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もののあわれについて第二弾 アーカイブ

2008年01月22日

もののあわれについて161

かくて、しばしのたまはする、御返も時々聞こえさす。つれづれもすこしなぐさむここちしてすぐす。また御文あり、ことばなどすこしこまやかにて、


語らはば なぐさむことも ありやせむ 言ふかひなくは 思はざらなむ

あはれなる御ものがたり聞こえさせに暮にはいかが、とのたまはせたれば、


なぐさむと 聞けば語らま ほしけれど 身の憂きことぞ 言ふかひもなき

生ひたる蘆にて、かひなくや、と聞こえつ。
思ひかけぬほどに忍びてとおぼして、昼より御心まうけして、日ごろも御文とりつぎて参いらする右近の尉なる人をして、「忍びてものへ行かむ」とのたまはすれば、さなめりと思ひてさぶらふ。―――

かくして、しばしば宮様から、お頼りを、賜りました。
お返事も、それにつれて、差し上げました。
そのため、寂しい日々も、慰められる思いで、過ごします。
また、宮様から、御文をいただきました。
それは、大変に、細やかに、懇ろに、したためられていました。

語らば なぐさむことも ありやせむ 言ふかひなくは 思はざらなむ

お会いして、語り慰めることもできません。話し相手にならぬと、見捨てないでください。

とあり、しんみりとして、お話申し上げたいと思います。
今日の夕暮れは、いかがでしょうと、お書きになってこられたので、

なぐさむと 聞けば語ら まほしけれど 身の憂きことぞ 言ふかひもなき

慰められ、悲しみが紛れると、聞けば、お話申し上げたいと思いますが、人を亡くして、悲しみに沈んでいる者と、お話をしても、甲斐のないようなものです。

生いたる蘆のようなものには、物言うこともなく、泣くばかりです。無駄なことです。
と、申し上げました。
宮様は、思いがけない時に、女を訪ねようと、昼間から、準備をしました。
常日頃、お手紙の、取次ぎをしてくださる、右近の尉を、お召しになりました。
そして、宮様は、忍んで出かけて行こうと仰せになります。

結局、こうして、弟の宮と、和泉式部は、付き合いを始めるのである。
和泉式部日記は、この、弟の宮との、関係の日記である。

和泉式部、紫式部、赤染衛門は、中宮彰子の女房として、仕えた。

和泉式部は、年下の冷泉院の皇子、為尊親王と、結ばれたが、親王は、26歳で亡くなる。
その一年後、その弟の、敦道親王と、恋愛関係に入る。
親王は、彼女を自宅に引き取る。すると、親王のお妃は、家出をする。
当時、世の中を騒がせた事件となるものだった。

日記は、それを書く。

和泉式部は、恋多き女と言われる。
愛欲に、奔放だと言われる。

だが、敦道親王も、27歳の若さで、亡くなる。
彼女の歌集の、挽歌は、悲しみの記録でもある。

彼女の最初の結婚は、和泉守、橘道貞である。
23歳の時に、一子をもうけている。
道貞は、任国との、往来激しく、京に、不在のことが多かった。一子の、小式部も、道貞の子ではないという、噂が立ったのである。

紫式部は、事の様をみつめていたはずである。
愛欲に生きる、同僚である。

そして、さらに、紫式部は、和泉式部の歌を認めていたという、事実がある。

ここに、私は、源氏物語の、伏線があると、思っている。

物語は、想像の産物であるが、和泉式部の行為行動は、現実である。
影響を受けない訳はない。

2008年01月28日

もののあわれについて162

紫式部日記に、書かれる和泉式部の記述を、読む。

和泉式部といふ人こそ、おもしろう書きかわしける。されど、和泉はけしからぬかたこそあれ、うちとけて文はしり書きたるに、そのかたの才ある人、はかなき言葉のにおひも見え侍るめり。歌はいとおかしきこと。ものおぼえ、かたのことはり、まことの歌よみざまにこそ侍らざられ、口にまかせたることどもに、かならずおかしき一ふしの目にとまる詠み添え侍り。

ここでは、唯一、けしからぬかた、とあるのみ。
それは、和泉式部の恋であろう。
多情の様を言う。
しかし、歌に関しては、歌はいとおかしきこと、という。さにら、まことの歌よみざまに、ありとも、言う。

後に、彼女の歌を読むが、実に、良い歌を詠う。
平安王朝の最後を飾るような、歌の数々である。

寛弘6年、1009年に、中宮彰子に仕える。その時、藤原保弘と、結ばれたが、彼女に言い寄る、色好みの男が多かった。

橘道貞との結婚で、一子をもうけているのが、996年頃であるから、彰子に仕える前からも、男性遍歴が、多いとみる。

紫式部は、それを、けしからぬ、という。
逸脱した、恋愛の様である。

だが、実のところ、彼女こそ、まさに、平安の女である。
平安期とは、王朝貴族の退廃の、文化である。
簡単に言えば、セックス三昧であり、そこに、仏教の無常観という、変な思想が、彼らの行動を、また、盛んにしたのである。

密教から、浄土教への、信仰の変転もある。
浄土信仰が、平安期を支配した。

救いがたい者、救われがたい者を、救う、阿弥陀という仏に、帰依する。そして、罪の意識を持つべくの、行為行動である。
それが、色好みである。
色好みの、変転もあるということだ。

この、事態が、庶民にまで広がるのは、江戸の元禄まで、必要だった。
文化の事は、支配者層による。

しかし、不思議なことに、男の色好みの方は、当然のうよに、受け取られていたが、女の色好みは、人の噂になり、批判を受けるという、事態である。ここが、おもしろい。
源氏物語も、男の色好みの、話であり、多くの歌詠みも、男の色好みをよむ。

紫式部は、和泉式部を認めているが、また、それなりの批判もしている。
一目も、二目も、その歌を認めているが、結果。

それだのに、人の詠みたらむ歌、難じことわりえたらむは、いでやさまで心は得じ、口にいと歌の詠まるるなめりとぞ見えたるすぢに侍るかし。恥づかしげの歌よみとはおぼえ侍らず。

と、書く。

和泉式部が、人の歌を評しているのを、みると、歌について、それほど解っているとは、思われない。口に出すように、すらすらと、歌を読むということにかけては、上等だが、私が、引け目を感じるほどのものではない、と。

和泉式部の野放図な、歌の詠みを、批判するのである。
とはいっても、和泉式部は、生来の、詩人である。
口から出る言葉が、歌になるとは、大したものだ。

紫式部と、仲の悪いといわれた、清少納言とも、和泉式部は、親しく、歌のやり取りをしているという、面白さがある。

まあ、恋愛を、肥やしに、和泉式部は、人生を謳歌したといってよい。
同時の社交界を、騒がせて、楽しいであろう。
その一方で、無常観という言葉では、計れない歌を、多く詠むのである。

はかなさ、を詠む。
そこには、確かに、もののあわれ、というものを、透かしているのである。
道長が、和泉式部を、戯れ歌で、うかれ女、うかれめ、と詠んだ歌がある。

うかれ女とは、巫女の霊媒、神懸る状態でもある。
浮いた、女。
現実から、浮く、のである。
それは、賢い女でもあり、麗しい女でもある。

実は、か弱そうに見えるが、その生命力は、強い。
平安貴族の、男たちの、色好みに、比べると、遥かに、彼女の色好みは、超越している。
その、根拠は、歌である。

万葉の、生命力を、平安期に、復活させているとでもいう。
その時代に合わせて、命を、謳歌するのである。

この、和泉式部の、色好みは、現在まで続いている。
ただし、現在の方は、堕落している。
同じ、恋愛、セックスでも、その実が違う。

セックスとは、全人的なものである。しかし、現代のセックスは、性器セックスである。

和泉式部の日記から、その、濡れ場を読むことにする。

これを手本に、セックスに、励むとよい。

あやしき御車にておはしまいて、「かくなむ」と言はせたまへれば、女いとびなきここちすれど、「なし」と聞こえさすべきにもあらず。昼も御返り聞こえさせつれば、ありながら帰したてまつらむもなさけなかるべし、ものばかり聞こえむと思ひて、西のつま戸に円座さし出でて入れたてまつるに、世の人の言へばにやあらむ、なべて御さまにはあらずなまめかし。

粗末なお車でしたが、お出でになられて、「これこれでうかがいました」と、尉に言わせました。女は、いささか困った気持ちでしたが、「不在です」とは、言えません。
昼も、お返事を差し上げたことですから、お返しいただくのも、何かと、心無い仕打ちになります。
お話だけでも、と、思い、西の妻戸に、円座を差し出して、そこへお入れしました。
かねて、世の人の評判通り、その容姿は、並々ならぬ、優美さでした。
これも心づかひせられて、ものなど聞こゆるほどに月さし出でぬ。「いと、明かし。古めかしう奥まりたる身なれば、かかるところにいらなはぬを、いとはしたなきここちするに、そのおはすところに据えたまへ。よも、さきざき見たまふらむ人のやうにはあらじ」とのたまへば、「あやし。今宵のみこそ聞こえさすると思ひはべれ。さきざきはいつかは」など、はかなきことに聞こえなすほどに、夜もやうやうふけぬ。「かくて明かすべきにや」とて、

