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この国の問題 アーカイブ

2008年03月09日

この国の問題

この国の、問題について、素人の、私が、見る。

都市生活を享受する若者が増えて、海外旅行ブーム、温泉ブームとなる。人々は、古典、つまり、伝統から、離れて、軽薄な趣味に走り、健康への異常なまでの関心が高まる。

約100年前の大英帝国の、衰退期である。
「なぜ国家は衰亡するのか」中西輝政著

上記、日本のことではないか。

さらに、「命懸け」で政治を行う政治家が、皆無である。
北朝鮮の拉致問題を解決するという、意欲ある、政治家が、いない。
慰安婦問題は、捏造であると、知っても、何も抗議しない。
南京虐殺が、捏造であると、知っても、何も抗議しない。

少しばかり、有名になると、政治家になるという、変な時代である。
付け焼刃の、政治家の、多いことといったらない。

少なくとも、日本の歴史には、命懸けで、政治を生きた政治家や、思想家がいた。

隣の政治家に、遠慮しているのか、はたまた、ポーズで、政治家になっているのか、よく解らない政治家が、多い。
政治家になりたくて、政治家になるという、お粗末さである。

理想がないから、物言いに、何の威力も感じない。
行き当たりばったりの、言動が多い。
言い訳だけは、一人前、いや、三人前である。

まさか、生活のために、政治家になっているのではないのか、と、思わせる政治家もいる。

そして、あろうことか、そんな、政治家を、国民が、選んでいるという、事実である。
政治家を、見れば、国民、つまり、民の意識が、解る。つまり、民の意識が、政治家の意識なのである。

政治の最終的な、問題は、国民に、返ってくるということを、知らないようである。

実に、年金は、崩壊するが、国民が、しっかり、管理すれば、年金は、崩壊しない。
崩壊させるのは、政治家と、官僚である。

国民年金と、厚生年金の、積立金は、国家予算の倍近くある。
150兆円である。

その、積立金を、取り崩して使わないと、厚生労働省が言う。かたくなに、取り崩さないと、言い続けたのが、04年の改革の際に、漸く、今の若者が、受給世代に入る、2050年頃に、取り崩しを、実施するということになった。

何故か。それを、利用して、運用しているからである。
だが、昨年までは、おおよそ、58兆5800億円であるが、今年以降、全額運用するという。

これだけの、積立金があるゆえに、旧年金福祉事業団が、グリーンピアで、2800億円の、保険料が消えた時に、年金には、たいした影響は、ありませんという、馬鹿馬鹿しい答弁を聞いている。

このような、アホに、年金を、国民は、任せていた。
しかし、旧と、つくように、今は無い。
2006年に、特殊法人改革によって、年金積立管理運用独立行政法人に、衣替えされた。
衣替えである。

衣を替えても、内容が、同じであれば、何も替えたことにはならない。

名称を、替えて、誤魔化すのは、日本の政治家、そして、官僚の得意技である。

この、莫大な、年金積立金を、アホどもに、任せると、思うと、背筋が、凍る。

なぜ、このように、莫大な、年金積立金があるかといえば、国が、給付に必要な金額より、多くの保険金を、集めてきたからである。

さて、問題は、ここからである。
自作自演で、年金危機を、作っておき、今年、年金の保険料を、引き上げるという、暴挙に出る。

不安を煽り、国民を、威圧して、さあ、保険料を引き上げますというのである。
年金額など、関係ない、政治家、官僚が、平然として、国民の、金を集めて、のうのうとしている様、見苦しいが、それが、事実である。

官僚に代表される、公務員が、非国民であるというのは、私の、思い過ごしであろうか。

江戸時代、農民が、九割だった。
徳川家康は、農民を、生かさず殺さずが、モットーだった。
今の、国民は、江戸時代の農民の、別名である。

殺さない程度にしておけば、いいのだという、政治家、官僚の意図は、よく見える。

独立行政法人とは、国民の金を、適当に、誤魔化し、皆々、懐に入れるという、天下りの、最もたるものである。

いや、公務員何とか法で、天下り禁止などというが、結果は、どうか。

天下りでなければ、そのうちに、二三年、遊んでいて、新規採用で、雇用しましたと、平然として、言うであろう。

兎に角、年金は、崩壊するのではなく、崩壊させられるのである。

全額、運用して、損が、出たとき、御免なさいと、言うのであろうか。
責任を取って、誰か、切腹するのであろうか。

切腹されても、金は、元に戻らないのである。

彼らを信じられないとしたら、年金は、信じられない。
私は、彼らを、信じられないから、年金は、信じられない。

年金が、破綻するとは、国家が、破綻するほどの、大事であることを、知っておくことである。

兎に角、150兆円もの、積立金があることを、知っておくべきである。

2008年03月11日

この国の問題 2

未来という言葉を使いとき、それは、千年先や、五千年先のことではない。
未来とは、子供たちの時代のこと、若者の、時代のことが、多い。

つまり、彼らが、社会的存在になる頃の、近い将来のことを、多分に言う。

学校にも行かず、仕事もせず、専門的な職業訓練を受けていない、若者。
そり名を、ニートと、呼ぶ。
ただ今、おおよそ85万人。
もう少しすると、100万人を、突破する。

だが、その蔭に隠れて、ニートではないが、ニートに準ずる存在があることを、誰も言わない。
音大、芸大卒業した者たちである。
専門訓練を受けているが、金にならないのである。
ごく潰しになっている、連中である。

各自治体で、様々な、方法が考えられている。

しかし、勤労意欲が、希薄な彼らに、方法は無い。
親の財産を、食い潰すために、存在するのである。

彼らを、理解するには、それが、病にあると、考えなければならない。
または、社会適応障害である。

チューク諸島に、出かけた時、島の九割の、人は無職であった。
仕事が無い。
無収入である。
しかし、島の自然の物を、食べて生活することは、出来る。
仕事が、したくても、仕事が無い。
彼らを、ニートとは、呼ばない。
しかし、現状は、ニートと、同じである。

