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コンサートについて アーカイブ

2006年08月26日

最後の追悼コンサート

本日で実質的な追悼コンサートが最後となります。
来月は、一年祭、命上がりの日コンサートです。
この一年間、多くの方に注目されていたこと理解しました。
藤岡の本格的行動は、一年祭を終えてからです。
これから私は藤岡宣男を創造します。
勿論、私も大いに歌います。
批判や非難をする人は、コンサートに来ない人ですから、もう、何をか況やです。
この世は、やる人か、やらない人かしかいません。
私は、やる人です。
やらない人は、糞でもして寝ていればよい。

2006年08月27日

夏去り行く

コンサートで歌い終えると、藤岡に逢いたくなる。
あなたは、よっやったといいたくなる。
どんな時でも、あの天性の声で、聴かせた。不調であれば、それをも聴かせるものとして表現した。
歌は心という人がいるが、歌は体である。心万全でも、体が不調の時もある。
舞踊では、心10表現6という。抑制の美である。
外に出る歌と、心の内にある歌が共鳴する。これを芸という。
この二度と来ない夏を名残惜しく思いつつ、追悼コンサートを終えた。

蝉時雨 思い残して 夏が行く

この暑い夏も、二度とないと思えば、愛しく思うものである。

2006年08月29日

作詞家木村天山の世界

夏休み中、来年のコンサートを企画していて、藤岡のために作詞した100曲以上の作詞の中の、曲がつけられた20ほどを披露するコンサートを考えました。
ソプラノ辻友子らに歌ってもらおうと思います。
ただ今も、続々と曲がつけられています。
兎に角、前に進むこと。それが今出来ること。出来ることをする。
もう、死は目の前に迫っている。
長く生きることより、どう生きるか、それが私の問題だ。
藤岡が至るところで、お茶目に、活動している。
逢うのが楽しみ。私の前には、決してその姿を現さない。ただし一日として、藤岡が思いを送ってくれないことはない。
信じる者は、信じるがいい。

2006年08月31日

コンサート案内

2日、代々木アトリエ・ムジカにて、ライブコンサート。三人のピアノ、弾き語り、アボリジニ民族楽器ディジュルドゥーの演奏。
5日、横浜、かなっくホールにて「初恋」コンサート。ソプラノ、バリトン、演歌師の「初恋」そして、バライティに富んだ曲目。
伴奏は、ピアノ、藤井松良、辻あやか。
当日券は、勿論あります。
それが終わると、藤岡の一年祭です。
14日、すみだトリフォニーホール小ホール。
多くのゲスト、そして藤岡への言葉を、お客さまよりいただきます。
藤岡の写真を掲げて、薔薇の花一本のシンプルなステージにします。
藤岡の歌声も流します。未公開のものもあります。
すると、
秋が深まってゆきます。
私の作詞の「君がいた日」田原奈津代作曲の発表もします。私作詞作曲の朗詠「孤独」も詠じます。

2006年09月05日

本日は「初恋」コンサート

それぞれの「初恋」を聴き、そして得意分野の歌を聴く。新しいコンサートのあり方を模索して、企画しました。
非常に楽しくて、有意義です。そこで、来年は、六月に「雨」をテーマのコンサートを企画します。世界各地の雨にまつわる音楽、歌等々を披露する。
有名でなければ人が集まらないというならば、やる者が楽しんでみる。それがお客様に伝播して、少しつづ広がればよい。
それでも受け入れられなければ、止めることだと思います。続けられるまで続ける。それでいい。
有名になるために、マスコミにと思うと、それが目的になる。手段であるものが目的になると、それは悲劇的。
あの藤岡でさえ、お客さまは少なかった。有名でないというだけで、である。
光は、いずれ飾台の上に上げられる。一般の人の手によって。そう思って続けることであると。
コンサートは練習成果の発表会ではない。しかしクラシック系のコンサートは、それに陥って久しい。歌って、演奏して、頭を下げて終わるとは、あまりに芸がない。
サービス業ならば、お笑いの一つがあってもよい。
舞台サービスを徹底的に追及したいと思います。

