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2008年07月 アーカイブ

2008年07月01日

もののあわれについて228

侍従の宰相の五節の局、宮の御前いと近きに、弘薇殿の右京が、一夜しるきさまにてありしことなど、人々言ひ出でて、日蔭やる。さしまぎらはすべき扇などそえて

おほかりし 豊の宮人 さしわけて しるき日かげを あはれとぞ見し

一条院の東の対に置かれた、藤原実成が献上した、五節の舞姫の控え所。
宮の御前とは、中宮彰子の御座所。
弘薇殿とは、一条天皇女御の女房の右京。
先日の夜、日蔭の、鬘、かずら、が、目立つ有様であること、人々が言う。
さしまぎらはすべき扇、とは、顔を隠すための扇である。それを、添えている。

宴、とよのあかり
宴会を、豊明節会、とよのあかりのせちえ、と読む。

宴に、奉仕した大勢の人々の中で、ひときわ目立つ、日陰の鬘の、あなたを、感慨深く、拝見しました。

寛弘五年、十一月の豊明節会の日の歌である。
その頃は、源氏物語の作者として、知られていた頃である.

宮仕えも、その才能を買われてのものである。
さしわけて あはれとぞ見し
格別に、感慨深くである。

この、あはれ、は、また格別であるという、あはれであり、心の許容範囲を超える、思いを、あはれ、と言うのである。

あはれ、という言葉が、いかに、多くの意味を持ち、また、多くの表情を、持っているかが、解る。
あはれ、という言葉を、限定して、定義できない故である。

はじめて内裏わたりを見るに、もののあはれなれば

身のうさは 心のうちに したひきて いま九重ぞ 思ひ乱るる

始めて、宮仕えに出た頃の歌である。
歌の題が
宮仕えを、もののあはれなれば、という。

感激、感動、そして、不安と、期待など、様々な思いの乱れ、入り交じった情緒である。

宮仕えに出ても、我が身の嘆きは、心の中に湧いて、宮中で、あれこれと、心が幾重にも、乱れることだ。

身のうき、とは、身の憂き、である。
不運な、身の上を、憂きことと思う。辛く思うのである。
宮仕えが、辛いのではない。彼女の、身の上の辛さである。
夫を亡くし、一人子を抱えての、不安や、動揺でもある。
九重とは、宮中を指し、また、幾重にもという意味でもある。

心のうちに したいきて
心の内に 慕いくる
その思いが、ついてくるのである。

この歌を、彼女の生きてきた、道のりを考えて、様々に、書き表すことが出来る。それをこの一首に、凝縮するのである。

まだ、いとうひうひしきさまにて、ふるさとに帰りて後、ほのかに語らひける人に

閉じたりし 岩間の氷 うち解けば をだえの水も 影見えじやは

宮仕えに出て、まだ新米で、故郷に帰り、その後で、少し話し合った同僚であろうか、人に。

岩間を閉ざしていた、氷が、解け始めたら、途絶えていた、水も流れ出ます。
そこに、影が映らないことが、ありましょうか。

つまり、それは、相手に対して、言うのである。
あなたが、打ち解けてくださるならば、どうして、内裏に出ないことが、ありましょうか。

宮仕えに出たのは、十二月二十九日のこと。
間もなく、里に帰り、春になっての、出仕である。
春になり、氷の解けることを、比喩にしている。

返し

みやまべの 花吹きまがふ 谷風に 結びし水も 解けざらめやは

返しが、きた。

山辺の花を、散り乱す谷風に、固く閉ざしていた氷も、解けないことが、ありましょうか。

それは、また、中宮の御心によって、あなたの心も、解けるでしょうと、言うのである。


正月十日のほどに、「春の歌たてまつれ」とありければ、まだ出で立ちもせぬかくれがにて

みよしのは 春のけしきに 霞めども 結ぼほれたる 雪の下草
みよしのは はるのけしきに かすめども むすぼほれたる ゆきのしたくさ

正月十日のこと。
「春の歌を、詠みたまえ」と言われて。
里に戻ったまま、出仕せず、身をひそめている家で。

吉野山も、今は、春らしく、霞がかかっています。しかし、私は、雪に埋もれて、芽も出せない、下草のようです。

吉野に、み、という接頭語をつける。
吉野山は、雪深く、春になっても、雪の降る場所として、歌に詠まれる。

この、私に、光を当てて、雪を解かし、芽を出させるものは、中宮の、信頼と愛情であろう。

宮仕えとは、中宮彰子に、仕えることであり、紫の、役目は、中宮の教養を高めることである。
多くの、女房たちが、集っている。
そんな中で、紫は、人に顔をみせることを、特に、避けたという。

結ぼほれたる 雪の下草
源氏物語を、書いた後の、彼女は、この言葉のような、生き方をしていた、また、好んでいたといえる。

芽も出せない、雪の下草という、心境である。

あの、世紀を超えて残る、物語を書いた者とは、思えない、謙虚さである。

神仏は妄想である107

信仰の最も重要な面は罪の意識の自覚にあることは言うまでもない。同時に隠れた自力性といったものが、ここに微妙に作用するのではなかろうか。たとえば罪の告白懺悔は尊いことかもしれないが、このときほど人間の「はからい」が巧妙にはたらくときはないのかもしれない。親鸞はそこに生ずる虚構をおそれたのだ。
亀井勝一郎

罪の自覚は、当然だと言う。
親鸞は、告白懺悔の虚構を恐れたと言うが、私は、それ以前に、罪の意識のあるのが、当然だということに、注目する。

宗教の救いというものは、人間の罪意識あればこそだと、暗黙の内に、了承されていることである。
おかしい。

我が身が、救いようのないほど、罪人であるという意識は、如何なるものか。
罪意識があるから、救われたいと思う。

何度も言うが、この自虐性が、問題である。

更に、
自己の計量したあらゆる救済観念を破壊すること、これが親鸞の戦いである。換言すれば、罪の自覚の深さに応じて、そういう救済観念の空しさを身に沁みて経験してきたということでもある。

自力作善のひとは、ひとへに他力をたのむこころかけたるあひだ、弥陀の本願にあらず。
歎異抄

自力の人は、他力の心が、欠ける。ゆえに、弥陀の本願には、適わないのである。

これは、観念の中の観念である。
確かに、親鸞の思索の深さというものが、表現されるというが、何ゆえに、ここまで、自己を追い詰めるのかといえば、罪意識である。

罪人意識に、陥り、抜け出せないでいる。しかし、これも、自業自得である。

歎異抄は、名文であり、日本文学の中でも、一際、冴える書である。
しかし、それと、宗教の云々とは、別問題である。
確かに、宗教的、云々があればこその、名文であろうが、そうだとすれば、これは、あまりに、無用な、悩みを、多くの人に与えた。
更に、現代までも、この親鸞の迷いに、導かれて、さすらう人がいる。

愛欲の大海に、沈む、つまり、セックスの欲求が、何故、罪の意識と、結びつくのか。
それを、罪意識だと、当然として、今までの解釈は、成り立つていた。
根本からして、それは、誤りである。

名利の山に、迷う。
何故、名声を求めてはいけないのか。
そのために、努力奮闘することに、人生の一つの道があるのだろう。

何をしても、人は、生きられるようにしか、生きられないのである。

救いを説く、仏教がもたらしたものは、救われないという、罪意識であり、それは、単に、その世界の中での、お遊びであるという。
つまり、観念遊びである。

罪意識という、迷いを与えて、そして、そこからの救いを説くという、ゲームである。

どんな救済観念も崩壊した極限を設定することによって、言わば自己のはからいの微塵も入る余地のない、絶対帰依の心をあらわそうとしたのである。悪人への同情でもあこがれでもない。崩壊しつくした人間と、弥陀の本願との、どん底における出会いに、信仰の純粋性を見ようとしたのである。
亀井勝一郎

上人の常の仰せには、弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり
歎異抄

親鸞一人のために、あの大願が発せられたということである。だが何がこのことをいわせるに至ったのか。まさに天地の間「唯我独悪」の切なる体験が、この言葉となったのである。一切の悪がこの自分一人の中に渦巻いているのである。だがそれは何を意味しているのか。一切の慈悲が自分一人の上に降り注がれているということではないか。・・・・
こんな驚きこんな感激が他にあうか。もう自分の往生に露塵ほどの疑いも残らぬ。誰を差し置くとも、この自分が浄土に生まれるのである。こんな歓喜が世にあろうか。地獄必定と分からせて貰えた者のみの味わい得る歓喜である。
柳宗悦

一体、誰が、こんな、妄想を、与えたのであろうか。
大乗仏典は、すべて、創作であると、今では、知られている。
当時は、そうではなく、すべてが、本当であると、考えた。
つまり、極楽も、地獄もあるものだと。

今では、仏典の多くが、検証されて、その有様が、解られてある。
妄想の、観念が、妄想の観念を生み、更に、誇大妄想が、加えられて、とんでもない、極楽往生の、思索の深さが、善しとされている。

人は、生きられるようにしか、生きられない。

つまり、時代性であり、時代精神である。
彼らを、責める訳にはゆかない。
その時代に、徹底して、生きたのである。

さて、それから、親鸞を支持した者たちが、浄土真宗という、集団を作る。
そして、現在までに至る。
その、宗教団体は、如何なるものか。

あの、時代に、宗祖が、悩み抜いた境地に、立って、信仰と成しているのか。それとも、既得権益のみに、汲々としているのか。

堕落の一言である。

更に、内の中に、反省を促す声も、聞かず、ただ、諾々として、伽藍と、形式に陥り、すでに、その心意気を失い。ついには、葬式のみに、生きる宗教となり、唾棄すべき、僧侶たちの、安穏とした様は、世の中の害毒である。
無きもしない、地獄、極楽を、説いて、信者を騙し、更に、脅迫して、強迫神経症を、引き起こさせるという、お粗末さである。

