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2008年01月 アーカイブ

2008年01月01日

もののあわれについて145

文屋康秀

是貞親王の家の歌合はせの歌
これさだのみこの いえのうたあわせのうた

吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ

風吹けば、草木が枯れる。だから、山から吹く風を、嵐というのであろう。

吹くからに、とは、吹くと、ずくに、吹くやいなや、更には、何々したばかりに、だからといって、という意味になる。

この歌は、文字遊びをしている。
山風を、嵐という。確かに、山と風で、嵐という文字になる。

こういう、遊びを始めた時代である。
むべ、とは、肯定である。なるほど、という意味。いふらむ、に、かかる。

荒らしに、嵐をかけたのである。

作家活動に余裕が、出てきたのである。
歌合せは、一首の、言葉遊びである。
それも、善し。

深草帝の御国忌の日によめる
ふかくさのみかどの みごくきのひによめる

草深き かすみの谷に 影かくし 照る日のくれし けふにやはあらぬ

御国忌とは、命日である。

草の深い、かすみがかかった谷に、光を隠し、照る日が、暗くなった。今日は、その日ではないか。

照る日とは、天皇である。
深草帝の命日に、つまり、京都深草に、御陵がある、仁明天皇のことを、思い出したのである。

喜撰法師
題知らず

わがいほは 都のたつみ しかぞ住む 世をうぢ山と 人は言ふなり

私の庵は、都の巽、東南にある。のんびりと住んでいるが、世の人は、憂いにありと言うらしい。

世を憂いで、宇治山に住むと人が言うが、そんなことはない。平穏無事に、のんびりと、過ごしている。ここには、中世的な、無常感覚などない。
たまたま、宇治山に住んでいるだけである。この、宇治山の、宇と、憂いの、憂を、懸けているのである。

しかぞ住む、とは、確かに住んでいる。このように住んでいるという。
いほ、とは、庵であり、草木を結んで作った家である。
後に、草庵として、茶室の原型になる。

自然豊かな日本では、自然の中で、自然に添うような、生き方を好む。
それが、伝統になるのである。

それでは、伝統とは、何かと言えば、それは、民族の癖ということになる。

特別、仰々しいものではない。単なる癖を、伝統と言うのである。
その癖を徹底させて、文化というものを、創造するのである。
伝統文化とは、民族の癖によって、出来上がったものと、認識すれば、実に、良く理解出来る。

良い悪いの区別ではない。
それぞれの、民族の癖が、伝統となる。それは、また、習慣とか、慣習と呼ばれるものになるのである。

日本は、自然環境に、実に恵まれた、類稀な国である。
美しい自然を失えば、日本は無くなる。
伝統を失うということである。
その自然の中でこそ、培われた行為行動なのであるから、自然が失われれば、当然、伝統行為も、失われる。

能や歌舞伎、茶の湯や、生け花を、伝統文化と言うが、伝統と言うには、歴史が浅すぎる。
精々、室町期の芸能である。
鎌倉時代の礼法である、小笠原流も、新しいのである。

千年を経て、ようやく、伝統なるものと呼べるのである。
そうすると、和歌、万葉集あたりが、伝統と呼べるのである。

勿論、905年成立の古今集も、伝統と呼べる。
芸能では、神楽である。

人の寿命は、短いが、伝統となるには、100代ほどの、世代の積み重ねが必要である。
でるから、伝統には、適わないのである。

短歌は、時代を経ても、読み継がれてきた。
短歌を読むとは、短歌を作ることである。
歌詠みである。
これこそ、伝統である。

辞世の句を読むというのが、当然のことであるというべきだ。

だが、今、辞世の句を読むほどの人が、どれほどいるか。
これは、情けないことである。

能や歌舞伎程度に、触れて、日本の伝統などと言う者は、愚かである。
あれは、単なる、お家芸というものである。
国の伝統ではない。

能が、世界遺産になったというが、それならば、日本語が、世界遺産である。
芸能は、完成するものではないが、能は完成してしまった。
世阿弥で完成である。
今あるものは、その残骸である。
幽玄などというもの、漢語である。
もののあわれ、には、程遠い。

2008年01月02日

もののあわれについて146

紀友則

梅の花を折りて人に送りける
君ならで たれにか見せむ 梅の花 色をも香をも 知る人ぞ知る

あなたではなくて、誰みせようか。梅の花の色も香りも。あなただから、理解できるのです。

知る人ぞ知る
知らなければ、知ることは、出来ないのである。
知る人ぞ、知る、というのは、実に、巧みな言い方である。
誤ると、単なる、おせいじに、なる。


桜の花の散るをよめる

ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ

光のどかな、春の日に、心が落ち着かなく、花が散るのである。
古今の美意識である。
これが、古今である。

ひさかた、は、枕詞である。
光のどけき春の日に
しづ心なく花の散るらむ
しづ心は、桜の花の心である。擬人化している。

あわただしく、落ち着かなく、という意味。
それほど、桜の花は、散るを、急ぐものである。未練なく、散る、桜に、感動するのである。

すでに、この頃から、桜に寄せる、日本人の思いが、出来上がっていたといえる。

この当たりの時代から、現代に続く、日本人の感性というものの、萌芽が見える。
万葉から、変容した、感性である。
次第に、平安の、みやび、雅に、近づいてゆくのである。

もののあわれ、というものの、姿が、一時期、雅に、覆われると、考えてもよい。

日本人が、自然のものを、擬人化する時、それは、単なる、文学上のことではない。
擬人化という、言葉に惑わされないことである。
文学上は、擬人化というが、実際、日本人は、桜の木に、心があると、確信していたのである。
山川草木に心がある。
その心は、人間の心より、高い位置にある。
つまり、神意識である。
自然に神を観ていた。

ただ、桜の花を、愛でていたのではない。桜の花を、崇敬していたと、思う方が合っている。
桜の花を、拝むと言ってもよい。

大和心というものは、それを、言う。

大和心から、大和魂という、言葉に変容するのである。

日本人の、自然を観る目を、確認しておかなければ、大和心は、理解出来ない。
例えば、欧米の自然観は、どうか。
征服して、従わせるものが、自然である。
神という、創造主は、人間に自然の支配を任せたと、考える。

自然と、対立する思想と、自然と、同化する思想とでは、全く違う。

大和心の、別名を、古の神の道という。
古神道である。

それでは、心というものを、どのように、認識していたのか。
心は、思いである。思いは、思考ではない。
思索のように、湧き上がってくるものである。
自然のもの、すべてに、その、想いがあると、観た。

心理学で言う、潜在意識の、底から、湧き上がる思いが、心である。
そして、更に、神という、自然と、通ずるものが、タマである。つまり、魂である。

ここに、大和魂の、根拠がある。

仏教の唯識というもの、心理学を、当時から凌駕すると言うが、日本の伝統は、唯識という、理屈より、感性で、認識していたのである。

そして、結果、
大和心、大和魂も、もののあわれ、に、立ち戻るのである。

神仏は妄想である。11

神奈川県警の、警備部長である、警視が、神世界という会社の、霊感商法に、関与したとして、事情聴取を受けている。

ヒーリングセラピー等々の言葉での、勧誘である。
最初は、1,000円からで、次第に、金額が上がる。しまいには、先祖が憑いているとか、祟りがある等の言葉での、お守り商法である。

感心するのは、宗教法人ではなく、単なる、物売りの会社であるということだ。
物売りの会社が、神世界と、名乗っても、問題ない。宗教の、騙しより、よほどいい。

これらを、霊感商法というならば、宗教の金集めは、何と言うのだろう。
お布施、供養、献金、維持費、管理費、特別供養、先祖供養、塔婆代、何から何まで、金である。

昨年の、文字に、偽、という文字が選ばれて、京都、清水寺の管長が、その文字を、認めた。
そして、書き終えて言う。
日本人として恥ずかしいと。
偽、という文字に表される、今年の、偽装事件などに、言うのであろうが、清水寺は、どれほどの永きに渡り、人々を騙し続けているのか。

京都、清水寺は、有名な、寺である。
観光名所でもある。
一度は、京都を訪れる人は、お参りする。

管長の立派な僧衣姿を見て、何とも、複雑な心境である。
僧衣と、袈裟の立派なものは、僧の位を表すのであろう。
勿論、管長であるから、偉い。立派な袈裟をつけての、詭弁である。しかし、本人は、詭弁などとは、思わない。

冬は、ぬくぬくと、温かい部屋にいて、夏は、涼しい部屋にいて、のうのうとして、仏の教えなるものを、餌にして、金集めをする。
それは、宗教法人であるから、税金から、免れる。

京都は、僧の町である。
彼らの、遊び方は、尋常ではない。金に飽かせて、遊び。
学僧も、多くいる。
親の寺から、仕送りを受けての、豪華な暮らしをして、修行とは、笑わせる。

いつの時代も、僧は、堕落していたが、今は、堕落ではない。明らかに、詐欺行為である。

千日行という修行をする、宗派もあり、それが満願に達すると、マスコミまで、取り上げて、修行を賞賛する。
私に言わせれば、遠洋漁業や、厳寒の冬の海に出て、漁をする、漁師達とは、比べ物にならないのである。

一体、いつから、あのような、アホなことをやって、修行というのか。
荒行とも言う。実に、馬鹿馬鹿しい。
厳寒の海に、漁に出てみよ。
命懸けでの、操業である。
命を落とした漁師も多い。

