告知板 From 木村天山

Producer木村天山 告知板

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2007年2月16日(金) 腹の立つこと・・・

こんなに腹の立つことは無い。
六カ国協議、合意である。
核放棄二段階支援だという。
北朝鮮が、60日以内に核施設を閉鎖封印し、国際原子力機関要員による監視を受け入れれば、他国は年間5万トンの重油を提供する。そして、施設を解体、不能化すれば、重油を95万トン追加支援するという。それが合意である。勿論、日本は、拉致進展しなければ、支援はしない。当然である。

それにしてもである。北朝鮮が、譲歩しての合意だという。
呆れる。
あの国が、何をしてきたのか・・・面倒なので言わない。
それを、棚上げしての、支援である。
重油100万トンは、市場価格にすると、約360億円である。
核を放棄してよかったではないだろう、アホが。
いくら支援しても、あの国の多くの国民は、幸せになるどころか、餓死して死ぬのである。
ほんの一部の者たちが、いい思いをする、それだけである。
叩き潰すより、その方がマシなのか。中国やロシアが、共産を奉じる国ゆえ、同胞としてみなしているのか、実に馬鹿馬鹿しい。

私が願うことは、あの国の多くの国民のことである。
飢えて死ぬほど、辛いことが、あろうか。
良い草案だとアメリカが言い、おおむね良い草案だと、日本も言う。
これで、あの国の国民の幸せが、遠のいたと私は嘆く。
上層部は、腹いっぱいに食い、のうのうとして、安泰であるという傲慢である。国民は、捨てられて、国を、祖国を捨てることを考える。そんな悲しみがあろうか。

あの国を救うためには、国際社会に引き出して、話し合いでなどと言う者を信じない。そんなことが出来るわけが無い。
偽ドルを国家が作り、麻薬を密売する国である。
どうして裁かないのか。
世界に正義があるならば、是非とも、独裁政権を倒して欲しいと願う。
何度もエッセイで書いたが言う。
あの国の上空には、飢えや意味無く死んだ者の霊が、かたまりとなって、漂う。誰も、次元移動出来ないでいる。つまり、霊界に入らないでいる。怨念を持ち、怨霊となっている。それらが天変地異を起こし、ただ今の国のあり方を崩壊させようとしている。
しかし、魔界の力強く、怨霊になっても、願い叶わぬのである。

アメリカも、イラクのように攻撃しない。金にならないからだ。簡単なカラクリである。
あの国には、何も無い。ただ、核を持つことが脅威であるという、それのみ。
これからも、あの国は、これに味をしめて、少ない投資で、多くの支援を取り付けるだろう。許せない。また、許してはならない。
霊的には、インド魔界の、政治的には、共産主義の冷酷無比の思想がある。

今回、日本が支援に加わらないということ、それが救いである。支援する度に、あの国の、単なる国民が塗炭の苦しみに遭う。
何が国際社会だ。笑わせる。
アフガンやイラクなら、まだボランティア行為等々が出来るが、あの国は、それも出来ないのである。
食料支援が、どうなっているのか・・・
あまりに腹が立つので、この辺で、止める。

2007年2月15日(木) 品格について

国家の品格を言うが、個人の品格を言わない。
それでは、全く意味を成さない。国家は、個人によって成り立つのである。
今回、悲しいことだが、個人の品格について教えられる事故があった。
東京板橋区の東武東上線ときわ台駅で、線路に入った女性を保護しようとして、電車にはねられ、重体となり、惜しくも12日に死亡された、常盤台交番の宮本邦彦巡査部長である。53歳の若さであった。
私は、死亡されたというより、お隠れになったと言いたい。
肉体を失っただけで、その意思は生き続けるからだ。日本の伝統的、言い方である。
さて、個人の品格とは、何か。

宮本さんのような、職務に真っ当な方のことである。
それ以外に無い。
職務とは、生き方である。
あらゆる職業の人が、職務に真っ当になること、これである。
品格を持つ、得るためには、それしか方法が無い。

