一夜の宮の気色のあはれに見えしかば、心からにや、それよりのち心苦しとおぼされて、しばしばおはしまして、ありさまなど御覧じもてゆくに、世に馴れたる人にはあらず、ただいとものはかなげに見ゆるも、いと心苦しくおぼされて、あはれに語らはせたまふに、宮「いとかくつれづれにながめたまふらむを、思ひおきたることなけれど、ただおはせかし。世の中の人もびんなげに言ふなり。
一夜の気配が、身にしみて、宮様の心が動いたのでしょう。
その後は、女の、身の上が心配になり、しばしば、お出かけになられました。
女の、様子を、見ているうちに、世慣れた女ではなく、ただ、いたく、心儚げに見えます。
それを、大変、気の毒に思われて、しんみりと、お話されました。
宮様は「このように、物思いをして、過ごしていられるのでしょうか。はっきりと、言うことは、できませんが、私のところへ、お出でください。世の中の人は、私が、通うことを、怪しからぬことと、言っているそうです。
時に参ればにや、見ゆることもなけれど、それも人のいと聞きにくく言ふに、またたびたび帰るほどのここちのわりなかりしも、人げなくおぼえなどせしかば、いかにせましと思ふ折りもあれど、古めかしき心なればにや、聞こえたえむことのいとあはれにおぼえて。
たまに、参りますので、人に見られることも、ありませんが、それでさえも、人はひどく、聞きづらく、悪し様に言ううえ、私としては、たびたび逢えず、家に帰るときの、辛かったこと。
人並みに、扱われていないようにも、思いました。
どうしようかと、考えていた日もあります。
それも、古風な、考えで、ありましょうか。
仲を絶って、しまうことが、いたく、あわれに、思います。
さりとて、かくのみはえ参り来るまじきを、まことに、聞くことのありて制することなどあらば、「空行く月」にもあらむ。もしのたまふさまなるつれづれならば、かしこへはおはしましなむや。人などもあれど、びんなかるべきにはあらず。
しかし、そう申しても、このように、いつも、通うわけにも、いきません。
誰かに、聞きとがめられて、止められたましら、あの
忘るなよ ほどは雲居に なりぬとも 空行く月の めぐり逢うまで
橘忠元
の、歌のように、逢えなくなります。
もし、つれづれの、暮らしをしているのなら、私の家に、お出でになりませんか。
人なども、おりますが、不都合なことは、起こりません。
これは、宮が、女を、家に引き取るということを、言う。
自分の家に、来ることを、打診しているのである。
いよいよ、物語は、核心に入ってゆく。
もとよりかかる歩につきなき身なればにや、人もなき所についいなどもせず。おこなひなどするにだに、ただひとりあれば、おなじ心に物語聞こえてあらば、慰むことやあると思ふなり」などのたまふにも、げに今さらさやうに慣らひなきありさまはいかがせむなど思ひて、「一の宮のことも聞こえきりてあるを、さりとて、「山のあなた」にしるべする人もなきを、かくて過ぐすも明けぬ夜のここちのみすれば、はかなきたはぶれごともいふ人あまたありしかば、あやしきさまぞ言ふべかりめる。
もとより、私は、このような、外出に、不似合いな身。人のいないところに、女をおいて、逢っていることは、しません。
仏へのお勤めをするのでさえ、ただ一人で、います。それと、同じ思いを、持って、あなたと、お話ができるのであれば、心が、慰められます。
などと、仰せられますが、本当に、慣れぬ暮らしができるのかと、考えます。
一の宮、花山院の、お話も、そのままになっています。
そうかといって、「山のあなた」に、導いてくれる人もいない、今。
明かりのない、暗闇に、住む気持ちがします。
「山のあなた」は
み吉野の 山のあなたに 宿もがな 世の憂き時の かくれがにせむ
古今集、読み人知らず より
つまらぬ、たわむれを言い、いい寄る男が、多いので、私を、あやしかる人と、申します。
さりとて、ことざまの頼もしき方もなし。なにかは、さてもこころむかし。北の方はおはすれど、ただ御方々にてのみこそ、よろづのことはただ御乳母のみこそすなれ。顕証にて出でひろめかばこそあらめ、さるべきかくれなどにあらむには、なでふことかあらむ。
さりとて、宮様以外に、頼る人も無し。
まあ、宮様の言葉に、従って、試してみましょう。
宮様には、北の方も、いられますが、ただ、いつもは、別々に、お住みになっています。
すべてのことは、御乳母が、取り仕切っていること。
露に、人に目立つことではないので、しかるべきところで、目立たぬようにとていれば、いいでしょう。
この濡れ衣はさらりとも着やみなむ」と思ひて、女「なにごともただわれよりはほかのとの思ひたまへつつ、過ぐしはべるはどのまぎらはしには、かやうなる所、たまさかにも持ちつけきこえするよりほかのことはなければ、ただいかにものたまはするままにと思ひたまふるを、よそにても見苦しきことに聞こえさすらむ。
そうすれば、多情だという私への、懸念は、晴れるでしょう。
と、考えて、女は、「何事も、すべて、自分の思い通りには、ゆかないもの。このように、過ごしながら、日々の慰めとして、たまたま、お出になるのを、待つということでしょう。
この他には、道はありません。
今は、もう、どのように、仰せられても、仰せのままに、従います。
宮様と、別々に住んでも、見苦しいことと、噂されているのです。
まして、まことなりけりと見はべらむなむかたはらいたく」と聞こゆれば、宮「それはここにこそともかくも言はれめ、見苦しうはたれかは見む。いとよく隠れたるところつくり出でて聞こえむ」など頼もしうのたまはせて、夜ふかく出でさせたまひぬ。格子をあげながらありつれば、ただひとり端に臥しても、「いかにせまし」と「人笑へにやあらむ」と、さまざまに思ひ乱れて臥したるほどに、御文あり。
まして、私が、邸に移りましたら、今までの噂は、本当だったと、人は、見るでしょう。それが、恥ずかしいのです」
と、申し上げますと、「それは、私の方こそ、とやかく、言われますでしょう。あなたのことを、見苦しいと、誰が見るでしょう。上手に、目立たぬことを、作って、お知らせしましょう。」
などと、心強く、仰せになり、夜明け近くに、お帰りになられました。
格子を、あげたままでしたので、ただ一人、端に臥して、「どうしようか」と考え、「人に、笑われるかもしれません」などと、様々に、思い乱れて、臥していますと、御文がありました。
宮
露むすぶ 道のまにまに 朝ぼらけ ぬれてぞ来つる 手枕の袖
この袖のことは、はかなきことなれど、おぼし忘れでのたまふもをかし。
女
道芝の 露におきいる 人により わが手枕の 袖もかはかず
宮
つゆむすぶ みちのまにまに あさぼらけ ぬれてぞきつる たまくらのそで
明け方の、露の降りた道を、辿りつつ、懐かしい、思い出の、手枕の袖を、濡らしつつ、帰ってきました。
この手枕の袖のことは、はかないことでしたが、お忘れにならずに、詠まれたのが、嬉しく思いました。
女
みちしぱの つゆにおきいる ひとにより わがたまくらの そでもかわかず
道の、芝草の露に濡れて、眠れずにいる人のために、私の、手枕の、袖も、涙で、乾くこともありません。
万葉では、恋歌を、相聞歌という。そして、死者への追悼を、挽歌という。
日本は、相聞歌と、挽歌の国である。
言うこともなし。