、現在の浄土真宗の開祖である。
東、西本願寺というのが、それである。

国宝である、坂東本の、修復に伴う調査で、つめ跡のように、紙面を、凹ませて、文字や、印を記す筆記具、角筆による、書き入れである。

約700箇所に及ぶという。
親鸞が、解釈などを示すために、書き入れたものである。

毎日新聞によると、わが国最大の、伝統仏教勢力である、真宗教団の僧侶や門信徒の信仰のよりどころである、根本聖典とある。

これにより、解読結果を反映するよう、再検討を迫られると、書く。
更に、これまでの、研究が根本から、見直されることになるとある。

親鸞の思想の、理解が覆るほどのことである。
つまり、今までの教えには、嘘があったということになる。
しかし、面の皮の厚い、本願寺の、主たちは、平然として、構えることであろうと、推察出来る。

元大谷大学の広瀬という、学長の談が載っている。
親鸞が私たちに問いかけてきたようだった。私の考えをきちんと理解しているのか、と。

今更、何を言うのかと、私は言う。

教行信証については、別の機会に書く。

今回は、親鸞の信仰について言う。

親鸞は、法然の、念仏唯一という、浄土教に入門した。そして、言う。
法然に、騙されても、いい、と。
弥陀の本願に賭けるというのである。
弥陀の本願とは、最後の一人の人間が救われるまで、つまり、仏になるまで、救いを得ないという、願である。
無量寿経や、阿弥陀経という、仏典からの教えであり、それが、中国にて、浄土教として、始まったものである。

ただ今、浄土三部教という、経典に、まとめられている。
私も、時々、取り出して、読経する。
その度に、何とも、滑稽で、おかしいのである。
延々と、極楽の様を、説明する様は、実に、暇つぶしである。

その、極楽を、観想するというのも、人の修行である。
要するに、妄想、想像しなさいということだ。

法然は、天台に、学び、そして、そこから出て、浄土宗を拓いた。
難行ではなく、易行による、救いであり、誰もが、出来る、念仏に、救いを求めた。そして、得たと、勘違いした。

後に、他力といわれる、信仰形態を生む。

他力本願とういう。

親鸞は、それを、徹底させたと言われるが、何故、師匠の浄土宗を、継がなかったのか。
親鸞に、別に弟子が、出来たからである。
しかし、それでも、親鸞は、法然に帰依していたという事実がある。

教養人や、文学者等々、少しばかり、賢いと、思い込む者が、親鸞の思想、信仰に、酔うのである。
弟子の、唯円の書いた、歎異抄などは、有名である。
私も、その、文章は、名文だと思う。実に、素晴らしい、文である。

歎異抄とは、異なるを嘆くという、意味である。
つまり、親鸞在世当時、すでに、親鸞の思想を、勘違いし、誤って、信仰する者がいたということである。

有名な、文に、善人なをもて往来す、いわんや悪人をや、という。
善人が、往生、つまり、救われるのならば、悪人は、なおのこと、救われるというのである。

成仏するとは、言わない。
それが、ポイントである。

さて、法然は、その信仰により、島流しにされる。
次には、親鸞も、流される。
当時の、既成、仏教教団の僧たちに、嫉妬されるのである。

しかし、法然の前に、空也、良忍なども、念仏を掲げて、行動しているのである。

天台の教えの中にも、また、念仏はあった。

ただ、法然は、そこの、ところのみを、取り出して、救い、他力信仰を説いたのである。
ちなみに、日蓮は、法華経を持って、それが、最高の救いの道だと、題目を考案するのである。

日蓮の題目宗も、念仏宗に、攻撃されることになるのであり、皆々、宗教というものは、新しいもの、また、別の信仰を、攻撃するのである。
似た者同士であるということだ。

親鸞の思想は、キリスト教に似ると、言われることもある。
その救いの感覚が、キリスト教の、恩寵の思想に似るからである。

弥陀を、神を置き換えればよい。

イエスキリストは、言う。
あなたが、私を選んだのではなく、私が、あなたを選んだ。
親鸞も、似ている。
弥陀の本願は、すでに、与えられてあると。
念仏申さんと、思い立つ心の起こる時、すでに、弥陀の本願の救いの中にあると。

まあ、どう考えても、いいのだが、通用しないのである。
霊界では。

私が、言いたいことは、以下である。

思想を、信仰にしてしまうという、誤りである。
救い、救いというが、一体、何からの救いなのか。
女子供の、お遊びのような、救いを掲げて、その人生を、賭けたのである。大変、ご苦労なことであったが、彼らは、蒔きも、刈りも、まして、採ることも、捕ることも、作ることも、せずに、ただ、言葉遊びに始終したということである。

弥陀の本願は、妄想である。

弥陀の本願があるということの、根拠は、何も無い。一切無い。

弥陀というものも、観念である。

アミタという。
アミタは、思想の、総称であり、何か、仏像のようになってあるような、存在ではない。人の頭の中で、想像、妄想された、観念である。
阿弥陀様という、存在は、無いのである。

阿弥陀仏という、存在は、霊界、多次元の世界には無い。

もし、あるというは場合は、自己顕示欲の強い、霊が、そう言うのである。

ちなみに、題目も、言っておく。
題目とは、仏典、経典である、法華経という、それに、南無、帰依するというのである。

マジに、考えれば、頭がおかしいということが、解るのであるが、どうも、解らないらしい。
加えて、おまけに言うが、法華経を唱える者は、地獄に落ちるのである。

念仏も、成仏などしない。
往生するのである。

往生とは、行くということである。
親鸞は、どこに行くのか、解らなかった。
地獄である。

私が言う地獄とは、観念まみれの、多次元の霊界ということである。

行く、生まれる、を、往生という。
地獄に生まれて、行くのである。

ちなみに、当時、鎌倉時代、以前は、ほとんどの人、一般大衆、つまり、農民、漁民は、無学文盲である。

文字が読めない。故に、絵にして、教えたのである。
そういう、素直な、心根の良い人々に、想像の、妄想の、産物を教えて、信仰させたという、罪は、大罪である。

法然も、親鸞も、大悪人である。
詐欺師の上をゆく、詐話師ということになる。

人生が、空言、夢事ではない。彼らが、空言、夢事を、広めた、張本人である。

更に、その、教団を作り上げて、のうのうとして、一般庶民から搾取して、はばからないのである。

浄土真宗の僧侶になるのは、実に、簡単である。
東、西本願寺に行き、金を包んで、講習を受ければいい。

カトリックの司祭になるには、少なくとも、10年程の、学びが必要である。
しかし、僧侶には、本日、ただ今からでもなれる。
勿論、新宗教の開祖や、教祖は、本日、ただ今から成れる。
詐欺師も、同じく。

わが国、最大の最大の伝統仏教教団であると、毎日新聞が書く。
わが国、最大の、詐欺集団とは、書けないのである。新聞が、売れなくなる。

ここで、言うが。
私の実家は、法然の、浄土宗である。
祖父母の時代からの檀家である。今も、そうである。
祖父母は、無学文盲であった。

季節、季節に、その行事を行っていた。
父祖が亡くなり、祖母は、毎日、仏壇に向かって、手を合わせていた。
たまたま、念仏だった。題目だったかもしれない。
キリスト教だったのかも、しれない。

無学文盲の人々を、騙すのは、赤子の手を捻るより、易しい。
私も、仏壇に、念仏を唱える。

その信徒に対して、言うことはない。
彼らは、騙されているのであるから、行くべき霊界に行く。

成仏せずに、地獄に、往生するのは、皆々、妄想に明け暮れた、開祖や、教祖である。そして、それらを支持して、商売する僧たちである。

私の、言うことが、解れば、幸いである。

神仏は妄想である。13

神奈川県警の警視を、巻き込んでの、神世界という、会社の、霊感商法である。

ヒーリングサロンにて、ライセンスと呼ばれる、お札を販売していた。
初級が105,000円。中級が21万円。上級が525,000円である。
つまり、そのお札を持って人を、ヒーリングするというのである。

これは、今に始まったことではない。

世界救世教が、やっていたことであり、更に、それから、分派した、数多くの新宗教が、やっていたことである。

救世教は、大本教から出た。

宗教法人が、やれば、霊感商法ではないということが、ミソである。

昔、私は、分派して、更に分派し、もう一つおまけに、分派して、それをまた、分派しようとして、教祖になった男を知っている。
全く、宗教のことなど、知らない。
ただ、手かざしをすると、相手の、憑物が、出るのである。
それで、驚く。
信じるのである。

救世教の、内部分裂は、凄まじかった。
教団内に、ブルトーザーまで、出しての、紛争だった。

名の知れた、教団で言えば、真光教団、霊波の光教団等々である。

皆、手かざしをして、清めるという。
熱心な、若者信者が、道行く人を、お清めさせて下さいと、呼び止めることもあった。

信じる者は、騙されるから、本気で、清められると、思い込むのである。

また、自分の手から、神の光が、出ると、信じる。
信じることは、問題ないが、それを、人に強制するとなると、暴力である。

手かざしされて、具合の悪くなった人を、私は、多く知る。

特に、その力の強いといわれる者の、背後にいる霊は、動物に姿を変えた、霊である。
つまり、人の霊である。便宜上、動物霊という人もいる。

神世界は、有限会社であり、税金を納めて、堂々として、商売をしていた。
以前も書いたが、騙される人が、悪いに決まっている。

しかし、被害総額が、およそ100億円。被害者が、およそ1000人というと、少し驚く。
警察幹部もいるとの、言葉で、勧誘したというから、詐欺である。
ああ、詐欺ではない。確かに、警察幹部も、関わっていた。

警察幹部と、聴けば、安心する。

関わった、神奈川県警の警視は、神世界の神は、本物だっと、思ったと言う。
勿論、全面的、主観である。

また、テレビに出ている、有名霊能者を超える力とも、言う。

低級な霊と、話が出来ることが、有名霊能者であるから、その程度も、知れている。

手かざしをして、病が治ると言われて、薬を止め、とんでもないことになった人もいる。

私に相談に来た、分裂病、今の、統合失調症の、患者が、投薬を止めろと、霊能者に言われたのだがと、言うが、とんでもないことで、絶対に、薬を飲むことと、アドバイスしたが、その女性は、霊能者の色仕掛けに負けて、薬を止め、深夜、自分の胸を、包丁で刺し、重症を負った。

その親から、連絡を受けて、私は、ただちに、精神科医の元に行かせた。

このような、例は、数多い。

年末年始になると、宗教団体も、金集めに奔走する。
最も、危ない時期である。

信仰を、個人的、満足感で、済ませている分には、いいが、人を巻き込むようになると、実に、害である。
今回は、社会的問題になった。

統一教会の、壷売り、花売り、等々の物品販売も、問題になったが、この、紙切れ一枚を、売るという商売は、当たれば、ぼろ儲けである。
免許、資格等々と、同じく、紙切れ商売という。

手かざし、という、行為は、誰もが出来る。
それを、特別のことと言う根性は、ただ事ではない。

それで、世界を救うと、言うから、笑う。しかし、笑ってばかりも、いられない状態である。
何故、このような、騙しに、騙されるのかということが、問題である。

無神論者も、病むが、また、有神論者も病むのである。

だから、私は言う。
人は、霊に成るのであり、神仏には、ならないのであると。

神仏は、妄想である。

そして、最大の誤りは、神を光と、断定することである。
我は、道なり、真理なり、生命なりとは、イエスキリストの言葉である。
光であるとは、説教の方便に、使われる。

神は、光であり、闇である。
神を見たという、有名芸能人が、光であったという。
単なる、勘違いであり、たまたま見た霊が、光を、放っていたのである。一時的にである。

神という、存在は、この宇宙の中には、いない。
その外が、どうなのか、私は、知らない。
宇宙に充満する、エネルギーを神と、総称するというなら、話は、少し解る。

神仏を妄想しなければ、ならない、人間というものの、本質を、観るべきである。

そして、何故、騙されるのかということである。

私は、神棚に、伊勢神宮の大麻、神札を、お祭りしている。
祝詞も、唱える。

しかし、本当は、何もいらない。祝詞も、必要ない。
最も、肝心要は、太陽を拝し、黙祷することである。

それ以上のことは、不遜である。

太陽が、一秒活動を停止すれば、すべてが、死滅する。
真理は、実に、単純明解である。

無いものを、あたかも、在るものの如くにして、仰々しく、行為したのは、空海が、最初である。

秘密である。
秘密の教え、つまり、密教である。
その、声明などに、秘密を隠した。
しかし、空海の、音の、理解は、仏教からではない。

古神道の、言霊を支える、音霊である。
音霊、おとたま、という。

空海は、自分の教義に足りないものを、感じていた。それが、古神道の伝統行為である。
必死に、それを、探ろうとしたが、結局、インド魔界の、呪術をする者である。
次元も質も違う。

それに、逢うはずがない。

真言宗では、今も、空海が生きていると、見立てる。
今も、その自己顕示欲を、顕示しているのである。
恐れ入る。

脳科学に、期待する。
何故、人は、騙されるのか。それは、脳に、原因があるはずである。
ある種の、錯覚を脳の、ある部分が起こすのである。
騙される人は、そこの部分が、肥大化しているはずである。

2008年01月04日

もののあわれについて147

紀貫之
春立ちける日よめる

袖ひぢて むすびし水の 凍れるを 春立つけふの 風や解くらむ

袖ひぢて、は、袖ひづからなる。
袖が濡れてという意味になる。

袖が濡れて、掬った水が、凍っていたのが、春の風で、解かしているだろう。

紀貫之は、土佐日記などでも、有名な文学者、作家である。
この時代を、代表する歌人の一人であるといえる。

彼の歌を読めば、如何に、万葉の時代の歌と、違うのかが、解る。
それを、比べる、相違を見ることは、良いが、紀貫之の歌を、断定することは、出来ない。好みの問題になる。

非常に技巧的になってきているのである。
正岡子規は、紀貫之の歌を下手な歌だと、判断し、万葉集と、万葉振りを歌う、実朝を、全面的に、支持した。
それも、一つの方法である。

上記の歌も、非常に理屈の、筋の通った、歌であるが、如何せん、想像の歌である。
目の前に、その風景を見ていないのである。

立春の日の状態を、想像して歌うのである。
これは、新古今へも、受け継がれる。
新古今は、益々と、歌の世界を、複雑にして、更に、深みへと、向かおうとするのである。

雪の降りけるをよめる
かすみ立ち 木の芽も春の 雪降れば 花なき里も 花ぞ散りける

春の雪の歌である。
木の芽が出る春のような、雪が降るというのだ。
雪が降るのを、花が散ると、見立てる。見立ての歌という。

かすみ立ち 木の芽も春の
これは、直接的に、歌の内容に関係ないのである。が、春の趣を醸し出す。それで、雪を春の花のようだと、歌う。
万葉時代には、無い感覚である。

春という言葉を出すための、序詞である、かすみ立ち木の芽も、である。そして、更に、芽が出るという、動詞、はる、という言葉と、懸かり詞になっている。要するに、懸詞である。
一つで、二つの働きを持つということである。

この歌を、朗詠すると、
かすみ立ち木の芽も春の雪降れば 花なき里も花ぞ散りける
となる。
三句切れである。
しかし、二句で、切れるともいう。
春、はる、が、上と下に、懸かるのである。

こうして、分析してゆくと、歌の心が、削がれる。
単純に、歌を楽しみたいと思うが、ここまで、手が込んでくると、正岡子規のように、断定したくなるのである。

だが、貫之の、業績は、後々に、出てくる。
日本の文学に貢献したことは、否めない。

言葉を、パズルのように、弄ぶようである。
しかし、今しばらく、貫之の歌を読む。

歌奉れと仰せられし時、よめて奉れる
春日野の 若菜摘みにや しろたえの 袖ふりはへて 人のゆくらむ

仰せられ、とは、最高の尊敬語である。
歌を献上せよと、天皇が、仰せられた、のである。

ここでも、袖ふりはへて、の、ふり、の部分が重なるのである。
動詞、振り、と、副詞、ふりはへて、が、懸詞になるのである。

白い着物の袖を振り、春日野の若菜を摘みに行くのであろう、人々は。
人は、女性である。

朗詠する。
春日野の 若菜摘みにや しろたえの 袖ふりはへて 人のゆくらむ

すべてが、区切れるのである。
実際は、しろたえの袖ふりはへて人のゆくらむ、となっているのだが、朗詠すると、区切れる。

それでは、このようにして、歌を作る、読むということに、どんな意味、意義を、見出していたのかということだ。

もののあわれ、というものの、姿が、どのようにして、あったのかということだ。

それ以前に、彼らは、漢詩をよく、読んでいたということである。
和歌よりも、漢詩の、歌集の方が早く出来ているという事実である。
それが、和歌を逆に、盛り立てることになったという、ことである。

大和心への、目覚めである。

つまり、新しい姿で、もののあわれ、というものを、見つめたい、見つめるべきであると、感じていたのである。
それを、もののあわれ、とは、言わない。
だが、底辺に流れていたものは、もののあわれ、というものである。

大和心にあるものの、本体を、模索していたのである。

勿論、歌の完成度を高めるための、精一杯の努力をしていた。
時代の、姿である。

ここにも、もののあわれ、というものの、姿がある。

春立つけふの風や解くらむ
花なき里も花ぞ散りける
しろたえの袖ふりはへて人のゆくらむ

その底に流れるものは、もののあわれ、である。

もののあわれについて148

紀貫之

わがせこが 衣春雨 降るごとに 野辺のみどりぞ 色まさりけり

衣春雨とは、わがせこが衣、と、なる。春雨を引き出すための、序詞である。
わがせこ、というのは、普通は、女性が親しい、恋する男性に言う言葉であるが、ここでは、それを使う。

春雨が降る度ごとに、野辺の緑が色濃くなってゆくことだ。


人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける
人は、その心も、解らない。しかし、このふるさとの、花は、昔のままに、匂っている。

この歌の題は、省略した。
花とは、梅の花である。

女性が使う、言葉を使い歌を読むとは、貫之は、まさに、作家の走りである。
それを、想定して、創作歌を読むのである。

家にありける梅の花の散りけるをよめる

暮ると明くと めかれぬものを 梅の花 いつの人まに うつろひぬらむ

日が暮れると言っては見て、夜が明けるといっては、見る。絶えず、花から目が離れないのに、散る時は、人の見ぬ間に、散るのである。

めかれぬものを、とは、目が離れないという意味。

万葉との差は、ものの見方の、違いである。
次第に、狭くなっている。見る風景が、身近なことに、始終する。
箱庭の風景である。
これも、時代である。

歌奉れと仰せられし時によみて奉れる

桜花 咲きにけらしも あしひきの 山のかひより 見ゆる白雲

天皇に歌を献上せよといわれて、読んだ歌である。

桜が咲いてしまったようだ。あの山と山の間から見える、白雲よ。

紀貫之について言う。
日本で最初の評論家であろう。
晩年の土佐日記などは、旺盛な、批評精神である。
彼は、漢文の素養の深い人だった。九世紀の、唐の影響の強い時期を経て、和歌に目覚めたのである。

和歌、やまとうたに、目覚めた。
漢詩、唐歌に、対して、和歌を、正統なものとして、回復しようとしたことである。

ただし、その際に、万葉集の、多くを知らなかったということが、難である。

貫之の最大の功績は、ひらがな、の採用である。
まだ、正式文書は、漢文であった。
しかし、歌をよむ時のみ、ひらがな、やまとうた、になるのである。

漢文の名手でも、和歌は、大和言葉であった。

当時、ひらがなは、女文字として、軽く扱われていた。それを、貫之は、土佐日記で、徹底的に、揶揄している。
男もすなる日記というものを、女もしてみんとてするなり。との、書き出しは、実に、挑戦的である。

貫之は、一つの危機意識を感じた。
飛鳥、奈良時代における、やまとうた、の、伝統が、唐文字、唐文化によって、亡き者にされるという、危機である。

今の、私の心境と、近いものがある。
このままでは、忘れ去られる。更に、捨てられる。

そして、ひらがなの成立について、徹底的に、調べていたはずである。
ただ今は、変体仮名から、カナ文字が生まれ、そして、平仮名へと、進むと、考えられている。
それも、一つの方法である。

しかし、音を、漢字に、あてはめていたということは、言葉としての、音があった。それを、表記しなかったはずはないと。

ここで、少し飛躍するが、日本語は、母音が主の、音声である。
そして、子音というものがある。
神代文字、かみよもじ、と言われる、文字には、父音というものがある。
父音と、母音と、子音によって、言葉が成り立つのである。

神代文字の証拠は、あった。
聖徳太子の時に、国書編纂をしている。それが、蘇我家に、保管されていた。
蘇我馬子は、蘇我王朝を目指していたゆえの、行為である。
その、国書が、蘇我入鹿暗殺の際に、つまり、大化の改新の際に、その父、蘇我蝦夷が、屋敷に火を放ち、すべてを、消失していることである。

ただし、その一部を、中大兄皇子に、届けた者がいたとも、言われる。
古事記編纂の、きっかけとなったといわれる。

神代文字に、ついては、いずれ、別の機会に書く。

貫之の時、すでに、ひらがな、というものが、女たちによって、普通に使用されていたということは、事実である。
その、最大の結晶が、源氏物語である。

平安期、九世紀は、漢詩の全盛期である。
それを、経ての、和歌への復興である。

貫之の歌の、作りを、正岡子規のように、断定はしない。
その功績の方が大きいようである。

古今集から、続々と、和歌集が、生まれることになるのである。
抑えていたものを、吐き出すように、和歌がよまれるのである。

2008年01月05日

トラック諸島、追悼慰霊の前に言う

戦争犠牲者、追悼慰霊の旅をする私は、太平洋戦争の様を、調べている。

この戦争は、日本が、追い詰められた故の、自衛の戦争であるという、良心的な、分析をする者もいる。それを、私も、支持する。しかし、その、犠牲者のことを思うと、矢張り、やり切れない思いを抱く。

誰かを、悪者にして、その、怒りを、静めるということも、ある。
犯人探しである。
それは、出来る限り、しないと、思いつつ、矢張り、この戦争に関して調べてゆくと、一人の人物に行き当たる。
東条英機である。

最後には、徹底した精神主義にての、東条の行為に、私は、ドイツの、ヒットラーを見るのである。
どのように、良く解釈しても、彼は、誤っていた。

彼は、ある時、子々孫々に、政治家などになることのないようにと、呟いたそうであるが、それは、彼が、政治と、軍事に関わるということを、是とせず、非としたということである。
それならば、あれ程の、犠牲を出すことなくの、方法を取れたはずである。

実に、軽薄で、実に、愚かで、実に、無駄な、人生である。

絞首刑は、最もであった。

その、孫に当たるという者が、東条の行為を、正当化する云々を言うが、有り得ない。
完全完璧に、間違っていた。

御前会議という、天皇を前にしての、東条の傲慢は、極まりない。
実に、不敬である。

彼は、天皇さえも、自分の意思に従わない場合は、殺したのである。

それが、実に、よく、理解できた。
ドイツのヒットラーを、見る思いである。

自害せずに、絞首刑になるとは、また、実に、恥ずかしいことである。
自分が、言ったことを、忘れているのである。

捕虜になり、辱めを受けるより、自害せよとは、東条の言葉である。

そして、天皇に責任が及ばないように、と、自分が、すべての責任ある者のように、振舞ったということ、実に、偽善である。
最後まで、演じたのであろが、愚かである。

日本の法律で、A級戦犯などという、罪は無いが、彼は、最上級の、戦犯である。

天皇、日本国、日本人を、舐めている。

誰も言わないので、私が言う。
彼は、地獄が、住処である。

単なる、野心にのみ、行為したのである。
勿論、政治家というものは、皆々、野心に行為する。

本当に、何かを変えたいと、思えば、私のように、政治家にならず、実際的、行為を行うのである。
少しばかり、名が知れると、政治家を目指す。つまり、顕示欲である。野心である。

政治家になるなら、有名になればよい。
ただ、それだけである。

さて、トラック諸島のことである。

1943年4月18日ソロモン諸島の、前線基地を視察の、山本五十六連合艦隊司令長官が、米軍戦闘機16機による、待ち伏せ攻撃にて、機上で、戦死した。

米軍の日本軍の、暗号解読の成果である。
情報戦による、日本の敗北を意味する。

実は、この年、二月に、ガダルカナルを撤退している。
その敗北を、ニューギニアで、埋め合わせしようと、したのである。
ニューギニアに、兵力の増強を始めて、それは、うまく進んだ。
しかし、最も、兵力を増強する必要のあった、ラエ、サラモアへの第51師団の輸送は、その三月、連合軍機の攻撃によって、阻止され、輸送船八隻、護衛の駆逐艦四隻を失うという、大損失を蒙った。
ダンピールの悲劇と言われる。

この時、米軍、豪軍の戦闘機は、漂流する日本兵を、数日かけて、機銃掃射を繰り返して、出撃した魚雷艇が、海上を捜索して、日本兵を、射殺した。

漂流中の、無抵抗の日本兵を、射殺するというのは、戦争犯罪である。

ニューギニア戦線では、米軍の攻撃に、次第に、日本軍は、後退する。
何より、悲劇であることは、食料などの、補給がされず、多数の将兵が餓死したのである。

ニューギニア第18軍の戦没者は、約10万人である。そのうちの、約9万人が餓死である。

銃撃されて、死ぬのではない。餓死で、死ぬのである。

霊など、存在しないという者に言う。
その場に、行けと。
その場に行って、霊の存在の無いことを、確認せよと。
餓死した者の、霊の苦しみは、未だに、終わらないのである。

その場に、行けば、喉が渇き、兎に角、無性に、物が食べたくなるのである。
一時的に、霊が憑依する。

トラック諸島慰霊に、一ヶ月を切った夜、私は、多くの香りで、目覚めることになった。
そして、激しい、怒りと、悲しみである。
切なくなった。
それは、線香の匂いと、様々な花の匂いだった。

しかし、私は、霊能者ではない。
その姿を見ることはなかった。

何故、私のところに、コンタクトするのかは、私が、単に慰霊に行くからである。その、思い、すでに、飛んでいる。ただ、私の思いに、感応しているのである。
霊は、思いをのみ、受け取るのである。
その存在を知る者に、思いを送るのである。

勿論、私は、私の妄想であると、心得ている。

私の心が、トラック諸島に、広がっているのである。その心に、感応するのである。それは、私のみのもの。それを、信じて貰う何物も無い。故に、妄想である。

さて、海軍は、ソロモン諸島の、確保に、固執していた。
この地域が、突破され、ラバウルが、占領されると、連合艦隊の、最大の拠点である、トラック諸島が、米軍大型爆撃機の、行動範囲に入るからである。

そして、山本五十六の戦死である。

1943年の5月には、アリューシャン列島の、アッツ島が、全滅する。
敗戦に向かって、一直線に進んだ。
12月は、タラワ島、マキン島の全滅。
翌年、クェゼリン島、ルオット島の全滅である。

1943年9月の、御前会議は、茶番であった。
9月は、イタリアが、連合国に降伏したのである。

以後、無謀な戦いが、続く。

御前会議で、決定した、絶対国防圏の強化が、進まない。
それは、海軍が、トラック諸島の、確保を依然として重視し、圏外に位置する前方要塞の放棄に、踏み切れなかったからである。

米軍が、前方要塞に進軍し、全滅する。

その頃になると、海上輸送の、低下が、甚だしい。
船舶の喪失が、急増して、兵員輸送用の、輸送船すら、不足するのである。

1944年初頭、大本営は、中部太平洋の、防備強化を決定した。
3月から5月にかけて、サイパン、トラック諸島、グアム、硫黄島、ペリリュー島への、緊急優先輸送を開始した。

1月から、6月にかけて、中部太平洋に、輸送された兵士は、4万2千名。
このうち、潜水艦などによって、沈没した人数は、1万2千名。うち、戦死者は、3600名である。

1944年、米軍は、2月に、マーシャル諸島の、クェゼリン・ルオット島に、さらに、ブラウン環礁に上陸し、全滅させる。

2月17日から、18日にかけて、米軍の機動部隊が、トラック島を攻撃して、日本軍は、航空機270機、艦船40数隻を失うという、大損害であった。
これにより、トラック諸島は、完全に米軍に掌握された。

このような状態でも、大本営は、インパール作戦を開始したから、愚かである。
それが、タイ・ビルマ戦線である。

トラック諸島には、艦船だけではない。民間船、つまり、輸送船200隻あまりも、沈んでいる。
乗組員は、生き残ることは、出来ない。海底に、残されたままである。
地上戦の場合は、生き残ることもあるが、海上である。

イルカの背に乗って、助かるということは、ほとんどない。
全員、死亡である。

戦後、僅かばかりの、遺骨が、収集された。
後の遺骨は、今も、海底にある。

そして、世界のダイバースポットとなり、ダイバーが、日本軍の兵士たちの、遺骨を見るために、海に潜る。
それが、私の父や兄弟たったらと、思うと、ただ事では、いられない。

今、何故、追悼慰霊なのか。
心、斜めに構えている者には、決して、解らない。

靖国神社に参るが、遺骨眠る場所に、追悼慰霊には、行かない。
靖国に、戻られる霊は、少ない。
行き場を失っている。
故郷にも、帰られない。
行き場を失っている。
各々の信仰する、宗教の天国や、極楽にも、行くことが出来ない。
行き場を失っている。

そこに、漂うばかりである。
気を失ったままに、漂う霊もある。

追悼慰霊とは、彼らを、目覚めさせる行為である。
霊的存在であることを、目覚めさせる行為である。

多くの人類が、殺されてきた。
宗教の、発生は、それに大きく負う。
追悼慰霊の行為にあった。

目に見えない存在をもって、宗教的行為が、成された。
しかし、現在、宗教を見渡して、それをするもの、皆無である。
いやいや、供養をしています。追悼をしています。と言うだろう。それが、すべて、生きている側からの、満足感であるということに、気づかない。
死者を扱う宗教の、欺瞞は、計り知れない。

ローマ法王が、スペイン統治の南米の一億人を殺した、追悼慰霊をするなど、見たことも無い。
精々、信者の戦死者を、追悼する程度である。

それでは、日本仏教団体は、どうか。
農協さんのように、安楽な旅は、するが、金にならない、追悼慰霊、あるいは、供養などしない。
それでいて、したり顔で、お釈迦様の、教え云々と言う。呆れる。

皆々、宗教の大嘘に、気づくべきであろうと、思うが、騙されたいという方が強く、皆々、騙されて、念仏したり、題目を上げて、地獄行きの行為を、続けている様、つくづくと、哀れである。

しまいに、お遍路さんである。
弘法大師と同行二人で、四国を歩くという、おめでたさである。
自分を見つめる旅とは、笑わせる。
四国を、歩いて、自分など、見つめられる訳が無い。
それなら、隣近所の、ゴミ拾いでもした方が、実りある。

実に、愚かなことである。

さて、私は、心の命ずるままに、追悼慰霊を行為する。

トラック諸島全域を、追悼慰霊し、清め祓いを行う。

そして、霊位に、言う。
靖国に行きたい人は、靖国に。故郷に戻りたい人は、故郷に。母の元に戻りたい人は、母の元に。
天国や、極楽に行って下さいとは、口が裂けても、言わない。
霊界に、そんな場所は無い。

さらに、次元の別にする、世界へ、お戻りくださいと言う。

清め祓いとは、日本の皇祖皇宗に、お願いして、その、御霊を、御霊に、ある、悪しきものを、清め、祓い、本来の姿に戻ることをいう。
ただ今、皇祖皇宗を、総称して、天照御大神と、お呼びする。
これは、伝統行為である。

追伸
当初は、予算の関係で、海上慰霊を考えていなかった。
現地日本人の方が、慰霊の手配などを手がけていることは、知っている。しかし、私一人では、金額的に無理である。
そこで、同行の野中が、現地の漁師さんに、お願いするといいのでは、という話になり、現地で、交渉し、海上慰霊も、行うことにした。
浜辺で、トラック諸島全域に渡る追悼慰霊と、思ったが、矢張り、海上まで出て、行為することにした。
海上慰霊をし、浜辺での追悼慰霊を行うということになる。

ある夜、お香の匂いと、次に花々の匂いがして、目覚めた。
いいようもない、気持ちがした。
すでに、霊位にある方々が、コンタクトをしてきていると、感じた。
その場に行くこと自体に、慰霊の行為がある。
すなわち、家から出掛ける時から、慰霊の行為が、始まるということである。
思念は、時空を超える。しかし、その場に出掛けるという行為が、この次元に留まる霊位には、絶大なる影響を与えるのである。
こちらが、それに掛ける、様々な苦労を伴っての行為であることが、彼らの慰めになるのである。
この世は、行為の世界である。
だから、私は、行くのである。