初恋コンサート終了

ハプニングなどお客さまには見えません。
無事に終わりました。楽しく、有意義に終了です。
東京では、出演者の中に、試しで出るという者、批判を胸に秘めていた者、そういう異質な者がいると、矢張り舞台に出るのです。
本日は、心を一つにして、新しいお客さまで、有意義でした。
昔のお客さまは皆無です。
それでいいのです。新しく始まればいいのです。
いよいよ活気を持って前進です。

2006年09月06日

チラシについて

多くの方から意見をいただきました。
その中に、辻あやかウォーミングアップコンサートのチラシを作り、原案を出してくださった方がいて、お任せしました。今までにない、私の事務所ではです、素敵なチラシが出来ました。
勿論、今まで通り、私の原案で作るものもあります。デザインからすると、滅茶苦茶のようですが、非常にインパクトが強いと自負します。それは、チラシの常識に従っていないからです。
さて、この告知板にて、コンサートのプログラムを告知します。
また、新しく作るものには、出来る限り、その時点で決まっている、プログラムを載せます。
新しいお客さまが、コンサートなどに今まで来なかった人が多く、期待しています。
それはコンサートに対しての既成概念がなく、拘りもなく、コンサートを楽しむことのみに始終します。クラシックファンに多い、あら捜しなどしない、純粋にコンサートを楽しめる人々です。
クラシック演奏家、音楽家も、そしてそのファンも、楽しむコンサートではなく、苦痛を強いるコンサートを求めているのかと、仰天するこの頃です。
音楽教育が、いかに誤っていたかを、考えさせます。
日本人の西洋音楽に対するものは、偏見に満ちています。
私の、新沈黙を破るを読み、西洋音楽を学んでいただきたいと思います。
ピアノ演奏は、人間が聴くような音ではないと言い、私はピアノコンサートも開催しています。これを矛盾として考える偏狭な人もいますが、私はピアノコンサートを変容させたいだけです。ですから、ピアノ演奏の合間に、他の楽器の音を入れて、耳を洗います。この意味が解れば、幸いです。
何故、ミュージカルが楽しいか。それは、歌と踊りと、ストーリィーがあり、それぞれ独立しても、聴かせられ、見せられ程に、完成に近いからです。
以下省略。

14日一年祭のプログラム

後半の藤岡宣男コーナーでは、初期の頃の、リュートソングを中心にします。
また、オリジナル曲「逢いたくて」は、色々なバージョンがありますが、今回は、シンセによる伴奏によるものにします。
オルガン伴奏の、アメージンググレイスは絶品です。

2006年09月09日

初恋コンサートの評

私の歌、辻友子の歌が絶賛されました。
と、嬉しいのですが、単純に喜べません。つまり、言う人は、誉める人です。
言わない人もいます。ここが問題です。
切々として、心に沁みるという人がいますが、心に沁みずに帰る人もいたことでしょう。これを見逃せません。すべての人に良しとされる歌は、あり得ません。
ここに至ると、謙虚にならざるを得ないのです。
誉められて、逆上せるのは素人です。プロになると、それが何であるのかを考えます。私は舞台に慣れ過ぎているため、それが恐ろしいのです。
舞台の中央で歌うことは少ない。舞台全体を使います。
舞台が、もう一人の先生になります。それでは、もう一人の先生は我がうちにあります。決して、妥協しない厳しい先生です。つまり、私の内の先生が、看破します。
この私との戦いが芸術の別名でしょう。歌うことによって、益々歌が難しくなります。

君の歌声(藤岡宣男に捧げて)

君がいた日のぬくもりは
春の朝日の清らかさ
君が歌った歌声は
秋の愛(かな)しき空のごと
天上高く立ち昇る
君の歌声天使のごとく
ふりそそぎ ふりそそぎ ふりそそぎ

君がいた日の嬉しさは
夏の浜辺のさざ波のよう
君が歌った歌声は
冬の強さの凛々と
天上高く立ち昇る
君の歌声天使のごとく
ふりそそぎ ふりそそぎ ふりそそぎ

木村天山作詞 田原奈津代作曲
一年祭コンサートで、ソプラノ辻友子が歌います。
新曲が出来ました。
この他、数々の作詞に曲がつけられます。
藤岡生前の頃に作詞したものが100曲ほどあります。
順次、曲がつき次第、コンサートにて発表します。

