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もののあわれについて第四弾 アーカイブ

2008年07月18日

もののあわれについて236

源氏物語に、分け入ることにする。

私は、源氏物語を、研究するのではない。
世界最古の小説から、もののあわれ、というものを、読み取るのである。

源氏物語に関しては、数多くの解説、研究、その他諸々あるが、私には、あまり興味が無いものである。

最初の小説であるから、小説というものの、書き方など、非常に興味があるが、もう、それも、失せた。
私の、興味があるのは、ただ、物語の中に描かれる、もののあわれ、というものの、有り様である。

それは、大和心と言われる、万葉から、始まり、いや、それ以前から日本人の、心象風景として、存在した。
万葉集によって、それが、記録として、残された。

大和心を、尋ねると、そこには、必ず、もののあわれ、という、心象風景が、広がる。
私は、源氏物語を、その一点で、読む。

明治期になって、西洋の文学手法から、学問として、源氏物語が、研究されたが、物語、小説とは、端的に、娯楽である。
芸術として、云々するのは、否定しないが、面白くなければ、意味が無い。
生きるためではなく、人は、死ぬまでの、暇つぶしに、様々なことに、挑戦する。
小説というものも、その一つであり、それ以外の、何物でもない。

古典は、昔の言葉であるから、読みにくい。そして、古語は、意味が、解らない。解らないものは、面白くない。故に、古典は、一部の人によって、愉しまれる。
それはそれでいい。
新しい物語は、いつの時代も、生まれる。

楽しいならば、源氏物語を、原文で、通して読むことであるが、無理をする必要はない。また、現代文にて、訳されたものを、読んでもいい。
要するに、これこそ、唯一という、読み方は無い。
一生、読まない人もいるだろう.

小説とは、その程度のものである。

私は、源氏物語から、もののあわれ、というものを、観るべく、自然描写、風景描写からみる。
本居宣長は、もののあわれ、を、人と人の触れ合いから、観た。
恋する者の、心の綾から、観た。

平安期の、色好みとは、恋愛の様を言う。
今に至るまで、人間のテーマは、変わらない。
恋愛である。

中には、冷血人間がいて、恋愛などとは、程遠い者もいるだろうが、それはそれで、いい。無理をすることはない。

日本人は、もののあわれ、という、心象風景を、多く、恋の中に観た民族である。
源氏物語も、その一つの切り口に過ぎない。

日本人の、心象風景に、いつもいつも、一本の道がある。
それが、もののあわれ、である。

それを、源氏物語からも、観るとする。

何故、私が、自然描写と、風景描写から、それを、観るのかといえば、簡単である。物語を、初めて書くということは、物語とは、何かということを、いつも、考えて書くであろう。そして、内容は、多く、他に影響される。
実際に、それを、研究する者も多い。

このお話は、どこそこの、どれに、影響された云々。
しかし、自然描写、風景描写は、他に影響されない。当時の見たままであろう。

山川草木を、紫式部が、見たままを、書くのである。
それは、また、日本人の、原風景ともあるものである。

であるから、一切の余計な、解説はしない。
原文を、上げて、それを、もののあわれ、という、一点で、観るのである。

桐壺

いづれのおほん時にか、女御更衣あまた侍ひ給ひけるなかに、いとやむごとなききはにはあらぬが、すぐれて時めき給ふ、ありけり。

こうして、はじまる。

いずれの時と、明確にしない。
お話は、昔々と始まるのであるが、いずれの時にか、と、曖昧にする。
ありけり。
そして、それが、あったと結ぶ。
長い長い物語が、始まる。

物語は、書き出しで、決まるというが、それならば、これは、名作である。

いとやむこどなき きはには あらぬが
特別な家柄ではないが。
すぐれて時めき給ふ ありけり
特に寵愛を、受けた、お方がいた。
それを、桐壺更衣と言う。

その、桐壺が、玉のような、子を産み、急死した。

その、桐壺の、辞世の句である。

かぎりとて 別るる道の 悲しきに いかまほしきは 命なりけり

いかまほしきは
行く、生く、とを、かける。

勿論、物語にある、歌は、すべて、紫式部の歌である。

想定して、歌を詠むとは、今までに無いことであった。
新古今辺りから、想定した歌を、多く詠むことになるが、紫は、その、先駆けである。

生きたいのは、行きたいのである。
限りあると知る、命であるが、生きたい。別れたくない。別れて逝きたくないのである。

人は、いつの時代も、そのように思い、死んでいった。今、現在もそうである。
誰もが、歌い、詠むべき歌である。

さて、その、桐壺の段にある、風景描写を見る。

野分だちて、にはかに肌寒き夕暮のほど、つねよりもおぼし出づる事多くて、ゆげひの命婦といふを遣はす。夕月夜のをかしきほどに出だし立てさせ給ひて、やがてながめおはします。かうやうの折りは、御あそびなどせさせ給ひしに、心ことなる物の音をかき鳴らし、はかなく聞え出づる言の葉も、人より異なりしけはひかたちの、面影につと添ひておぼさるるにも、やみのうつつにはなほ劣りけり。

野分が立ち、風が吹く。
肌寒い夕暮れである。
いつもより、いっそう故人を思い、ゆげひの命婦を遣わした。
夕月夜の美しい時刻に、命婦を、出かけさせ、そのまま、深く物思いに沈む。
ながめおはします。
これは、帝の心境である。
眺めるのである。我が心を。
以前なら、こうした月夜は、音の遊びなどをし、更衣は、その中に加わり、
心ことなる物の音をかき鳴らし
優れた音楽の才を発揮し、また、
はかなく聞え出づる言の葉
儚き歌さえも、優れていたのである。
面影は、帝の目に、立ち添い、消えない。
やみのうつつにはなほ劣りけり
しかし、闇の現、現実の闇の中では、無いものである。
幻は、闇に適わないのである。

野分、肌寒き夕暮れ、夕月夜のをかしきほどに出だし立てさせ給ひて、である。
闇の迫る、夕暮れは、特に、物悲しいものだった、当時を思い浮かべると、その様、心に与えぬ訳は無い。
風景は、心模様であった。
それほど、自然と、切り離せない生活なのである。
野分が立てば、心に風が吹くのである。
現実の風だけではなく、心に風が吹くのである。
そのような、人の生活を、想像して、読むことだと、思う。

2008年07月19日

もののあわれについて237

桐壺

月は入りがたの空きよう澄みわたれるに、風いとすずしくなりて、草むらの虫の音もよほしがほなるも、いと立ち離れにくき草のもとなり。

命婦
鈴むしの 声の限りを 尽くしても 長きよあかず ふる涙かな

えも乗りやらず。

母君

いとどしく 虫のねしげき あさぢふに 露おきそふる 雲のうへ人

かごとも聞えつべくなむ」と、言はせ給ふ。


母君を、見舞う命婦が、帰り支度をする。

月夜の空が、澄み切った中、涼しい風が吹く。
草むらの虫の音が、心に響くのである。
いと立ち離れにくき草のもとなり
帰ろうとするが、その風情に、中々、帰ることが出来ない。

すずむしの こえのかぎりを つくしても ながきよあかず ふるなみだかな

車に乗ろうとした、命婦は、歌を口ずさむ。
あの鈴虫の、声の限りを尽くして鳴くように、長い夜を、泣き明かすことである。

いとどしく むしのねしげき あさぢふに つゆおきそふる くものうへひと

雲のうへ人は、命婦のことである。
虫の音に、あなたも、涙を流されますか。この、浅茅の、草深い上に、涙を置いてゆかれますか。

かえって、ご訪問が、恨めしいと、母君が、女房に言わせた。

桐壺更衣の、突然の死を、嘆き悲しむ、帝を中心とした、人々の心を、描く、桐壺の巻である。

その、桐壺更衣の、母君も、亡くなる。
残されたのは、皇子である、光の君である。

作者は、光を、源氏の君と、呼ぶ。

帝の歌

尋ねゆく まぼろしもがな つてにても たまのありかを そこと知るべく

亡き人を、尋ねるために、道士でもよし、その魂の、在り処を知りたい。

雲の上も 涙にくるる 秋の月 いかですむらむ あさぢふのやど

雲の上の、秋の月も、涙にくれる。
どうしてこの世に住むというのか。生きているというのか。
浅茅生、あさじふ
浅茅が生える、草深い宿に。

桐壺の巻に、藤壺の宮の、入内がある。

兎も角も、桐壺の更衣の、亡き事を、悲しむ。
そして、桐壺更衣に対する、多くの人の嫉妬などの、こと度もが、語られる。

光源氏の、名の由来は、
光る君といふ名は、こまうどのめで聞えて、つけ奉りける、とぞ言ひ伝えたる、となむ。

高麗人の、人相見の言葉から出たという。

その様、桐壺の巻に、書かれてある。

物語は、帝が寵愛する、桐壺の、突然の死によって、幕を開けた。
そして、残された、皇子は、桐壺に似た、美しい男子である。
更に、藤壺の入内は、光る君の、憧れとなった。
母の顔を、知らない、光は、藤壺を慕うのである。

この、桐壺の巻は、多くの研究家の、想像を逞しくしたようである。

いづれの御時にか
ある、研究家は、平安期の、表現を辿り、この表現によって、あたかも、実在の物語が、背後にあるかのように、見せかけることが出来るという。
それは、単なる、見せかけであり、勿論、事実ではない。
しかし、実在しない物語が、真に迫るものになっているのは、作者の、天才的文才であろう。

最初に言った。
物語は、面白いか、面白くないか、である。
当時の人、実に、面白く読んだであろう。

桐壺の最後の段は、光の君の、元服と、左大臣の家へ、婿として入ったことである。

余談であるが、物語の随所に、当時の、風習などが、描かれている。
細心の注意を、払い読むと、皇子などの、元服の際に、公卿などの、少女をおそばに、臥させるというものがある。
それは、つまり、共寝をするということで、暗に、男女の関係を、教えるというものである。

また、男女のことだけではない。
当時は、男性同士の触れ合いが、当然の如くにあったという、事実も伺われる。
それは、私の解釈、読みであるが、追々と、書くことにする。

私は、素人である。
素人ととして、源氏物語を、読んでいる。

2008年07月22日

もののあわれについて238

ははき 木

光る源氏、名のみことごとしう、言ひ消たれ給ふとが多かなるに、いとど、かかるすきごとどもを末の世にも聞き伝へて、かろびたる名をや流さむと、しのび給ひける隠ろへ事をさへ、語り伝へけむ人のものいひさがなさよ。さるは、いといたく世をはばかり、まめだち給ひけるほど、なよびかにをかしき事はなくて、交野の少将には笑はれ給ひけむかし。

光源氏、その名で、見事な、人生を、謳歌したように、思われる。自由奔放な恋愛、好色な生活が、世の中に伝えられるようである。
しかし、実際は、それとは、別に、地味な心持、生活であった。
それに、恋愛に関して、後に、誤って伝えられることを、恐れ、異性との関係を、人に知られぬようにしていた。
ここに書くようなことが、伝わっているのは、世間の、噂が、激しいのである。
いといたく世をはばかり
世の中を、憚り、自重して、恋愛、好色には、遠い。
好色物語の、交野少将などには、笑われていたことであろう。

書き出しである。
作者は、実在の物語であると、強く語るのである。
創作の物語を、更に、強く、実在にあるかの如くに、説得する。

ここで、紫式部は、この物語を、すべて作り上げて、書き始めたと想像出来る。
余裕、たっぷりである。

あたかも、人に聞いたかのように、順々に、物語する。
誰かに、話をするようにである。

まだ中将などにものし給ひし時は、うちにのみさぶらひようし給ひて、おほいとのにはたえだえまかで給ふ。しのぶの乱れやと疑ひ聞ゆる事もありしかど、さしもあだめき目なれたるうちつけのすきずきしさなどは、好ましからぬ御本性にて、まれには、あながたちにひきたがへ、心づくしなる事を、御心におぼしとどむる癖なむあやにくにて、さるまじき御ふるまひもうちまじりける。

中将時代は、宮中の宿直所に、暮らして、時々、舅の左大臣の家にゆく。
それで、他に、恋人を、持っている疑いを掛けられたが、世間にあるような、好色な男の生活は、嫌いだった。
まれには、あながたちにひきたがへ
稀に、風変わりな、恋をして、手ごわい相手に、心を打ち込んだりする、癖はあった。

しのぶの乱れやと疑ひ聞ゆる事もありしかど
春日野の 若紫の すり衣 しのぶの乱れ 限り知られず
伊勢物語

素性も知れぬ女に、一目惚れすることを言う。

この巻は、女の品定めをする。非常に興味深い巻である。
当時の、女性観を知ることが出来る。
少し、深入りする。

なが雨はれまなき頃、うちの御物忌さしつづきて、いとどながい侍ひ給ふを、おほいとのにはおぼつかなくうらめしくおぼしたれど、よろづの御よそひ、なにくれとめづらしきさまに、調じ出で給ひつつ、御むすこの君たち、ただこの御とのい所の宮仕へを勤め給ふ。

長雨とは、梅雨時期である。
帝のご謹慎が、幾日かあり、臣は、家に帰らず、宿直する。
このような日々が続き、源氏の御住まいも、長くなった。
大臣の家では、来ない源氏を、恨めしく思っていたが、衣装や、贅沢な調度品を御所の、桐壺へ運ぶ。
左大臣の、息子たちは、宮中の用をするより、源氏の宿に、通うことが、楽しいのである。


宮腹の中将は、なかに親しくなれ聞え給ひて、あそびたはぶれをも、人よりは心やすくなれなれしくふるまひたり。右のおとどのいたはりかしづき給ふ住みかは、この君もいとものうくして、すきがましきあだ人なり。里にても我がかたのしつらひまばゆくして、君の出で入りし給ふに、うちつれ聞え給ひつつ、よるひる、学問をもあそびをももろともにして、をさをさたちおくれず、いづくにてもまつはれ聞え給ふほどに、おのづからかしこまりもえおかず、心のうちに思ふ事をも隠しあへずなむ、むつれ聞え給ひける。

中では、宮腹の中将は、最も源氏と、親しくなった。
遊戯をするのも、何をするのも、多の物に、及ばないほど、親交を深めた。
大事にしてくれる、右大臣の家へ行くことも、この人は、嫌いである。
結婚した男は、誰も妻の家で、過ごすのだが、この人は、親の家に、立派な居間や、書斎を持っていた。
源氏か出る時は、昼も夜も、学問をするのも、遊びをするのも、一緒だった。
おのづから かしこまりも えおかず
謙遜することもなく、敬意を、表することも忘れた。
むつれ聞え給ひける
仲良しである。
しかし、これは、尋常ではない。

睦み合うということである。
誰も言わないので、私が言う。
同性愛行為も、あるという。

当時の、交接は、男女の関係のみではない。実に、曖昧である。
それに、関しては、未分化であり、更に、そのような行為は、自然容認されていて、特別なことだとは、思わないのである。

美貌の源氏であるから、男も、放っておかないのである。

恋とは、女とするもの。
それを、好色という。
男同士の、睦み合いは、自然、当然として、書くこともない。

さて、この巻では、女の多様な姿を、皆が披露するのである。

その前に、

つれづれと降り暮らして、しめやかなるよひの雨に、殿上にもをさをさ人ずくなに、御とのい所もれいよりはのどやかなる心ちするに、おほとなぶら近くて、文どもなど見給ふ。

上記の文、大和言葉である。源氏物語は、すべて、大和言葉である。
物語は、女子供のものという意識があったのは、正式文書、男が書くものは、当時は、皆、漢語である。
漢字平仮名交じりの文は、女房文学といわれ。そして、その、女房文学は、源氏物語で、幕を開けたのである。更に、日本の文学の幕開けでもある。

一日中、雨が降り続き、何もできない様子である。
その、しめやかなる、夕方である。
殿上の役人たちも、少ない。源氏の桐壺も、静かである。
そこで、灯を点して、書物を見ていると、その本を取り出した、置き棚にあった、色の紙に書かれた手紙を、中将は、見たがった。

さて、これから、源氏と、中将の女についての、語りが始まる。
物語は、中将の女の品定めを語る。

更に、そこに、左の馬の頭と、藤式部の丞が、加わり、女談義に、花が咲く。

様々な女の姿を、源氏は、聞くことになる。
特に、左の馬の頭の、中流の女の話に、興味を惹かれる。
これが、源氏の、恋愛遍歴の、始まりになるのである。

2008年07月23日

もののあわれについて239

源氏に、女談義を、聞かせる、男たちの話は、面白いが、私のテーマは、もののあわれについて、であるから、省略して、中に、もののあわれ、について、触れる話があるので、抜き出す。

それは、左の馬の頭の論にある。

事が中になのめなるまじき人の後見の方は、もののあはれ知りすぐし、はかなきついでの情あり、をかしきにすすめる方、なくてもよかるべしと見えたるに、またまめまめしきすぢをたてて、耳はさみながら、美相なきいへとうじのの、ひとへにうちとけたる後見ばかりをして、朝夕の出で入りにつけても、おほやけわたくしの人のたたずまひ、良き悪しき事の、目にも耳にもとまるありさまを、うとき人に、わざとうちまねばむやは。

事が中に なのめなるまじき人の
妻に必要なのは、家庭を預かることです。
もののあはれ知りすぐし
ここでは、文学的才能とか、文学趣味とか、才気のことを言う。
書き物、物書きを、よくする事を、もののあはれ知りと、解す。
それは、また、歌をよくするという意味でもある。

はかなきついでの情あり をかしきにすすめる方、なくてもよかるべしと 見えたるに
儚きついでの情あり、とは、矢張り、そのような素質のあるという。
それを良くすることであるが、そんなものは、別に、無くてもいいのだ。

真面目で、形振り構わず、髪を煩がり、耳の後に、はさんでばかりいる。
ただ、物の世話だけを、やってくれる。でも、そんなんでは、少し、矢張り、物足りない。
勤めに出れば、出るで、帰れば帰るで、公のことなど、友人や先輩のことなど、話しすることは、多くある。
それは、他人に言えません。
理解ある、妻にしか話せないのでは、つまらない。要するに、話を聞いてくれる妻がいい。


近くて見む人の聞きわき思ひ知るべからむに、語りも合わせばやと、うちもえまれ、涙もさしぐみ、もしはあやなきおほやけはらだたしく、心ひとつに思ひ余る事など多かるを、なににかは聞かせむと思へば、うちそむかれて、人知れぬ思ひで笑ひもせられ、あはれ、ともうちひとりごたたるに、「なに事ぞ」など、あはつかにさし仰ぎ居たらむは、いかがは口をしからぬ。

この話を、早く聞かせたい、妻の意見も聞きたいと思う。
そうすると、一人でも、笑みが湧いてくる。また、涙ぐまれもする。
また、公のことで、怒りをもっても、我が心に、しまえぬ時、それを話す妻ではないと、思えば、一人で、思い出し、笑う。哀れだと、独り言を言う。
そんな時に、何ですか、と、平然として、こちらの顔を、見るような、妻では、たまらない。

そうして、暫くの談義が、続くのである。
それは、明かし給ひつ、というように、朝まで、続いたのである。

中でも、源氏が惹かれた話は、左の馬の頭の、中流階級の女の話である。
それに、興味を持ち、源氏の、恋愛遍歴が始まるのである。

この巻の、後半に、年上の人妻である、空蝉という女性との、やり取りがある。


からうじて、今日は日のけしきもなほれり。かくのみこもりさぶらひ給ふも、おほい殿の御心いとほしければ、まかで給へり。大かたの気色。人のけはひも、けだかく、乱れたる所まじらず。「なほこれこそは、かの人々の捨てがたく取りいでし、まめ人には頼まれぬべけれ」とおぼすものから、あまりうるはしき御ありさまの、とけがたく恥づかしげに思ひ静まり給へるを、さうざうしくて、中納言の君、中務などやうの、おしなべたらぬ若人どもに、たはぶれごとなど宣ひつつ、暑さに乱れ給へる御ありさまを、「見るかひあり」と、思ひ聞えたり。

ようやく、今日は、晴天である。
このように、宮中にいることばかりでは、左大臣の家の人々に、申し訳ないと、思いつつ、家に行った。
人の気配も、乱れなく、こんなことが、真面目だという、昨夜の談義の者たちは、気に入るだろうと、思った。
源氏は、今も、作法通り、打ち解けない夫人であることを、物足りなく思う。
中納言の君は、中務などという、若い女房たちと、冗談を言い、暑さに、部屋着だけになる、源氏は、それを見て、美しいと思い、それを、幸せだと、思った。


おとどりも渡り給ひて、うちとけ給へれば、御凡帳へだてておはしまして、御物語聞え給ふを、源氏「あつきに」と苦み給へば、人々わらふ。源氏「あなかま」とて、脇息に寄りおはす。いと安らかなる御ふるまいなりや。


大臣も、娘の方へ出て来た。
部屋着になっているので、凡帳を隔てた席に着こうとするので、「暑いのに」と源氏が顔を、しかめると、女房たちが、笑った。
「静かに」と、脇息に、寄りかかった様子に、品の良さが伺える。

人間描写が、もののあわれ、である。
文芸的センスに溢れる。

源氏の立ち居振る舞いが、状況にて、自ずと知られるように、描かれるのである。

大和言葉による、風情というものもある。
言葉にも、雅というものがある。
この、雅の中に隠す、あはれ、という、心象風景は、源氏という人物を通して、自然と、沁みてくるのである。

文中では、もののあはれ、とは、文の嗜みなどを、言う。
生活の中に、息づく、歌心である。
それが、いつしか、人の心の、有り様となって、静かに、もののあはれ、というものを、成長させるのである。

歌道とは、和芸の大元である。
文学というものに、まだ、目覚める前の、原始の状態である。
文の学びはあるが、体系としての、文学という意識は、まだ、希薄である。しかし、私がいうのは、明治期に、西洋の文学を取り入れて、文学として、意識したものとは、違う。

和芸としての、文学、つまり、文習いである。

漢籍を、学ぶことで、文というものを、それに、合わせて、学んだが、歌を詠むのは、漢籍を能くする者も、大和言葉による。

源氏物語は、分岐点でもあった。
歌道への、道と、文芸への、道と、まさに、今、生まれでようとしていた。
だが、文芸の中にも歌道は、しっかりと、取り込まれているのである。

歌道無くして、文芸は無いのである。
歌は道であるが、文は、芸の道として、新たに、生まれ出るである。

もののあわれについて240

守、「にはかに」と、わぶれど、人も聞き入れず。寝殿のひんがしおもて払ひあけさせて、かりそめの御しつらひしたり。水の音ばへなど、さるかたにをかしくなしたり。いなか家だつ柴垣して、前栽など心とめて植えたり。風すずしくて、そこはかとなきき虫のこえごえ聞え、蛍しげく飛びまがひて、をかしき程なり。

紀伊の守が、急なことと、言うのを、他の家来は、耳に入れないで、寝殿の東の座敷を、掃除させ、主人に提供した。
宿泊の準備が出来たのだ。
庭に通した、もずの流れなど、地方官級の家としては、凝っている。
わざと、田舎の家らしく、柴垣などがあり、庭の植え込みも、よくできている。
涼しい風が、吹き、どこからともなく、虫の音が聞こえ、蛍が、多く飛んで、たいそう、面白いものである。

人々渡殿より出でたる泉にのぞき居て酒のむ。あるじもさかな求むと、こゆるぎのいそぎありくほど、君はのどやかにながめ給ひて、「かの中の品にとりいでて言ひし、このなみならむかし」と、おぼしいづ。

源氏の、従者たちは、渡殿の下をくぐる水の流れを、眺めて、酒を飲んでいる。
紀伊守が、主人を待遇するために、奔走しているとき、一人でいた、源氏は、家の中を眺めて、前夜の話にでた、中の品に入る家であろうと、その話を、思い出しいてた。

思ひあがれる気色に、聞き給へる女なれば、ゆかしく、耳とどめ給へるに、この西おもてにぞ、人のけはいする。きぬの音なひ、はらはらとして、若き声ども憎からず。さすがにしのびて笑ひなどするけはひ、ことさらびたり。

思い上がった娘だと評判の、伊予の守の娘、すなわち紀伊守の妹であるから、源氏は、はしめから、それに興味を持っていた。
どのあたりの、座敷にいるのであろうと、物音に、耳を立てていた。
この西に続いた部屋で、女の絹ずれが、聞こえ、若々しい、なまめかしい声で、しかも、さすがに、声をひそめて、物を言うのに気がついた。
わざとらしいが、悪い気はしなかった。

格子をあげたりけれど、守、「心なし」と、むづかりて、おろしつれば、火ともしたるすきかげ、障子の紙よりもりたるに、やをら寄り給ひて、「見ゆや」と居たるなるべし、うちささめき言ふ事どもを聞き給へば、我が御うへなるべし。

はじめは、縁の格子が、上げたままになっているのを、紀伊の守が、不用意だと、叱って、今は、戸が下ろされている。
その部屋の、火影が、唐紙の隙間から、赤く、こちらに射していた。
源氏は、静かに、そこに行き、中が見えるかと、思ったが、それ程の、隙間はない。
少し聞いていると、低いさざめきは、源氏が、話題にされているらしいのである。


「いといたうまめだちて、まだきにやむこどなきよすが、定まり給へるこそ、さうざうしすめれ。されど、さるべきくまには、よくこそ隠れありき給ふなれ」など言ふにも、おぼす事のみ心にかかり給へば、まづ胸つぶれて、かやうのついでにも、人の言ひもらさむを、聞きつけたらむ時、など、おぼえ給ふ。ことなる
事なれば、聞きさし給ひつ。

「まじめらしく、早く、奥様を、お持ちになったのですから、お寂しいわけですね。ずいぶんと、隠れて、お通うところがあるようです」
源氏は、そんな言葉に、はっとした。
あるまじき恋を、人が知り、こうした噂を、流されたらと、思うのである。
しかし、話は、ただ事ばかりであり、それらを、聞こうとせず、興味が起きなかった。

式部卿の宮の姫君に、あさがほ奉り給ひし歌などを、すこしほほゆがめて語るも聞ゆ。「くつろぎがましく、歌ずんじがちにもあるかな。なほ見劣りはしなむかし」と、おぼす。守いできて、燈籠かけそへ、火あかくかかげなどして、御くだものばかり参れり。

式部卿の宮の、姫君に、朝顔を贈った時の歌など、誰かが、得意そうに語っていた。
行儀悪く、会話の中に、節をつけて、歌を入れたがる人たちだ。
中の品が、おもしろいといっても、自分には、我慢ではないこともあると、思った。
紀伊守が、燈籠の数を増やしたり、座敷の灯りを、更に明るくした。
そして、主人に遠慮しつつ、菓子のみを、献じた。


源氏「とばり帳もいかにぞは。さるかたの心もとなくては、めざましきあるじなるらむ」と宣へば、守「なによけむ、とも、え承らず」と、かしこまりてさぶらふ。はしつかたのおましに、仮なるやうにて大殿籠れば、人々も静まりぬ。

源氏「我が家は、とばり帳をも、掛ければという歌。大君、来ませ婿にせん。そこに気がつかないのでは、主人の手落ちかもしれない」
「通人ではない、主人で、申し訳ありません」
紀伊の守は、縁側で、畏まっている。
源氏は、縁に近い寝床で、仮寝のように、横になっていた。
付き人たちも、もう、寝たようである。

何気ない、一こまの出来事である。

その中に、当時の風習などが、垣間見える。
源氏物語の、楽しさは、そうところでもある。
少し、見方を変えると、別の風景が、広がる。

庭に、水の心ばえなど、さるかたにをかしくなしたり。
庭に水を引いて、その様、涼しげで、風情ある趣である。

いかな家だつ柴垣
雑木の枝を編んだものである。
それを、田舎風という。

庭は、主人や、住む者の、心模様を、表す。

この後、源氏は、女房の部屋に、忍び込むことになる。

その顛末を書くかどうかと、考えている。
また、その後で、その女の弟を、使用人として、召すという。
この子は、小君というが、その小君と、源氏のやり取りが、面白い。

その小君の、姉との、やり取りに、小君を利用するのであるが、小君も、源氏に愛されるという。
勿論、それを、性愛という形にするのではない。
当時の、風習を見るものである。

源氏が、女性遍歴をしたという物語と、ばかりに、解釈されるが、そこには、裏から見ると、同性愛的、行為の多いのに、驚く。
流石に、紫式部である。
密かに、文の中に、忍ばせている。
最も、当たり前のことであるゆえ、当時の人が読めば、何のことはないのである。

2008年07月28日

もののあわれについて241

あるじの子どもをかしげにてあり。わらはなる、殿上のほどに御覧じなれたるもあり。
伊予の介の子もあり。あまたある中に、いとけはひあてはかにて、十二三ばかりなるもあり。

紀伊の守は愛らしい子供を幾人ももっていた。
御所の侍童を勤めている子もいる。
多くの中には、伊予の子もいた。
その中には、上品な、十二三の子もいる。

源氏「いづれかいづれ」など問ひ給ふに、紀伊の守「これは故衛門の督の末の子にて、いとかなしくし侍りけるを、をさなき程におくれ侍りて、姉なる人のよすがに、かくて侍るなり。才なども付き侍りぬべく、けしうは侍らぬを、殿上なども思う給へかけながら、すがすがしうはえ交らい侍らざめる」と申す。

源氏は、どれが、弟で、どれが、子供かと、問う。
紀伊の守は、ただ今通りましたのは、亡くなりました、衛門の督 えもんのかみ、の末の息子で、可愛がられていました。幼き頃、父親に別れ、姉の縁で、ここにいます。将来のためにも、御所の侍童を勤めています。姉の手だけでは、中々、うまくゆきません。


源氏「あはれの事や。この姉君や、真人の後の親」守「さなむ侍る」と申すに、源氏「似げなきおやをもまうけたりけるかな。うへにも聞し召しおきて、宮仕へにいだしたてむと漏らし奏せし、いかになりにけむと、いつぞや宣はせし。世こそ定めなきものなれ」と、いとおよずけ宣ふ。守「不意にかくてものし侍るなり。世の中といふもの、さのみこそ、今も昔も定まりたる事侍らね。なかについても、女の宿世は、浮かびたるなむあはれに侍る」など聞こえさす。

源氏は、あの子の姉さんが、君の、継母なんだと言う。
守は、そうですと、答える。
似つかわしくない、母を持ったものだ。その人のことは、陛下もお聞きになっていた。宮仕えに出したいと、衛門が申していたが、その娘は、どうなったのかと、いつか、お言葉があった。人生は、どうなるのか、解らない。と、源氏が言う。
不意に、そうなったのです。人というものは、今も昔も、意外な顛末を送るようです。その中でも、女の、運命は、実に、儚いものでございます。と、紀伊の守が、言う。

ここに、紫式部の、女に対する、考え方が見て取れる。
女の宿世は、浮かびたるなむあはれに侍る

宿世、すくせ
運命、定めと、訳すか。
宿業とも、言う。

女は、持って生まれて、浮かびたるなむあはれ、なのである。
関わる男によって、その人生が翻弄されるのは、今も昔も、変わらない。ただし、現代は、女は、女の道を、生きることができる。
要するに、主体的に、生きることができるのである。
戦後、ようやく、そのように女も、生き方を、決めることが出来るようになった。実に、長い間、女は、男の人生に翻弄された。

この世は、男の世であった。
勿論、そんな世の中でも、自由奔放に生きる女もいたには、いたが、少ない。
それてとて、当時は、和泉式部の程度である。

女の人生に、あはれ、という言葉を、用いる。
女の人生は、あはれ、である。
しかし、別の見方をすると、男の人生も、あはれ、である。

男と女の、区別による、それぞれの、あはれ、というものを、生きていると、当時は、考えた。

好色とは、恋愛であるが、恋愛は、セックスである。当然、子供が、生まれる。
当時は、女の実家で、子育てが、行われた。
男が、父親の意識を、強く持つには、それ相当の、思い入れがなければならないのである。

あはれ、の前に、浮かびたるなむ、と言う。
浮かびたるなむ
風に翻弄される、木の葉のような、情景である。

この、あはれ、という言葉の原型を、求めて、源氏物語を旅する。


源氏「伊予の介はかしづくや。君と思ふらなむ」守「いかがは。わたくしの主とこそは思ひ侍らずなむ」と申す。源氏「さりとも、真人たちの、つきづきしく今めきたらむに、おろしたてむやは。かの介はいとよしありて、気色ばめるをや」など、物語りし給ひて、源氏「いづかたにぞ」守「皆下屋におろし侍りぬるを、えやまかりおりあへざらむ」と聞ゆ。酔いすすみて、皆人々すのこに臥しつつ、静まりぬ。

源氏は、伊予介は、大事にするだろう。主君のように、思うだろう、と言う。
介は、いかがは、と言う。さて、どうなのか、という。
私生活の主です。好色すぎると、私をはじめ、兄弟たちが、苦々しく思います、と言う。
源氏は、君などの、良い男に、伊予介は、譲らないだろう。あれは、年を取っても、風格があり、立派だ。など、話し合うのである。
源氏は、その人は、どちらにいるのかと、問う。
皆、下屋の方へ、やってしまいましたが、少しは、残っています。と、介が言う。
深く酔った、家臣たちは、皆、夏の夜を、板敷きで、仮寝をしていた。
源氏は、眠られないで、過ごす。

伊予の子が、紀伊の守である。
当時の、親子関係、女性関係は、複雑である。
父親の女と、息子が、交わることもある。
それを、明確にすると、罪の意識が生まれた。

眠られぬ源氏は、この後、その娘、女のいるであろう、部屋に向かう。

紫の、筆は、女心の、微妙繊細な、心境を、描き出す。

源氏と、女の、やり取りの中に、もののあわれ、というものを、観たのが、本居宣長である。
私は、それを、省略して、先に続ける。

あくまでも、風景描写、自然描写にある、もののあわれ、というものを、観ることにする。

その、人間の有様も、風景描写であるのは、当然である。
特に、会話の中に、当時の、人の心の様が、描かれているのである。

君は、とけても寝られ給はず。いたづらぶしとおぼさるるに御目さめて・・・

いたづらぶしとおぼさるるに
源氏が、眠られないのは、いたづらぶし、ゆえである。
それを、何と訳するのか。
一人寝を、寂しく思う時、男は、性の孤独を知る。
そして、その孤独を、埋めるごとくに、共寝をする相手を、探す。
それを、色好み、恋という。