2008年01月06日

神仏は妄想である。14

法華経が、悪魔の好む経典である。地獄行きの経典であると、書いてから、私の知り合いから、我が家は、日蓮宗ですとの、話を、多く聞いた。

驚きと、感嘆である。

もし、法華経が、悪魔の好む経典なら、それが、本当なら、先祖たちは、救われない。地獄に落ちいてるのかと、思うらしい。

全く、心配は、いらない。
霊界には、天国も、極楽も、地獄も無い。
あるのは、次元のレベルである。

私も、法華経を唱える。
訳が、見事だからだ。
実に、漢文として、面白い。
あれ程、見事に、漢文に訳すと言う才能は、驚嘆に値する。

方便品第十六の、最初の文句は、自我得仏来である。
じがとくぶつらい、である。
仏が、私に来ると共に、私が、仏を得る。漢字の意味を、探っても、面白いのである。しかし、漢字の意味ではない。内容は、漢字で、探れば、誤る。

ところが、漢字の意味で、解釈する僧、多数いるから、驚く。

日本書記における、仏教伝来は、欽明天皇の時代である。
百済が、初めて朝廷に、仏像を献上したとある。
538年頃である。

その時、天皇は、それを礼拝するべきか、どうかと、皆に、問う。
蘇我馬子の父、蘇我稲目が賛成であり、物部尾輿が反対し、争ったとある。

結果、仏教は、争いの種を、大和にもたらすのである。

物部と、中臣は、まさに今、改めて蕃神 となりのくにのかみ を拝むこと、おそらくは、国神 くにつかみ の怒りを致したまはむことを、と、言うのである。

仏のこと、蕃神 となりのくにのかみ という意識しかなかったのである。

しかし、これから、仏の教えを受け入れる、拒否するということでの、壮絶な戦いが、はじまる。

蘇我馬子と、その三代が、政権搾取と共に、崇仏派として、物部を主とする、否定派と、戦うのである。

結果、大化の改新によって、一応の決着は着く。が、仏教は、伝来以来、加持祈祷という、病に関する、絶大な力を誇り、古代の人の心をつかむ。
病に関しては、無力であった時代である。

仏教は、医師と、薬の、知識を伴ったことが、大きな影響を与えた。

それまでは、神道という言葉さえなく、神ながら、という、おのづからのままに、という、行為であった。
つまり、思想体系も無く、論理的構造の無いという、行為のみの、先祖から伝えられたものであった。

無体系は、そのまま、抱擁のある、ものである。
そこに、病治癒としての、仏教は、自然に入り込むことが出来た。

仏教自体にも、根本の教えは、慈悲であるから、融合することの、ものが、あった。
一神教のように、排他的、非寛容ではない。

ただし、蘇我家のように、政治利用しようとする時に、争いが起こる。

実は、古代史の中でも、蘇我馬子による、崇仏派の争いは、最大である。
宗教戦争は、戦争の最も大なるものである。
仏教伝来の歴史は、流血の歴史でもある。

現代においても、神道の、思想体系は、無いと言ってもよい。もし、それを、あるとして、神道を語る者がいれば、それは、神道ではない。
神道は、語らないものだからだ。
それを、言挙げせず、という。

また、神道を、学ぶのに、古事記等の、歴史書、特に、神話の部分をもって、神学のように、扱っても、詮無いことなのだ。

神道系の宗教、及び、霊能的行為をする者、それは、その者によるものであり、それが、真実、ではない。
何かを限定すれば、それは、神道ではなく、単なる、一つの宗教になる。
故に、神道、古神道として、何かの思想体系を持てば、それは、嘘であるということだ。

唯神 神ながら かんながら という道は、多神教、汎神論などというものでもない。
要するに、宗教体系にあるものではないということである。

神々は、先祖であり、自然現象の神格化である。

本居宣長は、道々しき意 こころ も語 ことばも見えず、という。

実は、神道ですら無いのである。

在りて在る如く なのである。

百済から、最初に仏像が、もたらされたということが、象徴的である。
拝む対象を、像として、造るという行為は、日本の伝統には無い。

行為のみである。
そして、言霊の宣言のみである。

あえて言うならば、三種の神器があることである。
玉と、鏡と、剣である。

兎も角、日本古代史、最大の戦争、同族間の争いを、誘発したということが、問題である。
それは、宗教の、最大のテーマである。
何故、争うのか。

その後の、日本は、神と仏との融合をして、長きに渡る歴史を持つ。
神仏混合というが、それは、神道は、宗教ではないと言うことが、ポイントである。
そして、仏の教えにある、寛容性である。
勿論、戦争は大罪である。殺生という、殺しを、最も、戒めた教えである。

これは、私の霊学であるが、仏陀は、日本民族と同一の部族であったということである。
それについては、日本の歴史についてで書くことにする。

日本の王朝の歴史は、9,000年程の歴史を有する。
列島が、分断される前に、一度、日本から、大陸へ、旅をして、王朝を立てている。
その、王朝が、再び、故郷帰りで、富士王朝を建てたのである。

大陸から、列島が、切り離されたのが、1万2千年前である。
つまり、日本の歴史は、それ以前からあると、考えられるのである。

仏教からの、最大の影響は、思索であった。
人生を見つめる、手立てとしての、思索を与えたのである。
勿論、中国を通してのものであるから、中国思想に、大きく拠るものである。

しかし、それは、仏教の断面である。
奈良の仏教により、より深く、仏教を知ることになる。
だが、平安時代初期、最澄と空海によって、仏教から離れ、密教へと、変化してゆく。つまり、仏教から、大きく離れた新宗教であり、更に、鎌倉時代になると、鎌倉仏教と言われる、新興宗教が、生まれる。

それらは、仏教とは言えないのである。
仏典をダシにした、思想であり、文学という芸術活動である。

天竺が、日本から遠いように、仏陀の教えから、遠く離れて、名のみ、仏教と言われるが、全く、別物として、考えるべきである。

今は、それすらも、無く、形式に堕し、教義も、空虚であり、実体は、何も無い。
実に、神道化しているのであるが、それに、僧侶たちは、気づくことも無い。
ここで言う、神道化しているというのは、ある種の、体系的神道であり、唯神、神ながらの道ではない。

先にも言うように、体系化する神道とは、神道ではない。
日本の伝統行為には、名は無いのである。
在りて在るように、なのである。
例えで言えば、花が咲くように、である。
花は、咲くのである。咲くものを、花と言う。
日本の伝統行為とは、そういうものである

神仏は妄想である。15

僧侶も、人間であるからといって、許せることと、許せないことがある。

例えば、密教系の宗派の、僧侶は、大寺院を経営し、幼稚園、墓地を所有し、土地も、多く持つ。
しかし、その本性は、娘を、性的虐待するのである。
近親相姦である。
その、娘は、意識にトラウマを持ち、家を出て、SMの世界に入り、仕事をした。拭い切れない、記憶を、SMにより、解消しようとした。
勿論、解消できるものではない。

日蓮宗の大僧侶は、手伝いの女に子を産ませて、その後は、その女を寺から追い出した。
その、母子は、辛苦の人生を、歩んだ。

真言宗の、地元では、有名な寺の、住職は、愛人を作り、それによって、妻を自殺に追い込み、妻が自殺すると、早速、愛人を寺に入れて、結婚し、先妻の息子を寺から出して、愛人の子供に、寺を継がせた。

まだまだ、ある。

僧侶も、人間だからといって、良いものか、どうか。

仏教の僧とは、妻帯せずに、仏の悟りを悟り続ける者であり、日本以外の仏教の僧は、妻帯しないのである。

妻帯を始めたのは、親鸞が、最初である。
その、師である、法然も、妻帯していない。

親鸞は、僧にあらずなのである。
ところが、勝手な解釈をして、勝手に、堕落した僧であると、酔いしれ、私のような、罪びとは、地獄が、住処である、などいう、勝手な、作家のようなことを言うのである。
作家であり、僧ではないということ、明白である。

浄土真宗の開祖として、奉られて、その派閥は、十派ある。
その中でも、大きいのは、東西の、本願寺派である。徳川家康の宗教政策により、分けられたのである。
この、真宗は、信長、秀吉等々、戦国大名を、悩ませたのである。
信徒を、兵士にして、大名と戦わせるという、仰天する行動をさせたのである。
最も、戦いに、遠い者のはずが、戦うという。
何ゆえか。
支配欲である。

教団が、大きくなれば、さらに、その支配を広げるべく、とんでもないことを、始めるのである。
今も、政治団体を持つ、新宗教がある。

親鸞の書いた、教行信証を、彼らは、信仰の骨子とする。
更に、絶対他力というから、呆れる。

その、帰依するモノは、阿弥陀如来である。

教行信証の中でも、特に大切にされる、文句が、ある。

帰命無量寿如来
南無不可思議光
きみょうむりょうじゅにょらい
なむふかしぎこう

無量寿如来に帰依し、不可思議光に南無したてまつる。
帰依も、南無も同じ意味である。

この、阿弥陀仏というものは、寿命無量、アミターユス、と、光明無量、アミターバという、観念である。
寿命も、光明も、無限に永遠であるという、観念である。
ご存知、大乗経典のお話である。

初期、仏典には、そんな話は、無い。

仏陀滅後、700年ほど経て、南インドにて、龍樹という者が、抱いた妄想、創作である。

大乗経典には、この、妄想、創作の仏や、如来が、数多出てくる。
暇に任せて、よくもまあ、続々と、創作したものである。

親鸞は、サンスクリット語を知らない。
漢語の、仏典を持って、ただ、妄想に邁進したのである。

その思索の、深みは、理解するが、あまりに、臭いのである。

念仏のみで、救われるという、法然の教えは、私一人のためのものだとか。
救われない私をも、救うという、弥陀の本願に、ただ、頼るしかないだの。
まあ、兎に角、文学者や、ぶった思想家、知識者に、好まれるような、文句を多々言う。

歎異抄の中で、親鸞は、弟子の唯円に言う。
弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり

そこまで、思索するのは、いいが、弥陀の本願というものは、作り事なのである。
騙されているのである。

しかし、法然に、騙されて、地獄に落ちいてもいいのだと言う。何故なら、自分は、地獄にいるのが、当然な者だからであるという。

こういうのを、罪悪観念意識拡大という。

複雑怪奇に、陥ってしまったのである。

親鸞の筆跡を見る。
考えすぎで、神経症になる、タイプである。
更に、単純な欲望が強かったせいで、相当に、悩んだであろう。
少しばかり、頭が、働いたせいで、とんでもない、妄想の世界に、意識を、遊ばせたのである。

どうも、哀れである。

阿弥陀仏という仏になるのは、法蔵菩薩である。
無量寿経の中に出てくる。

ダルマカーラと名乗る求道者の時に、53の仏が、すべて、この世に出現していた。
法蔵菩薩は、54番目となる、ローケーシュヴァララージャという、仏に会い、師と仰ぎ、自分も、その仏のようになろうと、願を立てる。
その時に、師を、褒めるだけ、褒める。そして、48の願を立てる。
その願の中に、阿弥陀仏という仏になるというものと、一切衆生を救うための、極楽浄土を、建立するというのである。

この、御伽噺を、信じたのである。

空言、戯言、夢事である。
インド人が、好むお話である。奇想天外であるということだ。

一切の人が、仏にならないならば、云々という、願を立てるというのである。

大乗仏教とは、小乗、上座仏教に対する、対抗として、発生したものである。
つまり、仏教の大衆化である。
それは、理解するが、その経典となると、あまりに、作り事なので、辟易する。

仏説という、冠をつけて、仏典と称するが、何のことは無い、空想である。

仏陀でさえ、そんなことは、言っていないと言うほどである。

大乗経典を、学ぶために、天竺に渡った、三蔵法師で有名な、玄奘は、救われない者もいると名言している。

どう、転んでも、救われない者がいるというのである。
つまり、成仏も、往生も、出来ない者である。

すべての人が、救われるまでは、云々というならば、阿弥陀仏は、まだ、極楽浄土を、建立していないということである。

何せ、世界では、救われない人が、多すぎる。
更に、日に日に、救われない人が、多くなっているのである。

浄土真宗とは、惰性である。
惰性の信仰を、掲げている。
勿論、浄土宗も、然り。

いやいや、法華経を掲げる、天台も、日蓮宗も、その他の、日本仏教というものは、すべて、惰性と、怠慢の一言。
役立たず。
用無し。
アホ、馬鹿、間抜け、糞ったれ、である。

無学文盲、無知、低脳が、信じているのみである。

私の親も、言う。
うーん、檀家だから、ねー、と。

たまたま、浄土宗の寺の檀家になったのである。
祖父母の代である。
つまり、惰性である。

惰性で、持っている、ただ今の、日本仏教である。

手の施しようが無い程、腐っているのである。

科学が、霊界を証明すれば、それらは、すぐさま、捨てられる。

天国、極楽、地獄等々は、ありません。
霊界は、次元の違いの世界です。

という、結論に至る。

2008年01月07日

神仏は妄想である。16

私の近所を歩くと、天理教の教会が、四件ある。
一丁にも、満たない場所に、四箇所もの、教会である。
戦後、天理教は、国会議員を出した程、隆盛した時期がある。

現世利益の、最もたる宗教であった。

私の、母方の祖父母は、熱心な天理教信者である。
私も、子供の頃に、教会に、何度となくつれて行かれた。
その頃の、町の天理教の教会は、実に、大勢の信者を、擁していた。

しかし、私がカトリックの洗礼を受けてから、祖母は、別にして、祖父は、非常に嫌った。ヤソ教として、嫌った。
それは、戦争体験からも、頷ける。

ただ、私は、祖父母の信仰深い行為を、尊敬していた。

悪しきをはらうて 助けたまへ てんりんおうの みこと
その祈りの言葉を、当たり前に聞いて、子供の頃を、過ごした。

教祖、中山みき、という、婆さんに関しては、その、奉仕と、施しの精神には、感服するのである。

しかし、教祖の生き方のみで、終われば、問題はなかった。
教団としての、組織を作ることから、教祖自身の、良き行いも、無に帰すのである。

現在の天理教の信者は、中山みきを、神と、思い込むのである。
それは、みきの体に、神が、懸ったからである。

みきが、三日三晩、錯乱した時、天の将軍と名乗る霊が、懸る。
霊に、憑かれたといってよい。

そして、その霊の正体が、何かである。

実に、愚鈍な霊である。

ただし、霊は、霊である。
その霊が、天の将軍と、言ったところで、勝手に言うことである。
一体、天の将軍とは、何か。
ここで、教祖となった、中山みきという、婆さんの、知的レベルが、解る。

信仰深い、婆さんであったことは、確かである。
念仏宗である。

江戸時代末期の、大和地方は、数多くの仏教寺院が乱立していた。
その中で、抜きん出ていた宗派は、宗教ヤクザの、浄土真宗である。

体制に、しっかりと、寄りかかり、磐石な、組織を作り上げていた。

しかし、組織が大きくなると、必ず、反体制の運動が、起こる。
本願寺に対する、反体制の、念仏の集いが起こるのである。
隠れ念仏ともいう。

後に、みきも、その隠れ念仏の様式を、取り入れていることが、解る。

私が、いいたいことは、宗教評論家ではないから、その神の正体である。
それは、現在の天理教の教団を、見れば、一目瞭然である。

その後、中山みきは、死後、幾人かの、人にコンタクトをしている。
それにより、天理教から分派した、グループもいる。
更に、それにより、霊能力を発揮して、活動している者もいる。

祖父母が、熱心に信仰していた、宗教であるが、その程度の、教祖が、死後に人に懸る程度の宗教だということだ。
次元のレベルが、解る。

そして、驚いたことは、祖母が亡くなる前、朦朧とした意識の中で、屋根に、阿弥陀様が、迎えに来ているというのである。
これは、完璧に、天理王という神の正体が、丸見えである。

要するに、単なる霊なのである。
自己顕示欲の強い、少しく、迷う霊である。
その、物言いから、武士の霊であり、更に、その背後に、野心の強い、霊体の集団がある。

大変申し訳ないが、動物の霊の集団を、司る、霊の一味である。
修験道系の、天狗等々の、霊団といえる。

ある、神道系の、霊能者は、亀であると、判断した。
霊界の亀である。
言うほうも、言うほうだが、愚鈍な亀である。

大本教の、出口ナオのものも、中山みきの、お筆先も、実に、くどいのである。
岡本天明という、日月神示という、お筆先などは、具合が悪くなるほど、くどいのである。

頭の悪い霊が、喋るのを、書くからである。

神が、憑いたということは、理解するが、神という、存在は、霊界には無いのであから、霊なのである。
霊を、神と、誤る程、ボケているということだ。

みきの、口から出る霊の言葉を、鵜呑みにしたという、愚かさである。
勿論、霊が、みきの体から、抜けなかったということもある。
実に、しつこい、レベルの低い霊である。

解りました、みきを、差し上げますと、言うと、霊が抜けた。
霊媒体質と、言ってられないのだ。

教団設立に関する歴史等に関しては、いずれ、また、書くことにするが、現在の天理教の、行為行動である。

一時期、搾取の宗教と、言われた程、信徒から、献金を集めた。
教祖の、行為とは、全く別で、屋敷を払って、教会に金を入れるということである。
本部には、お金を入れる柱がある。
仰天する。
あまりにも、愚かである。

天理教教会が、よく、火事を起こすということは、知られていない。
あれは、霊的障害である。
信徒の少年によって、本部の神殿まで、焼けたこともある。
教祖の代々の者、真柱というが、それも、幹部も、霊的障害と、見抜けない程、霊的に未熟である。

血縁が、代々継ぐということから、誤った教団であるということが、解る。
世襲制になって、仏教教団も、どこも、かしこも、おかしくなっている。
血縁は、有り得ない。

古事記を真似た、勝手解釈の、開闢物語を、平気で、信徒の子供たちに、教えるという、馬鹿馬鹿しさである。
古事記の、嘘が、見破れないほど、霊感が無いということを、証明するのである。

そして、いつの間にか、教派神道ということになっている。
教派神道とは、神道に、準じたものということであり、教団設立のために、考えた方便であるはずが、教義になったという、仰天である。

私の、祖父母は、天理教が言う、神の世界には、入らなかったことが、幸いである。
小さな、天理教の霊界を、作って、そこを、天の国だと、思っているのであるから、哀れである。

だいたい、本部に、信徒の霊が、集うのが、関の山である。
何しろ、行くところが無い。

天理教の霊界は、本部教会という、アホらしさである。

故に、益々、霊的障害が、起こる。
お参りに行き、気分の悪くなる人、異常に疲れる人が、大勢いる。

死んだ信徒が、生きている信徒に、憑くのである。

死ぬことを、出直しと言うが、出直しする信徒は、霊界で、天理教から、全く隔絶された、次元に行く。

死んだ信徒が、生きている信徒に憑いて、せっせと、金を、運ばせるのだから、終わっている。

ちなみに、天理教の大教会という場所に行くと、寒々としたものを、感じる。それなら、小さな、熱心な信者の教会の方が、温かい。
つまり、知らないゆえに、信じて、拝む、熱心な信者のいる方が、まだ、真っ当であるということだ。

こういうことである。
誤った神というものを、拝んでも、拝む者の心が、天理教の神もどきの波動を受けないことにより、真っ当な、信仰行為を、行っているといことである。

真っ当な、信仰行為とは、何か。
それが、問題である。
以下、省略。

2008年01月08日

千の風が嫌いだという、婆さんから云々。

道新の投稿「千の風にのって」の歌が大嫌いなお婆さんの投書です。「私はこの曲が大嫌いです。生前夫が口うるさくて、死んでくれて新たな人生を送っているのに、風になって、まだ私の周りを巻付いていると思うと、ゾッとします。鳥になってとありますが、鳥になってと思うと夫が鳥になって空を飛んでいると思うとゾッとします。だから千の風が大嫌いです。」とありました。大笑いしました。

札幌の知人からのメールである。
道新とは、北海道新聞のことである。

よくぞ、このような、投稿を載せたものである。
流行っている時は、そう思う人がいても、無視するものだが、矢張り、記者の中には、同じように、思う人もいるのであろう。

皆が皆、感動し、涙して聴くと思い込むのは、間違っている。いや、嘘である。

それに、私は、お墓には、いませんという歌詞だが、日本人の多くは、そう思っている。
お墓には、お骨があるだけで、その魂、霊が、墓にいるとは、思っていない。

そして、お墓の前で、泣くということも、あまりない。
泣く人は、殺されたとか、非業の死を遂げたとかいう人の、親族である。

感動するもの、おおよそ、すべが、作られたものである。
それも、マスコミによってである。

あの、テノール歌手も、それで、色々なところに、取り上げられたが、テノールとしては、それほどのものではない。
それが、歌が流行ったということで、テノール歌手の代表のようになっているのである。
笑う。

あれの、物真似の方が、何倍も上手だということを、見れば、解る。
勿論、本人の努力等々の、ことどもは、理解するし、有名になって良かったと思う。精々、忘れられないうちに、稼いでおくことだと言う。

さて、若者殺しの時代、という本を書いた、堀井憲一郎さんの言葉を、紹介する。

おとなにとって、若い連中とは、社会で落ち着く前に少々あがいているだけの、若いおとなでしかななかったのだ。その後、「若いおとな」とはまったく別個の「若者」という新しいカテゴリーが発見され、「若者」に向けての商品が売られ、「若者」は特権的なエリアであるかのように扱われる。若い、ということに意味を持たせてしまった。一種のペテンなのだけど、若さの価値が高いような情報を流してしまって、とにかくそこからいろんなものを収奪しようとした。そして収奪は成功する。
あまりまともな商売ではない。田舎から都会に出てきたばかりの人間に、都市生活に必要なものをべらぼうな値段で売りつけているのと変わらない。それも商売だと言えば商売だが、まともな商売とは言えない。自分たちでまだ稼いでない連中に、次々とものを売りつけるシステムを作り上げ、すべての若い人をそのシステムに取り込み、おとなたちがその余剰で食べているという社会は、どう考えてもまともな社会ではないのだ。まともではない社会は、どこかにしわ寄せがくる。それが21世紀の日本と日本の若者だ。

哀れな若者である。
しかし、それも、哀れにしたのは、誰か。
金金金の、大人たちである。

最も、若者でも、女の子に対する、収奪は、凄まじかった。
お姫様に仕立てて、商売のターゲットにした。そして、それに、振り回されたのが、男の子たちである。

いや、親も振り回された。
どんどんと、女の子たちに、金を出したのである。

金の無い、若者、女の子の親の金を狙っての商売である。

しかし、それも、長くは続かない。すでに、女の子たちの、受難が始まっている。

男の子たちは、頭の良い、美しい男の子と、一緒にいることの方が、楽であり、ステータスになってきたのである。
21世紀の、逆襲が、始まった。
もう、女の子たちには、セックス好きの、野獣のような、男たちしか、目を向けないのである。

真っ当な、男の子たちは、男の子を、連れて歩くようになるのである。

お解りか、アホな、女の子たち。
もう、相手にされないのである。
野獣のような、男たちにしか、である。

以下省略。

さて、流行を作り上げて、金にするという、常識が、いつまで、続くのか。

韓国ブームというものも、中高年の、おばさん、昔の、女の子たちを、ターゲットにしたものである。
女、というものは、ホントに・・・

韓国役者であれば、人が集った。
一昨年、丸ビルで、ある韓国の役者が、一階のホールで、歌った。
溢れるほどの、おばさんたちである。
その歌の下手なこと。
イベント担当の責任者も、呆れた。

しかし、イベント会社は、成功である。
事業本部長を、接待し、大枚な金を使って、落とした甲斐があった。
イベント会社とは、コバンザメである。
企業と、出演者の間に入り、ギャラの何倍もの、金額を上乗せして、搾取するものである。考えることは、決まっている。流行を売るのであり、そこに、何の企画力も無いという、驚きである。

それも、以下省略。

皆々、作られたもの。
それに、乗せられる。そして、乗せられて、喜ぶ。

可愛そうな、若者、特に、乗せられ過ぎた、女の子たち。

お姫様気分は、もう、終わり。
誰も、相手にしません。いやいや、セックスのみの、男たちが、相手にします。

良い子の、男の子たちは、美しい男の子を、ステータスとして、連れ歩くのです。

ゲイの時代到来と、早合点しては、駄目。
ゲイではない。
れっきとした、男の子たちである。
つまり、武士道のようなものが、戻ったと、思えば良い。
男子たるもの、女子と、同席はせず、である。

千の風で、儲けた金は、所詮、泡銭という。
泡である、あぶく、実に、言霊が、悪い。

ブは、最悪である。
精々、お体に、気をつけて。

最後に、若者殺しの時代、の堀井さんの提言である。
若い人が居場所を確保する可能性は二つ。
一つは、この社会を破壊すること。
もう一つは、社会から逃げること。

この説明は、省略する。

再度、札幌の知人から、メールがきた。
実は、おとうさんが、この記事を教えてくれて、おかあさんが、先に死んで、風になって、まとわり着くと思うと、嫌になるというものである。
夫婦って、そんなもの、ね、とは、知人。あははは、と、笑う。

今まで、少し、崇高に、論じていたが、このメールで、私も、もうこのことについては、書かないと決めた。
解っている人は、わかっているのである。

そういえば、嫌な奴が、死んで風になって、吹き付けると、思うと、ゾッとする。
鳥になって、飛んでいたら、撃ち落したくなる。

以上。

総務省の、お遊び。ごまかし。

総務省が、四月から、市町村に、若手官僚を派遣すると言う。
自治体の、人材提供の要望に応じると、共に、財政面などで、厳しい課題に直面する、市町村の現場を体験させて、国の政策に、反映させるという。

今までの、出先機関では、駄目なのだろう。

しかし、要望を受けてというが、官庁との、パイプを持つことによる、有利さを、求めてのことであろう。

公務員は、非国民であるから、国家、地方公務員も、同じものであり、庶民とは、全く関係ないところでの、馴れ合いの関係になるのであろう。
地方が、どうなろうが、どうでもいい者が、派遣されて、どうする。

副市長や、特別職のほか、課長待遇であると言う。
それからして、嘘っぽい。

さらに、期間は二年であると言う。
その成果は、全く、期待できるものではない。

総務省のキャリア職員は、二年から五年程度の、都道府県の出向と、本省勤務を繰り返す。

兎に角、市町村の活性化を支援し、現場の経験を積ませたいと言うが、積ませて、それだけのことであろう。
何も、期待できないどころか、また、賄賂や、便宜を計るということからの、接待等々のこと、大いにある。

結局、小手先のアイディアで、国を、さらに、地方を食い物にする。
そんなことは、今までの、公務員を見ていれば、解り過ぎるほど、解る。
それを、歓迎する、市町村の思惑も、手に取るように、解るというものである。

都道府県に、出向する、官僚の若者は、傲慢極まりない。それは、そのように、また、上から指導される。
兎に角、偉く振舞うことであると。
良心のある者は、それで、官僚の道を辞めた者、多々いる。

江戸時代の代官という、感覚そのままである。
お上の代理であるから、偉く振舞うのである。
その応対の、不遜は、言葉に尽くせないほどのもの。

支配層にいるという、安心感からか、一般市民の感覚など、皆無である。

また、地方公務員などを見ていれば、財政が赤字であろうが、どうであろうが、関係ない。のううのと、大枚な給与を得て、のうのうとして、午後五時になると、帰宅する。
四時になると、帰り支度をするという、仰天である。

どうせ、地方に出るということで、特別手当を出すのであろう。
そして、その、予算を目論んで、いるという、こ狡さである。

天下りで、税金が、6兆円も使われているのである。
そのような、感覚の者に、期待できるはずもない。

一兆円とは、一日、50万円使って、5,000年である。

国民の金を、奪うということに、懸けて、公務員は、成る。

地方公務員は、子供を三人育てることが、出来るが、市民は、一人が限界である。
公務員の子供が多くなるということは、厚顔無恥な親の子供が、多くなるということで、日本に、未来は無い。

政治家より、官僚の方が、数段頭がいい。ゆえに、結果、政治家は、舐められて、今に至る。

出向して、偉くいる者が、どうして、現場の状況など、知るものか。また、知ったとして、何をするのか。
少しく、何かするというのであれば、単に、国からの金を回す程度であろう。

若手官僚を呼ぶという、市町村も、一番の美人な娘を、献上して、ご機嫌を取るのが、関の山であろう。

現実と、遊離している者が、何人いても、詮無いことだと、何故、気づかないのか、不思議でしょうがない。
たった、二年で、何をやる、出来るというのだうろか。
小手先、付け焼刃という。

話に、ならないので、以下省略。

社会保険庁を詐欺罪で訴える。

第二の、年金問題が、浮上してきた。

厚生年金である。
月給のデーターである。
誤りが懸念され、不正な改ざんが行われていたという。

一体、どういうことか。

厚生年金は、会社と、勤め人が、金額を折半して、支払う。
私も、法人の時、月々、七万近くを支払っていた。
給料から、天引きされる。そして、半分を会社が、加えて、支払う。

それが、会社が、給料額を下げて、支払額を減らすという、手口と、さらに、保険庁が、チェックなく、改ざんしていたということである。

加入者は、置いて、会社と社会保険庁が、それなりに、体裁を整える。
未納されるよりいいと、保険庁は、改ざんに、手を染めるのである。

ここまで、ゆくと、詐欺行為のようである。

これが、もっと、明るみにされると、第二の年金問題とる。

国民は、まず、社会保険庁を、詐欺罪で、訴える。そして、監督省庁の、厚生労働省を、告発する。そして、国を相手に、徹底して、戦う。

要するに、何が問題なのか。
国民は、国を信用して、天引きを良しとし、年金を支払う。
しかし、会社が、支払額を減らすために、月給額を減らす、そして、保険庁が、よろしいと、月額を下げるという、改ざんをしていたということである。

当然、受給額が減る。

何とも、言えない、不正である。

個人事務所だった、私の事務所も法人であるから、厚生年金だった。
そして、法人を止めて、国民年金に変更する。
最初は、国民年金を払った。
そして、法人にしてからの、支払い額である。その時は、親が、貰うのだと、支払うことを、当然だと思っていた。

ところが、年金問題が、起こる前から、怪しいと思い始めた。

それは、省略する。
もう、年金は、全く、当てにしていないからだ。

年金は、国の骨格である。
年金が潰れる時は、国が潰れる時である。
しかし、今、年金問題を見ると、国が、潰れるのである。

国がやることだからと、安心していたのが、間違いの始まりである。

公務員が、非国民であると、気づいたのは、ほんの十年ほど前である。
それ以前から、気づいていれば、と、思う。

もう、犯人探しをすることは、しない。
すべて、諦めている。
しかし、多くの国民は、別であろう。
年金を当てにしている。老後を、それで、乗り切ろうとしている。

国民が、社会保険庁、及び、厚生労度省、そして、国を相手に、訴訟を起こすべき時である。これが、革命になる。

主権在民であること、この時、と、ばかりに、立ち上がるべきである。

今まで、年金資金を、どのように、使用していたのか、十分に見た。
人の金である。
湯水の如くである。その如く、勝手に利用しいていた。
自分の金のように、使用していた。

誰が、得をしたのか。
政治家は、勿論、企業や、その手下、そして、最も、得をしたのは、誰か。

国民は、国家転覆を願って、やるべきである。

どうせ、選挙しかない。
それも、どうしょうもない、政治家希望者ばかりである。
野心の何ものでもない。

天皇に、政治をお返しするべきであると、私は言う。
大政奉還である。
笑う者は、笑え。

今、国民のことを、天皇に反対する者までも、心に掛けるのは、天皇陛下しかいない。

戦後も、日本人として、行為行動したのは、唯一、昭和天皇のみである。
歴史を、見れば、一目瞭然である。

天皇が、年金を支払えない状態ですと、言えば、皆、納得する程の、存在である。

勿論、社会、共産主義者は、北朝鮮にでも、行くがいい。そこで、天国のような、生活をすると、よい。

中国でもいい。
ロシアでもいい。

日本が嫌なら、どこへでも、行くことが出来る時代である。

アホな、ノーベル賞作家のように、朝鮮や、中国に取り込まれてもいいとは、思わない。
冗談ではない。
世界で、唯一の、歴史を有する、日本である。

神々の国である。
神の国ではない。
神々の、である。

以下省略。

2008年01月09日

もののあわれについて149

紀貫之

寛平の御時、后の宮で歌合はせの歌

寛平とは、十九世紀末、宇多天皇の時期である。

夏の夜の ふすかとすれば ほととぎす 鳴くひと声に 明くるしののめ

夏の夜は、横になったかと思うと、ほととぎすが鳴き、夜が明ける。

ふすかとすれば 
臥すのであるから、寝る、横になるである。

何事も無い、夏の夜の、短さを歌う。
何事も無い自然の様を歌う、万葉集と、比べれば、矢張り、違う。
矮小化している。

秋の果つる竜田川に思ひやりてよめる

年こどに もみぢ葉流す 竜田川 みなとや秋の とまりなるらむ

毎年、毎年、紅葉を流す竜田川。その流れの海にそぞくところ、秋の止まるところなのだろうか。

これ、何事も無い、自然の風景であるが、矢張り、万葉の自然観とは、違う。
しかし、それでいい。時代である。

九月のつごもりの日、大井にてよめる
ながつきのつごもりのひ、おおいにてよめる

夕月夜 をぐらの山に 鳴く鹿の 声のうちにや 秋はくるらむ
ゆうづきよ おぐらのやまに なくしかの こえのうちにや あきはくるらむ

万葉初期の、舒明天皇の御歌と、比べる。
夕されば 小倉の山に 鳴く鹿は 今夜は鳴かず いねにけらしも

声のうちにや
という、語感に、作為を感じる。

小倉の山に鳴く鹿の声の中で、秋は暮れている。というのである。
同じく、鹿の鳴く声を聴くが、全く違うのである。

鹿の鳴き声のうちに、秋は深まるという、作為である。

舒明天皇は、全く、心の内を語らないのである。しかし、その心の内にある、深い沈黙を感じさせる。
歌に、沈黙である。
言葉に、沈黙を秘めるという。

そして、命のダイナミックさがある。
どう見ても、格が違うのである。しかし、それでいい。時代性である。

秋はくるらむ、にも、作為がある。
くるらむ、とは、現在推量の、らむ、は、終止形に接続する。
秋は、来るのではない。
暮るらむ、となる。

例えば
宿りして 春の山辺に 寝たる夜は 夢のうちにも 花ぞ散りける
と、歌う。

宿をとって、春の山辺に寝た夜、夢の中でも、花が散ったことだ。
夢のうちにも花ぞ散りける、とは、感性の、矮小化である。

これが、後々の歌よみに影響を与える。
が、貫之が、晩年に、我が歌に、どのような、評価をしたのかを、知らない。
それを、知りたいと思う。
六歌仙を批評した、貫之である。自分の歌を、後に、どのように、評価したか。