私の故郷は、そういう町である。
そういう、漁師たちの姿を見て、育った。
だから、宗教家たちの、嘘が、すぐに、見破れる。

A宗という、密教の新宗教の創立者が言う。
守護霊を持て。守護神を持て。
何を言う。
守護霊も、守護神も、すでに、皆を、守護しているのである。

心だに 誠の道に かないなば 祈らずとても 神や守らん
菅原道真が歌う。

真っ当に生きていれば、つまり、蒔いて刈り取り、漁をして、作るという、生き方をしていれば、祈らずとても、神は、守るのである。
その間に、不幸があっても、それは、宿命であるとして、受け入れる。そこに、生きる妙味がある。

人生が、変わるということより、人生が、変容すること。それは、何も変わらないが、生きるという、心根が、強固になるということである。

神仏に、頼み、奇跡が起きたら、それは、魔の仕業である。
何故なら、神仏というものは、妄想だからである。
それ、奇跡を起こすのは、魔と、相場が決まっている。

奇跡を起こして、幸福になっても、人は死ぬ。
死から、免れた者は、いない。
人は、実に、平等な存在である。

マルコ福音書で、イエスキリストは、少女と、ラザロという男を、生き返らせている。
少女の、生き返らせは、正しい。が、ラザロの死は、後の作者の願望である。
少女は、眠るだけであると、主イエスは、息を吹き返えらせた。
ラザロの場合は、完全に死んでいた。
完全に死んだ者を、蘇らせるというのは、僭越行為である。

死とは、厳粛な、霊界入りの作法である。
これについては、後で触れるので、省略する。

霊感商法に騙されるのは、騙される者が、悪い。
騙す者は、騙す意識がある。それに、気づかない程、アホであるという、我が身の不徳を、嘆くことである。

騙されたいほど、滅入っているのである。

騙されたいほど、迷いにあるのである。

それを、自分で、解決出来ないという、因縁である。
それを、嘆くことである。

いつも、思う。
霊感商法に、騙される人の弁護をする、弁護士の方々である。
ホント、ご苦労さんである。

アホの、世話ほど、大変なことは無い。

騙される人は、また、騙されるのである。
何となれば、そういう、エネルギーを出していると、気づかないのである。

騙してくれと、顔に書いてある。

熱心な、宗教信者の顔は、皆、騙されたことの、喜びである。
信仰に、喜んでいるのではない。
騙されたことに喜んでいるのである。
本人は、救われたと、思い込む。
ホント、救いようがない。

人生とは、思い込みによって、出来上がる人が、多いということであろう。

宝くじは、買っても、なかなか、当たらない。
ところが、信じると、買わない宝くじが当たったと、思い込めるという、幸いである。

仏陀の、最後の言葉は、己を信じ、真理の法を、拠り所とせよ、である。
決して、私を奉り、拝めと言わない。

真理の法とは、日本の心、大和心、大和魂にある。
自然との、共生、共感のことである。
そこに、真理というものがある。
何となれば、自然を離れて生きられないのである。

真理を、言葉遊びにあると、勘違いしないように。

2008年01月03日

神仏は妄想である。12

12月22日、毎日新聞朝刊に、親鸞、教行信証書き入れ、という記事が一面に載った。

親鸞とは、現在の浄土真宗の開祖である。
東、西本願寺というのが、それである。

国宝である、坂東本の、修復に伴う調査で、つめ跡のように、紙面を、凹ませて、文字や、印を記す筆記具、角筆による、書き入れである。

約700箇所に及ぶという。
親鸞が、解釈などを示すために、書き入れたものである。

毎日新聞によると、わが国最大の、伝統仏教勢力である、真宗教団の僧侶や門信徒の信仰のよりどころである、根本聖典とある。

これにより、解読結果を反映するよう、再検討を迫られると、書く。
更に、これまでの、研究が根本から、見直されることになるとある。

親鸞の思想の、理解が覆るほどのことである。
つまり、今までの教えには、嘘があったということになる。
しかし、面の皮の厚い、本願寺の、主たちは、平然として、構えることであろうと、推察出来る。

元大谷大学の広瀬という、学長の談が載っている。
親鸞が私たちに問いかけてきたようだった。私の考えをきちんと理解しているのか、と。

今更、何を言うのかと、私は言う。

教行信証については、別の機会に書く。

今回は、親鸞の信仰について言う。

親鸞は、法然の、念仏唯一という、浄土教に入門した。そして、言う。
法然に、騙されても、いい、と。
弥陀の本願に賭けるというのである。
弥陀の本願とは、最後の一人の人間が救われるまで、つまり、仏になるまで、救いを得ないという、願である。
無量寿経や、阿弥陀経という、仏典からの教えであり、それが、中国にて、浄土教として、始まったものである。

ただ今、浄土三部教という、経典に、まとめられている。
私も、時々、取り出して、読経する。
その度に、何とも、滑稽で、おかしいのである。
延々と、極楽の様を、説明する様は、実に、暇つぶしである。

その、極楽を、観想するというのも、人の修行である。
要するに、妄想、想像しなさいということだ。

法然は、天台に、学び、そして、そこから出て、浄土宗を拓いた。
難行ではなく、易行による、救いであり、誰もが、出来る、念仏に、救いを求めた。そして、得たと、勘違いした。

後に、他力といわれる、信仰形態を生む。

他力本願とういう。

親鸞は、それを、徹底させたと言われるが、何故、師匠の浄土宗を、継がなかったのか。
親鸞に、別に弟子が、出来たからである。
しかし、それでも、親鸞は、法然に帰依していたという事実がある。

教養人や、文学者等々、少しばかり、賢いと、思い込む者が、親鸞の思想、信仰に、酔うのである。
弟子の、唯円の書いた、歎異抄などは、有名である。
私も、その、文章は、名文だと思う。実に、素晴らしい、文である。

歎異抄とは、異なるを嘆くという、意味である。
つまり、親鸞在世当時、すでに、親鸞の思想を、勘違いし、誤って、信仰する者がいたということである。

有名な、文に、善人なをもて往来す、いわんや悪人をや、という。
善人が、往生、つまり、救われるのならば、悪人は、なおのこと、救われるというのである。

成仏するとは、言わない。
それが、ポイントである。

さて、法然は、その信仰により、島流しにされる。
次には、親鸞も、流される。
当時の、既成、仏教教団の僧たちに、嫉妬されるのである。

しかし、法然の前に、空也、良忍なども、念仏を掲げて、行動しているのである。

天台の教えの中にも、また、念仏はあった。

ただ、法然は、そこの、ところのみを、取り出して、救い、他力信仰を説いたのである。
ちなみに、日蓮は、法華経を持って、それが、最高の救いの道だと、題目を考案するのである。

日蓮の題目宗も、念仏宗に、攻撃されることになるのであり、皆々、宗教というものは、新しいもの、また、別の信仰を、攻撃するのである。
似た者同士であるということだ。

親鸞の思想は、キリスト教に似ると、言われることもある。
その救いの感覚が、キリスト教の、恩寵の思想に似るからである。

弥陀を、神を置き換えればよい。

イエスキリストは、言う。
あなたが、私を選んだのではなく、私が、あなたを選んだ。
親鸞も、似ている。
弥陀の本願は、すでに、与えられてあると。
念仏申さんと、思い立つ心の起こる時、すでに、弥陀の本願の救いの中にあると。

まあ、どう考えても、いいのだが、通用しないのである。
霊界では。

私が、言いたいことは、以下である。

思想を、信仰にしてしまうという、誤りである。
救い、救いというが、一体、何からの救いなのか。
女子供の、お遊びのような、救いを掲げて、その人生を、賭けたのである。大変、ご苦労なことであったが、彼らは、蒔きも、刈りも、まして、採ることも、捕ることも、作ることも、せずに、ただ、言葉遊びに始終したということである。

弥陀の本願は、妄想である。

弥陀の本願があるということの、根拠は、何も無い。一切無い。

弥陀というものも、観念である。

アミタという。
アミタは、思想の、総称であり、何か、仏像のようになってあるような、存在ではない。人の頭の中で、想像、妄想された、観念である。
阿弥陀様という、存在は、無いのである。

阿弥陀仏という、存在は、霊界、多次元の世界には無い。

もし、あるというは場合は、自己顕示欲の強い、霊が、そう言うのである。

ちなみに、題目も、言っておく。
題目とは、仏典、経典である、法華経という、それに、南無、帰依するというのである。

マジに、考えれば、頭がおかしいということが、解るのであるが、どうも、解らないらしい。
加えて、おまけに言うが、法華経を唱える者は、地獄に落ちるのである。

念仏も、成仏などしない。
往生するのである。

往生とは、行くということである。
親鸞は、どこに行くのか、解らなかった。
地獄である。

私が言う地獄とは、観念まみれの、多次元の霊界ということである。

行く、生まれる、を、往生という。
地獄に生まれて、行くのである。

ちなみに、当時、鎌倉時代、以前は、ほとんどの人、一般大衆、つまり、農民、漁民は、無学文盲である。

文字が読めない。故に、絵にして、教えたのである。
そういう、素直な、心根の良い人々に、想像の、妄想の、産物を教えて、信仰させたという、罪は、大罪である。

法然も、親鸞も、大悪人である。
詐欺師の上をゆく、詐話師ということになる。

人生が、空言、夢事ではない。彼らが、空言、夢事を、広めた、張本人である。

更に、その、教団を作り上げて、のうのうとして、一般庶民から搾取して、はばからないのである。

浄土真宗の僧侶になるのは、実に、簡単である。
東、西本願寺に行き、金を包んで、講習を受ければいい。

カトリックの司祭になるには、少なくとも、10年程の、学びが必要である。
しかし、僧侶には、本日、ただ今からでもなれる。
勿論、新宗教の開祖や、教祖は、本日、ただ今から成れる。
詐欺師も、同じく。