いよいよ、源氏の、女遍歴が、はじまる。
人妻の、空蝉との、関係である。
しかし、二度目から、拒まれる。

紫式部の、本領発揮が、徐々にはじまる。

通常の、研究では、平安期の、色好みにある、物語と、言われるが、私は、全く、別の観方をしている。
紫式部は、勇ましく、物語を書いたのではない。
憂きことの、生きるというものを、見つめて書いたものである。

色好みに、ベールを掛けて、紫が、表現したいものが、何かを、問うてゆく。

2008年07月29日

もののあわれについて242

皆しづまりたるけはひなれば、かけがねを試みに引きあけ給へれば、あなたよりは鎖さざりけり。凡帳を障子口には立てて、火はほのぐらきに、見給へば、唐櫃だつ物ども置きたれば、乱りがましき中を、分け入り給へれば、ただひとり、いとささやかにて臥したり。なまわづらはしけれど、上なるぬ押しやるまで、求めつる人と思へり。

源氏は、女房たちが、皆寝静まった頃に、掛鉄を外して、引いてみると、障子は、開いた。
向こうからは、掛鉄が、かかっていなかったのである。
そこには、凡帳が立ててあり、仄かな灯の灯りで、物が見えた。
衣装の箱などが、乱雑に置かれてある。
源氏は、その中を、分け入り、歩いて行った。
小さく、一人の女が寝ていた。
なまわづらはしけれど
やましく思いつつ、である。
顔を覆った、着物を、源氏が手で引きのける。
女は、先刻呼んだ、女房の中将が来たと思った。

この時、源氏は、十七歳の夏である。

人妻との、関係を持つ瞬間である。

いとささやかにて臥したり
その女に、源氏は、恋を賭ける。

昔の、十七歳は、今の、二十七歳と、思えばよい。

私は、万葉の時に、恋とは、人生、そのものであると、言った。そして、恋とは、そのまま、性であると、言った。
私の言う、セックスは、性器セックスではない。
情の交わり、心の交わり、心身共に、触れ合う交わりである。

和泉式部のセックスは、契りて、と言う。

人と、触れることにより、我にあるもの、我にある、心の様を見いだすのである。
万葉は、そのような時代であり、さらに、紫式部は、それを、もって、物語を書くのである。

人が求めえるものは、人の情けであろう、という。
それ以外に、何を求めるというのだろう。また、求め得られるというのか。

紫式部は、細に渡り微に渡り、恋を描くのである。
性器セックスを、描くのではない。
それは、本居宣長も、そのように読んだ。

恋というものに、まつわる、悲しさともいうべき、人のあはれ、というものを、描くのである。


源氏「中将めしつればなむ。人しれぬ思ひのしるしあるここちして」と宣ふを、ともかくも思ひ分かれず、ものにおそはるるここちして、「や」とおびゆれど、顔にきぬのさはりて、音にもたてず。源氏「うちつけに、深からぬ心のほどと見給ふらむ、ことわりなれど、年ごろ思ひわたる心のうちも、聞え知らせむとてなむ。かかる折りを待ちいでたるも、「さらに浅くあらじ」と、思ひなし給へ」と、いややはらかに宣ひて、鬼神もあらだつまじきけはいなれば、はしたなく、「ここに人」とも、えののしらず。


源氏は、あなたが、中将を呼んでいらしたから、私の思いが通じたと、思いました、と言いかけた。女は、何者かに、襲われる様子で、驚く。
「や」というつもりなのだが、顔に夜具がかかり、声にならない。
源氏が言う。
うちつけに、深からぬ心のほどと見給ふらむ、ことわりなく
突然のことのように、思われるでしょうが、違います。
前から、あなたを、思っていました。
それを、聞いていただきたいと、この機会を、待っていたのです。
さらに浅くあらじ
深い縁である、というのか。前世の縁というのか。
いずれにせよ、女を、口説くための、言葉である。

未だに、男は、女を口説くのに、深い縁だという。
一度限りの関係でも、である。

源氏は、柔らかい口調で言う。
当然である。女を、口説くのに、無粋な態度ではいけない。
鬼神、神さまでも、この方には、寛大な態度で、接するだろうという、美しさであるという。
知らぬ人が、こんな所へとも、言えないのである。
罵ることが、出来ないのである。

源氏の美しさは、格別である。
美とは、許される存在なのである。

紫式部は、自分の顔を人に見られるのが、事のほか嫌だった。
その歌を、読むと、解る。

その、紫式部が、源氏を、女に勝る美しさと、描いたのは、何故か。

美は、鬼神さえも、黙らせる程の、力があるというのである。
美、というものに、適うモノは無いのである。
紫式部が、源氏の老いさらばえた姿を書くことなく、未完にした、訳である。

紫式部が、追求した、美、というものを、人は、未だに求めて、さ迷うのである。


心地はたわびしく、あるまじき事と思へば、あさましく、女「人たがえにこそ侍るめれ」と言ふも、息のしたりなり。消えまどへる気色、いと心苦しく、らうたげなれば、「をかし」と見給ひて、

女は、情けないと思うのである。
あるまじき事
つまり、そんな、ふしだらなことが、あってはならないのである。

女は、人違いでは、と言う。
それも、息よりも、低い声である。
消え惑える様子の女。
心苦しく、うらたげなれば、とは、可憐な姿か。
兎も角、男心を、曳き付ける様子である。

現代文に、翻訳する者、それぞれである。

男に、寝ているところを、襲われるということ、当時は、当たり前のことである。
更に、それは、一種の喜びともなる。
ただ、しかし、目の前の人は、あまりに、美しい。

源氏「たがふべくもあらぬ心のしるべを、思はずにもおぼめい給ふかな。好きがましきさきには、よに見え奉らじ。思ふ事少し聞ゆべきぞ」とて、いと小さやかなれば、かきいだきて、障子のもと出で給ふにぞ、求めつる中将だつ人、きあひたる。源氏「やや」と宣ふに、あやしくてさぐりよりたるにぞ、いみじくにほいみちて、顔にもくゆりかかるここちするに、思ひよりぬ。あさましう、こはいかなることぞ、と、思ひまどはるれど、聞えむかたなし。


源氏は、違うわけがないではありませんか、と言う。
恋する私の、思いが、充ちて、あなただと思い、来ました。
あなたは、知らぬ顔をされる。
普通の、好色の男がするような、ことはしません。少しだけ、私の心の内を、聞いてくだされば、いいのです。
小柄な女を、かき抱き、障子の前に出て来ると、先ほど、呼ばれていた、中将の女房が、向こうから来た。
「やや」と、源氏が言うと、不思議に思い、探り寄って来た。
その時、源氏の、香を焚きこめた衣服の香りが、顔に吹きかかる。
中将は、これが、誰であるかを、知った。
そして、何事かも、知った。
しかし、どうなることかと、心配するが、何も言えないのである。

この顛末は、実に、巧いのである。
紫式部の筆である。

おろかならず、契り慰め給ふこと、多かるべし。

ありしながらの身にて
男と女の契りの関係である。

性の交わりを、現代文に訳す、作家の多くは、この、紫式部の筆を、再現できずに終わる。
大和言葉である。
そのままにして、読むことである。

もののあわれについて243

源氏

つれなきを 恨みもはてぬ 東雲に とりあへぬまで 驚かすらむ
つれなきを うらみもはてぬ しののめに とりあへぬまで おどろかすらむ

女、身のありさまを思ふに、いとつきなくまばゆきここちして、めでたき御もてなしも何ともおぼえず、常はいとすくすくしく、心づきなしと思ひあなづる伊予の方の思ひやられて、夢にや見ゆらむと、そら恐ろしく、つつまし。

身のうさを 嘆くにあかで あくる夜は とり重ねてぞ ねも泣かれける

ことと明かくなれば、障子口まで送り給ふ。内も外も人さわがしければ、ひきたてて別れ給ふほど、心細く、隔つる関、と、見えたり。


この前の文では、源氏が、もう、女と、付き合いが出来ないことを、嘆くというシーンがある。そして、泣くのである。
そして、歌を詠む。

あなたが、取り合ってくれないという、つれなさ。
すでに、夜が明ける。私は、大いに嘆く。

女は、身の有様を、考えて、身分の違う、源氏との関係を、戸惑い、それを、喜ぶことができないでいる。
更に、愛情のもてない、夫の伊予の国を、思い、複雑な気持ち。
この人との付き合いを、続けるという、夢を、一瞬でも、思うことは、恐ろしいことであった。

身の憂さを、嘆くと共に、夜が明ける。
思い出しても、それは、悲しいのである。

次第に、明るくなり、女を、送る源氏である。
奥の方の人も、こちらの、縁の人も、起き出している。

心細く、隔つる関、と、見えたり。

別れの、言葉である。
隔つる関、なのである。
関は、別れの、際である。

越すに越せない、大阪の関、とは、よくいったものだ。

恋は、関によって、隔てられ、峠を越えることによって、成就する。

あなたと越える峠道
いつかいつかと、待ち望み
この日を夢見て生きてきた

と、演歌となる。

四方山話も、昔は、物語すると、言った。
物語は、面白くなければ、いけない。
小説の登場であるが、矢張り、物語である。それも、面白くなければいけない。

悲しくて、面白い。楽しくて、面白い。
この、面白いものとは、もののあわれ、の、一つの心象風景である。


月は有明にて、光をさまれるものから、顔けざやかに見えて、なかなかをかしきあけぼのなり。何心なき空の気色も、ただ見る人から、艶にも、すごくも、見ゆるなりけり。人知れぬ御心には、いと胸いたく、「ことづてやらむよすがだになきを」と、かへりみがちにて、出で給ひぬ。

有明の月とは、夜が明けても、出る月である。
残月ともいう。
朝の光に、すべてのものが、照らされる。
なかなかをかしきあけぼの
不思議な、面白い、夏の朝である。
何心なき空の気色
何心なき、とは、実に、微妙な表現である。言えば、我のみ知る心持である。
それは、身に染む、いや、心身に沁みる、風景である。
更に、言伝さえ、出来ない相手なのである。
その方法が無いという、虚無感。
そして、去って行く。

何心なき空の気色、とは、様々な場面で、私たちは、経験する。
何も、恋ばかりではない。
人と人の関係の中で、それを、感じる場合もあり、物や風景の場合もある。

何かしら、所在無き、心の様。
しかし、深い思いに充ちる。

悲しみが、深ければ深いほど、所在の無い心の様に、なってゆくこともある。
この、何心、とは、何か。
それを、捜し求めて、紫式部は、物語を描くのである。

深い思いを、言葉に出来ない、それが、もののあわれ、の、一つの風景である。

それを、何心と、言う。
正に、残月に、掛ける、残心、ざんしん、である。

残心を、名残とも言う。
名残の雪、名残の月、名残の花、名残の思い。
ありとあらゆるものに、通じるもの、それが、もののあわれ、というものである。

なかなかをかしきあけぼのなり
これを、現代文にするのは、ひじょうに難しい。
だから、私は、原文を読むしかないという。

外国語を、翻訳で読むというものとは、全く別物である。
大和言葉の、その、有様を、読むのである。

艶にも、すごくも、見ゆるなりけり
何を見たのか。
朝の風景である。
その、風景に、託す思いというものを、日本人は、長い間、培ってきたのである。
目の前の風景は、心、そのものであった。

私は、オーストラリアの、アボリジニの、精神を伝え聞いて、仰天した。
今、目の前にある風景、自然は、先祖の夢なのであるという、物の見方である。

先祖の夢が、今、目の前にあると、思いつつ、生活するという、その、民族の精神の高さである。

感動というより、絶句した。

それ、大和心ではないか。
それこそ、大和心ではないか。

先祖の夢が、今、目の前にあるという。その心こそ、大和心、大和魂の、そのものである。

私は、伝承と伝統こそ、守らなければならない、唯一のものと、考える。
私は死ぬ。
しかし、私の思いは、自然に現れる。
素晴らしい。
言葉が無い。
故に、言挙げしない。

2008年08月01日

もののあわれについて244

この程は大殿にのみおはします。なほ、いとかき絶えて思ふらむ事の、いとほしく、御心にかかりて、苦しくおぼしわびて、紀の守を召したり。


この頃は、左大臣家に、源氏はいた。
あれ以来、何も言わないことは、愛しく思われ、女のことを、憐れに思うのである。
それが、心にかかり、苦しくて、紀伊の守を、招いた。


源氏「かのありし中納言の子は、えさせてむや。らうたげに見えしを、身ぢかく使ふ人にせむ。うへにも我たてまつらむ」と宣へば、守「いとかしこき仰せごとに侍るなり。姉なる人に宣ひみむ」と申すも、胸つぶれておぼせど、源氏「その姉君は、朝臣の弟や持たる」守「さも侍らず。この二年ばかりぞ、かくてものし侍れど、親のおきてにたがへりと思ひ嘆きて、心ゆかぬやうになむ聞き給ふる」源氏「あはれの事や。よろしく聞えし人ぞかし。まことによしや」と宣へば、守「けしうは侍らざるべし。もて離れてうとうとしく侍れば、世のたとひにて、むつび侍らず」と申す。


源氏は、このあいだ見た、中納言の子供を、よこしてくれないか。可愛い子だったので、私の元で、使おうと思う。御所へ出すことも、私がしようと、言う。
それは、結構なことです。あの子の姉に相談してみましょうと、守が、答えた。
姉が、引き合いに出されただけで、源氏の胸は、高鳴った。
その、姉は、君の弟を、産んでいるのか、と、源氏は尋ねる。
いや、ありません。二年ほど前から、父の妻になっていますが、亡くなった父親が、望んだ結婚ではなく、不満らしいということです。と、守は、言う。
源氏は、可愛そうに。評判の娘だったようだが、本当に美しいのか、と、尋ねた。
さあ、悪くはないでしょう。年のいった、息子と若い継母は、親しくしないものだと、申します。私は、それに従い、何も、詳しいことは、解りません、と、紀伊の守は、答えた。

何気なく、源氏は、女のことを、守に、聞きだそうとしたのである。


さて、いつかむゆかりありて、この子いて参れり。こまやかにをかしとはなけれど、なまめきたるさまして、あて人と見えたり。召し入れて、いとなつかしく語らひ給ふ。わらはごこちにいとめでたく嬉しと思ふ。

五六日して、紀伊守は、その子を連れて来た。
こまやかにをかしとはなけれど
整った顔というわけではないが
なまめきたるさまして
艶な風情を備えた
あて人と見えたり
貴族の子らしい雰囲気である。

源氏は、傍に呼び、親しく話しかけた。
童心地に、源氏に、相手にされるのが、嬉しいのである。

いとなつかしく語らひ給ふ
大変、懐かしいように、話すというが、それを、懐かしいと、言う。
一つの、愛情表現である。

この子を、手元に、置くのは、その姉との、関係を持つためである。

源氏は、その子に、姉のことも、詳しく聞いている。
そして、早速、姉に手紙を持たせるのである。

みし夢を あふ夜ありやと 嘆くまに 目さへあはでぞ 頃もへにける
ぬる夜なければ

と、書く。

ぬる夜なければ
眠られない日々が続き、夢も見られないという。

夢で、逢うことを願うが、眠られずに、夢で逢うことも出来ず、嘆いている、この頃です。

めもおよばぬ御かきじまも、きりふたがりて、心えぬ宿世うち添へりける身を思ひ続けて、臥し給へり。

目もくらむほどの、美しい文字である。
涙で、目が曇り、何も読めなくなって、苦しい思いが、満ちる。この世の、運命を思い、臥すのである。

またの日、小君召したれば、参るとて、御返り請ふ。女「かかる御ふみ見るべき人もなしと聞えよ」と宣へば、うちえみて、小君「たがふべくも宣はざりしものを、いかがさは申さむ」と言ふに、心やましく、「残りなく宣はせ知らせてける」と思ふに、つらきこと限りなし。女「いで、およずけたる事は言はぬぞよき。さば、な参り給ひそ」と、むつかられて、小君「召すにはいかでか」とて参りぬ。

翌日、源氏から、小君、こきみ、が召された。
出掛ける時、小君は、姉に、返事を欲しいと言う。
あのような、お手紙をいただくような人は、いませんと、申し上げればよい、と女は言う。
間違いなくと、申されたのに、そんなお返事は出来ない、と小君が言う。

心やましく
疾しいのである。
残りなく宣はせ知らせてける
きっと、小君は、すべてを聞いているのであろうと、想像するのである。
つらきこと限りなし
そう思うと、源氏を、恨めしく思うのである。

そんなことを言うものではありません。大人が言うようなことを、子供が、言っては、いけない。お断りが、出来なければ、お屋敷に、行かなければいい、と、無理なことを、女は言う。
御呼びがかかったので、伺わないわけにはいかない、と、小君が言う。


君、召し寄せて、源氏「きのふ待ち暮らししを、なほ、あひ思ふまじきなめり」と、怨じ給へば、顔うち赤らめて居たり。「いづら」と、宣ふに、しかじかと申すに、源氏「いふかひなの事や、あさまし」とて、又も賜へり。

昨日も、一日待っていたのに、出て来なかったね。私だけが、お前を愛している。それなのに、冷淡だ、と、源氏が小君に言うと、小君は、顔を赤らめた。

お前は、姉さんに、頼む力がないのだ。返事をくれないとは。
そして、再び、文を、小君に、渡す。

この段で、私が、注目するのは、女との、橋渡しをする、小君という、少年に対する、源氏の思いである。

小君を、あこ、と呼ぶのである。
つまり、あこ、とは、我の子供という意味である。
それも、特に親しく思う、呼び方である。

この子をまつはし給ひて、うちにもいて参りなどし給ふ。わがみくしげ殿に宣ひて、装束などもせさせ、まことおやめきて扱ひ給ふ。

いつも、傍に置いて、御所へも、連れてゆくのである。
小君の、衣服を作り、親らしく、世話をしている。

源氏は、小君も、愛しているのである。
それは、女の、橋渡しだけではない。

ここに、今までの、源氏物語の、解釈の、不明を見るのである。
源氏は、女たらし、女好き、色好みの、最たる者としての、解釈である。

私は、違うと、言う。
当時は、もっと、性というものが、曖昧であった。
ここで、男性同性愛を言うのではない。

美しきもの、なまめきたるさま、それは、愛するものなのである。

ここで、訳を、愛するという言葉は、相応しくない。

あひ思ふまじきなめり
相思う交わりの関係である。

室町期になると、それが、明確に表現される。
世阿弥などは、将軍に寵愛された。勿論、当時の、能役者の、美少年は、皆、将軍と関係を、持っている。性的関係である。

それを、男性同性愛という、ひとくくりにすると、誤る。

美しいものは、あひ思ふまじきなめり、なのである。

島原の乱の状況を、書いた宣教師は、日本の武士が、女よりも、少年を性的対称にしている様を、驚愕を持って書いている。

男色とか、男に体を売る者を、陰間ともいう。
しかし、それは、微妙に違うのである。

これは、井原西鶴になると、もっと、明確になる。
色というものは、男も女も、知って、はじめて、解るものであるとするのである。

色好みとは、何か。
再度、考察する必要がある。

性別の、云々ではない。

隠棲する者たちも、少年と共に、あった。
何故か。

これを、見落とせば、色好みを、誤る。

源氏の女との、やり取りから、もののあわれ、というものを、観た、本居宣長の、一つの、欠陥は、それである。

紫式部は、美しきものということを、最重要課題にしている。

この、長い物語にある、もののあわれ、というもの、複合的、様々な要因によって、成り立っている。

私が、風景や、自然描写から、もののあわれ、というものを、観るというのは、それらも、含めてのことである。
風景、自然描写が、いかに、美しく描かれているか。

それは、人間の様を描く以上に、美しいのである。

もののあわれについて245

御ふみは常にあり。されど、この子もいとをさなし、心よりほかに散りもせば、「めでたき事もわが身からこそ」と思ひて、うちとけたる御いらへも聞えず。「ほのかなりし御けはひありさまは、げになべてにやは」と、思ひ出で聞えぬにはあらねど、「をかしきさまを見え奉りても、何かはなるべき」など、思ひかへすなりけり。

源氏からの文は、常にあった。されど、弟は子供である。もし、それを、落とすようなことがあれば、不運な自分は、また、さらに、不運に陥る。
それでは、あまりに、惨めであると、思う。
しかし、仄かに見た、美しい源氏の姿は、忘れられるものではない。
だが、恋は、同じ立場であるから、よいのであり、源氏の相手になるという、それは、無理なことである。
をかしきさまを見え奉りても
こちらの気持ちを知らせても
げになべてにやは
どうなることでもない、のである。
思ひかへすなりけり
反省するのである。


君は、おぼし怠る時のまもなく、心苦しくも恋しくもおぼしいづ。かろがろしくはひまぎれ立ち寄り給はむも、「人目しげからむ所に、びんなきふるまひやあらはれむ」と、「人のためにもいとほしく」とおぼしわづらふ。

それでは、源氏の方は、
君は、しばらくの間も、その人が忘れられないのである。
更に、気の毒にも思える。
恋しくも、思う。
かろがろしくはひまぎれ立ち寄り
自分がした行為に、女が、苦しんだ様子が、忘れられない。
人目の多い家であるから、忍んで会いに行くことは、出来ない。
自分のためにも、女のためにも、それは、出来ないことだ。

おぼしわづらふ
煩悶するのである。

しかし、源氏は、方角の障りになる日を、選んで、御所より、不意に気付いたように、紀伊の家に立ち寄るのである。

それは、あらかじめ、小君に、話てあることだった。

この巻の後半である。

小君を使い、手はずを整えていたが、結局

君は、いかにたばかりなさむと、まだ幼きをうしろめたく、待ち臥し給へるに、不用なるよしを聞ゆれば、あさましく、めづらかなりける心のほどを、「身もいと恥づかしくこそなりぬれ」と、いといとほしき御気色なり。とばかり物も宣はず。いたくうめきてて、憂しとおぼしたり。


源氏は、どのように、計らってくるのかと、頼みにするものが、少年であることが、気がかりであったが、寝ているところに、小君が、やってきて、駄目であることを、告げた。

あさましく、めづらかなりける心のほどを
女の、浅ましいほどの、冷淡な態度を、知り、私は、自分が、恥ずかしくてならないと、言った。
いといとほしき
気の毒に様子である。
暫く、物も言わないのである。
そうして、苦しげに、吐息をして、女を恨んだ。


源氏

ははき木の 心を知らで 園原の 道にあやなく まどひぬるかな

聞えむかたこそなけれ」と、宣へり。女も、さすがに、まどろまざりければ、

数ならぬ 伏屋におふる 名のうさに あるにもあらず 消ゆるははき木

と聞えたり。


ははきぎの こころをしらで そのはらの みちにあやなく まどひぬるかな

ははきぎの心を知らずに、園原の、道に誤り、戸惑いつついる、のである。

深読みすると、恋に迷い迷いして、その心の深みに、陥っているのである。

今夜の、この気持ちを、どう言っていのか、解らないと、源氏は、小君に言うのである。

女の方も、眠れずに、悶えている。

かずならぬ ふせやにおふる なのうさに あるにもあらず きゆるははきぎ

伏屋とは、地名である。
源氏は、その伏屋の森に、生える、ははきぎのように、居るにも、関わらず、逢ってくれないという。
女は、確かに、居ますよ。でも、その、ははきぎは、消えてしまいました。と、答える。

伏屋という、森に生えることの、憂さに、である。
この世は、憂き世と、観た、紫式部の心境を、そのままに、表す。

聞えたり、とは、それを、小君に、言わせたのである。


小君、いといとほしさに、ねぶたくもあらでまどひありくを、「人あやしと見るらむ」と、わび給ふ。

小君が、源氏のために、眠たいであろうに、行き来している様を、女は、人が怪しまないかと、危惧している。


例の、人々はいぎたなきに、ひと所すずろにすさまじくおぼし続けらるれど、人に似ぬ心ざまの、なほ消えず立ちのぼれりけるとねたく、「かかるにつけてこそ心もとまれ」と、かつはおぼしながら、めざましくつらければ、「さはれ」と、おぼせども、さもおぼしはつまじく、源氏「隠れたらむ所に、なほいていけ」と宣へど、小君「いとむつかしげにさしこめられて、人あまた侍るめれば、かしこげに」と、聞ゆ。いとほしと思へり。源氏「よし。あこだにな捨てそ」と宣ひて、御かたはらに臥せ給へり。若くなつかしき御ありさまを、うれしくめでたしと思ひたれば、つれなき人よりは、なかなかあはれにおぼさる、とぞ。


いつもの、従者たちは、酔って眠っている。
源氏は、眠られないでいる。
普通の女とは、違う、意思の強い人が、益々と、恨めしくなるのである。

さはれ
さはあれ、という。こうなっては、しかたがない。
そう思うが、また少しすると、恋しさが、募るのである。

「隠れている場所に、私を連れて行ってくれないか」と、源氏は、小君に言う。
「なかなか、開かない戸締りがしてあり、多くの女房たちもいます。そんなところに行かれるのは、もったいないことです」と、小君が言う。
小君は、源氏を、気の毒だと思うのである。

よし。あこだにな捨てそ
もういい。お前だけでも、私を・・・
源氏は、小君を、傍に寝させた。
若く美しい、源氏の横に、寝るということに、小君は、うれしくめでたし、と、思うのである。
それが、源氏にも、伝わる。

源氏は、小君を、なかなかあはれにおぼさる、と、思うのである。

最後の、とぞ、とは、ある人が語ったことだという意味である。

そのように、私は聞いたと、描くのである。

源氏が、小君を愛し始めていることが、解る。
この、小君の、存在が、私は、非常に重要に、思える。
女遍歴の影に、小君が、いつもいるのである。

なかなかあはれにおぼさる
無情な女より、可愛いと、訳す者もいる。

あはれにおぼさる
これ、愛情である。
体の関係がない、情の交わりを、友情などという。
しかし、それで、済ませることは、出来ない。

これについても、追々に、見つめてみる。

2008年08月02日

もののあわれについて246

空蝉

寝られ給はぬままには、源氏「われはかく人に憎まれて慣らはぬを、こよひなむ、始めて憂しと世を思ひ知れば、恥づかしうて、ながらふまじうこそ思ひなりぬれ」など宣へば、涙をさへこぼして臥したり。いとらうたしとおぼす。

書き出しである。

小君を、横に寝せて、言うのである。

眠られないものだから、私は、こんなに、人に嫌われたことはない。今夜という今夜は、本当に、世の中が、嫌になった。人に合わせる顔もないし、生きていることも、嫌になったと、言う。
小君は、涙を流して聞いている。
なんと、可愛いのだろうかと、源氏は、小君を見つめる。


手さぐりの細く小さきほど、髪のいと長からざりしけはひのさま、かよひたるも、思ひなしにや、あはれなり。あながちにかかづらひたどりよらむも、人わろかるべく、まめやかにめざまし、と、思し明かしつつ、例のやうにも宣ひまつはさず、夜ふかう出で給へば、この子は、いといとほしく、さうざうし、と思ふ。

手触りが、ほっそりとしていて、小柄なところ、髪があまり長くないところなど、似ている。気のせいか、心が動く。
無理やり、追いかけて行っても、外聞が悪い。
心から、酷い人だと、思いつつ、夜を明かした。
いつものように、あれこれと、言わず、夜の闇のうちに、出たので、この子は、お気の毒に思い、物足りない気持ちである。

源氏が、小君を見て思うのである。
女と、似ているところを、である。

思ひなしにや、あはれなり
動揺して、気が、心が動くのである。
あはれ、という、情景は、心の様であり、様々な、思いの深い様を言う。

小君を、見て、女を思い出し、あはれ、と思う、

ここでも、また、あはれ、という言葉の、新しい意味合いが、理解できる。


女も、「なみなみならずかたはらいたし」と思ふに、御消息も絶えてなし。「おぼこしにける」と思ふにも、「やがてつれなくてやみ給ひなしかば、うからまし。しひていとほしき御ふるまひの絶えざらむも、うたてあるべし。よき程にて、かくてとぢめてむ」と思ふものから、ただならずながめがちなり。

女も、たまらない思いで、一杯であるが、お手紙も無いのである。
お懲りになったのだと、思うが、こままま、音沙汰無しで、終わりになったのなら、辛いことだと、思う。
だが、無理な、たまらないようなことが、続けば、これも、嫌なことだと、思う。
でも、こんなところで、止めにしたいとも、思うが、やりきれなくて、思い乱れるのである。

女の矛盾である。

なみなみならず かたはらいたし
思いで、溢れる心の様である。


君は、「心づきなし」と、おぼしながら、かくてはえやむまじう、御心にかかり、人わろく思ほしわびて、小君に、源氏「いとつらうもうれたうもおぼゆるに、しひて思ひ返せど、心にしも従はず苦しきを、さりぬべき折り見て、体面すべくたばかれ」と、宣ひわたれば、わづらはしけれど、かかる方にても宣ひまつはすは嬉しうおぼえけり。幼きここちに、「いかならむ折り」と、待ちわたるに、紀の守、国に下りなどして、女どちのどやかなるゆふやみの道たどたどしげなる紛れに、わが車にて、いてた奉る。

源氏は、いまいましいと、思いつつ、このままでは、気持ちが治まらないのである。女を忘れられないのである。
顔向けできないと、思い。
小君に、大変、辛いので、無理にでも、忘れようと思うが、駄目だ。
よい機会があれば、もう一度逢えるようにしてくれ、と、言うのである。
それを聞いて、小君は、困りつつも、そんなことで、何かと言われることが、嬉しいので、
幼心に、どういう時に、連れて行こうかと、考える。
紀伊の守が、任地に下る時なら、女房たちが、気楽にしているだろうから、そんな日に、道もはっきりしない、夕暮れ時、自分の車で、お連れしようと、思うのである。

源氏が、作者の言う、おさなきもの、に、ここまで、言うのである。
本来なら、見苦しいことである、が、言うのである。

勿論、源氏も、幼いと言えば、恋には、幼いのである。
一度、思い込むと、のめり込む気持ちは、幼い証拠である。

小君が、源氏の気持ちを、汲んで、一生懸命に、その機会を、考えるということろに、私は、もののあわれ、を、感じるのである。


「この子も幼きを、いかならむ」と、おぼせど、さのみもえおぼしのどむまじかりければ、さりげなき姿にて、「門など鎖さぬさきに」と、急ぎおはす。人見ぬ方より引き入れて、おろし奉る。わらはなれば、とのい人なども、ことに見いれ、追従せず、心やすし。ひんがしの妻戸に立て奉りて、われは南のすみのまより、格子にたたきののしりて、入りぬ。


この子も、小さいことであるし、大丈夫かと心配するのであるが、我慢が出来そうに無いので、目立たない服装で、門など締めないうちにと、急いで、出掛けるのである。
人の見ない方から、車を引き入れて、お下ろし申し上げる。
子供なので、宿直の者などは、格別構いもせずに、愛想もなく、気が楽である。
小君は、車を、東の妻戸に入れて、自分は、南の隅の間から、格子をたたき、騒いで入った。

源氏を、目立たせなくするために、小君は、人の気を引くために、騒ぎ入るのである。

この後は、女房たちの、様子が、描かれる。

その、有様が、当時の風景である。
紫式部の、得意とする、筆使いである。

それにしても、小君を、何度も、幼き者、と、断りを入れるのである。
しかし、その、幼き者の、行動は、実に、いじらしいほどの、活躍である。
源氏の、忍びを、案内する様は、見事である。

ひんがしの妻戸に立て奉りて、われは南のすみのまより、格子たたきののしりて、入りぬ

源氏を、東の妻戸に、立たせておいて、自分は、南の隅の間から、入るという、考えは、子供のすることか。
周囲の、注目を、自分に集めて、源氏の姿を、悟られないようにしているのである。

私の言葉にすると、大した玉である。
主人の逢引の、手はずを整えるという、凄腕である。

その相手は、自分の姉である。
姉と、源氏を、セックスさせるべくの、働き、天晴れと言うほかは無い。

幼き者と、言うが、十分に、何事かを、知っているのである。
しかし、それを、そ知らぬ振りをして、行動している。

これを、奥床しいと、言う。

道たどたどしげなる紛れに
古今集
夕やみは 道たどだとし 月待ちて 帰れわがせこ そのままにも見む

原歌は、万葉集
道たづたづし 月待ちていませ

古典に、習うのである。
源氏物語の、底辺には、古典がある。

夕闇の、闇の中に、紛れて、道が、たどたどしく、見える夕暮れの時なのである。
物の姿が、朧になりつつある、時刻である。

もののあわれ、は、この、朧気なる薄闇の頃を、善き風景とする。
曖昧微妙は、たゆたう、という言葉で、言われ、それが、更に、もののあわれ、という、心象風景に、行き着く時、それが、大和心と、なるのである。

2008年08月04日

もののあわれについて247

こたち、「あらはなり」と、言ふなり。小君「なぞかう暑きに、この格子はおろされたる」と問へば、「ひるより西の御かたの渡らせ給ひて、碁うたせ給ふ」と言ふ。「さて向かひ居たらむを見ばや」と思ひて、やをらあゆみ出でて、すだれのはざまに入り給ひぬ。この入りつる格子はまだささねば、ひま見ゆるに寄りて、西ざまに見通し給へば、このきはに立てたる屏風、端のかた、おしたたまれたるに、まぎるべき凡帳なども、暑ければにや、うちかけて、いとよく見入れらる。

女房たちが、開け放して、丸見えですという声が聞こえる。
小君は、どうして、こんなに暑いのに、格子を下ろすのですか、と言う。
昼間から、西の御方が、お出で遊ばして、碁をお打ち遊ばして、いらっしやる、と女房が言う。
源氏は、それなら、二人が向かい合っているところを、見ようと思い、ゆっくりと、歩いて、簾の間に、お入りになった。