次に、宗門から、宗門を批判した、昭和歎異抄を書いた、大沼法龍氏の、文を、見ることにする。

神仏は妄想である108

浄土真宗では読経、儀式に偏重して、実地の求道を軽視してはいませんか。僧侶が色衣を着て葬式をすれば、極楽往生をさしてあげるように自惚れ、遺族のものもそれで浄土往生をしたものと安心しているのは、自他ともに間違いいではありませんか。聖人の真意は、歎異抄に「親鸞は父母孝養のためとて一遍にても念仏まをしたること未だ候はず」と、改邪抄には「某親鸞閉眼せば加茂川にいれて魚にあたうべし」とありますが、今真宗では実地の求道は指導せず、流れを汲むものはすべて信後のものと看做して、読経、儀式が真宗の全部のように誤認してはいませんか。
大沼法龍 昭和歎異抄

浄土真宗の僧侶が、自らの教団に、徹底批判する最初である。

上記を、読むと、何も浄土真宗に限らない。
日本の仏教は、今、皆、そのようである。
開祖の心意気などは、皆無である。

これは、江戸時代の三代将軍、家光のキリシタン禁止のための、すべの国民を、寺に登録させる、つまり、寺の檀家にするという、政策の御蔭である。
それから、仏教の堕落が、はじまった。勿論、それ以前からも、堕落していた。

要するに、将軍が、寺の金集めを指定してくれたのである。
僧侶たちの、堕落は、計り知れないものがある。

僧侶も、妻を娶り、家族を持ち、更に、子孫のために、財産を残すべく、セッセと金集めに奔走するという。
仏陀が、聞けば、泡を吹くような、行状である。

在家と、出家の区別も無いのである。
どこに、仏陀の仏教があるのか。

大乗仏典が、いかに、嘘まみれなのかは、彼らを見れば、よく解る。

上記の、文は、誰が読んでも納得するものである。

読経と、儀式に、堕して、今も、平然として、仏教と名乗り、平然として、暮らしを立てているという、仰天である。

あまりに、平穏無事であるから、最早、宗派の教えも、何も、忘れているようである。

勿論、ごくごく一部には、少しは、真ともな僧もいるが、それとて、少しは、真ともに見える程、日本の僧侶たちは、堕落している。

信長ならば、一まとめにして、火を放つだろう。
私も、そうする。

大沼法龍氏は、真宗だけではなく、すべての宗派に対しても、同じように考えていただろう。

聖人は法然上人の膝元で、たのむ一念の時、立ちどころに他力摂生の趣旨を受得したと書いてありますが、一念をはっきり語るものがいない。聖人が「一念といふは信楽開発の時こくの極意を顕し、広大難思の慶心を彰す」といわれたのは、実時でも仮時でもない、開発したときの味である。溺れていたものなら、助かったという自覚がある、後生の苦になったものなら、開発したという体験がある。後生の一大事になっていないものが、読書して了解しているのだから、いつとはなしに獲信したというのは、話がわかっただけで調熟と摂取の分際がわからないのだから、摂取されてはいません。

後生の一大事になってないいものが、読書して了解しているのだから・・・

正に、今の仏教は、読書の仏教であり、ハウツー物の、仏教書を読んで、了解している者、多数であり、更に、それらを、書くのは、仏教家ではなく、様々な分野の人が書いているという、有様。
皆々、言葉の遊び程度で、それを呼んで、感動しました等々の、言葉は、単に、読んで了解したという、程度で、何も、開発したものではない。

少しは、解ったというだけで、得心していないというのである。
調熟と、摂取の分際がわからないのだから、摂取されていません、とは、専門的、浄土真宗の教義にあるから、これを、説明しても、どうしようもない。

面白いのは、法然を上人とし、親鸞を聖人としていることだ。
真宗は、親鸞が開祖であるから、当然、親鸞に重きを置く。

聖人は第十八願の成就文の聞即信の一念で、無量永劫の解決がつく、唯信独達の法門を発揮しておらるるに、真宗では十劫の昔に助かっていることを喜べと、十劫秘事の異安心を鼓吹しているのは、聖人の真意を知らないのではありませんか。

この、十劫の昔に、助かっているというのは、すでに、弥陀の本願が発揮されて、救われているということなのだろう。
素人の私にでも、解ることである。
要するに、理屈である。

ここで、少しばかり注目する部分がある。

聖人はあれだけ難信の法を説いておらるるのに、真宗の道俗は誰一人として語るもののいないのは実地の求道がなく、実地の体験がないから語り得ないのではないでしょうか。難信易行が宗の根基で、易信易行の宗旨はありません。

易行道というが、実は、難信だという。
難信であり、易行なのである。

信ずるのは、難なのである。しかし、方法は、易い。

次第に、専門的になるので、このくらいにして、おく。

大沼氏の言いたいことは、現在の浄土真宗の堕落である。
その、堕落をそのままにして、寺を我が子に継がせ、宗旨の理などは、度外視し、安穏としている組織に、渇を入れているのだ。
しかし、その渇も、効き目が無い。
全く、無関心を装っても、いいのである。それは、檀家がいるからである。何の心配もいらない。十分、生活してゆかれる。
金が必要になれば、何とかカントかと、名目をつけて、集金するのである。

それは、今では、すべての仏教団体に言えるのである。

こんな、いい商売は、ありませんと、平然として、料亭で、宴会をする僧侶たちである。
どこに、仏陀の伝えたものがあるのか。
仏教という、宗教の更に、宗派の、軌道に乗っていれば、いい。
教団上層部、指導者が、決めた教義を、唯々諾々と承知し、ただ、それを、猿真似のように、伝えていればいいのである。

ホント、こんな良い商売はない。

末法というのは、仏教家たちに言えることで、一般の人には、全く関係無い。
これほど、救われない集団も、いないが、救われていると、信じているから、終わっている。

その、救われているとは、単なる、妄想であることに、気付かない。

兎に角、阿弥陀如来というのは、架空の存在であり、人の創作したものであることは、明々白日である。
その、本願云々という、お話も、いつまで、続くものか。

最早、時代は、その妄想を抜けて進んでいる。
もっと、マシな、妄想が、闊歩しているのである。

愛と調和のエネルギーとか、ね。

2008年07月02日

神仏は妄想である109

真宗には智者も学者も輩出しているけれども、ああ言えば異安心、こう言えばお聖教に抵触すると、小さい凡智の神経を尖らして蝸牛角上の闘争をつづけているけれども、それは御教化を敷き写しをしているにすぎない、不思議の仏智と一体になっていないから、如来聖人の真意を読破することができない。
大沼法龍 昭和歎異抄

真宗に限らず、宗派の教学学者という者がいる。
実際、学問には、程遠いものであるが、学問の一つだと、思い込んでいるのが、実に、不思議である。
キリスト教神学にしても、学問の一つだと、信じて疑わないのである。

教学は、学問の分野に入れて、語るものではない。
何故なら、それらは、すべて、妄想の産物、創作想像の産物だからだ。
しち面倒な、言葉の数々を覚えて、教学試験などとやっている、宗教もあるが、笑いものである。

それらを、覚えても、何一つ、人生の役には立たない。いやいや、役に立つ者がいる。それを、生活の糧にしている輩である。

各宗教の大学などでは、堂々と、学問として、仏教学などを、講じているという、仰天である。

曹洞宗系の、ある大学に行っている、一般の学生から、聞くと、僧侶になるために、入学してきている者、多数。しかし、あれらの行状を見ていると、寺に金を出す者たちが、本当に、可愛そうである、いや、哀れであるという。
寺の住職を継ぐ者なのであるのか、低能と思えるほどの、頭でも、入学しているというから、呆れる。

要するに、惰性である。
血脈に継がせるということ、自体、すでに、崩壊である。

だから、と、大沼氏は書く。
新興宗教の荒波に巻き込まれている真宗の御門徒を、傍観するのみであって、救済することができない。信仰の悩みを開化するのではなく、絢爛たる儀式に眼を剥けさすことに腐心しているから、儀式が終われば淋しいから低級の物欲の宗教に狂わされてゆくのであります。

これは、昭和歎異抄の、はしがき、である。
それ以降の、内容については、甚だしく、真宗の専門的な、教義になるので、書くことができない。
それを、説明するだけでも、とんでもない、分量になる。

上記、冷静に判断すれば、実は、浄土真宗というものも、新興宗教である。
親鸞が起こしてから、どれくらいの、時間を経ているのか。
低級の物欲の、宗教に狂わされているというが、それは、お互い様である。

何の根拠も無い、戒名などをつけて、暴利を貪る。
ご供養と称しての、寄付や、献金からはじまり、何かにつけて、金を集める。
他の、新興宗教と、何ら変わらないのである。