2006年09月10日

福岡公演

夜の部のチケットが、残り少なくなりました。お早めにお求め下さい。
なお、長崎、大分、札幌に関しては残券が十分あります。
札幌では、大丸プレイガイドでも取り扱います。9月15日からです。

2006年09月14日

感無量

一年祭を終えて、感無量です。
この一年を藤岡の追悼コンサートにという思いを実行できたということは、私が私を信じられるということです。
私が私を信じられる。この人生で自分を信じることが出来た。藤岡のお蔭です。
批判や非難を受け、誰に頼まれもせず、私が思ったことを成した。そして、ここまで私に協力してくれた、藤岡のお弟子さんたち。残ったのは、ソプラノ辻友子、ピアノ辻あやかです。
私は、この二人のために命懸けで、舞台を掛けるという意欲に燃えています。
そして、ギターの千葉真康の無言の励まし。お客さま。
即座にマスコミに取り上げられて、即駄目になることがなかったことが救いです。
これからはマスコミが来ても、平気で成すことでしょう。
無名でも有名でも、やることは同じです。
そして、やり続けること。自分が決めたことさえ続けられないという不幸を、私は経ずにやることが出来ました。
霊的世界の眼は誤魔化すことが出来ません。
藤岡の眼を誤魔化すことは出来ません。
いよいよ、私は進むでしよう。
もののあわれを知り、大和魂を知り、日本の伝統を生きる。
知っているからこそ、出来るということです。
藤岡の歌の「もののあわれ」を私は行為できるのです。伝統は、万葉集、万葉集は日本の言葉、つまり精神です。
歌の道とは和歌の道です。
歌とは声楽ではありません。歌とは、言葉の世界であり、日本の伝統の聖典は、万葉集にあります。
藤岡の歌と、万葉集をつなげて、私は哲学を書くでしょう。
本日、藤岡の歌を聴いて、上手いと真実思い感じました。
藤岡の上手い歌を、どのようにして皆様に伝えるか、それが私の役目です。それは日本の伝統を伝えることと同じであるということ。
私は、また腹をくくり、この思いを天に投げ打ちます。
利休のように、私も切腹の構えで、行きます。
信長のように、小細工した者を斬りつけます。
そして天照のように、大和魂を持って生きる、所存です。

2006年09月16日

ピアノコンサートについて

藤岡の博士課程での研究は、ピアノ初期の頃のピアノ教育でした。それは、私の新沈黙を破るの、音楽史に書きます。
ピアノコンサートについて、少しいいます。
ピアノ弾きは、数学が出来て、哲学思想を学んで、音楽史を鑑み、そして曲作りをする。小細工としたピアノ弾きが、堂々と有名ピアニストになっている現状は、音楽界の不幸である。また、マスコミ等が取り上げるピアノ弾きで、優れた者はない。
上手と思えるピアノ弾きは、単にこずるいだけで、小手先で弾く。皆、それに騙される。マスコミは、聴く耳を持たないので、少し話題性があれば取り上げる。
プロが良いという演奏をアマが良いとは思わない。
全体的に、何が良い悪いの問題ではないが、権威ある者が言えば、皆、尻馬にのって、良い良いという。
カンパネラだけは少し聴けるピアノ弾きのばあさんがいるが、あれに多くの人が集うのが不思議でしょうがない。そしてコマーシャルにも出る、おばさんのピアノ弾き。あのピアノの音で
聴く耳を低下させていることを知らない。
ねこふんじゃったでのネズミ男のピアノも、冷酷に響くだけである。しかるに、それに感動するというクラシックファンである。
誰も、本当のことを知らない世界なのであること、重々理解した。
日本のではブスな男のピアノ弾きがうまいという不思議である。大半がブタ顔である。正面から叩いたような顔が印象的である。
それに比例するように、海外から来るピアノ弾きは、ハンサムであるが、ピアノ演奏より、その顔と体を披露するようなコンサートで、仰天する。
日本のクラシックファンの程度とは、実に、淫靡卑猥である。
私は、決して席を同じくしない。