更に読む。

むすぶ手の しづくに濁る 山の井の あかでも人に 別れぬるかな
水をすくい、そのしづくで、濁る水が、その濁りのために、十分飲めないように、名残惜しく、あなたと別れるという。

気負いすぎである。
複雑にしている。
万葉の素直さは、無い。

名残惜しいということを、端的に歌わないのである。何かに、掛けて歌う。
これは、一種の遊びである。
歌をよむ行為に、余裕があり、言葉の遊びに堕してしまう、その手前の状態である。

恋歌をよむ。

色もなき 心を人に 染めしより うつろはむとは 思ほえなくに
何の穢れ無き心を、あなたによって、染められた。その心が、他に変わることなどないだろうに。

万葉の恋歌とは、全く別である。
作為と、趣向に懲り過ぎている。

ただし、紀友則がみまかりにける時によめる、歌は、素直だ。

あす知らぬ わが身と思へど 暮れぬまの けふは人こそ 悲しかりけれ

明日にも、死ぬかもしれない、我が身であるが、まだ暮れないうちから、亡き人を思い、悲しいことである。

明日と、今日を対比されていると、解説する人もいる。
それが、趣向だというのである。

けふは人こそ悲しかりけれ
人の死こそは悲しかりけれ、であれば、自然である。

日記文学というものがある。
日記だから、人に見せるものではないと、いうものの、矢張り、誰かに読まれるということを意識して、書くのである。
そういう歌のよみ方をしているようである。

仏教の無常観を云々という、解説者もいるが、無常観などという言葉は、必要ではない。
死というものに対する、感情は、無常観とは、別物である。

仏教でいうところの、無常観は、観念である。
人の死が、悲しいのは、観念ではない。

単に、悲しいのである。切ないのである。辛いのである。

もののあわれ、については、素直である。
あわれ、というものの、感覚も、この時期から、明確になってくるのである。
いずれ書く。

もののあわれについて150

凡河内 弓身恒
おほしかふちみつね

春の夜 梅の花をよめる

春の夜の 闇はあやなし 梅の花 色こそ見えね 香やは隠るる

春の夜の闇は、筋が通らないものだ。それは、梅の花のためにであろうか。
色は見えないが、香は、隠れるだろうか。

春の夜の闇を、擬人化するという。

うぐひすの花の木にて鳴くをよめる

しるしなき 音をも泣くかな うぐひすの ことしのみ散る 花ならなくに

散る花に泣くのであろう。今年ばかり散るものではないのに。

うぐひすを、擬人化する。

六月のつごもりの日よめる

夏と秋と 行きかふ空の 通い路は かたへ涼しき 風や吹くらむ

夏と秋とが、行き違う空の道は、片方には、涼しい風が、吹いているのだろうか。

夏と秋を、擬人化する。

理屈の歌である。
空の通い路、に、少し、安心するのは、新しい発想だからだ。
古今は、このような歌が、主に歌われた時期である。

白菊の花をよめる

心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどはせる 白菊の花

適当に折るなら、折るのか。初霜がおりて、霜か花かが、解らない白菊の花。

霜が降りると、白い菊の花が、花なのか、霜なのか、解らなくなるという。あてずっぽうで、折るしかないという。

池のほとりにてもみぢの散るをよめる

風吹けば 落つるもみぢ葉 水清み 散らぬかげさえ 底に見えつつ

風が吹くと、水面に落ちる紅葉である。水が清く、枝にある葉まで、底にあるように、影がみえる。

散った紅葉は、水面に見える。散らない紅葉も、また、水底に見えるという、写実である。
万葉は、目の前に見るという行為があるが、ここでは、見なくても、想像で、歌を作れるのである。
勿論、見ているのであろうが、技巧により、何とも、小手先の歌に思えるのである、私には。

しかし、当時の歌は、これが、主流だった。

古今は、知的、想像的、観念的、遊戯的といわれる、ゆえんである。

また、歌にする題材に、狭さを感じる。
現代に続く、小市民的感覚である。スケールが、小さい。
視野が狭いのである。

感性を、箱庭に、飼ってしまうようである。
あの、万葉の壮大なスケールはない。
これが、雅に、引き続くのであり、色好みという、姿勢に現れる。
この、色好みは、平安期を通じて、一つの、行動の規範となるから、面白い。
それを、堕落と否定するよりも、実際的に、色好みに、人は、憧れた。

雅と、色好みに、しばし、もののあわれ、というものの、姿が、隠れるが、しかし、あわれ、という感覚は、底辺にあった。

ここで、色好みという言葉について言う。

いろ、とは、色とは、実は、無関係である。
当時の、仏教も、色は、物質として認識していたから、それを知る人もいた。

いろ、は、純粋な大和言葉である。
兄を、いろせ、姉を、いろも、と言う。
いろも、は、恋妻という意味もある。

敬意と、親愛の情である。それが、いろ、という言葉に表される。

縄文期から、続く、いイろオ、である。
イは、人のことである。人の思いを、オーとして、送る。つまり、心を送る相手である。

好み、とは、選ぶという意味である。
色好みを、直訳すると、自分の相手を、選択するという意味になる。

つまり、恋にある。
恋とは、相手の魂を乞うことである。魂乞い、たまこい、が、恋である。

色好みを、単なる、情交好き、セックスという、狭義の意味に受け取ると、誤る。
エロティズムとして、考えられたのは、現在に入ってからである。

男が、女を選ぶだけではない。女が男を選ぶという、ことでもある。
これが、女文学へと、生成発展する。

選択と交渉に、現れる、粋、そして、美観、そして、その基本にあるのが、あわれ、である。

江戸時代まで、生活の中にある、恋と、遊戯の恋を、区分けしていた民族である。

江戸になると、はっきりと、恋は、遊郭での恋である。
結婚して、恋をするのは、遊郭でこその行為である。
そして、その恋の一般は、粋であり、教養であった。
それが、成されない場合は、野暮として、嫌われた。

簡単に言う。
セックスのみを求めるような、男は、相手にならなかったのである。
遊郭では、粋と、教養に、裏打ちされた、恋遊びが、最も、大切にされた。

遊郭文化である。

普通の生活の中に、恋という、別空間を持てる者が、大人の男であった。

京都市役所での、職員のダブル不倫の二人が、市役所の中を、舞台に、セックス行為を繰り返していたという、事件のような、話があった。
社内での、セックス遊びなども、セックスの、脱日常であるが、不毛である。

それは、農民の、草むらでの、乱交のような、セックスであり、それを、現代に、蘇らせたようである。
それは、下層民たちの、セックスであり、知的レベルの高い者は、色好みを、追求したのである。

ダブル不倫の二人は、セックス後に、メールにて、先ほどの、行為の熱を帯びた様を、交換していたという。
これが、知的レベルが、高ければ、歌になる。

後世に残るような、歌になる。
しかし、そんな、レベルではなかった。
つまり、犬猫のセックスである。
年中発情するという、犬猫より、劣る情交を、繰り返していた。

勿論、死ぬまでの、暇つぶしに、職場の机だろうが、倉庫の中だろうが、階段の踊り場だろうが、どこで、セックスを楽しもうが、否定も、眉をしかめることもない。

ただし、その行為は、色好みではない。

言えば、性器好みである。
兎に角、セックスという行為のみに、事の本質があり、全く、色好みとは、別なもの、異質なものである。

現代の、露骨でどぎつい性の氾濫の結果、我々は鈍感になり、却って性の実体を見失っている場合が多い。現代の好色は美の理想を失っているからである。
亀井勝一郎 日本人の精神史研究

古代、もののあわれ、が発生していない、魂乞いの、恋歌があった。
セックスに至るまでの、過程における、魂乞いの作法である。

古代は、恋が性に直結していた。
いずれ、おいおいと書く。

2008年01月10日

もののあわれについて151

壬生忠岑
みぶのただみね

寛平の御時后の歌合はせの歌

暮るるかと 見れば明けぬる 夏の夜を あかずとや鳴く 山ほととぎす

日が暮れると、思いきや、もう、夏の夜が明けると、鳴くのか、ほとどぎす。

あかずとや鳴く、とは、飽き足りない、不十分だという意味。
山ほととぎす、とは、山にいるほとぎす、山から出てきた、ほととぎす、である。
この場合は、音数律の関係から、山と、加えた。

是貞親王の家の歌合はせによめる

ひさかたの 月の桂も 秋はなほ もみぢすればや 照りまさるらむ

月の世界にある、桂の木も、紅葉しているのであろう。だから、月明かりが、強いのだ。

是貞親王の家の歌合はせの歌

山里は 秋こそことに わびしけれ 鹿の鳴く音に 目をさましつつ

山里の、秋は、殊に、寂しく辛いものだ。何度も、鹿の鳴く音に、目を覚ましつつ。

寛平の御時后の宮の歌合はせの歌

み吉野の 山の白雪 踏み分けて 入りにし人の おとづれもせぬ

吉野山の雪の中を踏み分けて出掛けた人は、頼りも、よこさないのである。

皆、こじんまりと、まとまっている歌である。
興味の対象が、身近身辺のことである。
勿論、スケールが、小さいのである。

見れば明けぬる夏の夜
月の桂も秋はなほ
山里は秋こそことにわびしけれ
入りにし人のおとづれもせぬ

万葉には、無い言葉の数々である。
視野が狭くなったという。
これが、現代まで続いている。

成立が、905年であるから、おおよそ、1100年前である。
それから、大して、現代とは、変わらない。
ただ、現代の歌には、カタカナ英語が入るという、のみ。

サラダ記念日という、短歌集が、一時期、流行したが、一大革命とは、いかなかった。
単なる、言葉遊びである。
短歌というより、川柳に近いのである。

短歌でも、川柳でもないという、新しい短歌と言ってもよい。
勿論、私は、支持しない。

語感といものを、知らない者の、歌である。
大和言葉の語感のことである。

同じ内容を歌っても、大和言葉の語感を知れば、違った。

エッセイストというならば、わかるが、あれで、歌人とは、笑わせる。
何でも、五・七・五・七・七にすれば、よいというものではない。

大和歌である。
そして、多く捻くれた歌の数々である。
捻くれると、それだけで、誤魔化しになり、歌の道に、遠くなることを知らない。

勿論、そういう歌の数々は、時の流れに流されて、消えてゆく。

この頃の、人、万葉の歌を知らないと、見える。
もし、万葉を知れば、歌が違う。

確実に、神代の感覚を失っている。
それは、また、進化なのであろう。
神人分離感覚である。

それは、自然と同通していた頃の、感覚である。
山川草木と、同化していた時期があるのである。

それを、神ながら、唯神、かんながら、と言った。

江戸時代の、松尾芭蕉は、それを、見抜いて、松のことは、松に習え、竹のことは、竹に習えと言った。
芭蕉の俳句は、こけおどしの様に、万葉を意識している。
それはまた、西行に多くの刺激を受けたものである。
西行は、また、万葉に立ち返りつつ、歌をよんだ。

西行の才能は、霊感である。
万葉人の、啓示を、受けている。

壬生忠岑は、風雅を先取りしている。
繊細優美である。
古今の世界の、走りとでもいう。
後は、好みの問題である。

私の、もののあわれ、を読み、短歌を作るようになったという、若者がいる。
どのように、作ればいいのかとの、質問である。
簡単である。
多くの歌を読むこと。
好きな人の歌を、繰り返し読むこと。
習字の練習と同じである。
最初は、真似から、はじまる。子供を見ていれば、皆々、大人の真似からである。
それを、日本では、型を学ぶといった。そして、自分の形を作ってゆく。それを、自由というのである。
型の無い自由は、形無しである。
型があればこそ、型破りという行為が、出来る。
型の文化であり、そして、形へ至る文化が、日本である。

文明に対決する、唯一の道は、文化である。
私の中に、文化を養うことが、最も、正しい。

実は、日本では、文化を、芸能と言った。
今の芸能という言葉ではない。
日本は、芸能の国である。

学問を、大和言葉では、ものならふ、と言う。それでは、芸能を、大和言葉で、何と言うか。
以下省略。

神仏は妄想である。17

神仏は妄想である、というエッセイを書いている。
これからも、各宗教のことを書くが、実は、本質的問題がある。

今回は、少し、それに、触れる。
そのために、社会的地位のある方、つまり、私のような、無名の者、学者でもなく、素人が書くものより、説得力があるだろうと、思われる方の、論文から、紹介する。

神学学者であり、大学の教授でもある、田川健三氏の、宗教批判をめぐる、から、引用する。

つまり、結論から言えば、人間の生の原因は人間の生であり、人間の生の結果として人間の生が生み出される。因と果は分けることができない。そして、この複雑多岐な働きかたの総体が人間の歴史である。

宗教を越える、という中の、人は何のために生きるか、という題の文章からである。

人間が何かのために生きる、などということがあってはならない。人間の生は「何か或るもの」などをはるかに超えた巨大な質のものである。人間の生をけちくさい「何ものか」のために犠牲にしたり、縮小したりしてはならない。

この、或るものとは、宗教である。と、私は、解釈する。
生を、けちくさい、何ものかのために、犠牲にしたり、縮小してはならないと言う。
実に、真っ当な感覚である。

さて、続きを読む。

ところが、人は何によって生きるか、などと問うと、ついあわてて、人間の生の根拠なるものを人間の生の外に探すことになる。あるいは、人間の生のごく一部を外に投影して、そこから人間の生が生まれて来るの如くに錯覚する。人間の生の「原点」などという発想は、その種の錯覚から出発して、それを哲学的もしくは文学的にこねくりまわしたものにすぎぬ。

まさに、多くの新興宗教が、成すことである。
また、伝統宗教というものも、それに尽きるのである。
哲学的、文学的に、こねくり回すというのである。

こういう場合、「根拠」は目的と大差なくなる。「何によって」がいつのまにか「何のため」にすりかえられる。人間の生の外にあるもの、あるいは外にあると錯覚した人間の生のごく一部の抽象、によって人間の生の全体をとりしきろうとすれば、人間の生に対していやらしいゆがみをもたらすことになる。

ここまで、読んで理解出来ない人は、宗教に騙される。
要するに、頭が悪い。
信仰深い人に、頭が悪い人が大勢いるのである。
ある程度の、思考に耐えられないのである。故に、お任せのような、信仰にのめり込み、そして、また、頭の悪い人を、勧誘して、仲間を作ろうとする。

ある、題目を唱える、巨大宗教団体は、敵を倒せ、味方を増やせと言う。そうして、はっぱを掛けられて、仲良しクラブを作るのである。
支配者には、都合がいい。人が集えば、金が集まるのである。
それに、アホだから、自分を捨てて、自分の外にあると思う、ご本尊に、身を預けるのである。

続けて読む。

そういうゆがみに我慢することができる人がいるとすれば、その人は、思想においてはそういうことを真理として説きながらも、自分自身の食って寝る現実の生活の思想と切り離してある程度円満に充実していとなむことができているからである。あるいはむしろ、そのゆがみをもたらす思想の現実的影響とは無関係に円満に充足させているからである。

これは、宗教指導者のことである。
宗教の組織にある、支配者層のことである。
教祖や、幹部、会長や、それに、付随する、ずるい者どもである。

自民党・文部省のたくらむ道徳教育や生きがい論、それと本質的にはほとんど変わらないキリスト教仏教その他の宗教家の宣伝する生きがい論、あるいはそういったもののたいこもちをやらかす作家や哲学者、評論家や大学教授の語る人生論的説教など、いずれも、自分ではその思想のもたらすゆがみの被害を蒙ることなく、多数の大衆にはそのゆがみの結果を押し付けるものである。

要するに、生計を立てるべくの行為行動である。
自分は、痛くも痒くもないのである。ただ、金を得ることができるのである。
特に、巨大宗教団体などから、賞賛されると、本は売れる、講演依頼は来る。そういう、輩は、また、有名になることを、求める。
大河の一滴、などで、僧侶のように、エッセイを書く作家もいた。今も、生きている。恥ずかしげもなく、堂々として、迷いの言葉を書き続けているが、読む人は、それによって、安心を得るという、不思議な現象を起こしている。
つまり、戯言、なのであるが、本人は、信じている振りをするのである。
そこまで、言うなら、すべてを捨てて、出家してもいいはずである。
要するに、面倒なことは、したくないが、尊敬は受けたいのである。

そういった説教家たちも、本当は、必ずしも円満に充足した生活を送っているわけではないだろう。彼らなりにゆがんだ生活の中に沈んでもいよう。しかし少なくとも彼らは、自分たち自身の生活については、自分たちが他人にむかって説教する人生の目的だの根拠だのに本気になって全生活をかけようなどとしているわけではない。毎日の食って寝る生活の大部分かつ最も重要な部分は、人生の目的だの根拠だのということに無関係に維持しているのである。

僧侶になった、見苦しい女性作家がいる。
堂々として、宴席では、上座に座り、特別扱いをされて、平然としている。
自分のやってきたことは、棚に上げて、人に、説教、それも、仏のお話をするという、仰天である。
裏の話を聞けば、人は、信じられないだろうが、信じられないような、人間である。
天台宗というから、頷く。
権威の何ものでもない。
僧侶ということは、少なくても、世の中の、どうでもよいことに、関係なく過ごすはずであるが、世の中に、幅かって、平然としている。
ファンが多いから、また、驚く。
大衆は、本当に騙されるのが好きである。

食って寝る生活がとりあえず豊かに、心配なく維持されるように保障されているから、それと無関係なところで抽象的に人生の目的だの根拠だのについての思念をもてあそぶことができる。しかし大部分の人間にとってはそうはいかない。最大限の努力をすることで辛うじて食って寝る生活を維持しているのだし、それすらしばしば不安にさらされる。そういう人たちにむかって、生活の現実から離れた抽象的な人生論を説教して、生活の基盤から目をそむけるようにしむけるのは、思想的な収奪、観念の搾取というべきことである。

もしも人間の生とは何か、などとたずねられたら、それは人間の生の全体である、と答える以外にない。それ以外の答えは危険である。

この文は、田川氏の、最初の切り口である。
これから、延々として、論文は続く。
これは、宗教を越えるという、一説からのものである。
聖書学者、神学者であり、さらに、世界的視点からの、論文は、実に、有意義である。

宗教的感性は知性の退廃を救えない、と、判断する、見識は、実に真っ当である。

宗教家の手口は、簡単である。
言葉にできないものがある、という、手である。
さんざん、喋るくせに、最後になると、語りきれないもの、それが、神である、仏である云々と。
では、最初から、語ることなく、行為のみに、専心すればいいのだ。
しかし、それは、しない。

架空の商売をして、金を得ることを、詐欺という。
宗教家は、その妄想を、詐欺であるとは、全く思いもしない。
知性の無い、善意ほど、迷惑なものはないのである。

自分の外に、超越したものを、置くという、大きな誤りが、宗教というものの、本質である。

だから、言う。
神仏は、妄想である、と。

2008年01月11日

神仏は妄想である。18

田川健三氏の、専攻は、新約聖書学である。
その、マタイ福音書に関する、論文には、目を開かれた。
すべての、著作を読んではいないが、これから、すべて取り寄せ、学んでみたいと思っている。

近世は知性優先の時代であると考えられてきた。そして近代の矛盾は今やさまざまなところで露出してきたように見える。・・・・まして、その日本その他の比較的少数の経済的先進国の繁栄のために、世界中の大多数の土地では、あらゆる社会的混乱がひきおこされ、貧困が押し付けられ、そして、社会的不正に対して戦う者は痛めつけられている。こういった近代の世界的規模での害悪は、もしかすると人間があまりに「知性」に頼りすぎて、そろばんと電子計算機で何でもやれると思ってきたせいではないのだうろか。

上記は、実に、品のある書き方である。
私なら、感情的に激して、書く。

ある、政治家は、テロの発生の云々は、貧困によるものであり、それを、解決することで、云々と言う、寝ぼけたことを言う。
その貧困を生み出しているのは、ほんの僅かな、日本を含めた、先進国であること、重々証明済みである。

そして、テロは、貧困ではない。
思想である。
テロリストたちは、徹底した、思想教育によって、成る。

搾取を続けている、政治家が、たわけたことを言う。お前が、原因であろう。お前がテロに遭うべきだと思うが、それを、口に出すことは出来ないのである。
お前の所有する、車の台数分の人の命が、貧しい国の人を殺しているとは、想像出来ないのである。
世界が、結び合っているのであることを、心底知らないのである。

知的な合理性だけでごり押しされると、感性が痛みだす。そのうち耐え切れなくなって爆発する。とすれば、爆発する感性が悪いのではなく、そこまで追いつめた方が悪いにきまっている。実際にそのように感性が爆発することによって、ごり押しされていたのだということがわかる。従ってそういう意味で、「合理性」の行き過ぎに対して感性を持ち出すことは、間違っているどころか、正しい叫びである。

宗教家が、突かない、社会問題を持って、宗教批判を展開するという、田川氏の、知性である。
具体的に、彼は、社会生活における、様々な問題を提示する。

日本の宗教団体は、政治家の支援をするが、政治的問題には、問題意識皆無である。

のうのうとして、妄想の教義の上に、さらに、のうのうとして、生活している。つまり、田川氏の言う、食って寝る生活を、平然としているのである。

更に、政党や政治家が、民衆の立場に立ちという、言葉は、詭弁に過ぎない。特に、選挙の時に言う。
しかし、選挙に勝てば、言ったことを忘れるし、実は、民衆の立場に立つという言葉からして、おかしい。
あえて、民衆の立場に立つということは、たっていない、証拠である。

兎に角、国会議員になりたくて、しょうがない。だから、嘘でも、何でも言う。議員になれば、支配層に入る。そして、特権特権、また、特権である。
楽しい、嬉しい、やめられない、議員生活である。
余程、運が悪くなければ、旨い話が、たくさんある。運が悪いものが、たまたま、賄賂などが、発覚して、自滅するのみ。

けれども、このような問題を感性の復権の必要性、という主張にまとめるとしたら、それでは中途半端である。そしてまた、「知性」に対立すねものとして、「感性」をとらえ、両者の関係を見る、という問題のたてかたも間違っている。感性によって知性を克服する、という発想は、どこか正しくない。中途半端だというのは、これではたまらぬと感性が叫び声をあげるのはいわば出発点にすぎないからである。・・・その活動は問題を見通す鋭い知性に支えられねばならないのである。

こうした、序文から、田川氏は、宗教を越えるという、論文の論旨が、展開される。
聖書学者であるから、キリスト教の批判も、さながら、支離滅裂の仏教の教義も、乗せられる。
加えて、利己的な遺伝子の学者の、神は妄想である、を加えれば、キリスト教はおろか、すべての宗教は、壊滅する。

無知蒙昧、あるいは、生まれた時からの、洗脳による、宗教教育の大罪が、明確にされる。

ただし、言っておくが、私は、宗教的行為を、否定するのではない。
宗教を否定するのであり、宗教的、つまり、在るものを、在るままにという、日本の伝統にある、宗教的である行為は、否定しない。

それは、おいおいと書く。
おいおいと書くには、訳がある。
一気に書くと、誤解される。
要するに、神道なのだろうという、短絡的アホがいるからである。

日本の伝統は、神道とも、言わない。
その言葉自体無いのである。

ただかみのみち、かんながら、という言葉も、神という言葉が入る。
唯神、かんながら、と書くと、すでに、神という文字に対する。イメージが先行するのである。

例えば、日本の神とは、今、目の前に生きている者を、神と、呼ぶこともあったという。
尊敬すべき人を、尊、命、みこと、と呼んだ。

仏陀も、生きているうちから、悟った者、覚者、聖者として、語り掛けられた。

神という言葉の、概念、観念が、全く違うのである。

だから、おいおいと、書くのである。
伏線を長くして、理解して貰うためである。

つまり、神仏は、妄想であるという、神仏に、日本の伝統行為は、当たらないということを、言うのである。

それが、この、エッセイの、目的である。

2008年01月12日

神仏は妄想である。19

あるピアニストから、連絡を受けた。
ある、新興宗教の勧誘があったという。

それが、最初は、先祖の供養である。
500円という、金を集める。最初は、500円だから、まあーと、思う。
それから、何度目かに、何とかの、こんとかで、1500円を払った。そして、いよいよ、近くの支部へとの、誘いである。

ソプラノという、声楽をする女たちが、信者になっているという。
その訳は、コンサートの客である。信者になれば、会員になれば、そこから、客になる、信者が、集うのである。

このように、それを、餌にして、信者や、会員を集める宗教が、多い。

私も、巨大新宗教の勧誘で、コンサートに、お客が、集まるというものだった。

動員するのである。
信者や会員を、である。

芸能人も、それらを、無視出来ず、集いに顔を出す。
あの、有名人も、来ているという、驚きと、感激である。

更に、広告塔になる者もいる。

S苑という、新宗教は、実体の無い教義であるが、入れ込む人がいる。
どう、良く解釈しても、真っ当ではない。
その、団体のみに、通用する言葉多く、霊能者養成には、唖然とする。

兎も角、天台密、真言密、そして、S密というから、密教のようである。密教の新宗教は、他にも、ある。
阿含経を信奉する団体である。

何度も言うが、密教は、仏教ではない。
とすると、天台なども、仏教ではないと、根本から、覆る。しかし、誰も、それを、言わない。権威を持ったからである。
最澄は、国の命を受けての、留学である。
そして、野心家の、空海である。

中国から、とんでもない、教義と、霊団を引き連れてきている。

その末裔の、野心ある、霊団の一つに、罹られたといってよい。
単純に、ご供養を、ご供養をと言い、金を信者に集めさせているのである。
そうして、多くの因縁を集めて、一体、誰が、それを、清めて祓うのかという。
そんなことが、出来るはずもない。
単に、浮遊する霊を集めているのである。

そんな場所に行けば、どこかが、必ず狂ってくる。
まず、目である。
涙もろくなるのか、変に、潤む。
空の元気が出る。
そして、次第に、心が空虚になり、ついには、心が占領される。

それも、一つの洗脳である。

そして、稚拙な用語に、深い意味を感じるという、狂いである。

ある、巨大教団の、トップの歌である。
仏法は 勝負なりせば 勝ちまくれ 豊かな喜び 今日も明日も

新年の歌である。
あまりに、稚拙で、唖然である。
仏法というものは、勝負なのであるから、勝ちまくれ。豊かな喜びは、今日も明日もあるという意味なのであろうが、それにしても、稚拙過ぎる。

ところが、その方の、文章は、皆々、そのようである。
世界の偉人たちの言葉を、引用するが、言うことは、いつも同じ。
そのせいか、その団体の新聞には、いつものように、勇敢に語れ、大誠実を尽くせ。打って出よ。一人また一人と味方を。友情の拡大は仏縁の拡大等々。
民衆と共に苦労せよ、などというと、一体、何を持っての、論調なのか、理解に苦しむ。

小学生の標語のようにして、気勢を上げるのである。

国民を誤魔化す、中国共産党のような、スローガンを、平気で掲げるという、稚拙である。

余程、青少年の頃に、読書をしてないのだろうと、思う。
多くを読んでも、思索の方法を知らなかったのだろうと思う。
つまり、字義にのみ、囚われて、完全に文章の意味するものを、読み解けなかったのである。

短歌の一つも、満足によめないのであから、日本人としては、全く欄外である。

悔いもなく 万歳叫ばむ 元朝に 偉大な勝利の 人生楽しく

ああっー、である。
学童以前の、この稚拙さは、救いようがない。

叫ぶというのを、叫ばむという。叫ばん、ということだろが・・・元朝とは、造語なのであろう。悔いなく、万歳と叫ぶ、元の朝とは、元旦に、叫ぶのだろう。偉大な勝利の、とは、一体、何の勝利なのか。信者から集めた金を、世界にばら撒き、一人、世界の精神指導者だと、信じ込んでいる様、哀れというしかない。

それならば、まだ、大本教、天理教の、婆さんたちの、お筆先の方が、真っ当である。
あの、低能レベルの、お筆先の方が、まだ、余情がある。

明治、大正、昭和天皇、等々の陛下の歌の数々とは、天地の差であり、実に、恥ずかしいのである。あれを、世界中に、披露していると、思うと、ぞっとする。

偉大な勝利の人生楽しく、などとは、完全、トチ狂っている。
自分は、そうして、楽しいのであろう。
末端の信者は、年末に、支部の目標額を、献金するために、せっせと、金を集めているというのに。

兎に角、PL教団なども、金集めに、必死だった。
当初の、あの、紙袋は、仰天したものである。
毎日、その袋に献金を入れて、収めるのである。

その教祖が、ローマ法王に、謁見した時に、車椅子に乗り、何と、法王に、意見するような、写真を、教団の新聞一面に載せて、カトリックと、結ぶPLと書くから、ローマカトリックが、教団の目標なのであろう。

もう、35年以上前のことである。

一人の人間の、野心の犠牲になる、愚かな人々。
実に、宗教というもの、悪どいものである。

皆々、妄想である。
言語同断に、神は、無い。
仏も、無い。

仏は、仏陀で終わった。
永遠の仏など、無い。

神もどき、仏もどきになりたいというなら、話は解る。
食って寝るのに、困らない者が、神や仏を、いくら叫んでも、詮無い、詮無いことである。


もののあわれについて152

壬生忠岑

春日の祭りにまかれりける時に、物見に出たりける女のともに、家を尋ねてつかはせりける

春日野の 雪間を分けて 生ひいでくる 草のはつかに 見えし君はも

春日野の雪間の草が、少し見えるように、あなたの姿を見ました。
一目惚れの歌である。
はつかに見えし、という、言葉が新鮮である。
初句から、草までが、序詞である。
ちらっと見えた君を、歌うためだけに、よんだのだ。

はつかに、は、わずかに、と、現代語になる。
この歌は、その後に、何かが続く。

その、君である、あなたは、どうしているのでしょうか、となる。
家を尋ねて送ったというから、歌を届けたのである。

見えし君はも、の、はも、とは、深い感動を表す。

題知らず

ありあけの つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし

ありあけの月が、冷淡であるように、別れに際しても、冷淡であった、あなたを思うと、暁の頃は、辛い思いをします。

遠まわしの、恋の嘆きを歌う。
趣向がある歌という。
あまりに、女々しいのである。
女がよむ、歌のようである。

姉のみまかりにける時によめる

瀬をせけば ふちとなりても 淀みけり 別れをとむる しがらみぞなき
川の瀬を止めると、淵となり、水が止まる。しかし、人の死は、止めることができない。

身罷る、みまかる、という、言葉は、身、まかる、のである。
身が、無くなる。
罹るに近い感覚であり、病に罹る。

道元は、死も一時の位、生も一時の位という。
それぞれが、別個とした、存在であることを、看破した。
それは、日本の伝統にある。

死とは、隠れるという意識である。
実に、正しい、真っ当な感覚である。
この世に、消滅するものは、一つも無い。すべて、形を変えて、在るものである。

ちなみに、しがらみ、とは、水をせき止めるものを言う。木を束ねて、池などに、しがらみを造る。
これが、後に、人間関係の、しがらみ、という言葉に使用される。つまり、塞き止められた、抑制されたという意味である。