小君が、入っていった、格子が、まだ上げてあるため、隙間があるので、近寄った。
西の方を、透かして見ると、そこに立ている、屏風は、端の方が、畳まれてある。目隠しの、凡帳も、暑いせいか、帷を上げてあるので、奥が、丸見えである。


燈、近うともしたり。「母屋の中柱にそばめる人や、わが心かくる」と、まづ目とどめ給へば、こき綾のひとへがさねなめり、何にかあらむ、上に着て、頭つき細やかに、小さき人の、ものげなき姿ぞしたる。顔などは、さし向かひたらむ人などにも、わざと見ゆまじうもてなしたり。手つきやせやせにて、いたう引き隠しためり。

燈が、二人の傍に灯してある。
母屋の中柱に、寄り添って横向きに、なっている人が、我が思う人なのかと、目を止める。
濃い紫の、単重ねだろうか。
ひとへがさね
着物の裏地の無いものである。それを、上着に着る。

何か、よく解らないが、上に着て、頭の形は、ほっそりとして、小柄な人が、見栄えのしない感じである。
顔は、向かい合う人にも、見えないようにしている。
手つきも、痩せていて、それを、袖で、隠すようにしている。

こうして、源氏は、いつもは、見られない、女房たちの、姿を、色々と見ることが、出来た。
その有様を書く、紫の筆が、冴える。

優雅な、貴族の生活の様を、表現する。
しかし、実に、細かなことまで、書き続けている。

そして

見給ふ限りの人は、うちとけたるよなく、ひきつくろひそばめたるうはべをのみこそ見給へ、かくうちとけたる人のありさま、かいま見などは、まだし給はざりつる事なれば、何心ねなうさやかなるはいとほしながら、久しう見給はまほしきに、小君いでくるここちすれば、やをら出で給ひぬ。

知っている限りの女の姿は、皆、くつろぐことなく、気取っている。
まともに、顔を、見せずに、そんなよそ行きの、顔ばかりを、見ていたので、こんなに、くつろいだ所を、垣間見るとは、はじめてのことである。
気もつかず、見られている女たちは、気の毒である。
もっと、見ていたいが、小君が、出て来ると、いけないので、外へそっと抜けた。

普段のままの、女房たちの、素顔を見たのである。
女房たちの、普段の姿である。

実に、興味深いものだったのである。

何心もなう さやかなるは いとほしながら
素のままの姿である。
その、さやかなるは
くつろいだ姿である。
いとほしながら
可愛らしくもあり、である。

覗き見の、楽しさを知った源氏である。
それもこれも、小君の、御蔭である。

どちらが、子供か、分からないような、次の文である。

わたどのの戸ぐちに寄りい給へり。「いとかたじけなし」と思ひて、小君「例ならぬ人侍りて、え近うも寄り侍らず」源氏「さて今宵もや帰してむとする。いとあさましう、からうこそあべけれ」と宣へば、小君「などてか。あなたに帰り侍りなば、たばかり侍りなむ」と聞ゆ。「さもなびかしつべき気色にこそはあらめ。わらはなれど、物の心ばへ人の気色見つべく、静まれるを」と、おぼすなりけり。

源氏は、渡殿の戸口に、よりかかって、いらっしゃる。
こんな所に、恐れ多いと、小君は、珍しい客が来ていまして、傍にも、寄れませんと言うと、このまま、今夜も、帰そうとするのか。あまりに、酷いことだと、源氏が言う。
とんでもありません、客が、帰りましたら、何とか、工夫しますと、答える。
計画通りに、行きそうなのだろう。子供ではあるが、事情を察して、人の顔色も、読めるほど、落ち着いていると、源氏は、小君を、評価するのである。


などてか。あなたに帰り侍りなば、たばかり侍りなむ
子供であろうか。

どうして、あなたを、帰しましょうか。帰しません。
帰さないように、してみせます。そんな、気持ちである。

そして、何とか、女の元に行くことが出来るのであるが、女に、察せられて、逃げられ、別の女に、出会うのである。


女はさこそ忘れ給ふを嬉しきに思ひなせど、あやしく夢のやうなる事を心に離るる折りなき頃にて、心とけたるいだに寝られずなむ、昼はながめ、よるは寝ざめがちなれば、春ならぬこのめもいとなく嘆かしきに、碁うちつる君、「こよひはこなたに」と、今めかしくうち語らひて寝にけり。

女は、源氏が諦めてくれたことを、嬉しいと思おうとするが、怪しい夢のような、思い出が、忘れられない、この頃になっていた。
心から、眠ることができず、昼は物思い、夜は、寝覚めがちで、春ではないが、木の芽が成長して、休まることのないような、心境なのである。
碁を打った相手の人は、今夜は、こちらに泊めていただきますと、陽気に話して、寝てしまった。

春ならぬこのめもいと嘆かしきに

春ではないが、悩ましい。それは、このめ、木の芽の如くに、湧き上がる思いなのである。
このような、表現は、自然描写と、心模様との、共感である。
春の姿を、そのように、心模様に、見立てる。


若き人は何心なく、いとようまどろみたるべし。かかるけはひのいとかうばしくうちにほふに、顔をもたげたるに、ひとへうちかけたる凡帳のすきまに、暗けれど、うちみじろぎ寄るけはひいとしるし。あさましくおぼえて、ともかくも思ひ分かれず、やをら起き出でて、すずしなるひとへをひとつ着て、すべり出でにけり。

若い人は、屈託なく、寝入ったようです。
すると、何か、気配がする。
衣擦れの音と、共に、かぐわしい匂い。
顔を上げると、単の帷を引き上げてある、凡帳の隙間に、暗いが、にじり寄る影が見える。
呆れ果てた、気持ちで、なんとも分別がつかず、そっと起き出して、すずしの単衣を一枚、羽織、抜け出した。

女は、源氏の影を見て、部屋を抜けた。

ともかくも思ひ分かれず
分別がつかないのである。

すずし
絹の意味。

かかるけはひの いとかうばしく うちにほう

うちみじろぎ寄るけはひ いとしるし

その気配の、香ばしく、薫る匂いである。
静かに、忍んで来る気配である。

非常に面白いのである。
いとおかしき、表現である。

2008年08月05日

もののあわれについて248

君は入り給ひて、ただひとり臥したるを、心安くおぼす。ゆかのしもに二人ばかりぞ臥したる。きぬをおしやりて寄り給へるに、ありしけはひよりは、ものものしくおぼゆれど、思ほしも寄らずかし。いぎたなきさまなどぞ、あやしく変はりて、やうやう見あらはし給ひて、あさましく心やましけれど、「人たがへ、と、たどりて見えむも、をこがましく、「あやし」と思ふべし、ほいの人を尋ね寄らむも、かばかりのがるる心あめれば、かひなう、をこにこそ思はめ」と、おぼす。かのをかしかりつるほかげならば、いかがせむにおぼしなるも、わろき御心浅さなめりかし。

君は、入っていらして、女が一人だけで、寝ているので、ホッとする。
一段下の庇の間に、女房が二人ばかり、寝ている。
衣を押しのけて、お寄りになったが、この間よりは、大柄のようだと、思われる。
しかし、気付くことがなかった。
ぐっすりと、寝ている様子は、妙に変わっていて、次第に、気付いてきたのである。
呆れてしまい、情けないと思うが、人違いだと、まごまごしていると、感づかれたりしては、気が利かないことになる。
それに、この女は、変だと思うだろう。
目的の人を、追い回しても、こうまで、逃げるというなら、望みは、叶わない。馬鹿にされるだけだと、思う。
あの、火影で見た、可愛らしい人なら、それでもいいと思うが、それは、けしからぬ、分別であろう。

最後の
わろき御心浅さなめりかし
とは、作者の言葉である。源氏を、評している。
けしからん、ことだと言う。

女に逃げられて、別の女だと、気付いたのである。
源氏が、焦る。
しかし、もし、人違いでも、火影で見た、可愛い人ならば、それでも、いいかと、思う。

凄まじき、好色の様である。
とは、言うものの、面白い話である。

面白いので、続ける。

やうやう目さめて、いとおぼえずあさましきに、あきれたる気色にて、なにの心ふかくいとほしき用意もなし。世の中をまた思ひしらぬ程よりは、ざればみたるかたにて、あえかにも思ひまどはず。「われとも知らせじ」とおぼせど、いかにしてかかる事ぞと、のちに思ひめぐらさむも、わがためにはことにもあらねど、あのつらき人の、あながちに名をつつむも、さすがにいとほしければ、たびたびの御かたたがへにことづけ給ひしさまを、とうよう言ひなし給ふ。

女は、次第に目が覚めて、事の真相を知る。
思いもよらぬ、事態であるが、心構えもなく、手出しを控えさせる、心づかいものない。
つまり、男女の事を、まだ知らないのである。
おてんばで、ういういしく、うろたえる訳でもない。
我だと、知らせまいと、思ったが、どうして、こんな事が、と、女が後で考えた場合、自分は、構わないが、あの薄情な人が、むやみと、評判を憚るのも、気の毒なので、何度も、方違えを、口実にして、お越しになったのだと、うまく嘘を、つくのである。

なにの心ふかく いとほしき 用意もなし
その行為を、受け入れるような、心づもりも、まだ、出来上がっていない、のである。
それを、拒むことも、知らないという。

源氏も、うろたえだであろうが、何とか、繕って、嘘を言うのである。
その嘘も、目的の人のことを、考えてのこと。

この辺りは、一歩誤れば、エロ小説に堕落するのであるが、見事に、描いている。

読んでいるだけで、恋の楽しさというもの、いいものだと、思う。
恋は性である。
そして、性は生である。

気付いてみたら、人違い。でも、こうなった以上はと、生涯を共にした男も、多いであろう。実に、楽しい。


たどらむ人は心えつべけれど、まだいと若きここちに、さこそさしすぎたるやうなれど、えしも思ひ分かず。憎しとはなけれど、御心とまるべきゆえもなきこころして、なほ、かのうれたき人の心を、いみじくおぼす。

気の回る者なら、気付くはずだか、まだ、若く、さこそさしすぎたる、やうなれど、ある人は、こましゃくれてはいる、と、訳すが、難しい。
風情がなく、とでも訳す。
考えが及ばないのである。

憎いとは、思わないが、さりとて、気に入るところも、見当たらない。
プレイラブが、終わり、熱が醒めると、冷静になり、そんなに好きじゃないと、思うのである。

それよりも、あの、逃げた人のことを、いまいましいと思う。
逃げられると、なお、追い掛けたくなるのである。


「いづくにはまぎれて、かたくなしと思ひ居たらむ。かくしふねき人はありがたきものを」とおぼすにしも、あやにくに紛れ難う思ひでられ給ふ。

何処に隠れて、今頃は、馬鹿な男と、笑っているのただろうと、源氏は、想像する。
こんな、強情な女は、他にあるまいと、思いつつも、なおさら、忘れにくく、胸に浮かんでくるのである。

かくしふねき人は ありがたきものを
執念から出る言葉であるという。
それなのに、ありがたきものを、と言うのである。

ありがたきもの
それは、忘れえぬこと。

この人のなま心なく、若やかなるけはひもあはれなれば、さすがになさけなさけしく契り置かせ給ふ。源氏「人知りたる事よりも、かやうなるは、あはれも添ふ事となむ、昔人も言ひける。あひ思ひ給へよ。つつむ事なきにしもあらねば、身ながら心にもえまかすまじくなむありける。又さるべき人々も許されじかし、と、かねて胸いたくなむ。忘れ待ち給へよ」など、なほなほしく語らひ給ふ。


無邪気で、若々しい、この人も、愛しいので、情を込めて、お約束をする。
世間が知っている仲よりも、こういうのは、ずっと嬉しいことだと、昔の人も言いました。
あなたも、私同様に、愛してください。
人目を、憚る訳では、ありませんが、我が身ながら、思うに任せません。
おうちの方々も、お許しがなかろうと思うと、今から、心配です。
忘れず、待っていて、下さい。
もっともらしく言うのである。

天才的、恋心の持ち主であろうか。
やってしまった以上は、好色の男として、捨てることはしない。
好色を貫くのである。
これは、私の解釈である。

一度、契ったからには、恋を続けましょう。
嘘つきのように、思えるが、そうではないと、私は思う。恋は、妄想であるから、より楽しく、楽しんだ方がいい。

なほなほしく語らい給ふ
通り一遍にという意味であるから、男の、常套手段なのであろう。
現代でも、やる時には、今度は、どこそこに行こうだの、次は、何を食べようだのと、言う。更に、結婚まで、ほのめかす男もいる。

源氏物語は、恋遊びの、手引きとして、読んでも、面白い。


娘「人の思ひ侍らむ事の恥づかしきになむ、え聞えさすまじき」と、うらもなく言ふ。源氏「なべて人に知らせばこそあらめ、この小さきうへ人に伝へて聞えむ。けしきなくもとなし給へ」など言ひおきて、彼のぬぎすべしたるとは見ゆる薄衣を取りて出で給ひぬ。

娘は、人がなんと思うやら、恥ずかしいので、とても、お便りを、差し上げられませんと、そのままを、言う。
源氏は、誰彼に言っては、困るが、この小さき殿上人に、言伝を頼もうと、言う。
そして、そ知らぬ振りをしなさいと、言うのである。
かの人が、脱ぎ捨てたと、思われる、薄衣を取って、お出になった。

うらもなく言ふ。
裏表の、裏である。嘘偽りなくである。素直に、そのののままに言うのである。
源氏は、秘密にしておくのだと、言う。
上手に対処する様、生まれつきの恋の名人か。

もののあわれについて249

小君ちかう臥したるを、起こしたまへば、うしろめたう思ひつつ寝ければ、ふとおどろきぬ。戸をやをら押しあくるに、老いたるごちの声にて、「あれはたぞ」と、おどろおどろしく問う。わづらはしくて、小君「まろぞ」と、いらふ。老女「夜中にこはなぞありかせ給ふ」と、さかしがりて、とざまへく。

近くに寝ている、小君をお起こしになると、気にかけて寝ていたので、すぐに、起きた。
妻戸を、そっと開けると、年老いた女房の声で、そこにいるのは、誰と、仰々しく問う。
厄介だと、まろぞ、と、小君が言う。
この夜中に、どうして、お出歩きなさる、と、世話やき顔で、出て来る。

うしろめたう思ひつつ
気にかけて、という気持ちを言うが、源氏物語の、面白さの、一つである。
そして、また

さかしがりて、とざまへく
余計な世話を焼くように、出て来るというのである。

その有様、目に見えるようである。

いと憎くて、小君「あらず。ここもとへ出づるぞ」とて、君を押しいで奉るに、暁ちかき月くまなくさしいでて、ふと人の影みえければ、老女「またはするは誰ぞ」と問ふ。老女「民部のおもとなめり。けしうはあらぬおもとのたちだちかな」と言ふ。たけ高き人の、常に笑はるるを、言ふなりけり。

腹が立って、小君が、何でもない。ちょっと、外へでるだけ、と言い、源氏を押し出すと、暁近い月の光が、照りて、人影が見えた。
すると、老女は、もう一人の方は、誰と問う。
民部さんですね、ほんに見事な背です、と、老女が、勘違いして言う。
背丈が、高いので、いつも笑われている人のことを言う。

おい人、これをつらねてありきけると思ひて、老女「今、ただ今、立ち並び給ひなむ」と言ふ言ふ、われも此の戸よりいでてく。

老女は、小君が、その女房と連れ立っていると、思い、すぐ、すぐです。若君も、同じくらいの背になります、と言い言い、自分も、その戸口から、出て来る。

このような、余計な書き込みが、実に、面白い。
いるいる、こういう、人は、今の時代もいるものである。

わびしけれど、えはたおかしかへさで、渡殿の口にかいそひて、隠れ立ち給へれば、このおもとさし寄りて、老女「おもとは今宵はうへにやさぶらひ給ひつる。おととひより腹を病みて、いとわりなければ、しもに侍りつるを、人ずくななりとて召ししかば、よべまうのぼりしかど、なほ、え堪ふまじくなむ」と、憂ふ。

迷いつつも、押し返すことも出来ず、渡殿の口にもたせて、隠れて立っていられる源氏。
老女は傍に来て、あなたも、今夜は、お上にお控えでしたの。私は、一昨日から、お腹を悪くして、たまらないので、下がっていたのですが、人少ないとということで、お召しがあって、昨夜あがりました。やっぱり、こらえそうもない、と言い、苦しがる。

いらへも聞かで、「あな、腹腹。今聞こえむ」とて過ぎぬるに、からうじて出で給ふ。なほ、かかるありきは、かろがろしくあやふかりけり、と、いよいよおぼし懲りぬべし。

返事も聞かず、老女は、ああ、痛い、痛い。では、また後ほどと、言い捨てて、行ってしまった。
やっとのことで、外へ出た。
やはり、こういう隠れ歩きは、軽はずみなことだ、危険であると、ますます、お懲りになったであろう。

かかるありきは かろがろしくあやふ かりけり

これは、作者の書き込みである。
最後に、懲りたであろうと、言う。
ところが、懲りないから、物語は、続くのである。

事細かくの、情景描写である。
これが、源氏物語の、面白さであろう。

その先を、続ける。

小君御車のしりにて、二条の院におはしましぬ。ありさま宣ひて、源氏「幼かりけり」と、あはめ給ひて、かの人の心を、つまはじきしつつ恨み給ふ。いとほしうて、ものもえ聞えず。源氏「いと深う憎み給ふべかめれば、身も憂く思ひはてぬ。などか、よそにても、なつかしきいらへばりは、し給ふまじき。伊予の介に劣りける身こそ」など、心づきなしと思ひて宣ふ。

小君が、車に、同乗して、二条の院に、お着きあそばした。
有様を話す源氏。
子供で、しょうがない、と、非難するのである。
かの人の心を、爪弾き、しいしい、お恨みなさる。
お気の毒で、慰めの言葉もない、小君。

源氏は、深く嫌っているようだから、我が身まで、厭わしく思う。どうして、逢わずとも、やさしい、返事くらい、くれないのか。伊予の介にも、劣る、この身か、と言う。

心づきなし
面白くない
小君に、当たる源氏である。
子供と言って、おきながら、小君に、当たるという、源氏の幼児性である。

ありつる小チギをさすがに御ぞの下に引き入れて大殿籠れり。小君をおまへに臥せて、よろづに恨み、かつは語らひ給ふ。源氏「あこはらうたけれど、つらきゆかりにこそ、え思ひはつまじけれ」と、まめやかに宣ふを、いとわびしと思ひたり。しばしうちやすみ給へど、寝られ給はず。御すずり急ぎ召して、さしはへたる御ふみにはあらで、たたう紙に手習ひのやうに、書きすさび給ふ。

昨夜の、持ち帰った、小チギ、を、お召し物の下に、引き入れて、お休みになった。
小君を、お傍に、寝かせて、色々と、恨み言を言う。
また、相談するのである。
お前は、可愛いけれど、つれない人の縁つづきだから、とても、長続きしそうもない、と、真顔で、言う。
小君は、それをみて、辛く思う。

暫く、横になっていられたけれど、眠られないようで、硯箱を、急に取り出して、わざわざ、お遣わしになる、手紙としてではなく、懐紙に、筆習いのように、お書き流すのである。

小君に対する、源氏の甘えは、普通ではない。
ここが、また、面白いところである。
お前との関係も、このままだと、長続きしないと言うのである。
幼い人に、言う言葉か。

小君にとって、源氏は、天皇のお子である。
とてつもない、身分の高いお方である。
それに、お仕えするということ自体に、敬意を感じている。
何でも、絶対服従である。

更に、その、身分の低い小君を、源氏は、傍に寝せている。
話の出来るほど、近くに、共に臥すのである。

江戸時代まで、殿様の、子息には、小姓連中がついた。
その関係は、当然、同性愛行為があった。
それは、当たり前すぎて、書くことも無い。
それを、特別視して、書くことになるのは、同性愛行為を、意識してからである。

ここにも、源氏物語の面白さがある。

誰も、書かないので、私が書くことにする。

恋は、男女のものであるが、性は、男女のものだけではない。
更に、同性愛という、恋というものも、意識されるようになると、恋の形相は、また、深くなるのである。

それを、ギリシャの愛の思想との、相違を書いて、理解を、得たいなどとは、思わない。

世界、最初の小説には、何から何まで、書かれてあるのである。

2008年08月06日

もののあわれについて250

源氏

うつせみの 身をかへてける このもとに なほ人がらの なつかしきかな

と書き給へるを、ふところに引き入れて持たり。かの人もいかに思ふらむと、いとほしけれど、かたがた思ほしかへして、御ことづけもなし。かの薄衣は、小チギのいとなつかしき人香にしめるを、身近く慣らして見い給へり。

蝉が抜け出した、木の元で、一枚の衣を残して去った人。
やはり、もぬけの殻ではあるが、人柄が懐かしい。

殻を抜け出した蝉に、譬えて、歌を詠む。
残されたのは、身をかへてける、モノである。
そこに、残る、このもとに、抜け殻に、である。

なほ人がらの
単なる、人柄ではない。
女の、感触である。その、感触が、懐かしいのである。

その書いた歌を、小君が、懐に入れて、持っている。
もう一人の人も、なんと思っているのかと、気の毒ではある。
しかし、色々思い直して、何の言伝もない。
あの、薄衣は、嬉しい人の、移り香が、しみついたものである。小チギ、チギという文字が無いため、仮名にした。衣偏に圭である。
源氏は、傍に置いて、見ておられた。


いとなつかしき人香、ひとが、にしめるを
大変、懐かしい人の香りが、染み付いている。

なつかしい、という言葉は、単なる、過去の思いを、思い起こすのではない。
なつかしく、思うとは、切実に、今を、思うのである。

なつかしくて 耐えられぬような 祈りの道を、つくりたい
八木重吉が、歌う。

心に、叶う心模様である。
なつかしき、モノとは、心から、離れない、温かい思いであり、そして、あはれ、なのである。
あはれ、なつかしきかな、である。

喜怒哀楽、すべてに、あはれ、という言葉がつくのである。
あはれ嬉しき
あはれ怒り
あはれ哀しみ
あはれ楽しき、である。

小君かしこに行きたれば、あね君待ちつけていみじく宣ふ。女「あさましかりしに、とかうまぎらはしても、人の思ひけむ事さり所なきに、いとなむわりなき。ひだりみぎに苦しう思へど、かの御てならひ取り出たり。さすがに、取りて見給ふ。


小君が、家に帰ると、姉君は、待ち構えていて、厳しく叱る。
あさましくて、兎に角、逃げるだけは、逃げました。きっと、疑いが、かけられています。困ります。こんなに、たわいもないお前を、あちら様も、どう思いになっているのか。
どちらからも、叱られ、やりきれなく思う、小君である。
しかし、あの、書きすさびを、取り出した。
怒っても、さすがに、手に取って、御覧になるのである。


「かのもぬけを、いかに伊勢をのあまのしほなれてや」など思ふも、ただならず。いとよろづに思ひ乱れたり。

あの、もぬけのから、を、と思う。どんなに、しめっぽかったかと。
伊勢をのあまの
鈴鹿山 伊勢男のあまの 捨て衣 しほなれたりと 人や見るらむ

伊勢には、男の海女がいる。置き去られた衣は、汗じみでいる、と思うだろう。

その、後撰集の歌を、想定して、伊勢というのである。

いとよろづに思ひ乱れたり
散り散りと、思い乱れるのである。


西の君も、もの恥づかしきここちして、渡り給ひにけり。また知る人もなきことなれば、人しれずうちながめて居たり。小君の渡りありくにつけても、胸のみふたがれど、御せうそこもなし。あさましと、思ひうるかたもなくて、ざれたる心に物あはれなるべし。


西の方の姫も、何やら恥ずかしい気持ちで、帰っていらした。ほかに知る人は無く、一人物思いに、耽る。
小君が、行き来するのを、見ても、気が気でない。
お便りも、ない。
あさましいと、感じる年でもないのである。つまり、事の真相を知らない。男と女のこと。
そして、人違いされたこと、である。
変だと、訳も分からず、お転婆であるが、しょげきっている。

紫の筆、あの、人違いした、娘を、忘れない。

ざれたる心に物あはれなるべし

少し、可愛そうであると、言う。
ものあはれ、なるべし
ものあはれ、という言葉が出る。


つれなき人も、さこそしづむれ、いとあさはかにもあらぬ御気色を、ありしながら我が身ならば、と、とりかへすものならねど、しのびがたければ、この御たたう紙のかたつかたに、

うつせみの はにおく露の こがくれて しのびしのびに ぬるる袖かな

情のない女も、気をしき締めているが、浅くない御心を、思うと、結婚前の、我が身であれば、と、取り返しのつかないことを、嘆くのである。
この、御懐紙の、端に

儚い蝉の、その羽に置く露は、消えてしまうもの。
儚い私は、人目を忍んで、涙の露で、袖を濡らして、います。


空蝉の巻が、終わる。
次第に、物語は、複雑になってゆく。
しかし、その物語の流れには、もののあわれ、というものが、流れている。

作者の目は、何を見つめていたのか。
そして、何を描きたいのか。
何を、目指していたのか。

色好みと、雅に、隠されているもの、それを、もののあわれ、として、私は、見つめ続ける。

物語で、歌われる歌は、作者の歌詠みである。
作者の、心象風景に、存在した歌詠みである。

物語の中の、歌であるから、創作である。しかし、創作を、超えて、誰もが、共感したであろうことは、明白である。
世の中を、そのように、観たのである。

2008年08月07日

もののあわれについて251

夕顔

六条わたりの御忍び歩きのころ、うちよりまかで給ふ中宿りに、大弐の乳母のいたくわづらひて、尼になりにける、とぶらはむとて、五条なる家たづねておはしたり。

六条辺りに、お通いになっていらしたころ、御所から、お出かけのお休みに、大弐の乳母が、重い病気のため、回復祈願のために、尼になっていた。
見舞うために、五条にある、家を探して、お出かけになった。


御車いるべき門はさしたりければ、人して惟光召させて、待たせ給ひける程、むつかしげなるおほぢのさまを見わたし給へるに、この家のかたはらに、檜垣といふ物あたらしうして、上は半蔀四五間ばかりあげわたして、簾などもいと白う涼しげなるに、をかしき額つきのすきかげあまた見えて、のぞく。

お召し車の入る正門が、閉じていたので、従者に惟光をお呼ばせになり、待っている間に、乱雑な、五条大路の様子を、見ていた。
すると、大弐の乳母の家の横に、檜垣というものを、作り、上の方は、半蔀(はじとみ)を、四五間ほど、上げて、簾なども、白く涼しげにしてある、その簾ごしに、中の女たちの、美しい顔の、ほの白い影が、のぞいているのが、いくつも見える。


をかしき 額つきの すきかげ あまた 見えて
美しい顔付きの、白い影が、沢山見える。


立ちさまよふらむ下つ方思ひやるに、あながちに、丈高きここちぞする。いかなる者のつどへならむと、やう変はりて、おぼさる。

動き回る、下半身を想像すると、結構、背の高い感じがする。
どんな、女たちが、集まっているのかと、物珍しく思うのである。

好色な男であるから、当然、興味が湧くというもの。

この巻の時、源氏は、17歳の夏から、十月である。

御車もいたくやつし給へり、さきも追はせ給はず、誰とか知らむ、と、うちと給ひて、少しさしのぞき給へれば、かどは蔀のやうなる、おしあげたる、見入れの程なくものはかなき住まひを、あはれに、「いづこかさして」と思ほしなせば、玉のうてなも同じ事なり。


御車も、質素になさっており、先払いもさせずに、自分が誰かと、解らないと、思いつつ、気を許して、顔を窓から、出して、御覧になるのである。
門は、蔀のような戸を押し上げて、手狭で、小さな住まいである。
可愛そうに思うが、自分にとって、どこが、我が家かと、思えば、玉のような家であると、思う。


切り掛けだつ物に、いと青やかなるかづらの、ここちよげに這ひかかれるに、白き花ぞ、おのれひとりえみの眉ひらけたる。君「をちかた人に物申す」と、ひとりごち給ふを、随身「かの白く咲けるをなむ夕顔と申し侍る。花の名は人めきて、かうあやしき垣根になむ咲き侍りける」と申す。


切り掛けめいたものに、大変青々とした、つる草が、のびやかに、這い回っている。
その蔓に、白い花が、夏の日中、他に花などないのに、我一人と、嬉しげに、咲き誇っている。
そちらの人にお尋ねしたいと、独り言を言う。
すると、御随身が、あの白く咲く花は、夕顔と申します。こんなみすぼらしい、垣根に、咲きます、と、言う。


げにいと小家がちに、むつかしげなるわたりの、このもかのもあやしくうちよろぼひて、むねむねしからぬ軒のつまなどにはひまつはれたるを、君「口をしの花の契りや。ひとふさ折りて参れ」と宣へば、このおしあげたる門に入りて折る。


小さな家々がほとんどで、ごみごみした、この辺りの、あちらこちらに、変によろめて、いる。
しっかりしない、軒の端などに、花が、絡みついている。
君は、悲運な花だ、一房、折っておいで、と言う。
随身が、押し上げた門に入り、花を折る。

むつかしげなる わたりの この もかのも あやしく うちよろぼひて

街中の情景である。
むつかしげなる わたりの
乱雑で、ごみごみした

もかのも あやしく
あちらこちら、あやしい 、不安定である。
うちよろぼひて
しっかりとしない、不安定である。

源氏が、夕顔という花を、悲運な花だと言う。
つまり、そんな、状況の中に咲く花だからである。
口をしの花の契りや、と言う。
口惜しい花、咲くことの、契り、である。

庶民の暮らし、佇まいは、皆、そうであったろう。


さすがにざれたる遣戸口に、黄なるすずしのひとへ袴ながく着なしたるわらはの、をかしげなる、出で来て、うちまねく。白き扇のいたうこがしたるを、女童「これ置きて参らせよ。枝も情なげなめる花を」とて取らせたれば、門あけて惟光の朝臣出で来たるして、奉らす。

みすぼらしい家であるが、引き戸は、黄色い絹の単の袴を、わざと裾長く着た、女の童の、可愛らしいのが、出て来た。
随身を、手招きする。
香で、燻した白い扇を、指し出し、これに載せて差し上げて。枝も、ぶざまに見える花ですからと、言い、それを、渡す。
門を開けて、出て来た、惟光が、君に差し上げる。

枝も情なげなめる花
風情が無い。殺風景である。情なげめる花、それが、夕顔という花である。
それを、童に言わせるところが、凄いと、私は思うのである。

さて、物語の、訳の難しさは、敬語である。
すべてが、敬語になっているので、敬語の上乗せのような、訳になり、こんがらかるのである。
それも、紫式部の、策略であろうが、皇子を、主人公にしているので、そのようにも、なる。

ここでも、随身が、直接源氏に、渡さず、惟光が、出て来て、渡している。
物を渡すにしても、身分の違いというものが、解る。


惟光「鍵をおきまどはし侍りて、いと不便なるわざなりや。もののあやめ見たまえ分くべき人も侍らぬわたりなれど、らうがはしき大路に立ちおはしまして」と、かしこまり申す。


鍵を、置きなくしまして、まことに申し訳ありません。見る目を持ちます者もおりませぬ、辺りではありますが、むさ苦しい大路に立たれて、と、惟光が、申す。


身分の高い源氏が、来るような場所ではない。

更に、読み進めてみる。

2008年08月08日

もののあわれについて252

引き入れており給ふ。惟光が兄のあざり、婿の三河の守、娘など、わたりつどいたる程に、かくおはしましたる喜びを、またなき事にかしこまる。あま君も起きあがりて、尼君「をしげなき身なれど、捨てがたく思ふ給へつることは、ただかく御前にさぶらひ御覧ぜらるる事の、変わり侍りなむ事を、くちをしく思ひ給へたゆたひしかど、忌む事のしるしに、よみがへりてなむ、かく渡りおはしますを、見給へ侍りぬれば、今なむ阿弥陀ぼとけの御ひかりも、心ぎよく侍たれ侍るべき」など聞えて、よわげに泣く。

車を、門に入れて、お降りになる。
惟光の兄の、あざり、大弐の娘婿の三河の守、娘などが、寄り集まっていたところへの、ご光栄のお礼を、一同、恐縮して、申し上げる。
尼君も、起き上がり、なんの惜しくもない、我が身ですが、出家したのは、唯一つ、このように、御前に、参上して、お目かけ頂けないでしょう。それを、残念に思います。
ためらいつつ、受戒のしるしにより、生きて返りました。このように、お出であそばすことを、拝み申しましたから、もはや阿弥陀様の、お迎えも、心残りなく、お待ち申せましょう。などと、申し上げて、弱弱しく泣く。

かく おはしましたる 喜び
このように、来て頂いたことの、喜びである。
また なき事に かしこまる
無上な喜びに、恐縮するのである。
忌むことのしるし
出家したこと。しるし、とは、効験である。

くちをしく思ひ給へ たゆたひ しかど
残念に思う。たゆたひ、という言葉が、出る。
残念だという、以上の、表し得ない思いを、たゆたひ、という。

この、たゆたひ、する心は、もののあわれ、というものに、通じる。
たゆたひ、たゆたふ、心である。


君「日ごろおこたりがたくものせらるるを、安からず嘆きわたりつるに、かく世を離るるさまにものし給へば、いとあはれにくちをしうなむ。命ながくて、なほ位たかくなど見なし給。さてこそここの品々の上にも、さはりなく生まれ給はめ。この世に少し恨み残るは、わろきわざとなむ聞く」など、涙ぐみて宣ふ。

源氏は、このところ、病が、思わしくないと、毎日、心配していました。
このように、世を捨てた姿で、いられるので、淋しく、残念です。
長生きして、私が、出世するところを、見てください。
それならば、上品、上生にも、やすやすと、生まれ変わるでしょう。
この世に、思いが残るのは、悪いことと、聞きます。
などと、涙ぐんで、おっしゃる。