はかもなき 夢をだに見で 明かしては なにをかのちの 夜がたりせむ

とのたまえば、

夜とともに ぬるとは袖を 思ふ身も のどかに夢を 見る宵ぞなき

まいて」と聞こゆ。

美しい方だと、思い、お話を申し上げておりますと、月が昇ってきました。
宮は、「ああ、なんと、明るい月でしょう。私は、古く、奥まった家に籠もりがちです。このような、目立つ場所には、不慣れです。大変、きまりが悪いので、あなたの、お出になる、おそばに、座らせてください。決して、あなたが、今まで出会った男のような、振る舞いは、しません。」
と、仰せになる。
「まあ、なんと、妙なことを、仰せになります。今夜、一晩だけの、お話相手を、申し上げるのだと、思っております。今までとは、いつ、そのようなことが、私に、あったのでしょうか」
と、取り留めない、はかなごとを、申し上げておりますうちに、夜も、ようやく、ふけてしまいました。
宮様は、このままむなしく夜を明かしてすぎるのかと、思いになられて、
「はかもなき ゆめをだにみで あかしては なにをかのちの よがたりにせむ」

はかない、仮寝の夢さえ、みることができずに、この一夜を明かしてしまうならば、どうして、一夜の、思い出話と、しようか。
と、仰います。
そこで、女は、
「よとともに ぬるとはそでを おもふみも のどかにゆめを みるよいぞなき」

夜が来て、床についても、悲しみで、袖が濡れてしまいます。
この哀しい、わが身も、一夜どころか、いつもいつも、のどかに、夢を結ぶ宵とて、ございません。

ついに、宮が、共寝を促す。
それに対して、女は、亡き人の追憶に心濡れて、とうてい、一緒に寝ることは、できないと言う。

「まいて」は、まして、という意味。

夜とともに ぬるとは袖を 思ふ身も
この世は、こんな人に溢れているだろう。
ゲーテの言葉が浮かぶ。
幾夜も、涙と、共に枕を濡らす人、涙と、共にパンを食べたことのない人は、人生の秘密を知らない、と。

のどかに夢を 見る宵ぞなき
のどかな、楽しい夢を見る、夜は無い。
こういう人も、大勢いるだろう。

色事の中に、儚さを観る。
儚さの中に、もののあわれ、というものを、観る。

人間の本質が、恋というものに、ある、ということ、重々、承知する。

交尾は、動物の行為である。
動物である、人間も、交尾をする。しかし、前頭葉の発達により、精神を持った。言葉の世界である。
交尾は、性交になり、性交は、情交になる。
情とは、心である。

これを、迷いというのか。
これこそ、もののあわれ、であろうと、観たのが、日本人である。

もののあわれについて163


「かろがろしき御歩(ありき)すべき身にてもあらず。なさけなきようにおぼすとも、まことにものおそろしきまでこそおぼゆれ」とて、やをらすべり入りたまひぬ、いとわりなきことどもをのたまひ契りて、明けぬれば帰りたまひぬ、すなはち、「今のほどもいかが、あやしうこそ」とて、


恋と言へば 世のつねのとや 思ふらむ 今朝の心は たぐひだになし

御返り、


世のつねの ことともさらに 思ほえず はじめてものを 思ふあしたは

と聞こえても、「あゆしかりける身のありさまかな、故宮のさばかりのたまはせしものを」とかなしくて、思ひ乱るるほどに、例の童来たり、御文やあらむと思ふほどに、さもあらぬを心憂しと思ふほども、すきずきしや。帰り参るに聞こゆ。


待たましも かばかりこそは あらましか 思ひもかけぬ 今日の夕暮

宮は、「私は、軽々しく、出かけることが出来る身ではありません。情けない、ひどいと、思われても、私の恋心は、おそろしいほど、高ぶっています。
と、言われて、そっと、女の所に、すべりこまれました。

まことに、せつないほどの、くさぐさのことを、約束されて、夜が明けました。

いとわりなきことどもをのたまひ契りて

この一言に、情を交わす。セックスする様が描かれる。

男が、女とセックスする時、色々と、約束をするというのが、今も昔も、変わらない。
結婚する、あれを、上げる、これを、上げる。旅行をしよう等、多くの言葉を、発する。それは、発情のゆえもある。
黙々と、セックスするのは、結婚して、惰性になってからだ。

契りて
その一言に、託すのである。

昭和30年代から、小説の中で、セックスの様を、書き描くことが、流行になった。
その、襞に、起立した、男棒を静かに、埋めて、云々。エロ小説の、ような、文が、文学として、登場した。
良いことであった。
勃起小説とも、言う。
それから、行き着くところまで、行くことになる。
もう、書くことが無くなる程、セックス描写を、書き尽くした。

文学の可能性も何も、あったものではない。
文学は、小説、実話、ファンタジーとまで、広がり、無限に広がったように、思えた。
何を書いても、文学である。
そうして、更に、堕落した。
商売である。
売れる本を、作る。それは、質の良い本ではない。兎に角、売れる本である。
書き手を、有名にする。

小便臭い、少女小説を、褒める程、堕落した。

歌手の大衆化として、カラオケが登場し、小説は、大衆化して、誰もが書く。
良い時代である。
多く人は、勘違いし始めた。

実に、大衆は、愚かである。
簡単に騙される。

夜が明けました。宮様は、お帰りなされました。
それなのに、すぐに「お別れしてから、どのように過ごしていられますか。われながら、あやしく、苦しい気持ちです」と、仰せられた。

こいといえば よのつねのとや おもふらむ けさのこころは たぐひだになし
恋と言えば、世の常と、思われるでしょうが、私の今朝の、恋心は、何も比べられないような、激しいものです。

お返し
よのつねの ことともさらに おもほえず はじめてものを おもふあしたは
世間並みの、ありふれた恋とは、思いません。
今朝、はじめて、恋の切なさを、知ったのです。

女が世に言われる、浮かれ女ではなく、真に心の底から、人を恋うたのは、今朝はじめての、ことだったのだ。
男への、恋心の、きざしたことと、宮への、さきざき、は、男を恋したことなどなかったという、反論めいた、思いである。

と、申し上げるにつけても、私は、何と思いがけない、奇妙な、めぐり合わせに、あったものであろう。
亡き宮が、あれほど、深く愛しんでくれたのに、今は、新しい恋のとりこになってしまった。
悲しみと、反省に、心乱れています。
いつものように、童が、来ました。
宮様からの、お手紙があると、思っていましたが、そうではありません。
辛く思われましたが、私は、何と、好色な女なのでしょう。

すきずきしや
この言葉に、女の思いを、すべて込めるのである。
何と、好色とは、男好きということであるが、更に、恋という関係に、深く縁する者という意識である。

男が、寄って来るのである。
また、男が、放っておかない、女なのである。
そして、それをまた、受け入れる女である。

だが、運命のようなものに、翻弄されるのではない。
そこに、主体性がある。

それは、歌を、見れば解る。

世のつねの ことともさらに 思はれず

世の中にあるような、恋ではないというのである。
そんな、恋ではない。

はじめてものを 思ふあしたは
何という、大胆不敵な、歌であろう。
今、はじめて、恋をしたという。そして、明日に賭けるのである。

様々な、恋の遍歴をしているが、しかし、今、はじめて、恋を知ったという、その恋である。
それを、繰り返しても、はじめの恋であると、言うのだろう。
女の、生命力の強さである。

フランスのマリー・アントワネットの言葉である。
いくらでも、殺すがいい。
私は、いくらでも、生んでやる。

男が、適わない、女の強さである。

生んだ子供が、すべて、違う男の子供であるという、それをね生きられるのが、女であり、それが、強さであろう。

和泉式部の、女の強さに、感服する。

恋は、いつも、新しいのである。

恋に生き、恋に死す。
それで、いい。
そこに、歌が生まれる。これ、もののあわれ、である。

童が、帰りますので、それに託して、申し上げました。

またましも かばかりこそは あらぬまし おもひもかけぬ きょうのゆうぐれ

お出になるのを、お待ちするとしたら、このように、切ないものです。今日の夕暮れといいますのに、お心にかけても、お文も、下さらないので、心が乱れたのが、よく解ります。

おもひもかけぬ きょうのゆうぐれ
思いに、かけてもらえないのでしょう。日は暮れてゆきますのに。

いよいよ、男女の愛情関係の、駆け引きに入ってゆく。

2008年02月15日

もののあわれについて164

御覧じて、げにいとはしうもとおぼせど、かかる御歩さらにせさせたまわず、北の方も、例の人の仲のやうにこそおはしまさねど、夜ごとに出でむもあやしとおぼしめすべし。「故宮のはてまでそしられさせたまひしも、これによりてぞかし」とおぼしつつむも、ねんごろにおぼはされぬなめりかし。暗きほどにぞ御返りある。

ひたぶるに 待つとも言はば やすらはで 行くべきものを 君が家路に

おろそかにやと思ふこそ苦しけれ」とあるを、「なにか、ここには、

かかれども おぼつかなくも 思ほえず これも昔の えにこそあるらめ

と思ひたまふれど、なぐさめずはつけ」と聞こえたり。おはしまさむとおぼしめど、うひうひしうのみおぼされて、日ごろになりぬ。

それを、御覧になって、宮様は、可愛そうに思われました。
しかし、夜歩きは、しませんでした。
それに、北の方(妻)も、世の常の睦まじい夫婦仲のようではなかったが、毎晩出かけるのでは、不審に、思われるでしょう。
亡き兄宮が、最後まで、兎に角言われ、噂されたのは、この女であったと思われ、慎まれるのであったが、それは、女のことを、ねんごろに、思い召していなかったからでしょう。