昔から、勤労意欲が、希薄な者は、いた。しかし、それが、比較的、目立たなかった。

ニート対策を、積極的にすることは、無理がある。
決して、強制のないように、静かに、見守る必要がある。
勿論、それで、生活が、成り立たないのであれば、それを、理解させる必要がある。しかし、ニートになっているのには、意味がある。

それとは、別に、勤労意欲があるが、正規社員になれずに、フリーターになる若者がいる。
おおよそ、250万人のフリーターである。
その、七割は、正社員を希望している。

しかし、派遣労働者や、長期のアルバイトを、含むと、500万人となる。
このままいけば、更に増える。

そして、悪いことに、人間は老いる。
つまり、フリーターの高齢化である。

UFJ総合研究所の予測では、2021年には、35歳以上のフリーターが、100万人を超えるといわれる。

何が、問題なのか。
それは、国の力が、弱まるということである。

更に、これにより、格差社会が、日本に、蔓延して、インド並みになるということである。インドの場合は、ヒンドゥーの、考え方があるが、日本には、そのような、思想的な、考え方は、無い。

要するに、お金持ちは、前世の行いが良かった。貧乏は、前世の行いが、悪かったという、妄想の観念である。

日本の、伝統は、分配の法則で、成り立ってきた、経緯がある。
それの、崩壊は、伝統の崩壊であり、日本という国が、日本ではなくなるという、危機である。

結果、日本は、第三国の、貧しい国に、転落するという、シナリオである。

民主主義も、社会主義も、共産主義も、同じ穴の狢であることが、実に、証明されるという、皮肉である。支配者層に入るか、否かで、決定的に、違うということ。
政治の力が、最も発揮されていいのだが、果たして、希望を、持てるだろうか。

2008年03月17日

この国の問題 3

昨年、2007年から、団塊の世代の、退職が始まった。
大量リタイアと言われる。
今年、来年の、三年間が、ピークである。

およそ、700万人が、退職する。

さらに、この世代の高齢化が、進み、65歳以上の高齢者人口は、2015年に、3277万人にまで、跳ね上がる。

様々な問題がある中で、私が心配するのは、10人に、4人と言われる、認知症の問題である。
おおよそ、団塊の世代の、認知症は、280万人である。

この、大量の認知症の、介護が、出来るのか。
介護保険など、吹っ飛ぶ。
さらに、施設と、働く人、介護士が、いない。

新宿や、渋谷の駅前に、認知症の老人が、ウロウロすることも、考えられる。

今でさえ、順番待ちである、施設の、状態である。

その子供が、親を見るには、限界があり、また、子供が、認知症の親の、面倒をみるなどということは、ほとんど、考えられないのである。
そのように、育てていない。

施設に入れない、高額な施設には、入れない。とすると、結果、その家族、つまり、配偶者や、子供が、見なければならない。
このことに対する、政策は、まだまだ、完備されたものではない。

政府は、介護士の東南アジアの国からの、特に、フィリピンからの、受け入れを決めているが、あまりの、ハードルの高さと、賃金の低さから、日本に来るという、介護士は、少ない。

現状も、無資格でも、外国人の若者を、雇用している、施設が多い。
日本人は、資格があっても、働かない。
賃金が安くて、生活も、ままならないからだ。

兎に角、税金の、無駄遣いは、当たり前にするが、このような、対策に、真剣に取り組んでいるとは、思えない。
それとも、団塊の世代は、罪深い者なのか、ここで、人生最後の、土壇場に来て、塗炭の苦しみに遭うことも、考えられる。

いくら、富裕層であっても、病には、勝てない。

認知症の次にくるのが、癌である。

団塊の世代の癌患者は、おおよそ、89万人である。
ただし、生存率が高くなっていて、2010年頃を目安に、五年生存率が、70パーセント、になるといわれ。

半数の癌が、治る時代になったのである。

それなのに、病床の空きがなくて、入院することが、出来ないという、事態に陥るのは、目に見えている。

癌にならないような、生活をすると言われるが、それでも、いずれは、癌になる。
長寿というのは、癌になるということである。
また、癌が、多くなったと言われるが、そうではなく、長生きするから、癌になるのである。

全体として、医者余りのようなことを、言われているが、先端技術を扱う専門医や、技師は、少ない。
どうでも、いい、医者は、多いが、必要な医者が、いないということである。

特別扱いされる、政治家は、いいが、医者や、病院に、ツテがない人は、死ぬのを、待つだけになる。

ターミナルケアという、最終医療の、充実を望むが、政治家でない、私は、ただ、繰言を、言うだけである。

後は、自分が、どうするのかを、考えておくだけである。
勿論、認知症になれば、どうでもよくなるのだろうが・・・

2008年03月20日

この国の問題4

若者殺しの時代 堀井憲一郎著

この本が、気になって、時々、繰り返して読む。話し言葉で、実に解りやすい。
易しい表現なのだが、妙に、響くのである。

やんわりと、殺されてゆく、若者たちに、エールを送っているような、または、早く、逃げ道を、探せと言うような。
最終の言葉は、
すきあらば、逃げろ。一緒に沈むな。
うまく、逃げてくれ。
と、ある。

若者のことを、こんな風に、考えている大人がいるということである。

「そもそも社会システムの1タームの基本はおよそ60年である。それは、一人の人間が使いものになる期間が、だいたい60年だからだ。15歳から75歳くらいまで、社会システムの耐用年数と人一人ぶんの生涯と、だいたいリンクしている。それはシステムの継続が人間の記憶をもとにしているからだ。」

「日本が近代国家を始めたのが1868年。そのシステムをやめたのが1945年。これは78年もった。大敗戦後のシステムは1945年に始めて、さてどこまで延命できるだろうか。早いとこ2015年。もって2030年だ。」