それでは、真っ当とは、何か。
昔の言葉で言えば、お天道様に顔向けが出来る生き方である。
お天道様を避けるような生き方ではない。
お天道様とは、太陽である。大和民族、日本人は、太陽を拝して、天照大神とお呼びしてきた。神の化身である太陽に背かない生き方である。
世間といわれる世の中ではない。太陽に向かって堂々と生きられる生き方である。

さて言う。世の中というものを見て生きると、そこには、様々な目論みがあり、様々な誘惑がある。一々礼を上げずともよいが、耐震偽装から、不二家の不祥事から、保険会社の未払いから、公務員、政治家の公金横領から、まだまだある。これ皆、個人の品格の無いことを言う。
皆々、お天道様を見ず、世間のみを見ているからである。世間の目を誤魔化すのてある。
テレビの捏造番組も、職務に真っ当でない者がする。
皆々、個人のことである。これらが集って、国家の品格など生まれるはずもない。
一人一人に、品格を求める生き方があればこその、国家に至る。

国家とは、共同幻想である。しかし、その共同幻想を支える個人の品格が、幻想ではないから、共同幻想としての国家の存在が確固としたものに成る。

宮本さんには、奥様と息子さんがおられた。家長を失った思いを思うと、心痛の極みである。人の思いを思う。残された者は、その悲しみを生きる、生きなければならない。辛く苦しい明日である。明日が辛いと思うことほど、この世に辛いものはない。
今、辛くても、明日は、明るいと信じられるから生きられる。しかし、明日が辛いと思えば、生きるという意味意識を、どのように養うか。これ、個人の品格の問題である。
私は、藤岡を亡くして、一週間で10キロ痩せた。信じられないのである。痩せたくて、色々試しても痩せなかったものがと、絶句した。

宮本さんの、ご家族の心境を察して、私は、絶句する。
言葉を発することができない。
ただただ、お祈り申し上げる次第である。

2007年2月14日(水) もののあわれについて その10

私は、ここで、君が代について書かなければならないという気持ちに、駆り立てられた。
それは、実に重大である思うからだ。
つまり、君が代を正しく伝えなければならないとい思う。
国歌として歌われている君が代の君が、天皇であるという説を、正す。
勿論、それは天皇であっても問題ない。要するに、前回言う、大和言葉による、君と吾の関係をここで明確にする。

君が代の出典とされる、古今集の、読み人知らずである。
わが君は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで
わが君とは、あなたという意味である。そのあなたは、私にとってかけがえのない存在である。その、あなたが健康で長生きをすることを願う。小さな石が成長して、岩になるまでにかかる、永遠のような時間を、千年、八千年と言う。そして、さらにその岩に苔がはえるまでである。

長寿を祝う歌から、徳川家では、正月元旦の朝に、大奥にて、将軍の正妻である御台所が縁起物である、ユズリハ、ウラジロなどを入れた盥の前に正座して、中年寄りが「君が代は、千代に八千代に、さざれ石の」と唱えると、対座する御台所が「いわをとなりて苔のむすまで」と唱和するのである。すると、脇から中老が、御台所の手に若水を注いで清める、という儀式である。将軍の長寿を願って。
その後で、御台所は、大奥から将軍に相対座するのである。
これを大奥では、おさざれ石の歌と呼んでいた。

明治2年である。
太政官政府が発足する以前に、英国から貴賓が来日することになった。
浜離宮で歓迎行事をするため、英語のできる人材を集めて、接伴係にした。
横浜駐屯の英国軍楽隊長、ウイリアム・フェントンが、打ち合わせに来て言う。「日英国歌を演奏したい。日本の国歌を教えて欲しい」というものだ。
日本に国歌は無い。その時まで、国歌の意識が無かった。
接判係の薩摩藩士、原田宗助が上司である川村純義(後の海軍卿)に相談するが、川村は
怒り「おはん方を接判係にしたのは、今度来朝あらせられる英国貴賓饗応について万事不都合なかんごつ取りはからってもらうためじゃ。そげんことをいちいち聞き合せに来る必要はない」というものである。
川村は、その国歌が後に、大問題になるとは、勿論知らない。その程度の認識である。

