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もののあわれについて167

宮、例の忍びておはしまいたり。女、さしもやは思ふうちに、日ごろのおこなひに困じて、うちまどろみたるほどに、門をたたくに聞きつくる人もなし。聞こしめすことどもあれば、人あるにやとおぼしめして、やをら帰らせたまひて、つとめて、


あけざりし まきの戸口に 立ちながら つらき心の ためしとぞ見し

憂きはこれにやと思ふも、あはれになむ」とあり。「昨夜(よべ)おはしましけるなめりかし、心もなく寝にけるものかな」と思ふ。お返し


いかでかは まきの戸口を さしながら つらき心の ありなしを見む

おしはからせたまふめるこそ。見せたらば」とあり。今宵もおはしまさまほしけれど、かかる御歩を人々も制しきこゆるうちに、内大殿、春宮などの聞こしめさむこともかろがろしう、おぼしつつむほどに、いとはるかなり。


宮は、例のように、お忍びで、お出になりました。
女は、まさか、お見えにはなるまいと、思い、日頃の疲れがでて、眠ってしまった。
その時でした。
門を叩いても、聞く者もなく、宮様は、女の噂など聞いて、他の男が、来ているのであろうかと思い、ひそかに、帰られました。
翌朝になり

あけざりし まきのとぐちに たちながら つらきこころの ためしとぞみし

開けてくださらなかった、まきの戸口に立ち続けながら、あなたの、無情のこころの、しるしだと思いました。

人を思う恋心は、このように辛い切ないものかと、悲しい思いでした。
と、御文がありました。

女は、「昨夜は不用意に眠ってしまいました」と申しました。
お返し

いかでかは まきのとぐちを さしながら つらきこころの ありなしをみむ

まきの戸口は、誰のためにも、閉ざしたままでした。
どうして、私が、無情な者だと、お解りですか。外からは、お解りになりますまい。

この人知れぬ、心を、お見せしたいと思います。へんな想像を、しないで下さい。
抗議の気持ちが、にじんでいる。
宮様は、今宵も、お出かけになりたかったのですが、お忍び歩きは、人々も、お止していますので、そのうちに、内大臣や、春宮のお耳に入るようなことになっては、軽率な行いと、思われることになります。

心を抑えて、慎んでおられますうちに、長い日を経てしまいました。

憂きはこれにやと思ふも、あはれになむ
ここでは、あはれ、という言葉を、切ない、悲しいと、使う。
心象風景の一つである。

憂いは、恋心である。
恋とは、その心とは、あはれ、であるという。

決して、憐憫の情ではない。
あはれ、は、我が心の内にあるものである。

外にある、事象を見て、起こる心であるが、それは、内側のものである。

そのものが、あはれ、なのではない。
我が心に、あはれ、という、風景が、広がるのである。

外の事象を、我が内に取り込んで、それを、あはれ、と、認識する。

例えば、目の前に、辛く悲しい思いを持つ人がいる。その人が、あはれ、なのではない。それを、見ている、私が、あはれ、なのである。

相手の様を、哀れ、と思う心ではないということ。
それを、見る、私が、あはれ、という、心象風景を持つということである。

我が内に起こる、心模様が、あはれ、なのである。

見えるものは、私の心に在るものなのである。
私の内に無いものは、見えない。

もののあわれ、というものは、見るものを、すべて、抱擁する。包括する。

一切の否定無く、前面肯定の様である。


さらに、
女の歌にある
つらき心の ありなしを見む
薄情である。冷たいという心。
どうして、そのように見るのですか。

つらき心は、辛い心である。
こちらが、辛いと、現代では、解釈する。
しかし、この時代は、相手に対しての行為を、つらいと、表現する。

言葉が、その、理解が、変転しているのである。

辛く当たると、言えば、相手に対するもの、である。
本来は、こちらの方が正しい。

辛いという言葉の、広がりを考えると、言葉というものの、威力を知る。

私が、辛い場合と、相手に対して、辛く当たるという、二通りの意味である。

それを、前後の言葉の有り様から、感じ取るというのは、日本人ならではの、言葉に対する感性である。

要するに、深みである。
言葉、そのものに対する、深みが、他の民族と違うのである。

もののあはれ、という時、それは、二通りにも、三通りにも、何通りにも、なる。
もののあわれ、というものを、再度、思索するべきなのである。

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2008年02月19日 02:36に投稿されたエントリーのページです。

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