いと あはれに くちをしう なむ
実に悲しいことである。残念だ。
しかし、この、訳は、どうしても、腑に落ちない。
矢張り、原文のままに、読むことである。

心の、襞の、すべてを、あはれ、という言葉に託すのである。

口惜しく、とは、悔しいとか、残念であるという意味だが、くちをしう、という語感は、それを、超える。
不可抗力に、対する心得である。

人生には、抗えないものがある。
どうしょうもないものである。その、どうしょうもないものを、どのように、受け取るか、受け入れるのか。そこに、妙味がある。
当時は、浄土信仰が、盛んである。
阿弥陀の世界、極楽という、死後の世界に、生まれるべくの、様々な、試みの一つに、出家という、形があった。
それは、貴族のものである。
当時の、仏教は、まだ、庶民とは、隔絶されていた。


かたほなるをだに、めのとやうの思ふべき人は、あさましうまほに見なすものを、ましていとおもだたしう、なづさひ仕うまつりりけむ身も、いたはしう、かたじけなく思ほゆべかめれば、すずろに涙がちなり。子どもは、いと見苦しと思ひて、「そむきぬる世の去りがたきやうに、みづからひそみ御覧ぜられ給ふ」と、つきじろひ目くはす。

ごく普通の子でさえ、乳母になると思うと、可愛がるものである。それはそれは、立派になると、思うものである。
この、君のように、お側にお仕え申した自分まで、鼻高く、大事なものだと、思われてくるらしく、むやみに、涙を流す。
子供たちは、見苦しいと思い、この世に、心が、残るように、自分から泣くとはと、それを、また御覧に入れるとは、と、つつきあって、目配せする。


君はいとあはれと思ほして、君「いはけなかりける程に、思ふべき人々の、うち捨ててものし給ひにけるなごり、はぐくむ人あまたあるやうなりしかど、したしく思ひむつぶるすぢは、またなくなむ思ほえし。人となりてのちは、限りあれば、朝夕にしもえ見奉らず、心のままにとぶらひまうづる事はなけれど、なほ久しう対面せぬ時は、心細くおぼゆるを、さらぬ別れはなくもがなとなむ」など、こまやかに語らひ給ひて、おしのごひ給へる袖のにほひも、いと所せきまでかをりみちたるに、「げによに思へばおしなべたらぬ人の御宿世ぞかし」と、あま君をもどかしと見つる子ども、皆うちしほたれけり。


源氏は、大変あはれに、思い、小さなうちに、可愛がってくれるはずの人を、多く亡くした。その後、お心を継いで、大切にしてくれたのは、大勢いたが、睦まじく、甘えることが出来たのは、お前だけである。大人になり、身分に縛られ、朝に夕に、お逢いも出来ず、思うように、訪ねることは、出来ないけれど、今でも、長く逢わない時は、心細い気持ちがする。逃れられないような、別れなど、なくてあればと、思う。など、しんみりと、話しかけ、涙をお拭きになる、その袖の匂いも、部屋中に、香る。
こんな方の、乳母になるとは、大変な、幸運であると、非難ぎみで見ていた、子供たちも、皆、涙にくれる。


源氏の、心の、有り様が、手に取るように、解る、ところである。

おし のごひ給へる 袖の にほひも いと 所せきまで かをり みちたるに
風景描写と、同じように、紫の、筆が、冴えるのである。
静かに、払う涙の袖の、匂いが、部屋の中に、充ち満ちるのである。

源氏の、優しい心の様が、情景描写に映るのである。

源氏を、好色と呼ぶが、このような、場面は、多々ある。
紫式部が、描きたかったものは、何かと、考えて、読み込めば、このような、人の心と、情景が、それを、映すのであるということ、日本人の感性ではないかと、思える。

人となりて のちは 限りあれば
大人になってから、時間があれば

子供は、まだ、人ではないという、認識である。

自分の身分というものも、十分に理解している。
身分に、縛られるのである。
これも、大きな壁であった。

皇太子にもなれるべき、美しき人の、物語に、好色という、雅を、もって、物語を、書くという、紫式部の、天才的才能の筆は、そのまま、もののあわれ、というものに、突き進んでゆくのである。

2008年08月09日

もののあわれについて253

修法など、またまたはじむべき事など、おきて宣はせて、出で給ふとて、惟光に紙燭召して、ありつる扇御覧ずれば、もて慣らしたる移り香、いと染み深うなつかしくて、をかしうすさび書きたり。


心あてに それかとぞ見る 白露の 光そへたる 夕がおの花

病気平癒の祈祷などを、よくするように、命じて、お立ちなさる。
その時、惟光に、紙燭を持ってこらせ、先ほどの、扇を、御覧になると、移り香が、染み込み、懐かしく思われる。
一首の歌が、美しい筆により、書き流してある。

推量ながら、あるいは、と、存じますが、白露に光る夕顔の花、光輝く、あなた様は、もしや・・・

いと染み 深う 懐かしくて をかしう すさび書きたり
深く染みて、人恋しく思うような、美しい、流し書きである。

心あてに
もしやと、想像するに
それか とぞ 見る
あなたは、あのお方では、というのである。

光源氏の君ではないか、と。


そこはかとなく書きまぎらはしたるも、あてはかにゆえづきたれば、いと思ひのほかに、をかしうおぼえ給ふ。惟光に、源氏「この西なる家は、なに人の住むぞ。問い聞きたりや」と宣へば、例のうるさき御心、とは思へども、さは申さで、惟光「この五六日ここに侍れど、ばうざの事を思う給へあつかひ侍る程に、隣の事は、え聞き侍らず」など、はしたなやかに聞ゆれば、君「憎しとこそ思こたれな。されど、この扇の、たづぬべきゆえありて見ゆるを、なほ此のわたりの心知れらむ者を召して問へ」と宣へば、入りてこの宿守りなるをのこを呼びて、問ひ聞く。


何気なく、無造作に、書き付けてある筆は、上品で、奥床しい。全く意外で、興深く感じられる。
惟光に、この家の西の隣に住む人は、何者か。聞いてみたことはあるか、と、問う。
いつもの、好色な心とは思うが、それは隠して尋ねる。
ここ五六日、この家におりますが、病人の事を、気にしていまして、隣のことは、知る暇もありませんでした。と、答える。
けしからんと、思っているのか。だが、この扇が、詮索すべきもののような、気がするのだ。怒らず、この辺の事情を知る者に、訊いてくれ、と言う。
惟光は、奥に入り、家番の男を呼んで、尋ねる。


惟光は、源氏の好色さを、知り、にべもない態度で、質問を聞いていたが、源氏が、強く言うので、しょうがなく、確かめるのである。

あてはかに ゆえづきたれば
上品で、奥床しい筆である。
ゆえづき
故があるような、と、私は、思う。
奥床しさは、故がある、と。深読みする。

はしたなやかに 聞ゆれば
取り付くひまもないように、である。
惟光は、源氏の、好色の興味深さを知っているのである。


惟光「やうめいのすけなる人の家になむ侍りける。をとこはいかなにまかりて、女なむ若く事このみて、はらからなど宮仕へ人にて、来通ふ、と申す。詳しき事は、しもびとのえ知り侍らぬにやあらむ」と聞ゆ。「さらば其の宮づかへ人ななり。したりがほに物なれて言へるかな」と、「めざましかるべききはにやあらむ」と、おぼせど、さして聞えかかれる心の、憎からず過ぐしがたきぞ、例の、このかたには重からぬ御心なめりかし。御たたうがみに、いたうあらぬさまに書き変へ給ひて、


よりてこそ それかとも見め たそがれに ほのぼの見つる 花の夕顔

ありつる御隋身してつかはす。

惟光が言う。
名誉職を勤めている家で、ございます。家番が申すには、主人は、地方に、下向いたし、家内というのが、年若く、趣味人で、姉妹などが、宮仕えをしていますと、申します。詳しいことは、下人のことで、よく存じませんでしょう。と言う。
それじゃあ、その宮仕えの人なのであろう。得意げに、馴れ馴れしく、詠みかけたもの。と、思われ、興ざめしそうな、連中ではないかと、思うが、目指して、歌を詠む心が、憎くもなく、放っておいても、いいとは思うが、女のことには、軽々しい性質なのであろう。
御懐紙に、すっかり違ったふうに、筆遣いを変えて

近づいてこそ、誰かと、解るものです。夕暮れに、ぼんやり見た花の夕顔では、解りません。

と、先ほどの、御隋身に、持たせた。

例の、このかたには重からぬ御心なめりかし
これは、作者の思いである。
例の、女に対する、癖が、出て、である。
軽々しい、気持ち。


まだ見ぬ御さまなりけれど、いとしめく思ひあてられ給へる御そばめを見すぐさで、さしおどろかしけるを、いらへ賜はで程へければ、なまはしたなきに、かくわざとめかしければ、あまえて、「いかに聞えむ」なと、言ひしろふべかめれど、めざましと思ひて、隋身はまいりぬ。


お会いした事もない、お方ではあるが、はっきりと、解る横顔であり、早速、言葉をかけたのだが、ご返事がなく、時がたったので、何やら、きまり悪いところに、使いが、わざとらしく来たので、いい気になって、何と申し上げましょうかと、騒いでいる。
隋身は、不快に思い、待たずに、戻って来た。


さしおどろかしけるを
早速、言葉を、つまり、歌を贈ったのである。

なまはしたなきに かくわざとめかしければ
ずくに、返事が来ないので、きまり悪いところに、使いが、わざとらしく来た。

あまえて
いい気になって、である。


御さきの松、ほのかにて、いとしのびて出で給ふ。半蔀はおろしてけり。ひまひまより見ゆる燈の光り、ほたるよりけにほのかに、あはれなり。

前駆の持つ、松明も少なく、こっそりと、お立ちになる。
西隣は、半蔀が、閉じていた。
戸の隙間から、漏れ出る、燈の光は、蛍より、微かであり、物寂しいものである。

ここでの、あはれなり、は、物寂しいと、訳する。
あはれ、という言葉の姿が、非常に幅広い、情景や、思いにあることが、解る。


ほたるよりけに ほのかに 
蛍の光よりも、微かであり、それは、あはれ、に、思われるのである。

この、夕顔の巻は、今で言えば、ミステリー仕立てになっている。
非常に面白く、興味深いので、全文を、掲載する。

当時の、物の怪を、理解する上でも、参考になる。

2008年08月12日

もののあわれについて254

御心ざしの所には、こだち前栽など、なべての所に似ず、いとのどかに、心にくく住みなし給へり。うちとけぬ御ありさまなどの、気色ことなるに、ありつるかきね、おもほし出でらるべくもあらずかし。

今日の、目当ての所は、木立も、前栽も、そのほかも、ありふれた場所と違い、とてもゆったりとして、奥床しく、住んでいる様子。
女主人の端正な様子なども、並々ではなく、先ほどの、夕顔の垣根などは、思い出されようもない。


つとめて、少し寝すぐし給ひて、日さし出づる程に出で給ふ。あさけのすがたは、げに人のめで聞えむも、ことわりなる御さまなりけり。けふも此の蔀の前わたりし給ふ。きしかたも過ぎ給ひけむわたりなれど、ただはかなき一ふしに御心とまりて、いかなる人の住みかならむとは、行き来に、御めとまり給ひけり。

翌朝、少し寝過ごして、日の光の射し始めるころに、お出かけになる。
朝見る、お姿は、いかにも、皆が、おほめ申すも、もっともな有様である。
今日も、また夕顔の蔀の前を通りかかる。
今までも、通っていたが、扇のことがあり、気にかかってしまったのである。
どんな人の、住処なのかと、行き来につけて、気になるのだった。


惟光、日ごろありて参れり。惟光「わづらひ侍る人、なほ弱げに侍れば、とかく見給へあつかひてなむ」など、聞えて、近く寄りて聞ゆ。惟光「おほせられし後なむ、隣のこと知りて侍る者、呼びて問はせ侍りしかど、はかばかしくも申し侍らず。「いとしのびて、五月のころほひより、ものし給ふ人なむあるべけれど、その人とは、さらに家の内の人にだに知らせず」となむ申す。時々中垣のかいまみし侍るに、げに若き女どものすききかげ見え侍り。しびらだつ物かごとばかり引きかけて、かしづく人侍るなめり。きのふ、夕日のなごりなくさし入りて侍りしに、ふみ書くとて居て侍りし人の顔こそいとよく侍りしか。物思へるけはいして、ある人々も忍びてうち泣くさまなどなむ、しるく見え侍る」と、聞ゆ。


惟光が、何日かして来た。
病人が、その後も、元気がでませんから、看病していました。と、申し上げ、さらに、近づいて、お言葉がありましてから、隣家のことを、知る者を呼んで、尋ねてみました。
しっかりしたことは、申しません。
ごく内緒で、五月頃から、来ている方があるようです。どういう人とは、同じ家の者にも、解らない様子。と、申します。
時々、垣根ごしに、覗いてみますと、いかにも、若い女どもが、御簾ごしに影が見えます。
羽織のようなものを、ひっかけていますので、主人に当たる者が、いるようです。
昨日は、夕日が家に、差し込んで、中が、よく見えました。
手紙を書くと、座っていた人は、顔が、とても、美しい人でした。
憂いに沈んだ風情で、その場にいる、女どもなどが、忍び泣きする様子が、見えました。
と、申し上げる。


夕日のなごりなくさし入りて
夕日に、照らされて、すべてが見える
これは、夕日を、擬人化に近く表現する。
夕日に、あたかも、主体性があるように、言うのである。
自然描写が、心象描写に高まる。


君、うちえみ給ひて、知らばや、と思ほしたり。おぼえこそ重かるべき御身のほどなれど、御よはひの程、人のなびきめで聞えたるさまなど思ふには、好き給はざらむも情けなく、さうざうしかるべしかし。人のうけひかぬ程にてだに、なほ、さりぬべきあたりの事は、このましうおぼゆるものを、と思ひをり。

源氏は、にっこりして、よく知りたいものだと、思った。
惟光は、世間の名声など高い身分だが、お年のほど、また皆が、御意を迎えて、ちやほやと、誉めることなど考えれば、堅くていたら、つまらない気がする。誰も、問題にしない身分であっても、やはり、恰好な女のことになると、気が動くものだと、考える。

好き給はざらむも 情けなく
世間の人の思いは、好色でも、無風流であり、面白くない。
さうざうしかるべしかし
物足りない。
人のうけひかぬ程にてだに
女のことで、騒ぐ身分ではないと、世間が考える卑しい者。


惟光「もし見給へうる事もや侍ると、はかなきついで作り出でて、せうそこなどつかはしたりき。書き慣れたる手して、口とく返り事などし侍りき。いと口をしうはあらぬ若人どねなむ侍るめる」と聞ゆれば、君「なほ言ひよれ。尋ね知らずはさうざうしかりなむ」と宣ふ。かのしもがもと、人の思ひ捨てし住まひなれど、そのなかにも、思ひのほかに口惜しからぬを見つけたらば、めづらしく思ほすなりけり。


惟光が、万一、見かけることもありましょうと、ふとした、きっかけを作り、手紙などを、遣わしました。書きなれた、筆跡で、ずくに返歌などいたしました。大して、悪くない女どもが、おりますようです。
と、申し上げると、源氏は、もっと、言い寄って御覧と言う。
調べ上げなければ、気が済みません、とも。
馬の頭が、下の品の下のぎざみとして、無視した家だが、そうした中にも、相当なものを、見つけたならと、思うのである。

源氏の、好色さを、表す。
馬の頭とは、女の品定めをした、馬の頭の話からのことである。

私は、それらの、話を省略した。

この、夕顔の巻は、非常に、ミステリーじみていて、面白い。
当時の、感覚が、よく解るものである。
何を、恐れているのかということ、である。

紫式部は、憂き世を、嘆き、必死で、この物語を書くにつけ、しばし、その、憂きを、忘れていたのであろうと、思われる。
才能があり、頭脳明晰で、想像力に長けていたのである。
表現によって、昇華する意外にないのである。

物語の中に、書かれる歌は、万葉、古今からの、教養が、滲み出るものである。
その、伝統の流れにあって、創作というものが出来る。
何もなければ、何も起こらない。

あはれ、という、風景は、さらに、広がるのである。

もののあわれについて255

さて、かの空蝉のあさましくつれなきを、この世の人にはたがひておぼすに、おいらかなましかば、心苦しきあやまちにてもやみぬべきを、いとねたく、負けてやみなむを、心にかからぬ折りなし。かやうのなみなみまでは思ほしかからざりつるを、ありし雨夜の品定めののち、いぶかしく思ほしなるしなじなあるに、いとどくまなくなりぬる御心なめりかし。

さて、あの空蝉が、呆れるまでに、冷淡だったことを、世間の人とは違った者と、思うが、おとなしかったならば、気の毒と思い、あれ一度で、やめられただろうが、思うようにならなくて、しゃくに、障って、こちらの負けで終わるのが、気になって、忘れられないのである。
このような、身分の女には、思いなどかけなかったが、あの、雨夜の品定め以降、知りたくなった、階級がいくつかあり、それで、いっそう、開き直った君である。


中流の身分の女に、興味を持たせるような、話だった。
皇子であれば、身分の違う女との、付き合いは、実に慎重でなければならない。が、源氏は、次々と、身分の低い女との、かかわりを持つのである。


うらもなく待ち聞えがほなる方人を、あはれとおぼさぬにしもあらねど、つれなくて聞き居たらむ事の恥づかしければ、先づこなたの心見はてて、とおぼすほどに、伊予の介のぼりぬ。


一途に、お待ち申しているらしい方がを、あはれ、と思わないではないが、空蝉が、心を動かさないで、聞いていたと思うと、たまらなくなるので、まず、空蝉の、心を見定めてから、と、思っている、矢先に、伊予の介が、上京した。

あはれとおぼさぬにしも あらねど
可愛そうだと、思わないではないが。


先づ急ぎ参れり。船道のしわざとて、少し黒みやつれたる旅すがた、いとふつつかに心づきなし。されど、人も卑しからぬすぢに、かたちなどねびたれど清げにて、ただならず気色よしづきて、などぞありける。国の物語りなど申すに、「湯げたはいくつ」と問はまほしくおぼせど、あいなくまばゆくて、御心のうちにおぼし出づる事もさまざまなり。物まめやかなるおとなをかく思ふも、げにをこがましく、うしろめたきわざなりや。「げに、これぞなのめならぬかたはなべかりける」と、馬の頭のいさめおぼし出でて、いとほしきに、つれなき心はねたけれど、人のためはあはれとおぼしなさる。


まず、急ぎ、源氏の元に、伺った。
船旅のせいか、少し日焼けし、くたびれた旅の衣服は、とても不恰好である。
だが、生まれも、相当な家柄で、顔立ちも、年配ではあるが、綺麗で、人並みすぐれている。その感じも、様子ありげである。
任地の話なども、湯桁は幾つと、尋ねたくなるが、何やら照れくさく、お心の中に、思い出すことも、多々ある。
実直な、老成人を、このように考えるのも、いかにも、愚かしい居心地の悪いものである。
いかにも、これが、並々ならぬ、不埒なこと、というべきだ、馬の頭の忠告を思い出して、伊予の介が、気の毒で、空蝉の冷淡な心は、憎いが、夫のためには、感心なことであると、考え直した。

空蝉は、伊予の介の妻である。
その、妻に、好色の思いを抱き、何度も、アタックしたのである。
源氏も、少しばかり、心苦しいのである。


「娘をばさるべき人に預けて、北の方をばいて下りぬべし」と聞き給ふに、ひとかたならず心あわただしくて、君「今一たびはえあるまじき事にや」と、小君を語らひ給へど、人の心を合わせたらむ事にてだに、かろにかにえしも紛れ給ふまじきを、まして似げなき事に思ひて、「いまさらに見苦しかるべし」と思ひ離れたり。


娘を、適当な人に、片付けて、北の方を連れて、任地に下るつもりであると、言うのを、聞いて、源氏は、せめて、もう一度逢えぬものかと、小君に、相談してみるが、向こうが、同意しても、簡単には、忍びに行くのは、難しい。
まして、女は、身分が違うと、二度も、逃げたのである。
改めて、また、そんなことは、みっともないと、全然気付かないであろう。


さすがに、絶えて思ほし忘れなむことも、いと言ふかひなく憂かるべき事に思ひて、さるべき折々の御いらへなど、なつかしく聞えつつ、なげの筆づかひにつけたる言の葉、あやしくらうたげに、目とまるべきふし加へなどして、あはれとおぼしぬべき人のけはひなれば、つれなくねたきものの、忘れがたきにおぼす。いま一方は、ぬし強くなるとも、変らずうちとけぬべく見えしさまなるを頼みて、とかく聞き給へど、御心も動かずぞありける。


とは言っても、まるっきり、お心から、お忘れになったらば、これも、お話にならないのである。
適当な場合の、返事などは、嬉しいことを、申し上げて、無造作に、書き流す、返歌も、意外なまでに、可憐でもあり、お目につくところもあり、お心を、ひかれずにはいられない様子。
無情な、しゃくにさわる、と、思っても、忘れられないのである。
もう一人の方は、夫が出来ても、前と同じように、靡くであろうと、見えた素振りを、頼みにして、その、結婚話は、耳にされるが、お心は、動かないのである。


人の心模様が、入り組んで、解りにくい場面である。

もう一方というのは、娘の方である。
人違いをした相手であろう。

次第に、物語の、主人公、源氏の、好色の様が、理解されてくる。
恋愛小説というより、エロ小説に近づくが、それは、浅い読みである。

紫式部は、源氏を、すべての男の、総体として、描くのである。
そして、それにまつわる、女たちである。
その、やり取りに、雅の目を向ける。

更に、なお、この物語には、戦というものがない。
一切、戦に関することに触れていないのである。
宮廷での、男女の機微を描くことにより、紫式部の観たもの、観えたものとは、何か、である。

色好みに、生きる、源氏に、生きるということの、総体を、観たのである。

2008年08月13日

もののあわれについて256

秋にもなりぬ。人やりならず、心づくしにおぼし乱るる事どもありて、大殿には絶え間置きつつ、恨めしくのみ思ひ聞え給へり。

秋になった。
自分から起こしたことによる、煩悶に心を乱れさせて、大臣家には、久しぶりの、お成りであったゆえに、大臣家では、源氏を、恨めしく思っていた。

心づくし
古今集
このまより もりくる月の 影見れば 心づくしの 秋は来にけり
木々の間から、月の光が地に落ちる。物思いする、秋がきた。

物語の随所に、紫式部の、教養が滲み出る。
元歌があり、それから、歌を詠む。そして、文の中にも、それは、取り入れてある。


六条わたりにも、とけがたかりし御気色を、おもむけ聞え給ひてのち、ひきかへしなのめならむは、いとほしかし。されど、よそなりし御心のまどひのやうに、あながちなる事はなきも、いかなる事にか、と、見えたり。女は、いと物を余りなるまでおぼししめたる御心ざまにて、よはひの程も似げなく、人の漏り聞かむに、いとど、かくつらき御よがれの寝ざめざめ、おぼししをるる事、いとさまざまになり。

六条の方に対しても、難しい様だったのを、やっと、口説き落とした。そして、不熱心になっては、おかわいそうだ。
されど、手に入らなかった頃の、恋心のように、一途になれない。それは、どうしたわけだと、そとめには、思われた。
女は、物事を、酷く考えるタイプなので、もし、二人のことを世間が、少しでも、聞けば、年が違いすぎるだろうしと、このように、お越しの間遠な夜夜は、お目覚めになり、普段より、一層、煩悶することが、多くなるのである。


源氏は、17歳、六条の女君は、24歳である。

御よがれ
夜離れ、である。
妻の元に行かない。夜離れは、床離れ、でもある。
女君は、自分が年上であることを、気に病んでいる。
七つ違うのである。
一種の政略結婚のようなものである。


霧のいと深きあした、いたくそそのかされ給ひて、ねぶたげなるけしきに、うち嘆きつつ出で給ふを、中将のおもと、御格子ひとまあげて、「見奉り送り給へ」とおぼしく、御凡帳ひきやりたれば、御ぐしもたげて見出だし給へり。


霧の深い朝、お帰りを、女官から催促されて、眠そうな様子。
ため息を、つきつつ、部屋を出る。
侍女の中将の君が、格子を一間開けて、お見送りしてくださいという、気持ちらしく、凡帳を少しづらした。
女君は、御髪をもたげて、外へ目をやる。


前栽の色々乱れたるを、過ぎがてに休らひ給へるさま、げにたぐひなし。廊の方へおはするに、中将の君、御ともに参る。紫苑色の折りに合ひたる、うす物の裳あざやかに引きゆひたる腰つき、たをやかになまめきたり。見かへり給ひて、すみのまの高欄に、しばし引きすえ給へり。うちとけたらぬもてなし、髪のさがりば、めざましくも、と見給ふ。


庭先の、植え込みに、色様々な、花が咲き乱れている。
通り過ぎにくそうに、佇む様子。
評判通り、無類の美しさである。
渡殿の方へ、行かれるので、中将の君が、お供申し上げる。
紫苑色の季節に、相応しい、着物に、薄絹の裳を、くっきりと結んだ腰つきは、しなやかで、艶である。
男君は、見返りされて、御殿の隅の間の、高欄に、中将を呼ばれた。
その態度、そして、髪が着物にかかる、具合は、見事なものであると、御覧になる。


作者は、繰り返し、繰り返し、源氏が、美しい男だと、言う。これでもか、これでもか、である。
何故か。
主人公は、美の、象徴でなければ、ならない。
紫式部は、美、というものに、この世の救いがあると観たのである。

美であれば、こそ。
美でなくては、ならない。
何故なら、この世は、醜いからである。

さらに、何故、好色、つまり、恋愛、恋というものに、絞って、物語を書いたのか。

美が、最も、美であるのは、恋にある時なのである。

それを、日本の伝統は、伝えてきた。
紫式部は、漢籍も、和文も、こなした。
中宮に、漢籍を、講ずる程の、教養である。
しかし、漢籍では、もののあわれ、というものを、表現し得ないのである。
ひらがな、という、大和心の文字にこそ、それを、表現できる、力がある。

漢字、平仮名混じりの、文を、打ち立て成れば、どうしても、表現し得ない。
ここに、源氏物語の、原点がある。

この世は、醜い。それは、憂きことと、同じである。
醜いことは、憂きことである。

紫式部集を、読んでみても、その、憂きことのみに、焦点が、絞られていた。
物語を、書いている最中でも、憂きこと、憂きことを、見つめていた。

浄土への、救いは、あの世のもの。
現世で、救われたい。
それは、美である。
美こそ、現世を救うものである。

そして、何故、男の源氏を、美の象徴としたのか。
美というならば、女であろう。
だが、彼女は、見抜いた。
男こそ、美の、最もたるものである、と。
男こそ、美、であって欲しい。

女である、紫が、男に求めたものは、美であり、さらに、それが、世の救いとなるものなのである、という、メッセージが込められてある。

物語に一環して、流れているものは、それである。

2008年08月16日

もののあわれについて257


咲く花に うつるてふ名は つつめども 折らですぎうき けさの朝顔

いかがすべき」とて、手をとらへ給へれば、いと慣れて、とく、

中将
朝霧の 晴れまも待たぬ けしきにて 花に心を とめぬぞと見る

と、おほやけ事にぞ聞えなす。をかしげなる侍ひ童の、すがた好ましう、ことさらめきたる、指貫の裾、露けげに、花の中にまじりて、朝顔をりて参るほどなど、絵に描かまほしげなり。


咲く花に、気が取られる。
ここままでは、帰れぬ、今朝の朝顔である。

どうしたものか、と、問い、手を取ると、慣れたもので、


朝霧の晴れるのを、待たずに、お帰りのご様子は、花に、心を留めていないと、お見受けします。

つまり、源氏の心残りを、人に語られたくないという、気持ちを、中将は、汲んで、返歌したのである。

中将は、主人のことにして、答えた。わざと、である。
愛らしい、小姓が、すがた好ましう、いる。
そのために、創ったな、指貫の裾が、露に濡れた風情で、植え込みの花の中に入り、朝顔の花を、折るところなどは、絵に描きたい様である。

露けげに 花の中にまじりて 朝顔ををりて参りほどなど
花々の中に、身を入れて、朝顔を、手折るという様子。
実に、清清しい様子である。
裾が、露に濡れるという、風情である。


おほかたにうち見奉る人だに、心とめ奉らぬはなし。物の情知らぬ山がつも、花のかげにはなほ休らはまほしきにや、この御光りを見奉るあたりは、ほどほどにつけて、わがかなしと思ふ娘を、「仕うまつらせばや」と願ひ、もしはくちをしからずと思ふ妹など持たる人は、「いやしきにても、なほ此の御あたりにさぶらはせむ」と、思ひ寄らぬはなかりけり。まして、さりぬべきついでの御言の葉も、なつかしき御気色を見奉る人の、少し物の心思ひ知るは、いかがはおろかに思ひ聞えむ。あけくれうちとけてしもおはせぬを、心もとなき事に思ふべかめり。


何の関係ない人でも、お慕いしない者はないであろう。
情緒を理解しない、樵でさえも、花の陰には、休みたいものであろかと、この君の、美しさを、見る人々は、身分に応じて、可愛がる娘を、宮仕えさせたいと、思い、あるいは、人前に出せると、思う妹がいれば、下っ端でも、この君の、屋敷に、お仕えさせようと、望まない者は、いない。
まして、中将のように、何かの時の、歌でも、お情けある、心で、仰せられたと、思うと、少しでも、理解する人は、いい加減に思ったりする訳が無い。
一日、この御宅に、くつろいで、いられるなら、と、思うと、胸躍ることであろう。

何度も、作者は、源氏の美しさを、描く。
というより、美しさを、訴える。
何故か。
前回も、言った。
美は、救いであるから。

そして、その美は、この世に、求められないものである。
しかし、物語の中では、現し得るのである。
自らの、救いのために、源氏物語が、生まれたと、言ってもよい。

その、美しいものが、より一層、美しくなるのは、恋に、おいてである。


まことや、かの惟光が預りの垣間見は、いとよくあない見とりて申す。


本当、そうであった。
あの惟光が、引き受けた、覗き見は、よく様子を探っていた。それで、報告する。

惟光「その人とはさらにえ思ひえ侍らず。人にいみじく隠れ忍ぶるけしきになむ見え侍るを、つれづれなるままに、南の半蔀ある長屋に渡り来つつ、車の音すれば、若き者どもなどすべかめるに、この主しおぼしきも、はひわたる時はべかめる。かたちなむ、ほのかなれど、いとらうたげに侍る。


誰なのかは、はっきりと解りませんが、ひどく、人目を忍び、隠れ住む様子です。
ただ、する事もないゆえに、南側の半蔀の長屋に、やって来ては、車の音がすると、若い女どもが、覗いたりするようです。
主人と思われる、女も、こっそり来るようです。
器量は、はっきり見えませんが、とても、可愛いようです。


ひと日、さき追ひて渡る車の侍りしを、のぞきて、わらべの急ぎて、女童「右近の君こそ。先づ、物見給へ。中将殿こそこれより渡り給ひぬれ」と言へば、またよろしきおとな出で来て、右近「あなかま」と、手かくものから、右近「いかでさは知るぞ。いで見む」とて、はひ渡る。打橋だつものを道にてなむ、通ひ侍る。


ある日のこと、先払いして通る車がありました。
女の童が、急いで、「右近様、ちょっと、御覧下さい。中将さまが、ここをお通りあそばしています」と申すと、別の相当の女房が、出て来て、「静かに」と手で制します。
「どうして、そうだと、解るの。では、拝見」と、こっそり参りました。
打橋用のものを通路にして、行き来しています。


急ぎ来るものは、きぬの裾を物に引きかけて、よろぼひ倒れて、橋よりも落ちぬべければ、右近「いで此のかづらきの神こそ、さがしうしおきたれ」とむつかりて、物覗きの心もさめぬめり。君は、御なほし姿にて、御隋身どももありし。なにがしくれがしと数へしは、頭の中将の隋身、その小舎人童をなむ、しるしに言ひ侍りし」など、聞ゆれば、源氏「たしかにその車を見まし」と宣ひて、もし彼のあはれに忘れざりし人にや、と思ほしよるも、いと知らまほしげなる御気色を見て、惟光「わたくしの懸想もいとよくしおきて、あないも残る所なく見給へおきながら、ただ我がどちらと知らせて、ものなど言ふ若きおもとの侍るを、そらおぼれしてなむ、隠れまかりありく。

急いで、来るため、着物の裾を何かに引っ掛けて、よろけて倒れ、橋から落ちそうになりました。「ええ、この葛城の神様は、もう、危なっかしくこしらえたものだ」と、怒って、覗き見の気持ちが、なくなってしまったようです。
車の君は、御直衣姿で、隋身どもも、おりました。
だれそれと、一人一人の名を呼びましたのは、頭の中将様の、隋身や小舎人童たちで、それを、証拠にしていました」などと、申し上げると、源氏は、その車、確かに、頭の中将のものかどうか、見届けたかったと、おっしゃいます。
もしや、中将が、別れた後でも、可愛く思い、忘れられなかったのではと、思うと、内容を、知りたくなる様子が、解る。
それを、見て、惟光は、私の懸想も、うまくしてありまして、家内の様子も、何から何まで、知っていますが、同輩と思わせて、話しかける若い、おもと、女房の敬称、もおりますが、わざと、気付かぬふりをして、人目を忍んで行きます。


いとよく隠したりと思ひて、小さき子どもなどの侍るが、こと誤りしつべきも、言ひ紛らはして、また人なきさまを、しひて作り侍り」なと語りと笑ふ。君「あま君のとぶらひに物せむついでに、垣間見せさせよ」と宣ひけり。


とても、うまく隠したと、思っても、小さい子供たちがいまして、言い間違いをしてしまいそうになりますが、ごまかし、主人がいないふりを、無理します。
と、笑いながら報告すると、源氏は、尼君の、お見舞いに行くついでに、それを、覗かせよ、と、おっしゃる。