原田は仲間に相談する。
その中で、一人、思いついたのは、静岡藩士、乙骨太郎乙である。それが、おさざれ石の歌である。
君が代の君を天皇と解釈すればいいと。
次に、旋律である。原田が、それならば、薩摩琵琶の曲の、蓬莱山に同じ歌詞があることに気づき、俺が歌うと、それを歌う。
歌うこと、数回、フェントンに採譜させて、出来上がったのが、国歌、君が代である。

実は、わが君はの古今の歌は、和漢朗詠集では、君が代は、になっている。
さて言う。
君がいることは、吾がいるのである。
吾が存在しない君はいない。しかし、和歌の世界では、吾を省略する。君に、吾を託すのである。これ、伝統である。
あなたを君と呼び歌うのは、圧倒的に、恋歌が多い。
そして、思い出して欲しい。我が日本国民は、恋の情により、多く人間の情緒を学んだ民族である。その最もたるものが、もののあわれである。

古今の、「わが君は」は、わがと言い、我を表明している。
それでは、君が代は、と読む時、君と吾が代はと読めるのである。
これを、片歌を繰り返す、旋頭歌にしてみる。

恋の道
君と吾が代は
千代に八千代と
さざれ石
いわをとなりて
苔のむすまで

和歌にする。

恋の道
君とわが代は
さざれ石
千代に八千代に
いわをとなりて

参考までに、私が創作した戯れ歌である。
もう一言言う。天皇を君とは言わない。明治期、太平洋戦争時に、君を天皇と解釈したとしても、天皇は、大君(おおきみ)であり、君ではない。君は、一般民の、あなたへの呼びかけである。
そしてさらに言う。天皇を君と呼ぶとは、何事か。天皇は、我々国民の国体である。国民と天皇は、一緒である。同体である。歌の道を見れば、一目瞭然であろう。
歌の道、言葉の道、つまり、前回のミコト、御言の総体である。
一時期、天皇を現人神と呼んだが、それも誤りである。天皇は、現人御神であり、現人神は、我々日本国民のことである。
天皇家の伝統を敬して、御という尊称をつけるのである。
天皇の歌は、御製である。
しかし、その天皇の歌と、国民の歌が、共に並ぶという歌の道、歌道が、大和言葉の真骨頂である。
歌の前には、平等なのである。

歌道の常識から、君が代は恋歌であり、それでなければ、大切な人の長寿を願う歌である。
はっきり言うが、君が代という国歌を好き、嫌いだというのは、個人の勝手である。自由である。しかし、公的立場や、公的な場所であれば、当然、敬意を払うものであることを言う。それが個人の心情や良心の自由を奪うとする考え方は、実に愚かしい。
言論の自由である。が、大和言葉の歌道を学ぶべきである。
そして、歌の道が平等であることを、最も願った家系が天皇家である。
であるから、私は天皇家に称号を与えたい。
天皇家、それは御歌の宗家である。


2007年2月13日(火) もののあわれについて その9

大和言葉による和歌や俳句が祈りであると言うと、今まで捉えてきた祈りという感覚が変わる。祈りという観念が変わる。
宣ることが、すなちわ、即座に事を動かすという考え方は、日本独自のものである。
ここで、祈りの観念を変えてもらいたい。
すべての宗教の、祈りは、神や仏という、人間を超越したものに向かう。そこに、神や仏に伝達するという意識がある。実は、大和言葉は、それを嫌い「言さえぐ」要するに、喧しい行為とみなす。
伝達する必要無し。言葉にすることが、すなわち、成ることであり、すでに言霊の神によって、完成したのである。
それ以外は、言挙げせず、という。多くを語らないのである。
国際社会で、それが通る、通らないの問題ではない。別の話である。日本人の感性は、そういうものである。共通の言葉、大和言葉使用している者には、それで善いのだ。
その分、特別な芸術芸能が発展した。言葉を介さないものである。
言葉を、より昇華させる、いけばな、茶の湯、書の道、陶芸、様々な手芸である。
空白を重んじる墨絵などは、端的に日本の心情を表す。描かれないものにある、真実て゜ある。

