総務省が、四月から、市町村に、若手官僚を派遣すると言う。
自治体の、人材提供の要望に応じると、共に、財政面などで、厳しい課題に直面する、市町村の現場を体験させて、国の政策に、反映させるという。
今までの、出先機関では、駄目なのだろう。
しかし、要望を受けてというが、官庁との、パイプを持つことによる、有利さを、求めてのことであろう。
公務員は、非国民であるから、国家、地方公務員も、同じものであり、庶民とは、全く関係ないところでの、馴れ合いの関係になるのであろう。
地方が、どうなろうが、どうでもいい者が、派遣されて、どうする。
副市長や、特別職のほか、課長待遇であると言う。
それからして、嘘っぽい。
さらに、期間は二年であると言う。
その成果は、全く、期待できるものではない。
総務省のキャリア職員は、二年から五年程度の、都道府県の出向と、本省勤務を繰り返す。
兎に角、市町村の活性化を支援し、現場の経験を積ませたいと言うが、積ませて、それだけのことであろう。
何も、期待できないどころか、また、賄賂や、便宜を計るということからの、接待等々のこと、大いにある。
結局、小手先のアイディアで、国を、さらに、地方を食い物にする。
そんなことは、今までの、公務員を見ていれば、解り過ぎるほど、解る。
それを、歓迎する、市町村の思惑も、手に取るように、解るというものである。
都道府県に、出向する、官僚の若者は、傲慢極まりない。それは、そのように、また、上から指導される。
兎に角、偉く振舞うことであると。
良心のある者は、それで、官僚の道を辞めた者、多々いる。
江戸時代の代官という、感覚そのままである。
お上の代理であるから、偉く振舞うのである。
その応対の、不遜は、言葉に尽くせないほどのもの。
支配層にいるという、安心感からか、一般市民の感覚など、皆無である。
また、地方公務員などを見ていれば、財政が赤字であろうが、どうであろうが、関係ない。のううのと、大枚な給与を得て、のうのうとして、午後五時になると、帰宅する。
四時になると、帰り支度をするという、仰天である。
どうせ、地方に出るということで、特別手当を出すのであろう。
そして、その、予算を目論んで、いるという、こ狡さである。
天下りで、税金が、6兆円も使われているのである。
そのような、感覚の者に、期待できるはずもない。
一兆円とは、一日、50万円使って、5,000年である。
国民の金を、奪うということに、懸けて、公務員は、成る。
地方公務員は、子供を三人育てることが、出来るが、市民は、一人が限界である。
公務員の子供が多くなるということは、厚顔無恥な親の子供が、多くなるということで、日本に、未来は無い。
政治家より、官僚の方が、数段頭がいい。ゆえに、結果、政治家は、舐められて、今に至る。
出向して、偉くいる者が、どうして、現場の状況など、知るものか。また、知ったとして、何をするのか。
少しく、何かするというのであれば、単に、国からの金を回す程度であろう。
若手官僚を呼ぶという、市町村も、一番の美人な娘を、献上して、ご機嫌を取るのが、関の山であろう。
現実と、遊離している者が、何人いても、詮無いことだと、何故、気づかないのか、不思議でしょうがない。
たった、二年で、何をやる、出来るというのだうろか。
小手先、付け焼刃という。
話に、ならないので、以下省略。