こと誤りしつべきも 言ひ紛らはして
うっかりと、主人に対する言葉遣いになりそうになるのを、言い紛らわすのである。

惟光は、源氏の癖を知りつつも、その希望の通りに、西隣の家を、観察していたのである。
頭の中将が、来ていると、知ると、源氏は、また、興味をそそられた。

色好みの源氏の癖。
どんな女なのかと、非常に興味が湧く。
特に、身分の低い女に、興味を持ち始めた頃である。
新しい女の存在に、ワクワクするのである。

2008年08月17日

もののあわれについて258

「仮にても宿れるすまひの程を思ふに、これこそ、かの人のさだめあなづりし、下の品ならめ。その中に、思ひのほかにをかしき事もあらば」などおぼすなりけり。惟光、「いささかの事も御心にたがはじ」と思ふに、おのれも、くまなき好き心にて、いみじくたばかりまどひありきつつ、しひておはしまさせそめてけり。


例え、仮住まいでも、住んでいる家の程度を、思うと、これこそ、あの佐馬の頭が、軽蔑した下の品であろう。その中に、予想外の、素晴らしいものがあるかもしれないと、思われるのであった。
惟光は、些細な事も、ご意思に添って、と、思いつつ、自分も、抜け目ない程、熱心に、あらん限りの、工夫をして、うろつき回り、無理やり、通わせる、きっかけを、作った。

しひておはしまさせそめてけり
そこのところは、あえて、うるさいことなので、いつも通り、省略します。

お互い様である。
源氏が、興味を持つように、惟光も、興味があるのだ。


女を、さしてその人と尋ねいで給はねば、我も名のりをし給はで、いとわりなくやつれ給ひつつ、例ならずおりたちありき給ふは、「おろかにおぼされぬなるべし」と見れば、我が馬をば奉りて、御供に走りありく。

女を、誰と、はっきり聞き出さず、自分も、名を名乗らず、無理に、粗末な服をお召しになって、いつにもなく、車にも乗らずに、徒歩で行かれるのは、並々ならぬ、熱心さで、惟光は、自分の車を差し上げて、御供で、走り回るのである。


惟光「けさう人の、いとものげなき足もとを、見つけられて侍らむ時、からくもあるべきかな」など、わぶれど、人に知らせ給はぬままに、かの夕顔のしるべせし隋身ばかり、さては、顔むげに知るまじきわらは一人ばかりぞ、いておはしける。もし思ひよる気色もや、とて、隣に中宿りをだにし給はず。


惟光は、懸想人の、つまり、色事師のような、情けない極みの徒歩を、相手に気付かれたら、辛いことでしょうと、迷惑くがるが、誰にも、知らせないように、夕顔との、橋渡しをした、隋身だけに、それとなく言い、そして、顔を全然知らない、少年を一人だけ連れて、お出でになった。
万一、思い当たる気配も、あろうかと、隣の乳母の家にも、お休みにならないのである。


今まで、経過から、源氏は、まだ、女の顔も知らないのである。
しかし、妄想逞しく、夕顔の家に、歩くという、有様である。
そこのところの、心境を、作者は、語らない。
惟光の、思いに、任せている。

結果は、女との、やり取りを、省略して、付き合いの様子を、描くという、手法である。

時間の経過が、飛ばされている。
しかし、これこそ、紫式部の、手法なのだろう。

次は、女の思いから、始まるのである。


女も、いとあやしく、心えぬここちのみして、御使ひに人を添へ、あかつきの道をうかがはせ、御ありか見せむと尋ぬれど、そこはかとなくまどはしつつ、さすがにあはれに、見ではえあるまじく、この人の御心にかかりたれば、びんなくかろがろしき事と思ほし返しわびつつ、いとしばしばおはします。


女の方も、奇妙な、不思議な気持ちがするばかり。
お使いに、人をつけてやり、朝方は、お帰りの道を探らせ、住まいを見届けさせようとするが、どことなく、姿をくらます。
それでいて、可愛く思い、逢わずにいられない。
女のことが、心から、離れないのである。
いけないことだ、軽はずみだと、思っても、また、思い直し、しげしげと、お出かけになるのである。

身分を隠して、源氏は、女の元に通うというのである。
身分を隠すというのも、一つの遊びである。

当時、男は、朝、女の家を出るのが、礼儀である。
長居はしない。


さすがにあはれに
ここでは、可愛い、という意味になる。
あはれ、というものの、表情が豊かに広がる。


かかるすぢは、まめ人の乱るる折りもあるを、いとめやすくしづめ給ひて、人のとがめ聞ゆべきふるまひは、し給はざりつるを、あやしきまで、今朝のほど、昼間のへだてもおぼつかなく、など、思ひわづらはれ給へば、かつは、いと物ぐるほしく、さまで心とどむべき事の様にもあらず、と、いみじく思ひまし給ふに、人のけはひ、いとあさましくやはらかにおほどきて、もの深く重き方はおくれて、ひたぶるに若びたるものから、世をまだ知らぬにもあらず。「いとやむごとなきにはあるまじ。いづくにいとかうしもとまる心ぞ」と、返す返すおぼす。


こういうことでは、堅物でも、分別を無くす時もあるのだが、君は、体面を傷つけず、自重なさって、世間が、咎めるような、行動はしなかったのである。
しかし、不思議なほどに、別れてきた、朝の道を思い、晩に行くまで、昼間、逢わずにいる時でさえ、気が気でない。
気になって、しょうがないのである。
また、こんなことは、気違いじみている。そんなに、執心することではないと、思いつつも、冷静に、考え直しもする。
女の様子は、あきれるほど、おとなしく、鷹揚であり、分別や慎重さがない。
まるっきり、子供のようであるが、男を、まだ知らない訳でもない。
大した身分でもないのに、どこに、こんなに曳かれるのかと、繰り返し考える。

いと物ぐるほしく さまで心とどむ事の様にもあらず
気違いじみている。それほと、執着することもないだろう。

恋とは、そういうものである。
しかし、恋する心の、どこかに、冷静な目がある。
何故、こんなに、相手に曳かれるのか。
誰もが、一度は、佇む心境であろう。

ところが、没頭してしまう。
行き着くところまで、没頭するのである。
恋は、そこまで、人の心を、追い込むものである。

そして、そのエネルギーは、性、である

もののあわれについて259

いとことさらめきて、御装束をも、やつれたる狩りの御ぞを奉り、さまを変へ、顔をもほの見せ給はず。夜ふかき程に、人を静めて、出で入りなどし給へば、昔ありけむ物の変化めきて、うたて思ひ嘆かるれど、人の御けはひはた、手さぐりもしるきわなりければ、「誰ばかりにかはあらむ。なほ、この好き者のしいでつるわざなめり」と、太夫を疑ひながら、せめてつれなく知らず顔にて、かけて思ひよらぬさまに、たゆまずあざれありければ、「いかなる事にか」と、心えがたく、女がたも、あやしうやうたがひたる物思ひをなむしける。


まことに、わざとらしく、お召し物も、粗末な狩衣を着て、様子を変えて、顔も見せずに、夜の闇の深くなり、人も、寝静まった頃に、出入りする。
昔あっという、何かの、お化けのようで、気味悪くもあり、嘆かれることもあるが、君の様子は、お召し物の、手触りでも、貴い方と、解ることなので、「どれほどの方なのか。きっと、どこかの、道楽者が、することでしょう」と、太夫、惟光に、疑いをかけるが、あくまで平静な知らぬ顔で、思いもよらない様子で、浮つきまわるのである。
どういうことなのかと、女の方も、わけがわからずに、風変わりな、尋常でない、心配をするのである。


一つの、段落に、複数の人の思いが、混じるので、誰のことか、解らない場合もある。
物語が、まだ、混沌としている状態である。
作者の思いも、随所に入り、酷く、難しいものに、思える文もある。

源氏物語の、楽しさは、それを、解明する楽しさでもある。
それは、現代語訳を、読むと、解らない。
矢張り、原文を読んで解ることである。

太夫とは、五位をいい、惟光のことと、した。
また、源氏の服装は、直衣であり、狩衣は、身分の低い者の、活動着である。

手さぐりもしるきわざなれば
手探り、手の感触で、衣の貴きことが、解るのである。

せめてつれなく知らず顔にて かけて思ひよらぬさまに たゆまずあざれありければ
平静にして、思わぬ姿で、たゆまず、行為するのである。
あざれありければ
活動するのである。歩き回る、うろつき回る。

君も、「かくうらなくたゆめてはひ隠れなば、いづこをはかりとか我も尋ねむ。仮りそめの隠れ家とはた見ゆめれば、いづかたにもにも移ろひ行かむ日を、いつとも知らじ」とおぼすに、追ひまどはして、なのめに思ひなしつべくは、ただかばかりのすさびにても過ぎぬべきことを、さらに、さてすぐしてむ、と、おぼされず。人目をおぼして、隔て置き給ふ夜な夜ななどは、いとしのびがたく、苦しきまでおぼえ給へば、「なほ、たれとなくて、二条の院に迎へてむ。もし聞えありて、びんなかるべき事なりとも、さるべきにこそは。我が心ながら、いとかく人にしむ事はなきを、いかなる契りにかはありけむ」など思ほしよる。


君も、このようにして、油断させて、不意に、姿を隠したら、頭の中将と同じになる。
どこを、目当てに、探すだろうか。
どうも、一時の隠れ家のような、気がするし、何処へでも、引越ししそうだ。
その日は、予想も出来ない。と、思うのだ。
さて、跡を追っても、解らない場合は、まずまず、諦めがつく程度なら、なに、それまでの、遊びだと、思えるが、それで、済むとは、思えない。
人目を、憚って、行かずにいる、夜などは、とても、我慢が出来ない。
実に、苦しい気持ちになるのである。
矢張り、身分の知れぬ間に、二条の屋敷に、入れようと思う。
万一、噂になれば、それも善し、宿業と思えばいい。
自分ながら、女に、こんなに、夢中になったことはない。
どんな、宿業なのか。
源氏は、計画を立てるのである。


何故、この女に、これほど、強く曳かれるというは、書かれていない。
兎に角、そういう、心境になったと、言うだけである。
解説書などには、当たり前に書かれるが、全然、当たり前ではない。
意味が無いのだ。
何故、この女に、のめり込むのか、である。

しかし、読み進めてゆくと、この、不可解な関係が、理解出来るのである。
不可解なように、夕顔は、死ぬのである。
それも、物の怪という、存在によって。
身分を隠し続ける源氏も、不可解であり、女の存在も、不可解である。
二条の屋敷に、女を匿う、つまり、囲うのである。
女に、突然、姿を消されては、困るのである。

自分も、相手に、不明だが、実は、源氏にとっても、相手は、不明である。

後の人、それを、ミステリーと、呼ぶ。

2008年08月18日

もののあわれについて160

君「いざ、いと心安き所にて、のどかに聞えむ」など語らひ給へば、女「なほあやしう、かく宣へど、世づかぬ御もてなしなれば、もの恐ろしくこそあれ」と、いと若びて言へば、げに、と、ほほえまれ給ひて、君「げにいづれか狐なるらむな。ただはかられ給へかし」と、なつかしげに宣へば、女もいみじくなびきて、さもありぬべく思ひたり。


君は、さあ、少しも気のおけないところで、お話しましょうと、言う。
女は、でも、やっぱり少し変です。お言葉ですが、普通ではない、ご様子です。怖いような気がしますと、言う。
源氏は、微笑んで、頷き、そうですね、どちらかが、狐なんですよ、黙って化かされましょうと、言う。
なつかしげに言うので、女は、素直に、お言葉に従う。
さもありぬべく、思うのである。


世になくかたはなる事なりとも、ひたぶる従ふ心はいとあはれげなる人、と見給ふに、なほ、かの頭の中将のとこなつ疑はしく、語のし心ざま、まづ思ひ出でられ給へど、「しのぶるやうこそは」と、あながちにも問ひ出で給はず。けしきばみて、ふとそむき隠るべき心ざまなどはなければ、「かれがれに、とだえおかむ折りこそは、さやうに思ひ変はる事もあらめ。心ながらも、少し移ろふ事あらむこそ、あはれなるべけれ」とさへ、おぼしけり。


世になく、変なことだと、思っても、そのまま、従うのは、実に可愛いと、思うのである。
繰り返して、思うのは、あの、頭の中将の話である。
常夏という、女の性質かと、思うが、その性質を隠して、どうなるということではない。
無理に、聞くことはないと、思う。
突然、身を隠して、離れるということはないだろうと、思う。
長くいるならば、心変わりも、あろうが、自分は、そんなことはないから、大丈夫だ。
自分も、心変わりなどあれば、更に、面白いが、と、思うのである。


この辺りになると、源氏という男が、老練な恋のチャレンジーだと、思うが、それにしても、変わり身が、早い。
トントンと、話が進む。

少し移ろふ事あらむこそ あはれなるべけれ
少し、移ろいやすいと、面白いというのである。
そこでの、あはれ、の使い方である。

あはれ、とは、面白いとも、言うのである。


はづき十五夜、くまなき月かげ、ひま多かる板屋、残りなく漏り来て、見ならひ給はぬ住まひのさまも、めづらしきに、暁ちかくなりにけるなるべし、隣の家々、あやしきしづのをの声々、目さまして、隣人「あはれ、いと寒しや。今年こそなりはひにも頼む所すくなく、いなかの通ひも思ひかけねば、いと心細けれ。北殿こそ。聞き給ふや」など言ひかはすも聞ゆ。いとあはれなるおのがじじのいとなみに起き出でて、そそめきさわぐもほどなきを、女いと恥づかしく思ひたり。


八月十五日の夜。
中秋の名月である。
冴えた月光が、隙間の多い、家に差し込んでくる。
見慣れない、家の様子が、はっきりと見える。
それが、珍しい。その上、明け方近くであろう、隣の家々から、賎しい男どもの、声が聞こえる。
それぞれ、目を覚まして、いやいや、寒い。今年は、商売も不景気で、田舎の商いも、望めない。心細いことだ。北隣さん、聞いているかい。と、言う。
細々した仕事に起き出している。
女は、いたく恥ずかしいと、思うのである。


あはれ、いと寒しや
この、あはれ、は、感嘆符である。あはれ、と、嘆息したり、感動したり、するときも、使われる。

そぞめきさわぐもほどなきを
現代訳するより、そのままが、ぴったりする、表現である。
そぞめき、次第に、徐々に、と、訳せるが。


艶だち気色ばまむ人は、消え入りぬべき住まひのさまなめりかし。されど、のどかに、つらきも、憂きも、かたはらいたきことも、思ひ入れたるさまならで、わがもてなしありさまは、いとあてはかにこめかしくて、またなくらうがはしき隣の用意なさを、いかなることとも聞き知りたるさまならねば、なかなか、恥ぢかがやかむよりは、罪ゆるされてぞ見えける。

体裁屋の、気取り屋なら、気絶しそうな家である。
そんな、風景の中、のんびりした性格で、辛いこと、嫌なこと、気恥ずかしいことも、女は、気にする風でもなく、本人は、まことに、上品で、あどけなく、騒々しい隣の騒ぎを聞いても、よく解らず、恥ずかしいと思わない姿が、罪の無いものに、思えるのだった。


実に、面白い、庶民の生活振りである。
そんな、場所に、身分を隠して、女と二人で、居るという、源氏の姿を、想像する。
しかし、これは、始まりなのである。
この、何気ない風景の中に、当時の、不思議な、現象を、作者は、起こす。


ごほごほと、鳴る神よりもおどろおどろしく、踏みとどろかすからうすの音も、枕がみとおぼゆる。「あな耳かしがまし」と、これにぞおぼさるる。何のひびきとも聞入れ給はず。いとあやしうめざましき音なひとのみ、聞き給ふ。くだくだしき事の多かり。


ごろごろと、雷よりも、おどろおどろしく、踏み鳴らす、臼の音も、枕の下からかと、思う。
ああ、やかましい。と、その音である。
しかし、君も、何の音かを、知らないのである。
まったく、変な煩い音としか、解らない。
くだくだしき事が、多いのです。と、作者は、付け加える。


擬態語が、面白い。
ごろごろが、ごほごほ、である。
からうす
臼で、土中にある。それを、長い杵の端を、足で踏むのである。
私は、それを、カレン族の村で見た。
米を、脱穀する時に使うというものである。

当時の、生活の様、いと、おもしろい、のである。

2008年08月21日

もののあわれについて261

しろたへの衣うつ砧の音も、かすかに、こなたかなた聞きわたされ、空とぶ雁の声、とりあつめて、しのびがたき事おほかり。はし近きおまし所なりければ、やり戸をひきあけて、もろともに見いだし給ふ。程なき庭に、ざれたる呉竹、前栽の露は、なほかかる所も同じごと、きらめきたり。


状況、自然描写である。美しい語りである。

白妙の衣うち砧の、音も、微かに、あちこちと、聞こえてくる。
空を飛ぶ雁の、鳴き声も、一緒になり、耐え切れない事も多い。
端近い、ご座所だったので、引き戸を、開けて、女と一緒に、外を、御覧になる。
ざれたる呉竹
お洒落な、呉竹
植え込みに置く、露は、こんな所でも、輝いている。


虫のこえごえ乱りがましく、壁の中のきりぎのりすだに、まどほに変へておぼさるるも、御こころざし一つの浅からぬに、よろづの罪ゆるさるるなめりかし。白きあはせ、うす色のなよよかなるを重ねて、はなやかならぬ姿、いとらうたげにあえかなるここちして、そこととりたててすぐれたる事もなけれど、細やかにたをたをとして、ものうち言ひたるけはひ、あな心苦しと、ただいとらうたく見ゆ。


色々な虫の声が、混じり、壁の中に鳴く、こおろぎさえ、時々にしか、聞かないのが、常のお耳に、じかに、押し付けたように、しきりに鳴くのを、風変わりだと感じるのも、愛情が深く、すべてのもの、許される。
白い、袷に、薄紫の、柔らかな上衣を重ねて、目立たない、服装は、実に、可愛く、弱弱しい感じがする。
また、どこだという、美しさがあるのではないが、ほっそりと、また、弱げに、何かを言うところは、いじらしいと、思うのである。

あな心苦しと ただいとらうたく見ゆ
いじらしい、とか、可愛いという。そのように、見える。
この場合の、心苦しいは、我が心が、締め付けられるような、感覚である。
それは、恋から、発するものである。

心ばみたるたかを、少し添へたらば、と見給ひながら、なほうちとけて見まほしくおぼさるれば、君「いざ。ただ此のわたり近き所に、心安くて明かさむ。かくてのみはいと苦しかりけり」と宣へば、女「いかでか。にはかならむ」と、いとおいらかに言ひて居たり。


少し、気取ってもいいと思いつつ、二人っきりになりたいと、君は、さあ、この近所にて、気楽に、一夜を明かそう。こんなに、人の多い所では、たまらないと、言う。
女は、そんな、急なことを、と、おっとりと答える。

いとおいらかに言ひ
実に、おっとりと、言うのである。
おおらかに、という、ところであろう。


女は、源氏の身分を知らない。源氏も、女の、状況を、知らない。
知らない同士が、恋に嵌る。
恋、というものの、あからさまな、様子を描く。

男と、女の、結びつきに、何も、余計なものは、必要ではない。
曳かれるようにして、曳かれて、恋をする。
しかし、それは、また、ある種の、悲劇に通ずるのである。
紫式部は、それを、この巻で書くのだ。


この世のみならぬ契りなどまで頼め給ふに、うちとくる心ばへなど、あやしくやうかはりて、世なれたる人ともおぼえねば、人の思はむ所もえはばかり給はで、右近を召し出でて、隋身を召させ給ひて、御車引き入れさせ給ふ。このある人々も、かかる御こころざしのおろかならぬを見知れば、おぼめかしながら、頼みかけ聞えたり。

この世だけではなく、来世までも一緒との、約束。
女は、それに、何もかも、任せる、心は、不思議なほどで、男を、知っているとも、思われず、君は、皆の思惑も、構わずに、右近を呼び、命じて、隋身をお召しになり、御車を、引き入れる。
この家の人々も、君の、女に対する、愛情が、普通でないことを、知り、不安になりつつも、従っていた。


うちとくる心ばえ
打ち解ける心の姿である。
あやしくやうかはりて
不思議なほど、従順である。
世なれたる人ともおぼえねば
世慣れたる人とも、見えない。つまり、男を、よく知っているとも、思われない。
それなのに、源氏の言葉に、従うのである。
抵抗しないのである。

随分と、旨い具合に、事が、進む。
しかし、それは、愛でたいことにはならない、のである。

結末を、急がずに、最初の通り、全文を訳すことにする。


明けがた近うなりけり。とりの声などは聞えで、御嶽精進にやあらむ、ただおきなびたる声に、ぬかづくぞ聞ゆる。立ち居のけはひ、絶えがたげに行ふ。いとあはれに、あしたの露にことならぬ世を、何をむさぼる身の祈りにか、と聞き給ふ。


夜明け近くになった。
鶏の声などは、聞こえないで、御嶽精進であろうか、いかにも、年寄りらしい声で、礼拝する声が聞こえる。
立ったり座ったりも、苦しそうな、勤行ぶりである。
かわいそうに見える。
朝置く露に、等しい、命短い人の世を、あの老人は、何を欲して、祈るのかと、お耳を澄します。


何をむさぼる身の祈りか
祈るという行為を、むさぼる、と表現するのが、実に、新鮮である。
祈りも、度を越すと、貪ることになるのだ。
貪る祈りというものを、始めて知った。

もののあわれについて262

老人「南無当来導師」とぞ、をがむなる。君「かれ聞き給へ。この世とのみは思はざりけり」と、あはれがり給ひて、


うばそくが 行ふ道を しるべにて 来む世も深き 契りたがふな

長生殿の古きためしはゆゆしくて、羽をかはさむとは引き変へて、弥勒の世をかね給ふ。行く先の御頼め、いとこちたし。


さきの世の 契り知らるる 身のうさに 行く末かねて 頼みがたさよ

かようのすぢなども、さるは心もとなかめり。

いさよう月に、ゆくりなくあくがれむ事を、女は思ひやすらひ、とかく宣ふほどに、俄に雲隠れて明け行く空、いとをかし。はしたなき程にならぬさきにと、例の急ぎ出で給ひて、かろらかにうち乗せ給へれば、右近ぞ乗りぬる。


南無当来の、導師と拝むのである。
君は、あれを聞いて、あの老人も、この世だけとは、思っていないのだと、哀れをかける。


うばそく、僧侶の、修行を道案内として、来世も、二人の堅い約束を、破らないように

と、長生殿の故事は、死んで別れるという、不吉ゆえ、比翼の約束とは、違い、弥勒菩薩の出現の、来世を、契るのである。
将来の、約束とは、実に、大袈裟であるが。


前世での、約束も、知らない私の不運さゆえに、未来まで、頼むわけには、参らぬようです

このような、返歌の歌も、実は、心細く思うのである。

たゆたう月とともに、行くへも、知れず、出て行こうと、女の決心は、つかず、あれこれと、説得するうちに、月は、雲に隠れて、明け行く空は、美しい。
見苦しくならふようにと、例のように、急いで、お出になり、女を、軽々と抱き寄せて、車に乗せると、右近が、同乗した。

ゆくりなくあくがれむ事を
ゆくりなく、とは、何気なく、目の前に見える風景である。
あくがれむ事を
行動しようとする、思い。
何となく、行動する思いは、あるのだが、今ひとつ、決心が、つきかねるのである。

実は、人生とは、このようなものであるとも、言える。
何となく、そちらに、曳かれて、着いて行くのである。

私は、この、夕顔の巻に、ゆくりなくの、人の人生を、感じるものである。
ゆくりなくが、如くに、人生というものが、あるのかもしれない。
その、時代に、翻弄されて、ゆくりなく、生きるのである。

それは、誰の意思だろうか。
前世の宿縁という、仏教の思想は、実に、それに、マッチしたのである。
解らないことは、前世の宿縁なのであるという、一見、無責任に、思える、ものの考え方に、もののあわれ、というものの、心象風景も、広がるのである。
というより、解らないことを、解らないものだと、容認するのである。

そのわたり近きなにがしの院におはしまし着て、預かり召し出づるほど、荒れたる門のしのぶ草、茂りて見上げられたる、たとしへなく木暗し。霧も深く露けきに、すだれをさへ上げ給へれば、御袖もいたく濡れにけり。


その近所の、某の院に、到着されて、留守居役をお呼び出しになる間、手入れもしていない、門を見上げると、忍ぶ草が、茂って、えもいわれぬ、木の下の闇である。
霧も深く、露じみている。
御簾を上げていたので、気付くと、袖まで、濡れていた。


君「まだ、かやうなる事を慣らはざりつるを、心づくしなる事にもありけるかな。


いにしへも かくやは人の まどひけむ わがまだ知らぬ しののめの道

慣らひ給へりや」と宣ふ。女、恥ぢらひて


山のはの 心も知らで 行く月は うはの空にて 影や絶えなむ


心細く」とて、物おそろしう、すごげに思ひたれば、「かのさしつどひたる住まひの心慣らひならむ」と、をかしくおぼす。


君は、まだこんな事は、知らなかった。気のもめる話だと言う。

昔の人も、こんな風に、うろうろしたのか。私は、経験したことのない、明け方の道だ。

ご存知かと、仰る。女は恥ずかしがって、

山の端の、心も知らず渡り行く月は、大空の途中で、消えてしまうのでございます。
それは、私のこと。

心細く思いますと、言う。
怖そうに、気味悪く思っているのだ。あの、家に慣れてのことだろうと、おかしく、思う。

あの家に、慣れるというのは、現在の慣れるではなく、逆に、慣れないと、考える。
多くの訳は、慣れたとするが、慣れないがために、そのように、気味悪く思うのだと、言う。それを、源氏が、おかしく思う。

あのさしつどいたる住まひの心慣らひならむ と をかしくおぼす
あの、さしつどいたる、家に、住み、心慣れたゆえに、と、おかしく思うのである。
さしつどいたる
これを、訳すことが出来ない。
圧縮したような、家という意味であるが。難しい。

2008年08月22日

もののあわれについて263

御車入れさせて、西の対に、おましなどよそふほど、高欄に御車ひきかけて立ち給へり。右近、艶なるここちして、来しかたの事なども、人知れず思ひ出でけり。預かりいみじくけいめいしありく気色に、この御ありさま知りはてぬ。


御車を引き入れて、西の対に、ご座所などを、設ける間、高欄に、ながえ、を、持たせて、車を立てる。
右近は、味な気がして、過去のことなども、思い出したことである。
留守役が、懸命にお世話をする様子に、君が、どなたであるか、解ってしまった。


ほのぼのと物見ゆるほどに降り給ひぬめり。仮りそめなれど、きよげにしつらひたり。預り「御ともに人もさぶらはざりけり。ふびんなるわざかな」とて、むつまじき下家司にて、殿にも仕うるまつる者なりければ、参り寄りて、預り「さるべき人めすべきにや」など申さすれど、源氏「ことさらに、人来まじき隠れ家、求めたるなり。さらに、心より外に漏らすな」と、口がためさせ給ふ。御かゆなど急ぎ参らせたれど、とりつぐ御まかなひうちあはず。まだ知らぬ事なる御旅寝に、「おきなが川」と契り給ふ事より、ほかの事なし。


ほのぼのと、物が見える時間に、車を、お降りになった。
間に合わせだが、さっぱりとした、ご座所が、設けてある。
留守役は、お供に、誰もいませんが、不都合なことですと、言う。
下家司の、大臣宅にも、出入りする者なので、お傍近くに、来て、しかるべき人を、お呼びしましょうかと、右近を通して、申し上げる。
源氏は、誰も来ることのない場所を、選んだのだ。絶対に、誰にも、言うなと、右近に、口止めを命じる。
お食事などを、急いで、差し上げるが、給仕するのも、揃わないのである。
今までにない、外泊である。
「おきなが川」永久に、語り合うという意味。
と、誓うより、他にないのである。

契り給ふ事より
誓うと、契るとの、二つの意味であろう。
語り合うとは、情交することでもある。
物語するというのは、男女の仲では、情交することである。


日たくるほどに起き給ひて、格子、手づから上げ給ふ。いといたく荒れて、人目もなくはるばると見どころなく、木立いとうとましく物古りたり。け近き草木などは、ことに見どころなく、みな秋の野らにて、池もみくさにうづもれたれば、いとけうとげになりにける所かな。べちなふのかたにぞ、曹司などして住むべかめれど、こなたは離れたり。源氏「けうとくもなりにける所かな。さりとも、鬼なども、我をば見ゆるしてむ」と宣ふ。


日も高くなった頃に、お起きになって、格子を、ご自分で、お上げになる。
庭は、とても荒れて、人影もなく、広々と見渡されて、植木は、気味悪く、古色を帯びている。
間近の、前栽の草木などは、別に見栄えもなく、一面は、秋の野原である。
池も、水草に埋もれて、なんとも、恐ろしい雰囲気である。
離れ屋の方には、部屋を構えて、住んでいる人もいるらしいが、こちらは、離れている。
源氏は、なんとも、恐ろしい場所だ。でも、鬼でも、私なら、許してくれそうだと、言う。


いとけうどげになりにける
大変、恐ろしい雰囲気である。

廃墟のような、所である。
この巻に、相応しい場所を、作者は、用意した。


顔はなほ隠し給へれど、女のいとつらしと思へれば、「げにかばかりにて隔てあらむも、事のさまにたがひたり」とおぼして、

源氏
ゆう露に ひもとく花は 玉ぼこの たよりに見えし えにこそありけれ

露の光りやいかに」と宣へば、しりめに見おこせて、


光ありと 見し夕がほの うは露は たそがれ時の そらめなりけり

と、ほのかに言ふ。をかしとおぼしなす。げに、うちとけ給へるさま、世になく、所がらまいてゆゆしきまで見え給ふ。源氏「尽きせず隔て給へるつらさに、あらはさじ、と思ひつるものを。今だに名のりし給へ。いとむくつけし」と宣へど、女「あまの子なれば」とて、さすがにうちとけぬさま、いとあいだれたり。源氏「よし。これもわれからなめり」と、恨み、かつは語らひ、暮らし給ふ。


顔は、隠していらっしゃるが、女が、それは、酷いと思っている。
こんなことになっても、隔てを置くのは、変なことだと、

源氏
夕露に、ほだされて、堅い蕾が、紐を解いて、顔を見せる花は、道の通りに、逢った縁なのです。

露の光は、どうだと、おっしゃると、流し目に、見て、


光り輝くと、見ました、夕顔の上に置く露は、暮れ方の、見誤りでした。

と、微かに言う。
それも、良いと、思う源氏である。
場所が、場所ゆえ、いっそう美しく見える。
源氏は、いつまでも、隠しているのは、酷すぎる。顔は見せまいと、思っていたが、この上は、名前を、言いなさい。とても、気味が悪いと、言う。
女は、海女の子ですと、答える。
それでも、言うなりに、ならないのが、甘えているのである。
源氏は、しょうがない、これも、自分のせいだと、思う。
恨んだり、話し込んで、その日が、暮れた。


男と女の関係に、身分も、名前も、どうでもいいのである。
しかし、当時は、それは、タブーである。
あえて、紫式部が、この巻を書くのは、何故か。
人生の、一場面に、そういうこともある。
一夜限りの、契りを結ぶ者もいる。
恋とは、そういうものである。そして、更に、説明は、無い。
説明できるような恋など、恋というものではない。
恋とは、セックスであると、何度も書いた。
セックスというものを、どう認識するのかである。
性というものを、どのように、取り扱うのか。

それを、単なる欲望、煩悩として、扱うものだろうか。
私は、それは、恵みであると、古代の人と共に、思う者である。
それに、悩み、煩悶するという様を、迷いというのであれば、そのように、考えることが、迷いである。

万葉が、無ければ、源氏物語も、無かったのである。

2008年08月23日

神仏は妄想である。140

日本の坐禅は、道元が最初にはじめたわけではない。
瞑想法の一つとして、天台宗の比叡山でも、真言宗でも行われていた。
色々な形の、坐禅法が、中国にも、日本にもあった。

広く言えば、念仏することも、坐禅の中に入るのである。

しかし、道元は、釈迦が行った坐禅というものを、しっかりと作り上げたいと考えた。

坐禅は静処よろし。坐褥あつくしくべし。風煙をいらしむることなかれ、雨露をもらしむることなかれ。容身の地を護持すべし
道元

坐禅は、静かな所で、やるべし。
背骨の下に、座布団を敷くべし。
風や煙に当たってはいけない。
雨露に、打たれてはいけない。
坐禅をするのに、適当な場所を確保せよ。

また、当時、坐禅瞑想の形はあっても、それをひとつの威儀のあるセレモニーとして、修行の道場・僧院での朝起きてから寝るまでの、坐禅を中心とした修行の形というものをはじめて道元が確立した。
栗田勇


諸縁を放捨し、万事を休息すべし。
作仏を図することなかれ、坐臥を脱落すべし。

諸縁を捨てて、とは、俗世の因縁を捨てるということ。
仏に成ると思うことも、やめて、更に、坐禅をしているということも、脱落して、突き抜けてという。
座っていることも、忘れよと、言う。

それでは、座る前から、悟りの境地であろう。
禅では、こういう言葉が、多い。
全てを捨てよ、である。
捨てられないから、坐禅をするのであろうと、思うが、そう言うのである。

さらに、面白いのは、
いわゆる非思量を使用すること玲瓏なりといえども、不思量底を思量するには、かならず非思量をもちいるなり
と、言う。

考える考えないという問題を乗り超えるためには、考えことと、考えないということを、相対的にそれぞれの場合に分けて考えないことだ。考えることも考えないこともひっくるめて、そういう次元を否定してしまう。ぽんと飛び出してしまう。そういう思考を非思量と呼んでいるわけです。個々の否定ではなく全否定です。するとまったく予期しない真の精神活動が現れてくる。非思量ということは、まことに玲瓏透明な感じがするが、考えられない境地をさらに考えるためには、非思量しかない。
栗太勇