わが国、最大の最大の伝統仏教教団であると、毎日新聞が書く。
わが国、最大の、詐欺集団とは、書けないのである。新聞が、売れなくなる。

ここで、言うが。
私の実家は、法然の、浄土宗である。
祖父母の時代からの檀家である。今も、そうである。
祖父母は、無学文盲であった。

季節、季節に、その行事を行っていた。
父祖が亡くなり、祖母は、毎日、仏壇に向かって、手を合わせていた。
たまたま、念仏だった。題目だったかもしれない。
キリスト教だったのかも、しれない。

無学文盲の人々を、騙すのは、赤子の手を捻るより、易しい。
私も、仏壇に、念仏を唱える。

その信徒に対して、言うことはない。
彼らは、騙されているのであるから、行くべき霊界に行く。

成仏せずに、地獄に、往生するのは、皆々、妄想に明け暮れた、開祖や、教祖である。そして、それらを支持して、商売する僧たちである。

私の、言うことが、解れば、幸いである。

神仏は妄想である。13

神奈川県警の警視を、巻き込んでの、神世界という、会社の、霊感商法である。

ヒーリングサロンにて、ライセンスと呼ばれる、お札を販売していた。
初級が105,000円。中級が21万円。上級が525,000円である。
つまり、そのお札を持って人を、ヒーリングするというのである。

これは、今に始まったことではない。

世界救世教が、やっていたことであり、更に、それから、分派した、数多くの新宗教が、やっていたことである。

救世教は、大本教から出た。

宗教法人が、やれば、霊感商法ではないということが、ミソである。

昔、私は、分派して、更に分派し、もう一つおまけに、分派して、それをまた、分派しようとして、教祖になった男を知っている。
全く、宗教のことなど、知らない。
ただ、手かざしをすると、相手の、憑物が、出るのである。
それで、驚く。
信じるのである。

救世教の、内部分裂は、凄まじかった。
教団内に、ブルトーザーまで、出しての、紛争だった。

名の知れた、教団で言えば、真光教団、霊波の光教団等々である。

皆、手かざしをして、清めるという。
熱心な、若者信者が、道行く人を、お清めさせて下さいと、呼び止めることもあった。

信じる者は、騙されるから、本気で、清められると、思い込むのである。

また、自分の手から、神の光が、出ると、信じる。
信じることは、問題ないが、それを、人に強制するとなると、暴力である。

手かざしされて、具合の悪くなった人を、私は、多く知る。

特に、その力の強いといわれる者の、背後にいる霊は、動物に姿を変えた、霊である。
つまり、人の霊である。便宜上、動物霊という人もいる。

神世界は、有限会社であり、税金を納めて、堂々として、商売をしていた。
以前も書いたが、騙される人が、悪いに決まっている。

しかし、被害総額が、およそ100億円。被害者が、およそ1000人というと、少し驚く。
警察幹部もいるとの、言葉で、勧誘したというから、詐欺である。
ああ、詐欺ではない。確かに、警察幹部も、関わっていた。

警察幹部と、聴けば、安心する。

関わった、神奈川県警の警視は、神世界の神は、本物だっと、思ったと言う。
勿論、全面的、主観である。

また、テレビに出ている、有名霊能者を超える力とも、言う。

低級な霊と、話が出来ることが、有名霊能者であるから、その程度も、知れている。

手かざしをして、病が治ると言われて、薬を止め、とんでもないことになった人もいる。

私に相談に来た、分裂病、今の、統合失調症の、患者が、投薬を止めろと、霊能者に言われたのだがと、言うが、とんでもないことで、絶対に、薬を飲むことと、アドバイスしたが、その女性は、霊能者の色仕掛けに負けて、薬を止め、深夜、自分の胸を、包丁で刺し、重症を負った。

その親から、連絡を受けて、私は、ただちに、精神科医の元に行かせた。

このような、例は、数多い。

年末年始になると、宗教団体も、金集めに奔走する。
最も、危ない時期である。

信仰を、個人的、満足感で、済ませている分には、いいが、人を巻き込むようになると、実に、害である。
今回は、社会的問題になった。

統一教会の、壷売り、花売り、等々の物品販売も、問題になったが、この、紙切れ一枚を、売るという商売は、当たれば、ぼろ儲けである。
免許、資格等々と、同じく、紙切れ商売という。

手かざし、という、行為は、誰もが出来る。
それを、特別のことと言う根性は、ただ事ではない。

それで、世界を救うと、言うから、笑う。しかし、笑ってばかりも、いられない状態である。
何故、このような、騙しに、騙されるのかということが、問題である。

無神論者も、病むが、また、有神論者も病むのである。

だから、私は言う。
人は、霊に成るのであり、神仏には、ならないのであると。

神仏は、妄想である。

そして、最大の誤りは、神を光と、断定することである。
我は、道なり、真理なり、生命なりとは、イエスキリストの言葉である。
光であるとは、説教の方便に、使われる。

神は、光であり、闇である。
神を見たという、有名芸能人が、光であったという。
単なる、勘違いであり、たまたま見た霊が、光を、放っていたのである。一時的にである。

神という、存在は、この宇宙の中には、いない。
その外が、どうなのか、私は、知らない。
宇宙に充満する、エネルギーを神と、総称するというなら、話は、少し解る。

神仏を妄想しなければ、ならない、人間というものの、本質を、観るべきである。

そして、何故、騙されるのかということである。

私は、神棚に、伊勢神宮の大麻、神札を、お祭りしている。
祝詞も、唱える。

しかし、本当は、何もいらない。祝詞も、必要ない。
最も、肝心要は、太陽を拝し、黙祷することである。

それ以上のことは、不遜である。

太陽が、一秒活動を停止すれば、すべてが、死滅する。
真理は、実に、単純明解である。

無いものを、あたかも、在るものの如くにして、仰々しく、行為したのは、空海が、最初である。

秘密である。
秘密の教え、つまり、密教である。
その、声明などに、秘密を隠した。
しかし、空海の、音の、理解は、仏教からではない。

古神道の、言霊を支える、音霊である。
音霊、おとたま、という。

空海は、自分の教義に足りないものを、感じていた。それが、古神道の伝統行為である。
必死に、それを、探ろうとしたが、結局、インド魔界の、呪術をする者である。
次元も質も違う。

それに、逢うはずがない。

真言宗では、今も、空海が生きていると、見立てる。
今も、その自己顕示欲を、顕示しているのである。
恐れ入る。

脳科学に、期待する。
何故、人は、騙されるのか。それは、脳に、原因があるはずである。
ある種の、錯覚を脳の、ある部分が起こすのである。
騙される人は、そこの部分が、肥大化しているはずである。

2008年01月04日

もののあわれについて147

紀貫之
春立ちける日よめる

袖ひぢて むすびし水の 凍れるを 春立つけふの 風や解くらむ

袖ひぢて、は、袖ひづからなる。
袖が濡れてという意味になる。

袖が濡れて、掬った水が、凍っていたのが、春の風で、解かしているだろう。

紀貫之は、土佐日記などでも、有名な文学者、作家である。
この時代を、代表する歌人の一人であるといえる。

彼の歌を読めば、如何に、万葉の時代の歌と、違うのかが、解る。
それを、比べる、相違を見ることは、良いが、紀貫之の歌を、断定することは、出来ない。好みの問題になる。

非常に技巧的になってきているのである。
正岡子規は、紀貫之の歌を下手な歌だと、判断し、万葉集と、万葉振りを歌う、実朝を、全面的に、支持した。
それも、一つの方法である。

上記の歌も、非常に理屈の、筋の通った、歌であるが、如何せん、想像の歌である。
目の前に、その風景を見ていないのである。

立春の日の状態を、想像して歌うのである。
これは、新古今へも、受け継がれる。
新古今は、益々と、歌の世界を、複雑にして、更に、深みへと、向かおうとするのである。

雪の降りけるをよめる
かすみ立ち 木の芽も春の 雪降れば 花なき里も 花ぞ散りける

春の雪の歌である。
木の芽が出る春のような、雪が降るというのだ。
雪が降るのを、花が散ると、見立てる。見立ての歌という。

かすみ立ち 木の芽も春の
これは、直接的に、歌の内容に関係ないのである。が、春の趣を醸し出す。それで、雪を春の花のようだと、歌う。
万葉時代には、無い感覚である。

春という言葉を出すための、序詞である、かすみ立ち木の芽も、である。そして、更に、芽が出るという、動詞、はる、という言葉と、懸かり詞になっている。要するに、懸詞である。
一つで、二つの働きを持つということである。

この歌を、朗詠すると、
かすみ立ち木の芽も春の雪降れば 花なき里も花ぞ散りける
となる。
三句切れである。
しかし、二句で、切れるともいう。
春、はる、が、上と下に、懸かるのである。