紀友則がみまかりにける時よめる

時しもあれ 秋やは人の 別るべき あるを見るだに 恋しきものを

秋に亡くなること程悲しいことは無い。秋は、元気でいる人を見ても恋しい季節なのである。

秋やは人の、やは、は、反語。
この秋に、亡くなるなんて。

悲しいとは、言わない。恋しいと、いう。

恋という、言葉の別の面を見るのである。

恋愛の恋だけではない。色々な事柄に、恋しいと、使った。

秋やは人の恋しきものを、である。
秋程、人恋しい季節は無いのである。

あるを、ものを、と、四句と、五句の結語に、をが、使われる。
別れ、つまり、死を、詠嘆している。二度、繰り返して、詠嘆する。

万葉を思い出して欲しい。
人の死を、雲隠れとして、雲が立つと、亡き人の思いだと、観た。

雲の発生を物理的に解説、解明しても、それでは、何故、雲が、発生するのかという、原因を知らない。
その、要因が、何故、起こるのかという、根本的なことは、解らない。

風も、そうである。
雨も、雪も、嵐も。

死という、現象も、それと、同じであった。
自然、それ以外の何物でもない。
ただ、死は、別れであった。

そしてそれは、一時の別れである。

何となれば、こちらも、生きている者も、必ず、近い将来、死に行くのである。

私は、もののあわれについて、を、書いている。
もののあわれ、というもの、死と言うものを、抜きにして、語ることは出来ないのである。

あわれ、は、別れから、発するものである。

自分が、死ぬものであることを、自覚した時、真実、戦慄する。

もう、死にたいと、思うまで生きて、死ぬことが、出来れば、幸いである。

人間の、すべての快楽は、その死の戦慄と、恐怖から、逃れるための、方法である。
人間の最大の、不安は、死の恐怖である。

死に至る病を、語った、キェルケゴールであるが、何のこと無い。
不安であり、そこから逃れるために、神への信仰と、行き着くが、まだまだ、甘い。あれ程、饒舌に、言葉を連ねたが、万葉の歌一種に、及ばない。

神という、妄想の中に、不安を乗り越えるものを、見出すという、病である。

日本の伝統は、自然の中に隠れるものを、死と認識する。
超越した、神の国、天国に入るのではない。
その身を隠すのである。

この世にあるもので、消滅するものは、一つも無いといった。
その、姿、形を変えるだけである。
無とか、空というものも、観念である。
そんなものは、宇宙を飛び出して、解るものである。

未だ、宇宙を飛び出していった者は、いない。

仏教の無常観が、日本にて、華々しく開花したことを、知る人は少ない。それは、観念ではなかったからだ。目の前の自然に、そのすべての姿を観たのである。
万葉集を、読めば、解る。

2008年01月13日

もののあわれについて153

在原元方 ありはらのもとかた

ふる年に、春立ちける日よめる

年の内に 春は来にけり ひととせを こぞとや言はむ ことしとや言はむ

年内に、春がやってきた。それを、こぞ、昨年と言っていいのか、今年と、言おうか。

このような、屁理屈のような、歌を、古今調という。
陰暦であれば、新年と、立春が、ほぼ同じである。
時には、旧年中に、立春になるのである。

仁和帝、みこにおはしましける時に、人に若菜たまひける御歌
にんなのみかど、みこにおはしましけるときに、ひとにわかなたまひけるみうた

君がため 春の野に出でて 若菜摘む わが衣手に 雪は降りつつ

仁和帝は、58代光孝天皇

衣手とは、袖のこと。
あなたのために、春の野に出て若菜を摘むと、袖に、雪が降りかかってきた。

雪は降りつつ、とは、雪が続けて降ることをいう。
若菜を摘んでいる間、雪が降っていたのだ。

当時は、物を贈る時に、歌を添えたのである。
これは、単純にして、素直な歌だ。

万葉の、読み人知らずにあっても、おかしくない歌である。

素性法師 そせいほうし

雪の木に降りかかれるをよめる

春立てば 花とや見らむ 白雪の かかれる枝に うぐひすの鳴く

春になったので、雪を花と見立てているのだろうか。うぐいすが鳴く。

春立てば花とや見らむ
春が来たので、花と見たのかという意味。
この、春立てば、という、言葉遣いに、当時の春に対する思いが、解る。
春が来るのではない。春は、立つのである。
うぐいすを、擬人化するが、実は、春をも、擬人化するのである。
春という季節の一つも、さらに、心あるものとして、捉える。

日本の風土というもの、再確認すべきである。

理科の授業で、子供たちに、雪が解けたら、何になるのかと質問した、先生がいる。
子供たちは、皆、水になるという。
一人の子供が、春になると、言った。
物理的に、雪は解けて、水になるが、日本人の感性を持てば、当然、春になるのである。
勿論、次元が違うが、先生は、絶句した。

短歌も、俳句も、日本の伝統である。
それは、日本人のみに許された、言霊の精化である。

山の雪 解けてようやく 春になる
子供の歌である。

そして、更に、子供の俳句は、次元を超越するものもある。

天国は もう秋ですか おとうさん

この歌を思い出すたびに、私は、涙する。
父を早くに亡くした、子供の、父に対する、切実な愛情を、省略し尽くした、17文字にするという、伝統行為である。

これに、余計な思想、哲学等々、言葉遊びの、せん無いことを、教えてはいけない。
天国にいる、お父さんに、供養しましょうというような、アホな、僧に騙されてはならない。神様の国にいる、お父さんに、祈りましょうというという、アホな、牧師に騙されてはいけない。
この歌、自身が、祈りであり、死者への畏敬なのである。
大和言葉は、言霊であり、音霊である。
故に、他の宗教行為を、超越している。
長い、妄想のお経を唱えるという、大嘘など無い。

歌にして読む行為に、すべての、宗教的行為があり、それは、宗教ではない。
日本人には、宗教は、必要無いのである。
宗教的行為こそ、日本人の、面目である。

天国は もう秋ですか おとうさん
と歌う子供の心に、魂乞いの作法がある。

あらゆる、宗教的儀式の嘘が、解るというものである。

この子は、空を見上げて、歌うことだろう。
何度も、何度も、歌うことだろう。

それが、日本人の、本当の姿である。

魂乞いをする、日本人の歌詠みこそ、真実である。

もののあわれについて154

伊勢

帰る雁をよめる

春がすみ 立つを見捨てて 行く雁は 花なき里に 住みやならへる

春霞が立つのを見て、帰って行く雁は、花のない里に住み慣れているのだろうか。

伊勢は、当代随一の女流歌人である。
雁を擬人化して、春霞の立つ時期に、北に向かうのである。花の美しさを知らないのだろうかと歌う。

この頃から、春は、霞、秋は、霧という固定観念が出来上がったようである。

水のほとりに埋めの花咲けるをよめる

春ごとに 流るる川を 花と見て 折られぬ水に 袖や濡れなむ

春がくるたびに、流れを花と、間違えて、花を折ろうとして、袖が濡れることだ。
流れを花と見るとは、流れに写る、花のことである。
それ程、流れに写る花は、また、美しい。

流れに写る花を、折るという、感性である。

万葉の、生命力の衰退は、否めない。
最早、ここに至ると、美的感覚である。それが、繊細微妙である。生命力よりも、心の淵に、通うものを、観ている。

流るる川を花と見て
流れに写る花を花として、見るのである。
つまり、そこに、あわれ、がある。
花の姿が、映るだけてなのである。それを、心に抱くのは、花の命の、あわれ、である。
さらに、それを、手折る行為を持って、袖が濡れるという。
これは、想像の歌であり、そのように、感じる当時の美意識を見るものである。

素性法師

桜の花の散りはべりけるを見てめる

花散らす 風の宿りは たれか知る われに教えよ 行きて恨みむ

花を散らす、風の居場所を、誰が知る。教えてくれ。その風のところに行き、恨み言を言う。

花散らす風の宿りはたれか知る
ここまでは、よい。しかし、その後は、戯言になる。
観念遊びになる。

花散らす風の宿りは知らねども それ恨むまじ 散る花なれば

花散らす 風ありてこそ 花なるを さらに散らせ 花なるべしを

花散らす 風の恋路を そのままに 見事に奪え 花の心を

更に、万葉調にしてゆくと、今、目の前に散る花を見るのである。

散る花に 涙誘うか 風ゆえに 春の名残を 身に受けて

風に散る 花は花なり 花ゆえに 散るべきことが 花のいのちや

しかし、まだ、足りないのである。

散るべきに 風起こすなり 花ゆえか 里の春行く 寂しきことに

残念だが、これで、ひとまず、限界である。

鎌倉の、実朝が、万葉調の歌をよんだ。いずれ、触れるが、感性が、万葉に飛んだ。
才能というより、霊感である。

藤原敏行朝臣 ふじわらとしゆきあそん

秋立つ日よめる

秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる

秋が来たと、はっきりとは、解らないが、風の音に、秋を感じるのである。

目にはさやかに見えねども
実にいいのである。
これが、日本人の季節感であり、季節感覚である。

たゆたう、季節の移ろいを、歌う。

古今の歌であるが、実に素直だ。
視覚と、聴覚の、ズレを見事に、調和させるもの。その自然の様を、歌う。
そこに、作為はない。


大江千里 おおえのちさと

月見れば ちぢにものこそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど

秋の月を見れば、限りなく悲しいものだ。私一人の秋ではないが。

秋の下に、わが身だけがいる。
私一人の秋ではないと思っても、私一人の秋に思えて、更に、悲しくなるのである。

ちぢにものこそ悲しけれ
もののあわれ、の、一端である。

秋枯れを悲しいと、観るのは、この頃から、はじまっていた。
いや、万葉も、秋を悲しいと、見る。

この悲しいは、愛しいとも、哀しいとも、書く。
秋は、事の他、愛しいものだったと思われる。
春の喜び、秋の悲しみ。

季節は、日本人に、心を与えた。
おしなべて 物を思わぬ 人にさえ 心をつくる 秋の初風
とは、西行の歌である。

季節感とは、日本人の心の在り処であった。

つまり、もののあわれ、というものの、本体は、季節感にあるともいえる。
本居宣長は、源氏物語の、人の心模様からの、もののあわれ、というものを、観たが、私は、源氏物語の、季節の描写から、再度、確認してみたいと思っている。

2008年01月14日

夕張から、云々

日本が経済大国第二位だと、本当に信じている人がいる。

夕張問題を、遠い問題だと、思っている人がいる。
北海道の市町村は、皆、似たようなものである。今、潜在し、表面化しないだけである。
老人介護で、すぐに、破綻する。

景気回復、景気減速云々とは、遠い話として聞く、地方の人々。

353億円という、借金返済に追われる夕張である。
しかし、哀れむことはない。
その、放漫経営である。
テーマパーク、スキー場、そして、数々の大型イベントである。過大投資等々。何故、市民が見抜けなかったのか。
皆、議会が承認したことである。

市の職員は、半分以上辞めて、160名を切ったという。
現在の、若手職員の、初任給は、10万円を切るという。

現在の人口は、12,000人。その四割が、高齢者で、市としては、全国一である。
要するに、一寸先ではなく、現在ただ今が、闇である。

問題意識皆無である。

要するに、どうでも、いいのである。
そして、破綻して、全国の、変な、気味の悪い哀れみを、受けているという様。
絶望の町である。

そんな、市町村が、これから、続々と、登場する。

大企業は、活気に満ちている。
共産党は、いつも、大企業ばかりを優先にして、中小企業を捨てる政策に反対しているが、何十年も、言うが、一つも、政策を実現しない。
30年前は、私も、共産党に期待した時期があった。
もう、期待しないし、信用しない。嘘八百である。
精々、政治家、官僚の汚職を、徹底して、やっつけることである。それで、存在意義がある。

東北から、列島を、南下して、見回して見る。
東北随一の、仙台も、錆びれつつある。
県庁所在地も、寂れている。

錆びれと、寂れである。

二極化、格差等々、知った風なことをマスコミは言う。
そんなことは、私が生まれる前から、あった。

好景気の、中流意識というものも、作られたものである。
誰が、騙すのか、知らない。

高齢者の、医療費払いも、三割になった。
後は、続々と、それに続くだろう。最後は、貧しい国民に、負わせるという、手である。

何せ、年金を当てにしない人が、年金額を決めている。

徳川家康は、平然と言う。
農民は、生かさず殺さずと。
未だに、政治家の意識に、それがある。としか、言いようがない。

一人一人は、良い人であろう。
政治家も、一人一人と、付き合うと、良い人が多い。
昔、色々な政治家と、付き合ったが、皆、良い人だった。しかし、中には、汚職で、自滅した人もいる。その人も、良い人だった。

良い人が、良い政治をする訳ではない。
これ、真理である。

衆議院選挙がある。
民主党に、45パーセントの支持である。
次は、政権交代か、政界再編である。

そんなことは、どうでもいいが、何が変わるのか。

選挙の度に、演説を聞くが、それが、皆、政府に、国に、頼らないようにとしか、聞こえない。
あれも、職業である。
志で、成るものだと、思ったが、単なる個人的な、野心である。

政策実現の第一位は、公明党である。
勿論、支持母体が、創価学会である。

欧米、アラブ諸国は、政教一致である。
共産、社会主義国は、イデオロギーである。
日本は、政教分離である。

政治の形態は、変化する。
それは、専門家に任せる。

私の言いたいことは、食って寝る場所の、確保のみである。
それは、死ぬまで、のこと。

国家という、幻想を持って、国というものを、考えるのである、国民は。
共同幻想である。

何も、多くを望んでいる訳ではない。
ほんの、一握りの者が、野心に、金儲けを考えている。
多くの国民、市民は、ただ、死ぬまで、食って寝る場所の確保のみである。
そして、最低限の医療である。

国民の、拠り所は、憲法である。
国民に、保障された、生活を実践するのが、政治である。

政治は、数である。
多数が勝つ。それでいい。
だから、憲法を守り、国民の生活を守って欲しい。

高齢者介護で、国が潰れるのである。
食い止める必要は無い。

天の下、しろしめす国の、国民である。最後は、天の下、しろしめすお方に、お任せする。

その、意識を、政治家に、向けるのではない。

政治家が、率先して、それに、従うべきである。
我らが、決めるのではない。
主権在民である、国民の深い意識にある、天の下、しろしめすお方にある、政治を、行うべきである。

夕張は、それを、失った。
市長、市議会議員は、それを、失い、目の前の、様のみ、飾るという、傲慢極まりない政治を成した。

政治家の、勘違いである。
一番大切なことは、国民の潜在意識にある、天の下、しろしめすお方の、政治を、行うべきである。とは、言うものの、期待できない。

これを、読んで理解できる、政治家は、数少ない。

政治家は、国民への、奉仕をする者である。
聞こえは、いいが、嘘である。
政治家になる前は、そう思う。しかし、政治家になった、途端に、偉くなる。

自我意識拡大して、幻想肥大する。

生まれながらの、政治家が、何人もいる。
安陪首相が、そうであった。
三代目である。
期待したが、辞任である。

坊ちゃんだからと言われたが、違う。
政治家が、育たない国なのである。

つまり、国民が、成熟していないのである。
益々、未熟になっている。
それは、国語と、歴史教育を、しないからである。
読み書きそろばん、つまり、読み書き、勘定である。
その、基本的な学びをしないで、脳の一部のみに、始終する、教育を行う。

欧米は、それに、宗教教育が、入る。
徹底した、宗教教育である。
日本は、それを、情緒教育とする。
そして、情緒を知らない者が、それを成すという、驚きである。

徳育でも、道徳でも、名目は、なんでもいい。
日本史の、人物を学ぶべきである。
歴史の中に、すべての、人間の問題があり、そして、答えがある。

興味あることは、子供でも、大人でも、すぐに、マスターする。
無限な子供の才能を、引き伸ばすことであるが、それは、誰もが言う。

しかし、誰一人、それを、しない。

語学、他の学問への、興味は、才能である。それは、子供自身が決める。
読み書き、勘定、計算を、しっかりと教える。すると、子供は、自分の才能に、目覚める。

と、ここまので書いて、矢張り、詮無いことだと、思い、以下省略する。

夕張は、私の問題なのである。

2008年01月15日

神仏は妄想である。20

田川健三氏の、宗教を越える、を、読み続ける。

近代的技術や資本の論理による暴力に対して立ち向かい、反撃し、克服するには、彼らが考えてもいない数多くの水準にわたって深く鋭い洞察力を持つことが必要なのである。

いよいよ、宗教というものの、姿が見えてくるのである。
宗教的思考とは、このようなことを言うのである。
誇大妄想の、云々ではない。
そういう意味では、日蓮など、当時の不安感と、恐れによる予言、立正安国論については、実に、理解する。ただし、彼は、遂に、ただ、唱えるだけの、詭弁になったということである。
軽薄だったのは、誤った神や仏を拝むから、日本は滅びるといったような、短絡思考である。結果は、田舎者の、戯言になってしまったのは、劣等感のみの故であることが、判明した。
しかし、今も、その日蓮のように、法華経を奉じる国でなければ、滅びるという、アホがいるから、世話がない。
国立戒壇を設けよと言うから、頭の程度を疑う。
日蓮正宗の、信徒の団体である。ケンセイ会といったようであるが、忘れた。
会員獲得のための、行為で、警察沙汰になったのは、昨年である。

確かに相手は暴力なのだから、それに立ち向かうにはこちらも持続する力を持たねばならぬ。ただの知性からは力は出て来るまい。しかし、その力は深く鋭い洞察によって支えられねばならぬ。この洞察を知性と呼ぶか、合理性と呼ぶかといったことは本当はどうでもよい問題である。ただ、合理主義ではだめだったから今度は非合理で行こうかとか、知性ではだめだったから感性で、というようなことでは、初歩的な力にはなっても、問題のひろがりは見えてこないのである。

大半が、この程度のところで、何とか、議論を続けようとするが、それでは、駄目だと言う。
問題の広がりと、田川氏は、言う。
問題の広がりこそ、宗教の務めであるが、宗教は、全く、逆である。
問題を、逆に狭めるのである。
宗教家が、特に、巨大教団のトップが、いくら、メッセージを発しても、何の役にも立たないのである。
それは、偏狭だからであり、全く、自分の身には、関係ないからである。
痛みを知るはずの、宗教家が、実は、一番、大衆の痛みを知らないのである。

感性と感性でむき出しに押し合ったら、少数者の感性がいかに正しくとも、暴力的に押し流されてしまう。いわゆる近代的合理主義が何のかのと言っても強いのは、決して感性を無視してそろばんづくで押し通しているからではない。むしろ多数の者、あるいは少なくとも何らかの意味で立場の強い者たちの感性をうまく自分の側にひきつけ、彼らの感性を実現する合理性を作り上げてきたからである。そろばんやコンピューターが知性なのではない。むしろそろばんやコンピューターこそが多数の感性を代弁する。

実は、地球が危ないと言って、様々な試みが、開始されているが、嘘である。
本当に危機感を感じているならば、事は、もっと、迅速である。
環境云々という話は、実に、荒唐無稽なものである。
私に言わせれば、今更、何を言うということである。
一々、例を上げないが、嘘だらけである。

多くの取り組みが成されているというが、その実、何も意味無いことかもしれない。
矛盾するが言う。
地球が、謀反を起こせば、すべては、無に帰す。

植林、緑の運動等々は、素晴らしい。
水没する島を救えというのもいい。

だが、肝心なことは、地球、すなわち自然の働きに、適わないということである。
何も、自然破壊を推し進めてもいいと言うのではない。

後戻り出来ない程、自然を破壊して、何を言うということである。

霊学から言えば、自然破壊は、自然汚染であり、それは、汚れである。汚れは、穢れである。穢れは、清め祓いが必要である。
それを、せずに、自然を守ると言っても、詮無いこと。

これは、たった一つ例であるが、日本の伝統は、まず、穢れ祓いから、始まる。
穢れを起こした、私が、まず、身を清めて、それから、取り掛かるのである。
目に見えない、自然の脅威と、自然の恵みに報恩感謝の行為である。
もう、この辺から、意味が解らなくなるだろうが、言う。

自然というものは、目に見えないものである。
山川草木という、目に見えるものの、後ろにある、目に見えない働きが、自然である。
その、目に見えない自然に対して、執り行う行為を、日本の伝統は、受け継いでいる。

植樹する前に、何をするのか。
日本の伝統は、祝いの言葉を、宣べるのである。つまり、祝詞である。
寿ぎの言葉、つまり、言霊があってはじめて、その行為が、目に見えない自然を、動かすということである。

もし、宗教というものが、私の概念での、宗教というものがあるとしたら、それである。

アフリカの、マータイさんという、おばさんが、もったいない運動を展開していると、喧伝するが、彼女は、もったいないという、心を知るはずがない。
もったいない、という言葉は、世界に発信するものではなく、言語同断に、実践するものだからである。
それで、有名になっているとしたら、嘘である。

実に、実のものは、秘するものである。

あれには、作為がある。
勿論、喧伝することには、何も問題は無い。
勝手にやっていれば、よい。それなのに、誰かが、それを、宣伝する。おかしい。
ある宗教団体が、特に、彼女を取り上げている。

他人の苦痛を共感しうるようになるためには、深く鋭い知性が必要である。というよりも、深く鋭い知性ならばそのように共感して動き出す感性にまでとどくはずだと思う。深いところでは、感性は知性によって動かされ、知性は感性によって支えられる。両者は混然として共鳴する。

そして、いよいよ、本題に入ってゆく。

圧倒的多数の人間は、地球の裏側の人々の餓死と自分自身の生活とが、感性的にすぐにつながって自分の胃袋がおのずと働かなくなる、というような感性の鋭さは持ち合わせていない。

そのために、知性の働きが必要だという。知性によって、感性の幅を広げることが出来るという。
これが、宗教の根本命題である。

仏陀の悟りというものも、知性が、感性を無限に拡大したものである。

既成の宗教は、知性を抑制し、感性を取り押さえて、本当の自分に、どこかで、引っかかるようにして、神や仏を、拝ませる。
更に、人権まで、蹂躙して、平然として、神や仏の名によって、信徒を、兵隊のように、扱うのである。
そして、支配する者は、神も仏も、全く意に介さないという、仰天である。

神仏は妄想である。21

田川健三氏の文を続ける。

もしも混雑する階段で誰かがころんで、上から殺到する人の波に踏みつぶされて死んだとすれば、たとえ直接にその人を踏んだのではなくても、はるか上の方で押していただけであっても、その人の死に責任がないとは言えまい。まして、その人がころんだのが偶然ではなく、上からどんどん押してくる人波の力を支え切れずにころんだのだとすれば、はるか上の方であっても、押していた人々はその人の死に責任がある。今の世界はいわばそのような構造になっている。かなりな数の人が押しつぶされて死んでいるのに、圧倒的多数の人々はその上を踏んで走りぬけ、うまく走りぬける者たちが非常に繁栄する。しかもたいていの者は、自分たちが押してつくり出す人波の力が何人もの人を押し倒して殺す力になっているということを全然自覚していない。

強者はよほど深く鋭い洞察力を身につけない限り、正義を知ることはとてもできないのだ。今の日本人に何が求められているのか明らかであろう。

実は、これこそ、宗教家が、提唱することであり、そして、自ら、行為して、世の中に訴えることである。
しかし、見ての通りである。

驚くべき、馬鹿馬鹿しいことがあった。
昨年、12月15日、築地本願寺で開かれた、東京ボーズコレクションである。
ボーズとは、坊主、つまり、僧侶のことである。

天台、真言、浄土、浄土真宗、臨済宗、曹洞宗、日蓮宗の七派が、入り乱れて、僧衣の、ファッシンョンショーを開催。
お経を唱え、総勢50名の僧が、出たというのだ。

知性は、勿論のこと、感性も皆無。
地球の裏側で、餓死する者たちを、知性で感得することも、それにより、感性を磨くこともしない。
更に、ミャンマーで、僧侶たちが、軍事政権に、多数殺害されたことへの、想像力も無いという、有様である。

よくも、ここまで、落ちたものだと言う。
僧侶の価値が無いのは、当然だが、人間としても、死んだ方がマシなのである。
上記の開祖たちの、教えが、いかに大嘘であることが、如実に解るというものである。

あまりに、愚かであり、愚劣といってよいほどの行為である。

彼らの、やるべきことは、寝ずにやるべきこと、多数ある。
少しの、慈悲の思いが、あれば、地球の裏側で起こる悲劇に、行為行動するはずである。

その恥ずべき行為に、自害して果てることが、得策である。
築地本願寺の言い分である。
葬式とか、暗いイメージたでけで仏教をとらえないで、ビジュアルからでも入っていただければ、というのである。
葬式、暗いイメージだからこそ、金儲けが出来るのであろうが。
何を言う。

勿論、葬式も、10年を経ないで、寺など、捨てられるのである。
誰も、僧侶などに、読経をして貰おうなどとは、思わない。
最後の輝きである。
消え入る前の、最後の光を、自ら演じて、幕を引くという。
それで、よし。

さて、続ける。

自分が他者を抑圧している場合は、自分はそれによって直接痛むわけではないから、なかなかそれとは気づかない。だから、感性ばかりに頼って人間性の豊かさが求められると思っていると、自分に加えられる不正に対しては闘うことはできても、ところ変われば、自分は知らずして他人を抑圧する側に立っていながらけろっとしているものである。

田川氏の論調は、宗教が、最高の知とされた時代から、その変転を語り、感性であるとされた、宗教が、知性でも、感性でもなく、霊という、言葉を用いだしたことを言う。
知性や感性を超える霊的存在、霊である。
それを、カトリシズムを作り上げた、パウロの分析からする。
現代のカトリックは、パウロの方法を持って、続けているのである。

だが、キリスト教ヨーロッパの歴史は、キリスト教支配の世界に、そのつど、息吹を吹き込んだのは、霊を重んじる、異端であったという。

西洋の宗教の歴史は、宗教知の支配に対して、それを打破しようとする、熱狂主義が繰り返し出てきては、挫折するというものだった。

宗教は、いつでも、最高知として、君臨しようとした。
しかし、それを、打破しようとする、霊が、感性と、同一視されることは、なかった。

宗教を単純に「知」に対する対立物としてとらえ、あまつさえそれを「感性」と同一視する、などというのは、長い歴史から見れば、近世、それもせいぜい最近一、二世紀の特殊な現象に過ぎない。ということはつまり決して、そこに宗教の本質がある、などというのではないので、むしろ、宗教をそのように作り変えようとしたところに、近・現代の特色がある、ということになる。

ここまでに至ると、日本の宗教家たちは、お手上げになる。
そんなことを、考えてはいないからである。
兎に角、金儲けである。
如何に、信者から、金を巻き上げるかである。
ただ、それのみに、専心して、いつでも、金のためならば、教義も売るのである。
開祖も何も、あったものではない。
しまいに、死後の世界など無い、霊など無いという、始末である。

それでは、何ゆえに、宗教の中いるのかといえば、商売なのである。
僧侶とは、職業であり、志のあるようなものではないのである。

勿論、仏典の徹底的、分析をすれば、迷う。よく、解らないからである。しかし、実際、よく解る仏典などない。
すべて、戯言であるから、分析などしては、商売に専念できないのである。

兎も角、有り難い教えであると、爺、婆を騙していればいいのだ。

もっともらしく、先祖をご供養することで、子孫は、先祖から守られて、幸せになる。
死後は、極楽に行けますと、大嘘を言うのである。
何せ、自分でさえも、極楽に行くのか、どうか、解らないのである。

勿論、霊界に、極楽などという空間は無い。

精々、キンキンきらきらの、僧衣をまとって、信者、信徒を誤魔化す、騙すの、一点にある。だから、演出だけには、拘る。それにより、金の集まり方が、違うからである。

戒名などという、如何わしいものを、与えて、偉い振りをしているという、僧侶は、完全、言語同断に、地獄に落ちる。
勿論、霊界には、地獄などという空間は無い。
ただ、彼らの意識では、地獄と呼ぶに相応しい、場所に行くということである。

神仏は妄想である。22

それまでは「知」の最高形態としての位置を確保していた宗教が、いつのまにか「知」の対立物として、「知」の虚妄の意味を打破するはずの「感性」として登場するようになったのか。答えは簡単である。近代になって、知の領域においては宗教はとても近代科学にたちうちできなくなった。知に関しては、近代科学がそれまでの宗教のしめていた位置にとって代わった。その結果宗教は逆に、「知」に対立する領域へと逃げ込んだのである。それまでは、宗教知を克服すべきものとして出てきた「霊」も、やはり宗教的なものであった。つまり、「知」も「知の克服」も宗教の枠内にとどまった。ところが近代においては、領域が分断されて、近代科学が「知」の領域を、そしてその対立、克服の課題は「宗教」が担うようになった。近代科学は「知」の領域では宗教にとって代わることに成功したが、かつての宗教のように全人間的な支配の座につくことはできなかったからである。

田川健三氏は、一言も言わないが、宗教というものは、妄想であるから、どうにでも、理屈をつけることができるのである。あちらが駄目なら、こちらで、という風に。
兎に角、労働は、しないが、その代わり、屁理屈だけは、三人前である。

近代的な、合理主義に対して、宗教は、感性と、結びつけて、そこにこそ人間性と、宗教の根源的な、何かがあるというような、大嘘を言うのである。
宗教の本体は、虚、である。
虚、であるがゆえに、何とでもいえる。

その点、田川氏も、宗教にそのようなものを期待する、というところに近代の病根があるという。

その期待を、病根を裏返しに投影した虚像という。
病根を取り除けば、虚像も、自然消滅するという。

ここまで、分析されても、宗教家たちが、理解するのは、難しい。
要するに、彼らも、洗脳されているからである。
自己洗脳である。
一度、信じたものを、捨てる訳には、いかない。
疑惑が起こっても、安楽な生活を捨てられないのである。そして、今のところ、宗教は、潰れない。破産しないのである。

勿論、過疎地域の寺等々、田舎の寺は、廃墟になっているところ、多々ある。
また、新宗教に、取られて、信徒少なく、維持できないという。

巨大な、信徒の団体であったものを、破門した、日蓮正宗などは、最早時間の問題で、壊滅する。
トラック何台で、運んで来ていた、布施金の団体であった。
今更、悔やんでも、どうしようもない。
それのみか、宗門の方は、墓穴の堀り続けである。

その団体は、口汚く、宗門を攻撃するから、同じ穴の狢である。

要するに、座主からはじめ、信仰など、露ほどもないのである。
単に、支配欲と、金目当てである。
そんなことは、100年も前から、解っていたことである。

信仰と唱えていれば、それで、事足りた時代とは、少し変化している。
時代は、宗教の本質を、見極めてきたのである。

しかし、それだらかといって、霊感なるものも、矢張り時間の問題である。

オーラ測定器が出来て、オーラを見れるという人が少なくなった。
もう、誰も、有り難がることがない。
ただし、医者がそうであるように、矢張り人間の体温というものが、必要である。
その体温をあるように、見せかけて、詐欺をする者が、多数出てくる。
霊感、霊能商法である。

田川氏の論文は、一部のインテリに向けたものであり、下々の、騙される大衆には、効果が無い。

要するに、思考力が、非常に低く、知能のレベルも、低い故に、考えることが出来ないのである。
信じていれば、楽だから、信じるというのが、精々である。

すべてを、神に任せないさい。
髪の毛一本も、人間はどうすることも出来ない存在です。しかし、イエス様は、云々かんぬんと、勝手放題を言うのである。それに騙される者。

後々で、キリスト教全般に渡って、徹底的に、書くが、兎に角、カトリック、プロテスタント、聖書主義、新宗教等々、まあ、あれ程、勝手なことをよく、言うと思うのである。
その、聖書自体に、作為があり、イエスの言葉ではないと知ったら、どうするのだろうか。
しかし、大丈夫。
信じる者は、確実に、騙されるのである。

私は、実に、信仰深い者であるが、神仏は、妄想であることを、知っている。
神仏のみに、信仰という姿勢があるかといえば、全く違う。

神仏を信じて、騙されることが、信仰ではない。

信仰とは、生命への畏敬であり、それは、自然への、畏敬であり、全人的なものへの、畏敬である。

追々と書くことにする。

2008年01月16日

ふたたび、何故、慰霊なのか。

今、再び、何故、追悼慰霊なのか。

トラック諸島、現在のチューク島への追悼慰霊が、来週に迫った。

私の、親族が、なくなっている訳ではない。しかし、私は行く。
私の父の兄たちは、多く戦死している。しかし、もう、彼らが、どこで、亡くなっているのかを、知らない。
私は、具体的な、所属部隊も知らない。

せめて、生前の祖母に、聞いておけば、よかったと思う。しかし、もうそれは、いい。これから、出来る限りの場所に行き、追悼慰霊をする。

こういう活動をしていると、様々な情報や、話を聞くことになる。

バリ島。
バリ島には、現在、テラハウスを、建設中である。
最初に、バリ島に出かけたのは、今から、13年前である。
そして、昨年、久々に、バリ島に出かけて、その変化に驚いたものだった。

テラハウスは、借地である。
私の、お弟子さんの婚家先の、土地である。
当然、その家族の皆様との、付き合いも、はじまった。

いつも、そこに、お爺さんがいる。
言葉は、かわさないが、会釈する。向こうも、会釈をする。
昨年の四月、初めて、その家庭で、夕食をいただいた。
その時、お爺さんは、黙って、私たちの座に加わり、座っていた。
何も、言わない。

実は、つい最近、この話を聞いた。

バリ島にも、戦争時代の、記録が、残されている。
第二次世界大戦である。
日本の占領地に、バリ島もあった。それは、知っていたが、具体的なことは、知らなかった。インドネシアという、大枠で、考えていた。つまり、バリ島の人とは、それほどの、関係はないと。