ただ、このように、宗旨の教えに、憂いを持ち、宗派に、反省を促す者を、追放するという、浄土真宗の、その様が理解できるというものだ。

真宗の御門徒を、傍観するだけで、救済しないと言う。
ここで言う、救済とは、親鸞の、教えに対するものであり、救済観というものは、その、宗派によるものである。

実に、宗教家は、救うという言葉が、好きなようである。

門内にいては長いものに巻かれよで、体験を語ることさえもできない不自由さで、
気迫もなければ発展もない、ただ他力無力で安逸を貪り、死後の夢を見ているにすぎない。不思議の仏智に目覚め批判をし、鉄槌を加えても、無明の酒に酔いつぶれているものには悪口としか聞こえないのだから、どうせ弥勒の出世を待つまでは流転をつづけなければなりますまい。
と、言う。

禅宗の、真っ当に住職をしていた僧が、檀家ために、金のかからない、納骨堂の建設を始めると、まさに、金にならないと、住職を追放するという。
私は、実際、その住職が、貧しい人のために、葬儀の導師を務めたのを、見ていたことがある。

宗派にとっては、救いとなるような、僧侶を、宗門に従わないと、追放する、その根性は、どこからのものか。

組織になると、手のつけられない、団体になるのが、宗教団体である。

既成宗教も、新興宗教も、変わりない。

鎌倉時代は、真宗も、新興宗教であった。
さらに、道元の曹洞宗、日蓮宗も、そうだ。
実際、大乗仏教からして、新興宗教である。

大乗仏典を、検証して、その誤りを正すという者がいないのは、既得権益の旨味である。
安穏としても、檀家がいる限り、生活は、豊かで、何の心配もない。
信徒が、年金生活で、あくせくしていても、自分たちは、何の問題も無いのである。

信徒たちの、生活と、大きく掛け離れたところにいて、のうのうと、仏の教え、救いの教えという、大嘘を説いているという様である。
更に、自分たちも、極楽に往生するか否かも、定かではない。

勿論、霊界に、極楽という世界は無いから、どうしようもないのだが。

大乗仏典の、大御所、竜樹などの著作を読めば、仏教で言う天上界とは、魔界であるとの、説を、知らないという、愚かさである。

第六天の魔王が支配する世界が、仏教の天上界である。

阿弥陀様のいる、極楽という、世界は無いのである。

観仏という、行法によって、極楽の様を、観るという、念仏行があるが、お経に書かれた、その様子を、目の前に、まざまざと見るという、修行である。
話にならない。
妄想の世界に浸れということである。

死んだら、そこに生まれると、信じよと言う。
あまりに、哀れで、ならない。

この方は、
死んで生まれるなら浄土宗、いま生まれた平生業成の浄土真宗であります。
と言う。

明らかに、法然の念仏と、親鸞の念仏を、区分けしている。

そして、延々として、親鸞の教え、浄土真宗の教義を、語る。
それは、それとして、善し。

私は、次に移ることにする。

ただ、要するに、教義の中の七転八倒であり、そこから、抜けていないのである。
親鸞が、作り出した、妄想、それを、信仰の深さと、解釈するのは、勝手なことだが、その中での、議論なのである。
議論のための、議論としか、思えないのである。

仏とは自覚覚他窮満、宇宙の真理を諦得し、無著無碍の境地、神通自在を得たから、常楽我浄の迷夢で我執をつづけ、流転をつづけている一切郡生を開覚せしめ、自分と衆生とが一体になろうと活動をつづけておられる方を、仏というのであります。

頑固明朗である。
頑固さが、明朗であるという。
ここまで、迷いを教えられ、仕込まれたら、元に戻らないだろう。

あくまでも、仏と、衆生を対立させ、その、一体を願うことが、救いだと、信じている。
それを、涅槃を願うとも言う。

宇宙の真理を、体得し、神通力を得て、自分と衆生が一体と、なるべく活動を続ける存在が、仏だと言うのである。

インドで、生まれた一人の人間の、物思いに、ここまで、酔うという、哀れは、ただ事ではない。これを、迷いと言う。

仏陀は、生まれて死んだのである。
そう、仏陀も、人間である。
超越した者ではない。
人生を思索し続けた人である。ただの、人である。だから、慕わしいのである。

もののあわれについて229

少将・中将と名のある人々の、同じ細殿に住みて、少将の君を夜な夜なあひつつ語らふを聞きて、隣りの中将

三笠山 おなじ麓を さしわきて 霞に谷の へだつなるかな
みかさやま おなじふもとを さしわきて かすみにたにの へだつなるかな

少将、中将と、呼び名がついている人々である。
殿舎の側面、背面などの、細い庇の間で、私が、少将と、語り合うのを聞いて。
少将とは、作者の親しくしていた、小少将のことである。
隣の、局に住む中将が、詠む。

三笠の山の、同じ麓にいるのに、区別して、霞に谷が隔てられてあるようです。
中将も、少将も、同じ場所の、仲間なのに、あなたに、分け隔てされました。

返し

さしこえて 入ることかたみ 三笠山 霞ふきとく 風をこそ待て

三笠山とは、奈良、春日神社のある、山のこと。

霞の覆う谷を越えて行くのは、大変なことです。風が、霞を吹き払い、あなたが、打ち解けてくださるのを、私の方こそ、待っています。

あなたの心が、打ち解けてくれたら、私は親しくなれるという。

女房たちの、呼び名が、少将、中将、大将と、言われていたのである。


紅梅を折りて、里よりまいらすとて

むもれ木の 下にやつるる 梅の花 香をだに散らせ 雲の上まで

雲の上まで、とは、中宮に、紅梅を、献上したのである。

人目に触れず、みすぼらしい梅の花よ、せめて、香りを、宮中の中に、散らしておくれ。

むもれ木の、とは、下にかかる、枕詞。
やつるる、とは、やつれる、と、使う。やつれたものである。みすぼらしいもの。

梅の花を、卑下している。
つまり、自分の里を卑下しているのである。

雲の上は、宮中である。それは、敷居の高い場所なのである。

卯月に八重咲ける桜の花を、内裏わたりにて見る
うづきにやえさけるさくらのはなを、うちわたりにてみる

九重の にほふを見れば 桜狩り かさねてきたる 春のさかりか

寛弘四年、1007年の四月のこと。

今、美しく咲く、八重桜を見ると、桜見物の、春の盛りが、再びやってきたのかと、思われる。

宮中で咲く、桜を見ての、歌である。
桜の花は、華やかに、見える様が、伺える。

にほふを見れば
この、にほふ、とは、美しいという意味である。

にほふ、を、美しいと、解釈した、言葉の、美しさである。

これが、後に、匂うとなり、匂いとなる。
実は、美しさは、匂うものなのである。

香道という世界がある。
それは、香を嗅ぐのではない。
香を、聴くという。

香を嗅ぐ行為を、ものを聴く行為に見立てたのである。

この、見立てる心とは、もののあわれ、である。
また、これを、間合いともいう。
間合いの、確かさが、日本の心である。

すべての、芸術、芸能に、この、間合いというものを、置く。
こり、間合いこそ、もののあわれ、の、真骨頂である。

後に、世阿弥の、花伝書を、読む時に、じっくりと、考えてみる。

上記の歌、伊勢大輔が、宮中に対して詠んだ歌の返歌の、代作といわれる。

いにしえの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな

古の、奈良の都に咲いた、桜を、本日、九重の美しい桜として、見ることです。

八重桜は、遅咲きである。
春の盛りが、再びきたというほどに、美しい桜であろう。

卯月の祭の日まで散り残りたる、使の少将のカザシにたまわすとて、葉に書く

神代には ありもやしけむ 山桜 今日のかざしに 折れるためしは

カザシとは、簪であろう。この、文字がないゆえに、仮名にした。
カザシは、桂と、葵で作る。中宮から、賜るものである。
カザシは、冠につける。

祭りの、勅使となった、少将のカザシを見て、葉に書き付ける。

神代にも、あったのでしょうか。山桜を、簪につけるという、珍しいことが。

つまり、山桜を、冠につけたのである。
そんな、粋な行為が、神代にあったのかという。

桂と葵と、山桜を、冠に取り付けた、派手やかなものだったと、思える。

2008年07月09日

神仏は妄想である110

多くの人、親鸞は、法然の念仏信仰を、深めたというが、私は、そうは、思わない。
単に、方法の問題である。

それを、専門的には、行と信だという。
法然は、念仏行を、親鸞は、ただ、信だというのである。
その意味は、法然は、念仏するという行為に、親鸞は、それ以前の心、つまり、歎異抄にある、念仏申さんと思い立つ心の起こる時、と、言うのである。

文章としては、見事だが、その真実に迫ってみる。
結論から言えば、親鸞は、考えすぎであり、ノイローゼの気質である。更に、法然と、比べて、劣るのは、言わずと知れた、物を書いたということである。
私も、含めて、物を書くということは、妄念であり、妄執であり、妄想である。

物を書かない者、こそ、実に、真っ当である。
その、第一の人は、言わずと知れた、仏陀である。

法然も、自筆の物を、書くことがなかった。
実に、言えば、嘘になることを、知っていた。

親鸞は、文章がお上手であり、歌も詠む。
その、和讃は、有名である。

ここで、少し、親鸞に触れる。

一番最初に、親鸞の、精神不安定を、示す事実は、19歳の時の、夢告である。
度々、聖徳太子が現れる夢をみたという。

当時、聖徳太子は、大乗仏教の日本の開祖のように、考えられていた。
更に、救世観音の化身だとされている。ただし、伝説である。その、伝説が、そのまま、太子信仰に、結びつくほど、愚かであったと、言う。
今は、それ以上、余計なことを書かないでおく。