葦原の 水穂の国は 神ながら 言挙げせぬ国 然れども 言挙ぞする 言幸く(ことさきく) まさきくませと つつみなく さきくいまさば 荒そ浪 ありても見むと 百重波(ももえなみ) 千重浪(ちえなみ)に敷き 言挙げす吾は 言上げす吾は

豊葦原の水穂の国は、神ながらにあり、言挙げしない国ですが、善き言葉の霊力の幸によって、ご安泰であれと、強く言上げします。この言葉の霊威で、あなたが何の鎖障りもなく無事であれば、また必ずお会いできると信じています。幾重にも寄せては返す波のように、繰り返し、言挙げします。言挙げします。

作者不明のこの歌を、私は驚嘆を持って、読む。
言挙げせぬ国であり、それは、言幸はへる国であるという感性を、皆有していたということである。
言幸く、ことさきく国、うまし国、である。

言幸くゆえに、言挙げせぬという。言葉に幸多いゆえに、多くを語らずともよいという考え方を、古代の人々は、広く持っていた。この万葉集の歌、それ以前からの、言葉に対する日本人の感性を伝えるものである。
そして、最も驚くべきことは、読み人知らずであって、編纂されるということである。
つまり、歌の世界では、身分は無い。歌の世界では、皆、平等であるということだ。
上は天皇から、下は農民までに至り、堂々と同じ扱いになっているという驚きである。
和歌の前には、皆、平等であるという考え方に驚嘆する。

日本の古代も、他国と同じように、甚だしく身分制度があった。豪族でも、農民は口もきけないという状態である。ましてや天皇を拝することも出来ない。しかし、歌になれば、同じ場所にいるという、驚嘆である。
言葉が、身分を超えていた。
言霊の力を皆々、有していた。
世界史の中でも、人間が平等であるということを宣言したのは、1789年のフランスの人権宣言の、法の前に平等であるというものである。
仏陀は、2500年前に、カーストの国で、高らかに、人間の平等を唱えた。しかし、それが行き渡ることは、なかった。
言霊の前に平等であるということを、万葉集編纂以前に、有していた。それは長い長い期間のことである。そうでなければ、突然、万葉集編纂から行われたと、考えることは出来ない。

日本人は、存在の根源を神よりのものと捉える。
存在は、コトである。それは事であり、言である。
神は、ミコトである。御言である。みことを、命と書く。
言葉は鳴るものであるから、成るものと捉える。これ、日本人の真骨頂である。
ついでに言っておくが、日本人の神意識は、神として在るものへの、尊称としての神である。言葉も神であるから、尊称して御言(みとこば)と言う。
ここれを誤った宗教学者たちの罪は重い。
欧米の宗教観を持って、日本の神を語ることはできない。
つまり、神という対立概念を日本人は、持たない。対立するものではなく、神は、生活に浸透している力なのである。
決して、オルテガが書く「我と汝」というような言葉遣いにならない。
和歌の世界では、我を省略して歌うものが大半である。
相手が主体になる。我が主体にならない。
だから、君が代になる。まず、相手が先にくるのである。つまり言葉を発しているのは我だから、我を言う必要がないのである。
欧米風に言えば、汝しか無い。
言葉に対する感性が、全く違うこということを、再確認して、欲しいと願う。

大和言葉の認識が深まれば深まる程、日本を愛するという気持ちがこみ上げてくる。
知らないものは無いものである。しかし、知らないからといって無いものと断定することは出来ない。知らないことを、知らないと言う、それを総称して謙虚と言う。
これを教える者が少ないことを憂うのである。