こうして、分析してゆくと、歌の心が、削がれる。
単純に、歌を楽しみたいと思うが、ここまで、手が込んでくると、正岡子規のように、断定したくなるのである。

だが、貫之の、業績は、後々に、出てくる。
日本の文学に貢献したことは、否めない。

言葉を、パズルのように、弄ぶようである。
しかし、今しばらく、貫之の歌を読む。

歌奉れと仰せられし時、よめて奉れる
春日野の 若菜摘みにや しろたえの 袖ふりはへて 人のゆくらむ

仰せられ、とは、最高の尊敬語である。
歌を献上せよと、天皇が、仰せられた、のである。

ここでも、袖ふりはへて、の、ふり、の部分が重なるのである。
動詞、振り、と、副詞、ふりはへて、が、懸詞になるのである。

白い着物の袖を振り、春日野の若菜を摘みに行くのであろう、人々は。
人は、女性である。

朗詠する。
春日野の 若菜摘みにや しろたえの 袖ふりはへて 人のゆくらむ

すべてが、区切れるのである。
実際は、しろたえの袖ふりはへて人のゆくらむ、となっているのだが、朗詠すると、区切れる。

それでは、このようにして、歌を作る、読むということに、どんな意味、意義を、見出していたのかということだ。

もののあわれ、というものの、姿が、どのようにして、あったのかということだ。

それ以前に、彼らは、漢詩をよく、読んでいたということである。
和歌よりも、漢詩の、歌集の方が早く出来ているという事実である。
それが、和歌を逆に、盛り立てることになったという、ことである。

大和心への、目覚めである。

つまり、新しい姿で、もののあわれ、というものを、見つめたい、見つめるべきであると、感じていたのである。
それを、もののあわれ、とは、言わない。
だが、底辺に流れていたものは、もののあわれ、というものである。

大和心にあるものの、本体を、模索していたのである。

勿論、歌の完成度を高めるための、精一杯の努力をしていた。
時代の、姿である。

ここにも、もののあわれ、というものの、姿がある。

春立つけふの風や解くらむ
花なき里も花ぞ散りける
しろたえの袖ふりはへて人のゆくらむ

その底に流れるものは、もののあわれ、である。

もののあわれについて148

紀貫之

わがせこが 衣春雨 降るごとに 野辺のみどりぞ 色まさりけり

衣春雨とは、わがせこが衣、と、なる。春雨を引き出すための、序詞である。
わがせこ、というのは、普通は、女性が親しい、恋する男性に言う言葉であるが、ここでは、それを使う。

春雨が降る度ごとに、野辺の緑が色濃くなってゆくことだ。


人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける
人は、その心も、解らない。しかし、このふるさとの、花は、昔のままに、匂っている。

この歌の題は、省略した。
花とは、梅の花である。

女性が使う、言葉を使い歌を読むとは、貫之は、まさに、作家の走りである。
それを、想定して、創作歌を読むのである。

家にありける梅の花の散りけるをよめる

暮ると明くと めかれぬものを 梅の花 いつの人まに うつろひぬらむ

日が暮れると言っては見て、夜が明けるといっては、見る。絶えず、花から目が離れないのに、散る時は、人の見ぬ間に、散るのである。

めかれぬものを、とは、目が離れないという意味。

万葉との差は、ものの見方の、違いである。
次第に、狭くなっている。見る風景が、身近なことに、始終する。
箱庭の風景である。
これも、時代である。

歌奉れと仰せられし時によみて奉れる

桜花 咲きにけらしも あしひきの 山のかひより 見ゆる白雲

天皇に歌を献上せよといわれて、読んだ歌である。

桜が咲いてしまったようだ。あの山と山の間から見える、白雲よ。

紀貫之について言う。
日本で最初の評論家であろう。
晩年の土佐日記などは、旺盛な、批評精神である。
彼は、漢文の素養の深い人だった。九世紀の、唐の影響の強い時期を経て、和歌に目覚めたのである。

和歌、やまとうたに、目覚めた。
漢詩、唐歌に、対して、和歌を、正統なものとして、回復しようとしたことである。

ただし、その際に、万葉集の、多くを知らなかったということが、難である。

貫之の最大の功績は、ひらがな、の採用である。
まだ、正式文書は、漢文であった。
しかし、歌をよむ時のみ、ひらがな、やまとうた、になるのである。

漢文の名手でも、和歌は、大和言葉であった。

当時、ひらがなは、女文字として、軽く扱われていた。それを、貫之は、土佐日記で、徹底的に、揶揄している。
男もすなる日記というものを、女もしてみんとてするなり。との、書き出しは、実に、挑戦的である。

貫之は、一つの危機意識を感じた。
飛鳥、奈良時代における、やまとうた、の、伝統が、唐文字、唐文化によって、亡き者にされるという、危機である。

今の、私の心境と、近いものがある。
このままでは、忘れ去られる。更に、捨てられる。

そして、ひらがなの成立について、徹底的に、調べていたはずである。
ただ今は、変体仮名から、カナ文字が生まれ、そして、平仮名へと、進むと、考えられている。
それも、一つの方法である。

しかし、音を、漢字に、あてはめていたということは、言葉としての、音があった。それを、表記しなかったはずはないと。

ここで、少し飛躍するが、日本語は、母音が主の、音声である。
そして、子音というものがある。
神代文字、かみよもじ、と言われる、文字には、父音というものがある。
父音と、母音と、子音によって、言葉が成り立つのである。

神代文字の証拠は、あった。
聖徳太子の時に、国書編纂をしている。それが、蘇我家に、保管されていた。
蘇我馬子は、蘇我王朝を目指していたゆえの、行為である。
その、国書が、蘇我入鹿暗殺の際に、つまり、大化の改新の際に、その父、蘇我蝦夷が、屋敷に火を放ち、すべてを、消失していることである。

ただし、その一部を、中大兄皇子に、届けた者がいたとも、言われる。
古事記編纂の、きっかけとなったといわれる。

神代文字に、ついては、いずれ、別の機会に書く。

貫之の時、すでに、ひらがな、というものが、女たちによって、普通に使用されていたということは、事実である。
その、最大の結晶が、源氏物語である。

平安期、九世紀は、漢詩の全盛期である。
それを、経ての、和歌への復興である。

貫之の歌の、作りを、正岡子規のように、断定はしない。
その功績の方が大きいようである。

古今集から、続々と、和歌集が、生まれることになるのである。
抑えていたものを、吐き出すように、和歌がよまれるのである。

2008年01月05日

トラック諸島、追悼慰霊の前に言う

戦争犠牲者、追悼慰霊の旅をする私は、太平洋戦争の様を、調べている。

この戦争は、日本が、追い詰められた故の、自衛の戦争であるという、良心的な、分析をする者もいる。それを、私も、支持する。しかし、その、犠牲者のことを思うと、矢張り、やり切れない思いを抱く。

誰かを、悪者にして、その、怒りを、静めるということも、ある。
犯人探しである。
それは、出来る限り、しないと、思いつつ、矢張り、この戦争に関して調べてゆくと、一人の人物に行き当たる。
東条英機である。

最後には、徹底した精神主義にての、東条の行為に、私は、ドイツの、ヒットラーを見るのである。
どのように、良く解釈しても、彼は、誤っていた。

彼は、ある時、子々孫々に、政治家などになることのないようにと、呟いたそうであるが、それは、彼が、政治と、軍事に関わるということを、是とせず、非としたということである。
それならば、あれ程の、犠牲を出すことなくの、方法を取れたはずである。

実に、軽薄で、実に、愚かで、実に、無駄な、人生である。

絞首刑は、最もであった。

その、孫に当たるという者が、東条の行為を、正当化する云々を言うが、有り得ない。
完全完璧に、間違っていた。

御前会議という、天皇を前にしての、東条の傲慢は、極まりない。
実に、不敬である。

彼は、天皇さえも、自分の意思に従わない場合は、殺したのである。

それが、実に、よく、理解できた。
ドイツのヒットラーを、見る思いである。

自害せずに、絞首刑になるとは、また、実に、恥ずかしいことである。
自分が、言ったことを、忘れているのである。

捕虜になり、辱めを受けるより、自害せよとは、東条の言葉である。

そして、天皇に責任が及ばないように、と、自分が、すべての責任ある者のように、振舞ったということ、実に、偽善である。
最後まで、演じたのであろが、愚かである。

日本の法律で、A級戦犯などという、罪は無いが、彼は、最上級の、戦犯である。

天皇、日本国、日本人を、舐めている。

誰も言わないので、私が言う。
彼は、地獄が、住処である。

単なる、野心にのみ、行為したのである。
勿論、政治家というものは、皆々、野心に行為する。

本当に、何かを変えたいと、思えば、私のように、政治家にならず、実際的、行為を行うのである。
少しばかり、名が知れると、政治家を目指す。つまり、顕示欲である。野心である。

政治家になるなら、有名になればよい。
ただ、それだけである。

さて、トラック諸島のことである。

1943年4月18日ソロモン諸島の、前線基地を視察の、山本五十六連合艦隊司令長官が、米軍戦闘機16機による、待ち伏せ攻撃にて、機上で、戦死した。

米軍の日本軍の、暗号解読の成果である。
情報戦による、日本の敗北を意味する。

実は、この年、二月に、ガダルカナルを撤退している。
その敗北を、ニューギニアで、埋め合わせしようと、したのである。
ニューギニアに、兵力の増強を始めて、それは、うまく進んだ。
しかし、最も、兵力を増強する必要のあった、ラエ、サラモアへの第51師団の輸送は、その三月、連合軍機の攻撃によって、阻止され、輸送船八隻、護衛の駆逐艦四隻を失うという、大損失を蒙った。
ダンピールの悲劇と言われる。