1945年から、日本は、伝統を捨てて、走ってきた。
それで、残ったものは、何だったのか。

文化ではなく、文明だった。
文明の象徴は、携帯電話である。
すべてのこと、携帯電話で、説明することが、出来るほどである。

携帯電話を、一度持つと、手放すことは、出来ない。
携帯電話は、私である。
私は、携帯電話なのである。

使い切れないほどの、機能がついている。
必要ないと、思っても、ついている。
それを、すぐに使いこなすのは、子供や、若者である。

携帯電話が、世の終わりを告げていると、知る人は少ない。
霊感がなくても、世界の人と、すぐに、会話や、メールで、連絡が取れる。

私は、タイから、日本に電話をする時に、携帯電話を使う。
通常の電話より、使い易いのだ。
場所を、選ばない。

世が終わるというのは、1999年の7月ではなかった。
ゆっくりと、終わるのである。

時間を、かけて、ゆっくりとである。

終わりということの、意味を言う。
意識の終わりである。

つまり、意識操作されるということである。
最新の心理学では、自由意志というものは、無いというところまで、進化している。
これは、携帯電話の、危険性を、裏付ける。

人は、自由に意思決定をしていると、思い込んでいるということであり、実は、何かに、意思決定を、操作されているということである。

テレビマスコミより、確実に、大衆操作が、出来るという意味で、携帯電話は、利用価値大である。

ゆっくりと、システムが、移行する時、何によって、移行されるのか。
無意識に、働きかけるものである。
それの、役目を、携帯電話が負う。

通常、何者かに、思考が左右されていると、感じる場合は、統合失調症の病である。
すでに、携帯電話は、それを、成しているのである。

先に、霊感がなくても、遠くの人との、コミニケーションが取れると、言った。
携帯電話によって、人は、万能感を得たのである。
これ以上のものがあるか。

文化を創造していない、文明は、崩壊する。

明治維新は、幕藩体制の崩壊であった。
敗戦は、近代国家の崩壊であった。

その時、どのような、状態に、大衆が置かれたか。
次は、それ以上の、大変革が、行われる。

大化の改新、飛鳥維新の時は、天皇政治の、幕開けであった。

若者殺しの時代は、滅び行く、最後に、ついている若者のことである。
一緒に、沈没するなと、堀井憲一郎氏は、言う。

松下電器は、社名を変更して、統一した。
一つの例である。
日本から離れてもいいことを、善しとしたのである。
日本の企業でなくても、いいのである。

公務員のリストラは、すでに、始まっている。
財政破綻の、地方都市からは、人が逃げる。
民族の大移動に似た、人の移動が始まる。

更に、恐ろしいのは、戦争の危機である。

敗戦後、銀行が封鎖されて、預貯金が、消えた事実がある。

ゆるやかに、システムが、変更されている時、突然、機が巡り、泡を吹くことあり。
若者は、その末尾にいて、沈まないようにとの、メッセージである。

我が内に、文化を養わない者は、再起不能に、陥る危険性が高いのである。

文化とは、学問、技芸である。
ただし、学問の場合は、有意義な学問である。
ただ今の、大学での、学問では、役に立たない。
独学の、気迫を、持つことである。

2008年03月27日

この国の問題。5

在日米軍駐留経費負担を、思いやり予算、という。

78年から、日米地位協定で義務付けられる、土地借地料などと、共に、従業員の労務費の一部を負担するものである。

政府が人件費を、負担している、米軍基地従業員は、2万5千人である。
その、二割の人が、バーや、ゴルフ場という、娯楽施設や、飲食サービスを、提供する職種に、従事している。

米軍が、基地内への設置を、認めた、売店、娯楽施設、福利厚生施設に、勤める人は、5568人である。

今年の予算は、2083億円である。
そのうちの、従業員の人件費は、1463億円である。

さて、どうであろうか。
これ、皆、税金である。

道路特定財源という、お金も、何に使用されているのか、よく解らない状態であるが、これとて、実に、甚だしい、無駄使いである。

だが、米軍基地のある、地域での、雇用に関しては、貢献している。
財政難の、沖縄などは、大助かりであろう。

この度、防衛省が、民主党外務防衛部門会議に、提出した資料である。

ここまで、米軍の面倒をみるということは、どういうことなのであろうか。
そして、何故、ここまで、するのか。

一体、どう考えれば、いいのか。

これでは、日本は、米軍の基地である。
つまり、米国の一つの、州と、変わらないのである。
日本は、アメリカなのか。

ここまでするなら、大統領選挙の、選挙権くらい、欲しいものである。
防衛については、理想論ばかりの、アホが多いので、こういう、事態を聞くと、複雑な心境になる。

アメリカ無しで、日本の防衛を、考えられないからだ。
そして、これは、半永久的に続くのかということ。

中国、ロシア、北朝鮮の核に、対抗出来ないのである。

つい、先ごろ、中国が、太平洋を、アメリカと、中国で、支配しようとする、意見が出されて、仰天した。

中国に、そういう意識があるということである。
アメリカに気を使うことが、日本の防衛に、大きな影響を与える。ゆえに、このことには、目を瞑るということにして、いいのか。

思いやり予算という、変な言葉も、変だ。
思いやりとは、相手のことを、考えて、相手に、迎合するということなのか。

民主党は、道路特定財源の、使い方より、悪質であると言う。
それも、
理解する。

それでは、ハイと、廃止すれば、済む問題か。
実に、不愉快な、ことである。

この問題の先には、日本の防衛に関する、大きな、問題が、隠されている。
防衛意識である。

しかし、防衛省の、体質などを、見ていて、防衛というものも、人の問題である。

イージス艦と、漁船の、衝突から、防衛省の、お粗末さが、解った。

防衛省と、自衛隊の体質である。

そして、あの、守屋の問題は、どうなった。
事務次官の、賄賂の問題である。
国民が、アホだと、皆々、アホになるという、結論になる。

もう、忘れたのだろう、きっと。

2008年04月02日

この国の問題。7

北朝鮮による、拉致被害者の、救出に、何故、もっと真剣に取り組まないのか。

政治家が、命懸けで、やらないからである。

人類史上、最悪の国家である、北朝鮮は、非人道的というよりも、悪魔の国である。

すでに、数百万の、人が、政治的殺害の犠牲になっているのである。
金日成時代だけで、170万人近くの、人民が、殺された。

牢獄のような、国に、閉じ込められて、貧困と、政治的圧力に、瀕しているのは、2000万人である。
共産主義というものの、実体が、解るというものであるが、アホな、日本の共産主義者は、解らないようである。

