木村天山作詞
ただ今、17曲が出来ています。
藤岡、未公開録音もあります。いずれ、一枚のCDに、まとめる予定でいます。
暫く、お待ちください。
なお藤岡の未公開録音のCDは、現段階で制作する予定はありません。
コンサート会場にて、お聴きください。
ただ今、17曲が出来ています。
藤岡、未公開録音もあります。いずれ、一枚のCDに、まとめる予定でいます。
暫く、お待ちください。
なお藤岡の未公開録音のCDは、現段階で制作する予定はありません。
コンサート会場にて、お聴きください。
私のホームページの新沈黙を破るの音楽史が、単独に読めるようになります。
新しい音楽史のアプローチということで、管理人が決定しました。
ただいま、バロック期に入るところです。是非、一読下さい。素人の書くものですから、非常に理解しやすいと思います。
勿論、多くの文献から示唆を受けています。特に、藤岡宣男所有の書籍が主です。
まさか、音楽史を書くとは思いませんでした。余計な話も多く、飽きずに読めます。
木村天山作詞・作曲
ひしひしと 独りの思いひしひしと
ここにあるなり
そこにあるなり
ひたひたと 独りの思いひたひたと
行きてあるなり
戻りてあるなり
しみじみと 独りの思いしみじみと
座してあるなり
伏してあるなり
木村天山作詞 篠原吉明作曲
生きていればこその人生さ
あなたの笑顔があなたの武器さ
転んで泣いてつまずいて
それでもいいよ生きている
生きていればこその人生さ
あなたの人柄あなたの武器さ
逃げずに止まり動かずに
それでもいいよ生きている
生きていればこその人生さ
あなた自身があなたの武器さ
笑って泣いて沈黙し
それでもいいよ生きている
転んで泣いてつまずいて
それでもいいよ生きている
木村天山作詞 田原奈津代作曲
銀に輝く知床の山並み
流氷は揺れて旅の果てにあり
厳しい寒さの冬の朝には
光溢れる ああオホーツク
しばれる夜にはペチカの暖あり
語る人は今宵旅行く人かな
情けに交わす酒の甘さに
海鳴り遠く ああオホーツク
春を夢見て緑を待てば
すずらんはまなすの葉は揺れる春風
長く辛い冬も過ぎ去れば
潮路は拓く ああオホーツク
藤岡と知床斜里に出掛けた時、藤岡が講師を務めている間に、知床の歌三部作を作った。いずれ藤岡に歌ってもらうはずだった。
あと二曲に、今曲がつけられている。来年から、歌い始める。
「君の歌声」
木村天山作詞 田原奈津代作曲
君がいた日のぬくもりは
春の朝日の清らかさ
君が歌った歌声は
秋の愛しき空のごと
天上高く立ち上る
君の歌声天使のごとく
ふりそそぎ ふりそそぎ ふりそそぎ
君がいた日の嬉しさは
夏の浜辺のさざ波のよう
君が歌った歌声は
冬の強さの凛々と
天上高く立ち上る
君の歌声天使のごとく
ふりそそぎ ふりそそぎ ふりそそぎ
春待つ旅情あり知床 木村天山作詞
流氷の音 かすかに砕ける 知床の
春の間近を夢にみる
寒さ緩んだ 夕映えしみる オホーツク
海の心の たゆけさよ
酷寒を過ぎ 峰の雪白く 知床の
春の間近を希いつつ
飲んで語った 人の情けの 温かさ
知床人の ゆたかさよ
別れを惜しむ 旅情あるかな 知床の
春の間近き名残雪
やがて緑に 輝いてゆく その姿
再び誘う知床よ
ただ今、作曲中です。
祈り 木村天山作詞 篠原吉明作曲
流れのほとりに佇む私
疲れた心を流れにひたす
傷ついたり苦しんだ思いは
流れに任せよう
この流れは 母なる海に帰るから
流れのほとりに佇む私
歩き続けた心をひたす
忘れられない辛い思い出も
流れに任せよう
この流れは 母なる海に帰るから
流れのほとりに佇む私
愛し続けた心をひたす
与えて受けた思い出も
流れに任せよう
この流れは 母なる海に帰るから
すでに、昨年から歌い続けています。
私の持ち歌のようになってしまいました。
出来る限り作詞した歌は、他の方に歌っていたただきたいと思っています。
来年は、藤岡宣男追悼として、私の、すべての作詞の曲を、皆さんに歌っていただくコンサートを開催します。
御国の歌 みくにのうた 木村天山作詞
天の下 あめのした
美空の青の みそらのあおの
染まるごと そまるごと
幾重も続く いくへもつづく
命の結び いのちのむすび
海神の わだつみの
広き心を ひろきこころを
受け継いで うけついで
祖先の教え みおやのおしえ
伝えてゆかん つたえてゆかん
あわれみの
心を抱き こころをいだき
日の本の ひのもとの
祖先の徳を みおやのとくを
敬いてゆく うやまいてゆく
私の国歌として作詞しました。
広く作曲を求めます。厳かで、誰もが歌えるメロディーを希望します。
採用した方には、謝礼を差し上げます。
君が代論争を聞いていて、嫌気が差します。
空論です。
時、瞬時も留まることなく過ぎて行きます。
そんな暇があれば、どんどん、新しい歌を作り、歌えばいい。
いずれ、残るものは残ってゆくに、決まっている。
ほんの一時期の戦争のイメージを払拭できないほど、病んでいる。
また、観念を持って歴史を観るから、そうなる。
無心になって、心を空しくして、歴史を見詰ることである。
歴史とは、我が心のうちにあるということを誰も言わないのが、不思議でしょうがない。
歴史史観というものに誤魔化されるな。