この時、米軍、豪軍の戦闘機は、漂流する日本兵を、数日かけて、機銃掃射を繰り返して、出撃した魚雷艇が、海上を捜索して、日本兵を、射殺した。

漂流中の、無抵抗の日本兵を、射殺するというのは、戦争犯罪である。

ニューギニア戦線では、米軍の攻撃に、次第に、日本軍は、後退する。
何より、悲劇であることは、食料などの、補給がされず、多数の将兵が餓死したのである。

ニューギニア第18軍の戦没者は、約10万人である。そのうちの、約9万人が餓死である。

銃撃されて、死ぬのではない。餓死で、死ぬのである。

霊など、存在しないという者に言う。
その場に、行けと。
その場に行って、霊の存在の無いことを、確認せよと。
餓死した者の、霊の苦しみは、未だに、終わらないのである。

その場に、行けば、喉が渇き、兎に角、無性に、物が食べたくなるのである。
一時的に、霊が憑依する。

トラック諸島慰霊に、一ヶ月を切った夜、私は、多くの香りで、目覚めることになった。
そして、激しい、怒りと、悲しみである。
切なくなった。
それは、線香の匂いと、様々な花の匂いだった。

しかし、私は、霊能者ではない。
その姿を見ることはなかった。

何故、私のところに、コンタクトするのかは、私が、単に慰霊に行くからである。その、思い、すでに、飛んでいる。ただ、私の思いに、感応しているのである。
霊は、思いをのみ、受け取るのである。
その存在を知る者に、思いを送るのである。

勿論、私は、私の妄想であると、心得ている。

私の心が、トラック諸島に、広がっているのである。その心に、感応するのである。それは、私のみのもの。それを、信じて貰う何物も無い。故に、妄想である。

さて、海軍は、ソロモン諸島の、確保に、固執していた。
この地域が、突破され、ラバウルが、占領されると、連合艦隊の、最大の拠点である、トラック諸島が、米軍大型爆撃機の、行動範囲に入るからである。

そして、山本五十六の戦死である。

1943年の5月には、アリューシャン列島の、アッツ島が、全滅する。
敗戦に向かって、一直線に進んだ。
12月は、タラワ島、マキン島の全滅。
翌年、クェゼリン島、ルオット島の全滅である。

1943年9月の、御前会議は、茶番であった。
9月は、イタリアが、連合国に降伏したのである。

以後、無謀な戦いが、続く。

御前会議で、決定した、絶対国防圏の強化が、進まない。
それは、海軍が、トラック諸島の、確保を依然として重視し、圏外に位置する前方要塞の放棄に、踏み切れなかったからである。

米軍が、前方要塞に進軍し、全滅する。

その頃になると、海上輸送の、低下が、甚だしい。
船舶の喪失が、急増して、兵員輸送用の、輸送船すら、不足するのである。

1944年初頭、大本営は、中部太平洋の、防備強化を決定した。
3月から5月にかけて、サイパン、トラック諸島、グアム、硫黄島、ペリリュー島への、緊急優先輸送を開始した。

1月から、6月にかけて、中部太平洋に、輸送された兵士は、4万2千名。
このうち、潜水艦などによって、沈没した人数は、1万2千名。うち、戦死者は、3600名である。

1944年、米軍は、2月に、マーシャル諸島の、クェゼリン・ルオット島に、さらに、ブラウン環礁に上陸し、全滅させる。

2月17日から、18日にかけて、米軍の機動部隊が、トラック島を攻撃して、日本軍は、航空機270機、艦船40数隻を失うという、大損害であった。
これにより、トラック諸島は、完全に米軍に掌握された。

このような状態でも、大本営は、インパール作戦を開始したから、愚かである。
それが、タイ・ビルマ戦線である。

トラック諸島には、艦船だけではない。民間船、つまり、輸送船200隻あまりも、沈んでいる。
乗組員は、生き残ることは、出来ない。海底に、残されたままである。
地上戦の場合は、生き残ることもあるが、海上である。

イルカの背に乗って、助かるということは、ほとんどない。
全員、死亡である。

戦後、僅かばかりの、遺骨が、収集された。
後の遺骨は、今も、海底にある。

そして、世界のダイバースポットとなり、ダイバーが、日本軍の兵士たちの、遺骨を見るために、海に潜る。
それが、私の父や兄弟たったらと、思うと、ただ事では、いられない。

今、何故、追悼慰霊なのか。
心、斜めに構えている者には、決して、解らない。

靖国神社に参るが、遺骨眠る場所に、追悼慰霊には、行かない。
靖国に、戻られる霊は、少ない。
行き場を失っている。
故郷にも、帰られない。
行き場を失っている。
各々の信仰する、宗教の天国や、極楽にも、行くことが出来ない。
行き場を失っている。

そこに、漂うばかりである。
気を失ったままに、漂う霊もある。

追悼慰霊とは、彼らを、目覚めさせる行為である。
霊的存在であることを、目覚めさせる行為である。

多くの人類が、殺されてきた。
宗教の、発生は、それに大きく負う。
追悼慰霊の行為にあった。

目に見えない存在をもって、宗教的行為が、成された。
しかし、現在、宗教を見渡して、それをするもの、皆無である。
いやいや、供養をしています。追悼をしています。と言うだろう。それが、すべて、生きている側からの、満足感であるということに、気づかない。
死者を扱う宗教の、欺瞞は、計り知れない。

ローマ法王が、スペイン統治の南米の一億人を殺した、追悼慰霊をするなど、見たことも無い。
精々、信者の戦死者を、追悼する程度である。

それでは、日本仏教団体は、どうか。
農協さんのように、安楽な旅は、するが、金にならない、追悼慰霊、あるいは、供養などしない。
それでいて、したり顔で、お釈迦様の、教え云々と言う。呆れる。

皆々、宗教の大嘘に、気づくべきであろうと、思うが、騙されたいという方が強く、皆々、騙されて、念仏したり、題目を上げて、地獄行きの行為を、続けている様、つくづくと、哀れである。

しまいに、お遍路さんである。
弘法大師と同行二人で、四国を歩くという、おめでたさである。
自分を見つめる旅とは、笑わせる。
四国を、歩いて、自分など、見つめられる訳が無い。
それなら、隣近所の、ゴミ拾いでもした方が、実りある。

実に、愚かなことである。

さて、私は、心の命ずるままに、追悼慰霊を行為する。

トラック諸島全域を、追悼慰霊し、清め祓いを行う。

そして、霊位に、言う。
靖国に行きたい人は、靖国に。故郷に戻りたい人は、故郷に。母の元に戻りたい人は、母の元に。
天国や、極楽に行って下さいとは、口が裂けても、言わない。
霊界に、そんな場所は無い。

さらに、次元の別にする、世界へ、お戻りくださいと言う。

清め祓いとは、日本の皇祖皇宗に、お願いして、その、御霊を、御霊に、ある、悪しきものを、清め、祓い、本来の姿に戻ることをいう。
ただ今、皇祖皇宗を、総称して、天照御大神と、お呼びする。
これは、伝統行為である。

追伸
当初は、予算の関係で、海上慰霊を考えていなかった。
現地日本人の方が、慰霊の手配などを手がけていることは、知っている。しかし、私一人では、金額的に無理である。
そこで、同行の野中が、現地の漁師さんに、お願いするといいのでは、という話になり、現地で、交渉し、海上慰霊も、行うことにした。
浜辺で、トラック諸島全域に渡る追悼慰霊と、思ったが、矢張り、海上まで出て、行為することにした。
海上慰霊をし、浜辺での追悼慰霊を行うということになる。

ある夜、お香の匂いと、次に花々の匂いがして、目覚めた。
いいようもない、気持ちがした。
すでに、霊位にある方々が、コンタクトをしてきていると、感じた。
その場に行くこと自体に、慰霊の行為がある。
すなわち、家から出掛ける時から、慰霊の行為が、始まるということである。
思念は、時空を超える。しかし、その場に出掛けるという行為が、この次元に留まる霊位には、絶大なる影響を与えるのである。
こちらが、それに掛ける、様々な苦労を伴っての行為であることが、彼らの慰めになるのである。
この世は、行為の世界である。
だから、私は、行くのである。

2008年01月06日

神仏は妄想である。14

法華経が、悪魔の好む経典である。地獄行きの経典であると、書いてから、私の知り合いから、我が家は、日蓮宗ですとの、話を、多く聞いた。

驚きと、感嘆である。

もし、法華経が、悪魔の好む経典なら、それが、本当なら、先祖たちは、救われない。地獄に落ちいてるのかと、思うらしい。

全く、心配は、いらない。
霊界には、天国も、極楽も、地獄も無い。
あるのは、次元のレベルである。

私も、法華経を唱える。
訳が、見事だからだ。
実に、漢文として、面白い。
あれ程、見事に、漢文に訳すと言う才能は、驚嘆に値する。

方便品第十六の、最初の文句は、自我得仏来である。
じがとくぶつらい、である。
仏が、私に来ると共に、私が、仏を得る。漢字の意味を、探っても、面白いのである。しかし、漢字の意味ではない。内容は、漢字で、探れば、誤る。