何故、国際社会が、圧力をかけないのか。
金にならないからである。

北朝鮮は、核開発を、止めることを、条件に、あろうことか、体制の保障を、求めているのである。
仰天する。
非人道極まりない、国家の体制を、保障しろというのである。

拉致被害者の、解決は、北朝鮮の崩壊であり、何より、最悪の支配体制から、2000万人の人民を、救うことができるのである。

平和とは、何か。
それを、問うことが、拉致被害者、救出の問題である。

日本の政治家に、それを、期待するのは、無理だと知っている。
しかし、言わずには、いられない。

ミサイルが、飛んでこなければ、平和であるのか。

更に、問題は、北朝鮮の体制維持をして、平和であるということは、北朝鮮の人民を、犠牲にするという、問題である。

つまり、間接的に、北の人民の命を、脅かしているということにもなる。

拉致被害者、救出に、全力を挙げて取り組めば、独裁体制の、崩壊を、招き、2000万人の人民を、解放することになるのである。

勿論、人のことなど、どうでもいいと、思う日本人になっているので、期待はしない。

北朝鮮の人民は、現在の体制に、縛られているより、日本の統治を、望むだろう。
それほど、酷いのである。

共産主義は、支配層主義であるから、徹底した、支配者層の、保護である。
それ以外は、物である。人間ではない。

この、絶対主義は、宗教と、同じである。

いかに、主義というものの、悲劇性が、解るというものである。

平和とは、何か。

平和を、確保するために、至る所で、戦争、紛争が、起こっている。
日本は、島国であるから、それを、理解するのは、至難の業である。しかし、今、目覚めなければ、後が無い。

敗戦後、日本が、分断されなかったことは、奇跡的である。
それほど、日本は、運がいい。

あえて言えば、祖先の守り、神の守りがあったというしかない。

拉致被害者の家族の会が、国家的な、運動になることを、希望する。
それが、アジアの平和に、大きく貢献することは、絶大である。

隣の人民が、塗炭の苦しみにあること、こんな、憐れなことはない。
戦争が無いことが、平和なのではない。

平和とは、後ろ向きのことではない。前向きの、行動をこそ、平和という。
日本には、平和という、思想が、育たないのである。
武器を、捨てることが、平和だと、真剣に信じているアホが、大勢いるのである。

馬鹿と、アホは、使いようだと、昔の人は言った。
凶悪犯を、威嚇する、犯罪を、止めさせる、使いようで、如何様にも出来るものである。

核廃絶を、願うことが、平和運動だと、まだ、信じているアホがいる。

武器も、核兵器、いくらあっても、いい。
それを、どのように、使うかである。

在る物を、消滅させることほど、愚かなことは無い。
在る物を、有効利用することである。

新しい、平和の思想が、必要である。

秀吉の、刀狩の時代を、まだ、生きている人々。憐れである。

2008年04月07日

この国の問題。8

千葉県のも宗教法人「幸運乃光」に対し、経済産業省が、特定商取引法違反で、三ヶ月の業務停止を、命じた。

実に、甘い。
しかし、これが、初めてという。

この法人は、寺を持ち、更に、高島易断総本部を、名乗っていた。

その、易断の、鑑定で、二年間、祈願しなければ、息子さんに、大変な災難が起こる、とか、息子さんの運気が下がり、大変なことになると、脅し、訪れた人から、祈願料、数珠などを、高額、146万から934万などを求めた。

実は、この団体の詐欺にあった人の知人から、相談を、受けたことがあるが、その時は、祈願料50万円だった。
婚期の遅い、娘のためにということだった。
祈願をすれば、八年後に結婚するという、余りにも、愚かしい、鑑定である。

何度も言うが、宗教法人とは、皆々、商売なのである。
他の宗教は、違うとは、言えない。

神仏は妄想である、にも、多く書いているが、皆々、金集めのための、詐欺である。
詐欺集団が、宗教法人である。
彼らの言う、救いや、何やらは、すべて、客観性の無い、主観的妄想である。

業務停止なとば、実に、生ぬるいのである。

このように、明確に、脅しの場合は、さすがに、官庁も動いたが、皆、宗教というもの、緩やかな、脅しをしているのである。

勿論、騙される人も、悪いに決まっている。

要するに、頭が悪い。
知性が、無い。
それを、判断する感性も無い。
さらに、人間であるところの、理性も、無い。
無い無いづくしである。

人の弱みと、不安に、付け込み、何と言う、悪行を、行うのかと、怒っても、詮無いこと。徹底的に、叩かなければ、その根性は、治らない。

寺と、易断という、矛盾もある。
この、宗教法人は、悪霊の、仕業である。

私も、祈願という言葉を、使うが、それが、方便であることを、知っている。
祈り、願うこと、という意味である。
それは、誰かが、やるものではなく、自分が、主体的に行為して、成り立つものである。
それを、金を払い、誰かに、やって貰い、その褒美を、受けるという、甚だしい、勘違いである。