2006年09月19日

ディジュルドゥーリサイタル

アボリジニ民族楽器である。オーストラリアの原住民である。
一本のユーカリの木を吹くのみ。これが凄い、素晴らしい。言葉で表現するのは難しい。まず聴いてみまければ解らない。
24日日曜日の夜の公演である。私も舞い、朗詠する。それが、実に合うのである。
単純素朴さの中にある、複雑奇怪さ、そして心の昇華。祈りの楽器であり、治療の楽器であるという。
コンサート情報を参照下さい。
生で聴いて、その波動を受けなければ、批判できません。

2006年09月20日

26日命上がり一年祭のプログラム

藤岡が歌った日本の歌、君の名は、影を慕いて、白月、初恋、逢いたくて。
宵待ち草、惜別の歌、祈り。
辻友子のcome again、流れは広く、アルハンプラ宮殿、星影のワルツ、黄昏ビギン、月の砂漠。
ギターソロ。
藤岡の歌は、アメージンググレイス、行く春、うぐひす。

当日券はあります

2006年09月23日

出演者募集

来年より
ぴあの・ピアノ・Piano
ピアノ祭りを再開します。
また、心の音楽会、歌祭り
音楽は心にやさしいコンサート
出演者を募集します。オーディションの必要なものもあります。
すべて参加費、またはチケットノルマがあります。
お問い合わせ下さい。

2006年09月29日

出演者募集

来年、3月4日、第5回ぴあの・ピアノ・Pianoを原宿、アコスタディオで開催します。
pm7:00開演。
出演者を募集します。ただし、オーディションを受けてからです。
オーディション料は、一万円。
合格の場合の参加費は、二万円です。
2000円のチケットを15枚差し上げます。

2006年10月02日

395日祭

今月、命の日の395日祭は、コンサート開催により、26日木曜日になります。

秋です。
「ものを思わぬ人にさへ心を作る秋の初風」と西行は歌いました。
心を作るという感性は、日本人のものです。
秋風により心が生まれる。四季の移り変わりにある、事の真相です。
秋もまた、人それぞれ、百人百様です。それを語り合う相手を求めます。

出演者募集

心の音楽会、及び、歌祭りの出演者を募集します。
仔細は、ホームページに書いてあります。
心の音楽会は、ジャンルを問いません。どなたでも参加できます。

2006年10月03日

チケット販売

11月11日、土曜日辻あやかピアノリサイタル、及び、藤岡宣男が歌った日本の歌を歌うの、チケット販売を開始します。
辻あやかは、満席が予想されます。早めに、お申し込み下さい。
当日、受付取り置き予約も可能です。

藤岡生誕42年祭コンサート

12月4日月曜日のコンサートでは、第二部を藤岡の未公開録音を公開します。ただ今、調整中です。ご期待ください。
なお、来年度のコンサートではゲスト出演として、藤岡の歌を流します。また、藤岡のリサイタルも開催します。
1月、東京、三月、横浜です。
コンサート情報を参照ください。

2006年10月04日

招待します。申し出てください。

リハーサル、本番等に、招待します。
学習障害の子供たち、虐待を受けた子供たち等、養護施設等、
また、高齢者施設、認知症グループホーム等の、普段音楽に接することの少ない皆様をご招待します。
札幌では、リハーサルを障害児の子供たちに開放しました。
藤岡も快く受けて、リハーサルを公開し、大変良い成果を上げました。
動いていた子供たちも、最後は、藤岡の回りに集う形になり、芸の力に、驚いたものでした。
各施設の方々、コンサート情報を参照して、申し込んでください。
こちらのコンサートは、お客さまが少ないことで有名です。
安心して、いらして下さい。10名程度から、30名程度ならば、どのコンサートも大丈夫です。
これも藤岡の遺志を継いで行うことです。
障害のある子供たちには、リハーサルを公開します。

2006年10月07日

出演締め切り

心の音楽会の締め切りは10月25日にします。
歌祭りは、11月15日にします。

詳細はホームページで。
なお来春に向けても募集します。
ピアノ祭り参加者も受け付けています。
ジャンルを問わない、また、民族音楽も受け付けています。

2006年10月08日

札幌コンサート、リハーサル開放

今月、27日の札幌公演のリハーサルの一部を障害のある子供たちに、pm4:15よりpm4:45まで開放します。
さっぽろこどもサポートの古川様等が、取りまとめをしていますが、当日、いらしても入場できるように致します。
子供が走る、騒ぐ等、心配せずにいらして下さい。
なお、連絡は事務所に直接くださっても結構です。