親鸞は、9歳から、29歳の20年間を、比叡山の堂僧として、修行研鑽していた。
夢は、19と29歳の時が、特徴的だ。

19歳の夢では、「あきらかに聴け、あきらかに聴け、我が教令を。汝の命根まさに十余歳なるべし。命終わりて速やかに清浄土に入らむ。善信、善信、真の菩薩」である。
上記、読みやすくしてある。

命根とは、命の長さである。
まさに、十余年とは、いかなることか。
後、十年の命ということなのか、今なのか。
ただし、夢である。

当時の、比叡山の様子は、親鸞の晩年の和讃から、見ると、
「この世の本寺・本山のいみじき僧とまをすも法師とまうすもうきことなり」
である。

うきことなり、と言うのである。
うき、とは、憂きである。
親鸞は、彼らの行状を、憂いでいるのである。それほど、酷かったのである。

比叡山は、天台の教えも、理想も無くして、ただ、学閥と政略に、満ちて、世間と、変わりない有様である。
要するに、堕落していたのである。
僧たちの、堕落は、今と同じく、甚だしいものがある。面倒なので、書かない。

さて、夢である。
その中に、聖徳太子が、救世観音として、登場するというもの。
真っ当に、それを、鑑定など出来ない。
後の人は、その夢告を、後生大事に、解釈するが、何のことは無い、ノイローゼである。

真面目な人ほど、そうなる。
まして、人並み以上に性欲に、悩んでいれば、同然のこと。

夢分析なるものを、する必要も無い。
願望の、雑夢である。
何せ、命終わりて清浄土に入らむ。と、言われている。つまり、浄土に往生すると言われるているのである。

善信、善信、真の菩薩。
よいかな、よいかな、真の菩薩である。
自らを、菩薩にしてしまった。
自分が、自分で、自分を菩薩と、言わしめるほど、フラフラ、朧に、迷っていた。
この宗教的な、夢に象徴されるように、宗教とは、迷いなのである。

その、迷いを、超越したものに、転化して、救われたと思い込むモノが、信仰である。

自問自答の、自業自得である。

さて、次の夢は、もっと、悩ましい。
救世観音と、交わるのである。
29歳の、六角堂参籠の時である。

後の、正統伝の作者が、言う。
「行者しふほうにて、たとひ女犯すとも、われ玉女の身となりて、犯せられん。一生のあひだ、よく荘厳して臨終引導して極楽に生ぜしめん」

簡単に言う。
夢で、女と、交わる。朝目覚めると、仏像に、精液がついている。
アア、と、ため息をつくが、後になると、菩薩が、私は女になって、あなたとセックスするというのである。

なんとも、勝手気ままな、解釈である。

勿論、これを、まじまじと、屁理屈を捏ねて、親鸞の信仰の、云々という話になるから、空いた口が、塞がらない。

その、夢を、見た年に、法然に出会い、念仏信仰、一本に、絞るのである。

私の疑問は、念仏に生きていもいいが、何故、農民や、漁民になって、ごくごく自然の普通の生活をして、信仰しなかったのかということである。

ところが、悲壮感たっぶりに、出家道より、在家道を、選び、肉食妻帯であり、我は、罪人なりという、神経である。

そして、教えを、垂れるという、傲慢である。
つまり、結局、仏教という、枠から、離れられなかったということである。
そして、それは、いい。しかし、何故、宗教家として、生きるのか。

そうそうに、足を洗って、在家信者になり、妻を娶り、普通の生活をして、市井の人として、信仰を深めていいのである。
結果は、浄土真宗であるから、がっくり、くる。

勿論、最初は、浄土新宗である。つまり、法然の、浄土宗から、新しく生まれたものという意識である。その後、真宗に、改めた。政治的匂いがする。

文学として、彼が作家であるならば、私は、言うことも無い。
宗教という、迷いを、平然として、掲げたから、批判する。

法然の門に入り、更に、結婚をして、親鸞は、日本仏教に、大きな影響を与えた。今は、僧たち、皆々、結婚をするようになった。
真宗だけではなく、すべての、宗派である。

ここ、ここに至っては、本当は、言葉も出ないことなのだが、私は、書くことにする。

仏陀は、きっぱりと、出家者は、女の膣にペニスを入れるなと、言明している。

これに、誰か、反論は、あるだろうか。

大乗仏教なるもの、誠に、嘘である。
大乗起信論に、大きな舟に衆生を乗せて、彼岸、極楽へと、運ぶ教えと言う。
嘘である。
決して、そんなことは、あり得ない。

自業自得が、宇宙の法則である。

催眠術に似たような、大法螺である。

2008年07月10日

神仏は妄想である111

親鸞の信仰の深さについては、多くの人が、多くのものを、書いている。
現在でも、御用学者や、小説が書けない作家たちが、親鸞様について、書いて、名声を上げ、さらに、本を信徒に買われて、金にもしている。

確かに、物思う人として、見ると、その通り、親鸞は、実に深く物を考えた。

妄想は煩悩に発するにちがいないが、煩悩から離れようとする信仰自体のうちに、実は最も深い妄想がひそんでいるのである。救いについてのそれは自己計量(はからい)である。親鸞はこれと徹底的に戦った人だ。
亀井勝一郎 日本の精神史

私も、そう思う。

そのことがおそらく彼を人々から孤立させた。晩年の彼をはるばる京都までたづねてきてくれた関東の人々に対して、「総じてもて存知せざるなり」と答えたのである。
亀井勝一郎

いづれの行も及びがたき身
地獄は一定すみか

自己の計量したあらゆる救済観念を破壊すること、これが親鸞の戦いである。換言すれば、罪の自覚の深さに応じて、そういう救済観念の空しさを身に沁みて経験してきたということである。
亀井勝一郎

上記、実に理解する。
しかし、それとて、実は、大きな観念の中でのことである。
一番大事な、その観念の枠から、逃れられなかったという。
どんな観念か。
救いとか、罪人という観念である。

この自虐は、どこからのものか。
彼の生まれ育ちにもあろう。
虐待を経験した親は、自分の子供を、虐待する。自分の子供に向かわない場合は、自分に向く。自虐である。

法然は、疑いつつ、念仏すると言う。

崩壊しつくした人間と、弥陀の本願との、どん底における出会いに、信仰の純粋性を見ようとした。
亀井勝一郎

美しい表現であるが、崩壊しつくした人間は、崩壊したのであり、信仰の純粋性を、求められるだろうか。
美辞麗句に、聞こえる。

信仰の純粋性とは、絶対帰依の心であろうか。

多かれ少なかれ、人間は、アホでない限り、人生の一時期に、自分の、どん底を観る時期がある。
親鸞ばかりではない。
ただ、多くの人、語らないだけである。

信仰の純粋性というならば、道元の方が、まともである。
彼も、同じく、文を多く書いたが、親鸞のように、くねくねと、していない。
文においても、一本筋が通っている。

私は、日本の哲学書として、一つを上げれと、言われれば、即座に道元という。
ただし、道元にも、言いたいことは、多くある。後で、それは、書く。

兎に角、阿弥陀の呪術から、阿弥陀というものの、観念から、抜けられず、七転八倒しているのが、親鸞であり、それは、ぐるぐると回る、車に入れられて、同じところを、回っている、ネズミに似ている。

亀井勝一郎も、信仰の最も重要な面は罪の自覚にあることは言うまでもない、という。

ああ、この罪の自覚というものに、振り回されて、今の今までやってきたが、本当だろうか。
当の本人たち、仏教者たちが、本当に罪の自覚を、持ち続けたとは、到底、思われないのである。

仏教者たちであり、仏教家たちではない。
宗教という、団体に、胡坐をかいている僧たちは、話にならない。私の言う、仏教者たちとは、市井に生きる、信仰深い人たちのことである。

罪の自覚に、震え慄いていれば、生活など出来ない。
昔、言われた、不安神経症である。
信仰の深さというもの、精神病理に、どうしても、関わる必要がある。

この話ばかりを、続けていると、嫌な気分になるので、少し、寄り道する。

心が病むということは、どういうことなのであろうか。
大和言葉を、見る。

やむ やアむウ
アウという、母音にゆく。
病むは、止むとも書く。
心の何かが、停止する。思考停止状態でもある。同じ思考を、ぐるぐると、回る。

それでは、日本の伝統は、どうあるのか。
そういう時こそ、自然に向かった。
山川草木に、心を、向けて、樹や、石や、山川海に、カミ呼びをした。
自然を回復し、自然を清め祓い、そして、その自然の前に、祈りを上げた。額ずいたのである。

心、止まる時こそ、自然の恵みを頂いた。
八百万、千代万の神々と、飲み食いし、歌い踊った。

依り代を、作り、つまり、カミの場を作り、ひと時、その場で過ごす。
そして、自己回復を図った。

依り代とは、自分を突き放す場である。樹に、注連縄を張り、樹を依り代として、そこに、我が心を置いた。それを、カミと共に、自然と、共に、共感させた。
真っ当な自己回復である。

人間が生きるのは、自然の中である。
人間が、人間として生きるのは、自然と共にあるときである。
それを、日本は、伝統として、有する。
解りやすく言う。
エコという言葉があり、あたかも、それが正しい行為のように、思っている。また、それを、前提にエコという行為をする。
あれは、自然支配の欧米の傲慢な、考え方であること、明々白日である。

自然は、どんな状態でも、回復する。
台風の大きな被害の後でも、サイクロンから、竜巻の後でも、自然は、自己回復する。その、エネルギーたるや、計り知れないものがある。