空海から、始まった。
密教という、魔界の呪術から、成る宗教というには、実に抵抗ある、集団である。

加持祈祷とは、バラモンから、出た。
バラモンは、言わずと知れた、魔界のものである。

さて、宗教の、盛んな国、つまり、宗教という、商売の盛んな国が、日本である。

先祖供養のために、金を集める。
浄財と処して、金を集める。
兎に角、皆々、金を集める。
どんなに、綺麗なことを言っても、最後は、金を集める。

真如苑などは、一般の、信者ではない人からも、500円を、信者に集めさせて、ご供養するという。
この度、運慶の仏像を、14億円で、買い取ったのは、真如苑である。
仰天するほどの、金を持つ。
勿論、創価学会は、一兆円の、資産があるといわれる。
皆々、信者からの、金である。

緩やかな、脅しをするのである。

すべての、宗教団体が、そうである。
妄想の、神や、仏を、言う。そして、金を集める。
詐欺といわずして、何というのか。

更に、このように、息子さんに、禍が起こるという、何の根拠もない、鑑定を持っての、脅しの、商売である。
これを、許せば、この手の、宗教団体は、大手を振って、行う。
ヤクザを、暴力団というなら、そして、それを、排斥し、暴力反対を、言うなら、精神的暴力の、宗教団体を、徹底的に、排斥しなければ、ならない。

ヤクザより、悪いのである。

更に、悪いのは、教祖、幹部は、手を出さずに、末端に、させるのである。

有名教団は、兎も角、金を集めて、成り立ったものである。
それほど、集金能力が、高いのである。

信者を、30人持てば、生活できると、言われる。
それも、貧乏な方がいい。貧乏人は、金を出すからである。

熱心な、宗教信者に、金持ちは、いない。
金持ちは、適当に、最低の付き合いを、するのみで、新宗教に入ることも、少ない。

幸運乃光教団は、多くの詐欺をしていること、私も、よく知っている。
新聞の挟み込みに、チラシを出す。
その、高島易断総本部という、名前で、人は、安心する。

高島呑象という、高島易の開祖とは、何の関係も無い。

更に、寺を持つが、仏教、特に、仏陀の教えとは、また、全く関係ない。
ついでに言えば、日本の仏教団体、新興宗教の仏教団体も、仏陀の教えと、何の関係も無い。

全くの、詐欺集団である。

勿論、最澄、空海からはじまり、法然、親鸞、道元、日蓮、そして、名僧、等々、仏陀の、教えと、全く関係ないのである。
皆、文学である。
更に、日本には、宗教という、観念も、概念も無い。
一神教の宗教学を、持っての、宗教概念である。

勝手な解釈、勝手な、仏教であり、勝手に名乗っているだけである。

日本国が、宗教法人にしているだけで、仏陀は、それらに、一言も言っていない。
仏陀と、直接話したという、僧が、いれば、是非、お逢いしたいものである。

いつから、仏教が、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教と、同列に並ぶようになったのか。
仏教自体も、宗教ではないということを、知らないのである。

ホント、アホらし。

追伸)
この団体は、元豊田商事の関係者ということである。
詐欺商法の、豊田商事である。
詐欺という点では、宗教も同じであるから、このエッセイを、そのまま、載せることにした。

2008年04月11日

この国の問題。9

テレビのことに関しては、諦めているので、書きたくないし、また、テレビを見ることがないので、書けるほどのものではないと、思っている。

私が、テレビを見るのは、安食堂でのみ。
それは、見たくなくても、点けてある。
ただ、基本的に、自分で作って食べるので、食堂にも、あまり行かない。

そんな中で、二つの、非常に傲慢極まりない、番組があるので、書く。

まず、フジテレビの、番組で、江原という、自称霊能者が、行った、勝手な、霊視というのか、占いというのかの、問題である。

一般の、全く了承を得ていない、女性の、亡き父親の声というものを、紹介し、また、その方の、事業が、経営難であるかのように、話したというものである。

これは、放送倫理委員会に、指摘されて、フジテレビが、指針改訂を行ったという。

それ以前に、霊能者というものが、単なる、主観で、頼まれもせずに、霊視し、亡き父親という者の、言葉を、公共の放送番組で、語ったという、傲慢、非礼極まりない、その姿勢である。

更に、頼まれもしないのに、その方の、事業について、云々するという、呆れた、傲慢である。

何を勘違いしているのか、よく、解らないが、これは、非常に、ゆゆしきことである。

彼は、その証拠を、出すことが出来るのか。
単なる、霊能という主観である。
その、主観を持って、頼まれもしない方のことを、言うこと自体に、この国の、恐ろしさを、観る。

彼は、自分の言葉が、万人に、期待されるものだと、思い込んでいるのか。
有名ならば、何事も許されると、思っているのか。

はっきり言うが、もし、そうであれば、私も、言う。
彼の、霊能というものは、まがい物である。
単なる、一部の、霊界の情報を、持って、すべてだと、言う。それが、誤りである。

全知全能だと、思っている訳ではないだろうが、少なくても、霊能者の、プロであれば、尋ねられたことに、答えるというのが、マナーである。
占い師も、そうであるが、尋ねられないことには、答えないのが、プロと言われる者である。