考えられない、その奥を考えると言う。

一体、これを、理解するには、どうしたらいいのか。
坐禅をする以外に無い。

自分が解放されて宇宙と一体化している。
山のようになる。
エネルギーに充ちた、存在感のあるものになる。
しかも、心が、晴れやかである。

理解するには、坐禅するしかないのである。

しかし、上記、非常に、危険極まるものである。
通常の精神活動から抜けて、自由になるというが、果たして、それは、どういうことか。また、宇宙と一体化するとは、何か。

道元は、37歳の時に、山城に興聖寺を建てて、八年間、法を説き、更に、その後、越前、福井の永平寺へと、移る。
伽藍仏教を否定した、禅堂として、日本仏教史はじまって以来の、新しい、道場である。

求道者は、名利を捨ててまず閑寂の場に定着しなければならぬ。きびしい戒律のもとに、坐禅する独自の「学校」を彼は欲した。乱世のなかにおいてみれば、そこだけが一点静まりかえっているような不動の、言わば「極静の学校」ともいうべきものが彼の構想した禅堂である。「重雲堂式」をはじめ、「洗浄」「洗面」「典座教訓」等、すべてこの建築内における実践綱領であり、同時に入学するものの心得はきびしかった。
亀井勝一郎


それは、つまり
王侯の身分を捨てて乞食修行し、菩提樹の下に坐禅して成道した釈尊の道を、そのままに再現しようとして、仔細な規律と作法と心得をつくりあげたわけである。「釈尊に帰れ」といったときの第一義の道を、彼ほど忠実に歩もうとした人はいない。
亀井勝一郎


兎に角、厳しいのである。
戒律があっても、戒律主義に陥ることなかれであり、つまり、戒律も自然でなければならない。戒律が、難行苦行になっては、いけない。
心身脱落であるから、戒律に、自我という意識が、入ってはならないのである。

死ぬまで、やっても、終わらないであろう。
妻子など、持っていては、そんな修行など、出来ないのである。
余程の、超人でない限りは。


この道に、一筋に賭けた道元であるから、出来た。
それには、出家しなけれぱならない。
在俗では、そんな修行が出来る訳が無い。

これは、多分に、道元の、生まれ育ち、そして、性格がある。
しかし、今、道元の伝記を書く訳には、いかない。

私は、道元の、この修行を否定する者ではない。
それで、有意義に、生きられるのならば、言うことは無い。

また、仏陀の行為に、近い気がする。
ただし、仏陀は、遊行して、教えを説いた。
坐禅をして、成道の後は、出家者、在俗に、関わらず、教えを説いて回った。
更にである。
仏陀は、一言の、書も、残さなかった。


道元の、著作に、多くの者、多くの書き物を、著す。
それは、すべて、解説である。
解釈である。
さらに、その教えの分析である。
これは、道元禅の、堕落であろう。

坐禅をしない者、堂々と、道元を論ずるという、堕落。

私は、否定はしないが、道元が、釈尊の唯一の方法であり、それによって、仏になると、考えることに、批判する。
仏になる、ならないは、人の問題である。
誰も、それに、関与することは出来ない。
更に、仏の自覚は、極めて個人的な、情感である。

もっと、言えば、極めて個人的な、妄想である。

何故、人は仏になるのか、ならなければ、いけないのか。
仏陀は、唯一の救いは、二度と、この世に生まれないことだと、明言した。

坐禅することも、戒律に生きることも、それは、個人の自由である。
そこでの、様々な、言葉は、それも、また、自由である。
しかし、それが、唯一であるというのは、僭越行為も、甚だしい。

己一人が、それを、黙々と、行為すべきであり、それを、人に説くとは、何事か。

更に、である。
今、現在の、道元門を引き継ぐ者の、多くは、一体、何を行っているのか。
それも、自由で、いいはずはない。
多くの人に、迷いを、教えるようなものである。
それは、己が、成道せずに、人に仏を、説くことである。

仏にならずに、仏の道など、説けるものではない。それでは、学者と、同じである。
痛くも、痒くも無い、学者の研究と、同じである。

更に、その学者を立てて、道元禅を、肯定する様など、魔としか、言い様が無い。

坐禅は、魔境を作り出す。
魔境とは、あたかも、悟った者であるかの如く、であり、あたかも、仏の道に進んでいるように、勘違いすることである。

自分が、仏にならずに、人に仏に、成れとは、説けないのである。

更に、道元は、仏に成ったのか。
我は、仏であると、道元は、どこにも、書かない。
ただ、仏の道に行くには、坐禅あるのみと言うのみ、である。

まだ、行き着かない場所に、行き着いたと、思い込む、妄想するという、程度であり、道場を作ったのであり、仏の場所を作ったのではないということ。

道場、つまり、迷いの、場であるということ。
その、迷い波動の中に、身を置くことは、私には、出来ない。

2008年08月26日

もののあわれについて264

惟光尋ね聞えて、御くだものなど参らす。右近が言はむ事さすがにいとほしければ、近くもえ侍ひ寄らず。「かくまでたどりありき給ふ。をかしう、さもありぬべきありさまにこそは」と、おしはかるにも、「我がいとよく思ひよりぬべかりし事を、譲り聞えて、心ひろさよ」など、めざましう思ひをる。


惟光が、探し出して、御くだものなどを、差し上げる。
右近に会ったら、聞かれるだろうと思うと、気の毒で、お近くに、居候もできない。
こんなにまで、うろつき回るということ、実に、また、面白いのである。
我が君を、こんなに、熱中させるほどの、女かと、思われて、自分が、手に入れることのできたものを、お譲りしたという気持ちは、度量が広いと、呆れ返る、思いでいる。


めざましう思ひをる
これは、作者の感想である。
自画自賛していると、作者が、呆れるのである。
あたかも、本当の話のように、である。


たとしへなく静かなるゆふべの空をながめ給ひて、奥のかたは暗うものむつかし、と、女は思ひたれば、端のすだれをあげて、添ひ臥し給へり。夕ばえを見かはして、女もかかるありさまを、思ひのほかにあやしきここちはしながら、よろづの嘆き忘れて、すこしうちとけゆくけしき、いとらうたし。


譬えようもない、静かな夕方の空、目をやり、部屋の奥は、気味が悪いと思う女なので、君は、縁側に近い、御簾を巻き上げて、横になった。
夕映えに、映える顔と顔を、見合って、女は、思いがけないことと、思うが、辛さも、苦しさも、忘れて、少しづつ、大胆になってゆくところが、可愛いと思うのである。

たとしへなく静かなるゆふべの空
言葉が、見いだせないような、静かな夕空である。
思ひのほかにあやしきここちはしながら
このような、心境は、どんな心象風景なのだろうか。
思いもよらない、あやしき心地という。
怪しい、とも、妖しいとも、書く。

うちとけゆくけしき
気色という言葉は、心の様を言う。
風景の、景色ではない。
心の気色である。
しかし、風景の景色というものも、気色と書くのである。
つまり、目の前の、景色も、心の中に写る気色というものに、なって、はじめて、景色が、気色になるのだ。

二つの意味を、兼ねる時に、けしき、と書く。


つと御たかはらに添い暮らして、物をいとおそろしと思ひたるさま、若う心ぐるし。格子とくおろし給ひて、大殿油参らせて、源氏「名残なくなりにたる御有様にて、なほ心のうちの隔て残し給へるなむつらき」と恨み給ふ。

お傍に、一日中いる間、何となく、怖そうにしている様などは、子供のようで、いじらしいと思う。
源氏は、格子を、早めに下ろし、燭台に火を点させて、言うままになっているのに、名を言わないとは、ひどい、と、恨み言を言う。

「うちにいかに求めさせ給ふらむを、いづこに尋ぬらむ」と、おぼしやりて、「かつはあやしの心や。六条わたりにもいかに思ひ乱れ給ふらむ。恨みられむも苦しうことわりなり」と、いとほしきすぢは、まづ思ひ聞え給ふ。なに心もなきさしむかひを、あはれとおぼすままに、「あまり心深く、見る人も苦しき御有様を、すこしとりすてばや」と、思ひくらべられ給ひける。


宮中では、どんなにか、探していることだろうと、思う。
使者に当たった者は、どこを、探しているのだろうかと。
そのように、思えば、我ながら、変ではあると、思うのである。
六条の御方も、どんなに、案じておいでであろうか。
恨まれるのは、苦しいことだが、まず、六条の方を、思うのである。
目の前の、女が、何の躊躇いもなく、向かい合っているのを、見て、可愛く思う反面、あのお方を、お相手するのは、息苦しく、感じると思う。
それを、少し取り除けばと、思いつつ、目の前の女と、比較するのである。


うち、とは、宮中、つまり、天皇である。源氏の父帝のことである。
そして、その命を受けた者たちである。

隠れて、女と、一緒にいるという、妖しい思いを、楽しむのである。
しかし、それも、つかの間である。
物語は、一気に、妖しくなるのである。

もののけ、というものが、登場する。
それは、単なる、幽霊などではない。
女を、死に至らしめる、もののけ、である。

そこまで、至らしめるために、今までの、準備があった。
作者は、すでに、その結末を知って、ゆるやかに、物語するのである。

作者とは、語り手である。
紫式部は、語り手の、手法を持って、物語を書く。
以後の、小説、物語は、それを、手本とするのである。

また、多く、主語を省くという、物語の伝統を、築いたとも、言える。
心の様は、読み込んでゆけば、自然に理解出来るようになっている。
しかし、これは、日本文学の、特徴とも、言えるのである。

現代訳する時に、これは、誰の心境だろうと、思われる箇所、多々あり。
しかし、自然に、それが、理解されるのである。
それは、歌道の、教養のゆえである。

文学、とりわけ、日本文学とは、歌道の、学びが、必要不可欠である。

2008年08月27日

もののあわれについて265

よひすぐるほど、少し寝入り給へるに、御枕がみにいとをかしげなる女いて、怪「おのがいとめでたしと見奉るをば、たづね思ほさで、かくことなる事なき人をいておはして、時めかし給ふこそ、いとめざましくつらけれ」とて、この御かたはらの人をかき起こさむとす、と見給ふ。ものにおそはるるここちして、おどき給へれば、燈も消えにけり。


宵過ぎる頃、少し寝入りなさった時、枕元に、美しい女がいた。
その女が、ご立派だと、思い申している私を尋ねることなく、こんな取りえの無い女を連れて、大切にしてること、見ていられません、たまりませんと、言い、傍の女を、引き起こそうとする。
そんな夢を見て、うなされる気持ちがして、驚き、起きると、燭台の燈も消えていた。


長い前段階があり、いよいよ、この巻の、本ストーリィーである。

ちなみに、霊的なもの、ここでは、怪しきもの、は、夢という、意識と、無意識の狭間で、揺れる意識に、コンタクトするものである。
その有様は、夢だとしか、認識することが出来ない。
しかし、本当は、その、たゆたう意識の、中で起こることである。
心理学では、自分が起こしていると、考える。

うたておぼさるれば、太刀を引き抜きて、うち置き給ひて、右近を起こし給ふ。これも、おそろしと思ひたるさまにて、参れよれり。源氏「わた殿なるとのい人おこして「紙燭さして参れ、と言へ」と宣へば、右近「いかでかまからむ。暗うて」と言へば、源氏「あなわかわかし」と、うち笑ひ給ひて、手をたたき給へば、山びこのこたふる声いとうとまし。


不気味に感じて、太刀をそっと引き抜いて、そっとそこに置く。
右近を呼ぶ。
右近も、怖がっているようである。
源氏は、渡殿にいる宿直を起こして、紙燭をつけて参れと、言えと、命じた。
右近は、どうして、参れましょう、暗くて、と言う。
源氏は、笑い、子供のようじゃと、言い、手を叩いた。
その音が、山彦のように、響くのが、実に、不気味である。

いとうとまし
大変、疎ましい、とは、嫌な気分であり、それが、更に、気味の悪いものに、思えるのである。

人え聞きつけで、参らぬに、この女君、いみじくわななきまどひて、「いかさまにせむ」と思へり。汗もしとどになりて、われかの景色なり。右近「物おぢをなむわりなくせさせ給ふ本性にて、いかにおぼさるるにか」と右近も聞ゆ。「いとかよわくて、昼も空をのみ見つるものを。いとほし」と、おぼして、源氏「われ人を起さむ。手たたけば、やまびこのこたふる、いとうるさし。ここにしばし近く」とて、右近を引き寄せ給ひて、西のつま戸に出でて、戸をおしあけ給へれば、渡殿の燈も消えにけり。

人の耳には、入らず、誰も来ない。
この女は、ひどく震え、怯えて、どうしていいのか、解らない有様である。
汗も、びっしょりとかいて、正体もない様である。
右近が、むやみに怖がる性格です。どんな気持ちで、いられますやらと、言う。
とても弱々しく、昼間も、空ばかりを、見ていたのであると、思い、源氏は、私が、誰かを、起こす。手を叩くと、山彦が、響いて、うるさい。さあ、ここに来て、傍にいてくれ、と、右近を引き寄せる。
源氏は、西の妻戸に出て、戸を開けると、渡殿の燈も、消えていた。

風すこしうち吹きたるに、人は少なくて、さぶらふ限り、みな寝たり。この院の預かりの子、むつまじく使い給ふ若きをのこ、またうへわらはひとり、例の隋身ばかりぞありける。召せば、御こたへして起きたれば、源氏「紙燭さし参れ。隋身も弦打ちして絶えずこわづくれと仰せよ。人隠れたる所に心とけて寝ぬるものか。惟光の朝臣の来たりつらむは」と問はせ給へば、男「さぶらひつれど、おほせごともなし。あかつきに御迎へに参るべきよし申してなむ、まかで侍りぬる」と聞ゆ。


風が、そよめいているが、人は少なく、控えの者は、皆、寝ている。
この家の、留守役の子で、身近くお使いになる、若い男、そして、殿上童が一人、いつもの、隋身がいた。
お呼びに成ると、返事をして、起きてきた。
源氏は、紙燭をつけて来なさい。隋身も、弦打ちして、声をかけて、回れと、言う。
人気無しと思い、気を許し、寝る者があるか。惟光の朝臣が、来ていたであろうと、問うと、控えておりましたが、命もなく、明け方に、お迎えにまりると、申して、退出しました、と申し上げる。


さぶらう限り
全員ということ。

弦打ちして絶えずこわづくれ
弓の弦を弾き鳴らすことで、魔を祓うのである。
こわづくれ
声を出せ。名を言うとか、時刻を言う。

単なる夢のことで、これほどに、なるという、当時の感覚である。
夢というものも、一つの現実なのである。
単なる、夢では、終わらない。

感受性の違いである。
豊かに富んだものだった。

このかう申すものは滝口なりければ、弓弦いとつきつきしく打ち鳴らして、男「火あやうし」と言ふ言ふ、預かりが曹司のかたにいぬなり。内をおぼしやりて、「名体面はすぎぬらむ。滝口のとのいまうし今こそ」とおしはかり給ふは、まだいたうふけぬにこそは。


このように、申す者は、滝口の士である。
弓を、いかにも、それらしく鳴らし、火の用心と言いながら、留守居役の部屋の方に行く。
源氏は、その声に、宮中を思い出し、名体面は、済んだであろうか。滝口の、宿直、とのい、申しが、と推測する。
では、夜は、それほど、更けていないのである。
と、作者が、付け加える。


滝口とは、清涼殿の東北である。
御溝水の流れ落ちる場所にいる警備の、侍をいう。
蔵人所に属する者である。

宮中では、午後九時頃に、宿直の者が、名を名乗るのである。
その、名体面、つまり、名を名乗りあった後に、弓を鳴らし、更に名を名乗るのである。

2008年08月28日

もののあわれについて266

帰り入りて、さぐり給へば、女君はさながら臥して、右近はかたはらにうつぶし臥したり。源氏「こはなぞ。あなものぐるほしのものおぢや。あれたる所は、きつねなどやうのものの、人をおびやかさむとて、け恐ろしう思はするならむ。まろあれば、さやうのものにはおどされじ」とて、ひき起し給ふ。


部屋に戻り、ご座所に入って、手探りされると、女は、元のままに、横になり、右近は、傍にうつぶして、寝ている。
源氏は、どうしたのだと、問う。何と、馬鹿げた怯えよう。人の住まない所は、狐などが、人を脅そうとして、恐ろしがらせるのだろう。私が、いるゆえに、そんなものに、脅されないと言い、右近を引き起こすのである。


あな ものぐるほしの ものおぢや
ああ、なんという、怯えようだ。馬鹿げている。

狐が、人を脅すという、考え方が、面白い。
しかし、それは、戦後までも、続く、民間信仰の元になっていた。
お狐様である。
稲荷を、お狐さまと、呼んで、お奉りするのである。
更に、龍神や、天狗というものも、ある。

それを、迷信だと、笑えないのは、そういう、想念体があるからである。
例えば、稲荷信仰に、のめり込んだ者が、死後、稲荷の想念体を作るのである。龍神も、天狗も、同じである。


信じ込む念というのも、それは、広い意味での、物質である。
以下省略。

右近「いとうたてみだりにごこちのあしう侍れば、うつぶし臥して侍るや。おまへにこそわりなくおぼさるらめ」と言へば、源氏「そよ。などかうは」とて、かいさぐり給ふに、息もせず。ひき動かし給へど、なよなよとして、われにもあらぬさまなれば、「いといたく若びたる人にて、もものにけどられぬるなめり」と、せんかたなきここちし給ふ。


右近は、もうたまりません、気持ちが悪くて、つっぷしていましたと、言う。
お姫様は、怖がっておいでてしょうと、言うと、源氏は、本当に、どうして、と、仰りながら、手探りすると、息もしないのである。
揺り動かしてみると、なよなよして、正体も無いのである。
まるっきり、子供のようで、魔物に、生気を奪われたのだろうと、思うのである。


おまへにこそ わりなく おぼさるらめ
御前であり、女を敬称する。お姫様は、どうしているのでしょう、か。

いと いたく 若びたる人にて
とても、いたくは、同じく感嘆である。
子供のように。

紙燭もと参れり。右近も動くべきさまにもあらねば、近き御凡帳を引き寄せて、源氏「なほ、もて参れ」と、宣ふ。例ならぬことにて、おまへ近くもえ参らぬつつましさに、長押にもえのぼらず。源氏「なほもてこや。ところに従ひてこそ」とて、召し寄せて見給へば、ただみの枕上に、夢に見えつるかたちしたる女、おもかげに見えて、ふと消えうせぬ。

滝口が、紙燭を、持って上がった。
右近も、動けそうもない様子。
傍の御凡帳を引き寄せて、女を起し、源氏は滝口に、もっと、こちらに持って来なさいと、言う。
かつてないことと、お傍近くに、来られない様子である。
敷居にも、近づけないのである。
源氏は、もっと、近くに持ってくるようにと言う。
礼儀も、場所によるものだと、滝口に言うのである。
呼び寄せて、御覧になると、女の、枕元に、夢に見た、恰好のそのままの女が、幻に見えて、ふと、消えた。


例ならぬことにて おまへ近くもえ参らぬ つつましさに
かつてないことである。
御前に出るということは、出来ないという、礼儀である。
いつもは、人を介して、お話するという、決まりである。
身分制度は、厳しかったのである。
君なる方は、御付の者を通して、命を、下される。

昔物語りなどにこそ、かかる事は聞け、と、いとめずらかにむくつけけれど、まづ、「この人いかになりぬるぞ」と思ほす心さわぎに、身のうえも知られ給はず、添ひ臥して、源氏「やや」と、おどろかし給へど、ただひえにひえいりて、息はとく絶えはてにけり。いはむかたなし。

昔物語などには、このような話は、あるが、と、実に、奇怪で、気味が悪いのである。
何より、女は、どうしたのかと、思う。
自分のことさえ、考えられない。
寄り添い、声を掛けるが、すっかり冷え切って、息が切れている。
何とも、言いようがないのである。


いと めずらかに むくつけけれど
珍しく、むくつけ、奇怪である。

息は とく 絶えはてにけり
息が切れて、絶えている。


さらり、と、書くが、女は、死んだのである。

この、奇怪な物語は、何を伝えるものか。
名も知れぬ女の、死である。
ミステリーであるが、それは、物語の、ミステリーでもある。

先ほどまで、生きていた者が、今は、死んでいるという、設定は、残酷である。
それも、物の怪である。

作中の人は、物の怪に、無力である。

2008年08月29日

もののあわれについて267

頼もしく、いかにと言ひふれ給ふべき人もなし。法師などをこそは、かかるかたの頼もしきものにはおぼすべけれど、さひそ強がりたまへど、若き御心にて、いふかひなくなりぬるを見給ふに、やるかたなくて、つといだきて、源氏「あがきみ。いきいで給へ。いといみじき目な見せたまひそ」と宣へど、ひえいりにたれば、気配ものうとくなりゆく。

力になる人、どうしたらと、相談できる人も、いない。
法師などは、こんな場合は、力になる人と、考えてもよいが。
あれほど、強がっていたが、まだ、お若い方ゆえ、むなしく死んでしまったことを、御覧になると、堪え切れず、じっと抱きしめて、あがきみ、生き返ってくれ。いといみじき目な見せたまひそ、と、思う。
しかし、冷え切った体は、気配もの、うとくなりゆく、のである。


いといみじき目な見せたまひそ
酷い目にあわせないでくれ。
うとく なりゆく
疎ましくさえ、思われる。遠くに、去ってしまった、感覚である。

右近は、ただあなむつかしと思ひけるここち、みなさめて、泣きまどふさまいといみじ。南殿の鬼の、なにがしのおとどをおびやかしけるたとひをおぼしいでて、心強く、源氏「さりともいたづらになりはて給はじ。よるの声はおどろおどろし。あなかま」と、いさめ給ひて、いとあわただしきに、あきれたるここちし給ふ。

右近は、怖いという気持ちが、消えて、泣きうろたえるのである。
何とも、なだめようがない。
源氏は、南殿の、鬼の、某大臣を、脅した話を、思い出し、気強くなった。
源氏は、いくらなんでも、このまま、亡くなるということは、あるまい。夜の声は、大袈裟に響く。
静かにと、たしなめるが、まことに、慌しい成り行きとなり、茫然自失である。


このところを召して、源氏「ここにいとあやしう、物におそわれたる人の悩ましげなるを、ただ今、惟光の朝臣の宿る所にまかりて、急ぎ参るべきよし言へと仰せよ。なにがしアジャリ、そこにものするほどならば、ここに来べきよし忍びて言へ。かの尼君などの聞かむに、おどろおどろしく言ふな。かかるありき許さぬ人なり」など、みの宣ふやうなれど、胸ふたがりて、この人をむなしくしなしてむ事の、いみじくおぼさるるに添へて、おほかたのむくむくしさ、たとへむかたなし。


滝口を呼んで、源氏は、ここに、いとあやしう、物の怪に襲われた人がいる。今すぐに、惟光の朝臣の宿所に行き、急いで来るようにと、隋身に言いつけよ。惟光の兄の、アジャリが、そこにいるならば、ここに来るようにと、こっそり申せ。あの、母の尼君の耳に、入らぬように、仰々しくは、言うな。忍び歩きを、喧しく言う人だから。
と、言いつつ、胸が一杯で、この女を、このまま、亡くしてしまったら・・・と思う。
加えて、辺りの、気味の悪さである。

この巻の、マライマックスであるが、淡々として、筆が進む。
女が死ぬという、大事である。
しかし、源氏は、おろおろするばかりである。

若気の至りの行為であったが、その、結末としては、あまりに、気の毒である。
物の怪に、憑かれて、死んだということは、なにを意味するのか。

そして、その、物の怪の正体とは、である。

それらが、また、順々と語られるのである。
今度は、回想風になってゆく。

しかし、その前に、源氏の姿である。


夜中も過ぎにけむかし、風のややあらあらしう吹きたるは。まして松のひびき木ぶかく聞えて、けしきある鳥のからごえになきたるも、ふくろふはこれにやとおぼゆ。うち思ひめぐらすに、こなたかなたけどほくうとましきに、人声はせず。などて、かくはかなき宿りはとりつるぞ、と、くやしさもやらむかたなし。


夜中も過ぎたようである。
風が、少し強く吹き出した。
まして、松風の様は、茂ったさまの響きである。
異様な鳥が、生気の無い声で鳴く。フクロウとは、この鳥なのかと、思わせる。
色々と思ってるみるに、ここもかしこも、人気もなく、不気味で、人の声も聞こえない。
どうして、こんな所に、泊まったのか。そう思うが、誰のせいにも出来ない。


かくはかなき宿りは とりつるぞ
どうして、こんな宿を取ってしまったのか。泊まったのかと、自問自答する。
後悔するのである。

右近はものもおぼえず、君につと添い奉りて、わななき死ぬべし。またこれもいかならむと、心そらにて捕らへ給へり。われひとりさかしき人にて、おぼしやるかたぞなきや。灯はほのかにまたたきて、母屋のきはに立てたる屏風のかみ、ここかしこのくまぐましくおぼえ給ふに、ものの足音ひしひしと踏み鳴らしつつ、うしろより寄りくるここちす。「惟光とく参らなむ」とおぼす。ありか定めぬ者にて、ここかしこ尋ねける程に、夜のあくるほどの久しさは、ちよを過ぐさむここちし給ふ。


右近は、正体もなく、君にぴったりと、添ったままである。
震えて死にそうである。
女ばかりか、この女も、どうなるか、解らないと、上の空で、つかまえている。
自分一人が、醒めていて、途方にくれる。
灯は、微かにして、母屋の境に立てた、屏風の上、その他あちこちが、暗いのである。
何か、足音が、ミシミシと踏み鳴らし、後から、寄って来る感じがする。
惟光よ、早くと、思う。
お使いが、あちこちと、探している間と、夜の明ける間の、長いことは、千夜を過ごすような気持ちである。


われひとり さかしき人にて おぼしやる かたぞなきや
自分一人が、さかしき人、賢い人であるが、ここでは、しっかりしている、と読む。
自分だけが、その状況を、明確に意識し、認識しているのである。
それだけに、恐怖もまた、強いのである。

一体、何事が、起こったのかという、奇怪な気持ちと、事後の収拾である。
もう、手出しが出来ないのである。

ちよを過ごさむ
千代を、過ごすような気持ちである。

この夜の、出来事は、源氏を、しばし、悩ませることになる。

2008年09月06日

もののあわれについて268

からうじて鳥の声はるかに聞ゆるに、「命をかけて、何の契りにかかる目を見るらむ。わが心ながら、かかるすぢにおほけなくあるまじき心の報いに、かく来しかた行く先のためしとなりぬべき事はあるなめり。しのぶとも、世にあること隠れなくて、内に聞し召さむをはじめて、人の思ひ言はむこと、よからぬわらはべの口すさびになるべきなめり。ありありて、をこがましき名をとるべきかな」と、おぼしめぐらす。

ようやく、鶏の声が、遠くに聞こえた。
君は、心の内で、命まで、賭けて、なんの因果で、このようなことになったのか。我が心の内からとはいえ、この道の、不謹慎な欲望の、応酬で、過去や、未来に例となるような、事件が起こったのだ。
隠しても、実際に、起こったことは、隠せない。
いつかは、主のお耳に入ることだろう。そして、世間の思惑、噂になり、更に、賎しい童たちの、噂の種になる。
挙句の果て、愚か者と、言われることだろう。と、考え続けるのである。


かく来しかた行く先の ためしとなりぬべき事は あるなめり
過去や、未来の、例になるだろう。

しのぶとも 世にあること隠れなくて
隠しても、隠くすことは、出来ない。


かろうじて惟光の朝臣まいれり。よなかあかつきと言わず、御心に従へる者の、こよひしもさぶらはで、召しにさへおこたりつるを、憎しとおぼすものから、召し入れて、宣ひ出でむことのあへなきに、ふとものも言はれ給はず。

やっと、惟光の朝臣が、来た。
夜中でも、朝でも、御意に背かない者が、今夜という今夜に限り、お傍に、いず、その上、お召しに、遅れたことを、けしからんと、思いつつも、呼び寄せて、お言葉に、されようとするが、情けない話になので、急に、口が、利けないのである。


右近、太夫のむはひ聞くに、初めよりの事うち思ひ出でられて、泣くを、君もえ堪へ給はで、我ひとりさかしがり、いだき持給へりけるに、この人にいきをのべ給ひてぞ、悲しき事もおぼされける。とばかりいといたく、えもとどめず泣き給ふ。


右近は、太夫が来たことを知り、初めからのことが、思い出されて、泣く。
君も、我慢出来ずに、一人、気丈に、抱かかえていたが、惟光に、ほっとされて、悲しい思いが湧きあがる。
しばらくの間、止めようもなく、お泣き続けになるのである。


ややためらいて、源氏「ここにいとあやしき事のあるを、あさましと言ふにも余りてなむある。「かかるとみの事には、読経などこそはすなれ」とて、その事どももせさせむ、願などもたてさせむとて、アジャリものせよと言ひやりつるは」と宣ふに、惟光「昨日山へまかりのぼりにけり。まづいとめづらかなる事にも侍るかな。かねて例ならず御ここちのものせさせ給ふ事や侍りつらむ」源氏「さる事もなかりつ」とて泣き給ふさま、いとをかしげにらうたく、見奉る人もいと悲しくて、おのれもよよと泣きぬ。

しばし、気を静めてから、源氏は、ここに実に、意外な事が起こり、大変なこと、いや、それ以上のこと。
こんな急なことは、読経などするのが、よいとのこと。
そんなことも色々しようと、願も立て、アジャリも、来るようにと、言っておいたのだ、と仰る。
惟光は、昨日、山に参りました。
何にせよ、不思議な事件でこざいました。
前々から、ご気分の悪いことでも、ありましたか。
源氏は、そんなことは、なかったと言う。
そして、泣いた。
実に、美しく、可愛らしい。
それを、見ている惟光まで、悲しくなり、自分も、声を上げて泣いた。

泣き給ふさま いとをかしげにらうたく
泣き姿が、大変に、をかしげに、見えるという。
作者が、それを、強調する。

しかし、不思議なことに、源氏の姿形が、どこにも、書かれてないのである。
ただ、美しいの、一点張りである。
何故か。
美しいという、物指しを、読む者に、丸投げしているのである。

兎に角、美しい、というのみ、である。
ここに、源氏物語の、テーマがある。
美とは、何か。
美によって、許されるもの。
すべては、美を超えないのである。

源氏は、その象徴である。

この大変な状況にあっても、源氏の美しさを、書くという、紫式部の根性である。
女の死など、物の数ではないというのよな。

源氏の、姿、有り様に、読者を、曳き付ける。

あさましと言ふにも 余りありてなむある
源氏の言葉で、事の重大さを、言う。
あさましいと言うにも、程がある、いや、それ以上に云々である。
あさまし
驚くべきこと、にも、余り有ること、である。

惟光は、あらかじめ、事の有様を、聞いていたと、思われる。
まづいとめづらかなる事にも侍るかな
大変、珍しい、不思議なことがあったのですね。
今までにない、事件である。

それにして、源氏の泣く姿に、貰い泣きするという、惟光である。
作者は、それを、源氏の美しさゆえだという。

物語は、源氏の顔が、見えずに進んでゆくのである。
それの方が、私は、不思議である。

2008年09月07日

もののあわれについて269

さ言へど、年うちねび、世の中のとある事としほじみぬる人こそ、もののをりふしは頼もしかりけれ、いづれもいづれも若きどちにて、言はむかたもなけれど、惟光「この院守りなどに聞かせむ事は、いと便なかるべし。この人ひとりこそ、むつまじくもあらめ、おのづから、もの言ひ漏らしつべき眷属も、立ち交りたらむ。まづ、この院を出でおはしましね」と言ふ。


なんといっても、年も取り、世間のことに経験を積んだ者なら、まさかの時に、頼みになるが、君も惟光も、若者である。
言う言葉がなかった。
惟光は、この屋敷の、留守番などには、話しては、いけない。あの者一人ならばいいが、何かの時に、つい身内の者に、喋ることもあろう。
なににより、この院を出ましょうと、言う。

源氏「さて、これより人少ななる所は、いかでかあらむ」と、宣ふ。惟光「げに、さぞ侍らむ。かのふるさとは、女房などの悲しびに堪へず、泣きまどひ侍らむに、隣しげく咎むる里人おほく侍らむに、おのづから聞え侍らむを、山寺こそ、なほかやうのこと、おのづから行きまじり、もの紛るる事はべらめ」と、思ひまはして、惟光「むかし見給へし女房の、尼にて侍る、ひんがしの山の辺に、移りし奉らむ。惟光が父の朝臣のめのとに侍りし者の、みづはぐみて住み侍るなり。あたりは人しげきやうに侍れど、いとかごかに侍り」と、聞えて、明けはなるる程の紛れに、御車寄す。

源氏は、でも、ここより、人気の無いところはないだろうと、言う。
惟光は、いかにも、そうですが、あの元の家は、女房などがかなしに堪えきれず、泣き騒ぐでしょう。隣近所も、下々の者たちが、聞き耳を立て、評判になります。
山寺なら、このようなことは、自然にありましょうから、目立だないだろうと、思案し、
以前、懇意にしていた、女房が、尼になって住んでおります、東山の辺りに、移しましょう。惟光の、父の乳母だった者です。
老い崩れて住んでいます。
あの辺は、人目が、多いようですが、至って、静かな場所です。
と、申し上げて、夜明けの頃の、ざわめきに紛れて、御車を寄せるのである。

みづはぐみて
はなはだしく年を取る。
老いに崩れて。

いとかごかに
閑散としている。
静寂がある。


この人をえいだき給ふまじければ、うはむしろにおしくくみて、惟光乗せ奉る。いとささやかにて、うとましげもなくらうたげなり。したたかにしもえせねば、髪はこぼれいでたるも、目くれまどひて、あさましう悲しとおぼせば、なりはてむさまを見む、と、おぼせど、惟光「はや御馬にて二条の院へおはしまさむ。人さわがしくなり侍らむ程」とて、右近を添へて乗すれば、かちより、君に馬は奉りて、くくり引上げなどして、かつはいとあやしく、おぼえぬ送りなれど、御気色のいみじきを見奉れば、身を捨てて行くに、君はものもおぼえ給はず、われかのさまにておはし着きたり。