ところが、違った。

その、お爺さんの、年齢以上の人は、男は、皆、日本軍の奴隷にされたというのだ。

バリ島・ウブドゥの男たちは、自分たちの作った米を、日本軍に渡すために、海側まで、徒歩で、米を運び、さらに、船に乗り、使用されたという。

タイ・ビルマ戦線、インパール作戦も、そうだが、現地の人たち、男たちを、荷物運びの、クーリーとして、兵隊の数より、多くの中国人、タイ人を、使用したという。

勿論、兵士たちと、共に、亡くなっている人もいる。

愕然とした。

実は、日本人と結婚する、バリ島の男が多いが、その内実は、親族に必ず反対する人がいるという。昔の日本軍の有様を知る人たちだ。

ただ、救われているのは、バリ島の人、バリニーズたちの、心情は、過ぎたことは、忘れるという。
私の、お弟子さんが、夫に、お爺さんは、日本人を、憎んでいるだろうとね、と、尋ねると、いや、忘れたと言う、と、答えたという。
もう、過ぎたことだから、と。

日本の感覚で、言えば、水に流すということだ。

そして、私は、言われた。
これから、活動するバリ島でこそ、戦争犠牲者の、追悼慰霊を、行って欲しいと。

お弟子さんの、ご主人の、知り合いの、お爺さん、また、年老いたお父さんに、奴隷として、働いた人が多くいたという。
今は、皆、亡くなっている。

日本兵に、肩を斬られて、体が、歪んだまま、生きていた人もいるという。

バリ島の、観光地にも、戦争の記念館がある。
そこに行く日本人に、ガイドは、決して、その話をしないと聞く。

黙して語らないのだ。

これも、私が、戦争犠牲者の、追悼慰霊をしてるということを、言うからの、情報である。

そうであったなら、バリ島でも、時期を見て、戦争犠牲者の追悼慰霊を、行いたいと思う。いまだかって、バリ島の犠牲者の慰霊などした、日本人はいない。

さて、私の、トラック諸島への、慰霊の情報で、遠い記憶を思い出した方も、多い。忘れた振りをしていたのだ。
思い出さないようにしていたのだ。

実は、という、前置きで、話が始まる。

もう、戦争が終わり、戦争体験者も、多く亡くなってる。
その、孫たちの時代である。
話を聞いていた孫たちに、尋ねるしかない。

バリ島で、日本軍の犠牲になった方々の追悼慰霊をすると、決めた。

日本政府は、政府開発援助として、毎年、インドネシアに、一千億近い、支援をしている。それは、あまり、知られていない。
また、博物館や、建物の玄関の、横に、日本政府によって、戦争保障の云々という、看板が掛けられている。ほとんどの日本人観光客は、それを、見落とす。

国と国の、間では、そのように話し合いが行われるが、市民は、知らない。
それを、知らせるべきであると、共に、日本人が、慰霊の行為を、すること。それに、尽きる。

死ねば、終わりで、死んだ者が、損だというなら、それは、話にならない。
死んだ者の、気持ちを代弁する必要がある。

神仏は、妄想だが、人が死ねば、霊になる。
その、霊位に対する所作が必要である。

すると、矢張り、こうしては、いられないのである。

謝罪外交と、保障外交に、日本は、明け暮れた。
それでも、まだ、足りないのである。
つまり、最も、大切なこと。
慰霊を、行わないからである。

国の要人が、花輪を持って、追悼の行為をすることも、必要であるが、実際的に、祈りを持って、日本人の祈りを持って、行う必要がある。

先祖祭りを大切にする、日本人である。ならば、あちらの国の人も、そうである。
篤き思いを持って、それを行う時、本当に、謝罪という、言葉の重さが、成就できる。

トラック諸島にも、現地の人たちがいた。
その人たちも、犠牲者であり、亡くなった方もいる。

日本兵だけではない。
日本人だけではない。

戦争で、犠牲になった、すべの方々の追悼慰霊なのである。

人の思いから、念というものが、発せられる。
それは、念として、単独で、行為するものである。それが、多くの積もると、想念となる。
もし、恨みや、憎悪の、想念ならば。
再び、人の心に、戦争の種を蒔く。

平和を願う行為の一つに、追悼慰霊の行為がある。
口先では、最早、駄目なのである。

生きている方は、忘れてくれるという。
しかし、死者は、口無しである。
その、死者の思念を、感じ取る行為が、追悼慰霊なのである。

日本の伝統には、鎮魂の作法という、特別な、死者に対する作法がある。
勿論、それを、私が行うのではない。
私が行えるのは、追悼慰霊である。

鎮魂とは、御霊、鎮めである。
これは、高い次元の霊的存在の介入なしに、行為できるものではない。

私がする、追悼慰霊は、亡くなった方々に、哀悼の念を持って望み、それぞれの、霊的次元に、お戻り願うことを行為する。

霊の存在を否定する人には、理解できない。
もし、霊の存在を否定するならば、死者は、そのまま、放って置けばいということになる。
死んだら、終わりであるならば、死者のための行為など、必要ない。
何故、古代から、死者に対する所作があったのかは、霊が存在するからである。

勿論、私は、霊の存在を否定する人に、霊の存在があるということを、説得するものではない。

心の命ずるままに、行為するのみである。

私は、知っているからである。
霊が、存在することを。

2008年01月17日

孤独死について。

孤独死する、老人が多くなっている。

だが、孤独死するのは、老人だけではない。
若者も、中年もいる。
その数も、どんどんと、多くなっている。

不用品引き取り業者の、話を聞く。

孤独死した人の部屋の整理に行く。
雑然とした中で、作業をするという。
私の知り合いは、一人で、それを、行っている。

独身男性、女性の部屋である。
驚くのは、おびただしい、大人のオモチャであるという。
それは、誰も来ない部屋ならば、いたるところに、雑然としてあるという。

死者の、遺品であるから、丁寧に、処理するという。

まだ、体温が残るような、大人のオモチャを整理する時の、気分は、たまらないという。

手際よく、それらを、ダンボールに積める。
そのうちに、それらからの、思いが、伝わってくるという。

一人遊びのセックスである。

物言わぬオモチャが、物語るという。

何と、人間は、寂しい者なのだとは、知り合いである。

ダッチワイフが、ドーンと、置いてある、部屋に入って、心臓が、止まりそうになったとも、言った。

隣近所との、付き合いをしない。
皆々、知らない人ばかりである。
都会だけの、話ではない。
田舎でも、次第に、そうなっている。

体温の残る、大人のオモチャにある、哀しみである。

知り合いも、その気持ちは、痛いほど、解るという。
面倒な、男女関係より、オモチャで、楽しむ方が、楽である。

人間関係が、希薄であるということから、宗教の勧誘が、始まる。マルチ商法の、勧誘がはじまる。ねずみ講の、お金儲けの話が、はじまる。
孤独を、狙って、それらが、入り込む。

人の弱みに、付け込むという、点では、変わりない。

私は、この問題の解決の、方法を見出さない。

人間は、孤独に耐えるしかないのだ、からと。

しかし、善人面する人々は、言う。
地域、近所付き合いによって、云々と。
皆が、皆、そうではない。
そして、その、結果の事は、それぞの、責任に帰す。
自業自得なのである。

生きているということは、食べる、寝る、射精する、性的欲望を満足させたいと、思う。当然である。

言えることは、孤独死を、恐れないということだ。

私の知り合いに、保険もなく、年金も無い、それでいて、気楽に生きている男がいる。
働いては、海外に出かける。

矢張り、その知り合いが、心配して、彼に言う。
保険とか、これからのために、貯金とか、必要だと。
しかし、彼は、死ぬ時は、死ぬという。

体調が悪い日は、黙って寝ている。
病院には、行かない。

それで、何ともいえない、優雅さを、持っている。

家族も無い。
そのままが、孤独である。
しかし、それを、恐れていない。

死ぬ時は、死ぬ。
そうして、ある種の悟りを得ている。

私は、一度も、彼に、説教めいたことを言ったことがない。
言う必要も無い。
孤独死をしても、当然であると、思っている。それが、また、いい。
そういう、人生もある。

都会の老人の孤独死は、何の問題も無い。
誰かが、気づくまで、死体のままでいるだけである。
孤独死が、問題なのではない。
問題は、その処理である。

行政が、それをする。
それでいい。

温かい家庭という、幻想は、持たないのである。
そんなものを、求めて、得られなければ、悲惨である。
お金はあるが、それを得られない人を、多く知る。
そんな人は、お金を、出さないということも、印象的だ。

何かのためにと、考えることはない。
自分のことのみで、始終する。それで、いい。
死んでも、金を話さないのだろう。執着という。

引き取り業者の、知り合いは、大人のオモチャに、執着を感じることもあると、言う。
孤独を、慰めてくれた、オモチャである。
子供が、執着するように、それに、執着する。
それも、いい。

一人寝の 我慰める ゴムのその
   思いをかけて しばし楽しむ

それで、いいではないか。

もののあわれについて155

源 宗干朝臣 みなもとのむねゆき あそん

冬の歌とてよめる

山里は 冬ぞさびしさ まさりける 人目も草も かれぬと思へば

山里は、冬こそ、寂しさが勝る。人も途絶え、草も枯れてしまうのである、から。

かれぬ、とは、枯れる、離れる、共に、かれると読む。懸り言葉である。懸詞である。
かれぬと思へば さびしさまさりける、のである。
三句切れであるが、朗詠すると、初句と、三句と四句切れになる。

万葉であれば
山里は 草木もかれぬ さびしさは 冬こそまさに きわまれるなり
そのままにして歌うと思う。

坂上是則 さかのうえのこれのり

奈良の京にまかりける時に、宿れりける所にてよめる

み吉野の 山の白雪 つもるらし ふるさと寒く なりまさるなり
吉野の山の雪が積もっているらしい。奈良の都がいっそう、寒くなってきた。

これは、実に素直である。
そのままに歌う。万葉に近い。

もう一首も、いい。

大和の国にまかれる時に、雪の降りけるを見てよめる

あさぼらけ ありあけの月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪

夜明けがた、ありあけの月と思われるように、吉野の里に降る雪の美しさ。
そのままを、歌うのである。
ありあけの月とは、陰暦、20日過ぎの、遅く出て、夜明けまで残る月をいう。

清原深養父 きよはらのふかやぶ

雪の降りけるをよみける

冬ながら 空より花の 散りくるは 雲のあなたは 春にやあるらむ

冬であるのに、空からは花が散る。雲の向こうは、春なのであろうか。
これは、着想が、実に、いい。
これ、風雅の走りである。
空より花の散りくるは、とは、現代流に言えば、素敵である。
雪を花と見立てる心の、余裕である。


在原元方 ありはらのもとかた

年の果てにてよめる

あらたまの 年の終はりに なるごとに 雪もわが身も ふりまさりつつ

一年の終わりになると、雪も益々降り、わが身も、益々年を取ってゆく。
あらたま、は、年や月に、かかる枕詞。

素直な歌である。雪とわが身と、懸り言葉である。

古今も、そろそろ終わりを迎える。

恋の歌をよむ。

藤原敏行朝臣 ふじはらとしゆきあそん

寛平の御時后の宮の歌合はせの歌

住江の 岸に寄る波 よるさへや 夢の通い路 人目よくらむ

夜までも、あの人は、夢の中の通い路でも、人目を避けているのだ。
よるさへや、とは、昼間ではなく、夜までも、という意味。
序詞は、よる、を引き出すために、使われている。
住吉の岸に寄る波、である。

これは、主語を私にすると、どうして、私は、人目を避けるのだろうか、という意味になる。
よんだのは、男であるから、主語を私としても、いいのかもしれない。

伊勢

題知らず
夢にだに 見ゆとは見えじ 朝な朝な わがおもかげに 恥ずる身なれば

夢にでも、あの方に見られないように。朝な朝な、自分の顔を見て、恥じている身なのだから。
そのまま、乙女心と、解釈する。

もの思ひけるころ、ものへまかりける道に、野火の燃えけるを見てよめる

冬枯れの 野辺とわが身を 思いひせば 燃えても春を 待たましものを

わが身が、冬の野辺枯れであったら、燃えてでも、春を待とう。
だが、胸が燃えるのであり、恋の春は、待ちえないものなのだ。

叶うことのない、恋の思いを歌う。絶望の恋である。
だから、実に、素直である。

枯れるとは、離れる、つまり、かれると読む、離れるなのである。
離れるを、かれる、と読むのである。
離れるは、枯れてゆくものと、同じように、感じたのである。

恋する相手が、離れることを、かれる、と言う時代があった。
それを、私は、風情という。
勿論、風情は、別の意味合いにあるが、風情の元は、離れる、かれる、が元だったという。
風情は、風流として、変容する。
本来は、心に吹く風であった。それを、後に、外に見えるものに、置き換えたのである。
単純なものが、複雑化するという。
しかし、それは、それでいい。

目に見えるものは、心の姿であるという、考え方があったということを、覚えておくことである。

素性法師

題知らず
今来むと 言ひしばかりに 長月の ありあけの月を 待ち出でつるかな

今、来ると、言ったあなたを待っていたら、もう、九月のありあけの月の時期に、なってしまった。

河原左大臣 かはらのひだりのおほいまうちぎみ

題知らず
みちのくの しのぶもぢずり たれゆえに 乱れむと思ふ われならなくに

あなた以外、誰のために、心乱れるのか。私は、そんな私ではないのに。
みちのくの、しのぶもぢずり、とは、福島県、信夫から、産する、しのぶ草で、染めたもので、乱れ染めのようである。
序詞であり、乱れを、出すための、もの。

しかし、男の歌である。
今の、演歌歌手の、男が、女心を歌うようである。

万葉は、恋の歌、相聞歌が、実に、多い。
それは、もののあわれ、そのものであると、言ってもよい。
もののあわれ、それは、恋であり、恋心である。

恋とは、不思議な、心の働き、動きである。
古代、それを、一言で言えば、性である。
しかし、現代の、爛熟し、変形し、更に、倒錯したものではない。

純粋、無垢なものであった。
それでは、純粋無垢な性とは、何かということになる。

私は、それを、語る言葉を持たない。
一番は、万葉の歌を、読むことである。

純粋無垢な、性を語ることは、語ることによって、限定し、さらに、言葉の迷路に、入り込むことになる。
故に、語らずにおく。
これ、伝統である。

2008年01月18日

もののあわれについて156

在原行平朝臣 ふじわらゆきひらあそん

題知らず
立ち別れ いなばの山の 峯に生ふる 松とし聞かば 今帰り来む
たちわかれ いなばのやまの みねにおうる まつとしきかば いまかえりこむ

別れて因幡の国に行くが、私を待つというなら、すぐにも、帰りましょう。

松と、待つを懸けている。懸り言葉である。
いなばの山の峯に生ふる、は、序詞であり、松を引き出す。
いなば、因幡の国にある、稲羽と、往なば、の懸り言葉である。

地方へ赴任する際の、別れの歌である。やや儀礼的なのは、否めない。ゆえに、懸けて歌をよむという、技巧である。
松とし 聞かば、は、待つとし 聞かばになる。

阿倍仲麿 あべのなかまろ

もろこしにて月を見てよめる
天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも

空を遠く、振り仰いで見ると、春日の三笠に出ていた月なのである。
つまり、昔見た、月なのであるとよむ。

仲麿は、16歳で、唐に留学し、そのまま、唐朝に仕えて、70歳で、没する。
一度は、日本の遣唐使の船で、帰国しようとするが、暴風にあって、果たせず、そのまま、唐朝に、召しだされる。
この生涯を追えば、長編になる。

望郷の思い深くしての、歌である。
これは、実に万葉に近い感覚である。
万葉集に、置いても、遜色ない。

出でし月かも、かも、は、詠嘆である。
純粋素朴、スケールが大きい。

大歌所御歌 おほうたところのみうた
近江ぶり

近江より 朝立ち来れば うねの野に たづぞ鳴くなる 明けぬこの夜は

近江から、朝出かけて来ると、うねの野で、鶴が鳴いている。夜が、明けたのだ。

宮中の大歌所で、集められた歌である。
読み人知らず。
伝統的行為であるから、万葉調が残っている。
おおらかで、気持ちがよい。


神遊びの歌

わが門の 坂井の清水 里遠み 人し汲まねば 水草生ひにけり

わが家の門の坂井の清水は、里が遠く、人が来て、水を汲まないから、水草が生えてしまったことだ。

神遊び、とは、神前にて、奏する歌舞のことである。
歌い、舞うということである。
神楽に近い。
歌は、万葉調である。

東歌
みちのく歌

みさぶらい み笠と申せ 宮城野の 木の下露は 雨にまされり

お付の方々、み笠をお召しくださいと、ご主人に申し上げてください。宮城野の露は、雨以上です。

み、は接頭語。さぶらい、は、お付の者を言う。
さぶらい、は、後に、侍になる。

君をおきて あだし心を わが待たば 末の松山 波も越えなむ

あなたをおいて、他の人を思うと、末の松山も、波を越えてしまうでしょう。
恋の心の変わらぬ様を歌う。恋歌である。

ひたち歌

筑波嶺の この面かの面に 蔭はあれど 君がみ蔭に ます蔭はなし
つくばねの このもかのもに かげはあれど きみがみかげに ますかげはなし

筑波山の、あちこちに、木陰はありますが、君の、み恵みの陰に勝る蔭はありません。

恋歌である。

東歌とは、東国の地方の歌である。
それは、都から離れているが、歌として、その上下はない。
歌は、平等である。

多く、それらは、人の口を通して、伝えられたものである。つまり、歌い継がれて、伝わったものである。
要するに、民謡である。

歌謡という言葉も、ある。
和歌は、目でよむもの、歌謡は、歌うものであった。
最初は、明瞭ではなかった。奈良末期から、平安初期に、次第に、その姿、明確になってゆく。
和歌を歌うことを、朗詠として、分けていた。

私は、朗詠家である。

漢詩は、吟じるものである。
和歌の朗詠は、単純素朴である。
私は、母音に戻し、長く伸ばす藤原冷泉家とは、別にして、抑揚をつけ、少しの節をつけることにした。
しかし、詩吟のような、堅さは無い。

母音に戻した後で、抑揚をつけて、朗詠するのである。


もののあわれについて157

万葉集から古今集までの、間は、約150年ほどある。
それは、飛鳥時代、奈良時代から、平安時代にかかる。
古今集編纂までに、漢詩が全盛だった。つまり、九世紀は、漢詩の時代である。

その中で、大和歌、やまとうた、としての、和歌の復興である。

平安時代の初期、漢詩の時代だけではなく、思想的に、最澄、空海の、密教時代でもある。

これは、無視できない出来事である。
勿論、密教成立以前に、すでに、日本は、仏の色一色といった、状態を醸し出していた。

当時の仏教、仏の教えは、まず、造形美から出発した。
空前絶後と言ってもよいほどの、造形製作である。
そして、密教の成立である。

この、凄まじいエネルギーは、何ゆえか。
最澄、空海の野心も、当然ある。

空海は、高野山、東寺、そして、総国分寺としての東大寺も、主宰したのである。
空海の、密教は、他の宗派にも、影響を与えることになる程の、強いイメージを与えた。

ここで、私は、空海の唐から、持ってきたものとは、信仰というより、その色彩の様である。
信仰を、それに託すかのように、曼荼羅という、極彩色のイメージ画をもたらした。これは、色彩の革命のようである。
日本人には、無かった、色彩感覚である。

それと、漢詩の様。
勿論、空海の前の時代から、奈良時代から、絵画として、彫刻としての、仏の世界が描かれていた。
極めて、異例のことである。

これは、何かといえば、元から、持っていたものを、仏教美術として、開花させたようなものに、感じるのである。

要するに、時代に乗って、空海は、自己実現を果たした。その、野心を見事に、成就することが、出来たと思われる。

秘密身証としての、密教文化とでも言う。

それらを、表現する様を、秘密なるものとして、他の領域を入れない、垣根を作り、自己実現の信仰の世界を、築いたといえる。

後の、日本の芸術に大きな貢献をしたといえる。
その、密教の真偽は、別にしてである。

当時、ど肝を抜くような、色彩を持っての、信仰の勧めである。
思考力を無きものにして、さらに、その言葉の世界を持って、空海は、時代を超越した。

非常に、瑣末な例であるが、中華街という場所に行くと、その、中国式の、色彩感覚に、中華というものを、感じる。
一目見ただけで、中華街という、インパクトを与える。
空海も、それである。

大日如来から、発した信仰の、曼荼羅を持って、大和心に、強烈な印象を与え、さらに、神仏混合により、天照大神を、大日如来の化身とするまでに、なるのである。

撹乱させるには、実に、良い方法だった。

真名を漢字、仮名を大和文字として、公用語を、漢字にし、平仮名は、女子供のものであった。
それを、紀貫之は、平仮名の採用を持って、大和言葉、大和心を、復興しようとしたのが、古今集の、試みである。

万葉集から、150年という、間の時間を埋めるかのごとくの、試みである。しかし、それから、勅撰和歌集が、次々と、編纂される。

それが、源氏物語に、結実する様である。

二重の層を持って、この日本の精神史を、見ることである。

底辺に流れていたもの、それは、矢張り、大和心であった。
唯神の道、かんながらのみち、が、思想体系なくしてあったことが、空海には、幸いした。
それを、空海流に、提示してみせたと考える。
だが、それも、たった一つの、方法である。

その強烈さが、空海伝説を生む。
各地に残る、空海伝説は、空海を名乗る僧によって、成ったものである。それほど、空海は、強烈だったといえる。

ここでは、空海の書いたものに、触れない。
唐で、培った学びによる、思想体系に、裏打ちされた書き物は、文学としては、非常に価値のあるものであるとだけ、言う。

古今集を、終わる。
古今集は、引き戻す、意識の、現れである。
引き戻すのは、大和心である。
それを、思想体系とせず、矢張り、歌の形で、成したこと、実に、真っ当な感覚である。

論文にはならないのが、大和心であり、もののあわれ、である。

物語として、源氏があるのも、更に、真っ当なものである。

秘するものを、花とした、世阿弥も、もののあわれ、というものの、姿を観ていた。故に、それに関しては、一切触れず、能にあるべき姿を、見つめて、もののあわれ、というものを、表現する。
真っ当である。

ここで、更に、余計なことであるが、言っておく。
万葉集は、唱える、歌うものであった。
多くは、伝承によったといえる。

民俗学者をはじめ、評論家が言うところの、鎮魂について、言う。

鎮魂とは、魂鎮め たましずめ そして、魂振り たまふり、を言う。
ただ今も、慰霊を、鎮魂と呼んでいることが多々ある。
勿論、鎮魂という意味あいが、違うが、それを、非難することはない。

ただ、魂鎮め、たましずめ、魂振り、たまふり、というもの、単なる、慰霊ではない。
天皇が修法する程の、作法であった。

心神合一と言う、研究家もいるが、違う。
身神合一とも、違う。

神になる、修法という、言い方をして、特別なものであることを言うが、それも、違う。

生まれて、生きる、ということは、それ自体が、魂鎮めであり、魂振りなのである。
それを、大和心は、歌にしたのである。

和歌、歌というものは、魂鎮めであり、魂振り、であった。

鎮めは、魂を、平けくすることであり、振りは、魂を、振るい立たせることである。
恋というものが、魂、乞い、であることを言った。

神道系の霊能者が、行う、秘密の行法ではない。

行法にあるのではない。

天皇が、修法したということは、民が、天皇を神と、呼ぶからである。それに相応しくなるべくの行為である。
つまり、生きること、それのみに懸ける心得である。

現人神とは、皆々のことであり、天皇は、現人御神、あらひとみかみ、という意識からだ。
民を代表しての、行為行動を行うという、意味意識である。

言霊というものは、この、魂鎮めであり、魂振りとしての、歌なのである。
生きていれば、こその人生なのである。
生きていれば、そこ、生きる喜びを感じること、それが、魂振りであり、魂鎮めは、死後の魂の、あるべき姿を言う。

死者を扱う様々な、方法は、各地、各国にある。
それは、何が正しい、正しくないという、問題ではない。
どうしても、いいのである。
死者を、どのように、扱っても、死者は、何も言わない。

大和心、大和魂は、歌をよむのである。

五・七・五・七・七
和歌は、いや、大和の歌は、五と、七の、音による。

言霊は、音霊、おとたま、による。
音霊は、数霊による。
音の数により、魂鎮めと、魂振りをするのである。

あ・い・う・え・お、と唱えるだけで、実は、魂鎮めが、行われ、また、魂振りが、行われる。

以下、省略。

2008年01月19日

時々刻々の憤慨

今月8日の、国会、参考人質疑で、日米平和・文化交流協会の秋山専務理事は、
山田洋行から、約3000万円の提供を否定した。
しかし、山田洋行は、顧問料として、支払ったという。

要するに、秋山は、嘘を言ったのである。
山田洋行は、秋山が顧問を務めるアメリカ企業との契約に基づき、払ったもので、問題は無いとしている。

支払ったという山田洋行。否定する、秋山。
何故、否定したのか。
やましいからである。

ホント、アホらし。

防衛省を巡る汚職は、巨額である。
今は、ほんの一部である。
政治形態の、如何に、関わらず、汚職は、どこの国でもある。
人間の問題である。
いつから、日本人が、中国人のようになったのか、知らない。

薬害C型肝炎の、救済法が、決定して、安堵した。
どういう、魂胆があっての、ことであろうが、結果は良い。
政治は、結果である。
自民党の選挙に有利になるようにと、言われても、結果良ければ、善し。

被害者への、給付金を窓口にする、医薬品医療機器総合機構という、独立行政法人の、理事長である、宮島という者が、辞任した。
何故か。
厚生省の時の、418人リスト問題の02年7月当時の、厚生労働省医薬局長だったからだ。

こうして、役人というものは、平然として、非国民であるという、行為を、繰り返すのである。

リストが、放置されていた問題での、当時の職員の、責任は不問としたが、不問にしたのも、役人である。

薬事行政のトップだったものが、理事長なのは、相応しくないという、批判があったというが、批判ではないだろう。
のうのうとして、理事長に収まるという、厚顔には、呆れるばかりである。

これらにも、家族あり、親族がいるだろうに。
自分のやったことに、恥ずかしさを感じないという、鈍磨さである。

国会で、平然として、嘘をつく。
守屋という、男も、平然として、嘘をついていた。

同じ水を飲む者である。
静かに、染まるのである。

国民の金である。人の金である。
平気で、懐に入れる。

どのような、神経、いや、心模様なのか、知るべしもない。
人生や、仕事を、何と、心得ているのか。
または、公務員として、官僚として、何を、どのように、考えているのか。

さらに、厚生年金の問題が、クローズアップされる。
もう、国民は、信用しないし、年金も、当てにしない。
つまり、国を見捨てるのである。

政治家が、口泡を飛ばして、語っても、詮無いこと。
問題意識などないのである。
政治家になる、手前だけである。何がしか、問題意識を持つのは。
なってしまえば、忘れる。

どうして、このようになったのか。
明治期、官僚は、実に優秀であり、誠実だった。それによって、国造りが、なされた。
それが、今は、どうだ。

今、現在、真っ暗闇である。

江戸時代なら、市中引き回しの上、獄門磔である。

徳川幕府の方が、真っ当に見えるのである。

さて、14日夜から、15日の朝にかけて、東京新宿御苑にて、何が行われたか。

航空自衛隊による、地対空誘導弾パトリオット3Pの、発射候補地調査である。
イージス艦が、海上から、撃ちもらした弾道ミサイルを、地上から迎撃するシステムである。
これは、どういうことか。
ある、と、想定してのことである。

防衛である。
しかし、それ程の必要があるのか。
あるから、やるのである。

北朝鮮とでも、話し合いで、解決すると、思い込む政党、政治家は、理解出来ないことである。

三月までに、首都圏に、4基、12年度までに、全国、16部隊に、配置するという。

平和運動盛んであるが、この体たらくである。

私は、いずれ、原爆再投下されるのだから、詮無いことだと、思っているが、国民に意識を、国防の意識を、目覚めさせるためには、いいと、思う。

世の中は、社会は、世界は、何も、良くなっていない。
だんだんと、悪くなるのである。

早く、死んだ方が、マシである。
これは、私だけの、問題である。
他の者は、好きにいたせ、である。

神仏は妄想である。23

宗教は「反合理主義」の場に逃げ込んだのだが、それは決して宗教の衰退を意味しなかった。はじめのうちこそ(18世紀から1960年ころまで)、「最高知」の王座を追われた宗教はぐんぐんと衰退していくように見えたが、うまい逃げ場にはいりこんで、逆に今ではかえって活気づいている。近代社会がそういう逃げ場を必要としているからである。近代合理主義の「知」は、その対立物としての「宗教」をかえって必要としたのである。近代合理主義がつきつめられればつきつめられるほど、それでは覆い切れない人間性が痛みはじめる。だから「逃げ場」の価値が高まる。

これは、特に欧米、そして、日本などの先進国に言える。
後進国、東南アジアなどの、宗教は、そうではなかった。
貧しさゆえの、伝統的行為としての、宗教であり、それによって、生活に救いが、見出せた。
富める者が、痛むのであった。貧しい者は、痛みを感じない。すでに、貧しいという、無意識の痛みを感じているからだ。

何を言いたいのかといえば、豊かさによって、人は、満足しないものであるということだ。
合理主義がつきつめられればと、田川氏が言う。
それは、先進国の富める人々のことである。

今日、明日の、食う、寝る、という、生活の中にある人々は、近代合理主義から、逃れていたというか、捨て置かれていた。

合理主義の、人間性を無視する、進み方に、人は、反合理主義の、宗教に、心のある場所を、許した。そうでなければ、皆々、精神病に陥る。
かろうじて、宗教という、妄想に身を委ねて、誤魔化すのである。

そして、その「逃げ場」がうまく温存される方が、近代合理主義も安心していられる。合理主義では割り切ることのできない領域には、合理主義は手をつけませんよ、というたてまえ上の保障を与えることによって、ほかのすべての領域では近代合理主義は横暴をきわめて暴れまわることができた。宗教の方も、「人間性の深み」という架空の領域を確保してもらうことによって、自分たちは、近代合理主義の横暴がその分を越えて「人間性の深み」にまで踏み込まないように監視しているのだぞ、という自負心を持つことができた。

巨大企業と、手を結ぶ宗教であると、思えばよい。
国家が、宗教を保護するのは、国民の、ストレス、苛立ち、激しい国家政策への不満を、分散して解消するために、ある、と言う、賢い者がいる。
人間性の深み、という、架空の領域を確保して、という、田川氏の見識は、正しい。
宗教を、人間性の深みとして、容認する、ずるい、大企業であると、思えばよい。

ところが、架空の領域を、許された、宗教が、何を勘違いしたのか、その気になって、布教、伝道をして、他の精神世界を、犯すという、過ちを繰り返すのである。

布教、伝道、折伏等々の、宗教的行為は、その、潜在意識が、不安と、恐れに満ち満ちていることを、知らないゆえのものである。
つまり、架空のもの、妄想を、一つでも、多くの人と、分かち合いたいと思うもの。

信仰とは、自己完結の、何ものでもない。
自己完結出来ない不安と、恐れを持つ人が、他の精神世界を犯しても、自分たちの、妄想の神を、伝えるという、行為に、おいて、少しの安心を得るという図である。

世界に広がる、何々宗と、喧伝して、安心するという様である。
教祖をはじめとして、そう思い込む。
教えが広がる、イコール、正しい信仰、正しい宗教と、思い込み、安心する。

教えが広がる程、魔的な、集団だとは、思わないのである。

隠れておいでになる、神を、喧伝するという、愚かしさ。

仏教国タイにおいての、プロテスタント等の、キリスト教の、布教などをみても、笑う。
まして、日本の偽仏教の、さらに、その亜流の新宗教などが、信者を獲得するために、布教する様は、滑稽を通り越して、悲劇である。

現地在留日本人を信者にして、更に、現地人を、信者に、獲得しようとする様、実に、見苦しい。

一神教のキリスト教などは、混乱を撒き散らすのである。
手のつけられない、アホな手法を持って、タイの若者を、騙すのである。
キリスト教の神以外の、神や、仏は、悪魔からのものであると、平然として教える。勿論、悪魔は、自分の方である。

キリスト教については、後で、徹底的に書く。

さて、田川氏の、文を続ける。

ニュートンだのアインシュタインだの、やや落ちるが湯川秀樹だのという「優秀な」自然科学者が、実に安っぽく愚劣に宗教を崇拝し、持ち上げる発言を繰り返した理由はそこにある。

そこととは、
近代合理主義の克服という課題そのものが虚妄なのではない。その看板を宗教に担わせたから、かえって、克服されるべきものと克服の課題であるはずのものが助けあって共存しはじめたのである。

本当のところ、近代合理主義で割り切ることのできる領域と、そうではない宗教的な「人間性の深み」の領域とを、分けることなどできはしない。人間にかかわるいかなる領域であろうと、「合理主義」で割り切り、ぶった切ってよい、などということはありえない。そういうことをしてよい領域は、一点たりとも存在しないのである。だから、そのように領域を分けることができると思ったこと自体が、大きな虚妄だったのである。そして、近代合理主義の側が実を取り、宗教が虚についた。