それは、すべて、主観であり、相談者との、合意の上での、鑑定であるからだ。
それ以上は、僭越行為であり、人道上、許されることではない。

実に、ゆゆしき、問題であり、フジテレビは、非科学的なことを、どう扱うのかということを、真剣に考えるべきである。

名誉毀損以上の、僭越行為である。

それに、準じて、大食いの、番組である。
霊視と、同じく、実に、ゆゆしき、人道的問題である。

食料を、輸入に頼り、世界的に、食糧難であるのに、である。

食糧難の国の人々の、心を逆撫でするし、更に、日本が輸入することで、食べ物が無くなる国の人に、何と言って、説明するのか。

アホ、馬鹿、間抜け、糞ったれ、としか、言いようが無い。

作る馬鹿、見る馬鹿、そして、出演する馬鹿である。

もし、国民が、真っ当な感覚を、持てば、テレビ局には、批判の電話が、鳴りっぱなしということになるはずであるが、そうではないようだ。

私には、信じられないのである。

世界の、どこかで、飢えて死ぬ人がいるのである。
まして、日本の国で、食料を、まかなっていると、いうならば、まだ、救いがある。

食料自給率が、39パーセントと、知っているのか。
私は言う。
いずれ、原爆投下される。

広島、長崎の、教訓が、生きていない。

マジである。

このままゆくと、日本は、原爆によって、滅亡する。

これは、江原の傲慢や、大食いの番組を、見ていれば、解ることである。

江原の、霊能力は、下の下の下である。
または、霊能力というより、魔界、あるいは、悪霊関与の、力である。

悪魔は、羊の顔をして、やってくる。その本当の顔は、狼である。

霊能力で、生活を立てているということが、誤りである。
一人教祖と、変わりない。

教祖とは、ペテン師の、別名である。

2008年05月08日

この国の問題。10

一年間、働いても、年収が200万円以下しかない人が、一千万人を超えたという。

勿論、人事ではない。

朝日新聞、4月30日の朝刊、一面に、39歳全財産100円という記事である。
男性は99年、都内の私立大学を卒業した。
浪人と留年を重ね、卒業は30歳の年。就職氷河期の、真っ只中である。

契約社員を続けて、やってきた。
正社員を、目指しても、決まらない。ついに、どうして、職を点々とするのかという、質問である。
遊んでいる訳ではない。くたくたに、働く。しかし、5万円を働くと、手取り、21,814円である。
健康保険料9,456円、雇用保険料735円、厚生年金保険料17,995円が、引かれるからだ。

記者は、30歳で、大学を卒業したというだけで、貧困から抜け出せないと、書く。

前日、私は、東大を卒業し、官僚キャリアになり、アメリカに留学して、資格を取り、帰国して、外資系金融機関に勤めて、年収30億円の、34歳の男の話を、聞いた。
そろそろ、仕事を辞める。そして、ドバイに住む計画だという。

その手の人の、話は、多く聞いたので、驚かない。

お笑い番組の、録画を見つつ、仕事をするという。
指先の仕事である。
コンピューターを、指で打つのみ。
為替差益で、利益を上げる。

ここで、経済学の、話をするのではない。

この世が、地獄であるという、話である。

私が、12年前に、札幌から、鎌倉に移転した時、20本ほどの、原稿を書き、それで、十分に生活が出来、貯金が出来た。
しかし、バブル崩壊から、はじまった、倒産により、一本、また、一本と、仕事が減り、ついに、先日、30年間程、書き続けていた、雑誌も、休刊になった。

毎年、確定申告する額は、少なくなるばかりである。
そうそう、原稿料、一年分を、倒産によって、貰わなかったこともある。

自由業であるから、覚悟の上である。

いけばなや、茶の湯、舞踊などを、教えて、全国の占いイベントなどに、参加し、くたくたになり、それらを、少し休んだのが、37歳の年である。
五人前の仕事をしていた。
ちなみに、その頃、人を三人から五人雇っていたから、収入の程度が、わかるだろう。

少しばかりの、貯金を、持って鎌倉に出た。
そして、出会いによって、コンサートを開催するようになり、資金も、保険も、解約して、すべてを、使い果たした。勿論、悔いは無い。

無一文になるという、状態でも、希望があった。

年は取る。
次第に、先が見える。

今、私は、金を得る原稿を、一つも書かないのである。

来年の、確定申告は、無税であろう。
笑う。

自業自得である。
それで、私は、テラの会という、追悼慰霊と、ボランティアの活動を開始した。
長年の、付き合いから、支援をして下さる方もいた。
その辺りから、私は、流れに任せた。

さて、私の言いたいことは、この国の問題である。

私のように、すべてを棄てて、自業自得を、そのままに、生きるというならば、良い。しかし、他の人は、日本国の国民として、生きている。国の憲法に、何が書かれてあるのか。
じっくりと、読むべきである。
格差社会などという、分析は、どうでも、よい。

本日、ただ今、食って寝る場所を、維持しようと、精一杯努力奮闘している人々の、存在を、知るべきであるとことである。

政治家。それが、政治家の、努めである。

最低限の状態の中にいる人の、味方は、私設のボランティア団体が、多い。
何故、行政が、行えないのか。

上記、男性は、東京都にいる。税金も払っている。
さて、都は、何をしているのか。
個人の責任、自己責任であると、言うつもりであるのか。

私のような者には、それは、通用するが、食って寝る場所を、一生懸命に、務めている人には、更に、サービスが必要である。

格差の、問題は、連帯責任である。

私は、素人であるから、具体的に、提言しないでおく。
もし、都の福祉課の職員等に、慈悲という思いがあれば、何かのアイディアを思いつくだろう。

400億円という、都銀への、追加出資をした。
400億円である。
よくよく、考えて欲しい。
それは、一つの象徴である。

国も、一事が万事、そのようである。
何か。
食って寝る場所を、確保するために、生きている人の、存在を知らないからである。

ああ知っていると、言うだろうが、実際に知らない。
年金を、当てにしない人が、年金額を決めているのである。

民主主義とは、民が、主である。
共産でも社会でもない。

ところが、素人の私には、民主、共産、社会主義も、同じように見える。
つまり、支配者のものである。
中国共産党を、云々できない。

勿論、北朝鮮のような、極悪非道な国でいないが、緩やかな、絶対主義にあるものである。
資本主義というものは、絶対主義の、緩やかなものである。

資本という絶対のもの。
資本とは、金である。

実質経済と、妄想経済との、間を揺れる。
ただ今は、妄想経済が、先行して、年収30億円の者は、どうして、皆、馬鹿なんだろう。どうして、あんなに、働くのと、平然として、言う。