暗くなった頃に、お返事がありました。

ひたぶるに まつともいはば やすらはで ゆくべきものを きみがいえじに
あなたが、ひたすら待つというのならば、何をおいても、ためらわずに、あなたの家に向かって行きます。

私の思いを、いかげんなものだと、思っていられるかと思うと、心苦しいものです。と、書かれてあった。
それを見て、女は、いいえ、私のほうは、

かかれども おぼつかなくも 思ほへず これもむかしの えにこそあるらめ
お越しいただけない、という、おぼつかない状態ですが、心細く思われません。
これも、亡き兄宮様との、ご縁で結ばれているからで、ございましょう。

と言う、女の気持ちの底に、亡き宮との、宿縁に結ばれている私は、慰めの言葉を、かけていただかなければ、耐えられそうにありません。
と、打ったえる気持ちを、歌にしました。

宮は、出かけようと思ったが、心重く、そのまま、日が経過した。

女は、宮の気持ちを信じかねる思いあり、冷淡になると、逆に、宮は、積極的に、女に近づこうとするという、男女の駆け引きの様あり。

かかれども おぼつかなくも 思ほへず これも昔の えにこそあるらめ

これも昔の えにこそあるらめ
つまり、宿縁によるものだと歌う。
仏教の、思想が、浸透している、証拠である。

縁とは、えにし、であった。
縁にこそあるらめ
恋も、縁に支えられてある。
縁なくば、恋は、叶わぬ。
叶わぬ恋をすることほど、哀しいことはない。
縁が無いものを、どうすることもできない。

女は宮と、一度、契っている。
これは、縁有り、とみる。
縁があるから、交わることが、出来た。それでは、この先の、関係を、如何にするのか、進めるのか。

恋愛とは、何か。
交わることは、出来た。それから、何を持っての、付き合いになるのか。

現代は、セックスフレンドという存在がいる。
セックスのみの、関係で、善しとする。
しかし、恋愛は、セックスに尽きる。
セックスが、目的であるから、それを、成就させれば、後はない。ただ、次々と、体の関係を、持つのみ。

ある27歳の、女性が、五年ほどの付き合いのある、男に尋ねた。
私たちは、付き合っているよね、と。
すると、男は、言った。別に、付き合っているという、気持ちはない、と。
女は、驚いた。
五年も、セックスを繰り返しているのである。いずれは、結婚するのだろうと、思っていた。
しかし、男の意識には、それが、なかった。
だが、哀しいことに、女の体は、男の体に、慣らされて、しまっていた。

結婚しない、セックスの関係に、女は、絶望を感じた。
それでは、どうするか。
別れる。
しかし、体が、もう、後戻りできないようになっている。

ある女は、妊娠して、男に告げた。
すると、男は、簡単に、堕してくれと、言う。
君と、結婚するつもりは、ないと。
女は、混乱する。
今までの、付き合いと、体の重ねた日々は、なんだったのか。

今度は、男の方をみる。
長年の付き合いの女に、別の男がいると、知る。
問い詰めると、素直に、認めた。
どういうつもりだと言うと、女は、あなたも、楽しんでいるでしょう。今更、どういうつもりも無い。私こそ、どういうつもりで、付き合っていたのかと、聞きたいと。

恋愛の目的を、明確にしていない、恋愛である。が、恋愛とは、そういうものである。

恋愛の目的は、恋愛することである。

そして、実のところ、恋愛とは、乱交という無意識の意識に、支えられてある。

そして、また、それは、性格である。
恋愛も、性格による。

人は、生きられるようにしか、生きられない。

好き者といわれても、好きなものは、好きなのである。
セックス好きなのである。

兎に角、多くの者と、交わりたい。
今では、男女問わず、交わる者がいる。
進化したのだろう。

性を楽しむことは、生を楽しむことでもある。
性を楽しむ者同士が、恋愛をすれば、いい。

結婚は、次元が違う。

恋愛が、結婚に行き着くと、考える方が間違っている。
恋愛と、結婚は、別もの。別次元のものである。

当時は、男が、女の元に、通う形の恋愛である。
女は待つ。男が行く。

男は、多くの女の元に通ってもいい。
乱交である。

人間に大差は、無い。
昔の男と、今の男が、何か違いがあるか。同じである。
そして、女も、同じである。

結婚とは、国家が認めた、男女の契約である。
恋愛は、個人的、行為である。
誰も、その、良し悪しを、判断するものを、持たない。

恋愛こそ、百人百様の様がある。当然である。
この、恋愛の様にあるものから、もののあわれ、という心的状態を、得た日本人である。

恋に生き、恋に死す、からいい。
結婚は、相互扶助の、関係である。そのまま、福祉である。

皆々、恋愛は、これも昔のえにこそあるらめ、なのである。
それ以外に、何があるのか。
昔の縁ゆえの、関係である。

何故、北海道の男と、九州の女が、恋愛するのか。
遠く離れた土地の相手と、何故、恋に落ちるのか。
偶然にしては、出来すぎている。
当然、縁、えにし、があった。それは、昔のえにこそあるらめ、なのである。

男と、女が、相対する時、そこには、膨大な男と、女の縁がある。
それが、解れば、人生の秘密を知ることになる。


2008年02月16日

もののあわれについて165

晦日の日、女

ほととぎす 世にかくれたる 忍び音を いつかは聞かむ 今日も過ぎなば

と聞こえさせたれど、人々あまたさぶらひけるはどにて、え御覧ぜさせず。つとめて、もて参りたれば見たまひて


忍び音は 苦しきものを ほととぎす こだかき声を 今日よりは聞け

とて、二三日ありて、忍びてわたらせたまへり。女は、ものへ参いらむとて精進(さうじ)したるうちに、いと間遠なるもこころなきなめりと思へば、ことにものなど聞こえで、仏にことづけたてまつりて明かしつ。つとめて、宮「めづらかにて明かしつる」などのたまはせて、


いさやまだ かかる道をば 知らぬかな あひてもあはで 明かすものとは

あさましく」とあり。さぞあさましさやうにおぼしつらむといとほしくて、


よとともに もの思ふ人は 夜とても うちとけて目の あふ時もなし

めづらかに思うたまへず」と聞こえつ。

四月三十日、女は、宮に一首をおくりました。
ほととぎす よにかくれたる しのびねを いつかはきかむ きょうもすぎなば

ほととぎすの、ひそかな忍び音を、いつ聞くことが、できるのでしょう。
四月の果ての日も、過ぎてしまいます。
と、申し上げましたけれど、宮の元には、人々が参上して、それを、御覧になれませんでした。

翌朝、参上して、お歌を見せますと、御覧になり、
しのびねは くるしきものを ほととぎす こだかきこえを きょうよりはきけ

忍び音を出さなければならない、ほととずきは、苦しいのです。
高々と呼ぶ声を、今日からは、お聞きください。
人目を、忍ばすに、訪ねましょう。

と、お返しになりました。
二三日たってからも、忍んで来られました。
女は、寺詣でをしようと精進しているうちに、宮のお出でが、遠のいていますのは、愛情が薄くなったしるしであると、思いました。
とくに、お話もせずに、仏道のことにかこつけて、一夜を、明かしました。

翌朝、お帰りになられた宮から、「随分と、変わった夜を過ごしました」と、書かれて、届きました。

いさやまだ かかるみちをば しらぬかな あひてもあはで あかすものとは

いやはや、このような、恋の道が、あるとは、知りませんでした。
お会いしても、共寝もせずに、夜を明かしてしまうとは。

あきれました」と仰せでした。

さぞ、あきられておいでと、気の毒に思い

よしとともに ものおもふひとは よるとても うちとけてめの あふときもなし

夜がくると、物思いする私は、くつろぐ気持ちで、目を合わせて、眠ることなど、決してございません。

私にとっては、珍しくありません」と、申し上げました。

現代とは、時間の感覚が、違うということが、よく、解る。
時間というものに、対する、感覚が違うということは、物に感じる心得も、違うということである。

現在のように、時間というものが、区切られていないということである。
流れる時間感覚である。

現在、時間が流れていると、感じる感覚とも、違う。

よとともに もの思ふ人は
夜と、共に、つまり、夜に物思う者を言う。
夜は、物思う時なのだ。
夜の闇の中で、人は、じっと、人生の秘密を、見つめるのである。
闇を忘れた、現代人に、それを、理解してもらうのは、大変なことである。