学者で、このような、明晰な分析をする人かいることが、救いである。

学者というものは、どちらかの、太鼓持ちになるのである。
決して、危険な発言はしない。
金にならないからである。
要するに、堕落している。勿論、堕落しているなどとは、思わない。だから、救いようがない。

田川氏の、論文は、宗教を越えるもの、である。

今こそ、知性を、総動員して、宗教を超えなければ、先が無い。

この、妄想を越えなければ、超えるともいう、そうしなければ、新世紀を生きられないのである。
その最大の、事は、戦争の虚である。
宗教とは、戦争の理由に、他ならないのである。

戦争反対を掲げるならば、宗教と、それに準ずる、イデオロギー、主義を、徹底検証しなければ、ならない。
それらは、虚であり、虚妄であり、妄想だからである。

人間を幸せにする、主義は、未だかって、現れていない。
民主も、社会も、共産主義も、支配者のためのもの。

人間を幸せにするものとは、食って、寝ることが、出来るということである。
それが、安心して、成るということである。
すべの、国で、である。
勿論、これは、私の祈りである。


2008年01月20日

神仏は妄想である。24

あくまでも人間の全体が生きているところに、人間性の深みが存在する。そして、人間の全体とは、しゃばに生きている人間の現実の生活の全体以外の何ものでもない。「人間性の深み」が虚妄になるのは、それを特別に担当する部門として宗教が立ち現れる時である。(宗教でなくても、精神でも道徳でも、あるいは文学でも、ことは同じである)。「人間性の深み」を特別に担当する部門が作られれば、「深み」が人間性そのものから切り離されて、虚妄になる。

田川氏の、これを、読むと、如何に現実が絶望的であるかが、解る。
宗教は、糞の役にも立たない言葉を、妄想を語って、平然としている様、明らかである。

しかし、それに、気づかないのである。

現実から、遊離したところで、生きるということを、語る。神や仏という、手品のような、存在を利用してである。

小児科医、産婦人科医が、減少して、精神科医が多くなっている。何故か。
楽して、金になるからである。
心療内科などは、初診の際に、それなりに、話は聞くが、以後は、薬を処方するだけである。処方で、金になる。
治癒などしないから、いつまでも、患者は、良い客である。

医者が、人を助けるという、奉仕の精神から離れて、金儲けとしての、商売になったのである。
医療が、商売に堕落すると、本当に、人間は救われない。

このような、精神的状態を作り出したものは、何か。
誰の、教育か。

さらに、教師の精神疾患である。休職する、教師の半分が、精神疾患である。

現実である。

文部科学省も、日教組も、何の手を打てないのである。
スローガンだけは、一人前である。
支配層に入ると、皆々、このようになる。

事件は、現場で、起きている。
まだまだ、例はある。
しかし、省略する。

人間の全体とは、しゃばに生きている人間の生活の全体以外の何ものでもない。
田川氏の、言うとおりである。

マスコミ等々も、それを報道して、のうのうとして、犯人探しをする、程度で終わる。

環境破壊についても、そうである。
テレビ朝日は、古館という、アホを前面にして、このままでいいのか。一人一人の自覚と、環境に対する云々というが、その、古館が、どんな生活をしているのか、何も、言わない。こういう、偽善が、まかり通るのである。

虚妄である。

更に、虚妄なのは、宗教である。
実は、田川氏が言うより、宗教の実体は、酷いのである。

虚妄ならば、まだいい。詐欺である。

鎌倉、鶴岡八幡宮という、神社がある。
あれは、昔、寺であった。源頼朝は、鶴岡八幡宮寺として、建立した。
明治に、神社となった。

私の知り合いが、子供の祈願をお願いした。
五千円、八千円、一万円の、お祓いコースがある。
一番、安いコースにした。すると、裏にいた、神主が、舌打ちをした。なんだ、五千円かと。
こういう、ことである。
それで、神職というから、笑う。

あすこに、降りる神は、いない。
それならば、その横にある、正一位の、稲荷の方が、まだ、ましである。

鎌倉に住み、私は、深夜、八幡宮の前に行き、祝詞を唱えて、その、神の様を感じようとした。
虚無である。

太鼓持ちの、霊能者もどきが、神の波動の強い神社の一つというが、大嘘である。

御祓いに、コースをつけるという、虚無である。
巫女に、尋ねた。何が違うのと。
お渡しする物が、違いますと言う。

全く、商売ではないか。

あそこで、清め祓いしたものに、神気など、宿るわけが無い。
程度が知れた。

寺だった場所が、無理やり、神社にされたのである。
私は、二度と、拍手を打つことがない。

実に、解りやすい例を上げてみた。

日本人の潜在的信仰心を、利用しての、商売であるから、最も、罪が重い。
高天原霊界とは、勿論、富士霊界とも、何の関わりが無い。
あの、神社の上空に、精々神の世界を創造しているのみである。
そんな者が、感応しては、具合が悪くなるだけである。

何故宗教では近代合理主義の「知」を克服できないか。暴力的な技術の発達を知性の勝利と呼び、資本の論理に見合う合理性のみを合理性と呼んできた近代合理主義は、その結果生じるさまざまなゆがみ、ひずみの応急手当を宗教の手にゆだねた。近代になって滅びるかと思われた宗教は、こうしてむしろ近代にこそ自分独自の居場所を見つけることができて喜んだ。近代合理主義からこぼれ落ちる非合理の側面にこそ宗教の真理があると思った。けれども、近代合理主義が暴力的につっ走るからこそ、ゆがみひずみ痛む部分が生じるのであって、近代の「宗教」がその部分を非合理の真理として珍重している限りは、近代合理主義を克服することを目指しているようでありながら、実はそのおこぼれにあずかっているにすぎないのである。

ここまで、言われても、宗教は、何も言えない。
そんな、問題意識もないにも無い。
相変わらず、天国、地獄や、極楽等々の、荒唐無稽のお話に、始終する。
そして、ご供養とか、念仏三昧、題目によって、宿命転換をと、大嘘を言う。

カトリック教会では、信者は、教会の中では、平和の祈りをあげて、平和を演じするが、外に出ると、鬼になるという驚き。
キリスト教カルト集団は、おたく、のように、引き篭もり、その仲間と共に、妄想の中に浸りきるという、仰天。
どこから、出てきたのか、千年王国などという、アホのような話に、大の大人が、傾倒するという、狂いである。
自分たちだけは、神の国に入ると、信じる。勿論、神の国ではなく、悪魔の住まいに入るのであるが、そこを、神の国だと、信じるきるという。ホント、哀れである。

大乗経典の、嘘八百の経典を持って、仏陀の最高の教えであると、声高々に言うアホども。仏陀は、一言も、そんなことは、言わないということを、知らない。
実に、世の中が、無明なのではなく、その本人が、無明であるとこを、知らないのである。

宗教信仰も、今の世の中の「知」のあり方はどうもおかしいと感じ、それを克服しなければならないと願う初発の力になることができる。その意味では近代における宗教信仰の意味を評価する必要もあろう。けれども、初発の力にとどまっていては先に進めない。宗教は初発の力を生み出すが、初発の力を越えて先に進むことを妨げる。
無知に居直っても、知性の荒廃は救えないのだ。いま必要なことは、そこらあたりにころがっている「知」をはるかにこえる深く鋭い洞察力を全人間的に、かつ全世界的なつながりをもって、養うことではないのか。

無知に居直ると、田川氏は、言う。
宗教は、無知に居直っているのである。そして、堂々として、無知に居直るというのが、また、宗教である。

鋭い見識は、また、初発の力を越えて先に進むことを妨げると、言う。

信者を支配することが、出来るという、傲慢が、そうさせる。
信者は、アホだから、どうにでもなると思うのである。
信じる者は、一度信じると、いくらでも騙せると、信じる。

織田信長が、比叡山を焼き討ちした。
非情な命を下した。
女子供に至るまで、皆殺しにせよ、である。
その先頭に立った、秀吉は、女子供を殺すのに、忍びないと、逃す。
しかし、ほぼ全域を、焼き討ちした。

僧たちの、堕落極まりない所業を見ての、信長の怒りである。
その当時、信長は、キリスト教宣教師の、命がけの、宣教の様に、驚いていた。
この教えに、何かあると、見抜いた。
宣教師と、僧侶との、対決も、目の前で見た。

焼き討ちするしかないと、決断した。

それは、それで、一理ある。
しかし、その後、秀吉は、政治家の勘で、宣教師の本質を見抜いた。
植民地政策の、変形したものであると。
彼らの教えに、従うと、日本国の、根幹が、揺らぎ、果ては、日本国が崩壊し、キリスト教国の、植民地になると、察した。
キリシタン禁制である。

秀吉は、キリスト教徒に、最も、相応しい、殉教という、僥倖を、皮肉にも、与えた。
長崎の26聖人として、ローマカトリックから、聖人に上げられた者を、生み出した。

九州のキリシタンの資料は、多くあるが、実は、蝦夷地、北海道にも、キリシタンたちは、逃れている。その様は、地獄のようなものである。

教えに生きるという、無知蒙昧は、計り知れない犠牲を生む。

その、淡々とした、人生の様に、意義を見出すのは、至難の業である。しかし、宗教は、そこに、大きな希望と光を与える。
我らは、神の子。ゼウスの元に、集え。

どんな、苦難を受けても、信仰を守るという、人生の目的意義を見出す。
人生とは、何か。
宗教とは、何か。
そして、生きるとは、何か。

それに、宗教は、答えない。
勿論、答えを出すが、それは、知性ではない。まして、感性でもない。
蒙昧であり、無明である。

潜在意識の、広大な世界にある、広大無辺な領域に、一滴の水を垂らすのが、宗教である。
それを、救い、という、妄想に高めるのである。

つまり、潜在意識の、不明に、救いという観念を植え付ける。

目の前で、自分の子供が、無残にも、殺されるのを見る、キリシタンが言う。
どうぞ、殺しくだされ、我らは、ゼウスのハライソに行くのである。
そして、子供に言う。
一時の、苦しみぞ、その後は、ゼウスの国、ハライソに行くのだぞ。

その、キリシタンたちの霊が、未だに、さ迷っている事を、知る、真っ当なキリスト教徒は、いない。
人間とは、愚かなものである。

そして、更に、人間の愚かさを、助長するもの、それは、宗教である。

宗教は、眺めるものである。
必要なことは、信仰である。
観念ではない、信仰である。それは、宗教に似るが、宗教ではない。宗教的ではあるが、宗教ではない。

その対象は、自然である。
宇宙を含む自然への、信仰そこ、大切な、真情である。

人間の想像を超えた、自然に対する、畏敬の思いは、生命の畏敬となる。
生命の畏敬は、わが身の完結である。

命あるもの、すべてに通じる、生命の畏敬こそ、信仰といえる。
拝むものは、太陽、山川草木にある。
そこにしか、生きられないのである。
何によって生きるのかとは、真実である。
自然を離れて、生きる道は無い。
宇宙の外に出て、宗教は、活動すべきである。そこが、相応しい場所である。

2008年01月21日

もののあわれについて158

暗きより 暗き道にぞ 入りぬべき はるかに照らせ 山の端の月

和泉式部
性空上人のもとによみて遣わす

拾遣集に、一首だけ載せられている歌である。

この歌は、法華経化城喩品 ほけきょうけじょうゆぼん、の一句、従冥入於冥永不聞佛名からのものである。
当時、名歌とうたわれた。

経本、一句の、意訳である。
漢語を、和歌にした。確かに、名訳である。
しかし、本当に、名歌であろうか。

和泉式部の歌の数々は、恋にある。
この、経本の一句の、意訳の歌を、名歌としたのは、多分に、当時の仏教思想への、傾倒によるものである。
仏教思想というものが、あれば、である。

当時、仏教は、唯一、体系づけられたように、見える、教えであった。
要するに、言葉の世界では、新鮮であった。
ただ、それだけである。

この人生を生きるということは、暗闇を生きることと、同じである。そして、その暗闇を生きる者は、また、暗闇を心に抱いて、生きるしかない。だから、山の端の月とは、仏の光、仏の慈悲である。それが、無くては、生きることが、できないのである。

これは、理屈であり、観念である。

名歌の、響きはあるが、それは、響きのみである。

この、経本は、大乗仏教の、おおよその、教え、教義といえるような、理屈の様々を説いている。
中国の、天台大師が、更に、それを、解釈して、摩訶止観、という書物を書いた。それにより、体系立てた、思想、観念が、生まれる。
当時の、最高の教養とも、言える。

当時としては、名歌であるが、経本を抜きにした時に、今、はじめて、名歌になると、私は言う。

経本の意訳をしたのであるが、和泉式部は、実感として、人生を、そう捉えたと、考える方が、易い。
たまたま、経本の、一句に、自分が、感じていたものを、重ねたのである。

山の端の月、というものを、仏と、解釈するのは、勝手なことだが、理屈ではない、情感として、もののあわれ、として、感じたのである。

それは、これからの、和泉式部についてを、読めば、解る。

生まれるという、暗さから、生きるという、暗さを生きなければならない、この人間というものの、姿を観た。
それが、仏によって、云々される前から、気づいていたことである。

礼儀に従い、彼女は、歌にして、よんだだけである。しかし、それ以上に、彼女の、生身で、生きるということは、暗きを、生きるということであった。

その、訳を、経典に、求めていると、彼女の、もののあわれ、を、見失う。

観念ではなかった。
実際的な、現実の、様であった。

それを、宗教家という者は、信仰という、一つの形にして、実践するのであろうが、歌詠みは、違う。
信仰という、超越したものに、対する、単なる依存や、帰依ではない。
今、この目の前にある、現実を生きるということである。

信仰を、説く者は、簡単である。
絶対者を置いて、それに対して、どうするのかということを、説けばよい。
宗教というものに関しては、神仏は妄想である、という、エッセイに書いているので、これ以上は、触れない。

再度、歌を、よむ。

くらきより くらきみちにぞ いりぬべき はるかにてらせ やまのはのつき

和泉式部は、恋に、遥かというものを、観た。
仏に観るより、真っ当である。

ここに、万葉の流れを、汲むものがある。

無意識の、もののあわれ、というものが、ここにきて、意識される、もののあわれ、と、なってゆく様をみるものである。

てらせ、は、照らせである。照らしておくれ、である。

恋よ、照らして、おくれ、ということである。

恋に生き、恋に死ぬ。

仏の救いに生きるというより、真っ当な感覚である。

人間の頭で、捏ね繰り回した、思想体系など、何ほどのものか。
それを、果たして、知と、呼ぶものか。
知とは、所詮、迷いであろう。
ならば、情である。心というものを、見つめる手立ての恋が、実である。

源氏物語の、もののあわれ、というものも、結果は、恋による。
私が、源氏物語より、先に、和泉式部をと、考えたのは、源氏物語は、あくまでも、物語である。散文という。
和泉式部は、伝統である、和歌、歌詠みとして、対峙したのである。

もののあわれ、にである。

もののあわれについて159

和泉式部日記は、冷泉院の第四皇子、敦道皇子との間にかわされた恋の問答歌を、まじえて、綴ったものである。

為尊皇子を亡くして、失意の日に時、敦道皇子との出会いで、恋の芽生えを記し、やがて、宮廷入りするまでの、日記である。

夢よりもはかなき世の中を、嘆きわびつつ明かし暮らすほどに、四月十余日にもなりぬれば、木の下くらがりもてゆく、築土の上の草あをやかなるも、人はことに日もとどめぬを、あはれとながむるほどに、近き透垣のもとに人のけはひすれば、たれならむと思ふほどに、故宮にさぶらひし小舎人童なりけり。

夢よりも儚い世の中です。
亡き為尊皇子のことを、嘆き明かしているうちに、四月も、十日余りとなりました。
築地の上の草が萌えて青くなりましたことを、人は、何事もなく、目に留めませんが、あわれなることかな、と眺めていました。
その時、透垣ごしに、人の気配があり、誰かと、思っていると、かつて亡き宮様に仕えていた、小舎人童でした。

人はことに日もとどめぬを、あはれとながむる
あはれとながむる

あはれ、は、あはれであり、哀れ、憐れでもない。未分化の、あはれ、である。
いや、未分化とも、違う。平仮名の、あはれ、なのである。
ここでは、草が萌えて、青くなっている様を眺めて、あはれ、と思う。
つまり、目の前の風景、情景に、心を寄せる。
心を、投入する。その風景と、私が対立しないのである。言えば、融合する様である。

そのものの、有り様と、融合する時の、気持ちを、あはれ、と言う。
単なる、センチメンタルのような、気分的なものではなく、長年に渡り培ってきた、心情である。

あはれにもののおぼゆるほどに来たれば、「などか久しく見えざりつる。遠ざかる昔のなごりにも思ふを」など言はすれば、「そのことさぶらはでは、なれなれしきさまにやと、つつましうさぶらふうちに、日ごろは山寺にまかり歩きてなむ。いとたよりなく、つれづれに思ひたまふらるれば、御かはりにも見たてまつらむとてなむ。そちの宮に参りてさぶらむ」と語る。

あはれに、おぼゆる時に来たので、
「どうして、長い間、来られなかったのですか。遠ざかる昔の思い出のよすがと、思っていましたのに」
と、取次ぎのものに言わせる。
「これといった、用事もございませんでした。それを、しげしけと、伺ってはと、遠慮しているうちに、日がたちました。このごろは、山寺詣でなどいたして、おりまして、頼る術も無く、所在無くおやりますゆえに、亡きお宮さまの、お身代わりに、せめて、お仕え申し上げようと、そちの宮さまに、お仕えしております。」と、語る。

あはれにもののおぼゆるほどに来たれば
これを、訳すと、物思いに沈み、しみじみと身に堪えていた時に、来る、となる。

あはれ、は、感嘆詞のように、理解するが。
それも、違う。
ここでは、思い出に浸ることを、あはれ、と懸ける。
物思いに、しみじみとする、様、あはれ、ともいう。

そうすると、あはれ、とは、ある心の状態を言うのである。

あはれ、は、多面的である。

心模様の、様々な、襞とでもいう。それが、幾重にも、重なる。

「いとよきことにこそあなれ。その宮は、いとあてにけけしうおはしくすなるは、昔のやうにはえしもあらじ」など言へば、「しかおはしませど、いとけぢかくおはしまして、「つねに参るや」と問はせおはしまして、「参りはべり」と申しさぶらひつれば、「これもて参りて、いかに見たまふとてたてまつらせよ」とのたまはせつる」とて、橘の花をとり出でたれば、「昔の人の」と言はれて、「さらば参りなむ。いかが聞こえさすべき」と言えば、ことばにて聞こえさせむもかたはらいたくて、「なにかは、あだあだしくもまだ聞こえたまはぬを。はかなきことをも」と思ひて、

薫る香に よそふるよりは ほととぎす 聞かばやおなじ 声やしたると

と聞こえさせたり。

「それは、大変良いお話。宮様は、大変お上品であられ、気高く、親しみにくい方ときいています。前の宮様のようでは、ありまいまい」と申すと、童は「そうですが、たいそう、親しみやすいところもあります。「いつも伺うのか」と、お尋ねになります。「伺います」と、返事をしますと、「これをもって、伺いなさい。どうごらんになるか、差し上げてみなさい」と、仰せられ、橘の花を取り出しましたので、思わず、
五月まつ 花橘の 香をかげば 昔の人の 袖の香ぞする
の、古歌が、口ずさまれるのでした。
童は、「では、帰ります。宮様には、どのように、お返事を申し上げればよろしいでしょうか」と、申すので、文にて、差し上げるのも、心満たないと、
「なんとしても宮様には、浮気の噂はたっていられないことだから、はかない和歌でも、差し上げましょう」と、

かおるかに よそふるよりは ほととぎす きかばやおなじ こえやしたると

橘の花の香りで、亡き人を偲ぶことにいたしますより、宮様のお声が、聞きとうございます。兄宮様と、同じ声なのか、弟の宮様から、亡き宮様への思慕を満たす声を聞かせて欲しい。

和歌を、はかなしごと、と言う。

なにかは、あだあだしくもまだ聞こえたまはぬを。はかなきことをも

ここでも、はかない、は、儚いという、意味ではない。
謙譲している、言い方であるが、はかない、は、拙いでもない。
希望を持たないのである。

なるがままに、なるものであるという、はかない、のである。

あるがままに、あるように、とは、日本の伝統的、考え方である。
それを、曖昧、というが、曖昧が、消極的姿勢としては、理解を、誤る。
積極、消極という、観念ではない。
日本人の体質という。

秘める願いがあるが、それは、それとして、乱れなく、振舞うのである。
はかない、とは、一つの姿勢である。

あわれも、一つの姿勢である。

つまり、所作が、心であった。
所作とは、動作を言うが、日本の所作は、物言いを、多く含む。
言葉は、所作による。言葉は、所作に、託す。言葉に翻弄されないのである。
だから、最小限の言葉、言の葉である、和歌にする。

歌詠みの心である。

2008年01月22日

もののあわれについて160

また端におはしましけるに、この童かくれのかたにけしきばみけるけはひを、御覧しつけて、「いかに」と問はせたまふに、御文をさし出でたれば、御覧じて

おなじ枝に 鳴きつつをりし ほととぎす 声はかはらぬ ものと知らずや

と書かせたまひて、賜ふとて、「かかること、ゆめ人に言ふな。すきがましきやうなり」とて、入りせたまひぬ。もと来たれば、をかしと見れど、つねはとて御返聞こえさせず、賜はせそめては、また、

うち出ででも ありにしものを なかなかに 苦しきまでも 嘆く今日かな

とのたまはせたり。もとも心ふかからぬ人にて、ならはぬつれづれのわりなくおぼゆるに、はかなきことも日とどまりて、御返、

今日の間の 心にかへて 思ひやれ ながめつつのみ すぐす心を

宮様が、まだ、縁側に、おいでになりましたとき、この童が、物陰にいて、意味あるような、身振りが見えたので、それを御覧になった、宮様は「どうであったか」とお尋ねになりました。
お手紙を差し出すと、それを、御覧になり、「おなじえに なきつつをりし ほととぎす こえはかはらぬ ものとしらずや」
同じ枝に、鳴いていた、ほととぎすのようなもので、私の声も、兄宮と、なんら変わりないもの。どうか、知って欲しい。

一首を書き、童に渡す。
その時、「このようなことを、決っして、人に言うな。好色に見えるのだから、気が引ける」と、仰せになり、奥に入られました。
その、お歌を童が、持参してきましたので、女は、おもしろく、見ました。
しかし、いつものようではと、お返事を差し上げなかった。

宮様は、ひとたび歌を、贈られると、再び、および掛けの歌をよみます。

うちいででも ありにしものを ながながに くるしきまでも なげくきょうかな

気持ちを、打ち出して、お聞かせしなければ、よかった。かえって、苦しいまでに、乱れて思う今日の切なさである。

と、詠んでこられた。
もともと、女は、思慮深くない人。慣れぬ、寂しい日の、つれづれに耐えがたく、とりとめない歌にも、目がとまり、心動くので、お返事を、差し上げたのです。

きょうのまの こころにかへて おもひやれ ながめつつのみ すぐすこころを

今日を、嘆かれますが、その僅かな一日に、比べて、私は、為尊親王を失い、物思いに、長く過ごしています。この、苦しい心を。


これは、和泉式部の心境が、よく解る。
亡き人のことを、偲ぶ心と、共に、その弟の宮に、曳かれるが、戸惑っている。つまり、やや、躊躇しているのである。
また、宮の方も、和泉式部の多情さを、知りつつ、何となく、その心を逡巡させている。
恋の芽生えである。

この、微妙さ。
この、曖昧さ。
ここに、もののあわれ、というものの、揺らぎに似た、姿をみる。

すぐす心。
苦しい心。それを、訴えているのである。心が、宮にすがるようである。
亡き人の、思いを抱き、更に、新しい恋への、目覚めと、誘惑である。

宮は、女の多情さを、先入観としているが、この時代は、当たり前のことであった。
勿論、和泉式部のように、奔放にして、それを、世の中に晒すことは、控えていたが。

自分のことを、
もとも心ふかからぬ人にて、ならはぬつれづれのわりなくおぼゆるに
と、言う。
思慮深くない者であるから、慣れない、寂しさに、耐えられないという。

はかなきことも目にとどまりて

これを、現代語に訳すのは、大変難しい。
単に、はかない歌にという意味ではない。また、とりとめないと、訳すと、少し違う。
些細なことにも、心が、留まる、という感じに近い。

はかない、という言葉は、微妙繊細である。

大した、重要ではないが、どうでもいいような、些細なことであるが、何となく、心曳かれるのである。
無視できない、こと。
大事ではないが、それを、全く無いということにできないこと。

その心の内に、何かを、宿しているのである。

何気ないことから、恋の芽生えが始まるように、である。

今日の間の 心にかへて 思いやれ ながめつつのみ すぐす心を

思ひやれ
とは、強い口調である。

考えてください。想像してください。
一日ではないのです。私は、毎日、すぐす心を、見つめているのです。

その底に、ある、はかなさ、そして、もののあわれ、である。

単なる、甘えではない。
単なる甘えならば、歌詠みは、しない。

ここに、和泉式部の、心情の深さがある。
それは、和泉式部の他の歌を、読めば、解る。

もののあわれについて161

かくて、しばしのたまはする、御返も時々聞こえさす。つれづれもすこしなぐさむここちしてすぐす。また御文あり、ことばなどすこしこまやかにて、


語らはば なぐさむことも ありやせむ 言ふかひなくは 思はざらなむ

あはれなる御ものがたり聞こえさせに暮にはいかが、とのたまはせたれば、


なぐさむと 聞けば語らま ほしけれど 身の憂きことぞ 言ふかひもなき

生ひたる蘆にて、かひなくや、と聞こえつ。
思ひかけぬほどに忍びてとおぼして、昼より御心まうけして、日ごろも御文とりつぎて参いらする右近の尉なる人をして、「忍びてものへ行かむ」とのたまはすれば、さなめりと思ひてさぶらふ。―――

かくして、しばしば宮様から、お頼りを、賜りました。
お返事も、それにつれて、差し上げました。
そのため、寂しい日々も、慰められる思いで、過ごします。
また、宮様から、御文をいただきました。
それは、大変に、細やかに、懇ろに、したためられていました。

語らば なぐさむことも ありやせむ 言ふかひなくは 思はざらなむ

お会いして、語り慰めることもできません。話し相手にならぬと、見捨てないでください。

とあり、しんみりとして、お話申し上げたいと思います。
今日の夕暮れは、いかがでしょうと、お書きになってこられたので、

なぐさむと 聞けば語ら まほしけれど 身の憂きことぞ 言ふかひもなき

慰められ、悲しみが紛れると、聞けば、お話申し上げたいと思いますが、人を亡くして、悲しみに沈んでいる者と、お話をしても、甲斐のないようなものです。

生いたる蘆のようなものには、物言うこともなく、泣くばかりです。無駄なことです。
と、申し上げました。
宮様は、思いがけない時に、女を訪ねようと、昼間から、準備をしました。
常日頃、お手紙の、取次ぎをしてくださる、右近の尉を、お召しになりました。
そして、宮様は、忍んで出かけて行こうと仰せになります。

結局、こうして、弟の宮と、和泉式部は、付き合いを始めるのである。
和泉式部日記は、この、弟の宮との、関係の日記である。

和泉式部、紫式部、赤染衛門は、中宮彰子の女房として、仕えた。

和泉式部は、年下の冷泉院の皇子、為尊親王と、結ばれたが、親王は、26歳で亡くなる。
その一年後、その弟の、敦道親王と、恋愛関係に入る。
親王は、彼女を自宅に引き取る。すると、親王のお妃は、家出をする。
当時、世の中を騒がせた事件となるものだった。

日記は、それを書く。

和泉式部は、恋多き女と言われる。
愛欲に、奔放だと言われる。

だが、敦道親王も、27歳の若さで、亡くなる。
彼女の歌集の、挽歌は、悲しみの記録でもある。

彼女の最初の結婚は、和泉守、橘道貞である。
23歳の時に、一子をもうけている。
道貞は、任国との、往来激しく、京に、不在のことが多かった。一子の、小式部も、道貞の子ではないという、噂が立ったのである。

紫式部は、事の様をみつめていたはずである。
愛欲に生きる、同僚である。

そして、さらに、紫式部は、和泉式部の歌を認めていたという、事実がある。

ここに、私は、源氏物語の、伏線があると、思っている。

物語は、想像の産物であるが、和泉式部の行為行動は、現実である。
影響を受けない訳はない。

2008年01月23日

新聞を読む

読みたくもない、新聞を、毎日、何誌も読む。

新聞は、体に悪い。しかし、テレビは、その何倍も悪いので、新聞にする。

新聞にも、体質がある。
朝日新聞と、産経新聞を、続けて読むと、あまりの、差に、呆然とする。
読売、毎日、地方紙を、中に入れて読んで、少し緩和される。

そして、各紙である。
宗教系の新聞も読む。
アホらしいが、読む。
あまりの、単細胞に、笑う。しかし、それを、真面目に読んで取り組んでいる人々、信者や、信徒がいる。

スローガン一杯の、記事である。
宗教系の新聞は、本当に稚拙である。

雑誌や、月刊誌などは、買っても、すぐに読まない。時間を置いて読む。すると、嘘が解る。その情報が、一ヶ月も、持たないものが多い。

そんなものを、読まなくとも、社会生活は、送られる。
しかし、世の中が、何によって、流されているのかを、知るために、読む。

すべて、気分によって、流されている。

政党支持率などは、アホな大衆に聞いても、どうにもならないものである。
首相の支持率低下と聞いても、どうせ、アホな大衆のことである。
マスコミは、大衆を、アホだとは、言わない。大衆の側に立っていると、演じている。しかし、完全に、大衆を、蔑んでいる。それに、大衆は、気づかない。ホント、アホである。

特に、女は、騙されやすい。
勿論、身の危険に及ぶと、引くのも早いのが、女である。
ド壷に、嵌りやすいのも、女である。
抜けやすいもの、女である。

要するに、どうでも、いいのである。しかし、その、どうでも、いいものが、世の中の、動向を左右するとしたら・・・

放送倫理・番組向上機構という、団体がある。
NHKと、民放で、つくる、第三者機関である。
その、放送倫理検証委員会が、フジテレビ系で放送された、スピリチュアルの、コーナーに、注文というか、文句を言った。

望まないのに、霊視をして、中越地震の被災者に、ボランティアで、りんごを配っていた、青森の美容室経営者を、傷つけたというものである。

勝手に、その人の、亡き父親のメッセージを語り、なお、その人の美容室の経営状態を悪いと、鑑定し、さらに、自分自身の生活を度外視しては駄目などという、コメントをつけた。

いい気なものである。
有名になれば、偉いと、思い込むあたりは、実に、稚拙である。

その、霊能者は、だま、生きている人の、言葉を、死んでいる人の言葉として、語ったというから、笑う。
つまり、亡き人は、生きていたというものである。

話に、ならない。
僭越行為も、逸脱しているのである。
しかし、女は、騙される。

どうでもいいようなことを、本にして、ご大層に、本屋に、コーナーまで、作ってある。
ホント、大衆は、愚かである。
勿論、多分に、大衆とは、女である。

驚いたのは、世田谷の、住宅街で、麻薬密売しているという、記事であった。
ついに、歓楽街で、行っていたことが、普通の生活の場で、行われるようになった。

これは、重大なことである。
つまり、麻薬の、必要としている人が、住宅街にまで、及んでいるということだ。
サラリーマンから、家庭の主婦などに、至る。

根本から、絶やさなければ、終わらない。
そのためには、北朝鮮を、崩壊させなければならない。
軍事政権というものは、大半が、麻薬の売買で、資金を調達する。
ミャンマーも然り。

六本木に、麻薬密売の拠点があるという。
これ以上書くと、取材が必要になるので、省略する。

これほど、麻薬の撲滅を言うが、さらに、広がっているということは、撲滅は、嘘であるということだ。

今や、誰もが、麻薬を手に入れられるということになる。

売買するというのは、それが、ある、からだ。
どこから、来るのか。それが、問題だ。

地方版では、横浜の曹洞宗の寒修行が始まったという。
世間から、隔絶された世界で、修行も何もない。
アホのようなことを、真剣にやっているのである。

信者の布施で、のうのうと暮らしを立てて、修行も何も、あったものではない。

そんなに、修行をしたいのなら、厳寒の海に出て、漁でも、せよと言う。

生ぬるい水に漬かると、修行も、生ぬるいのである。

早朝から起きて、云々というならば、深夜労働している人もいるのである。
ホント、救いようがないというのである。
曹洞宗とは、道元が開祖である。

道元の格調高い文も、これで、台無しである。

新聞は、自分と、世界を含めた、世の中との、関係というものを、考えさせる。
私一人が、生きているのではないという、当たり前のことである。

通常国会の、論戦が始まったと、新聞にはある。
政治家の、お遊びのようなものである。

痛くも、痒くも無い者が、国のため、国民のためにと、論戦するというのか。
嘘である。

給油再開には、賛成だが、原油高は、おかしい。
何故、抗議しないのか。
タダで、給油するのであろう。
国民が原油高で、これほど、困窮しているのである。

評価できる事柄は、一つ、C型肝炎患者の全員保障である。
与野党関係なく、賛成である。
やれば、出来るのである。

民主党、鳩山さんの、質問から、見えるのは、単に、国民に、ばら撒くという話だけである。そんなこと、信じられるのか。
どこから、その、財源を出すのだ。
言うことがいい。
無駄な、税金を排除するというのだ。