ところが、漢字の意味で、解釈する僧、多数いるから、驚く。

日本書記における、仏教伝来は、欽明天皇の時代である。
百済が、初めて朝廷に、仏像を献上したとある。
538年頃である。

その時、天皇は、それを礼拝するべきか、どうかと、皆に、問う。
蘇我馬子の父、蘇我稲目が賛成であり、物部尾輿が反対し、争ったとある。

結果、仏教は、争いの種を、大和にもたらすのである。

物部と、中臣は、まさに今、改めて蕃神 となりのくにのかみ を拝むこと、おそらくは、国神 くにつかみ の怒りを致したまはむことを、と、言うのである。

仏のこと、蕃神 となりのくにのかみ という意識しかなかったのである。

しかし、これから、仏の教えを受け入れる、拒否するということでの、壮絶な戦いが、はじまる。

蘇我馬子と、その三代が、政権搾取と共に、崇仏派として、物部を主とする、否定派と、戦うのである。

結果、大化の改新によって、一応の決着は着く。が、仏教は、伝来以来、加持祈祷という、病に関する、絶大な力を誇り、古代の人の心をつかむ。
病に関しては、無力であった時代である。

仏教は、医師と、薬の、知識を伴ったことが、大きな影響を与えた。

それまでは、神道という言葉さえなく、神ながら、という、おのづからのままに、という、行為であった。
つまり、思想体系も無く、論理的構造の無いという、行為のみの、先祖から伝えられたものであった。

無体系は、そのまま、抱擁のある、ものである。
そこに、病治癒としての、仏教は、自然に入り込むことが出来た。

仏教自体にも、根本の教えは、慈悲であるから、融合することの、ものが、あった。
一神教のように、排他的、非寛容ではない。

ただし、蘇我家のように、政治利用しようとする時に、争いが起こる。

実は、古代史の中でも、蘇我馬子による、崇仏派の争いは、最大である。
宗教戦争は、戦争の最も大なるものである。
仏教伝来の歴史は、流血の歴史でもある。

現代においても、神道の、思想体系は、無いと言ってもよい。もし、それを、あるとして、神道を語る者がいれば、それは、神道ではない。
神道は、語らないものだからだ。
それを、言挙げせず、という。

また、神道を、学ぶのに、古事記等の、歴史書、特に、神話の部分をもって、神学のように、扱っても、詮無いことなのだ。

神道系の宗教、及び、霊能的行為をする者、それは、その者によるものであり、それが、真実、ではない。
何かを限定すれば、それは、神道ではなく、単なる、一つの宗教になる。
故に、神道、古神道として、何かの思想体系を持てば、それは、嘘であるということだ。

唯神 神ながら かんながら という道は、多神教、汎神論などというものでもない。
要するに、宗教体系にあるものではないということである。

神々は、先祖であり、自然現象の神格化である。

本居宣長は、道々しき意 こころ も語 ことばも見えず、という。

実は、神道ですら無いのである。

在りて在る如く なのである。

百済から、最初に仏像が、もたらされたということが、象徴的である。
拝む対象を、像として、造るという行為は、日本の伝統には無い。

行為のみである。
そして、言霊の宣言のみである。

あえて言うならば、三種の神器があることである。
玉と、鏡と、剣である。

兎も角、日本古代史、最大の戦争、同族間の争いを、誘発したということが、問題である。
それは、宗教の、最大のテーマである。
何故、争うのか。

その後の、日本は、神と仏との融合をして、長きに渡る歴史を持つ。
神仏混合というが、それは、神道は、宗教ではないと言うことが、ポイントである。
そして、仏の教えにある、寛容性である。
勿論、戦争は大罪である。殺生という、殺しを、最も、戒めた教えである。

これは、私の霊学であるが、仏陀は、日本民族と同一の部族であったということである。
それについては、日本の歴史についてで書くことにする。

日本の王朝の歴史は、9,000年程の歴史を有する。
列島が、分断される前に、一度、日本から、大陸へ、旅をして、王朝を立てている。
その、王朝が、再び、故郷帰りで、富士王朝を建てたのである。

大陸から、列島が、切り離されたのが、1万2千年前である。
つまり、日本の歴史は、それ以前からあると、考えられるのである。

仏教からの、最大の影響は、思索であった。
人生を見つめる、手立てとしての、思索を与えたのである。
勿論、中国を通してのものであるから、中国思想に、大きく拠るものである。

しかし、それは、仏教の断面である。
奈良の仏教により、より深く、仏教を知ることになる。
だが、平安時代初期、最澄と空海によって、仏教から離れ、密教へと、変化してゆく。つまり、仏教から、大きく離れた新宗教であり、更に、鎌倉時代になると、鎌倉仏教と言われる、新興宗教が、生まれる。

それらは、仏教とは言えないのである。
仏典をダシにした、思想であり、文学という芸術活動である。

天竺が、日本から遠いように、仏陀の教えから、遠く離れて、名のみ、仏教と言われるが、全く、別物として、考えるべきである。

今は、それすらも、無く、形式に堕し、教義も、空虚であり、実体は、何も無い。
実に、神道化しているのであるが、それに、僧侶たちは、気づくことも無い。
ここで言う、神道化しているというのは、ある種の、体系的神道であり、唯神、神ながらの道ではない。

先にも言うように、体系化する神道とは、神道ではない。
日本の伝統行為には、名は無いのである。
在りて在るように、なのである。
例えで言えば、花が咲くように、である。
花は、咲くのである。咲くものを、花と言う。
日本の伝統行為とは、そういうものである

神仏は妄想である。15

僧侶も、人間であるからといって、許せることと、許せないことがある。

例えば、密教系の宗派の、僧侶は、大寺院を経営し、幼稚園、墓地を所有し、土地も、多く持つ。
しかし、その本性は、娘を、性的虐待するのである。
近親相姦である。
その、娘は、意識にトラウマを持ち、家を出て、SMの世界に入り、仕事をした。拭い切れない、記憶を、SMにより、解消しようとした。
勿論、解消できるものではない。

日蓮宗の大僧侶は、手伝いの女に子を産ませて、その後は、その女を寺から追い出した。
その、母子は、辛苦の人生を、歩んだ。

真言宗の、地元では、有名な寺の、住職は、愛人を作り、それによって、妻を自殺に追い込み、妻が自殺すると、早速、愛人を寺に入れて、結婚し、先妻の息子を寺から出して、愛人の子供に、寺を継がせた。

まだまだ、ある。

僧侶も、人間だからといって、良いものか、どうか。

仏教の僧とは、妻帯せずに、仏の悟りを悟り続ける者であり、日本以外の仏教の僧は、妻帯しないのである。

妻帯を始めたのは、親鸞が、最初である。
その、師である、法然も、妻帯していない。

親鸞は、僧にあらずなのである。
ところが、勝手な解釈をして、勝手に、堕落した僧であると、酔いしれ、私のような、罪びとは、地獄が、住処である、などいう、勝手な、作家のようなことを言うのである。
作家であり、僧ではないということ、明白である。

浄土真宗の開祖として、奉られて、その派閥は、十派ある。
その中でも、大きいのは、東西の、本願寺派である。徳川家康の宗教政策により、分けられたのである。
この、真宗は、信長、秀吉等々、戦国大名を、悩ませたのである。
信徒を、兵士にして、大名と戦わせるという、仰天する行動をさせたのである。
最も、戦いに、遠い者のはずが、戦うという。
何ゆえか。
支配欲である。

教団が、大きくなれば、さらに、その支配を広げるべく、とんでもないことを、始めるのである。
今も、政治団体を持つ、新宗教がある。

親鸞の書いた、教行信証を、彼らは、信仰の骨子とする。
更に、絶対他力というから、呆れる。

その、帰依するモノは、阿弥陀如来である。

教行信証の中でも、特に大切にされる、文句が、ある。

帰命無量寿如来
南無不可思議光
きみょうむりょうじゅにょらい
なむふかしぎこう

無量寿如来に帰依し、不可思議光に南無したてまつる。
帰依も、南無も同じ意味である。

この、阿弥陀仏というものは、寿命無量、アミターユス、と、光明無量、アミターバという、観念である。
寿命も、光明も、無限に永遠であるという、観念である。
ご存知、大乗経典のお話である。

初期、仏典には、そんな話は、無い。

仏陀滅後、700年ほど経て、南インドにて、龍樹という者が、抱いた妄想、創作である。

大乗経典には、この、妄想、創作の仏や、如来が、数多出てくる。
暇に任せて、よくもまあ、続々と、創作したものである。

親鸞は、サンスクリット語を知らない。
漢語の、仏典を持って、ただ、妄想に邁進したのである。

その思索の、深みは、理解するが、あまりに、臭いのである。

念仏のみで、救われるという、法然の教えは、私一人のためのものだとか。
救われない私をも、救うという、弥陀の本願に、ただ、頼るしかないだの。
まあ、兎に角、文学者や、ぶった思想家、知識者に、好まれるような、文句を多々言う。

歎異抄の中で、親鸞は、弟子の唯円に言う。
弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり

そこまで、思索するのは、いいが、弥陀の本願というものは、作り事なのである。
騙されているのである。

しかし、法然に、騙されて、地獄に落ちいてもいいのだと言う。何故なら、自分は、地獄にいるのが、当然な者だからであるという。

こういうのを、罪悪観念意識拡大という。

複雑怪奇に、陥ってしまったのである。

親鸞の筆跡を見る。
考えすぎで、神経症になる、タイプである。
更に、単純な欲望が強かったせいで、相当に、悩んだであろう。
少しばかり、頭が、働いたせいで、とんでもない、妄想の世界に、意識を、遊ばせたのである。

