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この国の問題4

若者殺しの時代 堀井憲一郎著

この本が、気になって、時々、繰り返して読む。話し言葉で、実に解りやすい。
易しい表現なのだが、妙に、響くのである。

やんわりと、殺されてゆく、若者たちに、エールを送っているような、または、早く、逃げ道を、探せと言うような。
最終の言葉は、
すきあらば、逃げろ。一緒に沈むな。
うまく、逃げてくれ。
と、ある。

若者のことを、こんな風に、考えている大人がいるということである。

「そもそも社会システムの1タームの基本はおよそ60年である。それは、一人の人間が使いものになる期間が、だいたい60年だからだ。15歳から75歳くらいまで、社会システムの耐用年数と人一人ぶんの生涯と、だいたいリンクしている。それはシステムの継続が人間の記憶をもとにしているからだ。」

「日本が近代国家を始めたのが1868年。そのシステムをやめたのが1945年。これは78年もった。大敗戦後のシステムは1945年に始めて、さてどこまで延命できるだろうか。早いとこ2015年。もって2030年だ。」

1945年から、日本は、伝統を捨てて、走ってきた。
それで、残ったものは、何だったのか。

文化ではなく、文明だった。
文明の象徴は、携帯電話である。
すべてのこと、携帯電話で、説明することが、出来るほどである。

携帯電話を、一度持つと、手放すことは、出来ない。
携帯電話は、私である。
私は、携帯電話なのである。

使い切れないほどの、機能がついている。
必要ないと、思っても、ついている。
それを、すぐに使いこなすのは、子供や、若者である。

携帯電話が、世の終わりを告げていると、知る人は少ない。
霊感がなくても、世界の人と、すぐに、会話や、メールで、連絡が取れる。

私は、タイから、日本に電話をする時に、携帯電話を使う。
通常の電話より、使い易いのだ。
場所を、選ばない。

世が終わるというのは、1999年の7月ではなかった。
ゆっくりと、終わるのである。

時間を、かけて、ゆっくりとである。

終わりということの、意味を言う。
意識の終わりである。

つまり、意識操作されるということである。
最新の心理学では、自由意志というものは、無いというところまで、進化している。
これは、携帯電話の、危険性を、裏付ける。

人は、自由に意思決定をしていると、思い込んでいるということであり、実は、何かに、意思決定を、操作されているということである。

テレビマスコミより、確実に、大衆操作が、出来るという意味で、携帯電話は、利用価値大である。

ゆっくりと、システムが、移行する時、何によって、移行されるのか。
無意識に、働きかけるものである。
それの、役目を、携帯電話が負う。

通常、何者かに、思考が左右されていると、感じる場合は、統合失調症の病である。
すでに、携帯電話は、それを、成しているのである。

先に、霊感がなくても、遠くの人との、コミニケーションが取れると、言った。
携帯電話によって、人は、万能感を得たのである。
これ以上のものがあるか。

文化を創造していない、文明は、崩壊する。

明治維新は、幕藩体制の崩壊であった。
敗戦は、近代国家の崩壊であった。

その時、どのような、状態に、大衆が置かれたか。
次は、それ以上の、大変革が、行われる。

大化の改新、飛鳥維新の時は、天皇政治の、幕開けであった。

若者殺しの時代は、滅び行く、最後に、ついている若者のことである。
一緒に、沈没するなと、堀井憲一郎氏は、言う。

松下電器は、社名を変更して、統一した。
一つの例である。
日本から離れてもいいことを、善しとしたのである。
日本の企業でなくても、いいのである。

公務員のリストラは、すでに、始まっている。
財政破綻の、地方都市からは、人が逃げる。
民族の大移動に似た、人の移動が始まる。

更に、恐ろしいのは、戦争の危機である。

敗戦後、銀行が封鎖されて、預貯金が、消えた事実がある。

ゆるやかに、システムが、変更されている時、突然、機が巡り、泡を吹くことあり。
若者は、その末尾にいて、沈まないようにとの、メッセージである。

我が内に、文化を養わない者は、再起不能に、陥る危険性が高いのである。

文化とは、学問、技芸である。
ただし、学問の場合は、有意義な学問である。
ただ今の、大学での、学問では、役に立たない。
独学の、気迫を、持つことである。

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コメント (2)

It is one of things I can never understand ... how people can think that way. It's so illogical that it can only be based upon moronity.

Looks perfectly straight to me. Of course, I'm also the type of person who allegedly [ahem! allegedly] agree with everything.

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2008年03月20日 16:17に投稿されたエントリーのページです。

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