その、自然対して、人間がするという、エコロジーという、考えたは、あまりに、浅はかである。
日本の伝統を、もってすれば、まず、自然の清め祓いを成し、自然と、飲み食いすることから、始まる。

対立したものが、自然ではなく、飲み食いする相手が、自然なのである。

木を植え続けた人の話は、感動するが、自然と、飲み食いする人の話には、感動しないという、アホ馬鹿、間抜けの多くなった日本である。

病むことが、回復するのは、自然の中にあってである。

それが、出来ないという人が、便宜上、精神薬を飲むのである。

仏教が、自然と離れた処で、語られ始めて、おかしくなった。
伽藍という、馬鹿馬鹿しい空間である。
それは、寺院という、中にある。

昔、人は、宇宙という、空間にいて、太陽を、主として、カミの懐にあることを、知っていた。


道元は、福井の山に籠もり、ようやく、大地雪満々と、観た。
だから、道元は、健康であった。
なよなよした、文は、見当たらない。

仏教家で、最も自然に対座したのは、田舎に籠もった、道元である。
結果、親鸞も、都に戻り、悩み続けた。
勿論、それも、否定しない。

信徒が、多くなると、その土地を、離れて、出て行く。
語れば語るほど、言いたいことが、遠のくからである。

言いたいことが、遠のく時は、沈黙しているに限る。

言挙げ、しないという、古神道は、それを、知っていた。故に、言葉にしない。沈黙したままである。
人は、言葉という、観念に縛られることを、知っていた。
だから、あーーーー、いーーーー、うーーーー
というように、一音に、思いを託すという、言霊、いや、音霊の所作を、尊んだ。

それは、まさに、自然の様である。
だから、自然と、同化、共生した時、病は、癒える。

自己の罪をかぞえて、救いを計る。人間の妄想にはきりがないのだ。妄想と格闘しつつ、別の妄想にふけるのである。
亀井勝一郎

マスターベーションは、罪であると、教えられてする、マスターベーションは、そうではない場合と、格段の差のある、快感になる。
人の妻と、セックスするなと言われれば、逆に人の妻との、セックスが、通常の何倍にも、快感になる。
技巧を凝らした、セックスをしなくても、罪の意識が、快感を増幅する。

西洋の文学には、そういう話題で、持ちきりである。
それを、深みだとして、日本には無い、精神の云々という、アホの紹介者を、鵜呑みにして、有り難がるという、これまた、アホの皆々である。

日本に、神は、いない、神の不在の文学などという、アホも多かった。
神など、いる訳がないのである。
日本の方が、真っ当であったが、兎に角、白人に弱い。

勿論、白人に弱いのは、日本人だけではない。
中国など、日本に対しては、徹底的に、交戦態度であるが、イギリスに対しては、尻尾を丸める。
白人に弱いのである。
侵略と言うなら、イギリスは、中国の怨敵である。
しかし、白人であるから、頭を上げない。

そうして、アジアの中で、威張り腐っているのである。
日本と中国である。
アホか。
以下省略。
寄り道し過ぎだ。

神仏は妄想である112

親鸞を、貶めるつもりは、毛頭ない。
多くの人、親鸞の思索によって、更に、思索を深めたことであろう。

何度も言うが、私は、人の信仰を否定しない。
極めて個人的な、情緒であるから、それに介入することはない。

私が、書いているのは、批判である。
更に、宗教が無くなる時が、来たことを言うのである。

人間の知性と、感性が、目覚め、知性によって、行為行動する時が来たというのである。

勿論、一人の人が、今までの宗教行為を続けても、何も問題は無い。
極めて個人的なことである。

頭の悪い人のために、再度言う。
私は批判をしている。

そして、この批判も、妄想であると、言われることを、知っている。

一つの例を上げる。
定方晟さんという方が、「憎悪の宗教」という本を書いた。
ユダヤ、キリスト、イスラム教と、聖なる憎悪という、副題がついている。

聖書を徹底批判している。
その内容は、実に、見事なものである。
そして、最終的に、仏教の慈悲の思想による、提言と、最後のページ、あとがきで、こういうのである。

私はユダヤ教、キリスト教、イスラム教を批判したが、本文でも言及した青鬼の役割を演じたつもりでいる。人々から愛されない赤鬼は愛されたくて、友人の青鬼に悪役を演じてもらった。青鬼は巷に出て暴れまわった。赤鬼がそこに現れて、青鬼を追い払った。人々は赤鬼は自分たちの友人だと考えて、かれを愛するようになった。わたしは仏教徒、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒がこぞってわたしの批判を批判し、そのことによってたがいに赤鬼となり人間となって近づきあい、仲良くなることを望んでいるのである。

仏教の慈悲の思想に、精通している方である。
上記の意味は、痛いほど解る。

しかし、私の立場は、違う。
私も、批判するが、彼らが仲良くなることを、望むのではなく、私は、宗教の終焉を言うのである。

先にも、言ったが、それぞれが、それぞれの宗教的行為を行ってもかまわないが、それは、伝統としてあるべきなのである。

更に、その伝統は、強制力の無いものである。
極めて個人的な、行為としての伝統である。

教えを説くということの、誤りをいう者である。

人に自分の信じているモノを、拝めという、傲慢極まりない行為を、断罪するものである。

おおよそ、宗教というものは、上記の通りであろう。
自分の幸せが、何故、人の幸せになるのか。そんなことは、有り得ない。勿論、アホならば、そうであろうが、自分の頭で、考える人、知性ある人、そして、感性を磨く人、知性により、行動する人に、それは、必要ない。

22世紀は、そういう時代である。
時代性と、時代精神に、習うものである。

私の批判は、そこにある。

定方氏は、あくまでも、宗教の保存を願うものであり、更に、仲良くという、全く希望の無い、希望を持って、終わる。

批判に批判して、仲良くなるというのは、仏教家の、陥りやすい、慈悲の思想である。

それならば、ヘロドトスの時代に、そうなっていたはずである。
それから、どれ程の、時を過ごしたか。

神仏という、人間の妄想力が、作り上げたものに、そろそろ、お別れする時が、きたのである。私は、それを、言う。
個が、最大限に、生きられる時、集団は、輝く。

自由と平等と博愛の思想が、それを、成したとは、思えない。それは、宗教から出ているからである。
宗教から出るモノは、魔物である。
御覧の通り。

どれ程多くの、無理、無駄、むら、つまり、無用を成してきたか。
真っ当な、仏陀の生活指導の教えが、根こそぎ、無視されてきた事実を、歴然として、見ているではないか。

幅広い許容範囲の仏陀の、教えも、不可能だったのである。それは、宗教になったからである。

かえりみて、日本の古神道を見れば、良く解る。
教義も、教祖も無く、ただ、先祖が築いてきた、所作を通して、平らけく、平和を望んできたではないか。

ここで言う、古神道は、宗教団体が、勝手に名乗る、古神道ではない。

かんながらのみち
それを、唯神の道と、漢字で書くから、おかしくなった。
神という、文字から、観念を生む。

かんながらのみち、を、現代訳すれば、自然と共感、共生する道ということである。
そして、アフリカから出た、小数の人の集団が、最初に、その自然の大元である、太陽を拝したことから、畏敬の思い溢れて、出来た、情緒が、それ、である。

すべての民族は、太陽を拝していた。
拝すると、漢字で書くから、また、観念になる。

あー
という太陽を、目指して、生きる場所を、求めて歩き、
いー
という、この身が、その中で、自然の中でしか生きられないことを、知る。
うー
という、相手という存在を、受け入れることから、集団の生活を知り。
えー
という、その場にあるものから、生きるとする、肯定的な姿勢を持った。
おー
という、その物事の、人の終わりを受け入れて、生きてきた。

お送りする、の、おー、が、死ぬことであった。

それで、すべてが、済んだ。
それを、古神道という。
いや、別に、古神道と、呼ばずともよい。
言葉に騙され続けてきた、人間の歴史である。

書けば嘘になると、知りつつ、書き付けてきた。
何ゆえに。
子供たちのために。
次に続く者、幸あれと、願いつつ。

私は、民族の伝統の中に、もし、救いというものがあるならば、それを、観る。

ただし、私見である。
人間に救いなどというものは、無い。全く無い。
救われるというならば、生まれる必要は無い。
救われないから、生まれるのである。
というより、救いという観念を、持つ方が、どうかしている。

そして、妄想の救いというものに、酩酊してきたのが、人間の歴史である。

神仏は、疲れた人の、蜃気楼である。
蜃気楼は、無い。幻覚である。
ただし、幻覚が、必要だというなら、それを、否定しない。

一つだけ、私にも、妄想がある。
次元の違いというものである。
それを、霊界と名づけて語る。しかし、それも、妄想である。
だが、便宜上使用している。

私が、この世に生まれる確率は、無に等しい。
それなのに、生まれて生きている。
これを、何かに感謝する以外にないのである。
誰に。
太陽である。

太陽が死滅すれば、すべてが、死滅する。

真実とか、真理というもの、実に単純明快なものである。

もののあわれについて230

正月の三日、内裏より出でて、ふるさとの、ただしばしのほどに、こよのう塵積もり、荒れまさりたるを、言忌みもしあへず

あらためて 今日しもものの かなしきは 身のうさやまた さまかはりぬる

宮仕えに出て、一年か、二年目のことである。
ふるさと、とは、実家のこと。
ただしばしのほどに
少しばかり、留まっていた。
塵積もり、荒れまさりたるを
整理させていない様なのか。
お正月なのに、不吉な言葉を、慎むことなく。