13日より16日までは九州公演のため、お休みになります。

2006年10月09日

出演者募集

来年、2月12日、月曜日、祝日。
アミュー立川小ホールにて「音楽は心にやさしいコンサート」を開催します。
夜の部、pm6:00開演のコンサートに、声楽、ピアノの出演者を募集します。
オーディションが必要です。オーディション料金は一万円です。
加費は、二万円。二千円のチケットを20枚差し上げます。
お問い合わせ下さい。
新人を歓迎します。

2006年10月10日

歌座出演者募集

来年、2月22日木曜日、横浜関内小ホールにて、天山歌座を開催します。
声楽の出演募集をします。
オーディションが必要です。
オーディション料は一万円。
参加費は、三万円。2500円のチケットを20枚差し上げます。

2006年10月16日

九州公演を終えて

どうして、こんなにお客さまが・・・
長崎、福岡は、ほぼ満席。大分は2000名の大ホールですから、ある程度。
長崎は、作家、三田文学編集長加藤様がゲストにより、大変好評でした。
それにしても、私のたちの、新しいコンサートの形を受け入れてくださった皆様。
感謝です。
オペラアリア、日本歌曲、歌謡曲、童謡、朗詠、舞、ディジュルドゥー、ピアノソロ、イタリア歌曲と、古楽は、福岡の夜の部にありました。
初めての経験の方も、感動を。
これは、何か、音楽の垣根のない様を痛感しました。
これで、いいのだという思い。
何でもあればいいのかということではなく、それそれがプロなのです。
それが、皆様に伝わり、感動が涙となってあわられた方もいました。
私は、ますます音楽に垣根はないということを実感しました。
勿論、何でも、ごった煮のようにではなく、洗練された芸の粋というものがあります。
プロであればそこ、それが実現出来ると、意を強くしました。
皆様、ありがどうございました。

九州公演を終えて

どうして、こんなにお客さまが・・・
長崎、福岡は、ほぼ満席。大分は2000名の大ホールですから、ある程度。
長崎は、作家、三田文学編集長加藤様がゲストにより、大変好評でした。
それにしても、私のたちの、新しいコンサートの形を受け入れてくださった皆様。
感謝です。
オペラアリア、日本歌曲、歌謡曲、童謡、朗詠、舞、ディジュルドゥー、ピアノソロ、イタリア歌曲と、古楽は、福岡の夜の部にありました。
初めての経験の方も、感動を。
これは、何か、音楽の垣根のない様を痛感しました。
これで、いいのだという思い。
何でもあればいいのかということではなく、それそれがプロなのです。
それが、皆様に伝わり、感動が涙となってあわられた方もいました。
私は、ますます音楽に垣根はないということを実感しました。
勿論、何でも、ごった煮のようにではなく、洗練された芸の粋というものがあります。
プロであればそこ、それが実現出来ると、意を強くしました。
皆様、ありがどうございました。

2006年10月17日

出演者募集

来年、6月19日火曜日、すみだトリフォニーホール小ホールにおいて開催する。
音楽は心にやさしいコンサートの出演者を募集します。
オーディションが必要です。
料金は、一万円。合格の場合の参加費は、三万円です。二千円のチケットを25枚差し上げます。
ピアノ、声楽等、ジャンルは問いません。

全国からの応募をお待ちしています。
ただ今、札幌、仙台、長崎、福岡、大分ですが、どんどん開催地を増やします。
来春、京都での公演も企画しています。
東北地方の方も歓迎します。

2006年10月20日

辻あやかのピアノ指導について

指導しているのは、藤岡宣男です。そう、故人です。
信じられないでしょうね。でも、本当です。
歌も指導されている人もいますよ。
辻あやかの場合は、忍者さんと呼んでいる方が、付き添っています。勿論、才能があります。しかし、その方は、あくまでもお手伝いであるといいます。というのは、藤岡がコンタクトして、指導の様を指導するからです。