どうも、哀れである。

阿弥陀仏という仏になるのは、法蔵菩薩である。
無量寿経の中に出てくる。

ダルマカーラと名乗る求道者の時に、53の仏が、すべて、この世に出現していた。
法蔵菩薩は、54番目となる、ローケーシュヴァララージャという、仏に会い、師と仰ぎ、自分も、その仏のようになろうと、願を立てる。
その時に、師を、褒めるだけ、褒める。そして、48の願を立てる。
その願の中に、阿弥陀仏という仏になるというものと、一切衆生を救うための、極楽浄土を、建立するというのである。

この、御伽噺を、信じたのである。

空言、戯言、夢事である。
インド人が、好むお話である。奇想天外であるということだ。

一切の人が、仏にならないならば、云々という、願を立てるというのである。

大乗仏教とは、小乗、上座仏教に対する、対抗として、発生したものである。
つまり、仏教の大衆化である。
それは、理解するが、その経典となると、あまりに、作り事なので、辟易する。

仏説という、冠をつけて、仏典と称するが、何のことは無い、空想である。

仏陀でさえ、そんなことは、言っていないと言うほどである。

大乗経典を、学ぶために、天竺に渡った、三蔵法師で有名な、玄奘は、救われない者もいると名言している。

どう、転んでも、救われない者がいるというのである。
つまり、成仏も、往生も、出来ない者である。

すべての人が、救われるまでは、云々というならば、阿弥陀仏は、まだ、極楽浄土を、建立していないということである。

何せ、世界では、救われない人が、多すぎる。
更に、日に日に、救われない人が、多くなっているのである。

浄土真宗とは、惰性である。
惰性の信仰を、掲げている。
勿論、浄土宗も、然り。

いやいや、法華経を掲げる、天台も、日蓮宗も、その他の、日本仏教というものは、すべて、惰性と、怠慢の一言。
役立たず。
用無し。
アホ、馬鹿、間抜け、糞ったれ、である。

無学文盲、無知、低脳が、信じているのみである。

私の親も、言う。
うーん、檀家だから、ねー、と。

たまたま、浄土宗の寺の檀家になったのである。
祖父母の代である。
つまり、惰性である。

惰性で、持っている、ただ今の、日本仏教である。

手の施しようが無い程、腐っているのである。

科学が、霊界を証明すれば、それらは、すぐさま、捨てられる。

天国、極楽、地獄等々は、ありません。
霊界は、次元の違いの世界です。

という、結論に至る。

2008年01月07日

神仏は妄想である。16

私の近所を歩くと、天理教の教会が、四件ある。
一丁にも、満たない場所に、四箇所もの、教会である。
戦後、天理教は、国会議員を出した程、隆盛した時期がある。

現世利益の、最もたる宗教であった。

私の、母方の祖父母は、熱心な天理教信者である。
私も、子供の頃に、教会に、何度となくつれて行かれた。
その頃の、町の天理教の教会は、実に、大勢の信者を、擁していた。

しかし、私がカトリックの洗礼を受けてから、祖母は、別にして、祖父は、非常に嫌った。ヤソ教として、嫌った。
それは、戦争体験からも、頷ける。

ただ、私は、祖父母の信仰深い行為を、尊敬していた。

悪しきをはらうて 助けたまへ てんりんおうの みこと
その祈りの言葉を、当たり前に聞いて、子供の頃を、過ごした。

教祖、中山みき、という、婆さんに関しては、その、奉仕と、施しの精神には、感服するのである。

しかし、教祖の生き方のみで、終われば、問題はなかった。
教団としての、組織を作ることから、教祖自身の、良き行いも、無に帰すのである。

現在の天理教の信者は、中山みきを、神と、思い込むのである。
それは、みきの体に、神が、懸ったからである。

みきが、三日三晩、錯乱した時、天の将軍と名乗る霊が、懸る。
霊に、憑かれたといってよい。

そして、その霊の正体が、何かである。

実に、愚鈍な霊である。

ただし、霊は、霊である。
その霊が、天の将軍と、言ったところで、勝手に言うことである。
一体、天の将軍とは、何か。
ここで、教祖となった、中山みきという、婆さんの、知的レベルが、解る。

信仰深い、婆さんであったことは、確かである。
念仏宗である。

江戸時代末期の、大和地方は、数多くの仏教寺院が乱立していた。
その中で、抜きん出ていた宗派は、宗教ヤクザの、浄土真宗である。

体制に、しっかりと、寄りかかり、磐石な、組織を作り上げていた。

しかし、組織が大きくなると、必ず、反体制の運動が、起こる。
本願寺に対する、反体制の、念仏の集いが起こるのである。
隠れ念仏ともいう。

後に、みきも、その隠れ念仏の様式を、取り入れていることが、解る。

私が、いいたいことは、宗教評論家ではないから、その神の正体である。
それは、現在の天理教の教団を、見れば、一目瞭然である。

その後、中山みきは、死後、幾人かの、人にコンタクトをしている。
それにより、天理教から分派した、グループもいる。
更に、それにより、霊能力を発揮して、活動している者もいる。

祖父母が、熱心に信仰していた、宗教であるが、その程度の、教祖が、死後に人に懸る程度の宗教だということだ。
次元のレベルが、解る。

そして、驚いたことは、祖母が亡くなる前、朦朧とした意識の中で、屋根に、阿弥陀様が、迎えに来ているというのである。
これは、完璧に、天理王という神の正体が、丸見えである。

要するに、単なる霊なのである。
自己顕示欲の強い、少しく、迷う霊である。
その、物言いから、武士の霊であり、更に、その背後に、野心の強い、霊体の集団がある。

大変申し訳ないが、動物の霊の集団を、司る、霊の一味である。
修験道系の、天狗等々の、霊団といえる。

ある、神道系の、霊能者は、亀であると、判断した。
霊界の亀である。
言うほうも、言うほうだが、愚鈍な亀である。

大本教の、出口ナオのものも、中山みきの、お筆先も、実に、くどいのである。
岡本天明という、日月神示という、お筆先などは、具合が悪くなるほど、くどいのである。

頭の悪い霊が、喋るのを、書くからである。

神が、憑いたということは、理解するが、神という、存在は、霊界には無いのであから、霊なのである。
霊を、神と、誤る程、ボケているということだ。

みきの、口から出る霊の言葉を、鵜呑みにしたという、愚かさである。
勿論、霊が、みきの体から、抜けなかったということもある。
実に、しつこい、レベルの低い霊である。

解りました、みきを、差し上げますと、言うと、霊が抜けた。
霊媒体質と、言ってられないのだ。

教団設立に関する歴史等に関しては、いずれ、また、書くことにするが、現在の天理教の、行為行動である。

一時期、搾取の宗教と、言われた程、信徒から、献金を集めた。
教祖の、行為とは、全く別で、屋敷を払って、教会に金を入れるということである。
本部には、お金を入れる柱がある。
仰天する。
あまりにも、愚かである。

天理教教会が、よく、火事を起こすということは、知られていない。
あれは、霊的障害である。
信徒の少年によって、本部の神殿まで、焼けたこともある。
教祖の代々の者、真柱というが、それも、幹部も、霊的障害と、見抜けない程、霊的に未熟である。

血縁が、代々継ぐということから、誤った教団であるということが、解る。
世襲制になって、仏教教団も、どこも、かしこも、おかしくなっている。
血縁は、有り得ない。

古事記を真似た、勝手解釈の、開闢物語を、平気で、信徒の子供たちに、教えるという、馬鹿馬鹿しさである。
古事記の、嘘が、見破れないほど、霊感が無いということを、証明するのである。

そして、いつの間にか、教派神道ということになっている。
教派神道とは、神道に、準じたものということであり、教団設立のために、考えた方便であるはずが、教義になったという、仰天である。

私の、祖父母は、天理教が言う、神の世界には、入らなかったことが、幸いである。
小さな、天理教の霊界を、作って、そこを、天の国だと、思っているのであるから、哀れである。

だいたい、本部に、信徒の霊が、集うのが、関の山である。
何しろ、行くところが無い。

天理教の霊界は、本部教会という、アホらしさである。

故に、益々、霊的障害が、起こる。
お参りに行き、気分の悪くなる人、異常に疲れる人が、大勢いる。

死んだ信徒が、生きている信徒に、憑くのである。

死ぬことを、出直しと言うが、出直しする信徒は、霊界で、天理教から、全く隔絶された、次元に行く。

死んだ信徒が、生きている信徒に憑いて、せっせと、金を、運ばせるのだから、終わっている。

ちなみに、天理教の大教会という場所に行くと、寒々としたものを、感じる。それなら、小さな、熱心な信者の教会の方が、温かい。
つまり、知らないゆえに、信じて、拝む、熱心な信者のいる方が、まだ、真っ当であるということだ。