新年になったとて、何やら、悲しい気持ちである。我が身の、嘆かわしさ、以前にも増して、深まるのである。

夫の死後の、宮仕えの、身の憂きことの、多いのを、嘆くのか。

今日しもものの かなしきは
正月に、相応しくない言葉である。

身の憂さやまた 様変わりぬる
身の上の様は、何も変わらない。益々、憂きことなのである。

物語を書いて、それが評価されているという、状況とは、思えない、紫の気持ちである。

寂しい生活なのか。
絢爛豪華な、物語を書いた人とは、思えないのである。
平安の、雅は、すべて、源氏物語にある。


五節のほど参らぬを、「くちをし」など、弁の宰相の君ののたまへるに

めづらしと 君し思はば きて見えむ 摺れる衣の ほど過ぎぬとも
めづらしと きみしおもはば きてみえむ すれるころもの ほどすぎぬとも

十一月の卯の日の、新嘗祭、しんじょうえ、前後四日間、五節の舞姫が奉仕する、公事である。
弁の宰相、とは、中宮上臈女房で、藤原道綱の女、豊子、大江清通の妻。

その祭事に、行かないことを、口惜しいと、言う、女房である。

摺り衣は、見慣れずに、新鮮な感じがすると、あなたが思うなら、摺り衣の時期が過ぎましても、それを着て、お目にかかりましょう。

返し

さらば君 山藍のころも 過ぎぬとも 恋しきほどに きても見えなむ

お返し

それならば、あなた、山藍の摺り衣の時期が、過ぎても、お逢いしたいと思いますので、それを、着せて見せてください。

この歌には、多くの解説がいる。
ころも、は、頃もと、掛けるとか、着ては、来てと、掛けるなど。
しかし、歌の意味さえ、理解すればいい。

何とも、優雅な、掛け合いの歌である。が、深読みすれば、何やら、皮肉めいた気分にもなる。
当時の様子を、知らなければ、よく解らない。


人のおこせたる

うちしのび 嘆きあかせば しののめの ほがらかにだに 夢を見ぬかな

訪れなかった夫の、言い訳による、歌のやり取りである。

お前に逢えず、昨夜は、人知れず、嘆き明かした。夢の中でも、逢うことができなかった。

七月ついたちごろ、あけぼのなりけり。返し

しののめの 空霧りわたり いつしかと 秋のけしきに 世はなりにけり

旧暦では、七月から、秋になる。

しののめ
夜明けの空は、一面、霧に包まれて、早くも秋になりました。私たちの仲も、飽きることになりました。

これは、秋と、飽きるを、掛けている。
世はなりにけり
世とは、二人の仲のことである。
二人の仲を、突き放して見つめている。

七日

おほかたの 思へばゆゆし 天の川 今日の逢ふ瀬は うらやまれけり

七月七日

一年に一度しか、逢えないという、七夕の夜は、いまわしい。お前に逢えぬ今日は、七夕の逢瀬が、うらやましい。

返し

天の川 逢ふ瀬を雲の よそに見て 絶えぬちぎりし 世々のあせずは

天の川の、逢瀬を、よそ事と、思い、今夜逢えずとも、二人の仲が、変わらないものだと、信じています。

絶えぬちぎりし 世々にあせずは
二人の仲が、絶えないこと。末永く、続きますように。

ここでは、心変わりを心配する様がある。
別の女の元に、行くのであろうか。
時は、通い婚の時代である。
その後も、待つ女の姿が、描かれるのは、この時代からの、名残だろうか。
しかし、今時、待つ女がいるだろうか。
そんなことなど、していないだろう。
男が、来なくても、女の方から、出掛けて行く。
それなら、それで、また、文化を、作ればいい。

今度は、待つ男の、文化である。

この世を、男と女の世の中だと、思う時代は終わった。
今では、ゲイ、レズも、当然ある。
少数派と言われても、その勢力は、今、まさに、席巻する。

また、性同一性障害という、病と認定されたものもある。
心が、男か女かの、時代である。

最早、何事かを、断定して、判断する時代ではない。これも、人類の進化であろう。
色々な、生き方がある。
その、色々な生き方を、受け入れることが出来る人が、新しい時代の人となる。

それもあり、これもあり、である。

見渡せば 人皆違う 顔ばかり 百人百様 それぞれでよし 天山

2008年07月11日

もののあわれについて231

門の前よりわたるとて、「うちとけたらむを見む」と言ひたるに、書きつけて返しけり

なほざりの たより訪はむ 人ごとに うちとけてしも 見えじとぞ思ふ

我が家の、門を通りかかったという。
リラックスしている様を見たいという。それに、返して

いい加減な、通りすがりに訪れる人の言葉に、心を許して、お目にかかることは、決してありません。

これは、夫が、昼間に、訪れたということである。
夫を迎えるために、準備をしていない、その様を、見たいという。

人ごとに
それは、夫のこと。

しかし、夫は、中々、夜には、訪れなくなった。つまり、夜離れである。よがれ、という。

月見るあした、いかに言ひたるにか

よこめをも ゆめといひしは 誰なれや 秋の月にも かでかは見し

月を眺めていた、翌朝、言ってきた。夫が昨夜、来られないという、言い訳である。

他の女に、心を移すことなど、決して無いというのは、どなたでしょう。昨夜の秋の月を、どのように、御覧になったのか。

よこめ
他に目を奪われる。
ゆめ
決して無いということ。
いかでかは
どのようにして、である。

次の歌も、夫の夜離れを、歌う。

なにばかり 心づくしに ながめねど 見しにくれぬる 秋の月影

昨夜の月は、なんとなく、眺めていましたが、見ているうちに、秋の月が、涙で、雲ってしまいました。

心づくし
様々なことを、物思いすること。

心づくしに ながめねど
何も、考えることなく、ただ、眺めていた。

見しにくれぬる 秋の月影
見ているうちに、曇ってきたのである。それは、涙のせいである。
寂しいのである。

心づくしに、という心境で、眺めることは、多々ある。
そのうちに、何となく、色々な物思いに、浸る。そして、思い出し、それに、悲しみ、喜ぶ。すべて、我が心の内のこと。

独り、月影を眺める夜が、あってもよい。
夜に、物を眺める時代である。

さて、現代は、どうだろうか。
田舎では、まだ、夜の空、月や星が見える。
都会では、光が多く、それを見ることは、難しい。しかし、それでも、眺めていれば、夜の空には、物思いの、種がある。

昼間の疲れは、夜の闇が、解放するはずであるが、どうも、そうではないらしい。
夜の空を、見る余裕もなくなった。

昨年の自殺率が、また、更新した。
特に、三十代の人が多い。
過労死も、多い。
大変な時代になった。

歌を詠むどころか、夜の空も、眺めることの出来ない、生活とは、それが、文明生活なのであろうか。
それなら、文明化を、もっと、ゆっくりと進めたいものである。

とは、言うものの、最早、この流れは、止められない。

見しにくれぬる 秋の月影、という、状態に、置くことなど出来ないのである。

人生とは、と、問われたら、即座に、思い出であると言う。
思い出に、しばし、浸る時、心の回復がある。
また、人生は、過ぎた日の、思い出のみが、残る。
この先も、思い出作りである。

その、思い出を、畳み込んで、死の床に就く。
ああ、楽しかったと、息を引き取るか。

一人一人に、与えられた、思い出は、その一人のものである。そして、死後、多くの人の、共有のものとなる。
死後も、生き続けるのは、それである。

心づくしに ながめねど
ぼんやりとして、夜の空を、眺める時、我らの、もののあわれ、というものの、姿を見る。
目には清かに見えぬものを、見る。
もののあわれ、である。

秋の月にも いかでかは見し
あなたは、どんな思いで、秋の月を見たのでしょう。
その、あなたの存在が無い人は、寂しい。
しかし、我が心に、我が心が、共鳴することもある。
その、共鳴に、歌道がある。

歌道も、もののあわれ、に支えられてある。

もののあわれについて232

相撲御覧ずる日、内裏わたりにて

たづきなき 旅の空なる すまひをば 雨もよにとふ 人もあらじな

毎年、七月末、諸国から集めた力士の相撲を、宮中で、天皇が御覧になる。
相撲は、すまひ、と読む。

故郷から、遠く離れて、寄る辺の無い力士たちと、同じように、寂しい宮中へ、今夜の雨の中、私を訪ねてくれる人は、いないでしょう。

雨で、相撲が中止になっての、歌である。
相撲なく、また、寂しい紫の心境である。

返し

いどむ人 あまた聞こゆる ももしきの すまひうしとは 思ひ知るやは
雨降りて、その日御覧はとまりにけり。あいなのおほやけごとどもや。

相撲を競う人が多いとのこと。同様に、張り合う人が多いという、宮中の生活が、住みづらいと、解ってくれますか。

雨で中止になった、相撲は、公事である。
あいなのおほやけことどもや
あれこれと、つまらない行事であった。


初雪の降りたる夕暮れに、人の

恋しくて ありふるほどの 初雪は 消えぬるかとぞ うたがはれける

初雪の降る夕暮れ、人の、とは、同僚の女房である。

あなたを恋しく思い、過ごしています。そんな折から降る初雪は、知らぬ間に、消えてしまったのではと、疑いました。

恋しさに、日々の生活で、何が起きているのか、解らないという、気持ちである。
ありふる
月日を過ごす。

紫が、実家に戻っている間のことだろう。

返し

ふればかく うさのみまさる 世を知らで 荒れたる庭に 積る初雪

お返し

荒れた我が家の庭に、美しく降った初雪です。
その前に、憂さのみ勝る、世を知らで、とある。
生きていれば、住み辛い世の中であることが、もっと深く感じられるという。
しかし、それを知らずにいるという。
それは、家に籠もっているからである。