アホらし。
では、何故、今まで、しなかったのか。
今まで、出来ないものが、これから、出来るのか。
相手は、頭脳優秀な、非国民の、官僚である。
政治家が、太刀打ち出来る相手か。

神仏は妄想である。25

宗教は大いに必要とされる断絶を埋めるのだろうか?脳には、神によってつくられた満たされるべき隙間があるということがよく言われる。つまり、私たちは神―架空の友、父、兄、懺悔を聴いてくれる人間、秘密を打ち明けられる人間―を求める心理学的欲求をもち、神が実際に存在しようとしまいと、その欲求は満足させられなければならないというのだ。しかし神は、私たちがほかの何かで満たしたほうがいいような隙間をふさぐ邪魔物であるということはないのだろうか?隙間を埋めるべきものは何だろう? 科学?芸術?人間の友情?人道主義? 死後のあの世の人生を信じずに、この世の人生を愛すること?自然への愛、あるいは偉大な昆虫学者E・O・ウィルソンがバイオフィリアと呼んだものか。

リチャード・ドーキンス 神は妄想である。第10章より。

いつのころからか、宗教は人間の生活において四つの主要な役割、ちなわち説明、訓戒、慰め、霊感を満たすものと考えられてきた。歴史的には、宗教は私たちが存在する理由や私たちのいる宇宙の性質にかんする説明役たらんとしてきた。この役割は、現在では完全に科学に取って代わられおり、・・・・

メソポタミアで、星の観測をしていた、ゲイたちによって、占星術と、天文学が、生まれた。それが、歴史を経て、明確に区分けされた。
今では、占星術と、天文学は、同席しない。
唯一、心理学の分野において、ユングから始まるが、人間の心理に影響するものとして、一目、置かれている。
ユング研究所では、東洋の、易も、研究されて、身につける、学ぶことが、出来る。
共時性の法則を、確認するためである。

科学は、宗教の役割を、大幅におっているのが、現代である。
そして、それは、証明される。

天動説を主にしていた、カトリック教会も、地動説を唱えたガリレオを、許す以外になくなった。証明されたからだ。
そういう、事項は、多々ある。有り過ぎる程ある。

宗教が、掲げる教えは、すべて、人間の頭の中で、肥大化した、妄想を掲げてきた。
しかし、もう、その限界は、とうに、過ぎた。それでも、宗教が、こうして続いているというのは、何か。
単なる、惰性である。

宗教によって、潜在意識までも、占領され、略奪されたのである。そして、それが、集合意識までに至る。


ドーキンスは、アメリカの心理学者ジュンアン・ジェインズの、神々の沈黙を取り上げる。

ジェインズは、多くの人間が自分自身の思考過程を、頭のなかにおける「自己」ともう一人の主張者の一種の対話として知覚していると書いている。――もし、理解していなければ精神異常者として扱われる。これは、短期間ながら実際にイーヴリン・ウォーに起きたことだ。率直にものを言うたちのウォーは、友達にこう語った。「私はあなたに長いことお目にかかっていませんが、でもそのころは私はほとんど人に会っていなかったのです。なぜならーご存知だったでしょうか?――私は頭がおかしくなっていたのです」回復してのち、ウォーは小説「ギルバート・ビンフォールドの世界」を書いたが、この本は彼の幻覚期のことと、彼が聞いた声について書かれている。

人間は、幼児期に、現実のような、幻覚を見る。
それは、学童期まで、続く。
年を取るに従って、それが、消えるか、もしくは、見なくなる。

ドーキンスは、幼形進化という言葉を取り上げている。
それは、子供の形質が、成体に持ち込まれることである。

結論を言えば、精神の幼形進化が、宗教のもの、宗教の妄想を、支えると、私は、解釈した。

幼児期に思い描いた、人間ではないものを、成人してからも、精神に影響するということである。
それが、安らぎを与え、慰めを与えてくれる。
要するに、自分を褒めて、慰める、もう一人の自己であり、幼児期に、幻覚で見た、懐かしい、ある、物である。

私の知り合いに、二人程、幼児期の、それらの、記憶がある人がいる。

一人は、男であり、幼児期から、大柄な西洋人に似た男が、語り掛けるというものである。
もう一人は、女で、お風呂に入っている時に、排水溝から、小人たちが、数人上がってきて、会話したという。
忘れていた頃に、大柄な西洋人のような男が、再び、語り掛けてきたという。その時、彼は、人生の最大の危機、辛い苦しい時期を生きていた。
彼には、宗教は無い。

西行が、伊勢神宮に、お参りした時に、歌う。
なにごとの おわしますをば しらねども かたじめなさに なみだこぼるる

何事が、いるのか、解らないが、何かの存在感を感じて、有り難く、涙が出るというものである。
これは、精神の、幼形進化であろう。
それは、否定するなにものもない。

幼児期は、あらゆるものに、畏敬の念を起こすのである。
宗教体験というならば、それの、原型である。

これ、以上に私の言葉を書き進めると、情になってゆくので、ドーキンスに戻る。

いよいよ、神が私たちを慰めるさいに果たす重要な役割と、もし神がいないとすれば、何をその代わりにおくべきかという人道的な難題に直面するときだ。神などおそらく存在しないし、人は神がいなくとも道徳心を発揮するだろうと認める人は少なくないのに、それでもなお、これは奥の手だとばかり、「やっぱり人は神に対して、心理的・情緒的欲求をおぼえるものではないか」と反論される。もしあなたが宗教を取り上げるとしたなら、その空いた隙間を代わりに何でふさいでくれるのだろうと、食ってかかるのである。死にかけている両親に、身内に先立たれて泣いている人に、神がたった一人の友達だった孤独なエリーナー・リグビー(ビートルズの同題の曲で歌われている身寄りのない老婆で、架空の神父と会話する)たちに、代わりに何をあてがうというのか、と。

そう思わせておけと、人は言う。
それも、正しい。
幻想の中にいることは、幸せなことである。

痴呆という、状態は、完全に、我の中に入って、他は無いのである。
本人は、実に、幸せである。宗教を信じる者、それに、似る。
その程度で、いいのである。

ただ、困るのは、痴呆の人が、痴呆ではない人に、痴呆に、なれと強制する時である。それは、大変に、迷惑である。

布教、宣教、折伏という、宗教行為である。

一人で、遊んでいるうちは、何の問題も無い。しかし、それを、人にも、強制するようになると、穏やかではなくなる。まして、それが、正しいというのである。

誠の神の教えなど、どこにもない。
皆々、人間が、想像した、教えである。また、勘違い、妄想である。
例えば、理論的に、納得するような、神の教えであっても、人に強制するのは、完全に誤りである。

それは、人間の本来持つ、自由を侵害する行為であり、それこそ、大罪である。

何故、自分の信じる神仏を、人に、布教するのかは、信仰に、不安だからである。
信仰とは、完全、自己完結のものである。

自己完結していない人は、不安で、仲間を募ろうとする。それが、布教であり、宣教である。

イエスキリストは、地の果てまで行き、伝えよと言うが、あれは、創作である。イエスキリストは、そんなことを言っていないのである。
イエスキリストは、あくまでも、ユダヤ人に対する、神の教えを、説いたのである。
パウロの、教えが、地の果てまでである。故に、あれは、パウロ教団である。
現在の、キリスト教の大半は、パウロ教と言っていい。

パウロについては、いずれ書く。

2008年01月24日

神仏は妄想である。26

宗教が慰めをもたらすからといって、宗教が正しいということにはならない。たとえ、どれだけ大きな譲歩をしたとしても、たとえ、神を信じることが人間の心理的・情緒的幸福のために絶対不可欠なものであることが決定的に実証されたとしても、たとえ、すべての無神論者は情け容赦なく、果てしなくつづく苦悩によって神経症に苛まれ、自殺に追い込まれるとしても---これらのどれ一つとして、宗教上の信念が正しいということを証拠立てる上で、毛ほどの役にも立つまい。ただし、神がたとえ存在しなくとも、存在すると確信するのが望ましいということを証拠立てる上では有益かもしれない。

存在するのが望ましいということを証拠立てる上では、有益、かも知れないという。
ドーキンスの場合は、主に、一神教の世界の神に対しての、語りである。

例えば、仏陀の教えは、人は、成仏できるという、人間の存在によって成る、仏であることを言う。
勿論、大乗仏教になると、一神教のような、教えを帯びて、仏、如来、というものが、神のように扱われる。

対立するもの、神として、崇める、拝むという行為は、原始体験である。
それを、原始宗教体験といって、よいのか、どうかは、躊躇うところだが。

人類の集合意識にある、畏敬の思い。それは、多く、自然対する思いである。
例えば、太陽信仰、水、風、そして、火の発見によって得た、火に対する畏敬などである。
集合意識は、潜在意識の中で、宗教的なものを、神なるものを、求めさせているとも、考えられる。

だが、仏陀の場合は、唯一、そういう意識ではなく、私が、完成したものになるという、考え方である。
何かに、帰依するという意識は、本来ないものである。
しかし、大乗仏教の多くは、帰依を説く。あるいは、信仰を説く。

仏陀の臨終の言葉は、わが身を頼み、真理の法を拠りどころとせよ、である。

とすれば、信仰を説く仏教は、仏陀の教えではないということになる。
つまり、特に、日本のような、大乗経典を主にする、仏教とは、仏陀と、何の関わりも無いのである。


要するに、「主よ、私は信じます。信仰のない私をお助けください」(マルコによる福音第九章二十四節)である。信徒は、確信していようといまいと、信仰を告白することを勧められる。ひょっとしたら、同じことを十分なだけ繰り返せば、それが真実であると自分自身を確信させることだってできるかもしれない。宗教上の信仰というものには好意的で、それを攻撃する者にかみついたりするくせに、自分ではそんなものをもちあわせない人というのがいることを、私たちはよく知っている。

この前の、文には、
信仰を信じるとは、たとえその信仰自体は誤りでも、それを信じることが望ましければ信じる、という態度だ。
と、ある。

さらに、神を信じることと、信仰を信じることの区別という、言葉もある。

彼らは信仰を信じているのだ。「Xは真実である」と「人々がXは真実であると信じるのが望ましい」のあいだのちがいがわからないらしい人があまりにも多いのは驚くべきことである。あるいはひょっとしたら、彼らはこの論理的誤りに実際に騙されてはいないのだが、単純に、人間の感情に比べれば真実など重要ではないとみなしているのだろうか。人間の感情を非難したいとは思わない。しかし、はっきりさせておきたいのは、私たちが何について語っているのかということである。感情についてなのか真実についてなのか。両方とも重要かもしれないが、この二つは同じものではない。

ドーキンスは、実に饒舌に、噛み砕いて、説明している。それほど、彼は、神が妄想であることを、いいたいのである。

私は、この書の、最初に戻り、ドーキンスと一緒に、聖書の神、旧約の神について、徹底的に、書くことにする。

神は、真実である、と、信じることが、望ましいのか、真実なのかという、問いかけは、皆に、冷静さを、呼びかけているように、思われる。

一度、妄想の網に、引っかかった者は、そこから、抜け斬ることは、難しい。何となれば、一つの神を捨てると、新しい神を、拝みたくなるのである。

ある、新宗教の、集会に行き、一人の男が、信仰宣言のような話をした。
曰く、天理教にも、行った。立正佼成会にも、行った。あちらにも、こちらにも、行った。しかし、救われなかった。何も、良いことがなかった。
こちらに来て、やっと、本当のものに、出会い、人生が変わった。と、言うのである。

それは、単に、時間の問題であろうと、思うが、信仰という、網の中に入った、彼には、最早、囚われの身となり、思考停止の状態になってしまったのである。

カトリックから、改宗しても、信仰を止めない夫婦を、知っている。
新・新宗教の元に、駆けつけているのである。どうしても、信じるモノが、欲しいのである。
何かを、拝みたくて、しようがないのだ。
そして、拝む対象が、空想なのであるから、救いようがない。

無神論者が、不幸で、不安にかられ落胆に向かう何らかの一般的傾向をもつという証拠が存在しないのを私は知っている。幸福な無神論者はいるし、惨めな人もいる。同じように、キリスト教徒、ユダヤ教徒、イスラム教徒、ヒンドゥー教徒、仏教徒のなかにも惨めな人もいるし、幸福な人もいる。幸福と信仰(あるいは幸福と不信心)のあいだに相関があることを裏付ける統計的な証拠が存在するかもしれないが、どっち向きにであれ、それが強い影響をもつというのは疑わしいのではないだろうか。それを言うなら、神と無縁な生活を送ったら気が滅入るべき何らかの理由があるのか、こう問うほうがもっとも興味深いと思う。私は逆に、控え目に言っても、超自然的な宗教などなくとも幸福で充実した人生を送ることができるという主張をもって、本書を締めくくるつもりである。

宗教とは、基本的に、迷いである。
迷いの中にて、救いがあると、勘違いするという、性質を人間が持つということだ。
それが、人間の、本質である。

自己完結をして、泰然としていれば、神仏は、必要ない。
たとえ、神仏が、存在するとしても、私が、認証しなければ、神仏は、全く関係ない存在なのである。

何せ、神仏という、次元と、質が違う世界なのである。

隣にいても、関係ないのである。

それは、無いことと、同じである。

2008年01月28日

もののあわれについて162

紫式部日記に、書かれる和泉式部の記述を、読む。

和泉式部といふ人こそ、おもしろう書きかわしける。されど、和泉はけしからぬかたこそあれ、うちとけて文はしり書きたるに、そのかたの才ある人、はかなき言葉のにおひも見え侍るめり。歌はいとおかしきこと。ものおぼえ、かたのことはり、まことの歌よみざまにこそ侍らざられ、口にまかせたることどもに、かならずおかしき一ふしの目にとまる詠み添え侍り。

ここでは、唯一、けしからぬかた、とあるのみ。
それは、和泉式部の恋であろう。
多情の様を言う。
しかし、歌に関しては、歌はいとおかしきこと、という。さにら、まことの歌よみざまに、ありとも、言う。

後に、彼女の歌を読むが、実に、良い歌を詠う。
平安王朝の最後を飾るような、歌の数々である。

寛弘6年、1009年に、中宮彰子に仕える。その時、藤原保弘と、結ばれたが、彼女に言い寄る、色好みの男が多かった。

橘道貞との結婚で、一子をもうけているのが、996年頃であるから、彰子に仕える前からも、男性遍歴が、多いとみる。

紫式部は、それを、けしからぬ、という。
逸脱した、恋愛の様である。

だが、実のところ、彼女こそ、まさに、平安の女である。
平安期とは、王朝貴族の退廃の、文化である。
簡単に言えば、セックス三昧であり、そこに、仏教の無常観という、変な思想が、彼らの行動を、また、盛んにしたのである。

密教から、浄土教への、信仰の変転もある。
浄土信仰が、平安期を支配した。

救いがたい者、救われがたい者を、救う、阿弥陀という仏に、帰依する。そして、罪の意識を持つべくの、行為行動である。
それが、色好みである。
色好みの、変転もあるということだ。

この、事態が、庶民にまで広がるのは、江戸の元禄まで、必要だった。
文化の事は、支配者層による。

しかし、不思議なことに、男の色好みの方は、当然のうよに、受け取られていたが、女の色好みは、人の噂になり、批判を受けるという、事態である。ここが、おもしろい。
源氏物語も、男の色好みの、話であり、多くの歌詠みも、男の色好みをよむ。

紫式部は、和泉式部を認めているが、また、それなりの批判もしている。
一目も、二目も、その歌を認めているが、結果。

それだのに、人の詠みたらむ歌、難じことわりえたらむは、いでやさまで心は得じ、口にいと歌の詠まるるなめりとぞ見えたるすぢに侍るかし。恥づかしげの歌よみとはおぼえ侍らず。

と、書く。

和泉式部が、人の歌を評しているのを、みると、歌について、それほど解っているとは、思われない。口に出すように、すらすらと、歌を読むということにかけては、上等だが、私が、引け目を感じるほどのものではない、と。

和泉式部の野放図な、歌の詠みを、批判するのである。
とはいっても、和泉式部は、生来の、詩人である。
口から出る言葉が、歌になるとは、大したものだ。

紫式部と、仲の悪いといわれた、清少納言とも、和泉式部は、親しく、歌のやり取りをしているという、面白さがある。

まあ、恋愛を、肥やしに、和泉式部は、人生を謳歌したといってよい。
同時の社交界を、騒がせて、楽しいであろう。
その一方で、無常観という言葉では、計れない歌を、多く詠むのである。

はかなさ、を詠む。
そこには、確かに、もののあわれ、というものを、透かしているのである。
道長が、和泉式部を、戯れ歌で、うかれ女、うかれめ、と詠んだ歌がある。

うかれ女とは、巫女の霊媒、神懸る状態でもある。
浮いた、女。
現実から、浮く、のである。
それは、賢い女でもあり、麗しい女でもある。

実は、か弱そうに見えるが、その生命力は、強い。
平安貴族の、男たちの、色好みに、比べると、遥かに、彼女の色好みは、超越している。
その、根拠は、歌である。

万葉の、生命力を、平安期に、復活させているとでもいう。
その時代に合わせて、命を、謳歌するのである。

この、和泉式部の、色好みは、現在まで続いている。
ただし、現在の方は、堕落している。
同じ、恋愛、セックスでも、その実が違う。

セックスとは、全人的なものである。しかし、現代のセックスは、性器セックスである。

和泉式部の日記から、その、濡れ場を読むことにする。

これを手本に、セックスに、励むとよい。

あやしき御車にておはしまいて、「かくなむ」と言はせたまへれば、女いとびなきここちすれど、「なし」と聞こえさすべきにもあらず。昼も御返り聞こえさせつれば、ありながら帰したてまつらむもなさけなかるべし、ものばかり聞こえむと思ひて、西のつま戸に円座さし出でて入れたてまつるに、世の人の言へばにやあらむ、なべて御さまにはあらずなまめかし。

粗末なお車でしたが、お出でになられて、「これこれでうかがいました」と、尉に言わせました。女は、いささか困った気持ちでしたが、「不在です」とは、言えません。
昼も、お返事を差し上げたことですから、お返しいただくのも、何かと、心無い仕打ちになります。
お話だけでも、と、思い、西の妻戸に、円座を差し出して、そこへお入れしました。
かねて、世の人の評判通り、その容姿は、並々ならぬ、優美さでした。
これも心づかひせられて、ものなど聞こゆるほどに月さし出でぬ。「いと、明かし。古めかしう奥まりたる身なれば、かかるところにいらなはぬを、いとはしたなきここちするに、そのおはすところに据えたまへ。よも、さきざき見たまふらむ人のやうにはあらじ」とのたまへば、「あやし。今宵のみこそ聞こえさすると思ひはべれ。さきざきはいつかは」など、はかなきことに聞こえなすほどに、夜もやうやうふけぬ。「かくて明かすべきにや」とて、

はかもなき 夢をだに見で 明かしては なにをかのちの 夜がたりせむ

とのたまえば、

夜とともに ぬるとは袖を 思ふ身も のどかに夢を 見る宵ぞなき

まいて」と聞こゆ。

美しい方だと、思い、お話を申し上げておりますと、月が昇ってきました。
宮は、「ああ、なんと、明るい月でしょう。私は、古く、奥まった家に籠もりがちです。このような、目立つ場所には、不慣れです。大変、きまりが悪いので、あなたの、お出になる、おそばに、座らせてください。決して、あなたが、今まで出会った男のような、振る舞いは、しません。」
と、仰せになる。
「まあ、なんと、妙なことを、仰せになります。今夜、一晩だけの、お話相手を、申し上げるのだと、思っております。今までとは、いつ、そのようなことが、私に、あったのでしょうか」
と、取り留めない、はかなごとを、申し上げておりますうちに、夜も、ようやく、ふけてしまいました。
宮様は、このままむなしく夜を明かしてすぎるのかと、思いになられて、
「はかもなき ゆめをだにみで あかしては なにをかのちの よがたりにせむ」

はかない、仮寝の夢さえ、みることができずに、この一夜を明かしてしまうならば、どうして、一夜の、思い出話と、しようか。
と、仰います。
そこで、女は、
「よとともに ぬるとはそでを おもふみも のどかにゆめを みるよいぞなき」

夜が来て、床についても、悲しみで、袖が濡れてしまいます。
この哀しい、わが身も、一夜どころか、いつもいつも、のどかに、夢を結ぶ宵とて、ございません。

ついに、宮が、共寝を促す。
それに対して、女は、亡き人の追憶に心濡れて、とうてい、一緒に寝ることは、できないと言う。

「まいて」は、まして、という意味。

夜とともに ぬるとは袖を 思ふ身も
この世は、こんな人に溢れているだろう。
ゲーテの言葉が浮かぶ。
幾夜も、涙と、共に枕を濡らす人、涙と、共にパンを食べたことのない人は、人生の秘密を知らない、と。

のどかに夢を 見る宵ぞなき
のどかな、楽しい夢を見る、夜は無い。
こういう人も、大勢いるだろう。

色事の中に、儚さを観る。
儚さの中に、もののあわれ、というものを、観る。

人間の本質が、恋というものに、ある、ということ、重々、承知する。

交尾は、動物の行為である。
動物である、人間も、交尾をする。しかし、前頭葉の発達により、精神を持った。言葉の世界である。
交尾は、性交になり、性交は、情交になる。
情とは、心である。

これを、迷いというのか。
これこそ、もののあわれ、であろうと、観たのが、日本人である。

もののあわれについて163


「かろがろしき御歩(ありき)すべき身にてもあらず。なさけなきようにおぼすとも、まことにものおそろしきまでこそおぼゆれ」とて、やをらすべり入りたまひぬ、いとわりなきことどもをのたまひ契りて、明けぬれば帰りたまひぬ、すなはち、「今のほどもいかが、あやしうこそ」とて、


恋と言へば 世のつねのとや 思ふらむ 今朝の心は たぐひだになし

御返り、


世のつねの ことともさらに 思ほえず はじめてものを 思ふあしたは

と聞こえても、「あゆしかりける身のありさまかな、故宮のさばかりのたまはせしものを」とかなしくて、思ひ乱るるほどに、例の童来たり、御文やあらむと思ふほどに、さもあらぬを心憂しと思ふほども、すきずきしや。帰り参るに聞こゆ。


待たましも かばかりこそは あらましか 思ひもかけぬ 今日の夕暮

宮は、「私は、軽々しく、出かけることが出来る身ではありません。情けない、ひどいと、思われても、私の恋心は、おそろしいほど、高ぶっています。
と、言われて、そっと、女の所に、すべりこまれました。

まことに、せつないほどの、くさぐさのことを、約束されて、夜が明けました。

いとわりなきことどもをのたまひ契りて

この一言に、情を交わす。セックスする様が描かれる。

男が、女とセックスする時、色々と、約束をするというのが、今も昔も、変わらない。
結婚する、あれを、上げる、これを、上げる。旅行をしよう等、多くの言葉を、発する。それは、発情のゆえもある。
黙々と、セックスするのは、結婚して、惰性になってからだ。

契りて
その一言に、託すのである。

昭和30年代から、小説の中で、セックスの様を、書き描くことが、流行になった。
その、襞に、起立した、男棒を静かに、埋めて、云々。エロ小説の、ような、文が、文学として、登場した。
良いことであった。
勃起小説とも、言う。
それから、行き着くところまで、行くことになる。
もう、書くことが無くなる程、セックス描写を、書き尽くした。

文学の可能性も何も、あったものではない。
文学は、小説、実話、ファンタジーとまで、広がり、無限に広がったように、思えた。
何を書いても、文学である。
そうして、更に、堕落した。
商売である。
売れる本を、作る。それは、質の良い本ではない。兎に角、売れる本である。
書き手を、有名にする。

小便臭い、少女小説を、褒める程、堕落した。

歌手の大衆化として、カラオケが登場し、小説は、大衆化して、誰もが書く。
良い時代である。
多く人は、勘違いし始めた。

実に、大衆は、愚かである。
簡単に騙される。

夜が明けました。宮様は、お帰りなされました。
それなのに、すぐに「お別れしてから、どのように過ごしていられますか。われながら、あやしく、苦しい気持ちです」と、仰せられた。

こいといえば よのつねのとや おもふらむ けさのこころは たぐひだになし
恋と言えば、世の常と、思われるでしょうが、私の今朝の、恋心は、何も比べられないような、激しいものです。

お返し
よのつねの ことともさらに おもほえず はじめてものを おもふあしたは
世間並みの、ありふれた恋とは、思いません。
今朝、はじめて、恋の切なさを、知ったのです。

女が世に言われる、浮かれ女ではなく、真に心の底から、人を恋うたのは、今朝はじめての、ことだったのだ。
男への、恋心の、きざしたことと、宮への、さきざき、は、男を恋したことなどなかったという、反論めいた、思いである。

と、申し上げるにつけても、私は、何と思いがけない、奇妙な、めぐり合わせに、あったものであろう。
亡き宮が、あれほど、深く愛しんでくれたのに、今は、新しい恋のとりこになってしまった。
悲しみと、反省に、心乱れています。
いつものように、童が、来ました。
宮様からの、お手紙があると、思っていましたが、そうではありません。
辛く思われましたが、私は、何と、好色な女なのでしょう。

すきずきしや
この言葉に、女の思いを、すべて込めるのである。
何と、好色とは、男好きということであるが、更に、恋という関係に、深く縁する者という意識である。

男が、寄って来るのである。
また、男が、放っておかない、女なのである。
そして、それをまた、受け入れる女である。

だが、運命のようなものに、翻弄されるのではない。
そこに、主体性がある。

それは、歌を、見れば解る。

世のつねの ことともさらに 思はれず

世の中にあるような、恋ではないというのである。
そんな、恋ではない。

はじめてものを 思ふあしたは
何という、大胆不敵な、歌であろう。
今、はじめて、恋をしたという。そして、明日に賭けるのである。

様々な、恋の遍歴をしているが、しかし、今、はじめて、恋を知ったという、その恋である。
それを、繰り返しても、はじめの恋であると、言うのだろう。
女の、生命力の強さである。

フランスのマリー・アントワネットの言葉である。
いくらでも、殺すがいい。
私は、いくらでも、生んでやる。

男が、適わない、女の強さである。

生んだ子供が、すべて、違う男の子供であるという、それをね生きられるのが、女であり、それが、強さであろう。

和泉式部の、女の強さに、感服する。

恋は、いつも、新しいのである。

恋に生き、恋に死す。
それで、いい。
そこに、歌が生まれる。これ、もののあわれ、である。

童が、帰りますので、それに託して、申し上げました。

またましも かばかりこそは あらぬまし おもひもかけぬ きょうのゆうぐれ

お出になるのを、お待ちするとしたら、このように、切ないものです。今日の夕暮れといいますのに、お心にかけても、お文も、下さらないので、心が乱れたのが、よく解ります。

おもひもかけぬ きょうのゆうぐれ
思いに、かけてもらえないのでしょう。日は暮れてゆきますのに。

いよいよ、男女の愛情関係の、駆け引きに入ってゆく。

2008年01月29日

トラック諸島慰霊の旅

トラック諸島 慰霊の旅

慰霊の前日から、書くことにする。

朝から、横浜には、雪が降った。それは、十時頃まで、続いた。
しかし、寒さは、いつもより、感じない。それよりも、切なさと、悲しみが、心を覆う。

これは、思い出のせいだろうとか、思った。
札幌から、こちらに、内地に出て、十二年目を、向かえる。
ホームシックであろうか。
だが、雪深い、北海道には、戻りたくないのである。
雪の無い、冬の生活に慣れて、心地よく過ごしている。

何故、悲しいのか、切ないのか。

明日、トラック諸島に向かうのである。
グアムで、乗り返して、翌朝、チューク島に着く。
時間が無いので、すぐに、現地の漁師さんを見つけて、海上慰霊の話をつけなければならない。丸一日のみが、与えられた時間である。
一日のうちに、すべての、追悼慰霊の行為を終えるべく、即座に行動しなければならない。

サイパンの時もそうだが、観光地化された、場所に行くという、趣味も、楽しみも、無い。また、見出さない。
そんな暇は、無い。

確かに、バリ島や、タイのチェンマイに行くと、日常の瑣末な、出来事から離れて、自由な時間が出来る。それは、大変、心地よいものだが、観光地に行き、遊びたいという感覚は無い。

私には、何も魅力がないのである。
旅の目的が無いものは、全く、興味が無い。

トラック諸島も、慰霊の一点のみ。

バリ島で、トラック諸島に出かけたという、一人の女性に、話を聞くことが出来たが、それは、現地の様子であり、ダイビングの観光客が多く、食べ物は、不味いということだけだった。そして、すべて、ドルであるということ。

現地の人の様子は、それでは、解らない。
島には、ホテルが、二つのみ。
別の島には、ホテルのような、宿泊施設があるのだろうが、そんなに、移動している時間はない。

出発前日の、悲しみと、切なさの理由は、ただ、慰霊する人々の声なき声を、感じているのではと、思うようになった。

月末の、支払い等のこともあるが、部屋から出ることさえ、億劫になる。
兎に角、胸が沈むのである。
心が、沈むのである。

戦争で、死ぬということは、何か。

そして、生きるということは、何か。

様々な、思想、哲学等、また、戦争肯定の思想もあり、その理屈も、知るものだが、矢張り、納得出来ないのである。
何故、戦争で、死ぬことになるのか。

誰のために。
彼らは、国のためにと、命を捧げたが、その国とは、誰か。
愛する、家族や恋人、友人、その他、縁する多くの人が住む国、日本のために、死ぬと、心に決めて、死ぬために、出掛けたのである。

それが、私だったらと、考えて、思考停止になる。

国の命令で、戦地に行け、そして、死ねと、言われて、さて、どうするのだろうか。
あまりにも、不本意で、不合理で、滅茶苦茶な、命令である。

徴兵制を言うだけで、侃々諤々の議論が起こる、国、日本である。
それでは、戦争で命を捧げた人を、損した人だと、思うのだろうか。
もう、関係ないのだと、思うのだろうか。

あの、時代に生まれたことが、不幸だったと、その一言で、片付けられる問題だろうか。

口を開けば、戦争反対と、言うが、それでは、その反対するために、何をしているというのだろうか。
世界の状況を、鑑みて言うとは、思えないのである。

湾岸戦争も、イラク戦争も、実際に起こっている。

日本の周辺には、核兵器を持つ国が、取り巻いている。
いずれ、核兵器が、日本に、再投下されると、私が言うのは、根拠がある。
この、今の日本人の、無意識である。

もう、そんなことはないだろうという、おめでたい、信仰である。
世界で、唯一、被爆した日本に、再度あるわけがないだろうと。
違う。
だから、あるのである。
原爆投下されたという、事実がある。
一番、原爆投下しやすい国になっているのである。

経済大国第二位の日本という国は、最も、テロリストたちの、狙いやすい国である。そして、再投下は、世界中を、震撼とさせる。
そして、最大のことは、キリスト教徒、イスラム教徒が、実に、少ない国である。
殺しても、世界を震撼とさせるのが、罪悪感は、少ない。

キリスト教国の中には、多くのイスラム教徒もいる。
同胞を殺す可能性が大きいのである。

それならば、最も適当な国は、日本である。

また、北朝鮮を見ても、アメリカと、取引するための、最後の手段として、日本攻撃がある。核兵器を使用して、その意思を示すことが出来る。
侵略の国、ロシアも、反日の国、中国も、日本を取り巻いている。

その民族性は、野蛮である。
自国民を、平気で殺すことが出来る民族である。それでは、他民族など、物の数ではない。

状況が、揃えば、いつでも、日本攻撃が、できるのである。

その時、国のためと、私は、命を投げ出すことが出来るのか。

そんなことを、考える間もなく、原爆によって、死ぬだろうが、もし、戦う必要があれば、殺される前に、相手を殺すと、銃を持つだろうか。

そんなことを、考えて、私は、トラック諸島の慰霊に向かうために、荷物の準備をする。

散華した、多くの霊位の声を聴くべくの、慰霊である。
死人に口なしという。
死者は、話さないという。
死ねば、終わりで消滅するめと、真顔で、言う者もいる。
それならば、なお、彼らの死は、何だったのか。

私は、散華した霊の声を聴く。
何故生きるのか。
死とは何か。
国を愛するとは、何か。

彼らの、思いを聴くのである。

人間の頭で、捏ね繰り回した、理屈を聞くのではない。
宗教や、哲学や思想の、言葉を聞くのではない。
実際、死を体験した、霊になられた、彼らの話を聞くのである。

私は、トラック諸島の慰霊のための、祝詞を書くことを、しない。
大祓祝詞を唱えるだけである。
私は、祝詞ではなく、話しかけるだろう。

清め祓いをするというのは、その場に留まり、無念の思いに、満ち満ちている霊位を、清め、そして、祓う。
清めは、その、満ち満ちる無念の思いを、浄化させ、祓いは、皇祖皇宗の元に、お戻しするという行為である。

