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神仏は妄想である。86

神は妄想である。
リチャード・ドーキンスによる、論文から、これを書いている。
第7章 「よい」聖書と移り変わる「道徳に関する時代精神」より

本章は、いかに好意的な見方で臨もうとも、私たちがーーー宗教を信じる人間でさえもーーー道徳上の判断を下す根拠は聖書からは得られないと示すことからはじまった。それならば、私たちは何が正しくて何がまちがっているかを、どのようにして判定するのだろう?
この疑問にどう答えるかにかかわらず、私たちが事実の問題として、正しくあるいはまちがっているとみなすものについては意見の一致が、驚くほどひろく行き渡った見解の一致が存在する。この見解の一致は、宗教とは明白な結びつきをもたない。けれどもそれは、本人たちが自らの道徳が聖書に由来すると考えていようといまいと、信仰をもつ人にまで及んでいる。
ドーキンス

見解の一致は、聖書主義や、信仰を持つ人、無神論者、多々幅広く、それは、存在するという。

ここでいう、時代精神というものは、実に、重大である。
人類の歴史は、この時代精神によって、成る。
試行錯誤を繰り返して、人類は、論証しつつ、進んできた。

時代精神を、認識しない人は、歴史を理解できない。
端的に言う。
その時代だから、行為することが、出来たのであるということ、歴史を見れば、解る。

ドーキンスの、論述と共に、それを、見てゆく。

私たちは言論の自由を信じ、たとえ言われている内容に同意できない場合でも擁護する。税金を払い、人を騙さず、人を殺さず、近親相姦に走らず、自分がしてほしくないことは他人にしない。こうした善行に関する原則の一部は聖書に見出すことができるが、それはまともな人間なら従いたくないと思うようなことと一緒に埋め込まれている。そして聖書は、善行に関する原則を悪行に関する原則と区別するためのいかなる基準も提供していない。
ドーキンス

聖書解釈は、断片主義であると、私は言う。
こじ付け、捏造を得意として、支配者の都合に合わせて、解釈される。

多くの宗教、特に、教義というものを、掲げる宗教は、時に、驚くべき、素早さで、その解釈を変更することがある。
それは、時代精神ではなく、時代迎合である。
または、集金能力を上げるためにである。

カトリック教会が、最初は、ラテン語で祈り、次には、文語体で、祈り、更に、口語体での、祈りに変更した。
このような、変更は、取り立てて、問題は無い。
しかし、教義解釈や、聖書解釈に関しての、変更は、何か、魂胆がある。

例えば、冒すことが出来ない、ご本尊を、ペンダントにまで、印字して、売るという行為などは、唖然とするより、あまりの、変質に、彼らの信仰の、虚偽を見るのである。

一端信じ込んでしまった、信者には、何でも通用するという、驕りが有る。
いくらでも、騙すことが、出来るというものである。
信者は、その信仰により、羊のように、従順になるということだ。

信仰とは、人間改造に、他ならない。
人間革命など、あろうはずがない。
単なる、勘違いである。更に、思い違い、心得違いとなる。

ドーキンスが言う。
次に示すのは現代の「新十戒」の一つで、私がまたまた無神論者のウェブサイトで見つけたものである。

自分がしてほしくないと思うことを他人にするな。
あらゆる事柄において、人を傷つけないように努めよ。
あなたの仲間である人類、あなたの仲間である生物、そして世界全般を、愛、誠実および敬意をもって扱え。
悪を見逃さず、正義を執行することにひるむな。しかし、進んで認め、正直に後悔しているならば、いつでも悪事を許す心構えをもて。
喜びと驚き感覚をもって人生を生きよ。
つねに何か新しいことを学ぶように努めよ。
あらゆる事柄を検証せよ。つねに、あなたの考えを事実に照らしてチェックし、どんな大切な信念でも、事実と合わなければ棄てる心構えをもて。
けっして反対意見を検閲したり、耳を傾けることを拒絶したりしてはならない。つねに他人があなたに反対する権利を尊重せよ。
あなた自身の理性と経験をもとにして独立した意見をつくれ。むやみに他人の意見に導かれることを許してはならない。
あらゆることに疑問を発せよ。

更に、ドーキンスは、それに、付け加えた。

あなたの性生活を( ほかの誰にも危害を及ぼさないかぎり)楽しみ、他人が個人的に楽しむものを、それがいかなる性癖であろうと、ほうっておくこと。それはあなたに関係ないことなのだから。