2007年2月12日(月) もののあわれについて その8

もののあわれを書くことが、大和言葉を書くことになり、そして歌、和歌を書くことになり、さらに、言霊と音霊を書くこととなり、今また、言霊の奥義である、数霊(かずたま)についても、書くことになる。
敷城島(しきしま)の 大倭の国は 言霊の 助くる国ぞ まさきくありこそ
柿本人麻呂の反歌である。
大和は言霊が助けてくれる国である。こうして言葉に出すことで、すでにその効果かあるのだ。
言葉そのものの力を表明するのである。言葉に神格を与えているのである。
さて、言語は伝達の手段であると考える。神や仏に対しても、言葉が伝達の手段であるというのが、他国の常識である。しかし、日本の言葉は、伝達される必要がない。祈りの言葉は、それだけで有効なのである。
大和言葉には、言霊が宿るゆえに、発したこと、それだけで祈りの目的が果たせるのである。
伝達の必要がなかったということで、実は、誰も書いていないことがある。
それが、言霊の奥義である数霊のことである。
「伝達への意欲、それを支える論理構造の普遍性への確信のあるところでは、長詩に発達していってもおかしくない。ところが日本には長歌というものもあったが、それすらも外国の詩にくらべれば大して長いものではないが、その長歌さえもすたれて、短歌が標準的な詩の形態となった」と、渡部昇一氏は言う。学者として尊敬する人物の一人であるが、数霊を知らない。
和歌の形式を言う。
片歌 5,7,5
短歌 5,7,5,7,7
長歌 5,7,5,7,・・・・5,7,7
旋頭歌 5,7,7,5,7,7
仏足石歌 5,7,5,7,7,7
ここで、解ることは、5,7のみの数である。
再確認の意味で言う。
和歌の三十一文字とは、三十一の語ではない。三十一音節、シラブルのことである。
確立された詩形としては、まことに短いもので世界に類をみない。五言絶句という中国の詩形があるが、20の漢字を用いるが、漢語は孤立言語であり、比較することは出来ない。つまり、孤立語とは、単語自体は変化せずに、その単語が具体的な概念を表すのである。
文意は語順を変えることで表す言語である。ひらがなとは、全く違う。
驚きは、十七音節の俳句である。和歌よりも、短縮させたという驚きである。
俳句を外国語に翻訳することは不可能である。
荒波や 佐渡によこたふ 天の川
これを、どうやって翻訳するのか。
荒れた波の佐渡島に出る、天の川である。大和言葉でなければ、意味がない。
「この短詩系志向、伝達不要、論理構成不要の伝統から出ていると考えてよいと思う」と、渡部昇一氏は言う。この伝統を、今、私は書き綴っているのである。
さて、5,7という数である。
万葉集は、五七調により、古今集は、七五調によるといわれる。
五七、七五調とは、句切れのことである。
57,57,5の場合は、五七調、5,75,77の場合は、七五調である。
五七調は力強く、壮大で重いリズムを持ち、七五調は、やわらかく繊細で、優美なリズムを持つといわれる。
実は、私は、そんなことは、どうでもいい。
何故、5と7という数に行き着いたのかということである。
ここに言霊の奥義である、数霊の秘密がある。言霊とは、数のことである。
5を分析する。1,4の関係、2,3の関係、3,2の関係、4,1の関係である。
つまり、1,2,3,4がある。
7を分析する。
1, 6の関係。2,5の関係、3,4の関係、4,3の関係、5,2の関係、6,1の関係である。
つまり、1,2,3,4,5,6がある。
私は、母音の意味を持って、すべてのひらがなの意味を言う。大和言葉は、子音が母音に行き着く。母音が明確に発音されなければ、大和言葉にならない。
あ、い、う、え、お、という、五音に意味がある。
1から7までの数に、大和言葉の奥義がある。
それぞれの数の意味について、私は今は知らない。
ただ、数をひらがなにする。
ひい、ふう、み、よ、い、む、な、や、こと、で10を数える。
そして、もう一つの、表現は、
ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここの、たり、で10まで。ももち、よろず、で百と万である。
これ、実は、祝詞の言葉の奥義としてある。
この数、かぞえが、宣る言の本質である。宣る、とは、のることであり、言葉を発することを、宣り言、祝詞という。
大和言葉には、宣る言、祝る詞、のみある。
5と7の音節による、宣り言をもって、大和言葉の完成である。
サービスして言う。大和言葉は、すべて祈りの言葉であるということ。
和歌も俳句も、祈りである。
大和言葉で発した言葉、書かれたものは、すべて祈りとなるのである。
これ、欧米の思想をもってしては、解くことは出来ない。