夜とても うちとけて目の あふ時もなし

よとともに、を、更に、夜とても、と、夜を、繰り返している。
物思いする者は、くつろいで、目を合わせて、眠ることなど、できない。

ただ、単に、和泉式部は、色情狂いではない、ということだ。
この時代にあって、時代精神を生きているといえる。

時代精神とは、その時代に、求められる生き方である。
和泉式部は、平安期の、理想的女性を、演じたといえる。
男狂いと言われて、善しとする。

色好みから、儚さを、感得し、さらに、その底に流れる、もののあわれ、というものを、見つめるのである。
源氏物語は、まさに、それである。

何度も言うが、色好みは、セックス好みではない。
性というものを、全人的に理解することである。
性にまつわる、諸々を、含めた意味での、色好みである。

その、やり取りにある、所作に、もののあわれ、を、源氏物語は、語るのである。
本居宣長は、それを観た。
私は、源氏物語における、自然、季節描写から、それを、観る。

日本の、風土、季節感覚を抜きに、もののあわれ、というものを、理解出来ないからだ。

もののあわれについて166

またの日、宮「今日やものへ参りたまふ。さていつか帰りたまふべからむ。いかにしておぼつかなからむ」とあれば、


をりすぎて さてこそやめ さみだれて 今宵あやめの 根をやかけまし

とこそ思ひたまふべかりぬべけれ」と聞こえて、参りて、三日ばかりありて帰りたれば、宮より「いとおぼつかなくなりにければ、参りてと思ひたまふるを、いと心憂かりしにこそ、ものうくはづかしうおぼえて、いとおろかなるにこそなりぬべけれど、日ごろは、


すぐすをも 忘れやすると 程ふれば いと恋しさに 今日はまけなむ

あさからぬ心のほどを、さりとも」とある。御返り、


まくるとも 見えぬものから 玉かづら とふひとすぢも たえまがちにて

と聞こえたり。

次の日、宮様から、「今日は、お寺参りをしますか、そして、いつお帰りになりますか。どのように、常より、待ち遠しく、思われることでしょう」と、書かれてあります。

をりすぎて さてもこそやめ さみだれて こよいあやめの ねをやかけまし
時期が、通り過ぎてしまえば、そのまま五月雨も、止みます。悲しみも、止むでしょう。

ですから、今宵は、亡き宮様を、偲ぶ涙で、袖を濡らすことになります。
この気持ちは、お解りくださいますね。
と、申し上げて、寺から三日ほどして、戻り帰りますと、宮様から「大変、待ち遠しくなりましたので、お訪ねしたい。でも、以前、思い満たされぬ夜があったので、気後れします。こう申しますと、ひどく冷たいことだと、思われるでしょうが、近頃は

すぐすをも わすれやすると ほどふれば いとこいしさに きょうはまけなぬ
日を過ごせば、あなたを、忘れられると、思っていましたが、日を経るにつれて、恋しさが、増します。今日は、それに、負けて、お訪ねしましょう。

尋常ではない、心の程を、お解りくださるでしょう。

とありました。
お返し

まくるとも みえぬものから たまかづら とふひとすぢも たえまがちにて
恋しさに、負けて、訪ねてくださるとは、思われません。お手紙を、下さることさえ、絶えがちなのに。
と、申し上げました。

恋の駆け引きである。

まくるとも
恋の気持ちに負けて、である。
みえぬものから
そんな、気持ちには、見えません。
とふひとすぢも
文を書いてくれません。
たえまがちにて
絶えがち、なのに。

火に油を注ぐ、女の言葉である。
いや、まだ、そんなに、私を恋しく思っているのではないのでしょう。と、わざわざ、拗ねている。

前夜に、一度、共寝をせずに、語り合っていたことを、宮は、思い叶わぬという。つまり、セックスが、出来なかったという。
また、そんな風なら、と、言うのである。

会う度に、セックスをするという、単純な付き合いをしたいのではない。
恋のやり取り、駆け引きが、楽しい。嬉しい。
その、間、にある、物思いに、女は、賭ける。

その、間、とは、あわれ、である。
当時は、儚さ、ともいう。

恋愛の、間にある、儚さを、見つめるのである。

優雅である。

恋心に、彩られる様を、表現して、雅と、なる。
平安期の、雅は、その底に、恋心がある。

雅の色彩は、恋心を、現すのである。
絵巻とは、それである。

恋は、絵巻なのである。

アメリカの、日本文化研究の、ドナルド・キーン氏は、戦争時に、英訳の源氏物語を読み、驚愕したという。
戦争の無い、優雅な世界というものがあると、感動したのである。
恋に生き、恋に死ぬ物語は、平和の象徴となった。

以後、キーン氏は、日本軍の捕虜から、日本について、多く知ることになる。
日本文化に流れる、平和の思想である。

それが、恋であった。

すぐすをも 忘れやすると 程ふれば いと恋しさに 今日はまけなむ
時を経れば、忘れると、思ったが、逆に、恋しさが募る。それに、今日は負けて、会いに行く。

恋とは、そういうものである。
今も昔も、変わらずに、人の心は、恋に生き、恋に死すのである。

恋人は、いと恋しさに 今日はまけなむ、と、恋人の元に行く。
何が恋しいのか。

孤独を埋めるようなものは、我以外に無いと、思いつつ、それでも、恋に、賭けるという、人間の悲しさである。それを、儚いと、観た。
これは、知性である。そして、感性を拓くのである。
いざ、恋に生きめやも、である。

2008年02月19日

もののあわれについて167

宮、例の忍びておはしまいたり。女、さしもやは思ふうちに、日ごろのおこなひに困じて、うちまどろみたるほどに、門をたたくに聞きつくる人もなし。聞こしめすことどもあれば、人あるにやとおぼしめして、やをら帰らせたまひて、つとめて、


あけざりし まきの戸口に 立ちながら つらき心の ためしとぞ見し

憂きはこれにやと思ふも、あはれになむ」とあり。「昨夜(よべ)おはしましけるなめりかし、心もなく寝にけるものかな」と思ふ。お返し


いかでかは まきの戸口を さしながら つらき心の ありなしを見む

おしはからせたまふめるこそ。見せたらば」とあり。今宵もおはしまさまほしけれど、かかる御歩を人々も制しきこゆるうちに、内大殿、春宮などの聞こしめさむこともかろがろしう、おぼしつつむほどに、いとはるかなり。


宮は、例のように、お忍びで、お出になりました。
女は、まさか、お見えにはなるまいと、思い、日頃の疲れがでて、眠ってしまった。
その時でした。
門を叩いても、聞く者もなく、宮様は、女の噂など聞いて、他の男が、来ているのであろうかと思い、ひそかに、帰られました。
翌朝になり

あけざりし まきのとぐちに たちながら つらきこころの ためしとぞみし

開けてくださらなかった、まきの戸口に立ち続けながら、あなたの、無情のこころの、しるしだと思いました。

人を思う恋心は、このように辛い切ないものかと、悲しい思いでした。
と、御文がありました。

女は、「昨夜は不用意に眠ってしまいました」と申しました。
お返し

いかでかは まきのとぐちを さしながら つらきこころの ありなしをみむ

まきの戸口は、誰のためにも、閉ざしたままでした。
どうして、私が、無情な者だと、お解りですか。外からは、お解りになりますまい。

この人知れぬ、心を、お見せしたいと思います。へんな想像を、しないで下さい。
抗議の気持ちが、にじんでいる。
宮様は、今宵も、お出かけになりたかったのですが、お忍び歩きは、人々も、お止していますので、そのうちに、内大臣や、春宮のお耳に入るようなことになっては、軽率な行いと、思われることになります。

心を抑えて、慎んでおられますうちに、長い日を経てしまいました。

憂きはこれにやと思ふも、あはれになむ
ここでは、あはれ、という言葉を、切ない、悲しいと、使う。
心象風景の一つである。

憂いは、恋心である。
恋とは、その心とは、あはれ、であるという。

決して、憐憫の情ではない。
あはれ、は、我が心の内にあるものである。

外にある、事象を見て、起こる心であるが、それは、内側のものである。

そのものが、あはれ、なのではない。
我が心に、あはれ、という、風景が、広がるのである。

外の事象を、我が内に取り込んで、それを、あはれ、と、認識する。

例えば、目の前に、辛く悲しい思いを持つ人がいる。その人が、あはれ、なのではない。それを、見ている、私が、あはれ、なのである。

相手の様を、哀れ、と思う心ではないということ。
それを、見る、私が、あはれ、という、心象風景を持つということである。

我が内に起こる、心模様が、あはれ、なのである。

見えるものは、私の心に在るものなのである。
私の内に無いものは、見えない。

もののあわれ、というものは、見るものを、すべて、抱擁する。包括する。

一切の否定無く、前面肯定の様である。


さらに、
女の歌にある
つらき心の ありなしを見む
薄情である。冷たいという心。
どうして、そのように見るのですか。

つらき心は、辛い心である。
こちらが、辛いと、現代では、解釈する。
しかし、この時代は、相手に対しての行為を、つらいと、表現する。

言葉が、その、理解が、変転しているのである。

辛く当たると、言えば、相手に対するもの、である。
本来は、こちらの方が正しい。

辛いという言葉の、広がりを考えると、言葉というものの、威力を知る。

私が、辛い場合と、相手に対して、辛く当たるという、二通りの意味である。

それを、前後の言葉の有り様から、感じ取るというのは、日本人ならではの、言葉に対する感性である。

要するに、深みである。
言葉、そのものに対する、深みが、他の民族と違うのである。

もののあはれ、という時、それは、二通りにも、三通りにも、何通りにも、なる。
もののあわれ、というものを、再度、思索するべきなのである。

2008年02月26日

もののあわれについて186

雨うち降りていとつれづれなる日ごろ、女は雲間なきながめに、世の中をいかになりぬるならぬとつきせずながめて、「すきごとする人々はあまたあれど、ただいまはともかくもおもはぬを、世の人はさまざまにいふめれど、身のあればこそ」と思ひて過ごす。宮より「雨のつれづれはいかに」とて、