性別、人種、あるいは( 可能なかぎり)生物の種のちがいをもとにして、差別や抑圧をしない。

子供を教化しない。子供には自分で考える方法、あなたに異議を唱える方法を教えよ。

本来を自分のもつ時間のスケールよりも大きなスケールで評価せよ。

以上である。

どこかの、新興宗教が、即、採用するような、実に良い内容である。
だが、上記の新十戒も、ドーキンスも、無神論者である。

奴隷制は、聖書の時代および歴史の大部分を通して当然のこととして受け取られてきたものだが、文明国では19世紀に消滅した。選挙および陪審員としての女性の投票権は、1920年代まで広い範囲で否定されていたが、現在ではすべての文明国が男性と同等の権利を認めている。現代の文明化された社会(ここには、サウジアラビアは明らかに含まれない)では、女性はもはや財産とみなされないが、聖書の時代には明らかにそうだった。――――
かように、宗教を信じていようといまいと、私たちは誰しも、何が正しくて何が悪いかという態度において大きな変化をとげてきた。この変化はどういう性質のものであり、何がその原動力なのだろうか?
ドーキンス

どんな社会にも、どことなく謎めいた見解の一致が存在し、それが、十年単位で変化する。それを、ドーキンスは、ドイツ語から、借用した、時代精神という言葉に当てたのである。

このような、考え方を、知性の産物と言う。
さらに、それを、感じ取る力を、感性が養う。そして、理性が行為させる。

人類は、そうして、歴史を進んできた。

宗教は、その、人類の進んできた、道のりを、無知蒙昧で、覆い尽くす。
神や仏で、突然、その、進んできた道のりを、解釈し、裁断する。

更に、一本進んで、何故、人は、神や仏という、絶対者というものに、曳かれるのだろうかということだ。
そして、祈りを上げ、そのために、膨大な時間を費やす。

一つは、行為自体に、安心感を得る。
そして、個としての存在感に対する、不安である。
もし、一人で、神や仏に対座していたら、どうだろうか。
生活集団としての、仲間意識よりも、何か、特別なモノを、拝むという、集団に属していなければという、分離不安ゆえに、宗教の集いに参加する。

奴隷としての、黒人が、信仰によって、最低の生きる意味意識を得ていた事実がある。
それは、悲しいほど、悲劇的なことである。
生きるために、必要不可欠な、信仰というものがある。
それを、考慮しても、宗教というものは、団体になると、集団になると、悪行になるということである。

アメージング・グレイスという歌がある。
黒人霊歌としても、イギリス民謡としても、歌われる。
これは、イギリスの奴隷船の船長だった、男が、ある航海で、大嵐に遭遇し、九死に一生を得た。そして、自分のしている、奴隷を売るという、悪行に気付いたという。
彼は、即座に、改心して、宣教師になった。
そして、書いた曲が、それである。

内容は、私は、今まで罪を犯していました。どうぞ、私を許してください。というようなものだ。

一見して、納得するような、話だが、どうも、腑に落ちない。
何故、神に改心したのだろうか。
それが、時代精神、時代性である。

今なら、違う形になった、可能性がある。
19世紀も後半のことである。
まだ、宗教の蒙昧の中にある、時代である。
改心の方法は、一つだけしかなかった。

よく、キリスト教会で、言われる話がある。
宇宙船の乗組員が、宇宙を見て、神の存在を確信し、宣教師になったというものである。
人知を超えたモノを、感じた時に、神というものに、傾倒するというのは、神という言葉に、その、人知を超えたものを、置き換えるのである。

計り知れないモノを感じた時に、絶対者という、存在を置くという、感覚は、矢張り時代性である。

それが、何故、神でなければならないのか。
大いに疑問である。

実は、簡単なことである。
それ以外に、考える言葉か無いからである。
要するに、思考停止状態に陥るのである。
この、思考停止状態に、陥ることを、宗教指導者、支配者は、待っている。
思考が停止すると、人間は、兵隊のようになる。

罪意識を、徹底的に植え付けて、思考停止状態にさせて、教義に雁字搦めにする。
すると、信者は、兵隊になり、宗教の思うままに、行動する。
それを、洗脳という。

教育は、緩やかな、強制を伴う。
しかし、その、緩やかな、強制の中に、疑問を発する精神を、養い、自分の頭で考える力を、養うべくの、教育が、最上の教育となる。

私の霊学から、言う。
一人一人の、神や仏があっていい。しかし、それを、集団としての、宗教に、委託するのは、完全に誤りであるということだ。

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2008年05月18日 14:00に投稿されたエントリーのページです。

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