2007年2月11日(日) もののあわれについて その7

大和言葉によって日本語はなる。
それでは、大和言葉とは何か。簡単である。漢字の表記でも、訓読みをすれば、すべて大和言葉になる。
有史以前から、使用していた言葉である。
文献から言うと、8世紀初頭に、初めて歴史書である、古事記、日本書紀が編纂される以前から、使用されてきた言葉である。
清水へ祇園をよぎる桜月夜 今宵会う人みな美しき 与謝野晶子
きよみずへぎおんをよぎるさくらつきよ こよいあうひとみなうつくしき
祇園は地名であるから、欄外で、すべて、大和言葉である。
東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて蟹とたわむる 石川啄木
東海も地名に入るから、欄外で、すべて、大和言葉になる。
東風をこちと読むと大和言葉になる。それを、とうふうと読めば、音読みであり、大和言葉にはならない。
君を、きみと読めば大和言葉であり、くんと読めば漢語になる。
例えば、童謡の歌詞を見る。
浜千鳥という曲
青い月夜の浜辺には 親を探して鳴く鳥が 波の国から生まれ出る
濡れた翼の 浜千鳥
翼を、つばさと読んで、大和言葉になる。それを、よく、と読めば漢語になる。
漢語主体の歌詞などもあるが、それを上げずとも、これで十分であろう。
松尾芭蕉の俳句も、すべて大和言葉である。
古池や かはづ飛び込む 水の音
荒波や 佐渡によこたふ 天の川
あかあかと 日はつれなくも 秋の風
例えば、歌謡曲の名曲、古賀政男の影を慕いて
まぼろしの影を慕いて 雨に日に
月にやるせぬ我が思い
つつめば燃ゆる胸の日に
身はこがれつつ偲び泣く
みな大和言葉である。
ここで驚くべきとこを言う。万葉時代は、仏教、儒教、そしてシナ文学、それが津波のように押し寄せていた。特に、600年には、膨大な書物が隋からもたらされている。
古代日本人が知らない文化、特に、言葉の文化が大量に入っていた。それを、身に付けたというから、驚くのである。今の英語やフランス語を学ぶという比ではない。
日本初の勅撰集は、和歌ではなく、漢詩集の「凌雲集」である。814年。ちなみに、最初の和歌の勅撰集は「古今和歌集」であり、漢詩より90年後のことである。
万葉集の編纂に関わった、大伴家持の歌一首
春の園 紅にほふ 桃の花 下照る道に いで立つ乙女
紅を、くれないと読む。すべて大和言葉である。
私が何をいいたいかと言えば、漢語、外来語の影響甚大であったが、和歌の世界では、すべて大和言葉が使われていたということである。
いかに、大和言葉が、血となり肉となっていたか。それは遺伝子に組み込まれたようにして、言葉の世界にあった。精神を言葉の世界と定義すると、日本の精神は、大和言葉にある。そして、精神のみか、その曖昧な心、たゆたふ心も、大和言葉よりなり、何と、魂のレベルまでにも至るのである。
それは言霊の思想である。言葉、一音、そのものに神が宿るという思想である。
大和言葉を発するということは、言霊の力が働き、事が動く、事が成ると考える。
分け入っても分け入っても青い山 山頭火
大和言葉の世界は、分け入っても分け入っても青い山 なのである。


2007年2月10日(土) 善意


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