この女を、君は、抱けそうにもないので、上敷きにくるみ、惟光が、乗せた。
とても、小柄で、厭な感じもなく、かわいらしい。
髪が、こぼれ出しているのが、目に入ると、君は、涙が溢れ出し、何も見えず、たまらなく悲しく思い、その果てを、見届けようとするが、惟光が、早くお馬で、往来が、騒がしくならないうちに、二条の院に、お帰りくださいと、言う。
車には、右近を付き添わせて、乗せる。
惟光は、徒歩にて、君には、馬を差し上げ、指貫の裾をくくり上げて、行く。
実に、妙な葬送である。
源氏の、悲嘆する様を見て、我が身のことは、考えないのである。
源氏は、何も判断できず、我を失う有様で、二条の院に到着した。


かつは いとあやしく
実に奇妙で、ある。

われ かれの さまにて
我なのか、彼なのか、つまり、我を忘れる様。

あっけなく、物の怪により、命を落とした、夕顔の巻である。

これは、後の物語の、伏線にもなるのである。
当時の、死霊、生霊に対する考え方が、伺える。
それらは、物の怪なのである。

目に見えない世界と、関わって生きているということ、実感として、感じていた時代である。
医学というものが、なかった時代は、その死因なども、解らない。
急死の場合は、物の怪に、憑かれたと、考える。
そうして、原因として、納得していたのである。

現代でも、原因不明の、死というものがある。
どんなに、医学が発達しても、原因不明というものは、ある。

また、この時代は、そういう、目に見えない世界を相手にする、陰陽師という存在があった。それは、宮廷が認めた存在である。
陰陽博士とも言われた。

有名な、安陪清明なども、その一人である。
陰陽とは、中国の、陰陽五行からのもの。ただ、道教などの影響もあり、更に、元からあった、霊的所作を加味して、独特の修法を行ったものである。

更に、当時は、密教の影響により、加持祈祷というものが、当たり前であり、病快癒のための、加持祈祷は、貴族を中心に、多く行われていた。
これについては、このエッセイの主旨ではないので、省略する。

出来心での、行為で、女を死なせたという、源氏の、悲しみと、悩みが、はじまる。
我が身を責める日々である。
それが、どのような形で、新たに展開するのか。

物語は、どんどんと、進む。

もののあわれについて270

人々、「いづこよりおはしますにか、悩ましげに見えさせ給ふ」など言へど、御帳のうちに入り給ひて、胸を押さへて思ふに、いといみじければ、「などて乗り添ひて行かざりつらむ。いかなるここちせむ。「見捨てて行きあかれにけり」と、つらく思はむ」と、心まどひのうちにも思ほすに、御胸せきあぐるここちし給ふ。御ぐしも痛く、身も熱きここちして、いと苦しくまどはれ給へば、「かくはかなくて、我もいたづらになりぬるなめり」と、おぼす。

女房たちは、どこからお帰りやら。ご気分が悪いようです。などと、言う。
黙って、御帳台の中に、お入りになる。
胸に手を当てて思うと、どうにも、たまらなくなり、どうして一緒に乗ってあげなかったのかと、生き返ったとしたら、どんな気がしよう。見捨てていかれた、薄情者だと、思うだろう。心騒ぐ中にも、そう思われる。
胸がつまり、頭も痛くなり、熱もあるようである。
とても、苦しく、このように元気がないとは、自分も、死んでしまうのではないか、と思うのである。


かくはかなくて 我もいたづらになりぬるなめり
このように辛くては、我も、死ぬのかもしれない。

女の死に、自分の死を、考える。

心まどひのうちにも
心の、惑い、動顚である。


日たかくなれど、起き上がり給はねば、人々あやしがりて、御かゆなどそそのかし聞ゆれど、苦しくて、いと心ぼそくおぼさるるに、内より御使ひあり。きのふえ尋ね出で奉らざりしより、おぼつかながらせ給ふ。おほい殿の君だち参り給へど、頭の中将ばかりを、源氏「立ちながら、こなたに入り給へ」と宣ひて、みすのうちながら宣ふ。


日は、高くなったが、起き上がりされないので、女房たちは、変だと思いつつ、食事をお勧めするが、君は、苦しく、心細くいらっしゃる。
そこに、宮中から、お使いが、ある。
昨日、お捜し出せなかったので、主は、ご心配あそばす。
大臣の家の若君方が、お出でになったが、頭の中将だけを呼び、立ったまま、こちらに、お入りくださいと、言う。
御簾を隔てたままに、おっしゃる。


源氏は、正式な衣装に着替えることも、できなかったのだ。
それ程、衝撃的事件だった。

源氏「めのとにて侍る者の、この五月のころほひより重くわづらひしが、かしらそり忌む事うけなどして、そのしるしにや、よみがへりたりしを、このごろまたおこりて、弱くなむなりたる、今ひとたびとぶらひ見よと申したりしかば、いときなきよりなづさひし者の、いまはのきざみに、つらしとや思はむ、と思う給へてまかれりしに、その家なりける下人の病しけるが、俄に出であへでなくなりけるを、おぢ憚りて、日を暮らしてなむ取り出で侍りけるを、聞きつけ侍りしかば、神わざなるころいと不便なる事と、思う給へかしこまりて、え参らぬなり。この暁より、しはぶきやみにや侍らむ、かしらいと痛くて、苦しく侍れば、いと無礼にて聞ゆること」など宣ふ。

乳母である者が、この五月から、重病でありましたが、髪を下ろし、戒を受けて、その効験で、生き返りました。
しかし、近頃、再発して、弱ってしまい、もう一度、見舞ってくれと申すので、幼い時からの、関係であり、臨終の時に、薄情者と、思われると、考えて、参りました。
すると、その家にいた、下人で、病にあった者が、外へ出す間もなく、急死してしまいました。
それを、恐れつつしんで、日が暮れるのを待ち、担ぎ出したことを、耳にして、神事の多いこの頃の事、不都合千万と、恐れ多く感じて、参内せずにいたのです。
今朝、明け方から、風邪でしょうか、頭が痛く、苦しいものですから、はなはだ失礼でしたが、申し上げる次第です。と、仰る。


いと きなきより なづさひし者の
幼き頃からの、親しんでいた者
神わざなるころいと 不便なる事と
神わざ、とは、神事である。九月は、神事が多い。
死の、けがれは、三十日間である。

無礼、ぶらい
ぶれい、ではない。礼無き様をいう。

中将、「さらば、さるよしをこそ奏し侍らめ。よべも御遊びに、かしこく求め奉らせ給ひて、御気色あしく侍りき」と、聞え給ひて、立ち返り、中将「いかなる行き触れにかからせ給ふぞや。のべやらせ給ふ事こそ、まことと思う給へられね」と言ふに、胸つぶれ給ひて、源氏「かくこまかにはあらで、ただおぼえぬけがらひに触れたるよしを奏し給へ。いとこそたいだいしく侍れ」と、つれなく宣へど、心のうちには言ふかひなく悲しき事をおぼすに、御ここちも悩ましければ、人に目も合はせ給はず。蔵人の弁を召し寄せて、まめやかにかかるよしを奏せさせ給ふ。おほい殿などにも、かかる事ありてえ参らぬ御せうそこなど聞え給ふ。

中将は、それでは、その旨を、奏上いたしましょう。
昨夜も、音楽の際に、しきりに、お捜しあそばして、ご機嫌、ななめに拝しました。
と、申し上げて、一度立ったが、また、引き返して、どうした、けがれに、出会いましたのやら。お話の内容は、事実とは、思えません。と言う。
源氏は、ドキッとして、詳しい内容ではなく、ただ、思いがけない、穢れに、出合ったとだけ、奏上してください。
まことに、申し訳ないことです。
何気なく、仰るが、ご心中は、言葉にもならない、悲しみが、込み上げてくる。
ご気分も、勝れず、相手の視線を、受け止めることもできないでいる。
中将と、同行して来た、蔵人の弁を、呼び寄せて、この事情を、奏上するように、しっかりと、仰せになる。
大臣宅にも、こういう事情で、参内できないと、お手紙など、差し上げるのである。

行き触れに かからせ 給ふぞや
穢れたところに、行きあったということ。

いとこそ たいだいしく
怠怠、である。
不心得、持っての他である。

ここで、源氏の、状況が、よく見えるのである。
その立場と、地位である。

蔵人 くらんど の弁
役職の、位である。
太政官の弁局の、中弁とか、少弁とかを、いう。
更に、蔵人を、兼ねる者である。

2008年09月13日

もののあわれについて271

日暮れて惟光参れり。「かかるけがらひあり」と宣ひて、参る人々も皆立ちながらまかづれば、人しげからず。召し寄せて、源氏「いかにぞ、今はと見はてつや」と宣ふままに、袖を御顔に押しあてて泣き給ふ。

日が暮れて、惟光が、やって来た。
こういう穢れがあると、仰ったので、参上する人も、皆、退出し、お宅は、閑散としていた。
惟光を、呼びよせて、源氏は、どんな、最後を見定めたのか、と言う。
そのまま、袖にお顔をおしあてて、お泣きになるのである。

惟光も泣く泣く、「今は限りにこそは物し給ふめれ。ながながと籠り侍らむも便なきを、あすなむ日よろしく侍れば、とかくの事、いと尊き老僧のあひ知りて侍るに、言ひ語らひつけ侍りぬる」と聞ゆ。源氏「添ひたりつる女はいかに」と宣へば、惟光「それなむ又え生くまじく侍るめる。右近「われも遅れじ」とまどひ侍りて、けさは谷に落ち入りぬとなむ見給へつる。右近「かのふるさと人に告げやらむ」と申せど、「しばし思ひ静めよ。事のさま思ひめぐらして」となむ、こしらへおき侍りつる。と語り聞ゆるままに、いといみじとおぼして、源氏「我もいとここち悩ましく、いかなるべきにかとなむおぼゆる」と宣ふ。


惟光も、泣く泣く、もう最後で、ございました。
長いこと、籠もりますのも、不都合ゆえに、明日の日が、よろしゅうございますから、それのことを、尊き老僧で、懇意にしている者に、頼んでおります。と、申し上げる。
源氏は、付き添っていた女は、どうした、と尋ねる。
惟光は、あれは、また、生きられそうにも、ございませんようで。
自分も、一緒にと、正体もなく、今朝など、谷に、飛び込みかけました。
あの、五条の家に、知らせようと言いましたが、しばらく気を落ち着けて、事情を十分考えてからと、慰めました。
そう、報告するのを、源氏は、ただ、悲しくて、たまらず、私も、とても、気分が勝れず、どうなることか、という、気がすると、仰る。

こしらへおき
慰める。
心の有様を、こしらへる、のである。

惟光「何かさらに思ほしものせさせ給ふ。さるべきにこそよろづの事侍らめ。人にも漏らさじと思ふ給ふれば、惟光おりたちて、よろづは物し侍り」など申す。源氏「さかし。さ皆思ひなせど、浮かびたる心のすさびに、人をいたになしつるかごとおひぬべきが、いとからきなり。少将の命婦などにも聞かすな。あま君、ましてかやうの事などいさめらるるを、心はづかしくなむおぼゆべき」と、口がため給ふ。惟光「さらぬ法師ばらなどにも、みな、言ひなすさま異に侍り」と聞ゆるにぞ、かかり給へる。

惟光は、何を、今更、ご心配あそばすのですか。因縁によりてのことです。誰にも、知らせないようにと、惟光が、すべていたしました。と、言う。
源氏は、そうか、そう思ってみるが、浮気心の、遊びから、人を死なせてしまった非難は、避けられないのが、実に、たまらない。少将の命婦などにも、知らせるな。尼君なら、いっそうに、喧しい。知られたら、会わす顔もない。と、口止めする。
惟光は、その他の、僧などにも、いずれも、皆、違ったように話しています、と言う。
源氏は、それを聞いて、力強く思う。

命婦とは、惟光の、姉妹のことである。
尼君とは、惟光の、母親のこと。

ましてかやうの事など いさめらるるを
まして、こんなことは、諌められる、喧しく言われる。

源氏は、女が、死んだことを、
いとからきなり、と言う。
からき、とは、堪らない気持ちである。

ほの聞く女房など、「あやしく、何事ならむ。けがらひのよし宣ひて、内にも参り給はず。又かくささめき嘆き給ふ」と、ほのぼのあやしがる。源氏「さらにことなくしなせ」と、そのほどの作法宣へど、惟光「なにか。ことごとしくすべきにも侍らず」とて立つが、いと悲しくおぼさるれば、源氏「便なしと思ふべけれど、いま一たびかのなきがらを見ざらむが、いといぶせかるべきを、馬にて物せむ」と宣ふを、いとたいだいしき事と思へど、惟光「さおぼされむはいかがせむ。はやおはしまして、夜ふけぬさきに帰らせおはしませ」と申せば、このごろの御やつれにまうけ給へる狩りの御さうぞく着かへなどして出で給ふ。

小耳にする、女房などは、変ですね、何事でしょう。穢れに触れたと、おっしゃって、参内もあそばさず、それに、ひそひそ話で、お嘆きになっている、と、不審がる。
源氏は、この上は、手抜かり無く、はからえ、と、葬式のやり方をおっしゃる。
惟光は、仰々しくいたすべきでは、ごささいません。と言い、席を立つのが、とても、悲しく思われる。
源氏は、不都合と、そちは、思うだろが、もう一度、あれの、亡骸を見ないでは、いつまでも、気がかりになるので、馬で行く、と、仰る。
それは、とんでもないと、思うが、惟光は、そう思われるならば、いたしかたありません。早く、お出まして、夜の更けぬうちに、お帰り遊ばしませと、言う。
このほど、作られた、御狩衣に、御召しかえなどなさり、お出かけになるのである。


ことごとしくすべきにも侍らず
身分の高い女ではないから、それほど、仰々しくしなくても、いい。

いといぶせかるべきを
いぶせ、気分が、晴れないのである。

いとたいだいしき事
そんな、ことは、源氏の身分では、してはいけないのである。

さおぼされむは いかがせむ
そのように、思われるならば、しかたがない。

このごろの御やつれにまうけ給へる 狩りの御さうぞく
微行、びこう、である。
人に知られず、行為すること。
そのために、作った、狩衣である。
御さうぞく、は、装束である。

もののあわれについて272

御ここちかきくらし、いみじく堪へがたければ、かくあやしき道に出で立ちても、危かりし物懲りに、「いかにせむ」と、おぼしわづらへど、なほ悲しさのやる方なく、「ただ今のからを見では、またいつの世にかありしかたちをも見む」と、おぼし念じて、例の大夫隋身を具して出で給ふ、みち遠くおぼゆ。

その、お心は、暗く、酷くたまらないもので、更に、このような、如何わしい場所に出掛けることは、危険であり、昨夜のようになるかもと思い、引き返そうかと、思案にくれる。
しかし、悲しみの、晴らしようがなく、女の亡骸を見ないでは、二度と、いつの世に、女の姿を見られようと、我慢して、いつものように、惟光、隋身を連れて、お出かけになる。
道が、遠い気がするのである。


おぼし わづらへど
考える、思案する、煩うのである。

わづらえ おぼし、と、つまり、敬語になるのだ。

十七日の月さし出でて、かはらのほど、御さきの火もほのかなるに、鳥辺野のたかなど見やりたるほどなど、物むつかしきも、何ともおぼえ給はず、かき乱るるここちし給ひて、おはし着きぬ。あたりさへすごきに、板屋のかたはらに堂たてて、行へる尼の住まひ、いとあはれなり。

十七日の月が出て、加茂の河原の辺に、先駆の松明も、微かに、鳥辺野の方を、見ると、気味が悪いのである。
君は、胸が、一杯で、何とも感じなく、やっと、辿り着いた。
そこら辺り一帯の様子は、凄い様である。
板屋根の小屋の傍に、堂を建てて、尼が住んでいる様は、実に、あはれ、である。

この場合の、あはれ、は、物寂しいのであろう。

東山の、麓の、寂しい場所に、出掛ける源氏の、心境である。
普通ならば、夜に、そんな場所に、出向くことなどない。

何故、女が、あっさとり、死んだのかということが、まだ、語られていないのである。
六条御息所の、生霊として、明確に意識されるのは、いつか、である。
源氏は、狐の類と、思っている。

御燈明の影ほのかにすきて見ゆ。その屋には女ひとり泣く声のみして、外のかたに、法師ばら二三人、物語しつつ、わざとの声たてぬ念仏ぞする。寺寺の初夜も皆おこなひはてて、いとしめやかなり。清水のかたぞ、光り多く見え、人のけはひもしげかりける。この尼ぎみの子なる大徳の、こえ尊くて、経うちよみたるに、涙の残りなくおぼさる。

お燈明の火影がかすかに透いて外から見える。
その家には、女が一人泣く声のみ、聞こえて、法師たちが、二三人、話をしながら、小声の念仏をしている。
寺寺の初夜の、勤行も皆、済んで、ひっそりとしている。
清水の方には、光が多く見える。
大勢いる様子である。
庵主の尼君の子である、お上人が、尊い声で、読経している。
それを聞いて、源氏は、涙を、とめどもなく流される。


涙の残りなくおぼさる
涙を、流すのであるが、残りなく、とは、止め処もなくということ。


当時の様が、目に見えるようである。

初夜とは、午後十時頃。
東山の、寺とは、現在の清水寺である。
十七日は、清水寺の、観音の縁日である。

入り給へれば、火とりそむけて、右近は屏風へだてて臥したり。いかにわびしからむ、と、見給ふ。


お入りになると、燈は、遺体に背けて、右近は、屏風の向こうに、横になっている。
どんなに、たまらないだろうと、御覧になる。

いかにわびしからむ
いかに、わびしい、という気持ちは、現在の心境にすると、やり切れない思いという、ことになるのか。
切ない気持ち。

恐ろしきもおぼえず、いとらうたげなるさまして、まだいささか変りたる所なし。手をとらへて、源氏「我に今ひとたび声をだに聞かせ給へ。いかなる昔の契りにかありけむ、しばしのほどに心を尽くしてあはれに思ほえしを、うち捨ててまどはし給ふが、いみじきこと」と、声も惜しまず泣き給ふこと、かぎりなし。大徳たちも、誰とは知らぬに、あやしと思ひて、みな涙をおとしけり。

恐ろしい気持ちはしない。
実に、可愛らしい姿で、変わったところはない。
手を取り、私に、もう一度、せめて声を聞かせてくれ。どんな前世の縁であったのやら、わずかの間、愛情を注いで、愛しいと思った。
後に、残して、途方に暮れさせるとは、酷い、と、声も惜しまずに、限りなく泣く。
法師たちも、誰とは知らず、何か訳があるのだと、皆、涙を流すのである。

いとらうたげなるさまして
よく出てる表現である。
可愛らしい。愛らしい。

しばしのほどに 心を尽くして あはれに 思ほえしなる 昔の契りにかありけむ
美しい表現である。
昔の縁による、契りを、あはれ、に思う。
この、あはれ、は、愛したことを、言う。
あはれ、という言葉は、前後の表現により、広い意味合いを持つ言葉であることが、物語を、読むことで、解った。

定義できない、あはれ、という言葉である。
私が、ここに書いている、もののあわれについて、は、また、同じく、定義が出来ない。
自由自在に変化する、言葉なのである。
もののあわれ、とは、こういうものですと、書くことが出来ない、広がりを持つ言葉であり、それは、日本の精神、日本人の心の、在り方を察する、手がかりにも、なるのである。

この、あはれ、という言葉を、見つめ続けて、日本の伝統が、成り立つ。
すべての、伝統の文化的行為にあるもの、それが、この、あはれ、という言葉に、集約されるのである。

2008年09月14日

もののあわれについて273

右近を、源氏「いざ二条の院へ」と宣へど、右近「年ごろ、をさなく侍りしより、かた時たち離れ奉らず、慣れ聞えつる人に、にはかに別れ奉りて、いづこにか帰り侍らむ。いかになり給ひにきとか、人にも言ひ侍らむ。悲しき事をばさるものにて、人に言ひさわがれ侍らむが、いみじきこと」と言ひて、泣きまどひて、右近「けぶりにたぐひて慕ひ参りなむ」といふ。源氏「ことわりなれど、さなむ世の中はある。別れといふもの悲しからぬはなし。とあるも、かかるも、同じ命の限りあるものになむある。思ひなぐさめて、我を頼め」と宣ひこしらへても、源氏「かくいふ我が身こそは、生きとまるまじきここちすれ」と宣ふも、頼もしげなしや。

右近に向かって、源氏が、さあ、二条の院へ行きましょうと言う。
すると、右近は、長年、小さな時分から、少しも離れることなく、親しくしていましたお方に、急にお別れして、どこに、帰れましょう。どうなったと、皆に申せましょう。悲しいことは、ともかく、皆に、色々と言われることが、辛いです、と言う。
おろおろと泣き、あの方の、煙と一緒に、私も、後を追いたい。
源氏は、誠に、もっともなことだが、世の中は、こうしたもの。
別れが悲しくないということは、ない。
先に死ぬのも、後に残るのも、みな寿命として、決められたこと。
悲しみは、静めて、私に頼りなさいと、言う。
源氏は、そういう自分の方が、生き永らえることが、出来ないという気持ちがすると、仰るのも、頼りないことである。


けぶりにたぐひて慕い参りなむ
煙と、一緒に、私も慕い、参りたい。

かくいふ我が身こそは、生きとまるまじきここちすれ と宣ふも 頼もしげなしや
これは、作者の思いである。

とあるも かかるも
ああなのも、こうなのも
様々な姿である。

惟光、「よは明けがたになり侍りぬらむ。はや帰らせ給ひなむ」と聞ゆれば、かへり見のみせられて、胸もつとふたがりて、出で給ふ。道いと露けきに、いとどしき朝霧に、いづこともなくまどふここちし給ふ。

惟光が、夜は明け方になります。早々に、お帰りあそばしましょうと、言う。
源氏は、後を振り返り、振り返りして、胸いっぱいになり、お立ち出でになる。
君の、お目には、涙の露、そして、道は朝露で濡れ、さらに、朝霧で立ちこめた道である。
いっそう、見えにくく、何処とも知らず、さ迷うような気がするのである。


美しい、情景である。
道いと 露けきに いとどしき朝霧に いづこともなく まどふここちし
道は、朝露に濡れ、更に、朝霧が立ち込めて、何処のなのか解らぬ茫漠とした、風景の中を、惑う心持で、進むのである。

源氏の、心模様を、その風景で、表すのである。
目の前の、風景が、心の姿なのである。
紫の、筆は、いつも、人の心模様と、風景を対にして、描く。
これを、一言で、言うとき、あはれ、という言葉になる。

ありしながらうち臥したりつるさま、うちかはし給へりしが、我が御くれないの御ぞの、着られたりつるなど、いかなりけむ契りにかと、道すがら思さる。


あの夜の、姿のままに横なっていた様。
着せた、自分の紅の、御衣が、そのままかかっていた。
どうした、前世の縁で、このようなことになったのかと、道々、お心に、浮かぶ。


当時の、浄土思想によるもので、前世の因縁と、考える。
これは、その後も、日本人の、基本的感情になった。
何ゆえの、前世の因縁かという、考え方である。
それを、理由として、考える方が、易いのである。


御馬にもはかばかしく乗り給ふまじき御さまなれば、また惟光そひ助けておはしまさするに、堤の程にて御馬よりすべり降りて、いみじく御ここちまどひければ、源氏「かかる道の空にて、はふれぬべきにやあらむ。さらにえ行き着くまじきここちなむする」と宣ふに、惟光ここちまどひて、「わがはかばかしくは、さ宣ふとも、かかる道にいて出で奉るべきかは」と思ふに、いと心あわただしければ、川の水にて手を洗ひて、清水の観音を念じて奉りても、すべなく思ひまどふ。君もしひて御心をおこして、心のうちに仏を念じ給ひて、又とかく助けられ給ひてなむ、二条の院へ帰り給ひける。

お馬にも、うまく乗れない様子である。
惟光は、助けつつお連れするが、途中、加茂川の堤の辺りで、滑り落ちてしまった。
源氏は、酷く、気分が悪くなり、こんな道端で死んでしまうのか、とても、帰り着けそうにないと、仰る。
惟光は、惑い、そう仰るが、それは、自分が、こんな所に、お連れしたからだと、思い、川水で、手を洗い、清水観音に、祈願する。しかし、途方に暮れる。
惟光の、様子に、君は、力を絞り、気力を出して、心に、仏を念じる。
それゆえか、何とか、二条の院に、辿り着いた。


いみじく 御ここちまどひければ
酷く、気持ちが、動揺するのである。気分が悪くなる。

はふれぬべきにや あらむ
ここで、死んでしまうのか。

いと心あわただしければ
大変、気持ちが、落ち着かない。慌ててしうのである。

互いに、観音や、仏を、念じるという。
人知を超えたところのもの、それは、観音や仏であった。
平安の頃より、そうして、観音信仰、仏信仰に、頼るのである。

日本人の原風景は、万葉であるが、平安期になって、仏の法、ほとけののり、としての、仏教に、大きく影響されている。
当時の、仏教は、天子、貴族の、仏教であり、ハイカラな、ものだった。
信仰という、観念は無い。
拝むべき、もの、という意識である。
人間を超えた存在という、意識である。

庶民には、手の届かない、仏の教えだった。
ただし、平安貴族の、退廃振りは、この仏教の、無常観というものが、大きく影響した。
一種、インドのバラモン、ヒンドゥーに近い感覚である。
すべては、因縁により、起こる。
人間は、それに手出しは出来ないという、諦観である。

その、良し悪しは、別枠の、エッセイ、神仏は妄想である、で、お読み下さい

2008年09月15日

もののあわれについて274

あやしう夜ふかき御ありきを、人々、「見苦しきわざかな。このごろ、例よりも静心なき御しのびありきの、しきるなかにも、きのふの御気色のいと悩ましうおぼしたりしに、いかでかくたどりありき給ふらむ」と、嘆きあへり。

あやしう深夜の、お出歩きを、女房たちは、みっともないことです。この頃、いつもより、そわそわして、お忍び歩きが続いていますが、昨日は、特に、ご気分がすぐれない様子でしたのに、どうして、ふらふらと、お出かけ遊ばすのでしょう、互いに嘆きあう。

あやしう
怪しい、出歩き。
不可解な、である。

まことに、臥し給ひぬるままに、いといたく苦しがり給ひて、ふつかみかになりぬるに、むげに弱るやうにし給ふ。内にも聞こしめし嘆くこと限りなし。御祈り、かたがたにひまなくののしる。祭り、祓へ、修法など、言ひ尽くすべくもあらず。「世にたぐひまなく、ゆゆしき御ありさまなれば、世に長くおはしますまじきにや」と、あめの下の人のさわぎなり。

お休みなさったまま、酷く苦しがり、二三日のうちに、大変な衰弱の様子である。
帝も、それを、聞いて、大変、限りなく、嘆いていた。
ご祈祷は、方々で、ひっきりなしの、大騒ぎである。
祭り、祓え、修法など、言い切れない有様である。
またとない、ご立派な方であるゆえに、長生きしないのではないかと、天の下、つまり、民が、騒ぐのである。


ゆゆしき御ありさまなれば
特別の立派なお方である。
通常ではない、御人である。

苦しき御ここちにも、かの右近を召し寄せて、局など近く賜ひて、さぶらはせ給ふ。惟光、ここちもさわぎまどへど、思ひのどめて、この人のたつきなしと思ひたるを、もてなし助けつつ、さぶらはす。君は、いささかひまありておぼさるる時は、召し出でて使ひなどすれば、ほどなく交らひつきたり。ぶくいと黒くして、かたちなどよからねど、かたはに見苦しからぬ若人なり。

苦しい中でも、あの女の、右近を、召しだし、部屋などを近くに与えて、お召し使えとされる。
惟光は、動顚し、狼狽するが、心を落ち着けて、右近には、拠り所もないと思い、色々と世話をして、お仕えさせる。
君は、少しでも、気分がよい時は、呼び出して、使ったりするので、次第に、御殿にも、馴染んだである。
喪服を、濃い黒で、固めて、器量などは、それほどではないが、見られないほどの姿ではない、若い女房である。


ぶくいと黒くして
喪服のこと。
特に、黒々とした喪服である。

かたはに見苦しからぬ若人なり
見られないという程の、器量でもない。若い人である。
その前に、かたちなどよからねど、とある。これは、器量は、それほどてもないという。

源氏「あやしう短かかりける御契りにひかされて、我も世にえあるまじきなめり。年頃の頼み失ひて、心ぼそく思ふらむなぐさめにも、もしながらへば、よろづにはぐくまむとこそ思ひしか、ほどもなく又たちそひぬべきが、口をしくもあるべきかな」と、忍びやかに、宣ひて、弱げに泣き給へば、いふかひなき事をばおきて、いみじく惜し、と思ひ聞ゆ。


源氏は、不思議に、短い縁にひかれて、私も、とても、生きていけないような気持ちだ。
長年の頼みの綱を、失い、心細く思うだろうが、それを、慰めるためにも、もし生き永らえたら、一切、面倒を見て上げようと思った。
しかし、自分も、間も無く、後を追いそうな、気がする。
残念なことだと、小声で仰り、傍目にも、弱々しく泣くのである。
言っても、甲斐のないことだが、たまらなく、悔しいと、思い直すのである。


よろづにはぐくむこそ
後の、すべての、面倒をみる。
通常は、育てるのである。

しかし、ほどなく又たちそひぬべきが
ほどなくして、我も、たちそひぬべき、か、である。
立ち添いぬべきか、とは、誰にか。それは、死んだ女にである。つまり、自分も、死ぬのではないかと、思うのだ。

それ程、源氏は、弱い男である。
女の死が、源氏には、耐えられない程の、恐怖になった。
死を知らない者である。


このような、源氏の、後に残された者に対する、思いをもって、本居宣長などは、もののあはれ、というものを、観たようである。
人と人の、慈愛の関係にある、もののあはれ、である。

人と人の、機微から観る、もののあはれ、というものも、ある。
心の、細やかさである。
それは、心を砕くこと、相手に、共感し、そして、その心を共生しようとする。

しかし、私は、それ以上に、紫式部の筆の、風景と、情景に、もののあわれ、というものを、観るものである。

確かに、我も世にえあるまじきなめり、と、痛烈な思いに駆られる。
それは、源氏の若さゆえであろうし、作者である、紫の思いでもあろう。
夫を、亡くした後の思いを、ここに、込めるのである。
人の死は、実に辛いものである。
その後に、残された者は、どのように生きればいいのか。
実際、我が身も、死にたいと思うのである。
しかし、生かされるまで、生きなければならない。

人の死を実感として、感じた作者の思いが、込められている。

人の死ほど、もののあわれ、を、感じるものはない。
どうしようもないもの、それは、人の死である。
その、死を、どのように、受け止めるのか。
それが、もののあわれ、という心象風景の、行くべき先であろう。

2008年09月20日

もののあわれについて275

殿のうちの人、足を空にて思ひまどふ。うちより御使ひ、雨の脚よりもけに繁し。おぼし嘆きおはしますを聞き給ふに、いとかたじけなくて、せめて強くおぼしなる。大殿もけいめいし給ひて、おとど日々に渡り給ひつつ、さまざまの事をせさせ給ふしるしにや、廿日あまりいと重くわづらい給ひつれど、ことなるなごり残らず、おこたるさまに見え給ふ。


御宅の人々は、足も地につかない様で、おろおろとする。
宮中から、お使いが雨の脚よりも、更に、しきりに来る。
主が、お嘆きになっているとのことで、まことに、恐れ多く、しいて、元気を奮い起こす。
大臣たちも、世話をし、大臣自身が、おこしになって、色々なことを指示されるかいもあり、二十日ほど、重く、おわずらいになっていたが、余病も出ずに、快方にお向かいした様子である。


けいめいし給ひて
これは、経営である。
意味は、精出して励むという。

ことなるなごり残らず
別の病気などは、無かった。

おこたるさまに
善い方向に向かった。
病が、怠るのであるから、病が無くなるのである。

けがらひ忌み給ひしも、ひとつに満ちぬ夜なれば、おぼつかながらせ給ふ御心わりなくて、内の御とのい所に参り給ひなどす。大殿、わが御車にて、迎へ奉り給ひて、御物忌み、何やと、むつかしうつつしませ奉り給ふ。我にもあらず、あらぬ世によみがへりたるやうに、しばしはおぼえ給ふ。

穢れを、忌み、ちょうど一緒に済まされた夜が、お所上げである。
ご心配あそばす、主のお心も、恐れ多く、宮中の私室に、お上がりなさる。
大臣は、自分の車で、お迎えなさって、御物忌みや、何やかにやと、厳重に、慎みを、おさせになる。
まったく、夢のようで、別の世界に、生き返るような、気分であった。

あらぬ世によみがへりたるやうに
別の世界に、生まれ変ったような、気持ちである。


穢れとは、死の穢れである。
三十日目に、病気も、治ったのである。
それは、死の穢れも、終わる日であった。


当時の人は、実に、素直であったと、思う。
そのようなものと、言われれば、そのような、気持ちになるのである。
情報量の少ない時代である。
それを、察する記述である。

九月廿日の程にぞ、おこたりはて給ひて、いといたくおもやせ給へれど、なかなかいみじくなまめかしくて、ながめがちに、ねをのみ泣き給ふ。見奉りとがむる人もありて、「御もののけなめり」など言ふもあり。


九月二十日の頃に、御全快なさり、とても、酷くおやつれになったが、かえって、素晴らしく美しく、とかく、外をぼんやりと、眺めては、声を上げて泣いている。
それを、見かけて、怪しむ女房もあり、御物の怪ゆえだろう、などと言うのである。