全体主義と、何の違いがあるだろう。

次の、選挙では、自民党が、確実に負ける。
民主党が、政権をとる。
ところが、自民党より、良い政治をするとは、思われない。
理由は、政治家だからである。

政治家に、なった途端に、変質する。

貧乏人が、一億を得たと、思えばよい。
貧乏人は、変質する。
政治家も同じである。

食う、寝る場所に、困らないのである。
当然、変質する。

バブルの頃に、清貧の思想という、本がベストセラーになった。
大衆が、如何に愚かであるかが、解るというものである。

オルテガという、哲学者が、大衆の反撃という、本を書いた。
識者は、皆、それの、焼き写しを、論じていた時期がある。
勿論、識者も、大衆である。

私は、これを、書いていて、解決策というものを、見いださない。

明治になって、武士が、廃れた時代を、見ればよい。
戦争終結で、軍人が、廃れた時代を、見ればよい。

今、時代は、とてつもなく、無情になっているのではなく、この世が地獄であることを、告げ知らせている。
だから、悔い改めて、改心せよなどという馬鹿なことは、言わない。

後期高齢者という。
老人を、馬鹿にするのも、程がある。
しかし、それも、詮無いことである。
実際、老人の医療費で、国が潰れる。

しかし、そのように、潰れるようにしたのは、誰かである。
犯人探しをするのではない。

いずれ、こうなることは、解っていたはずである。

誰が、この世を、作っているのか。
神や仏ではあるまい。
人が、作る世の中である。

つまり、人とは、地獄を作るモノであるということ。

政治家になれば、確実に、食って寝る場所を、得る。
やめられる訳が無い。

最後に、私は、国に頼らない、乞食になるつもりであるから、何とでも、言う。
大勢の金持ちも、一人の乞食に、適わないと、私は知っている。

2008年06月02日

この国の問題 11

天皇について言う。

日本は、御祭りの国である。

祭りとは、何か。
御霊祭りである。

御霊とは、何か。
それは、自然に隠れて在る、祖先の御霊であり、自然の、すべての働き、そとて、山川草木すべての、御霊の、お祭りである。

日本の正式、国名は、豊葦原の瑞穂の国である。
よって、最高の、最も、重要な、御祭りは、新嘗祭である。
豊穣の喜びと、感謝の、御祭りである。

さて、天皇の存在は、その、お祭りの祭祀であり、祭司であるということである。

天皇制、云々の話ではない。

天皇の存在は、御祭りにあるのだ。
国民総意の、祭司である。

ここで、私の立場を、明確にしておく。
私は、天皇擁護でも、天皇否定でもない。
どちらでも、ない。
どうでも、いいと思っている。
ただし、私が、日本国民として、その伝統を、守るという意味では、天皇を、否定出来ないのである。
私の、祖父母から、それ以前の、祖先の伝統は、天皇の、お祭りにあるからである。

天皇は、唯一、国民に対して、下、というお言葉を、使用する。
つまり、天皇の上に、権威は、無いのである。

世界で、武力を持たない、天皇家という、存在は日本にしか無い。

一時期、一時的に、天皇家も、武力を、持つことがあったが、それは、天皇家を、守る意味での、市民の心意気としての、武力だった。

天皇家は、武力を持たない家柄である。
唯一、日本は、武力を、持たない家柄に、権威というものを、与えた民族である。
それは、実に、誇りだ。

為政者、宗教指導者、すべて、武力を持った。権威を、武力で、成したのである。
歴史を、見よ。

御祭りの、祭司を、国の祖先の代表とする、天皇という存在である。
皇祖皇宗である、天照大神という、祖先の祖を、戴く国である。
絶対超越者ではない。祖先に続くものである。
これも、世界に無い。

日本には、超越的な、神という観念が無いのである。
それを、具現化しているのが、天皇の存在である。

天皇という存在を、戦争責任者とか、あるいは、共産主義のように、搾取する為政者という、考え方は、出来ないのである。
何となれば、天皇は、戦争責任者でもなく、搾取する為政者でもないからである。

勿論、昭和天皇は、戦争責任を、自ら果たし、国民のために、その命も、投げ出すつもりだった。しかし、何故、生きたのか。
国民のためである。天皇という存在が、無くなれば、日本という国が無くなると、感じた心が、昭和天皇の、すべてだった。

何度も言うが、私には、どうでもいいことである。
つまり、私が、私の先祖との、縁を切り、日本とも、縁を切るのであれば、どうでもいいことである。

しかし、日本の歴史と、伝統に生きる日本人としては、天皇の存在は、無くてはならない存在なのである。

戦後、戦争の犠牲に対して、天皇を、憎むこと、天皇の存在を、卑下すること、さらに、否定することで、その、鬱憤を晴らし、更に、天皇制を、廃止することまで、考える者がいて、実に、愚かな様を、現した。

天皇を、亡き者にすることは、日本の歴史と、伝統を、無き物にすることである。
そして、それを、社会主義、共産主義の者は、望んだ。
すべての、歴史的解釈も、そのように、した。

そして、今に至る。

偏狭な、教育の、お蔭で、日本は、実に、骨抜きになったのである。
日本人であるという、誇りも持てず、知りたいという、子供たちに、国歌も、教えないという、驚きの、教育をするという、アホ振りである。

