かくて、お間遠なり。月の明き夜、うち臥して、「うらやましくも」などながめらるれば、客に聞こえゆ。
女
月を見て 荒れたる宿に ながむとは 見に来ぬまでも たれに告げよと
樋洗童して、「右近の尉にさし取らせて来」とてやる。御前に人々して、御物語しておはしますほどなりけり。人まかでなどして、右近の尉さし出でたれば、宮「例の車に装束せさせよ」とて、おはします。
こうして、宮様との、間は、遠のいていました。
月の明るい夜、女は、横たわり、「うらやましくも」などと、物思いしながら、見ていましたので、宮様に、お歌を差し上げました。
つきをみて あれたるやどに ながむとは みにこぬまでも たれにつげよと
月を見て、この荒れた宿で、切ない思いをしておりますこと、宮様以外の誰に、告げたらいいのでしょう。どうせ、おでましに、ならいでしょうが。
便器の掃除などをする、童に、右近の尉に、渡しておいでと、お使いを出されました。
宮様は、御前に、人々をお召しになって、語らっているときでした。人々が、退出してから、右近の尉が、御文を差し出しますと、「いつもの車の仕度をさせなさい」と仰せになり、お出かけになりました。
「うらやましくも」と、女が思う。
この、うらやましくも、とは、月の澄んだ様を言うのである。
うらは、裏に通じる。つまり、心のことである。
うら悲し、といえば、心が、悲しいことをいう。
やましく、とは、疾しい、そして、病むのである。
心が、病む。
それは、月の光を見て、その澄み渡る様に、心を病むのである。
つまり、それは、月の孤高とした様と、わが身との、差である。
一つ、忽然として、光り輝くもの、月という存在に、投げかける、心の悲しみ。
暫く、遠のいている、宮との、関係を、憂いでいる。
それは、恋である。
女は、恋の病に、侵されているのである。
恋は、病に至る道である。
更に、恋により、うらやましくも、が、癒されもする。
この、恋というものは、何であるのか。
何ゆえに、人は、恋に陥るのか。
恋が性と、直結していた、万葉の時代から、微妙複雑になる、過程の時代である。
色好みという、考え方をもった時代は、つい、前のことである。
それは、男の、それを、言った。しかし、今、女は、色好みに、向かっている。
和泉式部は、平安期の、女歌人の、最もな存在と言われる。
色好みの女の、歌が、平安期の、歌の、頂点をゆくのである。
歌詠みの、感性は、恋の色好みと、通じるものがある。
万葉を継ぐ者、が、和泉式部であった、といえる。
もし、色好みという、恋のみに、身を投げ出していたら、果たして、歌という、言葉の精神に高めることが、できたであろうか。
そこには、歌を詠むという、現代の言い方をすれば、醒めた目が、あったはずである。
恋にのみ、没頭すれば、歌など、詠むことは無い。
恋に、帰結すれば、いいのだ。
しかし、歌を詠み続けた。
また、歌を詠まないわけには、いかなかったと、いえる。
ここに、和泉式部の、存在する、理由がある。
後に、和泉式部は、宮様を亡くし、失ってからも、歌を詠み続ける。
それが、証拠である。
挽歌である。そして、相聞歌である。
私は、日記の後は、和泉式部の歌を読むことにしたいと、思っている。
源氏物語は、多くの学者、研究家、作家等々が、言う、単なる、情感という、もののあわれ、ではない。
勿論、それも、ある。しかし、もののあわれ、というものは、情感のみでは、いい表すことが、出来ない、日本の伝統としての、心象風景である。
それを、観念として、捉えることは、出来ない。
日本人の、心を作り上げてきたものである。
恋愛論、人生論というような、観念ではない。
他に類を見ない、心象風景である。
観念として、言葉にすることの出来ないもの、それが、もののあわれ、である。
在って、あるがままに、という、在るべき、様なのである。
日本の文学は、今でも、それを、書き続けていると、私は、思っている。
果てしないもの、もののあわれ、というものを、である。
もののあわれ、とは、人間の存在の、そのままである。
よって、すべてを、表せるものではない。
これが、理想の、云々であるというような、思想、哲学などにない、もの、それが、もののあわれ、というものである。
書き続けられるもの、それが、もののあわれ、である。
西行が、伊勢神宮を参った時に
なにごとの おわしますをば しらねども かたじむなさに なみだこぼるる
と、歌うもの、それである。
何事、つまり、物の本質というものは、解らない。しかし、何かがあると観る、感性により、もののあわれ、というものの、姿を観るのである。