右近を召し出でて、のどやかなる夕暮に物語りなどし給ひて、源氏「なほ、いとなむあやしき。などて、その人と知られじとは、隠い給へりしぞ。まことにあまの子なりとも、さばかりに思ふを知らで、隔て給ひしかばなむ、つらかりし」と宣へば、右近「などてか深く隠し聞え給はむ。はじめより、あやしうおぼえぬさまなりし御ことなれば、「うつつともおぼえずなむある」と宣ひて、御名隠しも「さばかりにこそは」と聞え給うながら、「なほざりにこそ紛らはし給ふらめ」となむ、うき事おぼしたりし」と聞ゆれば、源氏「あいなかりける心くらべどもかな。我は、しか隔つる心もなかりき。ただかやうに人に許されぬふるまひをなむ、まだ慣らはぬ事なる。うちに諌め宣はするをはじめ、つつむこと多かる身にて、はかなく人にたはぶれごとを言ふも、所せう取りなし、うるさきこと多かる身の有様になむあるを、はかなかりし夕べより、あやしう心にかかりて、あながちに見奉りしも、「かかるべき契りにこそはものし給ひけめ」と思ふも、あはれになむ、又うちかへし辛うおぼゆる。


右近を呼び寄せて、お暇な夕暮れ時、世間話などをする。
源氏は、やはり、どうしても、変だと思う。
何故、誰なのかと、解かられまいと、隠していたのか。
本当に海女の子であるにしても、あれほど、私が恋しく思っていることを、察しないで、水臭くしているのは、辛かった。と、仰る。
右近は、どうして、そんなに隠し申しなさることが、ありましょう。
おなじみも浅く、いつの折にも、大したものではない、お名前を、お耳に入れましょう。
最初から、腑に落ちず、思いもかけない方ですので、夢でも、見ている気持ちがすると、仰って、あなた様が、お名前を隠していられるのも、たぶん、いい加減に、あしらっているのでしょうと、辛く思っていたようです。と、申し上げる。
源氏は、つまらない、意地の張り合いだった。
私は、そんなに、隔てを置くつもりはなかった。
ただ、こんなふうに、皆に、止められている、忍び歩きは、初めてのことだった。
主が、お叱りあそばすのを、はじめに、遠慮の多い、この身では、少し、誰かに、冗談を言いかけても、大袈裟に、受け取られて、取り上げられる、うるさいほどの、身分なので、あの、ふっとしたことのあった、夕べから、不思議に気になって、無理やりお会いしたことも、このような、宿縁だったのだろう。
懐かしくも、辛くも、思われる。


あはれになむ
この場合は、懐かしくと、訳してみる。
切なくでも、いい。

かう長かるまじきにては、などさしも心にしみて哀れとおぼえ給ひけむ。なほ詳しく語れ。今はなにごとも隠すべきぞ。七日七日に仏かかせても、誰がためとか心のうちにも思はむ」と宣へば、右近「何か隔て聞えさせ侍らむ。みづから忍び過ぐし給ひし事を、なき御うしろに、口さがなくやは、と思ひ給ふるばかりになむ。親たちははやうせ給ひにき。三位の中将となむ聞えし。いとらうたきものに思ひ聞え給へりしかど、我が身のほどの心もとなさをおぼすめりしに、命さへ堪へ給はずなりにしのち、はかなきもののたよりにて、頭の中将なむ、まだ少将にものし給ひし時、見そめ奉らせ給ひて、みとせばかりは心ざしあるさまに通い給ひしを、こぞの秋ごろ、かの右の大殿より、いと恐ろしき事の聞え、まうで来しに、ものおぢわりなくし給ひし御心に、せむかたなくおぼしおぢて、西の京に御めのとの住み侍る所になむ、はひ隠れ給へりし。

こんなに、短い縁だったのに、何故、あんなに、しみじみと、愛しく思われたのか。
もっと、詳しく、お話したかった。
今は、何も、隠すことはない。
名前を知らなければ、七日七日に、仏像を描かせても、誰の冥福を祈るのかと、心の中でも、思うと、仰る。
右近は、何のお隠し申しましょう。
ご本人が、仰らなかった事を、お亡くなりになった後で、口軽くしてはと、思っただけです。
ご両親は、もう、お亡くなりになりました。
三位中将と、申されました。
とても、可愛がりましたが、運の思うように、いかないことを嘆いていました。
ご寿命までも、思うに任せず、早く、お亡くなりになりました。
その後、ふっとした、ご縁で、頭の中将様が、まだ少将でいらした時に、お通いはじめて、三年ほどは、お情け深く、お通いなさいましたが、去年の秋ころ、あの、本妻の、右大臣様の方から、とても、恐ろしいことを申しておいでで、怖がりの性分ですので、わけもなく、怯えて、西の京に、御乳母が住んでいます所に、こっそり、忍ばれました。

それもいと見苦しきに、住みわび給ひて、山里にうつろひなむとおぼしたりしを、今年よりはふたがりけるかたに侍りければ、たがふとて、あやしき所に物し給ひしを、見あらはされ奉りぬる事と、おぼしく嘆くめりし。世の人に似ず、ものづつみもてなして御覧ぜられ奉り給ふめりしか」と語り出づるに、「さればよ」と、おぼしあはせて、いよいよ哀れまさりぬ。


そこも、あまりの、むさ苦しさに、住みづらくなりまして、山里に、引越しをなさろうとしましたが、今年からは、方角が悪いということで、方違えとして、妙な所にお出でになり、見つけたことを、嘆いていました。
普通の方とは、違い、ご遠慮あそばして、お慕い申していると知られたら、お会わせする顔もなくなると思いで、お顔には、出さないようにして、お迎えして、いらしたようです。と、話すのである。
それじゃあ、矢張りと、思い合わせて、益々、愛情が増すのであった。


この段では、哀れという言葉が、何度か、出てくる。
あはれ、ではなく、哀れと、漢字である。
あはれ、と、哀れは、違いがあるのかと、思えば、そうではない。

あはれ、も、哀れも、同じ意味である。
使い分けをしている訳ではない。
しかし、哀れの場合は、憐れに、近い感覚である。

ふたがりけるかた
方角が悪い場所である。
そして、それは、当時、たがふ、という、方違えという、方法を取る。
つまり、悪い方角に行く前に、その方角を、善い方角に変える意味で、悪い場所かせ、善い方角になる、場所へ、一端移り、そこから、悪いという、方角に向かう行為である。

陰陽道による。

源氏は、右京から、女の素性を、聞くことになる。
それを、聞いて、益々と、女を愛しいと思うのである。

頭の中将とは、源氏の妻の兄である。
また、面白くなってきた。

2008年09月21日

もののあわれについて276

源氏「幼き人まどはしたりと、中将の憂へしは、さる人や」と問ひ給ふ。右近「しか。をととしの春ぞ物し給へりし。女にて、いとらうたげになむ」と語る。源氏「さていづこにぞ。人にさとは知らせで、我にえさせよ。あとはかなくいみじと思ふ御かたみに、いと嬉しかるべくなむ」と宣ふ。


源氏は、小さな子を見失ったと、頭の中将が惜しく思っていたが、その子は、と、お尋ねになる。
右近は、はい、昨年の春に、お生まれになりました。
女の子です。
それは、たいそう、可愛いお子です。と、言う。
源氏は、どこにいるのだ。皆に、知らせず、我に預からせてくれ。
あっけない、しみじみとする女君の、お形見に、なんて嬉しいことだろう。と、仰る。

あとはかなく いみじと思ふ
後はかなく、その後は、儚いのである。あっけないと、訳すか。どうも、違う。
矢張り、後は儚くなのである。
いみじと思う。しみじみと、思う。いや、それも、感じが違う。矢張り、いみじと、思うのである。

いと らうたげ
よく出てくる、表現である。可愛らしい。
これは、らう たげ、であろう。
文法解釈ではない。


源氏「かの中将にも伝ふべけれど、いふかひなきかごと負ひなむ。とざまかうざまにつけて、はぐくまむ咎あるまじきを、そのあらむ乳母などにも、ことざまに言ひなして、ものせよかし」など語らひ給ふ。右近「さらばいと嬉しくなむ侍るべき。かの西の京にて生ひ出で給はむは、心苦しくなむ。はかばかしく扱ふ人なしとて、かしこになむ」と聞ゆ。

源氏は、あの中将にも、知らせても、いいが、かえって、怨みをかうこともあろう。
あれこれにつけて、私が、育てるのに、不都合はないだろう。
その、乳母などにも、言い繕い、連れておいで。と、言う。
右近は、そうなりましたら、どんなに、嬉しいことでしょう。
あの、西の京で、成人するには、お気の毒です。
きちんと、お付申す者がいない、あちらに、いますと、と、答える。


いふかいなき かごと負ひなむ
あえて、益のない、無用な、怨みを買う。
つまり、何故、女を死に至らしめたのか、と。

とざまかうざま
あの女の子でもあり、更に、中将の子であれば、源氏の姪に当たることになる。
妻の兄の子である。
それを、あれこれにつけて、と訳す。

夕暮れの静かなるに、空の気色いとあはれに、おまえの前栽かれがれに、虫のねも鳴きかれて、紅葉のやうやう色づくほど、絵にかきたるようにおもしろきを、見わたして、「心よりほかにをかしきまじらひかな」と、かの夕顔のやどりを思ひ出づるも恥ずかし。

この、風景の様、そのままに、二人の心の、風景なのである。
それが、物語の、核心に迫る。
風景描写が、単なるそれではなく、心の模様なのである。


静かな夕暮れの時、空の景色は、あはれに、この、あはれは、趣き深くとか、心に染み入る空ということになる。
庭の、植え込みも、枯れ枯れして、虫の音も、嗄れ果てたという。
紅葉が、次第に色づく風情、絵に描いたように、美しい。
右近は、それを、じっと見て、思いがけず、良いお勤めだと、夕顔の宿を思い出すにつけても、顔の赤らむ思いがする。

絵に描いたように、美しい。とは、おかしな表現である。
絵に描いたものより、目の前にある、風景の方が、実である。
つまり、美しいという、実感を、絵に描いたようにと、例えでいる。

更に、この風景の中に居る、二人の風情である。
しみじみとした、情感が流れる。

心より ほかに をかしき まじらひかな
まじらひ、お勤めすることが、をかしき、ことなのだ。
結構な、勤めである。


そして、
かの夕顔の やどりを 思ひ出づるも 恥ずかし
何故か。何故、恥ずかしいのか。

住まいが、貧しいからか。
女が、一人で、いたからか。
女が、情婦のようだからか。
親が、出世しなかった故に、女の立場も、良くなかったからか。
身分の低いままで、死ぬまで、そのままである、女というものの、定めにか。

さて、私にも、解らない。

すると、先ほどの、風景が、見える。
夕暮れの静かなるに
空の気色 いと あはれに
虫のねも 鳴きかれて
紅葉の色づくほど
絵にかきたるやうに おもしろきを

源氏の、身分と、右近の、身分とが、風景の中で、平等なのである。
もののあわれ、というものは、平等に与えられているのである。

万葉の歌のように、民も、主も、平等なのである。
歌道が、もののあわれ、というものに、支えられているのである。

風情の前に、人は、平等である。
例えば、仏陀の説く、平等などと、比べると、実に自然な、平等感覚である。
自然の前には、皆、平等なのである。
大和心というもの、自然の前に、平等であると、言うのである。
しかし、それを、あえて、言わない、言葉にしない。
しかし、言葉にしないから、無いというのではない。
観念というものを、置かない中に、日本の伝統というものがある。

観念としてしまうらば、嘘になる。
その、嘘になるということを、知っていたのである。

欧米の思想などは、足元にも、及ばない、実に、無いというべき、思想が、流れていいる。

もののあわれ、というもの、言葉で、語りきれない。
だからこそ、それは、事実であり、それ以外の何物も無いのである。

それは、感じるものである。
つまり、感性である。
感性の、ありようを、言葉にすれば、堕落する。

すべて、風景を、語ることで、それを、完結するのである。

以下省略。

2008年09月22日

もののあわれについて277

竹のなかに家鳩といふ鳥の、ふつつかに鳴くを聞き給ひて、かのありし院に此の鳥の鳴きしを、いとおそろしと思ひたりしさまの、おもかげにらうたく思ほしいでらるれば、源氏「年はいくつか物し給ひし。あやしく、世の人に似ずあえかに見え給ひしも、かく長かるまじくてなりけり」と宣ふ。


竹の中で、家鳩が、変に鳴く声を、君が聞かれて、あの泊まった院で、この鳥が鳴くのを、ひどく怖がった女を、思い出し、それも、可愛く思うのである。
源氏は、年は、幾つだったのか。珍しく、普通と違い、ひ弱に見えた。
このように、長く生きられなかったからか、と、仰る。

おもかげに らうたく
可愛い、面影である。

この話は、物語には、無かった話である。

当時、鳩を家で、飼っていたのだろう。
野生の鳩は、河原鳩という。

右近「十九にやなり給ひけむ。右近は、なくなりにける御めのとの、捨ておきて侍りければ、三位の君のらうたがり給ひて、かの御あたり去らず、おほしたて給ひしを、思ひ給へ出づれば、いかでか世に侍らむとすらむ。いとしも人にと、くやしくなむ。物はかなげに物し給ひし人の御心を、頼もしき人にて、年ごろ、慣らひ侍りけること」と聞ゆ。


右近は、女が、十九におなりでしたと、言う。
右近は、産みの親の、御乳母が、後に残して、死にましたので、三位の君様が、可愛がりくださりまして、お姫様の、傍に離れず、お育て下さいました。
それを、思うと、どうして、生きていられるでしょう。
いとしも人に
親しく、仲良くしていた人である。
いとしも人にと、悔しくて、なりません。
頼りなさそうなお方でしたから、頼む人として、長年、お傍に仕えました、と、申し上げる。

源氏「はかなびたるこそは、らうたけれ。かしこく、人になびかぬ、いと心づきなきわざなり。みづからはかばかしくすくよかならぬ心慣らひに、女は只やはらかに、とりはづして人にあざむかれぬべきが、さすがにものづつみし、見む人の心には従はむなむ、哀れにて、わが心のままにとりなほして見むに、なつかしくおぼゆべき」など宣へば、右近「このかたの御好みには、もて離れ給はざりけりと思ひ給ふるにも、くちをしく侍るわざかな」とて泣く。

源氏は、頼りなさそうなのが、愛らしいものだ。
利口で、人の話を聞かないのは、決して、好ましいものではない。
私自身、はきはきせずに、きつくない生まれゆえ、女は、ただ、優しくて、うっかりすると、男に騙されてしまうような、それでいて、慎ましく、男の言うことを、聞くことが、可愛いものだ。
自分の思う通りに、性格を、直して、暮らしたら、仲良くしてゆけるだろうと、思うと、仰る。
右近は、そうした、お好みでしたら、ぴったりと合ったお方でした、と、思います。それにつけても、残り惜しいことでした。と、言って泣くのである。


源氏が、好む女の風情を語る。
興味深いものだ。
されは、作者の求める、女の姿なのであろう。
自分も、そのような、女になりたいと、思ったのか。

女は、ただ、優しくて、男に騙されてしまいそうな、風情であり、それでいて、慎ましく、男の言うことを、聞いてくれる。
冗談じゃないと、今の、女は、言うだろうか。
男の、思い通りになど、なるものかと。それも、いいだろう。男を、思い通りにしてやる、という、女がいても、いい。
皆々、勝手にすると、いい。

空のうち曇りて、風ひややかなるに、いといたくながめ給ひて、

源氏
見し人の けぶりを雲と ながむれば 夕べの空も むつまじきかな

と、ひとりごち給へど、えさしらへも聞えず。「かやうにておはせましかば」と思ふにも、胸ふたがりておぼゆ。耳かしがましかりし砧の音をおぼし出づるさへ、恋しくて、源氏「まさに長き夜」と、うちずんじて、臥し給へり。


空が、曇ってくる。
風も、冷たくなり、非常に辛く、しんみりとする、物思いに沈む。

あの人の、亡骸を焼いた煙が、あの雲かと思い、眺めている。この夕空も、実に、親しいものである。
けぶり、とは、亡骸を焼く、煙である。
雲を、亡き人の形見と、見る行為は、万葉からの伝統である。

独り言を言う。
右近は、それに、答えることもできない。
そして、こうして、お二人で、並んでいたら、どんなにか、幸せかと思うと、胸が、一杯になる。
君は、喧しかった、砧の音を、思い出し、恋しくてたまらず、まさに長き夜、と、口ずさむ。
そして、お休みになった。


まさに、長き夜とは、白楽天の詞にある、言葉である。
八月九月正に長き夜
千声万声やむ時なし

漢詩の教養は、当たり前である。
当時の正式文書は、漢語で書かれた。
平仮名は、女、子供の文字とされていたのである。
物語も、女、子供のものとされていた。

2008年09月26日

もののあわれについて278

かの伊予の家の小君参る折りあれど、ことにありしやうなる言伝てもし給はねば、うしとおぼしはてにけるを、いとほしと思ふに、かくわづらひ給ふを聞きて、さすがにうち嘆きけり。遠く下りなむとするを、さすがに心細ければ、おぼし忘れぬるかと、こころみに、空蝉「うけたまはり悩むを、言にいでてはえこそ、

とはぬをも などかととはで 程ふるに いかばかりかは 思ひ乱るる

ますだは、まことになむ」と、聞えたり。珍しきに、これもあはれ忘れ給はず。

伊予の介の家の、小君が、居候するときもあるが、格別に、以前のように、言伝もなさらない。
嫌な女と、思ってしまわれたのか、お気の毒なことだと、思っていたところ、ご病気であるとのこと。女は、矢張り、思い嘆くのだった。
遠い国に、下るとするが、心細くなり、お忘れになったのかと、試しに、空蝉は、ご病気と、伺っており、案じていますが、口に出しては、とても、言えないのです。

お尋ねすること、何故と、問うこともなく、月日を経ました。
どんなに、寂しく、また、辛い思いで、いられるでしょう。

ますだ、と申しますのは、本当のことで、ございます、
と、お便りを差し上げました。
珍しくあり、この人にも、愛情はなくなっていないのである。

ますだ、とは、ますだの池の、生ける甲斐なし、という意味。
拾遺集、
ねぬなはの 苦しかるらむ 人よりも 我ぞ益田の いけるかひなき
ねぬはな、とは、じゅんさいのこと。
苦しいと、口にする人より、私の方が、苦しさが、増す。生きている甲斐もない。
この歌が、基底にある。


要するに、小君が、源氏のところに来ても、以前のように、何も、言伝がないのである。そこで、女は、もう、嫌な女だと、思ってしまわれたのか、と、思うのである。

そこで、病にあると、聞き、文を差し上げた。


これもあはれ忘れ給はず
この、あはれ、とは、源氏が、この女を、忘れていないということ。
あはれ、を、女にかけている、というのである。
あはれ、の、心象風景が、さらに広がる。

源氏「生けるかひなきや、誰が言はましごとにか。

空蝉の 世はうきものと 知りにしを また言の葉に かかる命よ

はかなしや」と、御手もうちわななかるるに、乱れ書き給へる、いとどうつくしげなり。なほ、かのもぬけを忘れ給はぬを、いとほしうもをかしうも思ひけり。かやうに憎からずは聞えかはせど、け近くとは思ひよらず。さすがに言ふかひなからずは見え奉りてやみなむ、と思ふなりけり。


源氏は、生きるかいがないという言葉は、誰が言う言葉でしょう、と

空蝉の、この世は憂きものと知ったはず。
しかし、また、その言葉に、私は、死にたくなります。

たよりないことです、と、筆も、振るえるのである。
乱れ書きなさったが、それがまた、見事なものである。
矢張り、あの、もぬけの殻を、忘れていない。
ほしうもをかしうも思ひけり、である。気の毒のような、照れるような、気分である。
このように、如才なく、お手紙するが、関係が深く、近いとは、思わない。
といって、むげに、情け知らずとも、思われてしまわぬようにと、思うのである。

源氏の心境であるが、このような、部分が源氏物語の、難しさであり、よく解らないと、思われることである。
作者の思いも、どこかに入っている。
どこが、源氏の思いで、どこが、作者の思いなのか。
それを、考えつつ、読む。

かの片つ方は蔵人の少将をなむ通はす、と聞き給ふ。「あやしや、いかに思ふらむ」と、少将の心のうちもいとほしく、また、かの人の気色もゆかしければ、小君して、源氏「死にかへり思ふ心は知り給へりや」と言ひつかはす。

源氏
ほのかにも 軒ばの萩を むすばずは 露のかごとを 何にかけまし

高やかなる萩につけて、我なりけりと思ひ合せば、さりとも罪許してむ」と思ふ御心おごりぞ、あいなかりける。


あの、もう一方は、蔵人の少将を婿にした、と、お耳に入る。
これは、誤って関係した、女のことである。
変な話である。どう思うのだろうかと、少将の心中も、同情するのである。
それに、あの、女の心も知りたくて、小君を使いに出して、源氏は、死にそうなほど、焦がれている、私の気持ちは、ご存知ですか、と、言わせる。

わずかばかりも、軒端の萩を結ばなかったら、わずかばかりの、怨みも、言うことはできない。

背の高い萩に、結び付けて、人目を避けて、と、仰るが、ふっとそれが、少将の目に入り、源氏のものと、解ったら、いくらなんでも、許してくれようと、自惚れる。
あいなかりける。
作者の感想である。
つまり、自惚れることには、手がつけられない、というのだ。

かの片つ方、とは、伊予の娘である。
病気を、あなたのせいです、と、小君に言わせる。
夕顔の死に、心苦しく病になったことを、転化している、という、源氏の、浅ましさである。

この娘を、後に、軒端の萩、と、呼ぶようになる。
その娘が、少将と、結婚したと、聞くと、源氏は、それでも、文を渡すという、無節操ぶり。

もし、それが、少将に、見つかった時、源氏だと、解ってしまう。しかし、源氏ならばと、許されると、思う、源氏の自惚れを、作者も、呆れる。

創作している、作者が呆れるという、物語の手法である。
やることが、細かい。

物語を、本当だと、思わせる、手か。

もののあわれについて279

少将のなき折りに見すれば、「心うし」と思へど、かくおぼし出でたるもさすがにて、御返し、くちときばかりをかごとにて、取らす。


ほのめかす 風につけても したをぎの なかばは霜に むすぼほれつつ

手はあしげなるを、まぎらはし、ざればみて書いたるさま、しななし。ほかげに見し顔おぼし出でらる。「うちとけで向ひ居たる人は、え疎みはつまじきさまもしたりしかな。何の心ばせありげもなく、さうどき誇りたりしよ」とおぼし出づるに、憎からず。なほこりずまに、又もあだ名たちぬべき、御心のすさびなめり。

少将のいない時に、見せると、困ったことと、思いつつ、思い出してくれたことを、嬉しく思い、お返事だけは、素早いという取り得である。
小君に、歌を渡す。


風のお便りにも、萩の下の葉は、霜のせいで、思い萎れております。

筆は、下手なのに、上手めかして、洒落て書いたつもりが、品がない。
女に対する、作者の、容赦ない、感想である。
源氏は、燈の光で見た顔を、思い出す。
取り繕っていた人は、とても忘れられないが、若い方は、何の嗜みも感じなくて、はしゃいで、得意になっていた。と、思うのである。
そう思えば、まんざらでもなく、やはり、懲りもせず、またも、事件をおこしそうな、浮気心のある、様子であると、最後に、作者は、付け加える。

源氏という男、どうしようもない男である。
作者が、そのように、思っている。

しかし、作者の、女に対する、言い分は、容赦がないというのが、面白い。

かの人の四十九日、しのびて、比叡の法華堂にて、事そがず、装束よりはじめて、さるべき物どもこまかに、誦 などさせ給ふ。経仏の飾りまで、おろかならず、惟光が兄のあざり、いと尊き人にて、になうしけり。御ふみの師にて、むつまじくおぼす文章博士召して、願文つくらせ給ふ。その人となくて、あはれと思ひし人の、はかなきさまになりにたるを、阿弥陀仏に譲り聞ゆるよし、あはれげに書き出で給へれば、博士「ただかくながら、加ふべき事侍らざりめり」と申す。しのび給へど、御涙もこぼれて、いみじくおぼしたれば、博士「何人ならむ、その人と聞えもなくて、かうおぼし嘆かすばかりなりけむ、宿世の高さ」と言ひけり。しのびて調ぜさせ給へりける、装束の袴を、取り寄せさせ給ひて、

源氏
泣く泣くも けふは我がゆふ 下紐を いづれの世にか とけて見るべき

この程まではただよふなるを、いづれの道に定まりて赴くらむ、と、思ほしやりつつ、念誦をいと哀れにし給ふ。頭の中将を見給ふにも、あいなく胸さわぎて、かの撫子のおひつたつ有様、聞かせまほしけれど、かごとにおぢて、うち出で給はず。


かの人とは、あの女、夕顔である。
四十九日を、人目を忍んで、比叡山の法華堂にて、諸事を略さずに、僧たちへの、布施の衣装をはじめ、必要なものを準備して、読経なども、頼むのである。
経巻や、仏前の装飾まで、丁寧にされる。
惟光の兄の、あざりが、実に高徳の僧であって、またとないほどに、勤めた。
文学の先生で、親しくしていた、文章博士を呼び、願文を作らせる。
誰とは、言わず、情をかけていた女だということで、阿弥陀仏に引き渡す旨を、哀れを催すほどに、書き綴られていた。
博士は、全くこのままで、一字も、加える所は、ございませんと、言う。
我慢していも、涙がこぼれる。
たまらない様子の源氏に、博士は、誰なのだろう。だれそれと噂にのぼらず、しかもこんなに、悲嘆にくれるとは。果報の高い人ですと、言う。
内々で作らせた、布施の袴を、手元に取り寄せて

泣きの涙で、今結ぶ、この紐を、いつの世にか、また相逢って解き、また、打ち解けよう。

とけて見るべき
これは、セックスをしようということである。
打ち解けようとは、そのまま、性行為のことである。
大胆な歌を、詠ませるものである。

この時分までは、中有に、迷うとのこと。
六道の、いずれに、行くのであろうか。
それを、思い、念仏を熱心にするのである。
頭の中将と、お会いされても、わけもなく、胸が、どきどきして、あの、撫子の育つ様子を、聞かせたいと思うが、怨み言を、言われるのが、嫌で、口に出さないのである。

あはれと思ひし人の はかなきさまになりたる
愛しいと、思う人が、亡くなってしまった、それを、言う。

ここで、面白いのは、比叡山の法華堂にて、念仏である。
平安期は、浄土思想が、花盛りである。
中国浄土宗である。
まだ、鎌倉仏教には、遠い時世。

当時の人、皆、阿弥陀仏という、仏の世界を憧れた。
それを、極楽という。
死後の世界というものを、明確にしていた時代である。
しかし、それは、それ以前の伝統があることを、忘れては成らない。
全く意識にないものは、受け入れないのである。
しかし、浄土思想を、受け入れたということは、受け入れる余地、器があったということである。

矢張り、紫式部も、出家することを、考えることがあった。
しかし、結局は、在家に留まる。

死の救いというもの、阿弥陀仏の世界へという、安心を、得ることで、逃れたようである。
それも、一つの、死の様である。

後に、仏教の説話集などに、紫式部の迷い霊などの、話が、出て来る。都合の良いように、人間の欲望の様を、描いたことを、悔いているというのである。

仏教が、次第に、庶民にまで、定着すると、欲望は、煩悩とされて、嫌われるが、そこから、人間は逃れられないし、逃れては、生きて行けない。
その、どうしようもないものを、取り上げて、仏教家たちは、大手を振るのである。

人間の、欲望を手玉に取り、あることないことを、吹聴して、脅し、布施を要求し、自分たちは、欲望のままに、行動するという、堕落の、日本仏教が、出来上がってゆく。
勿論、今も、その続きである。

自分たちは、欲望三昧の生活をし、信者には、欲望は、煩悩である、それから、救われるには、云々と、愚にもつかない、説教を演じてみせるという、もの。
大いに、笑う。

2008年09月27日

もののあわれについて280

かの夕顔の宿りには、いづかたに、と思ひまどへど、そのままにえ尋ね聞えず。右近だにおとづれねば、あやしと思ひ嘆きあへり。たしかならねど、けはひを、さばかりにや、と、ささめきしかば、惟光をかこちけれど、いとかけ離れ、気色なく言ひなして、なほ同じごと、好き歩きければ、いとど夢のここちして、「もし受領の子どもの好き好きしきが、頭の君におぢ聞えて、やがていて下りけるにや」と思ひよりける。

あの夕顔の宿では、女君は、どちらに行ったのかと、心配するが、探すことが出来ないでいる。
右近までも、便りもしないので、変なことであると、皆、悲しんでいた。
はっきりとはしないが、ご様子から、この方ではないかと、ひそひそとして話し合っていたが、惟光にも、ほのめかしてみるが、丸っきり、知らない様子であり、関係がないように、話す。
やはり、今まで通りに、惟光は、からかって回るので、変な夢のような気持ちがして、もしや、受領の子で、女好きな者が、頭の中将を怖がり、女君を、連れて国に、下向したのかと、考えたりするのである。

この家のあるじぞ、西の京のめのとの娘なりける。三人その子はありて、右近はこと人なれりけば、「思ひ隔てて、御ありさまを聞かせぬなりけり」と泣き恋ひけり。右近はまた、かしがましく言ひさわがれむを思ひて、君も、いまさらに漏らさじ、と忍び給へば、若君のうへをだにえ聞かず。あさましく、ゆくへなくて、過ぎ行く。


この家の、主人が、西の京の乳母の娘であった。
三人、乳母の子があり、右近は、他人だったゆえに、分け隔てして、女君の様子を知らせないのだと、涙を流して、忍ぶのである。
右近の方も、やかましく、騒ぎ立てられると、君も、今になって、我が名を出したくないと、お隠しになるので、若様の事さえ、聞けないでいる。
呆れたことに、行くへも、知らぬままに、時は、経てゆく。

君は「夢をだに見ばや」と、おぼしわたるに、この法事し給ひて又の夜、ほのかに、かのありし院ながら、添ひたりし女のさまも同じようにて見えければ、「荒れたりし所に住みけむものの、我に見入れけむたよりに、かくなりぬる事」とおぼしいづるにも、ゆゆしくなむ。

君は、せめて、夢にでも、見たいものと、思い続けているが、四十九日の法事をされた、その翌日の夜、かすかながら、あの事件の起こった、院そのままに、枕元に立った、女の姿もそっくりな、夢に見えた。
荒れ果てたところに、住んでいた魔物が、自分に見入ったついでに、こんなことになったのだと、思い出すと、寒気がするのである。

ゆゆしくなりむ
寒気がする。気分が悪くなるのである。

伊予の介、神無月のついたちごろに下る。女房の下らむにとて、たむけ、心ことにせさせ給ふ。またうちうちにもわざとし給ひて、こまやかにをかしきさまなる、櫛、あふぎ、多くして、ぬさなど、わざとがましくて、かの小うちぎもつかはす。

源氏
逢ふまでの 形見ばかりと 見しほどに ひたすら袖の くちにけるかな

こまやかなる事どもあれど、うるさければ書かず。御使ひ帰りにけれど、小君して、小うちぎの御返りばかりは、聞えさせたり。

空蝉
蝉のはも たちかへてける 夏衣 かへすを見ても ねは泣かれけり

「思へど、あやしう人に似ぬ心強さにても、ふり離れぬるかな」と思ひ続け給ふ。けふぞ立つ日なりけるもしるく、うち時雨て、空の気色いとあはれなり。ながめ暮らし給ひて、

源氏
過ぎにしも けふ別るるも ふた道に 行くかた知らぬ 秋の暮れかな

なほ、かく人知れぬ事は苦しかりけりと、おぼし知りぬらむかし。

伊予の介は、十月の上旬に、任国に下る。
女房が、一緒に下るはずとて、別れの品を、贈る。
別に、女たちにも、特別に贈りになった。
細工の良い、美しい櫛や扇、幣などは、特別に仕立てたと、見えるもの。
そして、あの、空蝉の、小うちぎ、も、返した。

源氏
また逢う日までの、形見と、見ているうちに、落ちる涙に、袖がすっかり、朽ち果ててしまったことだ。

色々とあったが、うるさいから、書かない。
お使いは、帰ったが、小君を、使いに、小うちぎの、返歌だけは、差し上げた。

空蝉
衣替えも、終わり、今、お返しくださった、夏衣を見ると、声を上げて、泣きたい気持ちです。
いや、泣いたのである。

考えても、不思議なほどの、強情さで、拒み通して、離れていったものだと、源氏は、感慨深い。
今日は、立冬である。
いかにも、冬らしく、はらはらと、時雨が降る。
空が、実に寂しい。
一日、物思いに、浸り、

源氏
死んだ女、離れる女、共に、遠くに行く。今日が、最後の秋の日と、同じように。

こんなような、人に隠しての、事は、やはり、苦しいものだと、思い当たりなさったことであろう。
と、最後は、作者の言葉、感想である。

そして、最後の段。


かやうのくだくだしき事は、あながちに隠ろへ忍び給ひしも、いとほしくて、皆もらしとどめたるを、「など御門の御子ならむからに、見む人さへかたほならず、ものほめがちなる」と、作り事めきてとりなす人、ものし給ひければなむ。あまり物言ひさがなき罪、さりどころなく。

こんな、ゴタゴタした、お話。
努めて、忍び隠していたのも、お気の毒なことなので、すべて、控えていたのに、なぜ、御門の御子だからと、知っている者までが、短所はないと、何かにつけて、誉めてばかりなのか、と、作り話のように、思う人がいるようなので、あえて、申しました。
無遠慮な、お喋りの、非難は、免れないことでしょう。
と、作者である、古女房は、言う。


夕顔の巻が、終わった。
これ以上の、詮索は、しない。


けふぞ冬立つ日なりけるもしるく うち時雨て 空の気色いとあはれなり

しるく
その日である。
うち時雨て
密かに時雨れる。
空の気色いとあはれ
空の気配は、大変に、あはれ、である。
この、あはれ、を、何と訳すか。

前後の、文章から、この、あはれ、の意味を、探る。
あはれ、の表情が、無限に広がる。

ここには、この、物語には、観念というものはない。
あるのは、大和心である。
人の世の、ただそのままに、生きることにある、心の様を、大和心として、受け入れている。
仏教の救いという、観念があっても、行くかた知らぬ 秋の暮かな となる。
もう二度とない、人の世を生きているのである。

もののあわれ、とは、行くかた知らぬ 秋の暮れ なのである。

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