国際社会に出ても、自国に、誇りの持てない者が、どうなったか。

薬害問題一つを、取っても、国のために、仕事をしなかった、厚生省の、役人、更に、国外に赴任する者、何も、仕事をしなかったゆえである。
すべて、上記の、ゆえである。

御祭りをする、天皇の存在する、国であるという、志を、忘れたのである。
一から、万事、天皇に、相応しい国民に成るという、気概を、失ったゆえである。

私は、晩年、日本人であることを、止める覚悟であるから、言う。

世界に冠たる天皇を、戴く国にありながら、その存在の、尊さを、知らない不幸は、余りある。

タイに、行けば、未だに、仏陀暦である。
日本は、皇紀がある。
今年は、2668年である。
これほど、続いた天皇の、歴史は、世界に無い。

バリ島には、バリ島暦がある。

皆々、それを、誇りにする。

皇紀を、誇りにしないのは、日本人くらいである。
その価値を、知らない不幸は、余りある。

私は、この国の、皆々と、席を同じく出来ないと、考え、晩年は、日本人であることを、止める。

日本の伝統は、他国でも、伝えられると、確信したからでもある。

以下省略。

2008年06月03日

この国の問題 12

今、日本で、食料自給率200パーセントに出来るのは、北海道である。
日本の、食糧倉庫と、いえる。

しかし、とんでもないことが、起こっている。

久しぶりに、札幌から、親友が、用事で、突然来るというので、品川まで、逢いに出た。
雑談の中で、実は、酪農の土地が、買い漁られているのだと言う。

誰が、買っているのか。
日本の不動産のなのか。

違う。
ドバイである。
低迷する、酪農家は、現金が欲しいので、次々と、売り渡しているという。

更に、恐ろしいことは、ドバイの、大金持ち、王様というのだろうか。
北海道を、すべて、買いたと言う。
何せ、安いのだとのこと。

観光地として、食料倉庫として、である。

石油成金の、ドバイである。
信じられない。
金で、何でも買えると、思う根性が、気に入らないが、このまま、ドバイに、売り渡すことを、見ている、政府、政治家等々、信じられないのだ。
もしや、政治家が、中に入って、何やら、やっていることも、考えられる。とすれば、国を売る行為である。

ただし、私は、それを聞いて、さもありなんと、思った。
もし、私の家族、友人、知人がいない、土地だったら、ああ、と、聞き流していたのかもしれない。

だが、まだ、縁する人々が、大勢いる。

アホ、馬鹿、間抜けの、糞ったれが、多い、北海道だが、これは、ゆゆしきことである。

この分で、いくと、本当に北海道の大半が、買われてしまうこともある。
今、北海道は、夕張に、象徴されるように、破産する、市町村が多い。

だが、それを知りつつ、何の手も打たない。
地方公務員の、給与を下げるなど、聞かない。
実に、信じられないことが、行われているにも、関わらず、平然としている。

ぼやりしている、内に、乗っ取られるということも、ある。

バリ島の土地は、外国人は、買えない。
使用料を払って、家を建てる。店舗を作る。
それは、当然である。そのままにしていれば、バリ島が、外国人のものになってしまう。
勿論、実質的に、経営利益は、外国人が得ることの方が多いが、土地は、バリ人のものである。それが、救いだ。
例外は、あると、思う。
あの国も、汚職にまみれた国であるから、政治家が、何をしているのか、解らない。

ドバイの、金によって、北海道が乗っ取られた場合、日本は、大損失である。
食料も何もかにもが、買われて、北海道のものが、手に入らなくなるということも、考えられる。

実際、タラバガニなどは、以前のように、食べられないのだ。
ロシアが、操業を認めないからだ。
結局、ロシアから、買って、それを、小売している。

それを、敏感に感じ取るのは、貧乏な私のような、人間である。
金を持つ者は、少々高くなろうが、知ったことではない。
だが、そういう問題ではなく、状況が、そのように、変化しているということである。

販売される、タラバガニの大半は、ロシア産と、名されている。

たらこ、に、関しても、そうである。
スーパーで、売られている、たらこの、原産地は、アメリカとか、ノルウェーになっているものが、多い。

勿論、食料自給率39パーセントの国である。当然と、言えば、当然である。

実は、私の田舎の、日本海側沿岸の町は、もう、介護保険などの、資金が無く、合併が不可欠と、言われている。
札幌のみに、人口集中して、田舎は、どんどんと人が、出ている。

過疎化の、一途を辿るのである。
これは、時代の流れなのか。

国を愛する教育を、しない者に、郷土を愛する教育が、出来るはずがない。

東京一極集中である。何を、どう言おうが、それである。

都というものが、あってもいいが、地方の文化というものも、無ければならない。
更に、都も、地方によって、その存在価値が、認められる。

札幌、すすきのから、夜逃げする人は、まず、千葉や、その付近を、目指して来る。そのまま、東京には、入れない。恐ろしいからだ。

千葉の市川などで、落ち着けばいいが、結局、職を、探して、東京に出る。
勿論、頭が悪いから、何の取り得もないのだから、流れ流れてしまうのも、当然である。

創意工夫など、どこにもない。
飲み屋などやっていた者は、水を金に替えていただけであるから、頭も、水ぽい。

バブル期を、過ぎて、仕事を、続けている人の少ないこと。
結局、時代に流されていただけである。

そう、大衆は、時代に流されるしかないのである。
では、誰が目覚めているのかといえば、政治家である。しかし、今の、政治家は、政治家になった、途端に、変質する。変節する。変貌する。
勘違いである。

何も、実際的な、業績がなくても、政治家というだけで、偉くなるものである。そして、国を平気で売る。

知らない内に、北海道の大半が、ドバイに買われてしまったとしたら、後悔先に立たずである。

北海道の物を、ドバイを経由して、買うという、仰天する様になることもある。

私は、これ以上、論じることは、出来ない。素人だからだ。
何の、打つ手も無い。

酪農家の堕落は、一時期、社会党系の、知事が、ばら撒きで、保護した、ツケである。
兎に角、人気取りのように、前知事が、築き上げた、道の貯金を、使い、更に、赤字に転落させて、早々に、国会議員に、戻ったのである。
しゃーしゃー、として、今でも、能無しの、議員生活を、しているという様、反吐が出る。

食の祭典、という、大型のイベントで、大失敗をしても、何の責任も取らず、政治家を、続けているという、浅ましさ。
それを、道民が、許しているという、愚かさ。

矢張り、北海道は、ドバイの手に落ちるのか。

横浜市長の中田さんは、多選禁止なので、市長を辞めたら、札幌市民は、是非、札幌市長に、三顧の礼を、尽くして、来て頂けばいいと思うが、そんなことも、考えられないほど、アホ、馬鹿、間抜けの、糞ったれ、である。
知事としてでも、いいが・・・

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