かくてあるほどに、またよからぬ人々文おこせ、またみづからもたちさまよふにつけても、よしなきことの出で来るに、参りやしなましと思へど、なほつつましうてすがすがしうも思ひ立たず、霜いと白きつとめて、
女
わが上は 千鳥もつげじ 大鳥の はねにも霜は さやはおきする
と聞こえさせたれば、
宮
月も見で 寝にきと言ひし 人の上に おきしもせじを 大鳥のごと
とのたまはせて、やがて暮におはしましたり。
そのようにしている、うちに、また、よくない男たちが、文を、よこします。
また、男たちが、うろついて、まとう様も、良くないことなので、宮様の、邸に、参ろうかと、思いましたが、やはり、遠慮があり、中々、決心が、つきません。
霜が、大変、白く置いた朝に、
女
わがうえは ちどりもつげじ おおとりの はねにもしもは さやはおきける
私のことを、千鳥は、宮さまに、告げますか。
起き明かして、袖に、霜がおきましたことを。
大鳥で、いらっしゃる、宮様の羽にも、霜はおきましたか。
と、申し上げますと、
宮
つきもみで ねにきといひし ひとのうえに おきしもせじを おおとりのごと
月も見ずに、寝てしまったと言われますが、そのように、起き明かすことのない人の上に、霜は、おくわけは、ありません。大鳥のようには。
と、お詠みになられて、すぐに、夕方、お見えになりました。
宮「このごろの山の紅葉はいかにをかしからむ。いざたまへ、見む」とのたまえば、女「いとよくはべるなり」と聞こえて、その日になりて、女「今日は物忌」と聞こえてとどまりたれば、宮「あなくちをし。これ過ぐしてはかならず」とあるに、その夜の時雨、つねよりも木々の葉残りありげもなく聞こゆるに、目をさまして、「風の前なる」などひとりごちて、「みな散りぬらむかし。昨日見で」とくちをしう思ひ明かして、つとめて、宮より
宮
神無月 世にふりにたる 時雨とや 今日のながめは わかずふるらむ
さてはくちをしくこそ」とのたまはせたり。
宮様は、「この頃の、山の紅葉は、どんなに、美しいでしょう。さあ、見に行きましょう」と、仰せになります。
女は「たいそう、よい話です」と、申し上げます
当日になって、「今日は、物忌みですので」と申し上げて、家に留まりました。
それで、宮様から、「残念です。物忌みが、終わりましたら、行きましょう」と、御文がありました。
その夜、時雨が、いつもより、強く降り、木々の葉が、残りそうになく、聞こえました。
宮様は、目覚められて、「風の前なる」などと、独り言を仰せになり、「紅葉は、散ってしまったでしょう。昨日見ておかないで、大変、口惜しい」と、残念に思い、夜を明かしました。
その朝、宮様から、
宮
かんなづき よにふりにたる しぐれとや きょうのながめは わかずふるなむ
十月に、昔から降る、時雨と言われますのに、区別もなしに、今日の、長雨は、降るのでしょうか。
あなたは、長雨を、時雨と思い、私の、涙の雨とは、思わないでしょう。
本当に、口惜しい気持ちです。
と、御文がありました。
女
時雨かも なにに濡れたる たもとぞと 定めかねてぞ われもながむる
とて、女「まことや、
女
もみぢ葉は 夜半の時雨に あらじかし 昨夜山べを 見たらしかば
とあるを、御覧じて、
宮
そよやそよ などて山べを 見ざりけむ 今朝は悔ゆれど なにのかひなし
とて、端に、
宮
あらじとは 思ふものから もみぢ葉の 散りや残れる いざ行きて見む
とのたまはせたれば、
女
うつろはぬ 常磐の山も もみぢせば いざかし行きて 問ふ問ふも見む
不覚なることにぞはべらむかし」。一日おはしましたりしに、、女「さはることありて聞こえさせぬぞ」と申ししをおぼし出でで。
女
しぐれかな なににぬれたる たもとぞと さだめかねてぞ われもながむる
時雨に濡れたのかどうか、わかりませんが、私の袂は、濡れています。
何に濡れたのかと、物思いしています。
と、女は詠み、さらに
女
もみぢばは よはのしぐれに あらじかし きのうやまべを みたらましかば
紅葉は、夜半の時雨に打たれて、残ってはいませんでしょう。
昨日、見ておけば、良かったと、思います。
と、お返事差し上げたのを、見て、
宮
そよやそよ などてやまべを みざりけむ けさはくゆれど なにのかひなし
そうです、そうです。どうして、紅葉を見に、行かなかったのでしょう。
今朝になって、後悔して、どうしようもありません。
と、お書きになり、その、端に
あらじとは おもふものから もみぢばの ちりやのこれる いざいきてみむ
もう、紅葉は、落ちているでしょうが、もしや、まだ、残っているかもしれません。
さあ、見て来ましょう。
と、仰せになりましたので
女
うつろはぬ ときわのやまも もみぢせば いざかしゆきて とふとふもみむ
色が変わることがないという、常盤の木々が、紅葉になると、いうのであれば、さあ、出掛けて、見ることにしましょう。
お忘れに、なられたのでしょうね。と、申し上げました。
この間、宮様が、お越しの時に、「差し支えがあって、お逢いできません」と、申し上げたのを、思い出しくださらない。
さはり、とは、物忌み、それは、女性の、月のものを、言う場合もある。