道新の投稿「千の風にのって」の歌が大嫌いなお婆さんの投書です。「私はこの曲が大嫌いです。生前夫が口うるさくて、死んでくれて新たな人生を送っているのに、風になって、まだ私の周りを巻付いていると思うと、ゾッとします。鳥になってとありますが、鳥になってと思うと夫が鳥になって空を飛んでいると思うとゾッとします。だから千の風が大嫌いです。」とありました。大笑いしました。
札幌の知人からのメールである。
道新とは、北海道新聞のことである。
よくぞ、このような、投稿を載せたものである。
流行っている時は、そう思う人がいても、無視するものだが、矢張り、記者の中には、同じように、思う人もいるのであろう。
皆が皆、感動し、涙して聴くと思い込むのは、間違っている。いや、嘘である。
それに、私は、お墓には、いませんという歌詞だが、日本人の多くは、そう思っている。
お墓には、お骨があるだけで、その魂、霊が、墓にいるとは、思っていない。
そして、お墓の前で、泣くということも、あまりない。
泣く人は、殺されたとか、非業の死を遂げたとかいう人の、親族である。
感動するもの、おおよそ、すべが、作られたものである。
それも、マスコミによってである。
あの、テノール歌手も、それで、色々なところに、取り上げられたが、テノールとしては、それほどのものではない。
それが、歌が流行ったということで、テノール歌手の代表のようになっているのである。
笑う。
あれの、物真似の方が、何倍も上手だということを、見れば、解る。
勿論、本人の努力等々の、ことどもは、理解するし、有名になって良かったと思う。精々、忘れられないうちに、稼いでおくことだと言う。
さて、若者殺しの時代、という本を書いた、堀井憲一郎さんの言葉を、紹介する。
おとなにとって、若い連中とは、社会で落ち着く前に少々あがいているだけの、若いおとなでしかななかったのだ。その後、「若いおとな」とはまったく別個の「若者」という新しいカテゴリーが発見され、「若者」に向けての商品が売られ、「若者」は特権的なエリアであるかのように扱われる。若い、ということに意味を持たせてしまった。一種のペテンなのだけど、若さの価値が高いような情報を流してしまって、とにかくそこからいろんなものを収奪しようとした。そして収奪は成功する。
あまりまともな商売ではない。田舎から都会に出てきたばかりの人間に、都市生活に必要なものをべらぼうな値段で売りつけているのと変わらない。それも商売だと言えば商売だが、まともな商売とは言えない。自分たちでまだ稼いでない連中に、次々とものを売りつけるシステムを作り上げ、すべての若い人をそのシステムに取り込み、おとなたちがその余剰で食べているという社会は、どう考えてもまともな社会ではないのだ。まともではない社会は、どこかにしわ寄せがくる。それが21世紀の日本と日本の若者だ。
哀れな若者である。
しかし、それも、哀れにしたのは、誰か。
金金金の、大人たちである。
最も、若者でも、女の子に対する、収奪は、凄まじかった。
お姫様に仕立てて、商売のターゲットにした。そして、それに、振り回されたのが、男の子たちである。
いや、親も振り回された。
どんどんと、女の子たちに、金を出したのである。
金の無い、若者、女の子の親の金を狙っての商売である。
しかし、それも、長くは続かない。すでに、女の子たちの、受難が始まっている。
男の子たちは、頭の良い、美しい男の子と、一緒にいることの方が、楽であり、ステータスになってきたのである。
21世紀の、逆襲が、始まった。
もう、女の子たちには、セックス好きの、野獣のような、男たちしか、目を向けないのである。
真っ当な、男の子たちは、男の子を、連れて歩くようになるのである。
お解りか、アホな、女の子たち。
もう、相手にされないのである。
野獣のような、男たちにしか、である。
以下省略。
さて、流行を作り上げて、金にするという、常識が、いつまで、続くのか。
韓国ブームというものも、中高年の、おばさん、昔の、女の子たちを、ターゲットにしたものである。
女、というものは、ホントに・・・
韓国役者であれば、人が集った。
一昨年、丸ビルで、ある韓国の役者が、一階のホールで、歌った。
溢れるほどの、おばさんたちである。
その歌の下手なこと。
イベント担当の責任者も、呆れた。
しかし、イベント会社は、成功である。
事業本部長を、接待し、大枚な金を使って、落とした甲斐があった。
イベント会社とは、コバンザメである。
企業と、出演者の間に入り、ギャラの何倍もの、金額を上乗せして、搾取するものである。考えることは、決まっている。流行を売るのであり、そこに、何の企画力も無いという、驚きである。
それも、以下省略。
皆々、作られたもの。
それに、乗せられる。そして、乗せられて、喜ぶ。
可愛そうな、若者、特に、乗せられ過ぎた、女の子たち。
お姫様気分は、もう、終わり。
誰も、相手にしません。いやいや、セックスのみの、男たちが、相手にします。
良い子の、男の子たちは、美しい男の子を、ステータスとして、連れ歩くのです。
ゲイの時代到来と、早合点しては、駄目。
ゲイではない。
れっきとした、男の子たちである。
つまり、武士道のようなものが、戻ったと、思えば良い。
男子たるもの、女子と、同席はせず、である。
千の風で、儲けた金は、所詮、泡銭という。
泡である、あぶく、実に、言霊が、悪い。
ブは、最悪である。
精々、お体に、気をつけて。
最後に、若者殺しの時代、の堀井さんの提言である。
若い人が居場所を確保する可能性は二つ。
一つは、この社会を破壊すること。
もう一つは、社会から逃げること。
この説明は、省略する。
再度、札幌の知人から、メールがきた。
実は、おとうさんが、この記事を教えてくれて、おかあさんが、先に死んで、風になって、まとわり着くと思うと、嫌になるというものである。
夫婦って、そんなもの、ね、とは、知人。あははは、と、笑う。
今まで、少し、崇高に、論じていたが、このメールで、私も、もうこのことについては、書かないと決めた。
解っている人は、わかっているのである。
そういえば、嫌な奴が、死んで風になって、吹き付けると、思うと、ゾッとする。
鳥になって、飛んでいたら、撃ち落したくなる。
以上。