信じられないでしょうね。
信じる人は騙されますから、私も、これ以上は説明しません。

歌を指導されている方も、生前の藤岡の言葉通りに、練習しています。
ただし、私が、それを認めない場合は、そうではありません。
空想、妄想の人もいるからです。
霊的なことを知る人は少なく、また、霊的なことも、その段階があります。
ご病気の場合もあります。非常に鑑定が難しいことです。
宗教的な意味での霊的ではありません。宗教の霊界は、非常に低い段階にあります。

これ以上は、またあらぬ噂、私が宗教をやっている等々、色々詮索されますから、止めます。私は、霊能者ではありません。また妄想たくましい宗教家でもありません。

2006年10月21日

音楽は心にやさしいコンサート出演者募集

来年、五月、仙台、盛岡と開催します。
盛岡公演の出演者を募集します。
参加費25000円。2000円のチケットを25枚差し上げます。
お問い合わせ下さい。

2006年10月22日

出演者募集

2月12日月曜日、祝日、立川にて、音楽は心にやさしいコンサートを開催します。
夜の部の出演者を募集します。声楽、ピアノ等です。
また、3月3日、日曜日、原宿にて開催の、ピアノコンサート第5回目の出演者も合わせて募集します。
お問い合わせ下さい。

2006年10月23日

訂正とお知らせ

ピアノ題5回は、3月4日日曜日の誤りです。
なお、藤岡宣男式発声法は、声を出すための体作りです。発声であるから、声を出すことであると勘違いしている方がいます。腹式呼吸ではありません。横隔膜による発声のあり様です。そして柔軟な体を作るということです。緊張している体からは、声が出ません。それで、いくら声を出す訓練をしても、響く声にはなりません。ただ歌って楽しみたい方は、そういう発声指導の元に行くべきです。

2006年10月25日

11月24日、歌祭り

まだ出演希望を受け付けています。
ジャンルは問いません。お問い合わせ下さい。参加料金等は、ホームページの募集を参照してください。
来年の予定も続々と決定しています。順次お知らせします。
音楽は心にやさしいコンサートは全国展開になります。

2006年10月26日

ひとり舞台を終えて

昨日、藤岡命日祭395日に、ひとり舞台で歌いました。
練習は千回しても練習です。舞台で初めて本番になります。舞台を持つこと、舞台があることは、僥倖です。
今までは、藤岡の、そして人のために舞台を準備していましたが、今回自分の舞台は二度目です。藤岡を追体験するのみならず、私は芸が舞台で成長することを実感しています。舞台は、芸の最上の先生です。
本番のない練習は、単なる練習であり、それは自己満足に終わり、生成発展のないものです。舞台で、人の前に自分を晒して、批判を受けるという覚悟は、実に厳しい人生修行です。それを放棄した多くの芸もどきたちの気持ちが解ります。
益々私は、舞台で勝負することを確信しました。
前回より、お客様が倍に増えていました。しかし、このお客様の数に左右されることなく、私は進んで行きたいと思います。

2006年10月28日

札幌公演を終えて

子供たちに歌ったこと、感動しました。しかし藤岡の芸は子供たちを、ある次元に導く力がありましたが、私の場合は、一緒に歌う程度でした。ああ、矢張り、藤岡の芸は、見事であったと確信しました。あの格調の高さが、子供たちを・・・
本公演、大変でした。あれだけの長い時間を、お客様がと思うと・・・
二時間15分の公演でした。勿論、色々なジャンルの音楽あり、楽しめたと思いますが。私は舞と、自作の曲「祈り」を歌いました。
これからのコンサートのあり方を考えるコンサートでした。
音楽は心にやさしいコンサート、全国展開になります。
地元の音楽家と結び、開催します。
来年四月は、私の講話会を催します。藤岡の日本語の歌にみる美についてを語ります

