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もののあわれについて174

女は、まだ端に月ながめていたるほどに、人の入り来れば、簾うちおろしていたれば、例のたびごとに目慣れてもあらぬ御姿にて、御直衣などのいたうなへたるしも、をかしう見ゆ、ものものたまはで、ただ御扇に文を置きて、宮「御使の取らで参りにければ」とてさし出でさせたまへり、女、もの聞こえむにもほど遠くてびむなければ、星を指し出で取りつ、宮も上りなむとおぼしたり。前栽のをかしき中に歩かせたまひて、「人は草葉の露なれや」などのたまふ。いとなまめかし。近うよらせたまいて、宮「今宵はまかりなむよ。たれに忍びつるぞと、見あらはさむとてなむ。明日は物忌と言ひつれば、なかむもあやしと思ひてなむ」とて帰らせたまへば、


こころみに 雨も降らなむ 宿すぎて 空行く月の 影やとまると

人の言ふほどよりもこめきて、あはれにおぼさる。宮「あが君や」とて、しばし上がらせたまひて、出でさせたまふとて、


あぢきなく 雲井の月に さそはれて 影こそ出づれ 心やは行く

とて、帰らせたまひぬるのち、ありつる御文見れば、

われゆえに 月をながむと 告げつれば まことかと見に 出でて来にけり

とぞある。「菜穂いとをかしうもおはしけるかな。いかで、いとあやしきものに聞こしめしたるを、聞こしめしなほされにしがな」と思ふ。
宮も、言ふかいなからず、つれづれの慰めにとはおぼすに、ある人々聞こゆるよう、「このごろは、源少将なむいますなる。昼もいますなり」と言えば、また、「治部卿もおはすなるは」など、口々聞こゆれば、いとあはあはしうおぼされて、久しう御文もなし。

女が、まだ、端近いところで、月を眺めていますと、人が来たようです。御簾を下ろしていますと、いつもながら目新しい宮様の、お姿が見えます。
御直衣も、着なれて、優雅に見えますのも、見事です。
何も仰せにならず、ただ、扇に文を書かれて「お使いが、受け取らずに帰ってしまいましたので」と、仰せになります。
女は、お話を申し上げますも、間が離れて、不都合ゆえに、扇を差し出して、受け取りました。
宮様も、女の、傍らに来ようと思いました。
前栽の美しい中を歩かれて、「人は、草葉の露なれや」と口ずさまれます。
「わが思ふ 人は草葉の 露なれや かくれば袖の まづしおるらむ」読み人知らず
を、踏まえたもの。

本当に、優美な姿でした。
女の近くに寄られて、「今宵は、これで帰りましょう。かつての、夜の男が、誰の所へ忍んできたのかを、見届けに来たのです。明日は、物忌みですから、家にいなければ、おかしく思われます」と帰ろうとされます。


こころみに あめもふらなむ やどすぎて そらゆくつきの かげやとまると

試しに、雨でも、降って欲しいものです。この宿を通り過ぎて行く、空の月のような、宮様が、御止まりになられるかどうか、と。

人が、噂するほど、子供のような女であると、思われました。
「あが君や」と、仰せになり、宮様は、しばらく、女の部屋にお入りになり、お出になろうとして、
あぢきなく くもいのつきに さそわれて かげこそいづれ こころやはゆく

あじきたなく、私は、家に戻りますが、体は、帰っても、心は、ここに残ります。

と、詠まれました。
のちに、先ほど、置かれた、御文を見ますと

「われゆえに つきをながむと つげつれば まことかとみに いでてきにけり」

私ゆえに、月を眺めているというので、見届けに来ました。

と、書かれてありました。

「矢張り、素晴らしい方でいらっしゃいます。私を素行の悪い女だと、聞いているのでしょう。何とかして、考えを、変えて欲しいものです」と、女は思うのです。

宮の方でも、女が、とりえが無い訳ではありませんから、つれづれの慰めに、よかろうと、思し召しましたが、ある人が、宮に申し上げるには、「この頃は、源少将が通われている。昼間も、お出になると、申します」とも言い、また他の人は「治部卿も、いらしているそうです」などと、口々に申し上げます。
宮様は、女が、いたく軽率に思われて、長い間、御文も、送りませんでした。

物語の、事件である。
噂に、流される様を、書いている。
これが、二人の、難である。
ここを、通り抜けて、二人が、恋の炎を、燃やすようになる、過程である。

それが、長く続けば、続くほど、誤解が、晴れると、恋は、成就する。

歌のやり取りが、見事である。
会話するかのように、歌を詠むという、驚きである。

和泉式部が、当時、第一の歌詠みと、言われるだけはある。

要するに、単なるアホな女ではないということである。

言葉は、精神である。
精神が目覚めているということが、解る。
つまり、女は、醒めていたのである。
見つめて、いたのである。

我が内にある、恋というものが、いかに、流れてゆくのかを、眺めていた。要するに、我が恋を、突き放して、見つめていたといえる。

情欲に、流れていたなら、歌など、詠めないのである。

欲に、翻弄されていたら、感性が鈍る。そして、知性が、曇る。
歌など、詠むことは、出来ないのである。

私は、西行と、和泉式部は、共通するものを、持っていると思う。
生まれながらの、歌詠みである。
歌心を、すでに、持って生まれたのである。
それは、一つの悲劇でもある。
つまり、歌を詠むという、妄執に取り付かれるからだ。

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2008年03月10日 05:37に投稿されたエントリーのページです。

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