こういうことである。
誤った神というものを、拝んでも、拝む者の心が、天理教の神もどきの波動を受けないことにより、真っ当な、信仰行為を、行っているといことである。

真っ当な、信仰行為とは、何か。
それが、問題である。
以下、省略。

2008年01月08日

千の風が嫌いだという、婆さんから云々。

道新の投稿「千の風にのって」の歌が大嫌いなお婆さんの投書です。「私はこの曲が大嫌いです。生前夫が口うるさくて、死んでくれて新たな人生を送っているのに、風になって、まだ私の周りを巻付いていると思うと、ゾッとします。鳥になってとありますが、鳥になってと思うと夫が鳥になって空を飛んでいると思うとゾッとします。だから千の風が大嫌いです。」とありました。大笑いしました。

札幌の知人からのメールである。
道新とは、北海道新聞のことである。

よくぞ、このような、投稿を載せたものである。
流行っている時は、そう思う人がいても、無視するものだが、矢張り、記者の中には、同じように、思う人もいるのであろう。

皆が皆、感動し、涙して聴くと思い込むのは、間違っている。いや、嘘である。

それに、私は、お墓には、いませんという歌詞だが、日本人の多くは、そう思っている。
お墓には、お骨があるだけで、その魂、霊が、墓にいるとは、思っていない。

そして、お墓の前で、泣くということも、あまりない。
泣く人は、殺されたとか、非業の死を遂げたとかいう人の、親族である。

感動するもの、おおよそ、すべが、作られたものである。
それも、マスコミによってである。

あの、テノール歌手も、それで、色々なところに、取り上げられたが、テノールとしては、それほどのものではない。
それが、歌が流行ったということで、テノール歌手の代表のようになっているのである。
笑う。

あれの、物真似の方が、何倍も上手だということを、見れば、解る。
勿論、本人の努力等々の、ことどもは、理解するし、有名になって良かったと思う。精々、忘れられないうちに、稼いでおくことだと言う。

さて、若者殺しの時代、という本を書いた、堀井憲一郎さんの言葉を、紹介する。

おとなにとって、若い連中とは、社会で落ち着く前に少々あがいているだけの、若いおとなでしかななかったのだ。その後、「若いおとな」とはまったく別個の「若者」という新しいカテゴリーが発見され、「若者」に向けての商品が売られ、「若者」は特権的なエリアであるかのように扱われる。若い、ということに意味を持たせてしまった。一種のペテンなのだけど、若さの価値が高いような情報を流してしまって、とにかくそこからいろんなものを収奪しようとした。そして収奪は成功する。
あまりまともな商売ではない。田舎から都会に出てきたばかりの人間に、都市生活に必要なものをべらぼうな値段で売りつけているのと変わらない。それも商売だと言えば商売だが、まともな商売とは言えない。自分たちでまだ稼いでない連中に、次々とものを売りつけるシステムを作り上げ、すべての若い人をそのシステムに取り込み、おとなたちがその余剰で食べているという社会は、どう考えてもまともな社会ではないのだ。まともではない社会は、どこかにしわ寄せがくる。それが21世紀の日本と日本の若者だ。

哀れな若者である。
しかし、それも、哀れにしたのは、誰か。
金金金の、大人たちである。

最も、若者でも、女の子に対する、収奪は、凄まじかった。
お姫様に仕立てて、商売のターゲットにした。そして、それに、振り回されたのが、男の子たちである。

いや、親も振り回された。
どんどんと、女の子たちに、金を出したのである。

金の無い、若者、女の子の親の金を狙っての商売である。

しかし、それも、長くは続かない。すでに、女の子たちの、受難が始まっている。

男の子たちは、頭の良い、美しい男の子と、一緒にいることの方が、楽であり、ステータスになってきたのである。
21世紀の、逆襲が、始まった。
もう、女の子たちには、セックス好きの、野獣のような、男たちしか、目を向けないのである。

真っ当な、男の子たちは、男の子を、連れて歩くようになるのである。

お解りか、アホな、女の子たち。
もう、相手にされないのである。
野獣のような、男たちにしか、である。

以下省略。

さて、流行を作り上げて、金にするという、常識が、いつまで、続くのか。

韓国ブームというものも、中高年の、おばさん、昔の、女の子たちを、ターゲットにしたものである。
女、というものは、ホントに・・・

韓国役者であれば、人が集った。
一昨年、丸ビルで、ある韓国の役者が、一階のホールで、歌った。
溢れるほどの、おばさんたちである。
その歌の下手なこと。
イベント担当の責任者も、呆れた。

しかし、イベント会社は、成功である。
事業本部長を、接待し、大枚な金を使って、落とした甲斐があった。
イベント会社とは、コバンザメである。
企業と、出演者の間に入り、ギャラの何倍もの、金額を上乗せして、搾取するものである。考えることは、決まっている。流行を売るのであり、そこに、何の企画力も無いという、驚きである。

それも、以下省略。

皆々、作られたもの。
それに、乗せられる。そして、乗せられて、喜ぶ。

可愛そうな、若者、特に、乗せられ過ぎた、女の子たち。

お姫様気分は、もう、終わり。
誰も、相手にしません。いやいや、セックスのみの、男たちが、相手にします。

良い子の、男の子たちは、美しい男の子を、ステータスとして、連れ歩くのです。

ゲイの時代到来と、早合点しては、駄目。
ゲイではない。
れっきとした、男の子たちである。
つまり、武士道のようなものが、戻ったと、思えば良い。
男子たるもの、女子と、同席はせず、である。

千の風で、儲けた金は、所詮、泡銭という。
泡である、あぶく、実に、言霊が、悪い。

ブは、最悪である。
精々、お体に、気をつけて。

最後に、若者殺しの時代、の堀井さんの提言である。
若い人が居場所を確保する可能性は二つ。
一つは、この社会を破壊すること。
もう一つは、社会から逃げること。

この説明は、省略する。

再度、札幌の知人から、メールがきた。
実は、おとうさんが、この記事を教えてくれて、おかあさんが、先に死んで、風になって、まとわり着くと思うと、嫌になるというものである。
夫婦って、そんなもの、ね、とは、知人。あははは、と、笑う。

今まで、少し、崇高に、論じていたが、このメールで、私も、もうこのことについては、書かないと決めた。
解っている人は、わかっているのである。

そういえば、嫌な奴が、死んで風になって、吹き付けると、思うと、ゾッとする。
鳥になって、飛んでいたら、撃ち落したくなる。

以上。

総務省の、お遊び。ごまかし。

総務省が、四月から、市町村に、若手官僚を派遣すると言う。
自治体の、人材提供の要望に応じると、共に、財政面などで、厳しい課題に直面する、市町村の現場を体験させて、国の政策に、反映させるという。

今までの、出先機関では、駄目なのだろう。

しかし、要望を受けてというが、官庁との、パイプを持つことによる、有利さを、求めてのことであろう。

公務員は、非国民であるから、国家、地方公務員も、同じものであり、庶民とは、全く関係ないところでの、馴れ合いの関係になるのであろう。
地方が、どうなろうが、どうでもいい者が、派遣されて、どうする。

副市長や、特別職のほか、課長待遇であると言う。
それからして、嘘っぽい。

さらに、期間は二年であると言う。
その成果は、全く、期待できるものではない。

総務省のキャリア職員は、二年から五年程度の、都道府県の出向と、本省勤務を繰り返す。

兎に角、市町村の活性化を支援し、現場の経験を積ませたいと言うが、積ませて、それだけのことであろう。
何も、期待できないどころか、また、賄賂や、便宜を計るということからの、接待等々のこと、大いにある。

結局、小手先のアイディアで、国を、さらに、地方を食い物にする。
そんなことは、今までの、公務員を見ていれば、解り過ぎるほど、解る。
それを、歓迎する、市町村の思惑も、手に取るように、解るというものである。

都道府県に、出向する、官僚の若者は、傲慢極まりない。それは、そのように、また、上から指導される。
兎に角、偉く振舞うことであると。
良心のある者は、それで、官僚の道を辞めた者、多々いる。

江戸時代の代官という、感覚そのままである。
お上の代理であるから、偉く振舞うのである。
その応対の、不遜は、言葉に尽くせないほどのもの。

支配層にいるという、安心感からか、一般市民の感覚など、皆無である。

また、地方公務員などを見ていれば、財政が赤字であろうが、どうであろうが、関係ない。のううのと、大枚な給与を得て、のうのうとして、午後五時になると、帰宅する。
四時になると、帰り支度をするという、仰天である。

どうせ、地方に出るということで、特別手当を出すのであろう。
そして、その、予算を目論んで、いるという、こ狡さである。

天下りで、税金が、6兆円も使われているのである。
そのような、感覚の者に、期待できるはずもない。

一兆円とは、一日、50万円使って、5,000年である。

国民の金を、奪うということに、懸けて、公務員は、成る。

地方公務員は、子供を三人育てることが、出来るが、市民は、一人が限界である。
公務員の子供が多くなるということは、厚顔無恥な親の子供が、多くなるということで、日本に、未来は無い。

政治家より、官僚の方が、数段頭がいい。ゆえに、結果、政治家は、舐められて、今に至る。

出向して、偉くいる者が、どうして、現場の状況など、知るものか。また、知ったとして、何をするのか。
少しく、何かするというのであれば、単に、国からの金を回す程度であろう。

若手官僚を呼ぶという、市町村も、一番の美人な娘を、献上して、ご機嫌を取るのが、関の山であろう。

現実と、遊離している者が、何人いても、詮無いことだと、何故、気づかないのか、不思議でしょうがない。
たった、二年で、何をやる、出来るというのだうろか。
小手先、付け焼刃という。

話に、ならないので、以下省略。