一年間、働いても、年収が200万円以下しかない人が、一千万人を超えたという。
勿論、人事ではない。
朝日新聞、4月30日の朝刊、一面に、39歳全財産100円という記事である。
男性は99年、都内の私立大学を卒業した。
浪人と留年を重ね、卒業は30歳の年。就職氷河期の、真っ只中である。
契約社員を続けて、やってきた。
正社員を、目指しても、決まらない。ついに、どうして、職を点々とするのかという、質問である。
遊んでいる訳ではない。くたくたに、働く。しかし、5万円を働くと、手取り、21,814円である。
健康保険料9,456円、雇用保険料735円、厚生年金保険料17,995円が、引かれるからだ。
記者は、30歳で、大学を卒業したというだけで、貧困から抜け出せないと、書く。
前日、私は、東大を卒業し、官僚キャリアになり、アメリカに留学して、資格を取り、帰国して、外資系金融機関に勤めて、年収30億円の、34歳の男の話を、聞いた。
そろそろ、仕事を辞める。そして、ドバイに住む計画だという。
その手の人の、話は、多く聞いたので、驚かない。
お笑い番組の、録画を見つつ、仕事をするという。
指先の仕事である。
コンピューターを、指で打つのみ。
為替差益で、利益を上げる。
ここで、経済学の、話をするのではない。
この世が、地獄であるという、話である。
私が、12年前に、札幌から、鎌倉に移転した時、20本ほどの、原稿を書き、それで、十分に生活が出来、貯金が出来た。
しかし、バブル崩壊から、はじまった、倒産により、一本、また、一本と、仕事が減り、ついに、先日、30年間程、書き続けていた、雑誌も、休刊になった。
毎年、確定申告する額は、少なくなるばかりである。
そうそう、原稿料、一年分を、倒産によって、貰わなかったこともある。
自由業であるから、覚悟の上である。
いけばなや、茶の湯、舞踊などを、教えて、全国の占いイベントなどに、参加し、くたくたになり、それらを、少し休んだのが、37歳の年である。
五人前の仕事をしていた。
ちなみに、その頃、人を三人から五人雇っていたから、収入の程度が、わかるだろう。
少しばかりの、貯金を、持って鎌倉に出た。
そして、出会いによって、コンサートを開催するようになり、資金も、保険も、解約して、すべてを、使い果たした。勿論、悔いは無い。
無一文になるという、状態でも、希望があった。
年は取る。
次第に、先が見える。
今、私は、金を得る原稿を、一つも書かないのである。
来年の、確定申告は、無税であろう。
笑う。
自業自得である。
それで、私は、テラの会という、追悼慰霊と、ボランティアの活動を開始した。
長年の、付き合いから、支援をして下さる方もいた。
その辺りから、私は、流れに任せた。
さて、私の言いたいことは、この国の問題である。
私のように、すべてを棄てて、自業自得を、そのままに、生きるというならば、良い。しかし、他の人は、日本国の国民として、生きている。国の憲法に、何が書かれてあるのか。
じっくりと、読むべきである。
格差社会などという、分析は、どうでも、よい。
本日、ただ今、食って寝る場所を、維持しようと、精一杯努力奮闘している人々の、存在を、知るべきであるとことである。
政治家。それが、政治家の、努めである。
最低限の状態の中にいる人の、味方は、私設のボランティア団体が、多い。
何故、行政が、行えないのか。
上記、男性は、東京都にいる。税金も払っている。
さて、都は、何をしているのか。
個人の責任、自己責任であると、言うつもりであるのか。
私のような者には、それは、通用するが、食って寝る場所を、一生懸命に、務めている人には、更に、サービスが必要である。
格差の、問題は、連帯責任である。
私は、素人であるから、具体的に、提言しないでおく。
もし、都の福祉課の職員等に、慈悲という思いがあれば、何かのアイディアを思いつくだろう。
400億円という、都銀への、追加出資をした。
400億円である。
よくよく、考えて欲しい。
それは、一つの象徴である。
国も、一事が万事、そのようである。
何か。
食って寝る場所を、確保するために、生きている人の、存在を知らないからである。
ああ知っていると、言うだろうが、実際に知らない。
年金を、当てにしない人が、年金額を決めているのである。
民主主義とは、民が、主である。
共産でも社会でもない。
ところが、素人の私には、民主、共産、社会主義も、同じように見える。
つまり、支配者のものである。
中国共産党を、云々できない。
勿論、北朝鮮のような、極悪非道な国でいないが、緩やかな、絶対主義にあるものである。
資本主義というものは、絶対主義の、緩やかなものである。
資本という絶対のもの。
資本とは、金である。
実質経済と、妄想経済との、間を揺れる。
ただ今は、妄想経済が、先行して、年収30億円の者は、どうして、皆、馬鹿なんだろう。どうして、あんなに、働くのと、平然として、言う。
全体主義と、何の違いがあるだろう。
次の、選挙では、自民党が、確実に負ける。
民主党が、政権をとる。
ところが、自民党より、良い政治をするとは、思われない。
理由は、政治家だからである。
政治家に、なった途端に、変質する。
貧乏人が、一億を得たと、思えばよい。
貧乏人は、変質する。
政治家も同じである。
食う、寝る場所に、困らないのである。
当然、変質する。
バブルの頃に、清貧の思想という、本がベストセラーになった。
大衆が、如何に愚かであるかが、解るというものである。
オルテガという、哲学者が、大衆の反撃という、本を書いた。
識者は、皆、それの、焼き写しを、論じていた時期がある。
勿論、識者も、大衆である。
私は、これを、書いていて、解決策というものを、見いださない。
明治になって、武士が、廃れた時代を、見ればよい。
戦争終結で、軍人が、廃れた時代を、見ればよい。
今、時代は、とてつもなく、無情になっているのではなく、この世が地獄であることを、告げ知らせている。
だから、悔い改めて、改心せよなどという馬鹿なことは、言わない。
後期高齢者という。
老人を、馬鹿にするのも、程がある。
しかし、それも、詮無いことである。
実際、老人の医療費で、国が潰れる。
しかし、そのように、潰れるようにしたのは、誰かである。
犯人探しをするのではない。
いずれ、こうなることは、解っていたはずである。
誰が、この世を、作っているのか。
神や仏ではあるまい。
人が、作る世の中である。
つまり、人とは、地獄を作るモノであるということ。
政治家になれば、確実に、食って寝る場所を、得る。
やめられる訳が無い。
最後に、私は、国に頼らない、乞食になるつもりであるから、何とでも、言う。
大勢の金持ちも、一人の乞食に、適わないと、私は知っている。