2006年10月31日

札幌公演の波紋

クラシックに対する偏見が取れた。イメージが変わったとの感想が多く、この六年間で12回のコンサートの成果をみるようである。
身内の発表会に堕落しても、平気でコンサートを開催していた札幌のクラシックであるから、当然であろう。
演奏し、拍手されてお辞儀して、また演奏しての、繰り返し。それでも上出来ならいいが、そんなことはない。歌に歌われ、ピアノに弾かれてのコンサートである。
さて、音楽は心にやさしいコンサート全国版に発展させます。
来年の七月、京都が決まりました。また、四回目を迎える福岡は、六月、同じく大分。
九州は、長崎、佐賀、熊本、鹿児島も考えています。
東京にても開催します。コンサート情報を参照下さい。
また共に、出演者を募集します。

2006年11月12日

辻あやかピアノリサイタル

ベートーヴェン、ピアノソナタ第28番イ長調Op.101
1楽章では、三度ほど私は躓きそうになった。私は楽譜を知らない。しかし、その後は、波のうねりの様に音が引いては押し寄せて楽しんだ。ベートーヴェンに対する喧しいと思うイメージが変わった。後期の作品は、喧しくないと聞いていたので、納得した。
リストには、驚いた。「詩的で宗教的な調べ」より第三曲孤独の中の神の祝福。
私は、湖に深く沈みこむ感覚を覚えた。そして何と、私は、演奏中に沈黙、深い沈黙に沈んで行くのだった。また驚きは、深い静寂を感じた。ただ今、演奏をしていて音が出ているのだが、私は、静寂を感じていたのだ。
素晴らしい。リストは、なんて素晴らしい曲を書いたのかという思い。そして改めて、辻あやかが弾いているという事実に、気づいた。
演奏後、辻あやかは私に間違いがあったと言ったが、私には、それすら感じなかったのだ。つまり、間違ったという波動を出すことなく、弾き続けたということである。間違ったという波動を出せば、私は即座にそれを感じて、今、間違ったと気づく。つまり間違いも曲に変容させた。見事である。
リストは、アメリカ留学から帰った者の演奏を聴いたことがある。ガチャガチャ、バタバタ聴こえた。喧しい。リストとは、こんな曲なんだと思っていたが、全く違った。
一年後に、再び、同じプログラムで開催する。
さて次は、ショパンのプレリュード、エチュード全曲である。
私一人のために、弾いてもらうゆえ、小さなホールで開催する。素人のプロデューサーを満足させえないで、リサイタルもなにもない。プロに聴かせても詮無いこと。彼らの耳は破壊されている。私に聴かせよ。私を満足させよ。それでよし。
音は、波動である。音を音のみとして聴くのは、アホなプロである。
音は、色に支えられてある。それが宇宙の法則である。色が音に変容するのが、宇宙の法則である。音楽に素人の私は、霊学にプロである。

2006年11月22日

千葉真康のギター

名曲は何度聴いてもいい。千葉のギターも何度聴いてもいい。
リサイタルを終えて、再度、千葉のギターに確信した。音に対する信頼感である。
人が作る音は、声か、道具を使う。ギターは弦である。ほとんど人の作り出す音は、不自然であり、不穏である。自然の出す音は、すべて人間の体に宿る音である。
感動する演奏などというものは、無い。あるわけが無い。音楽とは、数学の駆け引きで作られる。西洋音楽の、芸術音楽とは、そういうことである。
ギターの音は、許容範囲が広いことが救いになる。一音に無限を感じる時、音楽の姿が現れる。厳密な音という幻想に捕らわれるピアノが野蛮である所以である。
千葉のギター伴奏で歌う時、ズレる。それを楽しむ。いやズラすのである。
微妙なズレを楽しむ。しかし一音に広がりがあるゆえ、それが豊かになる。音の豊かさである。勿論、ソロ演奏も良い。
厳密な音を追求する時に現れる音の姿こそ、思いが託される音になる。思いは、想いであり、念いである。
藤岡宣男が千葉のギターの音に、声を練っていったのが、よく解る。厳密ではなく、曖昧、たゆたう音の響きをである。
音楽評論の限界は、音を言葉に出来ない限界である。音は言葉に出来ない。聞き手の感覚のみが頼りである。そのほとんどが先入観に支えられてある。音を聴く前に、先入観が勝つ。
音楽評論の手本のようなものを読むと、そうなるのである。それは安っぽい人生論のように勝つのである。
素人の私は、それらに左右されることなく、実に自然に聴くことが出来る。知識が耳を汚さないのである。