降れば、は、経れば、の、懸り言葉である。

いづくとも 身をやるかたの 知られねば うしと見つつも ながらふるかな

どこへ、この身をやったらよいのか。住み辛いと思っても、この世に生き永らえているのです。

この世に生きることを、憂きことと思い、何かに耐えている様子が、至るところの、歌に見える。
何故、このように、憂きの、気分を持つのだろうか。
一つには、仏教の、厭離穢土という、考えた方、そして、無常観である。
万葉の、命輝く、気分は無い。

この世を、うとうという感覚は、健康なものではない。
勿論、人生に一度や二度、厭世観を抱き、無常観に、浸ることもある。絶望することもある。しかし、平安期のそれは、不健康である。

丁度、浄土思想というものが、席巻していた時期である。
これから、風情という感覚、情緒が生まれたと考える人もいるが、心の影の観念を、植え付けられたといえる。

世間は、虚仮と観た、厩戸皇子、後に、聖徳太子といわれる者も、仏教に傾倒した、ひとりであり、それを、今日まで、理想化して考える人の多いことである。

何ゆえ、無用な無常観というものを、全面肯定したのか。
あたかも、それが、心の深みの如くに考えたということが、病理である。
自分の問題を、すべての、世の中の問題として、捉えた、自己顕示欲である。

彼の掲げた、理想の一つとして、成ってはいない。
和をもって貴し、と掲げたが、それ以後は、自分の子孫も、皆殺しに遭うという悲劇が、続く。

大王家に、取って代わる大国を目指した、蘇我馬子、その子、蘇我蝦夷、そして、孫の、入鹿は、中大兄皇子によって、殺害され、大化の改新が起こった。

厩戸皇子は、蘇我の血を引く者である。
同族争いの中心人物であった。
大王家と、蘇我家の間で揺れた心境をもって、世間は虚仮とは、顕示欲に、他ならない。

後に、人々から、祀り上げられて、拝まれるようになるが、本当のところは、作り話が多い。

推古天皇の際の、皇太子である。
あの頃から、日本が変質し始めたと、私は、考える。

今までの、日本の伝統を、すべて清算して、大陸の文化を持って、更に、仏教を持って国造りを始めたのである。と言っても、その手前で、斃れた。

その後、仏教は、天武天皇、天智天皇に引き継がれたが、何故か。
国教とされるまでに至るのは、何故か。

日本にもたらされた仏教は、大乗である。
大乗とは、仏陀の新しい解釈である。
さて、この話は、長くなるので、止めるが、平安期は、その、大乗の一つ、浄土思想が、貴族に、広がり、厭離穢土という、考え方が、席巻した。
実に、不愉快なことである。

それから、鎌倉に出来た、新しい、日本流仏教が、日本人の精神を、作ってゆく。
万葉を忘れた、日本人は、その頃から、いたのである。

仏教の言葉の世界に、翻弄され、それを、精神の深さであると、勘違いしたのである。
それから、今に至るまで、迷い続けている。

加えて、厭離穢土とは、欣求浄土を希求するものである。
生きている、この場を、厭い、生きていない、あの世を、希求するというのは、健康であろうか。

2008年07月12日

もののあわれについて233

日記歌

これは、古本にあるのみ。
紫式部日記の歌にないものを、抜き出したものである。

三十講の五巻、五月五日なり。今日しもあたりつらむ提婆品を思ふに、阿私仙よりも、この殿の御ためにや、木の実もひろひおかせけむと、思ひやられて

妙なりや 今日は五月の 五日とて いつつの巻に あへる御法も
たえなりや きょうはさつきの いつかとて いつつのまきに あへるみのりも

法華経は、八巻で二十八品である。これに、開経と結経二巻を加えた、三十の経巻を、一日、一巻、または、二巻、講ずることである。

その中でも、提婆品は、最も、尊ばれ、それの、講じられる日は、盛況であったという。

それは、仏陀に、法華経を説いたといわれる、仙人である。
仏陀は、それを得るために、木の実を採り、水を汲み、蒔きを拾うなどして、阿私仙に仕えたと、その経にいう。
その日は、それに因んだ、行事が、執り行われる。

尊いことだ。今日は、五月の五日である。丁度、五巻が講じられることになった、法華経も、今日の行事も。

法華経は、誰が書いたのか、不明である。
仏陀の滅後に、多くの人が、それなりの、考えで、経典を書いた。特に、大乗といわれる、経典は、数多い。

池の水の、ただこの下に、かがり火にみあかしの光りあひて、昼よりもさやかなるを見、思ふこと少なくは、をかしうもありぬべきをりかなと、かたはしうち思ひめぐらすにも、まづぞ涙ぐまれける

かがり火の 影もさわがぬ 池水に 幾千代すまむ 法の光ぞ
かがりびの かげもさわがぬ いけみずに いくちよすまむ のりのひかりぞ

池の水が迫っている。
御堂の丁度、この下にあって、篝火と御灯明が光っている。
その輝きは、昼をも、思わせるもの。
物思いが、少なければ、風情に酔うだろう。
わずかに、我が身のことを、考えるにつけて。

篝火が、静かに写る池の水。
仏の法は、幾千年と、澄んで、宿ることでしょう。

仏の法の光を宿した、土御門殿の、栄光を祝うものである。

おほやけごとに言ひまぎらはすを、大納言の君

澄める池の 底まで照らす かがり火に まばゆきまでも うきわが身かな

おほやけごと 
表向きのこと、である。
私事は、隠して。
大納言とは、女房である。道長の妻倫子と、義理の兄弟である、源扶養の女。

澄み切った池の底まで、照らす篝火が明るく、眩しく恥ずかしいまでに、我が身の、不幸せを思います。

まばゆく
こちらが、恥ずかしくなるほど、輝く光である。
現代の、まぶしい、とは、別物である。

五月五日、もろともに眺めあかして、あかうなれば入りぬ。いと長き根を包みてさし出でたまへり。小少将の君

小少将と、眺め明かして、それぞれが、菖蒲の長い根を、紙に包んで、贈り合うのである。
菖蒲は、健康、凶を祓うといわれる。

すべて、世の辛さに、泣けて、菖蒲の行事の過ぎた今日まで、残った、この根のように、今日も、泣く音が、絶えません。どう思われますか。

返し
なにごとと あやめはわかで 今日もなほ たもとにあまる ねこそ絶えせね

お返し

頂戴した、菖蒲の根が長く、懐に、包みきれません。
今日もまた、何のために、泣くのでしょう。
涙で、袖を、抑えきれず、泣く音が、絶えません。

当時は、涙を流すということ、当然の有様だったと、思える。
涙もろいのである。
心を、外の風に、そのまま、当てているような、ものである。
故に、多く、泣く。

あやめはわかで
あやめ、とは、条理とか、節目の意味で、根と、音は、係り言葉である。
わかで、とは、節目の立つ判断が出来ないという。

何が何か解らぬが、悲しいこと、泣けることどもある、という。

当時の常識的、心情と思えば、理解できる。
人の世は、儚いのであり、無常であり、哀れなのである。
それが、底辺に流れている。

歌は、それを、表現する。また、歌によって、昇華するのである。

たもとにあまる ねこそ絶えせね
自分の袂には、溢れるほどの、涙である。それが、絶えないのである。
仏の法は、それからの、救いと、見る。

そのように、仏教によって、新しい観念が、生まれたのである。
当時は、そのようだった。

神仏は妄想である114

念仏申さんと思い立つ心のおこるとき

親鸞は、心の動機を言う。
そして、その、念仏申すという心の動きは、どこからくるのかといえば、賜りたるものという。

我の信仰ではなく、信仰するという心も、あちらから、つまり、弥陀の本願から出るものである。

主イエスも、やはり、私があなたを、選んだという。それも、賜りたる信仰に、昇華する。

主体は、客体になり、主体と、客体が、混合して、行き着くところが、これ、である。
これも、心身脱落である。
後で、道元のところで、書くが、皆、この、心身脱落をもって、よしとする。また、それを、求める。
心身を脱落して、弥陀の御手に委ねる。
神の御手に、委ねる。

信仰の行き着く先は、そこである。
それは、計らい、はからい、を、捨てた時に、現れる心象風景なのである。

これを、語ると、また、延々とした議論になるので、省略するが、計らい、というものを、排除して、成り立つという、宗教心情の、極みである。

勿論、計らいを、捨てたという、計らいは、残る。
だから、その、計らいというものも、捨てる。捨てて、捨てて、すべてを、捨てるという境地に至る。

そして、南無阿弥陀仏が、南無阿弥陀仏を唱えるという、境地に至る。

ホント、ご苦労さんなことである。

蒔きも、刈り入れも、捕ることも、造ることもせず、ただ、言葉の遊びに、始終して、救いだ、往生だという。
それを、今の今まで、している。
当時は、それが、学問であるから、その時代性、時代精神があったから、まだ、理解は、するが、現在、それも、情報の一つである。