おほかたに さみだるるとや 思ふらむ 君恋ひわたる 今日のながめを

とあれば、折を過ぐしたまはぬををかしと思ふ。あはれなる折しもと思ひて、


しのぶらむ ものとも知らで おのがただ 身を知る雨と 思びけるかな

と書きて、紙のひとへをひき返して、


ふれば世の いとど憂きのみ 知らるるに 今日のながめに 水まさらなむ

待ちとる岸や」と聞こえたるを御覧じて、たちかへり、


なにせむに 身をさへ捨てむと 思ふらむ あめの下には 君のみやふる

たれも憂き世をや」とあり。

五月雨が降り、たいそう、徒然なる日を過ごしています。
徒然とは、所在無く過ごす。何となく、無為に過ごす。物思いに過ごすと、色々な意味あり。

女は、晴れ間の無い空を見上げて、うっとおしい中で、わが身は、どうなるのであろうかと、思うのです。
果てしない、物思いにふけります。
言い寄る男たちは、大勢います。
しかし、今の私には、何の気持ちも、湧き上がることは、ありません。
世の中の人は、様々に噂しますが、それも、私が生きていればこその、こと。

どこかへ、隠れてしまいたいものです。
と、思い過ごしていました。
そのとき、宮様から、「この雨の中を、どうしているのですか」とお尋ねになります。


おほかたに さみだるるとや おもふらむ きみこいわたる きょうのながめを

ありふれた、五月雨がふっていると思いでしょうが、この雨は、あなたを恋しく思う、私の涙が、長雨になっているのです。

とあります。時をはずされぬ御文を、嬉しく思いました。
心とんみりとしていましたので、


しのぶらむ ものともしらで おのがただ みをしるあめと おもひけるかな

私を、お慕いくださった雨とも、知らず。私は、私の悲しさから、降った雨だとばかり、思っていました。

と、書き、その紙の一枚を引き返して、裏に


ふればよの いとどうきのみ しらるるに きょうのながめに みずまさらなむ

この世に生きながらえていますと、切ないことばかりです。
今日の長雨で、水が増し、私を、押し流して欲しいものです。

私を、救ってくれる、彼岸は、ありましょうか。
と、申し上げたのを、御覧になり、すぐに


なにせむに みをさへすてむと おもふらむ あめのしたには きみのみやふる

どうして、わが身を捨てようと、思うのですか。この世の中には、あなただけが生きているのではありません。

と、女の訴えを、それは、出家の気配を感じ取って、「誰もが、辛い世の中なのです」と書かれるのです。

雨を、私の恋しさのものだと、言う。
そして、それに、女は、それは知りませんでした。雨は、私の悲しさの雨だという。

雲立てば、亡き人の思いだと、観た、万葉人を、思い出す。
雨は、私の心の悲しみの雨であり、人を恋しく思うがゆえの、雨としてみる。
このような、感性は、いつから、どこから、発したものか。

自然と、対峙するのではない、この、心象風景は、日本人独特のものである。

雨が、私の内にも、降るのである。

自然と、共感する、共生する、思いである。
言葉の世界の、精神の前に、心や、魂、霊というものに、感応する、自然の様である。

単なる、恋のやり取りではない。
日本伝統の、心の有り様を、見事に、現している。

今時、今日の雨は、私の悲しみの涙が、雨になりましたと、言えば、何を、気障な、とか、または、頭がおかしいと、思われるだろう。
それほど、余裕が無い時代になったのである。
というより、雨など、ゆったりと、眺めている時間などない。
ましてや、空を、である。

子供の頃、雨が降る日は、じっと、雨の音を聞いていた。雨の匂いを、嗅いでいた。そして、その時間は、黄金の時間であった。
いつから、雨の音を聞かなくなったのか。雨の匂いを嗅ぐことがなくなったのか。

どうでも、いいことに、かまけて、実に、大切な時間を失う。

バリ島に行き、日本から、日常から離れて、私は、闇の月明かりを見て、親に、感謝したことがある。今まで、感じたことのない、気持ちだった。
生んで育ててくれて、本当に、ありがとうと、親に感謝した。
そんな、時間を持てなかったのである。
また、雨の音を半日、聞いていても、飽きなかった。

そういう時、日本の心、歌詠みの心が、蘇るのか、目覚めるのか。
歌を詠みたくなるのである。

あめの下には 君のみやふる
世の中には、あなただけがいるのではない。
あなただけに、雨が降るのではない。

人は皆、それぞれの、人生の切なさを負って、生きている。
それを、君のみやふる、という、七文字に託すのである。

言葉が、多ければ、いいというものではない。

語ることより、歌うことを、善しとする。
日本の伝統である。

2008年02月27日

もののあわれについて189

五月五日になりぬ。雨なほやまず。一日の御返りのつねよりももの思ひたるさまなりしを、あはれとおぼし出でて、いたう降り明かしたるつとめて、「今宵の雨の音は、おどろおどろしかりつるを」などのたまはせたれば、


夜もすがら なにごとをかは 思ひつる 窓うつ雨の 音を聞きつつ

かげにいながらあやしきまでなむ」と聞こえさせたれば、なほ言ふかひなくはあらずかしとおぼして、御返り、


われもさぞ 思ひやりつる 雨の音を させるつまなき 宿はいかにと

昼つかた、川の水まさりたりとて人々見る。宮も御覧じて、「ただ今いかが。水見になむ行きはべる。


大水の 岸つきたるに くらぶれど 深き心は われぞまされる

さは知りたまへりや」とあり。御返、


今はよも きしもせじかし 大水の 深き心は 川と見せつつ

かひなくなむ」と聞こえさせたり。

五月五日になりました。
雨はまだ、やみません。
先日の女の返事が、常よりも、物思い深く感じられた宮は、あわれに思い、ひどい雨後の明けに「昨夜の雨の降る音は、すごいものでしたが、いかがですか」と、お手紙がありました。


よもすがら なにごとをかは おもひつる まどうつあめの おとをききつつ

一晩中、何を思い、明かしたのか。
宮様のことばかりでした。窓を叩く雨を切なく聞きながら、です。

家の中にいましたのに、あやしきまでに、袖が涙で、濡れました。
と、申し上げると、宮様は、この女は、やり取りの上手なものだと、思い、お返事を書かれました。


われもさぞ おもひやりつる あめのおとを させるつまなき やどはいかにと

私も、あなたと同じように、雨を聞きながら、思い続けていました。
たしかな夫のいない、宿で、どのように過ごしているのかと。

女が、定まった夫もなく、一人でいることへの、哀れみと、かつて戸を閉ざしていた夜の思い出とを、引き出し、少し、皮肉めいた感じで応える。

昼頃、加茂川の水が増したということで、見に出かけられました。
宮様も、御覧になり、「今どうしておいでですか。私は、増水を見にいきました。


おおみずの きしつきたるに くらぶれど ふかきこころは われぞまされる

大水が、岸を浸しているのに、比べても、私の方が、はるかに、人思う心の深さは、勝っています。

そのような、私の心を、お解りくださいますか」と、書かれました。
そのお返事に


いまはよも きしもせじかし おおみずの ふかきこころは かわとみせつつ

今は、なさか、おいでになりは、しないでしょう。
心の深さを、川で、お示しになっても、

かいなくなむ。
ああ、つまりません、という。
どうせ、来ては、くださらないのでしょう。

雨降れば、雨に。風吹けば、風に。雪降れば、雪に。
すべての、事象が、恋に染まる。

そしてそれは、恋のみではなく、喜怒哀楽に、つけて、自然の事象が、すべて、それに、関わってくる。

大水が岸を、越えたと、言えば、その、岸を、帰し、に懸ける。
大水のように、岸を越えて、おいでください。という気持ちを、きし、という言葉に懸けて歌う。

時間というものの、感覚が違う。
それを、知るだけでも、価値がある。

文のやり取りとは、現代のメールである。

メールにより、短文の才能が、開花しているはずだ。

今、どこ。
いつものとこ。
来る。
行く。
じゃあ。
うん、じゃあね。

関係というものも、偏狭になった。
二人にしか解らないのである。

歌は、誰もが、理解する。その、違いである。

なにごとをかは思ひつる
われもさぞ思ひやりつる

何を思い明かしたのか。
私も、思い続けていた。

思うことは、一緒である。
それを、恋という。

心というものの、有り様が、恋によって、明確になるのである。

万葉の恋は、性に、直結していた。
そこに、曇りは無い。
しかし、性の前に、佇む、という行為を覚える。
歌心である。

それが、思ひ、となる。
思ひ、は、心である。
恋に、歓喜し、恋に、悲しむという、心の様を観るのである。
心とは、恋にあった。
それは、新鮮な驚きである。

無骨な者も、細やかになる、心を作る、恋というもの、である。

おしなべて 物を思わぬ 人にさえ 心を作る 秋の初風
西行

恋の、色好みが、風情として、感得させられるようになる。

人の心と、自然との、深い関わりにより、日本人の、感性が、磨かれるのである。

古代の、恋即性が、色好みとして、変容し、さらに、風情として、変容する様、ただただ、驚くばかりである。

雅というものも、色好みによる。

恋を、色と、見立てた感性には、矢張り驚く。
恋は、色合いである。

恋の、一部分にある、性愛というものを、取り出してみても、どれほど多くの作家が、描いたことであろう。しかし、まだまだ、描ききれない。
エロ小説も、いつまで、終わらない。
繰り返し、繰り返し、同じことを、繰り返している、性愛のお話も、終わることがない。
人間が、生きる限り続く。