しかし、靖国に行きたい霊位は、靖国に、故郷に戻りたい霊位は、故郷に、母の元に戻りたい霊位は、母の元に、である。
それ、以外の行為は、私には、出来ない。

宗教が言う、供養だの、天国にだの、極楽にだのという、妄想、妄語は、言わない。
供養の意味が違う。
天国や、極楽など、霊界には、無い。
あるという者は、嘘をついているか、勘違いしているのである。

霊界は、霊の世界であり、神も仏も無い。
在る訳が無い。

あると言う者は、人霊が、浮遊する人霊が、思い込んで言うのを、信じるからである。

人生は、後始末が、大切である。
しかし、戦争で、散華した人は、後始末が、出来ずにいる。

篤き思いにて、彼らに、哀悼の意と、追悼の意、慰霊の所作を行うことで、後始末として、貰いたいと思うのである。

彼らは、お隠れになったのであり、消滅したのではない。

イスラムの兵士は、アッラーのために、死ねば、天国にて、二十人の乙女が、待っていて、彼女たちが、世話をするという。
それは、現世の欲望を、来世にて、満足させえるという、実に、勝手なお話である。

それを、信じられるという、実に稚拙な、知能の程度である。

日本の伝統は、自然の中に隠れるとみる。
自然のうちに、あらゆるものが、隠れて在るということを、見抜いていた民族である。

それでは、行くのみである。

トラック諸島慰霊の旅2

定刻通り、成田を午後八時40分に出発した。
グアムに向かう。グアムで、乗り継ぎするのだが、その待ち時間は、約八時間である。

グアムに到着したのは、深夜一時過ぎである。
それから、朝のチューク行き、8:20まで待つ。

グアムでは、一度入国審査を受ける。そして、更に、手荷物検査を受けるという、面倒さである。
乗り継ぎの場合は、そのまま、搭乗口に行けると思っていたが、それで、とんでもないことになる。

再度の、手荷物検査で、私の体が、どうしても、ビーと鳴ってしまうのだ。
何度、通っても、音が鳴る。
検査員の検査を受けることになり、通りの横にある、ブースに入る。

そこでも、棒が、反応する。
なんじゃ、これは。
検査員の鬼のような顔付きと、何度も、鳴る棒に、私は、キレた。

羽織を脱ぎ、日本は冬であるから、袷の厚い着物を脱ぎ、さらに、私は、逆上して、襦袢も脱いで、言った。
アイアム ジャパニーズ ジャパニーズスタイル インターナショナルスタイル

実は、私は、少し、寝ぼけていた。
深夜であるから、飛行機では、眠っていた。眠ったまま、入国審査を受けて、再度の、手荷物検査である。
スムーズに行かないことが、腹立たしいのである。

危険物など、持っている訳が無い。
それは、今まで、和服を着ていて、疑われることもなく、特別扱いのように、丁重に扱われていたせいもある。

同行の野中が、向こうから見ていた。
私が、パンツ一つの姿になった時、俄かに、検査員たちが、どよめいたという。そして、検査官ではなく、事務所の方から、警官も来たという。
大変なことになったようである。
つまり、検査のことではなく、別の刑法違反になるのだそうである。
裸になったことに、対してである。

一人の男が、何かを言う。
私は、野中の方を見た。
「特別室に、って、言っているよ」

私は、それを聞いて、襦袢、着物、羽織と、着た。
そして、どうなるのかを、待った。
すると、一人の女性が、私のチケットを、差し出して、どこかへ行けと言っているようである。私は、航空会社に行けと言われていると、思った。
イッ ヒァー
と、下を指差した。
女は、頷く。

でも、よく解らない。
すると、黒人の検査員が、私を連れた。
私のチケットを持って、また、別の職員に渡して、何かを言う。
特別室に、行くのではなかった。

何をするのか、解らないのである。
黒人は、職員に、何か言うが、職員は、私のチケットを見て、「ああ、まだ、時間あるねー」と、日本語で言う。

少しの間があった。
どうするのか。

すると、再び、黒人の検査員が戻ってきた。
そして、渡したチケットを、また、取り、私に「こっちにきて」と、日本語でいう。

後に続くと、「こっちにきて」とまた、言う。
そして、再び、手荷物検査の場所に行き、私を通した。
そして、また「こっちにきて」と言う。

ビニールで仕切られた、ブースに入った。
「上着を脱いで」と英語で言う。
更に、着物も、脱げという。
襦袢だけになると、棒を取り出して、私の体を検査し始めた。
今度は、どこに、あてても、音はならない。
前や後ろと、検査して、異常無しである。

オッケー
あの、騒ぎは、なんだったのか。
黒人の検査員は、神妙に、私に話しかけた。私は、頷いて聞いたが、何を言うのか、解らない。野中が、来て、黒人と、話した。

要するに、黒人は、私が、裸になったから、いけなかったという。検査員の言う通りに、従っていればよかったのだ、と。

野中が、また、おかしな、英語を言ったらしい。
彼は、心臓が悪いので、少しのことで、カーッとすると。しかし、黒人は、野中の、ハートというのを、心が、悪いと、勘違いしたようである。

そのせいか、黒人は、私に、子供に話すように、何やら、やさしく説教をしているようだった。勿論、意味は、解らない。

このことは、グアム空港の、話題になったようで、帰りに、矢張り、乗り継ぎの待ち時間を、レストランで、お茶を飲んでいると、警察官が行き来して、何と、私たちに、話しかけるではないか。
あの日の、人だねと、野中に言うのである。

あーあ、である。
一度で、覚えられたのである。

さて、兎に角、不愉快な気持ちで、私は、搭乗口のロビーに行き、薄い毛布を広げて、休むことにした。
まだ、誰もいない、搭乗口前のロビーで、寝るなどとは、初めての経験である。

実は、余計なことだが、私は、観光地に旅行するという、あの手の旅行が嫌いである。
何もかも、揃って、準備万端、それに、乗せられて、楽しんでいる雰囲気を、楽しむという旅行である。
パックツアーにあるものである。
グアム行きは、そういう、若者で、溢れていた。
それらの、会話を聞いていると、ホント、具合が悪くなる。
グアムは、すべて作られている島である。観光客の金を目当ての、あからさまな架空の観光地である。
勿論、否定はしない。

ただ、私の趣味に合わないだけである。

どうしても、グアム経由しかないので、仕方なく、乗るのである。
飛行機は、寝るのが、一番であるから、寝る。

搭乗口のロビーで、寝て、何度か起きた。トイレに立った。
野中は、椅子で、寝ている。

朝、六時を過ぎたあたりから、人がポツリポツリと、入ってきた。
それでも、体を横にしていた。
七時になると、俄然、人が溢れてきた。
私は、起き上がり、椅子に座ることにした。

飛行機は、定刻通りに、出発した。
晴天である。
海の上を飛ぶ。
チュークに近づいて、下を覗いて、驚いた。
環礁の島々の海の、美しさである。

自然の脅威に触れると、本当に感動という言葉のみになる。
美しさは、脅威である。

それぞれの島の、浅瀬が、エメラルドグリーンに、輝いている。

こんな、場所で、軍艦や、大砲、飛行機による、戦いが、行われたというのが、信じられなかった。

着陸する飛行機は、海面すれすれに、飛んだ。
くらくらと、機体が揺れる。海に突っ込むのではと、思われた。
しかし、無事、着陸した。

2008年01月30日

トラック諸島慰霊の旅3

飛行機が、着陸すると、一人の男が、おじさんである、が、声を掛けてきた。
野中が話をした。
慰霊のために来たというと、どこですると聞く。
海上でと言うと、それなら、協力するということになり、彼は、名刺を取り出し、電話番号を書いた。
それでは後で、連絡するということで、私たちは、入国審査に向かった。

その、いかつい、おじさんは、大きなダンボールを担いでいた。グアムで、物を仕入れて来たのであろうと、察した。

平屋の鰊番屋のような、建物だった。
入国審査は、すぐに済んだ。
日本人は、私たちの他に、三人のダイバーがいた。
その三人とは、送迎の車で、一緒だった。
話はしなかった。

ホテルまでの道路である。
舗装されているところが、少ない。後は、ボコボコである。
大きな、水溜りもある。車は、大きな穴と、水溜りを避けて走る。
州都のある、島である。にもかかわらずの、道路である。
島の経済状態が、解るというもの。

最初に、私たちのホテルに、到着した。
チューク諸島の、ここは、モエン島、日本名、春島である。
モエン島には、二つのホテルがある。
もう一つ、ホテルの名があるが、現在のホテルは、二つだけなので、閉鎖しているのかもしれない。

料金は、私たちのホテルの方が安い。といっても、最低でも、一泊105ドル、一万円以上であるから、島の人から見ると、破格の金額である。

朝の11時頃である。

大きな、ベッドが二つある、また、大きな部屋だった。
テラスからは、海が見える。
しかし、安いのは、理由があった。
エアコンの室外機の音である。それで、ホテルのすべてのエアコンを、まかなっている。
ただ、その音には、慣れた。
それに、波の音が混じり、何とも不思議な音のハーモニーになった。

タイパンツと、Tシャツに着替えて、昼の食事のために、出かけることにした。
一番、心配していた、海上慰霊の準備が、思わぬところで、叶ったので、安心した。

空港から来た道を、歩いた。ホテルから、空港へ向かう道が、街である。
品揃えの少ない、小さな店、倉庫のような、スーパー、カトリック教会があり、私たちは、教会に、入った。

飾り気の無い聖堂である。
島には、カトリック、プロテスタントの教会のみ。島民は、100パーセント、キリスト教徒である。
キリスト教の歴史は長い。
スペインが、ミクロネシアに、来航したのが、1500年代である。
それから、統治の歴史がはじまる。
1886年に、スペインは、マリアナ諸島、カロリン諸島を含み、領有権を、宣言する。

当然、カトリックの信仰を持ってきた。

1899年に、スペインは、ドイツに、ミクロネシアの島々を売却する。
島には、スペイン人の血と、ドイツ人の血が入る。

統治、売却も、完全勝手な解釈である。

1914年に、第一次世界大戦が始まり、日本が、現在のミクロネシア連邦、パラオ、マーシャル、北マリアナを含む、ミクロネシア、南洋群島を占領する。
さらに、1920年には、国際連盟から、日本の委任統治が、認められる。
1945年の太平洋戦争終結まで、日本の統治下にあった。
おおよそ、30年間である。

チューク諸島の人々の、九割は、混血である。
最も多いのは、日本人である。
今は、その子、孫、ひ孫がいる。

私たちは、孫、ひ孫の人に、多く逢い、話を聞くことが出来た。

教会を出て、また、歩いた。

港の前の市場の前を通る。
だが、市場といっても、三枚ほどの板の上に、品物を乗せているだけである。
驚いたのは、海のものでは、カニだけである。
魚がないのである。
椰子の実、バナナ、ハバナの葉で包んだもの、花飾りという、程度である。

一人の、ばあさんが、私に、カニカニと言って、売ろうとする。
しっかりと、葉に包んでいるカニは、立派だった。

漁師の小屋が、立ち並ぶ。
港を眺めて、進んだ。
レストランなど、あるような雰囲気ではない。

港の外れの、倉庫のような、スーパーの前に来た。
その前に、レストランの文字がある。
オープンという看板が、掛けてあるので、そこに入ることにする。

韓国料理の雰囲気であるが、メニューを見ると、アメリカンが多い。
一番無難な、ハンバーガーを頼む。
私は、日本では、決して食べない。

その時、対応してくれたおばさんが、ツゥジィーさんという方である。
その方が、多くの情報を提供してくれた。
その母親が、日系一世であった。
六人兄弟の一番下の、娘だったという。

ツゥジィーさんは、時々、私たちの部屋に来て、アイスティーを、注いでくれた。
そのうちに、色々と、話が、始まった。

ツゥジィーさんが、子供の頃、そして、母親の時代、さらに日本統治時代と、戦争、戦後の話になった。
私たちは、身を乗り出して聞くことになる。

トラック諸島慰霊の旅4

私たちは、個室で食事をした。
ツゥジィーさんは、話に熱が入ると、私たちと一緒に椅子に座り、話を続けた。

ツゥジィーさんの、おじいさんである、日本人が、戦争中に、日本に戻った。そして、敗戦である。
母親の、兄弟である、長男が、父を訪ねて、日本に渡る。そして、見たものは、東京の焼け野原である。
父の居場所も、解らない。連絡も取れない。
皆で、日本で暮らそうとしたらしいのである。

しかし、ツゥジィーさん曰く、天皇陛下が、駄目だと、言ったと。
つまり、日本には、住めないということ、なのだろう。
ツゥジィーさんの口から、何度も、天皇陛下という言葉が出た。
彼女に取って、天皇陛下は、非常に親しみのある、それでいて、権威ある方なのであろうと、感じた。

その後は、父と離れ離れの生活である。
つまり、彼女のおじいさんである。
彼女の、母親の、上の兄弟たちは、皆、日本語を読めて、書くことが出来るという。

印象的だったのは、彼女の母親が話す、日本統治の頃の、チューク諸島の、素晴らしさである。現在のグアムより、凄かったという。

デュプロン島、日本名、夏島が、その当時、日本統治の主たる島であり、街が出来て、暮らしも、豊かであった。
今は、見る影も無いという。
その、夏島は、戦争時に、日本軍の様々な施設が、作られた。それは、現在も、跡地として、残っている。

戦争末期の悲劇は多い。
食べ物がなくなり、島民は、甚だしい食糧難に、直面した。
その時、多くの悲劇が起こった。

当時、中国、朝鮮からの、移民も多かった。
それらは、日本統治下にあり、日本人としての、入植である。
食糧難になると、中国人、朝鮮人が、現地の人を、借り出して、農地を開拓させて、働かせたという。
そこで、空腹の者が、働けなくなると、生きたまま、手足を縛り、生き埋めにして、殺したというものである。
それが、日本軍が、行ったと言われることもあるという。

また、現地人を、食べるというものである。
その犠牲になった家族が、戦後、日本に保障を求めた。
それは、中国人が、日本軍が、現地人を食べたという、噂を流したからであるという。
日本の、ある団体は、その家族に、大枚な、保証金を払ったという。どこの団体なのかは、察しがつくが、ここでは、省略する。

スペインからドイツ、そして、日本と、統治が変わったことにより、混血が、多く生まれた。しかし、中でも、日本人の血を持つ人は、日本人であるということで、誇りを持っているという。
勿論、彼女も、日本人の血が流れているゆえの、言葉であろう。
ドイツの血を持つ者は、ドイツに、誇りを感じているだろう。

さて、私は、遺骨の見世物について、尋ねた。

当然あるという。
ダイビングで、いくらでも、見ることが出来るという。
彼女は、見世物という言葉に、抵抗しなかった。

そして、この話は、多くの、現地人が、言うことであった。
遺骨は、見ることが出来る。
ただし、私が、産経新聞で、読んだ記事にあるようなものなのかは、まだ、確定してはいない。
更に、調べる必要があると、思った。

島の人は、遺骨を見ることを、簡単なことであるという。
そして、見世物という言葉にも、抵抗しなかった。

問題は、そこである。
当然と、島の人が言うのである。

その、当然という意味を、調べる必要がある。

私たちは、明日、慰霊を終えて、また、来ると、約束して、ツゥジィーさんと、別れた。

驚くべきことは、多かった。
それは、戦争、遺骨などの、ことだけではない。
この島の人々の暮らしに関してもだ。

ホテルに戻りつつ歩くと、皆々、私たちに、声を掛ける。
日本人かという声もあった。
日本人に対する、好意的な、声掛けは、凄いものだった。

後で知ることになるが、島民は、日本人に、実に友好的、好意的なのだそうだ。
当然である。
彼らの多くがに、日本人の血が流れている。
多くの言葉が無くても、何となく通じるということからも、それが、解る。
後半、特に、それを感じる出来事が、あった。

ホテルに戻り、少しの休憩をする。

私は、明日の追悼慰霊の、準備をした。
といっても、御幣を作る紙を取り出し、日本酒を用意して、今回は、祝詞だけの、慰霊の儀を行うと、決めていた。
経本のたぐいは、一切持って来なかった。

夕方になったので、野中が、海上慰霊をしてくれるといった、おじさんに、連絡するために、電話を掛けた。
部屋から掛けたのだが、出ない。
そこで、フロントに行き、そこの、公衆電話を使ったが、出ないという。

夜に、もう一度、連絡したが、出なかった。

私が、ホテルで、休み、準備をしている間に、野中は、ホテルの先、島の先端に向かって歩いたらしい。
そこで、出会った人々に、食事をご馳走になり、一人の男の子が、ガイド役で、着いて来てくれたという。
ガイド料が、二ドルであった。
彼は、それで、家計を支えていたということを、後で解る。

野中の話を聞きつつ、ホテルのレストランで、夕食を取った。
八時過ぎである。
ビールを注文した。
何と、アサヒビールが置いてある。
私たちは、バドワイザーを二つ頼んだ。
缶ビールである。350である。

その夕食は、二人で、30ドル以上、つまり、三千円以上であった。とても、料金が高いのである。
現地の人には、手が出せない料金である。
だが、私は、その時まで、それが、高いものだとは、知らない。当たり前に感じていた。

缶ビールは、日本でも、150円前後であるが、その倍以上の料金であった。

野中が、朝のうちに、慰霊をした方がいいという。
太陽が、まだ、登り切らないうちにしなければ、とんでもないことになると言う。
日焼けに慣れていない。
朝九時頃に、出掛けようということになった。
しかし、あの、おじさんと、連絡がつかないのである。

私たちは、もし、まだ、連絡がつかないようなら、直接、漁師たちの所に行き、交渉しょうということになった。
市場の横に、漁師たちが、たむろしていたからだ。

こんなに、早く寝ることはないと思いつつ、十時を過ぎて、私は、ベッドに着いた。

エアコンを切り、窓を開けた。
夜風が、ともて、心地よい。

少しの電灯で、外は闇だ。
ベッドから、丁度、満月に近づく月を見た。

兎に角、風が心地よいのだ。

2008年01月31日

神仏は妄想である。27

リチャード・ドーキンス
神は妄想である。
第四章 ほとんど確実に神が存在しない理由、より。

ダーウィン主義を深く理解することで私たちは、設計が偶然の唯一の代案であるという安易な決めつけに走ることなく、ゆっくりと複雑さを増大させていくような斬新的な斜路を探すことを学ぶ。

彼は、科学者として、多くの言葉を用いて、ダーウィンの進化論についてを、語る。
そして、その、人間の好奇心というものから、宗教の誤りを説く。
つまり、好奇心は、宗教の概念をこえるのである。

私たちは自分が暮らしている北半球優越主義が無意識のうちにあまりにも深く染み込んでおり、場合によっては北半球在住でない人間さえ、それはいきわたっている。

要するに、オーストラリア、ニュージーランドの地図は、南極が上にあるものであるという。上は、北極であるという、北半球の人間の無意識を、取り上げている。
「無意識」こそ、意識の高揚がなされる領域という。
面白いのは、言葉である。
男性名詞、女性名詞などの言葉で、歴史を見ると、そこには、男性名詞のみが、まかり通っている。
人間という時、それは、男性を指すのである。
そこから、ドーキンスは、話を展開させる。

意識を高めることの効果をフェミニズムが示してくれたので、私はその手法を、自然淘汰にも借用してみたい。自然淘汰は生命のすべてを説明するだけはなく、「組織化された複雑さが、いかなる意識的な導きもなしでどのようにして単純な発端から生じるか」を説明できるのだが、その意味では、科学に対する私たちの意識も高めてくれる。

ドーキンスの、利己的な遺伝子を読んで、無神論に転向した、ダグラス・アダムズの言葉が、印象的だ。

それが私の心にかきたてた畏怖の念は、正直に言って、宗教的な体験に敬意を表して語る人々の畏怖の念など比べるのも馬鹿馬鹿しく思えるほどのものでした。それ以来、どんなときでも私は、無知ゆえに畏怖することよりは、理解ゆえに畏怖することを選択してきました。

科学者の冷静さというものを、私は、尊敬する。
科学者の好奇心によって、どれほどの、無知蒙昧が、解明されたかは、計り知れない。
ただ、誤っては、いけないのは、素人たちが、使う、科学的という言葉である。
私も、含めて、科学的という言葉を使う時、それは、科学を知らないが、科学であるようなものという意識で、科学的という。
それで、多くの人が、騙される。

科学的に、実証されましたという、宣伝文句を、どれだけ、聞いたことか。
それに、準じて、医学的という言葉もある。
その知識、無知ゆえに、科学的とか、医学的という言葉に、安心を求めるのである。

それは、宗教家の、意識と、変わらない。

そして、科学的ということで、一件落着し、終わる。
宗教家も、最後に、神や仏で終わる。
しかし、科学者は、無限の可能性、終わらない、好奇心に支えられて、進む。

科学で無限に知る可能性を、知る、ということは、人間に、無限の可能性を観るということだ。

私は、すべてに、おいて、素人である。
ゆえに、私のエッセイで、解決せずに、これを、機会に、どんどんと、知識の海へ出ることである。

宗教家の限界は、聖アグスチヌスの言葉に表れている。

より大きな危険をはらんでさえいるかもしれない、もう一つの誘惑が存在する。好奇心という病である。それは、私たちを、自然の秘密に挑み、発見させるように駆り立てる。そうした秘密は私たちの理解を超えたものであり、私たちにとって何の役にも立たないものだから、知りたいと願うべきではないものなのだ。

アグスチヌスから、今まで、宗教の態度は、変わらない。
真実を晒しては、いけない。
神の存在が、危うくなるのである。

それこそ、アグスチヌスが、無意識に、恐れたことであろう。

兎に角、無知蒙昧で、いいのである。
後は、神が、すべてを、処理するというのだ。

科学は、何もまだ、知ってはいない。
という、宗教家は、大勢いる。
その通りで、ある。科学は、まだ、何も知ってはいない。
しかし、知りえたことで、人間は、多く、その恩恵を受けている。

今時、ローマ法王でさえ、病を、祈りで、癒すと、考えないだろう。
病院で、手当てを受ける。

病になれば、祈りで、癒すことである。
キリストは、一粒の信仰さえふあれば、山をも動かすと、言った。
強迫神経症タイプの、教祖は、皆、そのようなことを、言う。

奇跡を起こさないような、信仰なら、信仰が無いのと、同じである。

私は、二年続けて、同じ時期に、胃に激痛を受けて、24時間眠ることもできないほどの、体験をした。
病院を四件回ったが、痛みは、取れなかった。
唸りつつ、私は、祈った。
神や仏にではない。
私の胃にである。
長年、酷使したこと、済まなかったと。申し訳なかったと。

痛みが、引くまで、待つしかなかった。
その時、死を思った。
このような中で、死を迎えるのは、良くない。痛みで、死を味わうことが無い。死ぬ痛みは、麻薬でもいいから、取り除き、痛み無く、死を迎えたいと。

また、逆に、亀井勝一郎氏のように、癌の手術で、麻酔無しを希望するという人もいる。
その、痛みを知ることにより、思索の、至らぬことを知るというものである。
人間とは、実に、素晴らしい生き物である。
親鸞に帰依したというが、帰依したいと思いつつ、どこかで、その信に、不信を感じていたのである。

信じ切れないもの。
信じる切るというのは、実は、欺瞞であり、惰性なのである。

ドーキンスの引用した、あるブログの言葉である。

なぜ神が、何かについての説明とみなされるのだろう? それは説明ではないーーそれは単に説明不能というメッセージであり、肩をすくめる仕草となんら変わらないもので、「ワカンナイ」という言葉を儀礼的なチピリチアリズムで粉飾しているにすぎない。もし誰かが何かを神のせいにすれば、それが意味するのはたいがい、その人間が何の手がかりももっていないので、手もとどかず理解不能な存在である天の妖精のせいにしているということだ。そして、そいつはどこから来たのだと説明を求めればおそらく、「それはつねに存在してきた」とか、あるいは自然の外側にいるものについての漠然とした、擬似哲学的な答えが返ってくることだろう。もちろん、それは何の説明にもなっていない。

膨大な神学という、哲学的思考による、妄想に、科学は、王手を打つ。
無知ゆえに、想像した、膨大な妄想の数々。勿論、それは、芸術に、持ち上げられてもよい。

少年の頃、カトリック教会の司祭と共に、夏のキャンプをした。
星空を眺めて、司祭は、神に祈りを捧げた。
それは、素晴らしい、情緒教育であった。
知りえないものに対する、畏敬の思いを、私は、そこで、学んだ。

あなたは、この美しい星空を作り、私たちに、その栄光を、お示しになっています。
私も、素直に、その祈りを、敬虔に聞いた。
そして、それは、誤りではない。
実に、正しいことである。
しかし、それは、神の存在と、関係無いことである。

畏敬の思いを、何と呼んで賛美してもいい。

偶然にしては、出来すぎている自然の、あらゆるもの。それに、畏敬の念を抱く。そして、それは、遂に、私自身に、戻る。
生まれて、生きること、それ自体が、奇跡であると。
一時間先のことも、知らないのである。
暗闇の中を歩いているような、人生である。
しかし、生きられるのである。だが、知らないゆえにとは、言わない。

暗きより 暗き道にぞ 入りぬべき 遥かに照らせ 山の端の月
和泉式部

生まれたのも、暗く、生きるもの、暗いのである。
せめて、遥かにでも、いい。照らして下さい。仏というものが、いるならば。

神や仏を、光と、言う人の心が、痛い程解る。
しかし、神や仏は、光であるという観念は、捨てた方がよい。
大嘘だからだ。
神を光だということは、そのまま、闇だと言うことだと、知らない、無知である。

光は、闇によって、光と、認識される。
あえて、言うならば、神や仏は、闇である。
全く、先行き見えない闇が、神や仏の正体である。

闇の中に、光を見るというのは、幻覚、幻想である。

あれかし、という、強い思いが、それを、生む。

トラック諸島慰霊の旅5

追悼慰霊の朝である。

八時頃に、ホテルのレストランに入り、朝食にする。
そこで、再度、おじさんに連絡して、駄目なら、漁師たちの所に行き、直接交渉しようということになった。

レストランの外に、海に面したコーナーがあり、そこで、分厚いパンと、サラダを食べる。
コーヒーを二度、お替りした。

その横に、ダイビング専門のショップがある。
私は、その店に近づき、周辺の海の図を見た。
艦船の沈んでいる場所に、赤い点がある。
夏島、竹島の付近に、それが多い。
さらに、日本の艦船だけではなく、ゼロ戦や、アメリカの飛行機、艦船も、沈んでいるのである。

その図の、写真を撮ることを、忘れたことが、残念である。

すると、一人の男が、来た。
ダイビングの店に入る。
一度、店の鍵を開けて、そして、出てきた。
私は、急いで、彼の元に向かい、話し掛けた。

少しの英語であるから、野中を呼んだ。
すると、色々と、説明してくれた。

海中を撮った、DVDもあるという。それを、見ると良いと、言われた。
そして、私は、遺骨を見ることを聞いた。

彼の話である。
遺骨を、見ることは、出来る。多くの遺骨のある場所もある。しかし、遺骨を見るための、ダイビングは、実に大変なことであると。
ダイビングの、経験が多くなければ、非常に危険であるという。
そこは、深い場所であり、また、艦船の中に入るので、迷路に入ることになり、一人では、無理だ。
遺骨を、見世物にしている場所もあるのかと、問うと、あるにはあるが、それも、知る人は少ないという。
チップを取って、見せるのかと、訊くと、ダイビングの案内は、料金がかかるという。当然である。それが、仕事であるから。

つまり、見世物にして、陳列しているという、意味にも、取れないこともないが、そこまで、ダンピングするには、相当の経験者でなければ、出来ないということだ。

単に、陳列して、見世物にしているという、表現は、当たらないのである。

一つの、有力な情報を得た。

DVDを、見るかと、いわれたが、時間がない。
私たちは、お礼を言い、部屋に戻った。
すでに、九時半近くになっていた。
おじさんとは、連絡がつかない。

私たちは、ホテルを出た。
港に向かう。

日差しが、どんどんと、強くなる。

港の前の、市場に行き、私は、花を探した。
しかし、花のみは無く、皆、花飾りである。
一ドルの、花飾りを二つ買った。

そして、すぐ横の漁師たちが、たむろする場所に行った。
皆、声を上げて、歓迎してくれる。
日本人かと、訊く。
頷くと、握手を求められる。

野中が英語で、海上に出たいと言う。
皆、オッケーと答えた。

一人の男が、バッジを出した。警察のバッジである。何か、免許のようなものなのだろうと、思った。
俺が行くという。
野中が、料金の交渉をした。
50ドルである。

野中が、30ドルでは、どうかと訊いた。
油が高いので、50ドルでなければと、言う。
私は、それで、決めた。

船に乗ると、男が、油を買いたいので、先に、お金が欲しいと言う。
私は、すぐに、50ドルを渡した。

実は、漁師たちが、魚を捕らないのは、そういうことなのである。
魚を捕っても、油代にもならないのである。また、逆に赤字になるのである。
それより、ダイバーたちを乗せて、海に出ると、金になる。

実は、ホテルで、夕食に、シーフードと言ったが、魚が無いという。
不思議に思った。
目の前が海なのである。
魚がないことはない。
しかし、理由が解った。

男は、油と、缶ビールを10缶ほど買い、船に、戻った。

船外機が、大きな音を立てて、動き出した。
凪た海の上を、船がスムーズに滑る。

男が言った。俺は、船の沈んでいる場所を知っている、と。
そして、缶ビールをあおる。タバコを取り出して、私たちに、飲んでくれ、という。
勇ましい男である。

船は、春島から、夏島と、竹島の間に向かった。
ダイビングショップで見た、図の通りである。

ただ、私は、慰霊する場所は、私の、霊感、あるいは、勘で、決めたいと思っていた。

春島から、離れると、波が少しつづ、高くうねる。
それが、次第に、大きくなる。
船先が、どすんどすんと、落ちる。
前にいた私は、両側の、淵を掴んで、振り落とされないようにしていた。

20分程度、船が進んだ。
私は、あの辺りで、と、感じた。
目の前に、夏島が見える。
そこには、日本軍の多くの施設がある。皆、慰霊の人は、夏島に上陸して、慰霊碑に、向かうはずだ。

私が、ここでと、思い、後ろの男を見ると、男が、頷いた。
そして、指差し、浮き輪を指した。
白く丸い浮き輪である。

その下に、潜水艦が沈んでいるという。

その辺り一体が、戦場であった。

エンジンが止まり、男は、浮き輪に、船のロープを巻きつけた。

私は、すぐに、御幣と、日本酒、花を船先の、小さなスペースに置き、御幣を、持ち上げて、太陽にかざした。

そして、大声で、神呼びをした。
神呼びとは、皇祖皇宗である、天照大神、さらに、天津神、国津神、八百万の神、そして、この地の、産土の神、さらに、ここで散華した、多くの戦士たちの、命、みこと、である。
大祓い祝詞を唱える。
太陽に、その土地の、樹木の一枝を、掲げて祈るのは、伊勢神宮の所作である。
ただし、現在の伊勢神宮が、云々というものではない。
私の方法である。

太陽の、霊光を、願い、その力、霊力により、その場を、清めるのである。そして、さらに、祓うのである。

自然信仰の、そのままである。

祝詞を終えて、私は、静かに、申した。
ここに散華した、多くの命、みことに申すーーーーーー

波が荒く、体が、大きく揺れる。
両足に、力を入れて立つ。

どうぞ、靖国に、帰りたい方は、靖国に。故郷に、帰りたい方は、故郷に。母の元に、帰りたい方は、母の元に。次元を異にする霊界に、行く方は、霊界にとの、祈りの言葉を、宣る。

そして、太陽の霊を頂いた、この地の枝で、清めたまえ、祓いたまえと、繰り返した。

暫くの、私の所作である。花飾りを海に投じ、日本酒を撒きつつ、清め祓いを行った。

最後に、神送りの、言霊である、音霊を、唱えた。

そして、すべてを、皇祖皇宗に、お返しするため、御幣を海に投じた。つまり、すべては、皇祖皇宗のお力であるという意味だ。

すべてを、終えて、男を見た。
呆然として、私を見ていたようである。
私が頷くと、男も、頷き、浮き輪から、ロープを離した。

オッケーと、言うと、男は、エンジンを掛けた。ゴーバック。

船は、元の道を戻る。
私は、船先にいて、また、しっかりと、両側の淵に手を掛けた。

船が速度を上げた。
すると、私の口から、念仏が出る。
その、念仏は、三種類の、唱え方だった。
繰り返し、繰り返し、念仏が口から出る。

どうしたのか。
冷静になりつつも、口からの念仏を、私は聞いた。
なむあみだぶつ なむあみだーぶ なむあみだんぶー
なむあみーだーぶ
それは、島に着くまで、続いた。

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