人間の妄執というものは、とんでもないことだと理解出来るのは、共産国で、細々と、続けられる信仰を見る時である。

ロシア正教会を、みる。
聖職者ではない。
彼らは、同性愛の隠れ蓑にし、更に、一人の女では、収まらない者が、聖職者となり、幾人もの女との、関係を持ち、子までなすという、彼らのことではない。また、同性愛を、否定するものでもない。

宗教を否定する、国家にあっても、民衆が、信仰を必要とすることである。

どんな状態下にあっても、祈るものを、欲するという、悲しみである。
私は、これは、人間の歴史の定めだと、思っていた。

いつか、私は、何故、人は、祈るのかと、疑問を投げかけた。
そして、人は、何故、救われたいと思うのか。
そして、その救いというものは、何か。

何故、いかなる理由があって、救いを、求めるのか。
すべて、観念による。

何一つ、実体は無い。

キリスト教国の、政治を見ると、キリスト教徒の団体が、政党を、作る。それが、最も、現実味があり、宗教活動より、政治活動の方が、実際的である。
そして、さらに、イデオロギーというものが、なければ、成り立たない、人種というものがいるのである。

どうしても、言葉で、語るというものが、必要な者がいる。
また、最初に、思想である、イデオロギーである、言葉が必要だと言う。
それから、事が始まるのである。

それを、多く負うのが、宗教である。
哲学や思想も、それらに、理由される。
キリスト教神学は、ギリシア思想を持って成った。カトリシズムである。そして、それに、対抗し、批判して、プロテスタントがある。
両者共に、着かず離れず、良い距離感覚をもって、相対している。
勿論、地域によっては、紛争が絶えないところもある。

最初の一人の言葉から、離れて離れて、それらの言葉を利用して、自分の思想を、築き上げるという行為を、思想というのであれば、それはそれでいい。

マルクス主義など、信じてない者が、それを、利用して、共産主義革命を推し進める。実際、共産主義というものも、宗教と、変わりなく、妄想である。
宗教と、同じ根から、出ている。

人類が、アフリカの数百人から、始まったように、それらも、そのようである。

それが、人類の、進歩発展である。

ただ、宗教には、もう一つ、霊性とか、見えない空間を、作り上げるという、不思議がある。単なる、イデオロギーに終わらない、妄想に、大きく依存する。

往生して、極楽浄土に行く、神の国、天国に入る等々。

その妄想のために、無用無駄な、祈りを成す。
更に、無明の世界に、身を入れてしまう。勿論、彼らは、無明などとは、思わない。それが、救いと信じている。

信じれば、すべて事が足りる。
信じることで、すべてが解決される。
つまり、信じる者は、騙されるからである。

天国に入る必要も、極楽に行く必要も無いとは、考えない。
宗教団体に入会しているのと、生命保険に入っているのと、何の変わりも無いことを、知らない。
宝くじを買って、すでに当たったと思い込めば済む。

真剣に信仰に賭ける人は、すべての思考を停止して、教団に我が身を、預け切る。
私が恐れるのは、この思考停止である。

安心立命を、得るのではない。思考停止を、得るものである。
さらに、悪いことは、妄想の教義というものを、覚えて、あろうことか、それを、人に説くという、傲慢不遜な行為を、繰り返す。

一人で、していれば、事足りるのであり、一人でしているなら、私は、それを否定しない。

蜃気楼にあるところに、皆さん一緒に行きましょうと、言う、宗教の有り方に、誤りを見る。

福音宣教だの、布教だの、折伏だのという、精神的暴力は、他に無い。
無明の闇に、人を引きずり込むという、その行為に、誤りをみるのである。

死ぬまで暇つぶしとは、言え、あまりに愚かな行為は、まさに、宗教の勧誘である。
誰のためにしているのか。
相手の救いと、幸せのためにしていると、芯から信じていることに、私は、驚嘆し、大きな危惧を覚える。

時代は、いつも、激動である。
そして、時代精神は、いつも、新しい。

宗教が、一つの情報として、処理される時、人類は、始めて、生きるということに、覚醒する。

今、中世ヨーロッパの異端審判というものを、思い浮かべると、なんと、おぞましい、愚かなことをというであろう。
では、今の時代も、後々から見て、なんと、おぞましい、愚かな時代であろうと、振り返ること、必至である。

まさに、宗教が言うところの、今、今に永遠があるという言葉を、使えば、今、目覚めるべきなのである。

神仏は妄想である、ということに。

2008年07月13日

神仏は妄想である115

さて、ここで、浄土門が言うところの、深みについて、みてゆく。
それは、宗教における、深みでもある。
一体、何を深みとか、深さというのかである。

念仏門の教義に「指方立相」と呼ぶものがある。「方位を指差して相を立する」というのであるが、その方位とは西方を意味する。詮ずるに浄土が西方に在るということと、そこに仏や聖衆の相を見るというのである。その西方浄土は何処に在るかといえば、この穢土を離れること十万億土の彼方だといわれる。
柳宗悦

指方立相、しほうりつそう、である。

密教の曼荼羅でも、西は、阿弥陀如来が、描かれる。

何故、西かといえば、太陽が沈む方角であり、その連想から、人が死ぬと、西へ向かうと、想像されたというのである。

浄土を西方に見つめるのは、かくして人間の心理的な必然さに依るといえよう。人間が往生を遂げて落ち着くべき行き先、仏の来迎にあずかって歓喜するその場所が、西方の国土にあると考えるのは極めて自然ではないか。
柳宗悦

続けて、柳氏は、だがそれにしても浄土を方位で決定するとは何故なのか。方位即ち空間性に仏土を観ずるのは、正しく深い見方であろうか。という。

そこから、更に深みに至り、相対的な、西や相に何の無上な意味があるのかと、なる。

「西方」が立派な一つの宗教的教義たるためには、そこに何か絶対の意味がなければならならぬ。いやしくも浄土の方位である限り、究境の方位と考えるべきであろう。もしそうなら西は単に東に対する西というが如き粗笨なものではあるまい。
柳宗悦

絶対の西なら東に向くもそこに西がなければならぬ。何処を向くも、向くところ一切が西だという意味があってよい。単に東に対する西であるとか、西は東とは異なるとかいうだけなら、浅い西、言葉の西に過ぎまい。真に浄土を求むる者にとって、行く手は、皆西であるはずである。東も西、南も西、北も西である。もし東に向いてそこに西がなくば、浄土を切に求めている者の理解とはいえぬ。どこに行くも、行く処悉く西を指すに至って、始めて浄土への回向がある。
柳宗悦

私は、若い頃、こういう文を読んで、深いと、感激していたが、何のことは無い、屁理屈である。
深みと、思われる、論述は、目くらましのようである。
一から万事が、このような、お説になるのである。
何とでも、言えるということである。

だから何処も西ならざるはなしである。そういう西にして始めて仏土たることが出来る。

このように、しゃーしゃーと、言ってのけるのが、宗教の面目であり、議論の議論であり、理屈の理屈である。
これに、今の今まで、騙されてきた。
それを、深さだと、感じ取らされてきたのである。

更に、進んで
我々はそれが宗教の西だということを忘れてはならぬ。・・・浄土とはかかる中土の意味なのである。中土とは西と東の中間にある国土という意味では決してない。東西を絶した「中」が、西方の真相である。
と、なる。

西方浄土が阿弥陀仏の住処だという場合、弥陀は中に居る仏なのである。中にいるものが弥陀である。否、中仏を弥陀と呼ぶのである。実は如何なる仏もその本質は「中」である。大日如来のみが中に位するのではない。
柳宗悦

これを、そのまま、深みと信じて、納得していた時代があるということである。

これは、インド魔界の、理論の典型である。
このようにして、目潰しをする。
意味の無いところに、意味を見出そうとするのが、哲学である。
そして、哲学ならば、それで善し。しかし、宗教である。勿論、宗教も、哲学である。が、哲学に、もう一つ、余計なものが、つく。それが、信である。

法然は、疑いつつ、念仏すると言う。
親鸞になると、信が、必要条件である。

この姿勢に関しては、また、検証するが、兎に角、それを、思索の深みとするのが、今までの、既成の浄土門の教えである。

西は、単なる東西南北の西ではなく、仏のいます国であるから、それは、中であるという。西という言い方は、方便である。と、そういうことである。

何とでも、想像を妄想を逞しく出来るという、宗教の面目である。

恐れ入るとしか、言いようがない。
この、言葉の手品に、騙されて、おおよそ、800年ほどを過ごしてきた。
そして、まだ、このような、言葉遊びに始終している、宗教家の面々である。
一歩も、進歩していないのである。

そして、極めつけの、言葉である。
仏は、我が内にあると、なる。
人間本来、仏性をもっている。曇りがあるから、それが、見えない。
大乗起信論から、それが、出でいる。

おおよそ、すべての宗教の行き着く先は、人間は、神の子であり、仏性を宿している、である。

大層な議論の後で、それを言う。

キャッチセールスも、その方法を使い、人を騙す。

さんざんに、迷わせて、最後は、あなたは、仏であり、神である。

読みやすい、新興宗教の本を、何冊が読むと、そのような、耳障りのよい言葉の羅列である。
宗教は、進歩したか、生成発展してかといえば、全く、滞って、何も、進歩していない。
千年前の人間より、少しは、賢くなっているはずだが、宗教になると、全くといってよいほど、愚かである。

いつまでも、そうして、騙されるには、訳がある。
それは、宗教が死というものを、扱うからである。

死ぬという、絶対