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もののあわれについて187

かくいふほどに十月にもなりぬ。十月十日ほどにおはしたり。奥は暗くて恐ろしければ、端近くうち臥させたまひて、あはれなることのかぎりのたまはするに、かひなくはあらず。月は曇り曇り、しぐるるほどなり。わざとあはれなることのかぎりをつくり出でたるやうなるに、思ひ乱るるここちはいとそぞろ寒きに、宮も御覧じて「人のひなげにのみ言ふを、あやしきわざかな、ここにかくてあるよ」などおぼす。あはれにおぼされて、女寝たるやうにて思ひ乱れて臥したるを、おしおどろかせたまひて、


時雨にも 露にもあてで 寝たる夜を あやしくぬるる 手枕の袖


このようにしているうちに、十月になりました。
十月十日ごろ、宮様は、お出でになられました。
奥のほうは、暗くて、恐ろしく思われますので、端近い場所に、横になられて、あはれに、触れて、しんみりと、お話をされます。
お話を伺う甲斐が、ありました。
月が、雲に隠れて、時雨が、降るほとでありしまた。
心に、しみる風情を、わざわざ出したようです。思い乱れている心には、いたく寒くぞくぞくするような感じです。
宮様は、女の様子を、御覧になられ、「人は、この女を、あやしい者とばかり、言いますが、おかしいことです。ここに、このうよに、悩ましいほどに、臥しているのに」などと、思われました。
宮様は、女が、あはれに思えて、女が、眠ったようにして臥しているのを、揺り起こされて、


しぐれにも つゆにもあてで ねたるよを あやしくぬるる たまくらのそで

時雨にも、露にも、当たらないで、共寝をしていますのに、私の手枕の袖が、不思議に濡れます。

あはれなることのかぎり のたまはするに
あはれに強く思われて、お話をする。

あはれにおぼされて
あはれに、思われて。
ここでの、あはれは、憐れに近い感覚である。
憐れむのである。

さらに、あはれ、というものの、幅が広がる。

とのたまへど、よろづにもののみわりなくおぼえて、御いらへすべきここちもせねば、もの聞こえで、ただ月かげに涙の落つるを、あはれと御覧じて、宮「などいらへもしたまはぬ。はかなきこと聞こゆるも、心づきなげにこそおぼしたれ、いとほしく」とのたまはすれば、女「いかにはべるにか、ここちのかき乱れるここちのみして、耳にはとまらぬにしもはべらず。よし見たまへ、手枕の袖忘れはべる折やはべる」とたはぶれごと言ひなして、あはれなりつる夜の気色も、かくのみ言ふほどにや。


今朝の間に いまは消ぬらむ 夢ばかり ぬると見えつる 手枕の袖

と聞こえたり。「忘れじ」と言ひつるを、をかしとおぼして、


夢ばかり なみだにぬると 見つらめど 臥しぞわづらふ 手枕の袖

と、仰せになりました。
女は、すべてが、辛く思えて、お返事することもありません。
何も、申し上げず、ただ、月影のしたで、涙を、流すばかりです。
それを、宮様は、御覧になり、「どうして、お返事もないのでしょう。つまらぬことを言いましたので、いとわしく、思われたのでしょうか。おかわいそうに」と、仰せになりました。
女は、「どうしたのでしょう。気分が、とても悪くなりまして、宮様の、お言葉が、耳ら入らないわけではありません。どうぞ、見ていてください。手枕のことを、忘れて、過ごす日がありますか、どうか」と、冗談のように、申し上げました。
しんみりとした、夜の、趣も、このように、会話のうちに、過ぎたのであります。
翌朝になって、宮様は、女には、頼るべき男も、いないのだと、気の毒に思われて、「ただ今は、どのように、過ごしていますか」と、お便りが、ありました。
その返事は、


けさのまに いまはきえぬらむ ゆめばかり ぬるとみえつる 手枕の袖

今朝のうちに、手枕の袖の、濡れたのは、乾いてしまいしました。ほんの、夢のような、仮寝でしたから。

と、申し上げました。
「手枕の、袖は、忘れません」と言ったことを、おもしろく、思われて、


ゆめばかり なみだにぬると みつらめど ふしぞわづらふ たまくらのそで

ほんのわずかばかりに、涙に濡れたと、お思いでしょうが、手枕の袖が、濡れてしまい、臥し難く、煩っています。

緩慢とも、思える、恋のやり取りである。
昔の人の、恋の風情を、見る思いである。

実は、私は、若い頃、このような、恋愛遊戯のような、古典の、お話は、好きではなかった。しかし、年を経ると、実に、優雅に、思えてきた。

これは、時間の感覚の違いであろう。
緩慢であると、感じる、私の時間と、昔の時間に対する、感覚がちがうのである。

とすると、もののあわれ、というものの、感覚も、少し違っているのかもしれないと、思う。

さらに、それを、追求してみることにする。

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2008年03月30日 20:24に投稿されたエントリーのページです。

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