ものの真実とは、実に、単純明快なものである。
この世に、奥義なるものなど無い。

これを、色即是空などと、解ったような言葉で、断罪するのは、実に愚かである。
色は、物質である。それは、空である。
そんなことは、はじめから、解っていたことである。

今、有る様に、生きる時、その、生きるということを、最大限に生かす、楽しむことを、日本民族は、善しとしてきた。

恋に生き、恋に死す、ことである。

2008年03月02日

もののあわれについて170

からうじておはしまして、宮「あさましく心よりほかにおぼつかなくなりぬるを、おろそかになおぼしそ。御あやまちとなむ思ふ。かく参り来ることびんありしと思ふ人々、あまたあるやうに聞けば、いとほしくなむ。大方もつつましきうちに、いとどほどへぬる」とまめやかに御物語したまいて、宮「いざたまへ、今宵ばかり、人も見ぬ所あり。心のどこかにもなども聞こえむ」とて車をさし寄せて、ただ乗せたまへば、われにもあらで乗りぬ。

人もこそ聞けと思ふ行けば、いたう夜ふけにければ、「下りね」としひてのたまへば、あさましきやうにて下りぬ。宮「さりや、人もなき所ぞかし。今よりはかようにてを聞こえむ。人などのある折にやと思へば、つつましう」など物語あはれにしたまひて、明けぬれば、車寄せて乗せたまひて、宮「御送りにも参るべけれど、明かくなりぬべければほかにありと人の見むもあいなくなむ」とて、とどまらせたまひぬ。

女、道すがら、「あやしの歩や、人いかに思はむ」と思ふ。あけぼのの御姿の、なべてならず見えつるも、思ひいでられて、


宵ごとに 帰しはすとも いかでなほ あかつき起きを 君にせさまじ

苦しかりけり」とあれば、


朝露の おくる思ひに くらぶれば ただに帰らむ 宵はまされり

この文章の前に、宮が、侍従の乳母に、噂が立つので、出掛けるのを、咎められる段が、ある。

月夜の晩である。

やっとのことで、宮様が、お出かけになり、「あきれるほど、心ならずも、ご無沙汰しました。無情だと思わないで下さい。これも、あなたの責任ですよ。このように、お訪ねすることを、不都合だと思う人が、多くいると、聞いています。その人たちが、気の毒と思い、また、世間をはばかり、慎んでいるうちに、このように、日が過ぎてしまいました」と、まめまめしく、話されて「さあ、お出でください。今夜だけは、人の知らない所があります。心おきなく、語り合いましょう」と、車を、さし寄せられて、無理に乗せますので、女は、夢中で、乗り込みました。

人に、聞きつけられたらと、恐る恐る行きますと、夜も更けていましたので、気づく人も、いませんでした。
宮様は、車を、人陰もない道に寄せて、降りました。月影も、いたく明るく照っていましたので「お降りください」という宮様に、従って、はにかみながら、降りました。「どうです。誰もいないでしょう。これからは、このように、語り合いましょう。あなたの家では、誰か来合わせているのではないかと、思いますと、気が引ける思いがします」などと、しみじみと、お話いたします。
夜が明けますので、車を寄せて、女を乗せ、「お家まで、お送りしたいのですが、明るくなってしまうでしょうから、他所へ行っていたと、人に思われるのも、心なく思います」と、仰せられて、留まられました。
女は、帰る道すがら、「おかしな、夜歩きでした。他の人が見たら、何と言うでしょう」と思うのでした。
明け方の、宮様の姿が、ことのほか、美しく思い出されて

よいごとに かえしはすとも いかでなほ あかつきおきを きみにせさせじ

夜のうちに、お帰えしすることは、ございましても、なんとか、暁に、お越しすることは、したくありません。

心苦しく思いました、と、書き送りました。


あさつゆの おくるおもひに くらぶれば ただにかへらむ よいはまされり
朝露の、置く頃に、お別れする辛さに、比べれば、お会い出来ずに、帰らなければならない辛さの方が、もっと、辛いことです。

スリル満点の、逢引である。
すでに、二人のことが、人の噂になり始めているということである。

女は、われにもあらで乗りぬ、と、ある。
つまり、夢中で、乗った。我を忘れて、乗ったのである。

さらに、あさましきようにて降りぬ、とある。
はにかみながら、恥ずかしく思いつつ、降りたのである。

このようにして、誘う、男は、今までに、いなかったのである。
家には、通って来るが、家以外の他の場所に、連れて行くという、行動である。女は、それに、燃えたのである。
物語あはれにしたまひて、明けぬれば、と、中抜きしてある。

物語を、あはれにした、という。
恋の語りをするのである。それを、物語あはれにしたまいて、と、言う。そして、夜が明ける。

共寝をしつつ、話し合いを続ける。
交わりつつ、睦言である。

性交の様より、物語として、交わりを説くのである。
この、物語あはれに、という、表現に注目である。
物語を、あはれにするということは、どういうことか。

つまり、しっとりと、静かに、言葉を掛け合わすように、語り合うということである。
共寝の睦言が、もののあわれ、というものを、言うのである。
恋の行為である、交わりに、もののあわれ、というものを、観るのである。

もののあわれ、というものの、基本には、恋寝の、様がある。
そのように、しっとりと、あたかも、の如くに、振舞う姿に、もののあわれ、というものを、観ているのである。

それは、慈愛の様になり、心づくしの様になり、様々な、変化を起こすが、その心は、恋の物語にある。

物語の発祥も、ここに尽きる。
日本の物語の発生は、恋の心からなのである。
恋ゆえに、物語というものがある。物語が、恋なのではない。恋が、物語を作るのである。

まさに、それが、この世の現実というものである。

それを、和泉式部が、体験として、書き残したのである。
勿論、和泉式部の作ではないとしても、このように、書かれたということに、意義がある。

源氏物語の、伏線であるという、私の説である。
和泉式部は、紫式部を、触発したのである。
恋こそ、物語たるものであると、創作を促したと言える。

2008年03月03日

もののあわれについて171

さらにかかることは聞かじ。夜さりは方ふたがりたり。御むかへに参らむ」とあり。あな見苦し、つねにはと思へども、れいの車にておはしたり。さし寄せて、「早や、早や」とあれば、さも見苦しきわぎかなと思ふ思ふ、いざり出でて乗りぬれば、昨夜の所にて物語したまふ。上は、院の御方にわたらせたまふとおぼす。
明けぬれば、「鳥の音つらき」とのたまはせて、やをら奉りておはしぬ。道すがら、宮「かやうならむ折は、かならず」とのたまはすれば、女「つねはいかでか」と聞こゆ。おはしまして、帰らせたまひぬ。しばしありて御文あり。宮「今朝は鳥の音におどろかされて、にくかりつれば殺しつ」とのたまはせて、鳥の羽に御文をつけて、


殺しても なほあかぬかな にはとりの 折ふし知らぬ 今朝の一声

御返し


いかにとは われこそ思へ 朝な朝な 鳴き聞かせつる 鳥のつらさは

と思ひたまふるも、にくからぬにや」とあり。

さらに、あなたの言葉を聞くことが、出来ません。
今夜は、あなたの家が、塞がり、泊まれません。外への、お迎えに参りましょう」と宮様から、お返事がありました。ああ、なんという見苦しいことでしょう。
毎夜は、とてもと、思いましたが、昨夜のように、車で、お出でになりました。車を、さし寄せて、「早く、早く」と、仰せになります。なんと、見苦しいことかと、思いましたが、そろそろと、出て車に乗りますと、昨夜の場所に行って、物語なさいました。
宮の北の方は、宮は、父院の、御宅に行かれたものとの、思いでありました。
夜が明けてきますと、宮は、「鳥の音のつらさ」と言って、静かに車に乗り、送られました。
道すがら、宮様は、「このような時には、必ず来てください」と、仰せになります。「そうそう、始終は、かないません」と、申し上げました。
家まで、来られて、お帰りになりました。
しばらくしますと、御文が、届きました。「今朝は、鳥の音に驚かされて、憎くなり、それを、殺しました」とあり鶏の羽に、その文をつけて、和歌が、添えられてありました。


ころしても なほあかぬかな にはとりの おりふししらぬ けさのいっせい
殺して、飽き足りない思いです。逢っている二人の気持ちも解らず、鳴くときを、知らぬ、鶏の今朝の一声の、つれなさ。

お返事は


いかにとは われこそ思へ 朝な朝な 鳴き聞かせつる 鳥のつらさは
どのように、切ないものであるかは、私の方こそ、知っています。
毎朝、毎朝、宮様が、お出にならぬ夜を明かしたとき、鳴く鳥のつれなさは、と、思いますにつけて、鳥の憎くないことが、ありましょうか。と、ありました。