2006年11月27日

音楽は心にやさしいコンサート

参加型のコンサートです。推薦、オーディション等によって出演できます。
来年の開催予定は、札幌、仙台、東京、横浜、名古屋、京都、福岡、大分、長崎、唐津です。
東京から福岡までの出演者を募集します。お問い合わせください。
神奈川県、山梨県では小規模コンサートを多数開催します。お問い合わせください。
クラシック中心ですがジャンルを問いません。
なお横浜では毎月、様々な企画のコンサートを開催しています。出演のチャンスを求める方は、お問い合わせください。

2007年12月13日

バリ島へ

バリ島へ

バリ島は、雨期の時期である。
しかし、雨降らず、兎に角、暑いと聞いていた。
本当に、暑かった。
特に、観光の中心である、クタ、レギャン地区は。暑い。

ウブドゥに行き、朝夕の涼しさに、ホッと一息ついた。

今回のツアーは、コンサートツアーである。
総勢、六名。
12月3日の、朝の便が、二時間遅れで、12時過ぎに、飛び立った。
前日、成田空港内のホテルに、泊まった。
朝、8:30集合であるから、横浜からだと、朝、早すぎると、前日から、泊まることにした。

ソプラノ辻知子、ギタリスト千葉真康、カウンターテナー野村さん夫妻、そして、イダキの野中と、私である。

今回の、旅行記は、コンサートと、バリ島の伝統、宗教に関して、少し、詳しく書くことにする。

3日の夜に、デンパサール空港に到着し、ホテルに向かう。
そして、翌日は、フリータイムで、ゆったりと、過ごした。
5日の、朝、10時に、ウブドゥに向かう。

途中、ゴアガジャという、洞窟、ウブドゥの段々畑を見て回り、ホテルに向かった。
12年前に、ゴアガジャに行った私は、あまりの、観光地化された様に、愕然とした。
すべて、整然と、されて、あの、野ざらしのような雰囲気はなく、少し、寂しい気持ちがした。それに、入館料も取られた。トイレも、有料になり、ガイドによると、また、値上がりするという。
1000ルピア、約、12円が、2000ルピアになるのだ。

ホテルに向かう。
コテージになっているホテルである。
一棟、一棟の部屋で、家庭的な雰囲気のホテルであり、皆、大層、気に入った。

到着すると、すぐに、テラハウスの共同オーナーである、クミちゃんが、来た。
すでに、バリ島に来ていた、ヒロ君、クミちゃんの叔父さんにあたる、マディさん、そして、クミちゃんの、旦那の弟、車の運転をしてくれる、親戚の叔父さんと、総勢5名である。

今夜の、コンサートの打ち合わせをした。

テラハウスにて、開催する。
その前に、マディさんの家で夕食を、頂くことになった。
有り難い。

観光旅行では、民家で、食事を頂くことなどないから、皆、喜んだ。
私と、野中は、四月にも、マディさんの家で、食事をしている。

バリ島では、開演時間が、夜7:30が普通であるということから、私たちも、それに習った。

6時に、クミちゃんの家に到着して、家族の皆さんに、挨拶する。
お父さん、お母さん、お兄さんと、お嫁さん、お祖父さん、そして、家のサンガである。
家の敷地の中に、サンガの一角がある。
日本で言えば、神棚や、仏壇の部屋ということになる。
そこで、皆、祈りの挨拶をする。

そして、早速、建てている最中の、テラハウスに移動した。
クミちゃんの家の、隣であるから、家を抜けて、すぐである。

何と、屋根の骨格が、出来上がって、二階には、屋根の瓦が、積み上げてある。これが出来ると、いよいよ、一階の壁を作ることになる。
進み具合は、遅いが、着々と進んでいる。
作業は、皆、近所の人々である。のんびりと、進んでいる訳である。

一階にホールという計画を、変更して、二階を、多目的ホールにすることにして、壁無しの、オープン作りである。
バリ風の、会堂の作り方だ。
一階には、部屋が6つ出来る。それが、ゲストハウスとなる。

本日のコンサートは、一階を使用する。
すでに、舞台のような