ここで、面白いのは、さも見苦しきわざかなと思ふ思ふ、という。
そして、いざり出でて乗りぬれば、とある。

こんな、ところで、和泉式部の本性が、現れる。
男好きなのか。
通常言われるような、男好きの女ではない。

更に、あな見苦し、つねにはと、と、言うのである。
毎夜、毎夜は、と、戸惑うのである。

毎夜、毎夜、交わることはと、戸惑う。

そして、交わりを、物語、という。

男と、女が交わることを、物語というのである。物語するとは、情交するということである。

例えば、今時の、若者が、今夜、物語しようと、誘うと、想像してみる。
誘い文句には、使いやすい。

和泉式部の欲望というものを、考える。
通常、欲望といえば、動物的な、欲情の欲望を言うのであるが、彼女の欲望は、知性に、支えられたものである。
欲望が、知性に支えられると、そこに、あわれ、というものが、観えるのである。

人間の欲望が、あわれ、の正体であると、観るのである。
更に、それを、支えるものは、儚さである。

その逆も、ある。
儚さを観て、あわれ、というものを、観る場合もある。

ただ、ここで言う、儚さというのが、無常観というものではないということである。
単なる、無常観では、いい得ないもの。
それは、万葉から、続く、情感である。

万葉から、続く、情感とは、命の輝き、命の賛歌とでも、言う。
それは、一瞬のもの、儚きもの、あわれ、であるもの。
それを、当時、仏教の無常観というものに、置き換えた、そうして、考えた。

無常観とは、感覚である。
仏教の無常観というものが、日本にては、更に、生成発展したのである。

故に、無常観が、無常哀感になったり、無常美観になったりする。

日本にて、無常観に、表情が、現れたといえる。

当初の、仏教の無常観というものは、単純明快なものであったはずだ。しかし、この国に到達して、それが、見事に、開花した。

色々な、無常感覚が、生まれたのである。

簡単に言えば、マイナス思考の無常観もあり、ブラス思考の無常観もあるということだ。

ちなみに、仏陀の言うところの、人生の無常とは、そのまま、常無いという意味であり、それ以上のものではない。
この世は、常が無いのである。だから、捕らわれるものは無い。いつも、心を自由に、静かに、落ち着いて、欲望に、支配されず、自分を、自分で、律して、生きることなのだという、生活指導が、仏陀の方法である。

その教えが、漢訳されて、日本にもたらされ、漢字の意味から、それを、探るようになり、また、日本の風土と、合い間って、独特の無常観という、価値観を見出した。

その、価値観が、平安期を支配したが、果たして、それが、真実だとは、誰も、知らない。ムードである。ムードが支配した。

無常観を、大和言葉にすると、つねなきをみる、ということになる。

上記にも、あな見苦し、つねにはと思へども、とある。

つね、とは、いつも、という意味である。
その、いつもというものが無いことを、無常と言う。

人生は、いつも、同じではありません、と、仏陀は言うだけである。
それを、ここまでに高めた日本人の感性の、豊かさといったら、ない。

つねなきをみる、そして、はかなきをみる、そして、あわれ、というもの、みるのである。

2008年03月05日

もののあわれについて172

二三日ばかりありて、月のいみじう明るき夜、端にいて見るほどに、「いかにぞ。月はたまふや」とて


わがごとく 思ひはいづや 山の端の 月にかけつつ なげく心を

怜りもをかしきうちに、宮にて月の明かりしに、人や見けむと思ひ出てせらるるほどなりければ、御返し


一夜見し 月ぞと思へば ながむれど 心もゆかず 目は空にして

と聞こえて、なほひとりながめいたるほどに、はかなくて明けぬ。またの夜おはしましたりけるも、こなたには聞かず、人々方々に住む所なりければ、そなたに来たりける人の車を、「車はべり。人の来たりけるにこそ」とおぼしめす。むつかしけれど、さすがに絶えてはてむとはおぼさざりければ、御文つかはす。宮「昨夜は参り来たりとは、聞きたまひけむや。それもえ知りたまはざりしにやと思ふにこそ、いといみじけれ」とて、


松山に 波高しとは 見てしかど 今日のながめは ただならからむ

とあり、雨降るほどなり。「あやしかりけることかな。人のそらごと聞こえたりけるにや」と思ひて、


君をこそ 末の松とは 聞きわたれ ひとしなみには たれか越ゆべき

と聞こえつ、宮は、一夜のことをなま心憂くおぼされて、久しくのたまはせで、かくぞ、


つらしとも また恋しとも さまざまに 思ふことこそ ひまなかりけれ

御返は聞こゆべきことなきにはあらねど、わざとおぼしめさむもはづかしうて、


あふことは とまれかうまれ 嘆かじを うらみ絶えせぬ 仲となりせば

とぞ聞こえさする。

二、三日ばかり経ち、月の明るい夜でした。
女が、縁先にいて、月を眺めていますと、宮様から、「どうして、お過ごしですか。月を御覧になっていられますか」と御文がありました。

わがごとく おもひはでづや やまのはの つきにかけつつ なげくこころを

私と、同じように、山の端に沈む月を見て、かつての夜のことを思い出しているのでしょうか。私は、あなたに、逢えないことを、嘆いています。

いつもの御文より、心曳かれるものでした。
かって、宮の邸で、月が明る過ぎるほど照っていた、あの夜、人が、どこかで、見ていなかったかと、思い出されていましたところでしたので、お返ししました。


いちやみし つきぞとおもへば ながむれど こころもゆかず めはくうにして

あの夜に、見た月と同じ月だと思いますと、宮様が思い出されて、眺め尽くします。でも、私の心は、空ろですから、目も空です。宮様が、お出でになりませんから。

と申し上げて、なおも一人で、眺めていますうちに、夜が、はかなく、明けてしまいました。
次の夜に、宮様が、お出でになりましたが、女の方は、知りませんでした。
女の家には、人々が、それぞれの部屋に住んでいましたから、そちらの方へ来た車を、宮が「車があるけれど、誰か男が来ている」と思し召したのです。
不本意でしだか、女との縁を切ることは、出来ませんから、女に御文をつかわされました。
宮は「昨夜は、参りましたが、お訪ねしたことを、聞きましたか。それさえも、知らないと、思いますと、いたく悲しいものです」と、お書きになられ、


まつやまに なみたかしとは みてしかど きょうのながめは ただならぬかな

あなたの波高い、盛んな浮気は、知っていましたが、今日の長雨と、同じように、昨夜見てしまったことは、ただならぬことなのです。

と、添えられてありました。
それは、雨が降っている時でした。
不思議なことです。宮様に、誰か、ありもしないことを、申し上げたのでしょうか。と、思い、


きみをこそ すえのまつとは ききわたれ ひとしなみには たれかこゆべき

宮様こそ、浮気な方だと、聞いております。宮様と、同じように、誰が心変わりなど、できましょうか。

と、申し上げました。
宮様は、先夜のことを、何となく心憂く思われて、久しい間、お便りもありません。
そのあとで、このような、歌を読まれました。


つらしとも またこいしとも さまざまに おもふことこそ ひまなかりけり

あなたのことを、恨みがましく思い、また、恋しく思い、心の休まることがありません。

お返事を、申し上げたいということは、ないではありませんが、宮様が、あまりに、言い訳なさるのも、気が引けて、


あふことは とまれかうまれ なげかじと うらみたえせぬ なかとなりせば

お逢いすることが、どのようになりましょうとも、嘆きはしません。
二人の間が、恨みの絶えない仲になりましたら、悲しいことです。
と、仰せになりました。


恋に、障害は、付き物で、障害の無い恋は、空虚である。
障害が、多々あれば、それだけ、恋の強さが、試され、さらに、恋は、刺激され、燃え上がる。
恋の持続のためには、障害は、必要不可欠である。

そして、恋に伴う、想像は、果てしない。
相手を、疑いはじめると、すべてを、疑う。そして、それが、また、恋心を、燃やす。

人の立てる噂も、恋人の、糧になる。
一喜一憂という、感情の綾。恋の快感である。

この、日記の特徴は、和歌である。
実に、多くの歌の、やり取りがある。それは、当時の風習のようにあったが、この日記は、甚だしく、歌が多い。

一つの、歌集のための、恋のようである。
単なる、恋愛日記ではないということだ。
つまり、恋心に、言葉の世界、歌の世界が、介入して、更に、恋というものの、姿を見せるのである。

恋は、無益ではない。
勿論、無益な恋が、悪いことは無い。
恋こそ、人間の最後の無益な行為である。
この、無益な行為に、生きることは、更に、人間らしいと、言える。

和泉式部は、出家を考えるほど、仏教にも、帰依するのだが、結局、恋に生き抜くことになる。
そして、多くの歌を詠んだ。
無益な恋の成果が、歌である。

恋の成就は、結婚ではない。
当時は、そのような意識は、希薄である。

恋は、恋である。
それは、江戸時代まで、続く。
江戸の遊郭文化は、恋の文化である。結婚は、別物だった。そこには、明確な区分けがあった。

恋は、恋で終わる。
それは、儚いものであり、更に、熟して、もののあわれ、というものを、朧に浮かび上がらせるのである。

2008年03月06日

もののあわれについて173

かくて、お間遠なり。月の明き夜、うち臥して、「うらやましくも」などながめらるれば、客に聞こえゆ。


月を見て 荒れたる宿に ながむとは 見に来ぬまでも たれに告げよと

樋洗童して、「右近の尉にさし取らせて来」とてやる。御前に人々して、御物語しておはしますほどなりけり。人まかでなどして、右近の尉さし出でたれば、宮「例の車に装束せさせよ」とて、おはします。

こうして、宮様との、間は、遠のいていました。
月の明るい夜、女は、横たわり、「うらやましくも」などと、物思いしながら、見ていましたので、宮様に、お歌を差し上げました。

つきをみて あれたるやどに ながむとは みにこぬまでも たれにつげよと

月を見て、この荒れた宿で、切ない思いをしておりますこと、宮様以外の誰に、告げたらいいのでしょう。どうせ、おでましに、ならいでしょうが。

便器の掃除などをする、童に、右近の尉に、渡しておいでと、お使いを出されました。
宮様は、御前に、人々をお召しになって、語らっているときでした。人々が、退出してから、右近の尉が、御文を差し出しますと、「いつもの車の仕度をさせなさい」と仰せになり、お出かけになりました。

「うらやましくも」と、女が思う。
この、うらやましくも、とは、月の澄んだ様を言うのである。
うらは、裏に通じる。つまり、心のことである。
うら悲し、といえば、心が、悲しいことをいう。
やましく、とは、疾しい、そして、病むのである。
心が、病む。
それは、月の光を見て、その澄み渡る様に、心を病むのである。
つまり、それは、月の孤高とした様と、わが身との、差である。
一つ、忽然として、光り輝くもの、月という存在に、投げかける、心の悲しみ。

暫く、遠のいている、宮との、関係を、憂いでいる。
それは、恋である。

女は、恋の病に、侵されているのである。
恋は、病に至る道である。

更に、恋により、うらやましくも、が、癒されもする。
この、恋というものは、何であるのか。
何ゆえに、人は、恋に陥るのか。

恋が性と、直結していた、万葉の時代から、微妙複雑になる、過程の時代である。
色好みという、考え方をもった時代は、つい、前のことである。
それは、男の、それを、言った。しかし、今、女は、色好みに、向かっている。

和泉式部は、平安期の、女歌人の、最もな存在と言われる。
色好みの女の、歌が、平安期の、歌の、頂点をゆくのである。

歌詠みの、感性は、恋の色好みと、通じるものがある。
万葉を継ぐ者、が、和泉式部であった、といえる。

もし、色好みという、恋のみに、身を投げ出していたら、果たして、歌という、言葉の精神に高めることが、できたであろうか。
そこには、歌を詠むという、現代の言い方をすれば、醒めた目が、あったはずである。
恋にのみ、没頭すれば、歌など、詠むことは無い。
恋に、帰結すれば、いいのだ。
しかし、歌を詠み続けた。

また、歌を詠まないわけには、いかなかったと、いえる。
ここに、和泉式部の、存在する、理由がある。

後に、和泉式部は、宮様を亡くし、失ってからも、歌を詠み続ける。
それが、証拠である。
挽歌である。そして、相聞歌である。

私は、日記の後は、和泉式部の歌を読むことにしたいと、思っている。

源氏物語は、多くの学者、研究家、作家等々が、言う、単なる、情感という、もののあわれ、ではない。
勿論、それも、ある。しかし、もののあわれ、というものは、情感のみでは、いい表すことが、出来ない、日本の伝統としての、心象風景である。

それを、観念として、捉えることは、出来ない。
日本人の、心を作り上げてきたものである。
恋愛論、人生論というような、観念ではない。

他に類を見ない、心象風景である。
観念として、言葉にすることの出来ないもの、それが、もののあわれ、である。

在って、あるがままに、という、在るべき、様なのである。

日本の文学は、今でも、それを、書き続けていると、私は、思っている。

果てしないもの、もののあわれ、というものを、である。

もののあわれ、とは、人間の存在の、そのままである。
よって、すべてを、表せるものではない。

これが、理想の、云々であるというような、思想、哲学などにない、もの、それが、もののあわれ、というものである。

書き続けられるもの、それが、もののあわれ、である。

西行が、伊勢神宮を参った時に

なにごとの おわしますをば しらねども かたじむなさに なみだこぼるる

と、歌うもの、それである。

何事、つまり、物の本質というものは、解らない。しかし、何かがあると観る、感性により、もののあわれ、というものの、姿を観るのである。


2008年03月10日

もののあわれについて174

女は、まだ端に月ながめていたるほどに、人の入り来れば、簾うちおろしていたれば、例のたびごとに目慣れてもあらぬ御姿にて、御直衣などのいたうなへたるしも、をかしう見ゆ、ものものたまはで、ただ御扇に文を置きて、宮「御使の取らで参りにければ」とてさし出でさせたまへり、女、もの聞こえむにもほど遠くてびむなければ、星を指し出で取りつ、宮も上りなむとおぼしたり。前栽のをかしき中に歩かせたまひて、「人は草葉の露なれや」などのたまふ。いとなまめかし。近うよらせたまいて、宮「今宵はまかりなむよ。たれに忍びつるぞと、見あらはさむとてなむ。明日は物忌と言ひつれば、なかむもあやしと思ひてなむ」とて帰らせたまへば、


こころみに 雨も降らなむ 宿すぎて 空行く月の 影やとまると

人の言ふほどよりもこめきて、あはれにおぼさる。宮「あが君や」とて、しばし上がらせたまひて、出でさせたまふとて、


あぢきなく 雲井の月に さそはれて 影こそ出づれ 心やは行く

とて、帰らせたまひぬるのち、ありつる御文見れば、

われゆえに 月をながむと 告げつれば まことかと見に 出でて来にけり

とぞある。「菜穂いとをかしうもおはしけるかな。いかで、いとあやしきものに聞こしめしたるを、聞こしめしなほされにしがな」と思ふ。
宮も、言ふかいなからず、つれづれの慰めにとはおぼすに、ある人々聞こゆるよう、「このごろは、源少将なむいますなる。昼もいますなり」と言えば、また、「治部卿もおはすなるは」など、口々聞こゆれば、いとあはあはしうおぼされて、久しう御文もなし。

女が、まだ、端近いところで、月を眺めていますと、人が来たようです。御簾を下ろしていますと、いつもながら目新しい宮様の、お姿が見えます。
御直衣も、着なれて、優雅に見えますのも、見事です。
何も仰せにならず、ただ、扇に文を書かれて「お使いが、受け取らずに帰ってしまいましたので」と、仰せになります。
女は、お話を申し上げますも、間が離れて、不都合ゆえに、扇を差し出して、受け取りました。
宮様も、女の、傍らに来ようと思いました。
前栽の美しい中を歩かれて、「人は、草葉の露なれや」と口ずさまれます。
「わが思ふ 人は草葉の 露なれや かくれば袖の まづしおるらむ」読み人知らず
を、踏まえたもの。

本当に、優美な姿でした。
女の近くに寄られて、「今宵は、これで帰りましょう。かつての、夜の男が、誰の所へ忍んできたのかを、見届けに来たのです。明日は、物忌みですから、家にいなければ、おかしく思われます」と帰ろうとされます。


こころみに あめもふらなむ やどすぎて そらゆくつきの かげやとまると

試しに、雨でも、降って欲しいものです。この宿を通り過ぎて行く、空の月のような、宮様が、御止まりになられるかどうか、と。

人が、噂するほど、子供のような女であると、思われました。
「あが君や」と、仰せになり、宮様は、しばらく、女の部屋にお入りになり、お出になろうとして、
あぢきなく くもいのつきに さそわれて かげこそいづれ こころやはゆく

あじきたなく、私は、家に戻りますが、体は、帰っても、心は、ここに残ります。

と、詠まれました。
のちに、先ほど、置かれた、御文を見ますと

「われゆえに つきをながむと つげつれば まことかとみに いでてきにけり」

私ゆえに、月を眺めているというので、見届けに来ました。

と、書かれてありました。

「矢張り、素晴らしい方でいらっしゃいます。私を素行の悪い女だと、聞いているのでしょう。何とかして、考えを、変えて欲しいものです」と、女は思うのです。

宮の方でも、女が、とりえが無い訳ではありませんから、つれづれの慰めに、よかろうと、思し召しましたが、ある人が、宮に申し上げるには、「この頃は、源少将が通われている。昼間も、お出になると、申します」とも言い、また他の人は「治部卿も、いらしているそうです」などと、口々に申し上げます。
宮様は、女が、いたく軽率に思われて、長い間、御文も、送りませんでした。

物語の、事件である。
噂に、流される様を、書いている。
これが、二人の、難である。
ここを、通り抜けて、二人が、恋の炎を、燃やすようになる、過程である。

それが、長く続けば、続くほど、誤解が、晴れると、恋は、成就する。

歌のやり取りが、見事である。
会話するかのように、歌を詠むという、驚きである。

和泉式部が、当時、第一の歌詠みと、言われるだけはある。

要するに、単なるアホな女ではないということである。

言葉は、精神である。
精神が目覚めているということが、解る。
つまり、女は、醒めていたのである。
見つめて、いたのである。

我が内にある、恋というものが、いかに、流れてゆくのかを、眺めていた。要するに、我が恋を、突き放して、見つめていたといえる。

情欲に、流れていたなら、歌など、詠めないのである。

欲に、翻弄されていたら、感性が鈍る。そして、知性が、曇る。
歌など、詠むことは、出来ないのである。

私は、西行と、和泉式部は、共通するものを、持っていると思う。
生まれながらの、歌詠みである。
歌心を、すでに、持って生まれたのである。
それは、一つの悲劇でもある。
つまり、歌を詠むという、妄執に取り付かれるからだ。